書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』25


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第25回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「教勢の衰退と資金調達方法の変化」というテーマを掲げ、統一教会の伝道が1980年代末で頭打ちになった理由について分析している。この辺の分析は櫻井氏自身が認めているように、統一教会に反対する勢力からの情報提供に基づいていると言える。その部分を引用してみよう:
「日本における統一教会の信者数は、四七万七〇〇〇人(平成七年文化庁宗教統計)とされるが、献身した本部教会員の実数は数万人の規模と思われる。統一教会問題を手がけてきた日本基督教団の牧師や全国霊感商法対策弁護士連絡会、及び脱会した元信者の証言によれば、統一教会の修練会に多数の若者たちが参加していたのは、一九八〇年代末までである。その教勢のピークは、その頃に入信した信者たちが数年の伝道や経済復帰と呼ばれる資金調達活動に従事した後に参加する祝福に象徴されている。一九九二年八月に三万双の国際合同結婚式が韓国で挙行され、日本の芸能人やスポーツ選手が参加して話題を呼ぶが、その一人が翌年『私はマインド・コントロールされていました』と脱会宣言を記者会見で行い、それ以降、統一教会は、合同結婚式、洗脳、マインド・コントロール、霊感商法という悪評のために、宣教活動が停滞することになる。」(p.96-97)

 この櫻井氏の記述は、大筋においては正しいと言えるが、細かな点で気になる部分はある。まず、宗教法人としての統一教会には「献身」という制度は存在しないので、「献身した本部教会員」という表記は正しくないだろう。教会員を本部登録する制度は存在するので、47万7000人というのは、活動しているかどうかは別として名簿上の数として文化庁に報告したものと思われる。統一教会の信徒の組織において専従的に活動する者を「献身者」と呼ぶ慣習は存在したので、その実数が数万人の規模というのは、時代によって変化するとはいえ、およその数としてはそんなに外れていないと思われる。ただし、統一教会の信者の数には、社会で働きながら信仰を持つ「勤労青年」や、家庭の主婦が信仰を持つ「壮婦」、その夫に当たる「壮年」、さらには幼児、小学生、中学生、高校生などの「2世」も含まれるので、いわゆる献身者の数と本部教会員の数を比較してその差を強調したところで何の意味もないと言える。

 厳密に言えば、「教勢のピーク」と「宣教活動のピーク」は必ずしも一致しない。宣教活動のピークは、その年に新しく入会した信者の数によって測定されるが、その信者たちがその後長年にわたって信仰を維持し続ければ、新たに入会する信者の数が微増に転じても信者の総数は増え続けるから、教勢のピークはもっと後ろになるからである。こうした細かいデータを統一教会は近年公表してこなかったので、櫻井氏の記述が正しいかどうかを客観的に判定する資料は存在しない。これが内部資料と一致すれば、その信憑性はかなりアップすると思われる。

 櫻井氏の分析の最も重要な部分は、「統一教会の修練会に多数の若者が参加していたのは、一九八〇年代末まで」であり、このころをピークに宣教活動が停滞するようになったというところであろう。この主張は、教会内部にいる者の感覚からしても、直感的に正しいと思える。しかし、それはあくまで感覚に過ぎないので、もう少し数値的に確かめられる情報をもとにこの主張を検証してみたいと思う。

 統一教会は信者の実数に関する数字をあまり公表したがらないが、秘密の内部情報ではなく、公的な場所で発表された情報の中に、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長が行ったプレゼンがある。これは、韓国で行われる天一国指導者総会や、日本で教会員を集めて行われた集会の中で、「VISION2020」を実現する上で教会が抱えている課題について述べた内容なので、教会本部から情報提供を受けた「内部の正確な情報」であると同時に、対外的に秘密ではない開かれた情報であると理解することができる。

 そのプレゼンの中に、教会員の年齢分布に関するグラフがある。

在籍信者の年齢分布

 このグラフによれば、2015年の時点で日本統一教会の教会員の在籍人口の年齢的なピークは50歳から64歳(赤い長方形で囲った部分)であり、これが全体の45%を占めるという。この人たちは、1980年の時点(35年前)では15歳から29歳であり、1990年の時点(25年前)では25歳から39歳であった。これは未婚の青年として統一教会に伝道されるには最もふさわしい年齢層であると言える。もちろん、1980年に15歳で伝道されるというケースはあまり考えられないが、最も若い層は1980年代の後半に伝道され、それよりも年上層は1970年代後半から1980年代前半にかけて伝道されたと理解できる。厳密に言えば、伝道される経路としては未婚の青年時代に伝道されて祝福を受けて結婚するケースと、結婚した後に壮年・壮婦として伝道されるケースがあり、これらのグループが伝道される年齢層は異なるのであるが、現在のピークが1980年代に未婚の青年として伝道されたと仮定することはかなり現実的であると思われる。1980年代に40歳を超える壮年・壮婦として伝道された人も多数いると思われるが、そうした人々は2015年の時点では70歳以上になっていると思われる。ちなみに、私の場合には1983年に18歳で伝道されたが、2015年の時点で51才であり、この人口ピークの一番若い部分に引っかかっていることになる。

 宋総会長のプレゼンにはもう一つの興味深いグラフとして、二世人口の年齢分布に関するものがある。

二世人口の年齢分布

 このグラフによれば、2015年の時点で15~20歳までが二世の人口のピークであるという。伝道された年と違って、生まれた年は年齢から正確に知ることができるので、この二世たちは、間違いなく1995年から2000年の間に生まれたことになる。しかし、その親がいつごろ伝道されて、いつごろ祝福受け、いつごろ家庭を出発したかという問題になると、個人差によるばらつきが出てくる。しかし、統一教会への入信のパターンとして、20代の若い頃に伝道され、実践活動を数年行った後に祝福式に参加し、その後さらに数年は聖別期間を過ごした後に家庭を出発し、間もなく子供が生まれるという「青年から祝福家庭へ」というコースがあり、この平均的な長さから、この二世たちの親がいつごろ伝道されたのかを類推することができる。

 まず、彼らの親の祝福双から類推すると、以下のような期間に生まれたことになる。
①6000双(1982年)の場合、祝福式後13年~18年
②6500双(1988年)の場合、祝福式後7年~12年
③3万双(1992年)の場合、祝福式後3年~8年
④36万双(1995年)の場合、祝福式後0年~5年

 祝福を受けてから家庭を持つまでの聖別期間、および第2子や第3子であることによるタイムラグを考慮に入れると、この2世の人口ピークは6500双と3万双の子女が大部分を占めると思われる。そして、これらの祝福式が行われた年が1988年と1992年であることを考慮に入れれば、この祝福双の人々が伝道された時代は、1980年代が中心であると思われる。ちなみに、筆者には子供が4人いるが、長男を除いて残りの3人は全員がこの年齢層に入っており、筆者自身も1980年代に伝道されている。

 以上の情報を総合すると、統一教会の修練会に多数の若者が参加していたのは1980年代末までであり、このころをピークに宣教活動が停滞するようになったという櫻井氏の主張は正しいことになる。この情報は、常に統一教会をウォッチングしてきたキリスト教会の牧師や、全国霊感商法対策弁護士連絡会、及び脱会した元信者の証言に由来するものであるため、外側からの情報とはいえ、ある程度事態を正確にとらえているのであろう。特に長年教会に身を置いて、内側から伝道の様子を観察することのできた元信者の証言は貴重な情報源であったと思われる。では、なぜ1990年代以降に宣教活動が停滞するのようになったのかという理由については、次回論じることにする。

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実況:キリスト教講座36


統一原理の神観について(10)

 それでは、この分野における統一原理の神観の特徴とはいったい何であるかというと、統一原理はすべての存在が相対的な関係によって成り立っているという、東洋的な哲学に立脚しているため、神と人間の関係もギリシア哲学に見られるような一方的なものでなく、相互に影響を及ぼし合うダイナミックなものであるということです。その根底には、神の最も本質的な属性を「心情」であると捉える独特な神観があります。すなわち、神様と被造世界がなぜダイナミックな関係を結べるかというと、神様の最も本質的な属性が「心情」であるととらえているところに、その原因があるということです。

 それでは、「心情」とは一体何でしょうか? 統一思想によりますと、心情とは「愛を通じて喜びを得ようとする情的な衝動」であると定義されております。ですから、「愛したい」ということですから、相手がいなければ愛にならないわけです。したがって、心情はその本性からして「対象の存在」とそれとの「交わり」を追求することになります。そしてその心情の特性からして、愛すべき対象が失われてしまったり、望んだとおりの交わりが実現されなかったりした場合には、当然神も嘆き悲しむのだということになります。つまり、神は絶対者でありながら被造物との関わりの中で生きることにより、自らを相対化した、そのような神様であるということが分かるわけです。
 
実況:キリスト教講座挿入PPT36-1

 これを図にしますとこうなります。神様は被造物を創られる前は、絶対者として存在していました。これが、神様だけが存在していた状態ですね。しかしながら、神様には絶対であるとか唯一であるとかいう属性以上に、もっと本質的で強い属性があったわけです。それが「心情」なんですね。もしこの心情よりも永遠性、絶対性、唯一性などがより本質的な神様の属性であったとすれば、何も被造物なんか創らなくてもよかったわけです。「私は永遠である」「私は絶対である」と独りで思っていればよかったわけですから。なぜ被造物を創ったのかというと、唯一性とか、絶対性とか、永遠性とかいうこと以上に、「愛する対象が欲しい!」という衝動が、最も本質的な神様の属性だったからです。その心情を動機として、神様は被造物を創造せざるを得なかった。だから自分のすべてを投入して対象を創り出したということです。

