四、米国における統一教会の裁判判決例


マインド・コントロール裁判

 

1 「カッツ」対「上級裁判所」判決(カリフォルニア州、1977年)

 

サンフランシスコ郡上級裁判所(第一審裁)リー・バブリス判事は、五人の統一教会成人会員について、その親を暫定後見人として任命し、統一教会によって吹き込まれたという考え方についてディプログラミング(強制改宗)を許可した。五人は後見人が強制改宗を行わないよう特別救済措置を求めて提訴した。カリフォルニア州控訴裁判所は、次のように判決した。

 

下級裁判所が強制改宗を目的にして、親を成人の暫定後見人に定めたのは宗教の自由の権利の侵害である。

法廷に示された証拠によると、後見人の任命は正当化できない。

このため、法廷は以下のように定める。

もし治療のため強制的説得や強制改宗が必要な場合は、そうした精神的無能力性そのものや、治療のために法的統制をする必要性について、福利と施設規則によって決められた公民権の保護をなしたうえで、よく確認しなければならない。もしそれを行わない場合は、思想統制のための誘拐を許すことになる。法廷は証拠法の定める条項によって、法廷に示された証拠からは禁治産者後見人の任命を正当化できない、と判決する。

こうした一連の手続きを実行した法律はあいまい性があり、違憲である。

 

控訴裁判所は判決で次のように述べた。

 

成人の信仰者がこの州の法律で定められた重度の障害者と認められない場合は、州の手続きによって信仰者の自由を奪い、強制的治療の対象とすることはできない。

 

2 「モルコ、リール」対「統一教会」判決(カリフォルニア上級裁判所、1983年)

 

原告のモルコとリールは統一教会の元会員で、強制的に誘拐され、強制改宗を受け、教会を離れた。彼らは統一教会に対して、不当な勧誘、洗脳、虚偽の監禁などを理由に訴訟を起こした。上級裁判所スチュアート・ポラック判事は略式裁判によって、統一教会の申し立てを受け入れ、同訴訟を却下した。その理由は、心理学者マーガレット・シンガーとサムエル・ベンソンの「原告がマインド・コントロールされている」との証言の有効性を問題にしたためだ。判事は、その学者たちが原告を診断したことがなく、原告も教会で強制的に監禁されたことが一度もなかった、との事実を取った。

 

ポラック判事の判決は次のとおり。

 

「カッツ」裁判で出たと全く同じ証言が本法廷でも示され、教会に残るかどうかを決定する本人の権利が奪われ、意思決定できない、という思慮不能性を証明することは本件でも同様にできなかった。原告が求めた救済は、虚偽の監禁という告訴理由によって同様の意味をもたせようとしたものだが、これは禁治産者後見人の任命ほどには個人の自由を侵害するものではない。

 

原告の証言は統一教会の行動が違法であったとの証明ができず、原告の行動が被 告によって変えられ、自由な選択ができなかったという証明もできなかった。

 

ポラック判事は判決で次のように述べた。

 

「洗脳」と「マインド・コントロール」は確かに恐ろしい考えである。しかし、宗教については重要な憲法上の問題を注意深く考慮しなければならない。ここでは、原告は統一教会が真に教会(宗教)である、という点については異議を表明していない。原告の二人は最初教会を紹介された時は成人であり、強制、脅迫、暴力あるいは違法行動によって入会らさせられたとは証言していない。教会に行き、原告はそれが何であるかを明らかに知った。また教会から自由に出られるということも知っていたが、原告はとどまることにした。原告の自分自身による決定があったことは明白で、原告をとどまるようにさせたとして、教会に損害賠償を請求することは、州法の許さないところであり、また社会のすべての宗教団体を保護する憲法の認めないところでもある。

 

3 「ルイス」対「統一教会」判決(マサチューセッツ州、1983年)

 

原告は十五カ月間、統一教会の会員であったが、洗脳され、教義を吹き込まれ、入会時に雇用契約があった、として統一教会を告訴した。

 

地方裁判所は同告訴を却下して、次のように判決した。

 

原告が不法行為を受けたという申し立てには極めて欠陥がある。宗教団体の教義教育、入会手続き、信者の状態などは一般に法的検討の対象にはならない(「ターナー」対「統一教会」判決、「米国」対「バラード」判決、「米国」対「シーガー」判決参照)。

同様に、原告は洗脳の不法性を示した判例を見いだせなかったし、本法廷も見つけることができなかった。

 

法廷は判決で、

 

