第一章 科学を装った空虚な理論


米国心理学会(APA)等が提出した法廷助言書の判断

 

「マインド・コントロール」とは悪い伝道方法?

 

スティーヴン・ハッサン氏は、その著書『マインド・コントロールの恐怖』の中で、「マインド・コントロール」とは何かを、次のように定義しています。

 

 

個人の人格(信念、行動、思考、感情)を破壊してそれを新しい人格と置き換えてしまうような影響力の体系のことである。多くの場合、その新しい人格とは、もしどんなものか事前にわかっていたら、本人自身が強く反発しただろうと思われるような人格である。(『マインド・コントロールの恐怖』27頁)

 

 

これによると彼は、「マインド・コントロール」を基本的には悪いものであると考えていることが分かります。

 

また、次の記述によって彼は、信教の自由は認める立場にあることを主張しており、悪いのは信仰の内容そのものではなくて、「マインド・コントロール」という伝道方法にあると主張したいのです。

 

 

私は強固な市民的自由主義者であり、憲法が保障する個人の自由と信教の自由を擁護することには強い関心がある。どんなに奇怪で非正統的な信仰でも、人々は自分が選んだとおりに信じる権利があることを、私は全面的に支持する。もし人々が文鮮明氏をメシアだと信じたいのなら、それも彼らの権利である。しかしながら――そしてこれが決定的な点なのだが――文鮮明をメシアだと信じこませる過程からは、人々は保護されなければならない。(『マインド・コントロールの恐怖』76頁)

 

カルトを破壊的にするものは、その「やりかた」である。人々が信じたいものを自分自身のために選ぶ権利というものを、ある集団が尊重しているかどうか。それは、その集団がどんな勧誘の仕方をするか、またそのメンバーにどんなことが起こるかを見ればわかる。信者を勧誘しコントロールするのに、嘘や催眠その他のマインド・コントロールのテクニックが使われているのなら、そこでは人々の権利が侵されているのである。(同書76頁)

 

 

このように、ハッサン氏は「マインド・コントロール」は現代心理学のテクニックの悪用に当たるものと考えており、人権侵害に当たる詐欺的行為であるととらえているために、国家がこれを規制すべきであると主張しているのです。

 

 

ところが、彼の「マインド・コントロール」がその理論的基礎としている、心理学者、シンガー博士の「強制的説得理論」と、それによる「カルトによる勧誘と教義注入の方法についての研究」は、一九八七年に米国心理学会(APA)およびロンドン経済大学のバーカー博士等、世界的に著名な宗教社会学者等が代表して提出した法廷助言書によって、完全に否定されていることは序章においてすでに述べたとおりです。

 

それではこれから、その否定の根拠となった法廷助言書の要点をまとめて見ていきましょう。

 

 

「強制的説得」理論の空虚

 

法廷助言書の「議論の導入と概要」によれば、シンガー博士と精神病理学者のサムエル・ベンソン博士は、

 

 

「強制的説得」を、教会の伝道担当者が「入会候補者の自由意思と判断能力が事実失われるように、入会候補者を取り囲む交際による感化力(影響力)を計画的に操作しつくりだす活動の過程」(本書119頁)

 

 

と定義しており、統一教会を訴えたこの原告は、この「強制的説得」理論を根拠に、

 

 

…統一教会およびその関連組織に自由意思なく入らされ……精神的、肉体的損害を被ったとして損害賠償を求めている。(本書118頁)

 

 

というのです。

 

しかし、シンガー博士らの「強制的」とする過程や「計画的操作」とする内容とは、

 

 

…入会候補者への過度の愛情、お世辞、思いやりなどを意味している。……他の内容には、長時間の祈り、宗教的内容の講義とその後の討論、教会員による入会候補者への休みない関心、よく組織された体操やレクリエーション活動、歌やハイキングなどのグループ単位の他の活動、入会候補者の感ずる罪意識に焦点を当てる討論などが含まれる。(本書119~120頁)

 

(しかし)モルコ(原告)は申立書の中で繰り返し食事は満足するものであった、と述べている。また…毎晩数時間の睡眠時間があったと述べている。…つまりシンガー博士が主張してきたような、食事・睡眠管理による個人統制は実証がない。(本書163頁)

 

 

したがって、

 

 

シンガー、ベンソン両博士の結論は科学的に意味のあるものでなく、そうした結論を生み出した方法論についてもその分野の専門的学会で広く受け入れられている方法から、はるかにかけ離れているので、結果として信頼できる有効な結論を生み出せなかった。(本書120頁)

 

 

このように、米国心理学会を代表として提出された法廷助言書は、「強制的説得」理論は科学的正当性がなく、統一教会の活動と信仰に対する専門家でない一般人による一つの主観的な「否定的価値判断」と何も変わらないと断定しているのです。

 

 

法廷助言書が指摘しているように「強制的説得によって自由意思が制限された」という場合、その証拠を示さなければならないわけですが、

 

 