 この対象から喜びが返ってくると、心情は刺激を感じるということになります。その喜びを感じる最も中心的な対象が何であったかというと、人間ということになります。あらゆる被造物の中でもこの人間は、神様に最大の喜びを返す、最高の美の対象として創られたので、人間を通して最高の喜びが得られるようになっていたということです。ということは、神様はもともと絶対者でしたけれども、一人で絶対者でいればよいものを、わざわざ愛する対象を創ることによって、それと「相対的関係」を結んで生きる存在になった、すなわち自らを相対化したということなんです。

 さらに、神様がすべてをコントロールするわけではなくて、人間に自由意思というものまで与えて、神様の願いに背いて自分の意思を通すことさえできるようにしたのです。この自由意思の結果として、もし人間が神様の願いに反したならば、喜びではなくて悲しみを感じるかもしれないようになったわけです。すなわち、被造物を創ってそれと相対的関係を結んで生き、さらに自由意思を与えるということは、それが神様に悲しみを返し、神様の心情が傷つけられる可能性までも包含しているわけです。そういう、いわばリスクを背負いながらも、自由意思を与えた自分の似姿である人間と共に生きることが最高の喜びなので、そのように人間を創造するという道を選んだわけです。それは人間を愛そうという神様の心情が、それくらい強かったのだということです。この辺が統一原理の神学的特徴でありまして、いわゆる存在論とか哲学を中心にするのではなくして、心情というものを神様のど真ん中において、最も本質的な属性としてとらえるところからすべてを説明しているということです。

 神が罪悪に満ちた人間を見て嘆き悲しまれるということは、絶対者としての神の権威を下げるものではなくて、むしろそれほど人間が神にとってなくてはならない貴重な存在であるということを意味しているわけです。よく、統一原理が「悲しみの神様」とか「恨(ハン)の神様」とか言いますと、批判する人は、神様をあまりにも人間的にとらえていて、唯一絶対の至高の存在である神様を引きずり降ろしているように感じるらしいんですね。神様というのはもっと貴いお方であって、そんな人間的な悲しみにとらわれているお方ではないと批判するわけです。罪悪に満ちた人間世界を見て嘆き悲しんでいる神というのは、あたかも神を冒涜しているかのようにクリスチャンたちは感じるようであります。

 それに対して私たちは、「そんなことはありません。それは神様の権威を下げているんではなくて、それほど愛深き方であるということを私たちは言いたいんです。それほど人間というものは神様にとって貴重な、無くてはならない存在であり、神様が絶対に必要とする存在であるということが言いたいんです。」と答えなければなりません。すなわち、神は人間をあってもなくてもいい存在として創造したのではなく、最高の喜びを得るための子供として創造されたのだということです。ちょうど親が子供の一挙手一投足に一喜一憂するように、神もまた人間の運命に対して無関心ではいられません。これが統一原理の主張する「心情の神」の姿です。こうした神の心情は、実は聖書の中には嫌というほどでてくるわけです。それを認めながら、どうして神は悲しまないと言うのかというと、それは哲学的な呪縛に陥っているので、神の悲しみという考え方を否定しているに過ぎないわけです。

 この辺が、キリスト教のいう上から一方的に人間を愛する神様と大変違った神観であるということになります。よくキリスト教では、神様の愛として「アガペーの愛」というものを説きます。愛には三種類あると言われておりまして、アガペーとフィリアとエロスと呼ばれています。アガペーとは何であるかというと、至高の存在、絶対的な存在がそれよりも下の存在に対して上から降り注ぐような無条件の愛のことを「アガペー」と呼んでいます。これが素晴らしい愛なんだ、神様の愛なんだということを一般にキリスト教は主張するわけです。確かに、堕落した人間の愛に比べれば素晴らしいですよ。堕落した人間の愛は、「何かしてほしいから愛する」という条件付きの愛であり、必ず見返りを求める愛ですから、それに比べれば神様の愛というのは、全知全能で永遠不変で絶対的な神様が、なんの見返りも求めずに、非常に罪深い人間を上から一方的に愛するんだ、これが「アガペーの愛」なんだというのは確かに素晴らしい話ですよ。

 しかし、その愛は本当の愛なのかということに関して、統一原理は敢えて疑問を呈するわけです。その「アガペーの愛」とは何であるかというと、平たくと言うと神様が人間に対してこう言っているのと同じなんです。「私は神です。私は完全無欠です。私は何でも持っています。あなたがた人間は何も持たない哀れで惨めな存在なので、私はあなたを一方的に愛しますよ。あなたは何も返す必要はありませんよ。あなたたちは無能なんですから。」つまり例えて言えば、あるお金持ちがいて、「私、すごいお金持ちなんです。もうあり余るほど財産があるんです。あなたたちは貧乏ですね。だから分けてあげますよ。そんな返そうなんて思わなくていいですよ。あなたがたは貧乏なんだから。一方的に与えますよ。」という話です。

 確かに見返りを求めなくて、素晴らしい愛のようなんですが、私たち人間の本性として、神様との関係がそれだけでいいんですか、ということなんです。一方的に愛されてそれを受けていればよいのかというと、それは私たちの本心が喜ばないでしょうということです。私たちは愛を受けたら神様に美を返したい、神様を喜ばせたい、神様に何かしてあげたいと思うのが人間の本性であると考えるわけです。ところがキリスト教の神学におきましては、人間が神様に何かを返すとか、神様を喜ばせるとかいう概念は存在しないんです。神様は一方的に上から愛するだけなんです。この辺がキリスト教の神観と統一原理の神観の大きな違いということになります。「心情の神」である以上は、愛したら、やっぱり愛が帰ってきてほしい、授受作用がしたいわけです。神様はよく授けると同時に、よく受けたいわけです。ですから人間に対しても、神様に美を返すことを期待しておられるし、美を返す度合いに応じて、成長した子供の姿を喜ばれる神様であり、人間と深く交わる神様であるわけです。そのような授受作用の関係というものが、一般的なキリスト教の神学にはなくて、一方的に上から愛するだけなわけです。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』24


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第24回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「資金調達の戦略」というテーマを掲げ、アメリカや韓国における統一教会の宣教活動の資金のほとんどが日本で調達されたものであることを指摘した上で、日本における資金調達活動の展開について解説している。

 日本統一教会の草創期のメンバーが廃品回収を行って資金を得ていたことは教会史の講義や初期の先輩の証しの中にも登場する有名な話である。櫻井氏の解説によれば、その後の統一教会の資金獲得の方法は、青年信者による花売りから、朝鮮人参茶、大理石の壺の販売、姓名判断や印相鑑定と絡めた商品の販売へと発展していったという。この辺の記述は、いわゆる霊感商法として既に多くの文献に記載されている内容と基本的に同じである。櫻井氏はこれらの商品が韓国の一信石材、一和といった統一教会系企業から輸入されたものであり、販売員は全て統一教会員だったこと根拠に、「統一教会の経済活動とみなすことができる」(p.92)と述べている。

 いわゆる霊感商法をどのように評価するかに関しては、このブログの別のシリーズである「霊感商法とは何だったのか?」において詳細に述べているのでここでは繰り返さない。ただ、大理石の壺などの開運商品の販売が統一教会の経済活動であるという櫻井氏の主張に対しては、統一教会側の反論を一応紹介しておきたい。世界日報社から出版された『「霊感商法」の真相』(霊感商法問題取材班著)によれば、これらの販売を組織的に行ったのは、「全国しあわせサークル連絡協議会」(略称・連絡協議会)であり、統一教会がこうした販売を指示して行った事実はなく、連絡協議会と統一教会との間には直接的な指揮命令関係はなかったという。こうした主張は、統一教会の信者たちが行った経済活動の責任が宗教法人に及ばないようにするという、裁判闘争上の事情に基づくものであることは明らかだが、この問題に対する教会のスタンスはいまも変わらないし、今後も変わることはないであろう。したがって、これ以上の議論は水掛け論に終わるだけである。

 櫻井氏は、日本の統一教会だけがこのような経済活動をしなければならない理由を以下のように説明する:
「韓国は教祖文鮮明誕生の地ということだけではなく、統一教会が神の王国、地上天国を建設した後、世界の中心になる地とされている。・・・アメリカは文鮮明及び教会幹部達が活動戦略を練り、政治的な活動も行う中心地であり、教義上は、アメリカが韓国を政治的にサポートすることになっている。

 それに対して、日本は、世界宣教、及びアメリカ・韓国における統一教会の経済活動を資金・人材の両面で支える国家だとされる。日本はエバ国家とされ、第二章の堕落論の解説で述べたように、エバはアダムを堕落させたものゆえに、アダムに侍ることが教義上求められる。そのために、一九七〇年代以降、日本における資金調達は熾烈さを極め、一九八〇年代に入って、霊感商法等の経済活動を展開するに至った。」(p.94)

 このシリーズの第19回でも述べたが、韓国と日本の関係に関する櫻井氏の解説は、統一教会内部では聞いたことがないような、奇妙で捻じ曲げられた教説になっている。統一教会において日本が「エバ国家」や「母の国」と呼ばれ、韓国が「アダム国家」や「父の国」と呼ばれてきたことは事実である。しかし、そのことが堕落したエバの罪責と結び付けられて、「エバ国家」である日本が「アダム国家」である韓国に資金提供をしなければならないなどという教説は統一教会には存在しない。また、妻が夫に万物を貢がなければならないという意味で両国の関係が説明されるのを私は聞いたことがない。

 そもそも、「妻が夫にお金を貢ぐ」というアナロジーでは、ダメ親父のために苦労する妻のような悲惨なイメージであるため、信徒たちの献金意欲を鼓舞することなどできないであろう。日本において統一教会の信徒が熱心に献金をしてきた動機は、韓国に対する妻の立場というよりは、世界に対する母の立場である。ちょうど母親が赤ん坊に母乳を与えて育てるように、自己犠牲的な精神で世界宣教のために資金と人材を投入し、世界の国々を養育するという使命に誇りを感じながら、統一教会の信徒たちは熱心に献金をしてきたのである。すなわち、「世界の母の国」というアナロジーが日本の信仰の原動力となってきたのである。

