ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳45


第6章 祝福:聖別期間と同居生活(1)

 個々の統一教会信徒の人生における大きな転機であり、地上天国実現の全体構想における基本的な社会単位である結婚は、運動のイデオロギーの中心的な位置を占め、その最も重要な儀式として際立っている。前章は、マッチングの儀式のために準備し、それに参加することの神学的および実存的な意義を明らかにした。また、宗教的共同体のマッチングの儀式に対する期待の中で働く社会的な力が、大部分においてグループの結束と個人の献身の強化に貢献することも示された。本章は、マッチングから夫婦として一緒に生活するようになるまでの期間の、統一教会のカップルの理想と実際の体験について描写する。以下の主題が吟味される。聖別・約婚期間、「公的な」祝福式、三日行事、同居する結婚生活、離婚、放棄、死。

 「聖別・約婚期間」は、統一運動にとって比較的新しい結婚の側面を明確に分類するために、著者によってつくられた言葉である。「聖別・約婚期間」の宗教的意味は、神を中心とする犠牲的生活というグループの伝統に深く染み込んでいるが、ある意味でこの期間がアメリカ社会における婚約期間のようなものだという考えは、非常に多数のアメリカ人が韓国でマッチングと祝福を受け、その後最低三年間は開拓伝道のために聖別した1975年までは、重要な形では現れなかった。この期間を婚約であると考える傾向は、1979年の705組のマッチングによって拡大した。第5章で示したように、マッチングと「公的な」祝福式の間に三年間の聖別期間を持つという文師の決断によって、そのときに新しいパターンが出現したのである。1979年にマッチングされたカップルは、しばしば自分たちのことを「婚約している」と語り、第二次世界大戦以前の米国における婚約を連想させる態度や実践を彼らの関係に取り入れたのである。「聖別・約婚期間」はまた、マッチングと結婚の成就の間の経験を、カップルが実際に同居した後に起きる別居と区別するためにも有効である。後者は「結婚後の別居」と名付けられる。

 「聖別・約婚期間」は、マッチングの直後に始まる。その長さは最小限の40日からときには4~5年間にいたるまでさまざまである。40日間は絶対的なものであり、イエスが生涯の仕事のために自分自身を準備した荒野における誘惑の期間をモデルとしている。文師は、祝福を受けたそれぞれのグループのカップルに対して、特定の聖別期間を指定する。その長さの違いは、各グループにおけるカップルの年齢と統一運動の「世界救済」の計画という、二つの要因によって決まる。1800双は1975年にマッチングと祝福を受け、三年間もしくは妻が30歳になるまで聖別した。20代半ばであったこれらのカップルが互いに離れている間に、この新しい信仰の世界的な基盤を作るための宣教師として奉仕したのである。それとは対照的に、1977年にマッチングと祝福を受けた者たちは主として年長(30歳以上)であり、最低限の40日間の聖別をしただけであった。聖別が普通は30歳を超えて延長しない理由は、この運動がカップルに多くの子供を持つように奨励したいからであり、その目標はカップルが歳を取ってしまうと実現が容易でないからである。

 「聖別・約婚期間」は個々のメンバーにとっていくつかの意味を持つが、これらの意味を運動の強力な千年王国説的な推進力という脈絡の中に位置づけることは非常に重要である。マッチングを受けて聖別しているカップルのキーワードは「犠牲」であり、地上天国の実現という、より高次の目的のために自分自身を捧げることなのである。統一神学によれば、現代の世界は「革命の期が熟している。」神は歴史を通して、神を中心とする道に復帰することのできる今日の世界へと至る道を開拓してきた。統一教会の信者たちは、もし彼らが自分たちのグループの価値観と目標に完全に献身するならば、彼らは新しい天と新しい地とを作り出すことができるという信仰によって、深く動機づけられているのである。

 マッチングを受けたカップルが「聖別・約婚期間」に捧げるよう求められている犠牲は、世界のための犠牲であると理解されている。したがって、彼らはマッチング以前の彼らの生活の特徴であった世界の救済者としての役割を事実上継続するのである。文師が1979年にマッチングを受けたカップルに語ったスピーチには、この犠牲のテーマが「ホーム・チャーチ」の概念によって展開されている。この比較的新しい伝道のアプローチについては、後述することにする。
「皆さんが約婚を終えて、まだ地に足がついていないことが分かります。皆さんはお互いを知ることに夢中になっていて、顔色が変わっています。皆さんが相対者に会ったときにすべきことは、お互いの知恵を集めて、ホームチャーチで勝利するために出ていき、その後で祝福を受けるために私のところに帰って来ることを決意することです。・・・皆さんはホームチャーチよりも自分の相対者とより多くの時間を過ごすことを望みますか? 皆さんのアンテナはホームチャーチに向かっていなければなりません。そうでしょう?」(注1)

