月別アーカイブ: 2016年2月

実況:キリスト教講座10

キリスト教について学ぶ意義(10)  それでは、キリスト教信仰の基本とは何か、クリスチャンとして最低何を信じているかという、一番のボトムラインになるものは何かというと、それはおそらく「使徒信条」ということになります。これ … 続きを読む

カテゴリー: 実況:キリスト教講座

米国におけるディプログラミングの始まりと終焉(4)

ダン・フェッファーマンによる2010年の論文 C.強制的ディプログラミングに対する刑事および民事訴訟(の続き) ウィリアム・エイラーズ事件  ビル、サンディー・エイラーズは「主イエス・キリストの弟子たち」の会員だったが、 … 続きを読む

カテゴリー: 米国におけるディプログラミングの始まりと終焉

実況:キリスト教講座09

キリスト教について学ぶ意義(9)  それでは、キリスト教の基礎知識ということで、極めて基本的な、これだけはぜひ知っておいてくださいというようなことを話します。これはまあ、キリスト教の常識ということで抑えておいていただきた … 続きを読む

カテゴリー: 実況:キリスト教講座

米国におけるディプログラミングの始まりと終焉(3)

ダン・フェッファーマンによる2010年の論文 C.強制的ディプログラミングに対する刑事および民事訴訟(の続き) ダーリーン・センス事件 米国中西部の一部裁判所は、宗教の自由の問題に対してそれほど敏感ではなかった。1970 … 続きを読む

カテゴリー: 米国におけるディプログラミングの始まりと終焉

実況:キリスト教講座08

キリスト教について学ぶ意義(8)  さきほど、『原理講論』が問題だと言いました。それでは『原理講論』でキリスト教徒はいったいどのような描かれ方をしていて、どういう限界があるのか、という話をします。これは何も『原理講論』を … 続きを読む

カテゴリー: 実況:キリスト教講座

米国におけるディプログラミングの始まりと終焉(2)

ダン・フェッファーマンによる2010年の論文 B.宗教団体と市民自由団体の役割  被害者がときには脱出してその経験を語るようになると、米国の主流派宗教団体や市民自由団体は「ディプログラミング」に対して声高に反対するように … 続きを読む

カテゴリー: 米国におけるディプログラミングの始まりと終焉

実況:キリスト教講座07

キリスト教について学ぶ意義(7)  さらにユダヤの律法も、キリスト教がユダヤ教から独立して世界宗教へと脱皮していくために、これを無益なものとして否定する必要があったわけであります。もし、キリスト教というものが歴史の波の中 … 続きを読む

カテゴリー: 実況:キリスト教講座

米国におけるディプログラミングの始まりと終焉(1)

ダン・フェッファーマンによる2010年の論文  今回より6回シリーズで、ダン・フェッファーマン国際宗教自由連合(ICRF)会長の論文「米国におけるディプログラミングの始まりと終焉」の日本語訳をアップする。理由は、本ブログ … 続きを読む

カテゴリー: 米国におけるディプログラミングの始まりと終焉