 続いて櫻井氏は「人的資源獲得の戦略」と題して、統一教会の布教方法が日本の多くの既成宗教や新宗教とは異なる特殊なものであることを説明する。統一教会の布教方法に対する批判の代表的なものに「マインド・コントロール」があるが、櫻井氏の場合には「マインド・コントロール言説」を無批判に受け入れているわけではない。彼は1996年に北海道大学の雑誌の中の『オウム真理教現象の記述を巡る一考察』という論文の中で以下のように述べて「マインド・コントロール言説」を批判したことがある。
「マインド・コントロールとは、自己の経験を自分と第三の社会的勢力が二重に解釈した語り口でしかない。騙されたと自ら語ることで、マインド・コントロール論は意図せずして自らに自律性、自己責任の倫理の破壊に手を貸す恐れがある。信仰者は、教団へ入信する、活動をはじめる、継続する、それらのいずれの段階においても、認知的不協和を生じた段階で、自己の信念で行動するか、教団に従うかの決断をしている。閉鎖的な、あるいは権威主義的な教団の場合、自己の解釈は全てエゴイズムとして見なされ、自我をとるか、教団(救済)をとるかの二者択一が迫られることがある。自我を守るか、自我を超えたものをとるかの内面的葛藤の結果、いかなる決断をしたにせよ、その帰結は選択したものの責任として引き受けなければならない」(櫻井義秀「オウム真理教現象の記述を巡る一考察」『現代社会学研究』1996年9、北海道社会学会、p.94-95)

 本書の中では、「新宗教集団の布教や教化行為には、少なからず承諾誘導の技術が用いられている」とし、一般の人々が短期間のうちに回心し、信者になれば布教にも従事するというのは、「教勢を急速に伸張させてきた在家主義の新宗教に典型的なパターンである」(p.94)としている。したがって、一般的に「マインド・コントロール」と言われて批判されている内容は、日本の多くの新宗教にも当てはまるという見解だ。

 それでは統一教会のどこが特殊であるのかと言えば、それは正体を隠した布教である。
「布教の初期に、教団名はおろか、宗教の布教ということも明らかにせず、教養的な内容を学習する場だから安心するようにと言い、受講を継続させる」
「四日間研修の直前の段階において、この団体が統一教会であることが初めて明かされる。・・・つまり、最初のセミナー勧誘からこの合宿まで、人により数ヶ月の開きはあるが、何のためにその人が勧誘されてきたのかを明かさない特異な勧誘方法なのである。宗教を明示していないのだから、宗教団体が通常行う未信者の人に対する『布教』や『伝道』とは到底いえない。」(p.95)

 過去において、統一教会信者の一部が櫻井氏の言うように初期の段階で目的や教団名を秘匿して伝道を行った事実はあり、元信者が教会を相手取って起こした損害賠償請求訴訟で、そのことが瑕疵となって教会側が敗訴したケースがあった。初期の「青春を返せ」裁判においては、元信者らは「マインド・コントロール言説」を前面に立てて争ったが、その訴えが法廷で否定されたため、原告側は「正体を隠した伝道」「不実表示」を主張して争う方向に戦略転換し、それが裁判所によって認められた形である。

 こうした判決を受けて、2009年3月25日に統一教会の徳野英治会長は「教会員の献金奨励・勧誘活動及びビデオ受講施設等における教育活動等に対する指導について」と題する文書を発表し、以下のように教会員に対して指導を行った。
「教会員が自主運営するビデオ受講施設等における教育活動等についての指導基準

 勧誘目的の開示:教会員が自主的に運営するビデオ受講施設等における教育内容に統一原理を用いる場合、勧誘の当初からその旨明示するように指導して下さい。また、宗教との関連性や統一教会との関連性を聞かれた際には、ビデオ受講施設等の運営形態に応じた的確な説明ができるよう、ご指導下さい。」

 こうした指導の結果、統一教会の信者たちが行う伝道活動において、正体を隠して行わることは基本的にはなくなり、もしこの指導に対する違反が発見された場合には、教会本部からの強力な指導が行われるようになった。したがって、櫻井氏の述べる統一教会の布教方法の特殊性は既に過去のものとなっている。

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実況:キリスト教講座35


統一原理の神観について(9)

 三番目に、神と被造世界の関係に関して、統一原理と伝統的なキリスト教神学を比較してみたいと思います。
 この問題について私の著書『神学論争と統一原理の世界』では、34ページから始まる第1章2において「神は悲しんだり後悔したりするか?」 というタイトルで論じておりますので、ちょっとその部分を読んでみたいと思います。

「神は悲しんだり後悔したりするか? 答は聖書をみれば一目瞭然。創世記第6章6節には『主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め』と書いてあるし、その後の旧約聖書全体に、神が不信の民イスラエルに幾度となく裏切られ、失望と落胆を繰り返しながら嘆き悲しみ、時には怒り、罰を与えながらも最終的には許し、愛して導いてきた歴史が連綿とつづられているではないか。神が悲しんだり後悔したりしているのは周知の事実で、それができるかどうかというのは愚問ではないのか? と言いたいところだが、そう単純にいかないのが神学の難しさである。

 なぜなら、伝統的なキリスト教神学には、これとは全く相反する神観があるからだ。普通、神とはどんな存在かと聞かれて思い浮かべるのは、唯一絶対、全知全能、完全無欠、第一原因者、といったところだろうか。もしこれが本当なら、神は最初からすべてを知っていて完成し、すべてをコントロールしているはずだから、人間の行動に左右されて後悔したり、嘆き悲しんだりするのは不可能だということになる。」(『神学論争と統一原理の世界』p.34)

 この、神が悲しむかどうかという問題なんですが、私たち統一教会の食口は神が悲しんでいるというのは当然のことのように思っておりますし、聖書の中にもそう思わせる聖句というのは、実はたくさん出てくるんです。神様の嘆きというような内容です。ところが、哲学的な神学になりますと、神は唯一絶対、全知全能、完全無欠なんだから、どうして悲しまないといけないんだということになるわけです。これが神学の難しいところであるわけです。要するに、「哲学的な神」と「聖書の神」との間の大きな矛盾がキリスト教神学にはあるということです。

「伝統的な神学において描写されている『哲学的な神』は、人間と親密に交わる人格的な『聖書の神』とは、かなりイメージの異なる『絶対的な超越者』だ。それは何かを動かすことはあっても動かされることはなく、他に何かを与えることはあっても与えられることはない。完全無欠でそれ自体で完結しているから、進歩・発展することもない。したがって人間を上から一方的に愛することはあっても、人間の行動によって喜んだり、逆に悲しむこともないという無関心な神である。ましてや、人間の行動に左右されたり影響を受けたりするなんてあり得ないのである。」(『神学論争と統一原理の世界』p.35)

 このように、伝統的な神学における神というのは「哲学の神」に近いものであって、およそ人間味というものを感じないような神様の姿であったということです。

「このように『哲学的な神』と『聖書の神』との間には大きな隔たりがあるが、どうしてこのようなことになってしまったのか? それは伝統的なキリスト教神学が、ギリシア哲学と聖書の思想のブレンドであったことに原因がある。新・旧約聖書は物語や教訓の寄せ集めであり、そこには哲学的体系がなかった。最初のうちはそれで十分だったが、キリスト教がヘレニズム世界へ広がっていくにつれて、教義を体系的に整えて知的に説明し、さらには正統と異端とを明確に定義する必要が出てきた。その当時、最も進んだ哲学者と言えばプラトンとアリストテレスであったから、神学を組み立てる論理的な骨格として、ギリシア哲学を借用したわけである。」(『神学論争と統一原理の世界』p.35)

 さきほど地図を見せて説明しましたけれども、旧約聖書や新約聖書は物語や教訓の寄せ集めであって、およそ哲学というようなものはなかったんですね。それがヘレニズム世界に広がっていくにしたがって、教義を体系的にするために哲学が必要になってきて、そのときにはプラトンやアリストテレスの哲学が当時最高のものであったために、これを借用したということです。ですから、キリスト教神学というのは、プラトンとアリストテレスの哲学を骨組みにして、そこに聖書を肉付けして出来上がった、いわば「聖書とギリシア哲学の思想のブレンド」であったということになります。

「これによってキリスト教神学は学問的に洗練されたわけだが、ギリシア哲学と聖書の思想、この二つの思想の神観はどう考えてもミス・マッチだった。キリシアの哲学者たちが頭の中で思索して生み出した神は、まさしく前の段落で述べたような、宇宙の頂点に君臨する観念的な絶対者だった。そして神と人間の関係は、非人格的で一方通行だ。それに対して聖書の神は、ユダヤ民族とクリスチャンたちが苦難の中で信仰を通して出会った、いわば血の通った生きた神の姿であり、神と人間は深く人格的にかかわり合っている。

 宗教的には、聖書の神の方が魅力的なのは言うまでもない。しかし哲学者たちは、それを単なる感情表現として片づけてしまい、学問的には洗練されていない価値の低いものとして片隅に追いやってしまった。その結果として、冷たく無関心な神のイメージができ上がってしまったのである。」(『神学論争と統一原理の世界』p.35-36)

 というわけで、この二つの神観には大きなギャップがあるわけですね。「哲学の神」というのは宇宙の頂点に君臨する観念的な絶対者であり、神と人間の関係は、非人格的で一方通行です。一方、聖書の神は信仰者が人格的に出会った生きた神の姿です。そして、どちらが主流になったかというと、結果的にこの「哲学の神」の方が神学の主流になってしまい、「聖書の神」は単なる感情表現ということで、非本質的なものとして片隅に追いやられてしまったということです。