原告は雇用契約について述べたが、告訴理由の主要なものであるところの、明示され、あるいは暗示された契約、雇用提供労務相当金額の請求などについて、これを証明することができなかった。原告は契約の内容、受諾、協議、契約書等についてもこれを示すことができなかった。修正された申し立てと原告の口述書によって原告は、統一教会に個人的、宗教的理由で入会したもので、就職や給料のためではないことが分かる。それで宗教的あるいは慈善的動機では、雇用提供労務相当金額の請求はできないことがすでに確立されている(「ターナー」対「統一教会」判決参照)。

 

4 「イーデン」対「文鮮明師、統一教会ほか」判決(ミシガン州、1982年)

 

原告は元統一教会員であり、誘拐によって強制改宗を受け、教会を離れた。彼女は統一教会に対して訴訟を起こし、文鮮明師と統一教会などが直接間接に入会工作をして、マインド・コントロールを行った、と訴えた。巡回管区裁判所判事は文鮮明師の弁護人に同意し、憲法修正第一条は、司法が信仰や宗教的行為の真実さに立ち入ることを禁止しているとし、本訴訟は宗教の権利を損なうとの理由で却下された。

 

フィンチ判事は次のように判決を下した。

 

法廷や国が宗教行為、信仰、活動などを調査できない、というのは憲法で明確にされている。法廷は、回心の方法について、被告(統一教会)の行動は告訴理由にはならないと判断する。

 

5 「シュッピン」対「統一教会」判決(バーモント州、1977年)

 

両親が統一教会に対して娘の代りに告訴し、教会が娘を家族・友人から引き離し、親子関係を損なった、と訴えた。地方裁判所は、親の立場からの親子関係の棄損というものは告訴理由にならない、として告訴を却下した。

 

地方裁判所の判決は以下のとおり。

 

タマラ・シュッピンの両親は本件の記録の中で、娘が自身で権利を行使できない無能者といい、精神鑑定でそれが判明したと述べた。法廷はそうした結論に同意できない。原告の主張する統一教会の陰謀というものが事実であったとしても、記録の中でタマラが無能者であるという唯一の証拠は、本人を診察したこともない、話したこともない心理学者による報告書である。

 

6 「ヘランダー」対「サローネン」判決(ワシントン特別市、1975年)

 

統一教会員ウェンディ・ヘランダーの両親は、法廷に本人を出頭させるための人身保護令を求め提訴した。両親は強制改宗を試み、それが失敗すると、教会に対して多くの批判を行うようになった。

 

法廷の判決は、

 

証拠によると、訴えの内容である組織的心理コントロールのプログラム、例えば疲労、食事制限などによって、娘ヘランダーを教会に縛りつけている、といった事実はなかった。

また証拠によると、統一教会が回心させるための目的で執り行う技術は、他の宗教団体と比較して特に異なっている、ということもなかった。そのため法廷は、娘ヘランダーが拘束され、監禁され、自由を剥脱されているという訴えは証拠が不十分であると見る。また、教会が娘を拘束しているので、人身保護令によって法廷に出頭させるという必要性についても証拠が不十分であると判定する。

 

7 「ターナー」対「統一教会」判決(ロードアイランド州、1978年)

 

元統一教会員のターナーは教会に対し、強制労働、未払い労働費、両親友人との隔離などを理由に告訴した。

地方裁判所は統一教会の要求を受けて、告訴を却下した。法廷は原告に、債務返済のため強制労働を課したという被告側の陰謀容疑は証拠が不十分であり、公民権の告訴理由にはならない、と判決した。

さらに法廷は、ロードアイランド州法によれば、原告が両親・友人の愛情から隔離されたことは損害賠償の対象にならず、また、世界のために尽くすという目的で働かされた容疑では未払い労務費の請求ができない、と判定した。

 

8 「ターナー」対「統一教会」判決(ロードアイランド州、1978年)

 

第一巡回管区控訴裁判所は第一審の判決を全員一致で支持した。

地方裁判所の熟慮された判決の詳細に立ち入ることはしないで、本法廷は原告が救済を請求する内容の一つでも原告は証明できなかった、と判定する。

 

暴力改宗、強制棄教裁判

 

1 「コロンブリート、統一教会」対「ケリー」(第二巡回管区、1985年)

 

第二巡回管区控訴裁判所は全員一致で、統一教会に弁護費用の支払いを命じた下級審判決をくつがえした。これは、教会員トニー・コロンブリートが暴力改宗者ゲーレン・ケリーに対して起した裁判である。

 

