韓国の独立運動と再臨摂理」カテゴリーアーカイブ

韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ12

 韓国が解放された直後に、お父様と李承晩政権を結ぶ使命を持っていたもう一人の人物が金百文牧師でした。お父様は金百文牧師について以下のように語っています。 「そして、当時、金百文は李承晩博士と近い立場にあったので、彼を洗礼 … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ11

 この当時、お父様は全国の神霊集団を踏査したと語っておられます。 「私がこの道を出発するようになる時、韓国の有名な牧師たちにみな会ってみました。熟したか、熟していないか、みな調べてみたのです。・・・先生はまず、地下教会を … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ10

 解放直後の韓国の政治状況を図示したものがこの図です。絶対的権力を持っていたのが、占領していた米軍政府でした。それに対して、右翼と左翼の両方の勢力が対立していたのです。右翼の中心人物は金九でした。これは大韓民国臨時政府系 … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ09

 1941年12月7日の真珠湾攻撃によって日米が戦争を開始すると、李承晩はアメリカに対して「臨政の承認」と「韓国人が対日戦に参加するための軍事援助の取り付け」を訴える交渉に入ります。連合軍に韓国を国として認めさせ、かつ実 … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ08

 アメリカにおける独立運動家として最初の仕事に失敗した李承晩は、学生になり、苦学の時代を過ごすようになります。1905年には、ジョージ・ワシントン大学の二学年に席を置き、論理学、英語、仏語、古代語学、哲学、天文学、米国史 … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ07

 次にアメリカでの独立運動を見ていきます。アメリカにおける独立運動の草分け的存在が徐載弼という人です。彼は1864年生まれですから、李承晩よりも11歳年上です。彼は幼い時から金玉均と親交があり、開化派の思想に傾倒するよう … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ06

 金九を中心とする独立運動がどうしてもやりたかったことは、独自の軍隊を持つことでした。韓国独立運動が組織した軍隊を「光復軍」と言います。1940年と言えば、第二次世界大戦が終わる5年前のことです。このころに、金九が「韓国 … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ05

 臨時政府の中で活躍したもう一人の在米運動家が安昌浩という人でありました。1919年6月、安昌浩が在米国民会の代表として上海に到着し、内務総長に着任し、政府と国内の連絡組織を整備し、機関紙『独立新聞』を発行して宣伝活動を … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ04

 先回は上海市で結成された大韓民国臨時政府まで話をしました。今回はこの「臨政」についてさらに詳しく説明します。当時の「臨政」に対して、列強はどういう態度を取っていたのでしょうか。  まず中国はどうかというと、中国と朝鮮の … 続きを読む

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ03

 前回は「三・一独立運動」について解説し、それに対して日本政府が取った「文化政治」までを説明しました。すなわち、1919年までは「武断政治」といって力で韓国人の抵抗を抑えていたのですが、三・一運動以降は言論・結社の規制の … 続きを読む

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