 しかし現代になってくると、キリスト教神学の生成過程というものが研究されるなかで、これはちょっとおかしいんではないかと感じ、ギリシア哲学がキリスト教の神観に影響を与えた結果、聖書の中で表現されている神が本質的に失われてしまって、キリスト教の神観を歪めてしまった、これは一つの弊害だった、ということを現代神学の中で認めるようになってきたわけです。その代表的な神学者の中にアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861-1947)という人や、チャールズ・ハーツホーン(1897-2000)という人がいて、彼らが「プロセス神学」という神学を打ち立てて行きます。

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド

チャールズ・ハーツホーン

チャールズ・ハーツホーン

 このプロセス神学というのは、神様を静的で止まった形でとらえるのではなくて、常に動いている、ダイナミックな存在とする神学です。ですから、すべては「プロセス」であるという考え方です。そのような新しい現代的な哲学に基づいて、ギリシア哲学ではない新しいとらえ方で神学を打ち立てようという現代神学の一つの流れが「プロセス神学」であるということになります。これによって、聖書で表現されている神の姿というものをより哲学的に表現できるのではないかということで、プロセス神学が登場してきます。

筆者が1995年6月にUTSを卒業した際に、当時学長であった神明忠明先生と撮影した写真

筆者が1995年6月にUTSを卒業した際に、当時学長であった神明忠明先生と撮影した写真

 私が統一神学校にいたときに組織神学を教えていただいた神明忠明先生という方がいらっしゃいます。この方は、統一神学校の第一期生で、日本人食口としては初めて神学博士号をとった人です。神明先生は、現代神学の中でもこのプロセス神学と統一原理と比較する論文を書いています。プロセス神学などは、古典的な神学に比べれば、神様と被造世界がダイナミックな関係を結ぶという点においては、一歩原理に近づいた神学ということもできるわけです。このように現代神学の中には、既存の神学の問題を乗り越えて、統一原理に一歩近づくような神学も存在するわけです。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』23


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第23回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「統一教会の宣教戦略の展開」というテーマを掲げ、日本統一教会の成立と発展について自説を展開している。開拓期から1970年代までの発展の経緯を時系列にしたがって並べると以下のようになる:
①崔奉春宣教師によってキリスト教徒や立正佼成会の信者を伝道した草創期
②宣教の対象を大学生・青年に絞り込み、「親泣かせの原理運動」と呼ばれた時代
③国際勝共連合や世界平和教授アカデミーの創立により、宣教の対象が大学や政治の領域にシフトして行った時代

 宗教法人としての統一教会というよりは、統一運動の発展の経緯としてみれば、櫻井氏の記述は事実関係をほぼ正確にとらえているといってよいであろう。問題は、こうした展開にたいする櫻井氏の評価の部分である。櫻井氏は統一教会の関心が純粋に宗教的な目的にあるのではなく、立教してから極めて短期間のうちに政治や権力に対する関心が高まっていったことに対して批判的な見方をしているようである。それは以下のようなくだりの中に容易に読み取ることができる。
「宗教運動というよりは政治運動の色彩も濃厚にあり、事実、一九六八年には国際勝共連合による反共政治活動が組織化されている」(p.90)
「一九七〇年代には、宗教活動に加えて、政治・経済活動が統一教会の特徴となっていく。・・・宣教の対象者・場所が地域から大学、政治の領域に急速にシフトしてきたのがこの時期であり、立教後すぐにこのような宣教方針の展開をする日本の新宗教はほとんど例がない」(p.90)
「統一教会の宣教方法は、日本における新宗教の教勢拡大の方法とは一線を画しているように見える。新宗教には、立教当時、少なくとも貧病争に苦しむ社会の中下層の人々を宣教対象に据え、具体的な救済を施すことで、世俗化した既成宗教や弱者に厳しい社会体制を批判してきた教団が少なくない。ところが、統一教会の場合、教勢拡大こそ世界救済の近道と考え、そのために将来の幹部達や支持者を当時の社会のエリート(大学進学率10-20パーセントの時代の学生や、大学人・政治家)からリクルートすることで、日本社会における速やかな浸透を目指していった。」(p.90)

 これらの分析を構成している内容を一つずつ検証してみたい。まず日本の新宗教が立教当時は貧病争に苦しむ社会の中下層の人々を宣教対象として具体的救済を施してきたという部分であるが、これは新宗教の中でも比較的古い時代に創始されたものの特徴であると言えよう。日本における「新宗教」の定義は、「幕末・明治維新以後から近年にかけて創始された比較的新しい宗教」となっていて、創始された時期には実に150年もの幅があるので、時代によって特徴が異なるのは当然である。日本で新宗教に入信する人のニーズは伝統的に「貧病争」と言われ、これは日本がまだ貧しく、社会福祉も十分に整っていなかった時代に庶民が宗教に救いを求めたのであるとされる。天理教、大本教、立正佼成会、創価学会などの教勢拡大はこうした層に広まっていった典型的な例とされる。

 しかしながら、高度経済成長期以降(1970年代以降)に教勢を伸ばした新宗教は必ずしもこのパターンには当てはまらず、もっと精神的・倫理的なニーズで宗教に入信する人が多くなったと分析されている。これは日本が経済的に発展し福祉制度が充実したことにより、「貧病争」の解決に必ずしも宗教が必要なくなったという時代背景も関係しているのであろう。最近はあまり使われなくなったが、この時代に出現した宗教を「新新宗教」と呼んで、それまでとは違った動機で人々が宗教団体に関わることから、新しい概念として提示されたこともあった。そうした「新新宗教」の例として名前が挙げられた教団が真如苑、真光系教団、阿含宗、GLAなどであり、統一教会や幸福の科学がその中に含まれることもあった。「新新宗教」の概念に学術的な意義があるかどうかはさておき、日本社会が経済的に豊かになり福祉が充実してきたことによって、「貧病争」の解決を主たる目的としない新宗教が出現したことはある意味で時代の必然であって、統一教会に特異な現象ではない。統一教会が台頭してきたのも1970年代以降であるから、これは「日本における新宗教の教勢拡大の方法とは一線を画している」というよりは、時代による新宗教のあり方の変化とみることができるのではないだろうか?

 次に宣教のターゲットが若者や学生であったということだが、これはアイリーン・バーカーの「ムーニーの成り立ち」で報告されているように、西洋でも同じ傾向にあるようだ。バーカー博士が研究していた当時、イギリスの統一教会に入教するメンバーの平均年齢は23歳であった。そして1978年における英国と米国のフルタイムのムーニーの平均年齢は26歳であり、1982年の初めの英国の会員の平均年齢は28歳だったということなので、統一教会はまさに「若者の宗教」だったことになる。日本においても事情は同様で、これは理想主義的な運動にカウンター・カルチャーを志向する若者が共鳴するという当時の時代背景を反映しており、必ずしも統一教会に固有の現象ではない。

 次に、社会のエリート層に働きかけることによって日本社会への速やかな浸透を目指していったという指摘であるが、土着の宗教ではなく、外国から宣教された宗教が社会のエリート層に浸透しようとする現象は珍しいものではなく、そのような戦略はキリスト教において典型的にみられる。キリスト教が初めて日本に宣教されたとき、キリシタンになったのは庶民だけではなく、多くの武士や大名たちがキリスト教に回心した。これはイエズス会の宣教師たちが非常に戦略的に動いたからであり、彼らはまず初めに実質的な権力を持っている大名のところに挨拶に行き、彼らから布教の許可を取って公認の下で宣教をした。大名たちが宣教を許可した理由は、キリスト教とともにやってきた南蛮貿易の利益が彼らにとって非常に魅力的だったからである。こうした中で、自身もキリスト教に改宗するような大名が出てくるのであるが、まず社会のトップ層に浸透することによって宣教の基盤を築こうという当時のイエズス会の戦略と似たような発想を統一教会が持っていたということになるであろう。櫻井氏は統一教会と日本の新宗教の違いを強調したいようだが、そもそも統一教会は日本の土着の新宗教ではなく、日本国内で創始された宗教ではないので、日本社会とのかかわり方が日本の土着の新宗教と異なっているのはある意味で当たり前である。

 日本の新宗教が政治に関わる例は決して珍しいことではなく、そのかかわり方が顕著な例としては生長の家と創価学会を挙げることができるであろう。その意味で統一教会が勝共連合という友好団体を通じて政治に関わったとしてもそれは特に珍しいことではない。おそらく櫻井氏が言いたいのは、少なくとも立教してからしばらくは純宗教的な活動に専念して「貧病争」の問題に取り組み、弱者に対する社会奉仕を十分に行ったうえで政治活動に手を伸ばすならまだしも、宣教が始まってわずか10年で政治団体を立ち上げるというのは本当に宗教なのか、と言いたいのであろう。しかし、統一教会の歴史は日本宣教の時点よりもさかのぼるのであり、文鮮明師は1945年から公的活動を開始している。それから23年の時を経て1968年に韓国で国際勝共連合が創設されたが、それと同じ年に日本でも勝共連合が創設されている。したがって、こうした政治活動へのかかわりは国際的な脈絡の中で理解しなければならず、日本の新宗教と比較しても意味がないのである。

 最後に、国際勝共連合や世界平和教授アカデミー(1975年に「世界日報」が創刊されたことも忘れないでもらいたい)などの団体を設立して日本社会の指導者層に働きかけた理由には、「地上天国実現」という統一運動の理想があることを述べておきたい。文鮮明師の教えは、心の平安という主観的な幸福だけを目的としたり、来世における救済を約束するのではなく、この地上に具体的な理想世界を建設しようとする教えである。そのためには「貧病争」を抱えた庶民を救済するだけでは不十分であり(それを否定あるいは軽視しているわけではない)、社会の指導層がその教えを受け入れて地上天国実現のために働かなければならないと考えている。