本法廷は一審のオーウェン判事がコロンブリートの申し立てについて、訴訟の実体がなく、ケリーを困らせる目的で告訴した、と誤ったのかどうかを検討し、次のような判定をした。

 

これまでいくつかの法廷が宗教的動機による行動の合法性を確認し、統一教会が真の宗教であるとの判定を出し、いくつかの法廷で認定されている。実際に法廷は第一九八五条三項を適用し、訴訟原因としてこれを認め、統一教会会員に対する暴力改宗に反対してきた。

こうした観点から、コロンブリートの第一九八五条三項の適用は根拠のないことではない。実際ケリーの行動は統一教会に対する反宗教的行動である、との証明を行なえる可能性があった。コロンブリートの母親は、ニュージャージー州法廷から明確な法的裏づけなく禁治産者保護命令を取り付けた。ケリーとその仲間は、コロンブリートの父親と協力して二十七歳のコロンブリートを誘拐した。本人の意志に反してコロンブリートは監禁され、三十日間ケリーが、ニュージャージー州から得た令状によって、信仰を捨てるよう暴力改宗を受けた。法廷はそうした暴力改宗者の行為は、被害者の重要な権利である自由、宗教行為を奪うもの、と判定している(「テイラー」対「ギルマーチン」参照)。

 

ケリーの反論の一つは、親の要請によった行動であり、統一教会に対する憎悪や敵意で行動していないというものだが、控訴裁はそれを取らなかった。

 

親の危惧と憎悪が共存あるいは共同して起こったものであり、現在の記録では、親が息子の福利を心配して引き起こしたことであっても、同時に息子が入会した統一教会、教義、活動への激しい敵意によって動機つけられていた。彼らの教会の信仰に対する評価が真実かどうかにかかわらず、ケリーとともに二十七歳の息子(精神的に無能であるとの証拠はどこにもなかった)の自由を奪い、自ら選んだ宗教行為の権利を奪うことはできない。こうした権利は第一、第一四修正条項の核心である。

 

2 「統一教会、文鮮明師、アンソニー・コロンブリート」対「ゲーレン・ケリー」(第二巡回管区)

 

統一教会会員アンソニー・コロンブリートが暴力改宗者ゲーレン・ケリーを、強制誘拐と公民権侵害(米法典42、1985、公民権法1985)で提訴した裁判で、文鮮明師が証言のため召喚された。リチャード・オーウェン判事はこの裁判で、統一教会が真の宗教であるかどうかの調査を行おうとした。ハーバード大学法学部ローレンス・トライブ教授は、文鮮明師の第二巡回管区出頭を差し止める緊急申し立てを行った。同日、控訴裁は審理のあと、全員一致で申請を受け入れ、文鮮明師の召喚を禁止した。またコロンブリートの提訴取り下げも承認された。

 

3 「ワード」対「コンナー」(第四巡回管区、1981年、1982年)

 

統一教会の成人会員が誘拐され、三十五日間監禁され、改宗のための肉体的、言辞的攻撃を受けた。ワードは三十三人を被告として、八つの訴訟理由を示した。地方裁判所は訴訟の要点は交通移動の自由を奪われたことではなく、修正第一条の宗教の自由が侵害されたことだと見た。

 

第四管区控訴裁は地方裁判決をくつがえし、統一教会会員や他の少数派宗教に対して、迫害される少数民族を守ると同じ公民権保護が適用されるべきだ、と判決した。この判決によって、暴力改宗に対して訴訟が可能になった。控訴裁判決は次のように述べた。

 

宗教的差別は不愉快な人種差別と同様に一九八五条の対象になる。原告と他の統一教会会員はそうした公民権法が保護する対象とされるべきものである。

 

この判決によって、他の下級裁判所判決と一九八五条の立法過程についても検討が進められるようになった。法廷は陰謀の存在を認め、ワードの交通移動権が剥脱されたことがその証拠であるとした。両親は息子を心配する動機から行動したものだが、被告の統一教会会員への敵意もその動機になった。

 

この判決は、のちに最高裁判所が被告の上訴を却下したことで確定した。

 

4 「ランキン」対「ハワード」(第九巡回管区、1980年)

 

親の求めた暫定人身保護令によって暴力改宗を受けた統一教会会員が、カンサス州判事を相手に、判事は人身保護令を出し、他の人々と共謀して会員の公民権を奪ったとして訴訟を起した。アリゾナ州の連邦地裁は州法廷の略式命令を認め、他の二人の被告に対する略式命令も認めた。上訴によって第九巡回管区控訴裁はこれをくつがえした。