 文師とその他の指導者たちは疑いなく、様々な任務を続行する上で独身のメンバー(たとえ彼らが婚約していたとしても)を持つことのできる実際的な利点に気づいている。こうした人々はまだ彼らの相対者と本質的に関わっていないため、ほぼどんな立場であってもグループに奉仕することのできる自由を有しているのである。

 千年王国のための犠牲に加えて、「聖別・約婚期間」は神を中心とする結婚と家庭生活のための堅固な基礎を築くための期間として理解されている。ある結婚したメンバーは「聖別・約婚期間」について、「神によって結婚したと認められるという素晴らしい恩恵に備えるための」(注2)機会であると語った。妻と同居したある男性はそれについて、彼らが二人とも自分の生活を神を中心としたものにする時間であり、その後により神を中心とした関係に再び戻って来ることができるのだと語った。(注3)「深くて心情的な時間」「蕩減の時間」「私の人生のための愛と信仰の基礎を築く期間」といった言葉が、運動の文献やインタビューの記録の中に何度も出現する。極めて明らかに、世界の救済者としての役割にとって不可欠な犠牲と聖別は、統一教会における結婚の霊的な基礎と、特有の終末論的指向性を確立していると見られているのである。

 「聖別・約婚期間」において結婚のために立てられるパターンやモデルは、本質的に独身メンバーのためのパターンと同様である。ある婚約したメンバーは以下のように語っている。
「私たちの家庭に非利己的な献身のパターンを立てるのは、より大きな世界のための犠牲なのです。私たちの家庭生活の様式は、私たちの(生物学的な)両親のものとは違っていなければなりません。そして犠牲に対する指向性は、その違いの大きな部分であると私は信じています。」(注4)

(注1)文鮮明「真のカップル」、『マスター・スピークス』 (番号79-05-27, 1979年5月27日), p. 7。
(注2)個人的交流:エンゲル氏。
(注3)インタビュー:メイ氏。
(注4)インタビュー:ウェア氏。この男性が相対者と「恋に落ち」、彼女と離れていることに痛みを感じるようになるまで、彼が「聖別・約婚期間」を犠牲的なものであると理解していなかったことは興味深い。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』123


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第123回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入り、先回までは元信者Fの事例を扱ったが、今回からは元信者Gの事例に入る。FとGの事例の共通点は、どちらの夫にも妻に対する暴力、生活費を稼がない、不倫などの世間一般で離婚の原因となるような夫の側の明らかな落ち度がないばかりか、統一教会では禁止されている酒やタバコの問題もなく、単に日韓の文化的な違いに疑問を感じたとか、夫の親族に対する不信感や葛藤、といった理由で離婚に至っているという点である。現実には、FやGよりもはるかに厳しい環境下にあっても、それに耐えて夫婦関係も信仰も維持している日本人女性はいると思われる。こうした女性たちからすれば、FやGの経験した葛藤は「贅沢な悩み」に見えるのかもしれないが、それでもFとGはそれに耐えられずに離婚して信仰も棄ててしまった。

 Gに至っては、主体者(夫)には好感を持っていたし、「夫は家族を大切にし、自分を大切にしてくれた」(p.365)ということであるから、結婚生活そのものには特段の問題はなかったのである。櫻井氏はFとGをあたかも韓日祝福の被害者のように扱っているが、ひとたび妻の立場を離れ、夫の立場からこの物語を読めば、自分には何の落ち度もなく、夫として家庭を守るために一生懸命に努力していたにもかかわらず、自分には理解できない理由によってある日突然妻から離婚を言い渡された、ということになるであろう。これは気の毒としか言いようがない立場である。

 夫の関係に悪い思い出はなかったというGであったが、夫方の親族との間には以下のような葛藤を経験している。
「結婚式の取り決めなどで、金銭面で利用されているのではないかという気がした。Gの両親が来てくれて、80万円を出してくれたのだが、夫の親族には贈り物まで出し、その金をこちらで賄っているのに、自分の親への待遇は悪い。しかも、式は最低限の金で済ます。こうしたやり方や財布は一族のものという発想に反発して、祝福を蹴って帰ろうかと思ったほどだった。」(p.365)