 その中でも、国家主権の中心人物がメシヤを受け入れるかどうかは、神の摂理が成功するか否かの重要なファクターであると考えられている。そもそも統一教会の理解によれば、イエス・キリストも本来は社会の最下層の人々に福音を宣べ伝えるために来たのではなく、当時のユダヤ教の指導層であるパリサイ人や律法学者、そして最終的にはローマ皇帝に彼の教えを受け入れさせることによって、世界的な次元で地上天国を建設することが彼の本来の使命であった。イエスが十字架にかかったためにこれは実現しなかったが、313年にローマ皇帝コンスタンティヌス大帝がキリスト教を公認することによってこれを霊的な次元で成し遂げたと理解している。

 文鮮明師と国家主権の中心人物の関係においても、本来は韓国の初代大統領である李承晩博士が文師をメシヤとして受け入れる使命があったとか、朴正煕大統領やアメリカのニクソン大統領などもメシヤを受け入れる使命を持った人物であったことなどが「主の路程」の中で語られることがある。これは「地上天国実現」という統一教会の目的から必然的に導き出される結論であって、統一教会という宗教の個性の一つであると言える。それが日本の土着の新宗教と違っているのは当然であって、そのような比較自体に意味がないと言えるであろう。

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実況:キリスト教講座34


統一原理の神観について(8)

 カトリックには聖母マリヤを慕うという伝統がありますが、聖母マリヤは神学的には神ではありません。カトリックの神学は男性中心主義だと言うわけでありますが、実はカトリックの信仰の中身を見ていくと、聖母マリヤに対する信仰というものは、神学的にはもちろん神そのものではありませんが、信徒たちの信仰生活においては女性神と同じような役割を果たしてきたということができるわけです。すなわち、表向きの神学では神の中に女性的な性質というのは認めていないんですが、神様の中に女性的な要素を求めるというのは人間の本性から来るものであるわけです。ですから、神が男としてのみ表現されていると、どうしても満足できないわけです。神様の中に女性的要素が欲しいと感じるわけでありますが、伝統的な神学では神は男なので、それを補うかのような宗教的表現を生み出すわけです。カトリックにおいては、その役割を聖母マリヤが果たしているわけです。 

実況:キリスト教講座挿入PPT34-1

 ですから、教会のイコンや聖画などで、よくこのような像を見たことはありませんか? 聖母マリヤがいて、この幼子がイエス・キリストですよ。このような聖母像というのはキリスト教においてはたくさん描かれています。ですから、イエス・キリストは子供として描かれていて、それよりもさらに大きな存在として聖母マリヤが描かれているので、信仰生活上の実感としては、ほぼ女神に等しいという立場で聖母マリヤが扱われていることが分かりますね。

 これは要するに、二性性相の神というのが本来の姿ですね。しかし、神学的には女性部分は削り取られているわけですよ。でも本性としては女性を求めているので、なにか女性的な表現が欲しいわけですね。ですから聖母マリヤの中に女神のイメージを投影して、マリヤを神に近い位置にまで高めて、ほぼ女性神として崇めているに等しいような状況にカトリックの信仰というものがなっているということなんですね。

 東大の宗教学の先生で田丸徳善先生という方がいらっしゃって、私はその方からとても面白い話を聞いたことがあります。フランスやイタリアに行きますと、カトリックの大聖堂があります。ヨーロッパのカトリックの大聖堂で典型的なのは、だいたい細長い形をしておりまして、一番奥の中央に十字架が掲げられています。これが主祭壇といって、中心的なミサを行うところです。しかし、カトリックの礼拝堂では祭壇が一個だけあるのではなくて、両脇に祭壇がたくさん並んでいるんですね。そこに地元の聖人だとか、天使だとか、いろんなものがまつられているんです。そして、聖人ごとにいろんな願い事をかなえてくれるという話があって、そこにロウソクを捧げて、願い事を聞いてくれるように祈るというような習慣があるんです。そういうのを見ると、これ本当に一神教なのかな、なんだか多神教みたいだなという感じがするのですが、その中の一つに聖母マリヤの祭壇というのがあるんですよ。

 その大聖堂の中央の主祭壇の前で神父さんがミサをやっているですが、そこには人がパラパラとしかいないというんです。しかし、ある祭壇の周りには人がそれよりももっとの大勢の人が群がっていて、ロウソクがたくさん捧げられて、みんな熱心に願い事をしているというんです。田丸先生が、あれは何だろうと思って近づいてみると、それは聖母マリヤの祭壇だったというんですね。中央のミサをやっている司祭のところよりももっと多くの人がマリヤ様のところに群がっているというんです。ですから、ある意味ではイエス様よりもマリヤ様の方が人気があるんです。つまり、マリヤ様の方が優しそうだ、許してくれそうだ、慰めてくれそうだ、願いを聞いてくれそうだということで、いわば母性や慈愛を求めてそこに人が群がっているという状況があるんです。ということはもう、ほぼキリスト以上の女神になっているんではないか、というくらいにカトリックにおきましては聖母マリヤが崇敬の対象になっているということなんです。

 カトリック教会には「母なる教会」というイメージがあって、その中心はマリヤ様ということになるんです。特に私たちは罪深い堕落人間でありますので、厳しいお父さんのところよりは優しいお母さんのところに行きたいという思いが強いもんですから、女性的側面を心から求めているわけです。

 そういうことから、人間の宗教的経験からして、父母としての神を求めていることが分かるわけです。カトリックの場合には、神学的には神は男性だと言っておきながら聖母マリヤで女性神を表現するというような、ちょっと歪んだ形で表現されているわけですけれども、統一原理の場合には、神様の本体が父母なんだとハッキリと言っている、ということなんです。

 もし神が親であり、それが父親としての側面しかもたないなら、人類はみな片親しか持たない子供になってしまいます。家庭においては、父親の厳愛と母親の慈愛のバランスによって子供が健全に育つわけでありまして、人間は親の愛として父の愛と母の愛を両方求めています。もし本当に神様が親であるというならば、父の愛と母の愛の両方が完全に表現されていなければなりません。すなわち、神様の愛にも父性的な愛と母性的な愛の両方が必要だということになるわけです。だとすると、神様を男性としてしか表現していない既存の神学は片手落ちだということになります。

 統一原理は、完璧に男女両方の性質を有する唯一神を提示しています。すなわち神様ご自身が陽陰の二性性相の神なんだということをハッキリと言っています。その意味で極めて画期的な神学であるということができます。

 さて、この陽陰の二性性相とフェミニスト神学の関係ということでありますけれども、このフェミニスト神学というものは、神様の女性性を発見した、あるいは強調したという点においては、現代神学の中で原理に一歩近づいた現象であるということができるかもしれません。しかし、統一原理が直接フェミニスト神学の影響を受けたということではありません。なぜなら、両者は発生した時代も国も異なっているからです。

 フェミニスト神学自体は1960年代の後半から、主に先進国であるアメリカで、ウーマンリブ運動の高まりの中で広まっていった神学であります。それに対して統一原理は、もっと早い1950年代から、およそウーマンリブとは関係のない韓国の地において生まれたということでありまして、直接の関係があるわけではありません。これはどういうことであるかというと、統一原理というのは最終的な神の啓示であるので、完全な神の姿を示しているということになるわけであります。それに対してフェミニスト神学というのは、最終的な神の啓示である統一原理の一部を断片的に証しする現代神学の現象の一つでしかない、ということになります。すなわち、現代神学がどこに向かって進歩しているかというと、乱暴な言い方をすれば、ゴールとしての完全な神の啓示に向かって進歩しているということになりますから、現代神学のいろんな要素が、原理の一部を反映したりしていることがあるわけです。たまたま、フェミニスト神学の場合には神様には男性的側面だけじゃなくて、女性的側面もあるということを強調することによって既成の神学を修正して、原理に一歩近づくようになったといっても過言ではないということなんです。

 むしろフェミニスト神学よりも過激な主張も、統一原理の中にはあるわけです。それはなにかというと、原理は神様に男女両方の性質がなければならないと言っているだけではなくて、メシヤもまた男一人ではメシヤになれない、ということを言っているんです。つまり、男女ペアでないとメシヤになれないんだと言っているんです。ここまではさすがにフェミニスト神学も言えないわけです。イエス様は独身の男性であり、結婚していませんからね。統一原理ではメシヤとは「真の父母」であるといっているわけですがら、ある意味では徹底した男女平等思想であるといえるわけです。そうなりますと、フェミニスト神学の主張よりもさらに一歩進んでいるのが統一原理であるということが分かります。

 陽陰の二性性相という観点から統一原理を既存の神学と比較すると、このようなことが分かってきます。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』22


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第22回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「社会問題化する宣教」というテーマを掲げ、統一教会がなぜ社会問題化したのかを明らかにしようと試みている。彼は以下のように論じている。
「本書では統一教会はカルトだから社会に危害を与えるという論法ではなく、どのような組織構造と運動戦略を持つためにカルト視され、社会問題化されるに至ったのか、そのことこそ明らかにしなければならない問題と考えている」(p.85-86)「本章では、統一教会が社会問題化(カルト化)した理由を時代背景から読み解くのではなく、教団の組織構造や活動戦略、信者の実践的行動の特徴から考察しようと思う」(p.87)

 特定集団が社会問題化した原因を、その集団の組織構造と運動戦略、さらにはその構成員の実践的行動から分析しようとする姿勢自体は正しいと言えるであろう。しかしながら、それらを正確に知ろうと思えば、その運動の内部に深く入り込まなければ不可能である。第三者がこうした情報を得る方法の一つに「参与観察」があり、アイリーン・バーカー博士は統一教会のセンターに寝泊まりしながら組織のリーダーやメンバーの生活を直接観察した。しかし、櫻井氏はそれをしていない。