もし、実証的証拠により、特定の刺激に対して大多数の人が限定された範囲の行動を示すとすれば、…その刺激は効果的な強制ということができる。…(しかし)統一教会の会員募集修練会についてのいくつかの研究が行われたが、それによると、平均で修練会参加者の十人に一人以下が入会に同意し、二年後には二十人に一人しか(教会に)残らない…。これらの統計から科学的に導き出される唯一の結論は統一教会の(による)回心行為は強制的ではない、ということである。(本書128~129頁参照)

 

 

と、この法廷助言書は、逆の証拠を提示して

 

 

元統一教会員と強制改宗者の話では、米国に約二万人の元教会員がいるが、そのうち強制的に誘拐されて脱会したのは数百人という。実際には何と非強制的な回転ドア式のカルトではないか。(本書166頁)

 

 

と、驚きさえ示しており、つまり、シンガー、ベンソン両博士のいう統一教会の回心行為が強制であるという主張は、明らかに虚偽である、と結論づけているのです。

 

 

説得に弱い人々を半ば強制的に入会させているのではないか、との疑問に対しても、法廷助言者たちの調査によれば、

 

 

説得に弱いと思われる人々が、実際には入会していない。(さらに)五十人以上を調べたところ、知的、性格的、精神的状態のテストの結果、正しい判断能力がないことや、資産について法的判断ができないことを示すデータは何も出てこなかった。もし教会入会者に共通する特性があるとするならば、それは「思想的渇望」である。(本書131頁参照)

 

 

として、統一教会に入会する人々は、説得などに弱い人々でなく、逆に真剣に真理を求めている人々が多いとしています。

 

また、統一教会がその教えの素晴らしさを強調したとしても、損害賠償の対象になるなどとはバカげていると、広告の例を挙げて説明しています。

 

 

製品やサービス広告では、その必要性を感じている人に対して反応するように訴えるのがより一層効果的である。しかし、広告主がその製品の必要性を感じている人を説得したために損害賠償の対象になるべきである、などとは誰が考えるだろうか。また、そうした広告の効果を自由意思の剥奪などと誰も考えないであろう。(本書166頁)

 

(にもかかわらず)統一教会の宗教的活動の中心にある瞑想、祈り、回心、罪の告白、断食、霊的純化などについて損害賠償を求めることは、…(アメリカ)憲法修正第一条の宗教の自由を保障する条項に違反する。(本書121頁)

 

 

としているのです。

 

 

シンガー、ベンソン両博士は、統一教会における「回心」が「自由意思を剥奪された結果」という主張を正当化するために、朝鮮戦争捕虜への洗脳の例を持ち出しています。しかし、

 

 

中国で捕虜になった三千五百人の中で、五十人だけが共産党支持の宣言を行い、うち二十五人がまで共産主義国を離れることを拒否した(に過ぎない)。(本書167頁)

 

 

のであって、脅迫を用いた洗脳でも、わずか一・四パーセントの効果しかないにもかかわらず、シンガー、ベンソン両博士は戦争捕虜に対するマインド・コントロール技術の効果について驚くほど過大評価しています。

 

第二点は、統一教会では朝鮮戦争捕虜収容所と異なり、

 

 

肉体的拘束、拷問、死の脅迫、肉体的必需品の剥奪が全く行われていないということだ。(だから)この比較はこじつけである。(本書133~134頁参照)

 

 

とし、一般に、新宗教は成人を会員獲得の対象としているのに対し、多くの既成宗教団体は、会員である親が勧めて肉体的自由のない自分の子供を洗礼などによって信者にしている。これではシンガー博士の理論から言えば、

 

 

既成団体の方が新宗教グループよりもより「洗脳」しているということになる。(本書135頁)

 

 

と論理の矛盾を指摘しています。

 

 

不公平な証拠データ

 

また、シンガー、ベンソン両博士の用いているデータは証拠文献がなく、検証ができません。彼女らは、自分たちの論理的根拠とする元信者のインタビューを公開したことはなく、

 

 

…専門学術誌に掲載されたこともない。…(そのため)他の専門家による検証ができず、そのままそれを信じるしかない。…(一方)大量の学術文献が別の実証的分析方法によって彼らの主張を否定しているにもかかわらず、(彼らは)それに応える努力をしていない。(本書137頁参照)

 

…両博士は、二つの情報源に依存している。一つは元統一教会員で、そのほとんどが教会から強制的に引き離されたものである。二つ目は元会員の家族・友人などである。このどちらの情報源から提供された証拠にも偏向がある可能性が大変強いので、こうした情報源のみに依存する結論は有効と考えるわけにはいかない。(本書138頁)

 

 

このように、彼らの結論は「科学的学会では信頼されておらず、有効性もない」と、法廷助言書は結論づけています。

 

以上のように、米国心理学会(APA)を代表とする法廷助言書は、「強制的説得理論は科学的学会の支持が不十分であり、下級裁判所が判決したように単なる科学を装った客観性のない、否定的、主観的価値判断に過ぎない」と結論を下しているのです。