 これもFの場合と同様の、「婚需(ホンス)」を巡る文化的な葛藤である。前回紹介したように、韓国での伝統的な結婚時の贈り物は「婚需」といって、新婦側がひと財産投げうって贈り物や嫁入り道具を持っていくという風習がある。「婚需」費用の相場は一般でも一千万ウォンを超えるといい、そのときの為替相場にもよるだろうが、Gの両親が準備した80万円という金額は相場とほぼ同じくらいか、やや下回るという金額であろう。だとすれば、韓国の婚姻風習からすればこの80万円は「当たり前」ということになる。Gとしてはそれが特別なことであると感じたために、自分の両親に対する感謝や待遇を期待したのであろうが、夫の親族の対応はその期待に沿うものではなかったということだ。

 ここで留意しなければならないのは、結婚式にかかる費用は日本と韓国では差があるということであろう。Gが結婚式を挙げたのは1990年代だから、日本と韓国の経済格差はいまよりはるかに大きかったであろう。いまでもネットで検索すれば、韓国で結婚式を挙げた場合にはその費用は日本で挙げるよりもかなり安く、式自体は30分ほどで終わってしまい、その後はバイキングで食事をして終わるというような、非常に簡素なものであることが紹介されている。一方、日本で披露宴と言えばホテルを借りて行う人生の一大イベントであり、その費用は平均で300万円を超えるといわれる。そもそもそれと同じようなものを韓国の庶民の家庭に期待すること自体が無理なのだが、一度親族に対して不信感を持ってしまうと、こうした違いの一つひとつが受け入れられないものになってしまうのであろう。ここでも、韓国の文化や風習に対する理解不足が葛藤の原因になっている。

 しかし、Gが最も葛藤し疑問に感じたのは、日本と韓国の統一教会の違いであった。これはFの事例でも同様なことが述べられているが、Gの表現によれば以下のようになる。
「韓国の統一教会の実態が徐々にわかるにつれて、日本との差が気になった。」(p.365)「韓国の夫達は(自分の妻が清平の修練会に参加することに対して)いい顔をしなかった。ところが、日本人妻は信仰に熱心な人が多く、みな参加したがり、夫の間に葛藤も生じた。」「日本人女性は信仰と家庭の板挟みで苦しんでいた。」「Gの場合、青年期に献身者として教会生活ができず不完全燃焼だったという思いがあった。そのため、祝福を受けて、韓国で新しい信仰を確立することに相当な期待を持っていた。ところが、日本で教えられてきた韓国は自分の理想とはほど遠く、韓国では最終的に自分なりの信仰観を持つことにした。」(p.366)

 FもGも共通して感じているのは、日本にいたときは韓国の統一教会は日本よりも信仰的で霊的に高いと教えられてきたが、実際に韓国に来てみるとそんなことはなく、かえって日本の統一教会の方が信仰的で、献身的で、活動熱心であるということである。これはFやGの個性から来るものではなく、かなりの日本人が共通して感じることのようである。しかし、それは日本人の信者が持っている「ものさし」で測った場合に、韓国人の信仰が低いように見えるということである可能性がある。文化的な葛藤とは通常そのようなものだからだ。この点に関して、『本郷人の道』のなかで武藤氏は以下のように述べている。
「たとえ国や文化が変わろうとも、“神と父母と原理は変わらない”という信仰それ自体を確認した上で、両国食口の信仰生活的側面における意識の違いを理解し、さまざまな葛藤を乗り越えて一体化していかなければなりません。」「しかし現実には、韓国人と日本人との間で、実体的にその信仰生活に接した時に互いに自分が信仰的に重視することを相手が重視しないことで、相手の信仰を裁いてしまうことが多くあります。驚くことは、この二つの国の信仰観をもって互いに相手を見つめた時には、互いに相手の信仰の方が幼いように見えるということです。」(『本郷人の道』p.282)