 特定組織の構造や活動実態を知ろうとするときには、どこから情報を得たのかということが問題となる。生きた組織の人間関係に関する情報を教団の刊行物から得ることは困難なので、証言に頼ることになるわけだが、どのような立場の人がどのような動機で語ったかによってその描写は変わってくるので、資料に対する批判的な姿勢が必要である。もし櫻井氏が統一教会反対派から紹介された元信者の証言や裁判資料に基づいて統一教会の組織構造や活動実態を把握したというのであれば、それは資料の客観性において重大な問題があると言えるであろう。それらは明らかにネガティブ・バイアスがかかった証言であるからだ。こうした問題に関しては、これから先の記述において指摘することにする。

 櫻井氏は、統一教会の資源動員戦略を分析することを通して、どこに社会問題性があるのかを明らかにしたいと述べた上で、日本統一教会の成立と発展について説明を始める。文鮮明師の経歴と韓国で統一教会が設立された経緯についてごく簡単に触れた後に、崔奉春(日本名は西川勝)宣教師によって統一教会の日本宣教がなされたことに簡単に触れている。この辺の記述は統一教会の公式見解と異なるところはないが、崔奉春宣教師に関わる部分に関しては、かなり独特な理解がなされている点が興味深い。例えば以下のようなくだりである。
「崔は、教祖や韓国の教会幹部とは異なり、日本において清貧の信仰生活を守ったこともあって、既成のキリスト教信者や当時立正佼成会において幹部候補だった久保木修己等、多くの青年を運動に巻き込むことに成功した。」(p.88-89)
「しかしながら、文鮮明は崔が日本であまりに勢力を拡大することを懸念し、統一教が宣教の中心をアメリカに求めたこともあって、崔をアメリカの宣教担当に配した。その後、ほどなく、崔は文鮮明と教団内部の宣教方針において対立するようになり、左遷された後、教団を離脱している」(p.89)

 ここで興味深いのは、崔奉春宣教師が清貧の信仰生活を守ったのに対して、教祖や韓国の教団幹部はそうではないというように、極めて対照的な評価がなされているということだ。統一教会の内部では、崔宣教師の日本開拓時代の信仰生活が素晴らしかったことは、桜井節子氏による「西川先生の思い出」に関する証しなどを通してよく知られている。しかし、それが文鮮明師や韓国の幹部の生活が贅沢で堕落しているという前提で語られることはない。つまり、この対比には特定の意図やバイアスの匂いがするのである。

 さらに、崔宣教師が日本であまりに勢力を拡大することを懸念して、文鮮明師が彼をアメリカに送ったなどという話は、統一教会で語られる教会史では聞いたことがない。そもそも日本宣教に成功して基盤を作ることは文鮮明師自身の願いであったのだから、それを懸念するという解釈自体が意味をなさない。櫻井氏の記述によれば、崔宣教師は左遷された後に教団を離脱したとなっている。こうしたうがったものの見方は、おそらく教会を離れた後の崔奉春宣教師の見解を反映しているのであろう。なぜなら、櫻井氏自身が2006年8月に「崔奉春宣教師と直接面談し、韓国における初期の統一教や日本宣教の様子、現時点における文鮮明や統一教会への見解等も聞き取っている」(p.89)と述べているからである。しかし、問題はどちらの見解がより客観的に真実に近いかということである。櫻井氏は「統一教会性悪説」に立っているため、教団刊行物の記述は信じられず、教会を離れた崔宣教師の主張を鵜呑みにした可能性がある。

 崔奉春宣教師が日本を離れアメリカに出発する際に日本の教会員たちに対して語った言葉は、統一教会側の出版物である『日本統一運動史』には以下のように記されている:
「日本の兄弟たちとの温かい心情の交流もまたたく間に過ぎてしまった。使命のためアメリカへ行かなければならない。日本には早く帰って来るとも言えるし、遅くなるとも言える。すべては天の父の御こころのままに人類の救いの道を歩みたい。日本の兄弟たちよ、横を見、後ろを見て卑怯者と言われることなく、勝利を目指してひたすら突き進んで欲しい」(p.231)

 このメッセージには、日本の兄弟姉妹に愛着を感じるのは人情としても、文鮮明師に対する恨みがましい気持ちは一切表現されていない。むしろ神の御心に従い、自分に与えられたアメリカでの使命を果たそうとする潔ささえ感じさせる。崔宣教師が日本宣教に成功して基盤を築いたことは、彼の大きな功績として文鮮明師から認識されていたはずである。だからこそ、その手腕を買われて、これから基盤を作らなければならないアメリカの宣教を任されたと解釈するのが自然ではないだろうか。さらに、崔宣教師はもともと密航者として日本に入国していたという事情もあったし、これから日本の教会が発展して社会に認められるためには、いつまでも韓国人の宣教師が指導するのではなく、そろそろ日本人のリーダーシップを確立する必要があるという配慮も当然あったであろう。

 アイリーン・バーカー著『ムーニーの成り立ち』によると、1965年に日本を出た崔宣教師はカリフォルニアに移り、日本で発展させた多くの実践方法を持ち込んで「オークランド・ファミリー」と呼ばれる集団を形成したとされる。崔宣教師の指導したこの集団は、1960年代の後半から1970年代初めにかけて成長し続けたという。彼はアメリカで一定の成功を収めたのである。もし当時の彼が、文鮮明師の命令によって日本を離れアメリカに送られたことを恨んでいたとすれば、このような熱心な宣教活動を説明することができない。彼は文鮮明師の期待に応えようとして、日本での成功体験をもとにしてアメリカでの宣教に全身全霊を投入したとみるのが自然であろう。

 しかし、崔宣教師はその後教会を離れることになる。文鮮明師が彼の日本での影響力の拡大を懸念したとか、アメリカに左遷したというような認識は、彼が教会を離れた後になってから、自分の立場を正当化するために考え出された解釈であるとみることができる。櫻井氏の記述は、そうした脱会後の崔宣教師の認識をもとに書かれたものである。一般に歴史資料の信憑性を判断するとき、その出来事が起こってから何十年もたってから懐古的に語られる証言よりも、事件が起こった当時に書かれたものの方が価値が高いとされる。時間の経過とともに記憶を塗り替えたり再解釈する可能性があるからである。『日本統一運動史』に引用されている崔宣教師のメッセージの日付は1965年11月12日となっているから、当時の崔宣教師の理解や心境をより正確に反映しているのはこちらの資料であると言えるであろう。

 櫻井氏は、「脱会し、教会に批判的な態度をとった人物の行跡に関しては、教団史や刊行物において編集が加えられる等の問題がある」(p.89)としている。だとすれば、教団を離れた崔宣教師の行跡は削除されるか、否定的に描かれていても不思議ではない。しかしながら、2000年に発行された『日本統一運動史』においても、2008年に発行された『日本統一教会 先駆者たちの証言①』においても、崔宣教師の日本宣教のストーリーは詳細に記述されており、そこには否定的な要素は一切存在しない。崔奉春宣教師はいまでも日本統一教会の開拓者として尊敬されているのである。しかも後者の著作には、第三者の記述ではなく、崔宣教師自身の「日本伝道日記」が掲載されている。これは第一人称で書かれた歴史的記録であり、他者の解釈の入り込む余地のないものである。したがって、歴史的事実に忠実で客観的なのはむしろ統一教会の刊行物であり、離教後の崔宣教師の証言はバイアスのかかったものであると言えるのである。

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実況:キリスト教講座33


統一原理の神観について(7)

 次に陽性と陰性、すなわち男と女という観点から統一原理の神観と伝統的なキリスト教神学の神観を比較してみたいと思います。この部分は、私の著書『神学論争と統一原理の世界』では29ページから始まる、第1章1の「神は男性か女性か?」という、これまた分かりやすいタイトルで論じています。その冒頭の部分だけちょっと読んでみましょう。

「神は男性か女性か? 一見単純で幼稚にさえ聞こえるこの問いかけが、実は現代キリスト教においては大問題なのである。日本では、イザナギ・イザナミの神話に代表されるように男性神と女性神の両方が存在し、女神の存在はポピュラーだ。同様に多神教の文化圏では男女両方の神々が存在し得る。

 しかし一神教となると、どちらか一方に性別を決定しなければならない。一神教の代表選手であるキリスト教の歴史の中には、神には男性と女性の両方の性質があると見る教団もなくはなかった。しかしそれらはいずれも少数派であり、伝統的には神は『父』であり、男性格であった。

 伝統的なキリスト教神学の論理によれば、神が男性であるがゆえにキリストであるイエスは男性であったし、神とキリストの代身である教皇・司祭・牧師もまた男性でなければならない。」(『神学論争と統一原理の世界』p.29)

 ですから、いまでもカトリックにおきましては女性はシスターにはなれますが、司祭とか教会の責任者にはなれないわけです。すなわち、男性でなければキリストを代身できない、男性でなければ神を代身できないという考え方です。

「しかし女性解放運動が誕生して以来、あらゆる領域における男性中心主義に対して批判が高まり、それは今や神学の領域にまで浸透している。」(前掲書、p.29)

 おもに1960年代以降、女性解放運動がさかんになって、アメリカ社会の中で「ウーマン・リブ」とか「フェミニズム」の思想の下で女権の拡大が起こりました。これが神学にも大きな影響を与えて、キリスト教神学も男性中心主義を改めなければならないという動きが登場することになるわけであります。

実況:キリスト教講座挿入PPT33-1

 ちなみに、私はアメリカに留学したもんですから、アメリカにおいて男女差別というものがいかに攻撃され、非難されるかということを一つの例としてお話ししたいと思います。アメリカの神学校ですから当然、英語で論文を書くわけです。英語で論文を書くときに、誰か人物について描写をする際にはよく代名詞で受けるわけです。ある文章で記述しているのが特定の男性または女性ではなくて、人間一般について述べている場合には、”he”という代名詞で受けると、それはダメだと言われるわけです。それは”sexist langauge”、すなわち性差別主義者の表現であって、男女平等の言葉遣いではないと言われるのです。ですから”he”ではなくて、”he or she”とか、”he/she”とか、めんどくさいんですけれども、男女が特定されていないのであれば両方の性別で書かないと、「あなたは性差別主義者だ」と言われて、論文の内容がどんなに素晴らしかったとしても、この言葉遣い一つで読んでもらえなくなるということがあるのです。そこで必ず”men and women”とか”he or she”とか、男女両方の性別を表現しないとダメだと指摘されるわけです。

