解散命令請求訴訟に提出した意見書05


 1990年代にはディプログラミングはすでに衰退していたが、ジェイソン・スコット事件は、米国におけるディプログラミングの終焉を決定的なものにし、CANを破綻させた。1991年にリック・ロスというディプログラマーがジェイソン・スコットという若者を「ライフ・タバナクル教会」から脱会させるためにディプログラミングを施そうとしたが、彼は脱会せず、逆にロスとCANを相手取って損害賠償を求める民事訴訟を起こしたのである。ジェイソン・スコット氏の両親から息子の脱会について相談され、ディプログラマーとしてリック・ロスを紹介したのはCANであった。1995年9月、法廷は総額約500万ドルの損害賠償をスコット氏に支払うよう被告側に命じた判決の中で、このディプログラミングの責任がCANにもあることを認め、懲罰的罰金100万ドルを含む合計109万ドルの賠償金を支払うようにCANに命じ、CANはこの判決により破産を余儀なくされた。

 こうした経緯により、アメリカでは既にディプログラミングは犯罪であるという評価は定着しており、すでに過去のものとなっている。アメリカにおける強制改宗をめぐる民事訴訟の詳細は省くが、被告側が強制改宗を正当化する法廷での抗弁は、大きく分けて以下のようなものになる。1)子の幸せを願う親の愛情が動機となって行われたものであるため、不法監禁の罪から免責される。2)より大きな悪を防ぐためにより小さな悪を行うことは正当化されるという「悪の選択」の抗弁。3)強制的に監禁された状況下で相手に同調すると、合意の上での滞在とみなされる。

 これと同様の抗弁は、日本における脱会強要をめぐる民事訴訟でも主張された。アメリカの民事訴訟では、一時的に原告側が負けることはあったにせよ、こうした抗弁は最終的にすべて排斥されたことを指摘しておきたい。

6.日本における「マインド・コントロール言説」と強制改宗
 ①脱会カウンセリングの根拠としての「マインド・コントロール言説」

 洗脳に代わる最新の理論としてのマインド・コントロール概念が日本に輸入されたのは、スティーヴン・ハッサンの著書『マインド・コントロールの恐怖』の翻訳(1993年)によってである。ハッサンの著書は、1995年に出版された西田公昭の『マインド・コントロールとは何か』と併せて、脱会活動を実践する人々の間でよく読まれている。(注13)

 家族に脱会の支援をする「反対牧師」は、信者の両親に対して子どもはマインド・コントロールされた状態にあることを徹底的に教育するという。この結果、親や家族は、子どもが自分の意思で「カルト」に入ったのではなく、マインド・コントロールによって騙されて入信させられたのだと考えるようになる。「カルト」に批判的な立場の心理学者や精神科医の「マインド・コントロール言説」は、この見方に権威付けを与える役割を果たす。

 渡邊太氏は、「マインド・コントロール理論がもっとも影響を及ぼしているのは、カルト信者の救出活動の実践に対してである。ディプログラミングや救出カウンセリングといった取り組みは、カルト信者がマインド・コントロールされているということを前提にしている。救出カウンセラーは、マインド・コントロール理論を説得教材として使う。家族はハッサンの著書『マインド・コントロールの恐怖』や西田の『マインド・コントロールとは何か』を読んで、カルトに入った娘や息子が、マインド・コントロールされた状態であることを学ぶ。救出カウンセリングを受ける本人も、読むことをすすめられる。脱会した後も、いろいろ本を読んで、自分がマインド・コントロールされていたことを確認する。」(注14)と述べている。

 大田俊寛氏はこうした教育について、「マインド・コントロールを解くためには、それを受けている場から遠ざけなければならないという理由から、信者を暴力的に拉致する、さらには『マインド・コントロール』を解く(ディプログラミング)という名目のもとに、長期にわたって監禁・説得する、強制脱会行為がビジネス化するというケースも引き起こされる。」と批判している。(注15)

 こうして拉致監禁による強制脱会を強いられた元信者たちが、「自分は統一教会によってマインド・コントロールされた」と主張して、教会を相手取って損害賠償を請求する訴訟が、「青春を返せ」裁判である。その一例として私は、札幌における「青春を返せ」裁判の原告となった元信者たちの裁判調書を分析し、彼女たちの多くが身体を拘束された状態で説得され、脱会に至った事実を発見した。

 札幌地裁における審理は1987年3月から2001年6月まで14年3カ月という長期間にわたる裁判であった。原告は最終的には21名となり、全員が女性である。結果は、2001年に一審判決で原告の元信者らが勝訴し、2003年3月に控訴審(札幌高裁)で統一教会の控訴が棄却され、同年10月に最高裁が統一教会の上告を棄却したことにより、元信者らの勝訴が確定している。裁判所が認めた損害賠償の額は、請求額のおよそ三分の一であった。

 札幌「青春を返せ」裁判の原告が教会を離れるようになった状況は、統一教会の代理人である弁護士が、原告らに対して行った反対尋問によって明らかになった。21名の原告の証言は、以下の4つのカテゴリーに分類することができ、その人数と比率は以下の表のとおりである。

表2

 この円グラフが示しているのは、証言において文字通り監禁されたことを認めている者が8名おり、「監禁」という表現は認めていないが部屋には内側から鍵がかけられており、部屋から自由に出入りできなかったことを認めた者が8名おり、軟禁状態にあったと証言している者が2人いるということである。ここでいう軟禁とは、鍵は掛けられていなかったものの、常に誰かが見張っていて逃げ出せる状態ではなかったことを指している。残りの3名が、「監禁」という言葉を否定し、出入りの制限もなかったと証言している者たちである。物理的な拘束が事実上あったことを認める証言が全体の75%を超えていることは特筆に値する。また、全体の86%の原告が、何らかの意味で拘束された状態で脱会を決意したことになる。

 実は、文部科学省が提出した陳述書の中には、この札幌「青春を返せ」裁判の原告が含まれており、その中には自分が教会を脱会する際に身体的な拘束を受けたと証言している者が含まれている。ORさんは反対尋問において、両親が統一教会から脱会させる目的で自分を監禁していたことを文字通り認めている。UTさんは脱会を決意した際の両親との話し合いの状況として、事実上の身体拘束があったことを認めている。具体的には部屋に鍵がかかっており、部屋から自由に出入りできなかったと証言している。OTさんも同様に事実上の身体拘束を認めている。マンションには鍵がかかっており、そこから自由に出入りできなかったと証言している。高田めぐみさんは自分が軟禁状態だったことを認めている。

 このように、①「マインド・コントロール言説」によるディプログラミングの正当化→②ディプログラミングによる脱会者の生産→③脱会者の訴訟による「マインド・コントロール言説」の主張、という悪循環が作られているのである。

(注13)渡邊太前掲書、p.215
(注14)渡邊太前掲書、p.223-4
(注15)大田俊寛前掲書、p.61

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