 武藤氏が韓国人と日本人の信仰観を比較して説明していることを要約すると以下のようになる。日本人はまず神と我の縦的関係を築くという旧約時代の立場から始めなければならず、その信仰生活は横的な自分を否定して縦的な関係を重要視するようになる。したがって日本人の信仰観は、み言葉を文字通り、外的に一字一句違えず守るという要素が強くならざるを得ない。そして外的な行動の基準や実績を立てることによって分別し、儀式的内容を厳密に重要視することを通して心霊の復活も果たされる。アベル・カインの関係も組織における規則的関係として捉えられることが多く、カインとしてアベルに従うことの重要性が強調される。

 一方、韓国では外的な蕩減条件以上に内的な「精誠」が重要視される。そして韓国の食口は神と真の父母に対する自分の信仰を人前にそれほど表現して見せないので、外から見ると信仰のない一般の人と変わらないように見える。それで問い詰めてみると、「そのようなことは分かっている」というように信仰の主体性があり、日本人のように自分と神との出会いや涙を流した話などをわざわざ人に知らせようとは思わない。韓国では「信教の自由」「本心の自由」が価値視され、教会でも何よりも個人の自由を尊重し、あまり干渉した指導をしない。アベル・カインの関係も絶対的なものではなく、韓国人は位置的なアベルの言葉に対して一様には従わないことがある。韓国人は目に見える組織を超えた心情組織を持っていて、信仰的には一人でしっかりしている。

 要約すれば、日本人は神との縦的な関係を築くために、つねに外的に縦的な表現を必要としており、それがないと不信仰であるかのように不安を感じるのであるが、それは韓国人からは旧約時代の信仰かパリサイ人律法学者の信仰のように感じてしまい、「幼い信仰」に見えるのだという。一方で、韓国人が日本人のように「神様、神様」と自分の信仰を口にせず、それよりも親に対する「孝」や夫婦間における「烈」を口にするので、日本人からは世間の人と変わらない横的で人情的な人であるように見えるのだということである。こう考えると、FやGが韓国の統一教会は信仰的でもなく霊的に高くもないと感じたのは、外的な規則や表現を重要視する日本的な「ものさし」をもって韓国人を裁いたに過ぎない可能性が高いということが分かるであろう。

 こうした日韓の信仰観の違いは、渡韓修の中で講義で教えられるのであるが、FもGもそのことを自分の実感としてはとらえることができず、自分の日本人としての「ものさし」では測ることのできない韓国人の信仰の本質的な部分を発見することができなかったので、韓国の統一教会に対して幻滅し、失望してしまうという結果になったのである。

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ25


 長く続いたこのシリーズも今回が最終回となります。第23回から、真のお父様が金日成という人物をどのように見ていたのかについて、『神の摂理から見た南北統一』を資料としてまとめる作業を始めました。「金日成」という言葉を検索してみると、南北統一に関するお父様のみ言がたくさん出てきます。最終的に統一が何によってなされるとお父様が語っておられるかと言えば、「真の愛」によって、と語っておられます。
「統一教会は金日成を追放しなければなりません。共産党は神様を否定し、人類を残酷に虐殺したために、我々は彼らを怨讐サタンとして規定して彼らを倒す責任を負って準備を行うのです。」と、一見激しいことを語っておられますが、一方で「軍事力、武力を使用して統一が成し遂げられると思いますか。とんでもないことです。私に軍事力さえあれば何でもつくれる力のある人です。しかし軍事力だけでは絶対に成し遂げることができないために、今このように話を伝えているのです。」と語っておられます。

 『原理講論』の第三次世界大戦の部分にも書いてあるように、武器による統一は不完全なものです。ですから、思想による統一、そして最終的には真の愛による統一が、理想の統一なのです。お父様も、「ただひとえに真の愛だけがその使命を果たすことができるのです。その愛は神様からの愛です。」と語っておられます。
「南北韓が分断されましたが、北韓と戦わずに解放させようというのです。金日成を自然屈服しなければなりません。」(一九八一・一一・一九)

 このようにお父様は1981年の時点で、金日成を自然屈服させなければならないと語っておられます。
「共産党が下りて来た時は、これをしっかりつくっておいて、頭を下げればいいのです。南韓の四千万が包みを背負ってみな入っていって、ヤコブがエサウを屈服させたのと同じようにするのです。二十一年間集めたすべての財産をもっていって、これはお兄さんのものですと言って、根こそぎ与えてしまえば北韓の金日成は完全に屈服するのです。」(一九八八・一・九)