 それから”Man”という言葉がありますが、これは伝統的な英語では「人間」という意味と「男」という意味の、二つの意味があったんです。ですから必ずしも男性でなくても人間一般という意味で”Man”という言葉を使うことはあったんです。ところが最近では、じゃあ人間はみんな男なのか、人間は男によって代表されるのか、と言われて、”Man”という言葉を「男」という意味に限定して、「人間」という意味で使えなくしてしまえという運動が起こったわけです。その結果、最近では”Man”という言葉を「人間」という意味では使えなくなってきているわけです。

 英語でも「言葉狩り」というのがありまして、”Chairman”という言葉は使えなくなってきています。これは「議長」という意味なんですが、「議長のような要職を務めるのは男だけなのか?」ということで、”Chairperson” にしなさいと言われます。”Person”というのは中性だからです。こういうわけでいまは、”Chairman”という言葉は使えなくなっています。Congressmanもダメですね。これはアメリカの下院議員のことですが、Congresswomanもいるわけですから、性別が特定されない場合にはCongresspersonとかMember of Congressとか言わなければなりません。Policemanもダメですね。これはPolice officerと言い換えられます。そのような言葉狩りがあるのです。最後は道端の「マンホール」もダメで、「パーソンホール」にしないとダメだという、冗談のような話になるわけです。「マンホール」というのは人が入る穴だから「マンホール」というわけですが、何もマンホールに入るのは男ばかりじゃないだろうということです。

 そうすると、原理講義のときもいろいろと言葉遣いに気をつけなければならなくなってきます。英語の原理講論では、”Black Book”と呼ばれる初期の原理講論においては、第2章の堕落論のタイトルを”The Fall of Man”としていたんです。Fallというのは堕落ですね。ここでのManは人間という意味で、直訳すれば「人間の堕落」ということになります。私はアメリカの神学校にいたときに、授業で原理講義演習をやりました。もちろん英語で原理講義をする練習なのですが、原理講論の通りに”The Fall of Man”と黒板に書くと、その指導教官が女性でありまして、ツカツカとやってきて”Man”のところにでっかいバツをつけるんですね。「これ直しなさい。こんなsexist langaugeを使って語ったら、アメリカでは女性が反発して聞いてくれません。これはThe Fall of Humankindにしなさい」と指導するわけです。一応この”Humankind”というのは中性だと認められているそうであります。

 陽陰の二性性相というのも、英語にしようとするととても難しいです。最初に当てられた訳語が、陽が”Positive”で、陰が”Negative”だったんですね。でもその通りに原理講義をして、男がPositive、女がNegativeと書けば、女性は大反発ですよ。「私のどこがNegativeなんだ!」というわけです。英語のNagativeには否定的な意味がありますからね。そういう言葉遣いでは女性が伝道されないわけです。ですから、いまの英語の原理講義ではこのPositiveとNegativeという表現は避けて、YangとYinという表現を用いています。とにかくそういう女性差別的な表現というものにとてもうるさくて、それに気をつけないと社会で受け入れられないわけです。

 そういう男女平等が徹底した社会で、「神様は男です。あなたがた女性は神様の似姿ではありません」なんていう神学が、社会一般に受け入れられるかというと、それは大変大きな抵抗を受けるわけです。ですから伝統的な神学に極めて男性中心主義的な傾向があったために、これに対して反発するフェミニスト神学というものが20世紀に入って登場するようになり、それがどんどん既成の神学の中にある男性中心主義的なものを批判克服していこうとしたわけです。

 だいたいフェミニスト神学者たちは女性ですから、彼女たちがどのようなことを言ったかというと、「伝統的なキリスト教の神観は、男性中心社会の産物である。神学も文化の影響をまぬがれ得ず、神概念にはその時代や社会において価値視されているものが投影されている」と言ったわけです。いままでの社会が男性中心社会であったので、キリスト教神学も男性中心主義的な神学になり、だからこそ神を「父」として表現してきたんだというわけです。このように、キリスト教神学における男性中心主義を批判・克服しなければならないということが、20世紀の半ばになって声高に叫ばれるようになったわけです。

 このフェミニスト神学というのは、主にプロテスタントや聖公会などに大きな影響を及ぼしました。具体的には、それまで男性しか牧師になれなかったような教団においても、女性が牧師として叙階される権利を勝ち取っていったわけです。しかし、これは伝統に逆らうことであるので、古い伝統のある神学ほど、このような新しい理念に対しては抵抗を示すわけです。伝統のある保守的な教団の代表がカトリックです。ですから神学の修正は難しく、いまだにカトリックの司祭には男性しかなれません。女性にはその道は開かれていません。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』21


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第21回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 前回は櫻井氏の宣教の戦略論についての仮説①「ローカルな(民俗文化や民族主義が濃厚な)宗教運動が他の地域に伝播する場合は、グローバルな(歴史文明や普遍主義を加味した)宗教運動を装って宣教を行う」の内容を批判した。

 今回は彼の仮説②「ローカルな宗教運動が他の地域に伝播する場合は、当該地域のローカルな宗教文化を装って宣教を行う」(p.82)の内容を批判することにする。この仮説で櫻井氏が展開しているのは基本的には「土着化論」である。この「土着化」という言葉は、通常はキリスト教や仏教などの普遍宗教が異文化圏に伝えられるときに用いられる言葉であり、とくに西洋の宗教であるキリスト教がそれ以外の文化圏に宣教される際に頻繁に使われる傾向がある。異文化圏から伝わってきた宗教が、宣教地の文化的土壌になじんで、その土地独自の宗教形態を発展させていく過程を「土着化」という。例えば、キリスト教が日本に土着化するということは、キリスト教がその宗教的本質を保ったまま、日本人が文化的異質性や抵抗を感じないような、「日本的な」宗教となることを意味する。

 キリスト教の宣教学の立場では、土着化とは西洋のキリスト教を宣教地にそのまま植え付けるのではなく、その地の土着の文化の一部として相応しい形で植え付けることを言う。しかし、それでキリスト教の本質的な部分が失われてしまっては元も子もないので、宣教師たちは「純粋な信仰と本質的な福音」を保ちつつ、それに「土着の衣」を与えるという難しい作業に取り組むことになる。キリスト教の土着化は、「いかにして本質的、超文化的な福音の核心を、それが伝えられ、共有される際の手段である非キリスト教的な形式に汚染されることなく、他の文化圏の新しい信者に伝えるか?」(Alan R. Tippett, “Christopaganism or Indigenous Christianity” in Yamamori, Tetsunao and Charles R. Taber, ed. ”Christopaganism or Indigenous Christianity?” South Pasadena, Calif: William Carey Library, 1975, p.14.)というような表現で定義される。ここでは、キリスト教が普遍宗教であるがゆえに福音の核心は本質的であり超文化的であるとされ、それが表現される非キリスト教的な形式は「土着の衣」に過ぎないと理解されている。これは櫻井氏のいう「当該地域のローカルな宗教文化を装う」ということと同義である。

 したがって、ローカルな宗教文化を装って土着化する宗教は、それを超越した普遍的な本質を持っていなければならず、それがなければ単なる「変質」になってしまう。その意味では土着化を志向する宗教は基本的には普遍宗教でなければならないのだ。そもそも、文化の壁を超えて全人類に教えを宣べ伝えようとするのは普遍宗教の特徴であり、国家や民族に縛られた宗教は、通常はその壁を超えて宣教しようとはしないものである。にもかかわらず、櫻井氏は「ローカルな宗教運動が他の地域に伝播する」という状況について論じているため、話が分かりにくくなっている。ローカルな宗教なら、通常は他の地域に積極的に伝播しようとはしないはずだからである。こうした無理な設定の背後にも、統一教会を普遍宗教であると認めたくないという彼の心理が働いていると思われる。彼の信念によれば、統一教会は本質的には韓国の民族宗教に過ぎないのだから、あくまで「ローカルな宗教」でなければならず、普遍的で超文化的な本質などという贅沢なものは認めないということなのである。彼の論理展開が破たんしているのは、そうした強い思い込みや偏見によって自縄自縛に陥っているためであると考えられる。

 仮説①において櫻井氏は、統一教会はハイカルチャーであるキリスト教を「装って」日本宣教の基盤を築いたとする。しかし、キリスト教は日本においてはマイノリティーであったから、「この戦略だけでは信者獲得に限界があった」(p.83)ために、仮説②の戦略へ切り替えていったと論じるのである。その際に日本のローカルな宗教文化として挙げられているのが先祖祭祀、御霊信仰、シャーマニズム、卜占などであり、結果として姓名判断、家系図診断を通した勧誘が行われるようになったと論じている。1998年に創設された天地正教もまた、こうした土着化路線の一環であるとしている。

 実はこの辺で櫻井氏が述べている内容は、筆者がこのブログの別のシリーズである「霊感商法とは何だったのか?」の中で述べていることと基本的には同じである。その内容を要約すれば、統一教会がキリスト教を日本に土着化させることに成功したポイントはキリスト教信仰と日本の土着の宗教文化の融合にあるということである。中でも重要なのは先祖の問題である。先祖崇拝や先祖供養を受け入れるかどうかは、長い間キリスト教宣教師たちの大問題であった。一応それを「文化風習として否定はしない」として寛容な態度をとったとしても、神学的には積極的な意味を見いだせず、救いの問題と直結させるような神学的展開はできない。一方で、統一原理は血統と罪の間に密接な関係を見いだしているので、仏教において「先祖の因縁」として理解されてきた内容を、神学的に整理・包含することができる。そして「神に対する信仰」と「先祖の供養」を矛盾なく一つにまとめることができたのである。つまり統一教会の提示したキリスト教は、日本人にとって分かりやすく、受け入れやすいものであった。日本における統一教会の成功の原因は、このようなキリスト教と日本の土着の宗教文化の融合にあったとみることができる。