 

もし判事が事前に人身保護請求について支持の判定をすると協定していたとすれば、こうした協定は判事が訴追免責の対象とされる法的行為ではない。

判事が明確で完全な人的管轄権なく行動すれば、免責を失う。

もし州判事が管轄権問題について誤りがあることを知っており、カンサス州法が一方の当事者のみ手続きから除外することを禁止していると知っていれば、判事は明確で完全な人的管轄権を実行したはずである。

判事がそうしたことで免責を受けられるとしても、共謀者である暴力改宗者や親は自動的に免責を受けられない。

略式命令を排除する物的事実が存在する。

 

控訴裁は次のとおり判決を出した。

 

ランキンは、暴力改宗者と両親が判事を取り込み、判事の不偏不党性を奪い、カンサス州のランキン宅を見かけの管轄区とした、との証拠を示した。こうした容疑とその証拠によって、法廷は一九八三条項による略式命令(ハワード、トラウシュトに対する訴訟を却下したもの)を破棄し、差し戻すこととする。

 

5 「ヘランダー」対「パトリック」(コネチカット州、1976年)

 

統一教会会員ウェンディー・ヘランダーは、誘拐し、強制棄教を企てたたテッド・パトリックに対し訴訟を起した。判事は五千ドルの支払いをパトリックに命じた。

 

被告は証拠により、上記の強制、脅迫、監禁などを原告に対して中心的に行ったことは明白である。被告とその仲間は、原告を統一教会から引き離すため、露骨で、無感覚で、威嚇的方法により、原告の意志に反して監禁場所を移しながら、テレビのメロドラマさながらの活動を行った。

 

監禁され、拘束され、被告による恐ろしい体験を受けることについて、法的に正当化できるものは何もない。法廷は原告の憲法上の権利が侵害されたと明確に断定する。

 

法廷は原告が通過した恐ろしい改宗体験について、被告がそれを推進してきたことを確信している。

 

6 「ベアー」対「ベアー」(カリフォルニア州、1978年)

 

統一教会会員ローレンス・ベアーは両親と暴力改宗者に対して、彼等は信仰を奪う目的で共謀し、強制的に誘拐した、として告訴した。

 

被告の要請した、申し開きに対する一部略式命令、あるいは略式裁判について、地方裁判所は、国がいかなる形であれ介入した証拠を原告が示すことができなかった、と判定した。これは公民権法のもとで救済を受けるための必要条件である。さらに、州境を越えて誘拐が行われなかったため、原告は連邦法典42、1985による救済を受けることができない、と定めた。

 

しかし、法廷は「私的行為」により原告の権利が妨げられたことは疑いない、とした。また法廷は判例の詳しい分析を行い、私的行為が公民権法のもとで保護されるかどうかについて調べた。そうすることにより、法廷は「宗教的差別は1985によって取り扱うことができる」と結論づけた。法廷の意見は次のとおり。

 

本件については人種差別裁判と多くの類似点をもつ。特定の気に食わない宗教団体会員を暴力改宗する、というのがその財団の存在理由である。訴状を公平に読むと、同財団はローレンス・ベアー個人の信仰を問題にしたのではなく、統一教会会員という理由で選び出した。つまり、原告が少数派の宗教団体会員である、という理由によるものだ。被告は統一教会に憎悪を抱き、原告の会員を暴力改宗する動機づけがある。宗教の立場は、同種ではなく、不変の特性をもつので

人種の立場とは異なるが、人種少数派の人々が多数派からの恐れ、憎悪不合理性などに直面していると同様に、宗教的少数派も同じ立場に立たされている。

 

7 「クーパー」対「モルコ」(カリフォルニア州、1981年)

 

統一教会会員のウィル・クーパーは警察官、両親、七人の暴力改宗団に対して、誘拐と暴力改宗により公民権が犯された、として提訴した。被告は個人管轄権の欠如、不適切な裁判場所、訴訟原因管轄権の欠如を理由に却下を求めたが、地方裁判所の判定は次のとおり。

 

すべての被告は一八七一年公民権法違反の対象になりうる。

訴訟原因は公民権制限の陰謀ということである。

 

被告は、宗教団体の会員は1985による保護を受けられないと主張したが、地方裁判所は「グリフィン」対「ブレッケンリッジ」裁判の画期的判例を取り、保護対象についての枠が広げられたとの見解を示した。法廷は「グリフィン裁判以来、法廷は一般に、宗教団体も1985による保護を受けると見るようになった」と述べた。