 ちょうどヤコブとエサウのときと同じように、貧しい北韓に対して、豊かになった韓国がすべてを与えて、「為に生きる」「共に生きる」という心情で行けば、北韓は解放されるんだとおっしゃっています。その背後には、北韓の同胞に対するお父様の愛があります。それは以下のようなみ言の中に溢れています。
「以北が困難なのは、金日成が独裁政治によって閉鎖社会をつくったからなのですが、その事情を知れば知るほど、その統治下にいる人々がどれほど悲惨であるか分かりません。共産主義が怨讐なのであって、彼らが怨讐なのではありません。北韓を見つめながら胸がいっぱいになり、哀れに暮らしている我が同胞のために涙を流し、あなた方の困難とともに私は生きているのだと、解放の一日を準備して皆さんの前に現れるのだと誓い、統一のための実践運動がこの地において起こるなら、以北に行く日は遠くありません。」(一九八六・一〇・一一)

 これは1986年のみ言ですが、このころから「北に行くんだ」ということをお父様はずーっと語っておられて、なんとか北を解放したいと思っておられたのです。

文鮮明総裁・金日成主席会談

 そのように、金日成と会うことを生涯の目標としておられたお父様が、実際に金日成主席と会われたのが1991年12月6日のことでした。怨讐の地・興南において、こうして抱き合って、金日成主席と劇的な出会いをしたわけです。そしてこのときに南北統一に関するさまざまな合意を成していったわけです。これはちょうどヤコブとエサウの関係において、エサウがヤコブに屈服した瞬間であると摂理史では位置付けられております。

金日成主席追悼式

 その金日成主席がなくなったのが1994年のことでありました。このとき、韓国は北朝鮮に対して弔問使節を送ることを拒否して、民間人であっても誰も北に行ってはならない、という指令を出していました。ところが、朴普煕先生に対してお父様は「お前が弔問に行って来い」と言われたのです。朴先生は「政府が許可しません」と申し上げたのですが、「鴨緑江を泳いででも行くんだ!」と言われました。そこで朴先生はなんとか道を見つけて北朝鮮に入り、金正日書記と共に写真を撮ったわけです。このために実は朴先生はしばらく韓国に入れなくなりました。それでしばらく日本の総会長をしておられたのです。

 このように、金日成という人物はお父様にとって摂理的に、怨讐であり敵であると同時に、非常に重要な人物であったために、生涯において一度は会わなければならない人物でありました。それだけでなく、亡くなったときにも礼を尽くした人物だったのです。

 最後に、金日成についてまとめてみましょう。金日成という人物は学歴があるわけでもなく、共産主義理論を学んだと言っても、それは実践の中で学んだに過ぎません。そして抗日独立運動家としての実績もそれほどない、言ってみれば「ゲリラのリーダー」に過ぎなかったわけです。彼は人望があったわけでもないので、「金日成」の偽名を用いて伝説の人物を演ずることによってしか、北朝鮮の指導者になることができなかった人物です。

 金日成という人はソ連の傀儡として指導者に立てられたに過ぎなかったのですが、彼は指導者になった後に抜群の能力を発揮するわけです。それが何かといえば、粛清によって自らの権力基盤を確立するという能力においては、天才的なものを持っていたわけです。ですから彼は、「非情」であることにおいては、傑出したリーダーであったと言えると思います。思うに、独立運動家としての実績は大したことがなかったのですが、サタンが見込んだ人物だったのかもしれません。彼はサタンが立てた中心人物であったために、共産主義史上まれにみる長期政権の独裁者となったということなのです。彼こそはサタンが立てた「サタン側のアダム」であり、「サタン側の父」であったのですが、これに対して「真の父」であるお父様は、南北統一のためにまず日韓米で勝共運動を展開し、その基盤をもって1991年に金日成と会談して、彼を自然屈服させて、南北和解の道を開いていかれたという歴史があるわけです。

 ですから、金日成という人物は、良くも悪くも、お父様の人生にとって本当に大きな存在であったということが分かります。以上、何か決定版になるような話というよりは、極力学問的に、事実に基づいて金日成という人物について分析し、さらにお父様の御言に基いて金日成が誰なのかをまとめた研究が、これまで説明してきた内容でした。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』122