 しかしながら、このような融合にはプラスの側面だけでなく、マイナスの側面もあったことも筆者は指摘した。それは、統一原理の教えと、日本の土着の宗教文化が融合することによって起こるシンクレティズム(syncretism)である。筆者は、「霊感商法」の本質はシンクレティズムであったという立場から、「霊感商法とは何だったのか?」を執筆した。詳しくはこのシリーズの本文を読んでいただきたい。櫻井氏と筆者の主張の違いは、彼が統一教会の本質を韓国の民族宗教でありローカルな宗教であるとしているのに対して、私は統一教会の本質はキリスト教であり普遍宗教であるとしている点である。普遍宗教であるからこそ、土着化やシンクレティズムという問題が生じるのである。

 櫻井氏は現在の統一教会は上記の①の戦略も②の戦略も取っていないと分析している。(p.85)これは要するに、普遍宗教としてのキリスト教を装うのでもなく、日本のローカルな宗教伝統を装うこともやめたという意味であり、韓国の民族宗教としての姿をいわば丸出しにして日本で宣教していることを意味する。「他国のナショナリズムをそのまま受容するような国はない」はずだから、「いずれこの戦略に限界は来ると思われる」としながらも、それでも「日本宣教50周年を迎えた統一教会の基盤は依然として強く、また二世、三世の信者達も多い。」(p.85)という、なにやら釈然としない現状分析を櫻井氏は行っている。

 このテーマに関する筆者の分析はこうである。もともと統一教会は普遍宗教であったため、キリスト教的メッセージに相対する一部の層を惹きつけて日本の宣教基盤を作った。これは「装い」ではなく「本質」であったために、いまでも普遍宗教としての統一教会の強さは健在である。宣教50周年を超えても依然として強い基盤を持ち、二世、三世たちに信仰が受け継がれているのは、統一教会の教えの中に普遍的真理があるからである。

 一方で、日本への土着化戦略に関しては確かに一時期よりも衰退していると言えるであろう。その原因は、まず「霊感商法」が批判されることによって、開運商品を入り口とする伝道を行っていた一部信者の活動が制限されるようになったことにある。次に天地正教は、霊感商法が日本において社会的批判を浴びた後に、「霊石愛好会」を経て創設された、弥勒信仰に基づく仏教教団であったが、これは本質的には統一原理の仏教的解釈と展開による土着化の試みであった。それは一定の成功を収める可能性を秘めていたが、結果的には1999年に消滅してしまったために、この土着化路線も途中で挫折した。

 実際には、信徒たちによる「先祖の因縁話」や「霊能力」を用いた献金勧誘活動は2000年代後半まで継続し、それが民法上の不法行為と認定されたり、警察の捜査の対象となったりした。そこで2009年3月25日に徳野英治会長による教会員に対するコンプライアンスの指導が出され、「献金と先祖の因縁等を殊更に結びつけた献金奨励・勧誘行為をしない。また、霊能力に長けていると言われる人物をして、その霊能力を用いた献金の奨励・勧誘行為をさせない」ことを遵守するように通達が出された。これによって統一教会の教えを日本の宗教文化に土着化させる試みはさらに困難になった。

 現在の日本統一教会は、土着化路線からもう一度普遍宗教としての本質に返り、統一原理のみ言を直接伝えながら、自らのアイデンィティーを隠すことなく堂々と証ししつつ、日本社会に対する宣教を行うことに挑戦しているとみることができる。

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実況:キリスト教講座32


統一原理の神観について(6)

アリストテレス

 神様が「純粋形相」であるという考え方は、アリストテレスの「形相質料論」というものに基づいています。アリストテレス(384BC – 322BC)というのは、イエス様よりも前の時代のギリシアの哲学者です。彼の哲学がキリスト教に受け入れられて、その存在論を構成するようになったので、この話をしているわけです。アリストテレスはユダヤ教徒でもクリスチャンでもありませんから、彼はキリスト教でいうような人格神を信じていたわけではありません。彼が想定した「神」は「不動の動者」といって、宇宙の究極的な第一原因をイメージしていたようです。しかし、これが後に聖書の神と同一視されてキリスト教神学に受け入れられたということです。

実況:キリスト教講座挿入PPT32-1

 アリストテレスは、すべての存在は「形相」と「質料」という二つの要素からなっていると考えたわけです。この「形相」というのは何であるかというと、物を作るときの設計図に当たります。「質料」とは何であるかというと、材料です。たとえばこのコップでいえば、コップを作るにはまず設計図が必要です。たとえば口の直径が何センチで高さが何センチでという青写真が必要です。そのようなコップの理念に該当するものを形相といいます。しかしそのアイデアだけ、設計図だけではコップにならないわけで、材料を取ってきてガラスをこの形に作らないと具体的なコップになりませんね。その素材としてのガラスのことを質料というわけです。このように設計図と材料が合わさってはじめて一個の実体のある物体となるわけです。

 このように、アリストテレスの「形相質料論」におきましては、すべての存在は「形相」と「質料」の両側面があるということでありまして、統一原理で言うところの性相と形状の二性性相と極めて似たようなことを言っていたわけです。このアリストテレスの考え方は、中世になってキリスト教神学に取り入れられるようになります。特に、中世の偉大な神学者であるトマス・アクィナスという人は、このアリストテレスの哲学を屋台骨にして独自のキリスト教神学を立てた人です。

トマス・アクィナス

 よく言われるのは、「トマス・アクィナスがアリストテレスに洗礼を施した」ということで、彼によってアリストテレスの哲学が神学にまで昇華されたということなのですが、その逆も言えるわけで、トマスによってキリスト教神学に対するギリシア哲学の影響がより色濃くなったとも言えるのではないかと思います。このトマス・アクィナスが、アリストテレスの形相質料論を用いて、被造物においてはすべての存在がこの形相と質料からなっているけれども、第一原因である神様だけにはこの質料というのはなくて、「純粋形相」なんだと言ったわけです。

 つまりこの理論は端的に言うと、あらゆる存在は形相と質料からなっているけれども、神様だけはこの存在論の例外であり、質料がまったくない「純粋形相」である、と言っているわけです。統一原理風に言うと、それは形状部分のない性相だけの神様ということになります。

 なぜ神には質料がないと言っているのかというと、「形相」が永遠不変であるのに対し、「質料」は可変的なものであることから、神が永遠不変の存在であるためには「質料」すなわち物質的な要素があってはならないからだというわけです。でもよく考えると、原因者である神に物質的要素がないのに、なぜ結果的存在である被造物には物質的要素があるのか、という根本的な矛盾をはらんでいることになるわけであります。つまり、神様を「第一原因」であると言っていながら、物質的側面に関しては神様と被造世界の間で因果律が分断されてしまっているということなんです。これは、物質に価値を認めない「二元論的偏見」から来ているものだと言わざるを得ません。

実況:キリスト教講座挿入PPT32-2

 その点で、統一原理は極めて首尾一貫しているわけであります。統一原理におきましては、全ての被造物に「性相」と「形状」という二面性があるからには、その原因者である神御自身の中にもより根本的な「性相」と「形状」がなければならないということで、原因と結果を一致させているわけです。すなわち、神は物質的な側面においても我々の原因者であり、この形状面における因果律は分断されていません。という意味において、統一原理の方が哲学的により首尾一貫しているんだということになります。

 ところが既存のキリスト教神学においては、被造物には精神的な側面と物質的な側面の二面性を認めながらも、その原因者であるところの神様には物質的側面を認めないわけです。その意味において、片手落ちになっているということです。

 さて、このことから分かるのは何でしょうか? キリスト教神学が神の物質的側面を否定することによって守ろうとしたのは結局、神の永遠性と不変性という概念だったわけです。しかし、このような「永遠性」と「不変性」というのは、よく考えると、とても魅力のないものだということが分かります。

 すなわち、神様が一切変わらないということは、全知全能であり、完璧であるから、進歩もしないし、さらに低級な被造物からはまったく影響を受けない、したがって人間を見ても期待もしないし感動もしないという、非常に硬直した「永遠不変の牢獄」の中に閉じ込められているような神様の姿を描き出してしまったわけです。すなわち、「永遠性」とか「不変性」といった観念のために、論理的な無理をしてまで神から「体」を奪い去ってしまったわけです。これが既成のキリスト教神学が持つ大きな問題であり、欠陥であるということになるわけであります。

 それに対して統一原理の神観というのは、形状的側面を持ちます。これは可変性を持つわけでありますから、人間からも影響を受ける、すなわち人間とダイナミックな関係を結ぶことができるわけです。ですから、伝統的なキリスト教神学がいうような意味で、硬直した「永遠不変」の神様ではないわけです。

 だからといって統一原理は神様が永遠不変であることを否定しているわけではありません。何も変わらないとか、一切影響を受けないという意味で永遠不変なのではなくて、別の意味で永遠不変だと言っているのです。それは「愛」と「心情」において永遠不変であるということです。すなわち、神様は人間を愛したにもかかわらず裏切られた場合には傷つくこともあるし、人間の行動に影響されもするわけです。しかし、どんなに人間から裏切られたとしても、親として子供を愛するその心情は永遠に変わることがないのです。すなわち、より本質的な愛と心情という観点において神様は永遠不変だということになるわけです。

 結局、既存のキリスト教神学は、存在論的に神の形状部分を切り捨てることによって永遠不変性を守ろうとした。しかし、統一原理はそのようなことをしません。同じ永遠不変性を主張していても、まったく発想が違う神学だということです。

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