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第122回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入り、先回から元信者Fの事例を扱い始めたが、今回はその続きである。Fが韓国で体験した葛藤は、日韓の文化的な違いからくるカルチャーショックであったが、先回は韓日祝福を受けた日本人女性がこうした困難を乗り越えるために統一教会が行っているサポートについて紹介した。それは彼女たちがお嫁に行く前に現地で受ける「渡韓修」と、それに続く4か月ほどの「任地生活」であり、その渡韓修で教育されている内容が、国際家庭特別巡回師室編『本郷人の道』という本の中にまとめられていることも紹介した。

 この本の後半の「生活教育編」では、韓国での生活全般について知っておくべき内容や文化の違いなどが紹介されているが、著者の武藤氏は、「まず最初に違いを正確に理解したところから真の一体化の道も開ける」(『本郷人の道』p.202)との考えから、韓国人と日本人のどこがどのように違うのかをまず追求している。そこで言われていることの主な項目を列挙すると以下のような感じである。
・韓国では一人で食べるのではなく、食べるときは「みんな一緒に」食べる。
・韓国人は食べ物があれば、まず最初に目上の人に「食べてください」と差し出す。
・「ご飯食べましたか」は韓国では挨拶であり、会えば人の食事の心配をする。
・韓国では「この食べ物は自分のものだ」という所有観念がない。
・韓国で食べ物を買いに行くときは、自分の分だけでなく、必ず全員分を買いに行く。
・おかずは一人ひとりに分けずに真ん中においてみんなで突っつく。
・韓国では一緒に食事をした仲間が「割り勘」をすることは絶対にありえない。
・韓国では人前で鼻をかむのは失礼にあたる。
・人に物を渡すときには、両手もしくは右手で渡す。右手で渡す際は左手を下に添える。
・韓国では長幼の序の意識が強く、敬老精神が徹底している。
・韓国では親は絶対的存在であり、自分の親をけなされると冷静ではいられない。

 これらの文化的な違いは、たとえ親族関係にならなかったとしても、韓国に留学したり、仕事で韓国に赴任したときには知っておくと役立つ内容であろう。しかし、結婚して韓国人と家族になれば、韓国の家庭のしきたりや親族関係に存在する独特の文化があるため、さらに深く韓国の文化を理解しなければならない。そこで武藤氏は、「親族への挨拶訪問」という一節をもうけて、愛される嫁として夫の親族に受け入れられるための秘訣を紹介しているのである。その部分の記述と、Fの体験談を比較してみると、Fの韓国文化に対する無知が、夫の親族との人間関係を難しくしていた可能性が浮かび上がってくる。武藤氏は、韓国の嫁入り習慣である「婚需」について以下のように説明している。
「参考として、韓国に嫁に来る女性が分かっていなければならないことは、韓国での伝統的な結婚時の贈り物は『婚需(ホンス)』といって、新婦側がひと財産投げうって贈り物や嫁入り道具を持っていくという風習があるということです。現在、『婚需』費用の相場は一般でも一千万ウォンを超えるといい、韓国人も驚くような額に上っています。本来ならば、新婦側ではまず冷蔵庫から、洗濯機、電子レンジなど、家具家財道具すべてを揃えなければなりません。」
「一方、新郎側はというと、住まいを準備して、新婦の服と『結婚礼物』としてのアクセサリー(イヤリング、ネックレス、指輪、時計など)、そして余裕があれば、新婦の両親に韓服をプレゼントします。これらが『婚需』というものなのです。」
「主体者の中にも、日本の嫁ということで反対されるのを認めてもらうために、嫁いでくる相対者が親にある程度の『婚需』を持ってきてくれることを願っていたなどの場合があります。日本人相対者の中で、結婚した後に、主体者側からお金を要求されて、『持参金目当ての結婚か』とつまづく人がいるようですが、それもこのような文化的背景から理解する必要があります。(以上、すべて『本郷人の道』p.213)

 もちろん、武藤氏はこの「婚需」の習慣を祝福家庭がそのごとくに実践することを勧めているわけではない。日本の教会員の場合には経済的な事情でそれができない場合が多いわけだが、それでも主体者の親がその文化的習慣から「婚需」を期待する気持ちがあることを理解したうえで、日本には「婚需」という習慣がないことや、自分たちの経済的事情ではそれができないことを相手方に理解してもらうために誠意をもって説明し、たとえ金額は小さくてもそれに代わる真心のこもった贈り物をすることで、親族との関係が円満に行くように努力することを勧めているのである。

 それを背景として、Fの記述を改めて読んでみよう。
「ソウルでは夫の叔母がマンションを買って、入居するばかりに準備してくれた。しかし、驚いたことに、マンションをもらえたわけではなく、ローンはそのままだった。しかも、夫方から資金援助がなく、ローンを全額自分達で返済する計画になっていた。これが、自分達にほとんど何の相談もなく決めていく夫側親族への不信の始まりだった。実際は、夫へ相談があったのかもしれないが、夫はFに一言も相談がなかった。コミュニケーションの問題は言葉のギャップということもあるが、男尊女卑、長幼の序が強すぎる韓国と日本の問題とも思えた。統一教会が理想とする韓国の文化にショックを受けた。」(p.363)

 まずFは、夫の親族がマンションの全額を支払って自分たちにプレゼントしてくれるとでも期待していたのだろうか? そうだとすれば、それは相当に虫の好い要求である。自立した経済を営む夫婦であれば、自分たちの住むマンションのローンを支払うことはある意味で常識ではないだろうか。外国で勝手が分からないだろうからとマンションを買って入居するばかりに準備してくれた夫の叔母は、明らかに親切心からそれを行っている。もしかしたら頭金だけを負担して、残りのローンは夫婦で責任をもつという話し合いがなされていたのかもしれない。それは決して非常識ではなく、要するにFがその意思決定に参加できなかったことを不満に思っただけのことである。

 韓国の「婚需」の習慣からすれば、Fは家具や家財道具などを全て揃えなければならなかったが、夫の叔母がマンションを買って入居するばかりに準備してくれたということは、それを夫の親族に頼って、自分では何も準備しなかったことを意味している。家財道具もお金も準備せずに身一つで韓国に嫁ぎ、親族に世話になったのだから、せめてマンションのローンぐらいは自分達夫婦で責任をもつべきだという発想が出来ず、ローン返済の責任が自分たちにあることに「驚いた」というのであるから、Fはかなり依存的で自己中心的な発想の持ち主であると言われても仕方がないであろう。

 Fは夫側親族と信頼関係を構築する努力をすることなく、「自分に何も相談しないで決めていく」と不満を抱き、相手を不信し始める。はたして彼女に、相手の立場に立って物事を考え、相手の文化を理解し、こちらの考えを相手に分かりやすく伝えることによって問題を解決していこうと努力する姿勢があったのかどうか、はなはだ疑問である。

 Fが問題とした「長幼の序」は、年長者と年少者との間にある秩序のことであり、子供は大人を敬い、大人は子供を慈しむというあり方を指す。それは儒教において人の守るべき五つの道の一つとされ、父子の親、君臣の義、夫婦の別、朋友 の信と並んで、中国、韓国、日本において共通の徳目であった。もともと儒教社会であった韓国では、近代化と共に個人主義的になった日本に比べて、その伝統がいまでも強く残っている。これは統一教会で教える家庭倫理とも共通する内容であるため、もしFに信仰があるのであれば、その文化から自分が何かを学ぼうという発想をすべきではなかったのか。韓国ではそれが強すぎるから日本人である自分には合わないといって切り捨ててしまうのは、やはり自己中心的な態度であるといわざるを得ない。

 「長男である夫は両親に頭が上がらず従うばかりであり、不満のやり場がなかった。」というけれども、子が親に従順であることや、親孝行しようという子供の姿勢は儒教における重要な徳目であるだけでなく、統一教会においても一つの原理的な価値観として大切にされているものである。こうした韓国の文化を、単に自分の中にある現代日本の文化と合わないからといって不満を持つことは、やはり信仰者として正しい態度とは言えないであろう。韓日祝福を受けた以上は、そうした文化の違いを乗り越えて韓国の地で嫁として勝利するという決意をもって渡韓すべきであったのだが、Fはその点で中途半端であり、どこかに甘えがあったとしか思えない。

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ24


 先回から、真のお父様が金日成という人物をどのように見ていたのかについて、『神の摂理から見た南北統一』を資料としてまとめる作業を始めました。今回はその続きです。「金日成」という言葉を検索してみると、南北統一に対するお父様の決意を語られたみ言がたくさん出てきます。
「私が三十八度線を越えながら祈祷したことは簡単です。『神様、心配しないでください。北韓まで私が統一します』」。(一九八七・一一・一)
「私が一・四後退の時、三十八度線を越えながら神様に祈祷したことがあります。この悪党たちを私の手で捕まえて片づける前に死んではならないので、私が私の故郷、私の祖国を再び訪ねて、神様に勝利の讃揚をお返しできるその日まで私を生かしてくださいと祈祷したのです。そうするために、韓国を経て、アジアを経て、世界を経て、この怨讐の金日成に至ろうと誓いもしました。」(一九八一・一・二六)

 ここで言う「一・四後退」とは、1951年初頭に北朝・中国両軍の攻勢を受けた韓国軍が、1月4日に前線の後退作戦を敢行したことを指します。大邱や釜山へ集団移送されました。このときにお父様は北から避難したのですが、38度線を超えるときに、その38度線に両足をかけて、絶対に南北統一をしますと誓ったという話は聞いておられると思います。それは、「必ず怨讐の金日成に至ってみせる」という決意だったのです。金日成という人物はお父様にとってそのような意識の対象だったのです。

 具体的にどうやって南北統一をするのかについても、お父様は語っておられます。
「韓国が万一どうかしたはずみで北韓の金日成を打倒して南北を統一したとしても、ソ連を、そして中共をどうやって消化することができるでしょうか。できないのです。」(七八―三二二)
「金日成自体よりも、国際共産党の背後の計画と連結された金日成の基盤を破壊するためには、ソ連・中共に対処することのできる韓国の基盤がなければなりません。そうでなければ南北統一は不可能です。私はそう見ているのです。」(一九八一・四・二六)

 これはなぜでしょうか? 金日成は自分の力で北韓の指導者になったのではないのです。ソ連のバックアップがあって北韓の指導者になったわけですから、単に南北の関係ではこの問題は解かれないのです。背後にあるソ連と中共をなんとかする基盤を作らなければ、北韓を解放できないということをお父様は語っておられます。
「大韓民国の解放はいかに力を注いでも一人ではできないのです。アメリカを動かさなければなりません。分かりますか。自由世界を動かさなければなりません。金日成を打つには大韓民国の力をもってしてはできないのです。日本とアメリカの力を借りなければなりません。何の話か分かりますか。共産主義運動が今アメリカの各大学街に浸透しつつあり、ここに金日成もアメリカでの運動を強化・展開させています。・・・このような金日成の工作活動をそのまま座視することができず、私はアメリカにおける勝共運動を大々的に展開してきたのです。」

 ですから、まずアメリカをつかまなければならないと言っています。同時にお父様は、日本もつかまなければならないと言っておられます。
「もし、日本が共産主義の手中に収まろうものなら、極東の平和維持が不可能になるのはもちろん、アメリカまで危険になります。ところが、日本を赤化しようとするのが極東においてのソ連はもちろん、北韓の金日成の秘密戦略です。私は既にはるか以前からこのようなことを看破したので、日本での勝共運動を強力に展開させたのです。私の見解では、日本の首脳部から一般国民に至るまで、全国民が勝共思想によって武装しなくては、日本は滅びるしかなくなるのです。・・・私は命を懸けて、日本国内にとてつもない背景をもっている共産主義と闘ったのです。」(一九八〇・一一・一八)

 日本には朝鮮総連があります。ですから、日本における勝共運動が重要だということでお父様が育てて来られたのです。それでは何によって統一されるのでしょうか? お父様の観点は、統一思想によって南北が統一されるということです。
「南北に分断されているこの国をどうやって統一しますか。統一思想をもって統一しなければなりません。統一思想で備えずしてこの国を解放することはできないのです。北韓が金日成思想で統一することを夢見ていますが、これが問題なのです。もし彼らに統一思想を教え込んだらどうなるでしょうか。金日成が問題ではないというのです。」(四八―二五六)
「キリスト教が我々と一つになって統一思想で武装するようになれば、北韓の金日成は問題ではありません。金日成を霊界で連れていくのです。」(二〇―一三九)
「将来既成教会と一つとならなければならず、それから大韓民国と一つとならなければなりません。三千万民族がキリスト教圏を中心に、神様のみ旨を中心にした思想をもって武装をして団結するなら、北韓は問題ないのです。我々が完全に内外ともに整備したあかつきには、北韓の金日成とは言葉で戦わなければなりません。すべてをさらけ出して白黒をはっきりつける問題が最後に残されているのです。金日成が嫌でも手を握らざるを得ない時がやって来るのです。世界情勢がそのように展開するのです。」(三〇―三〇八)

 軍事力で戦うのではなく、言葉で戦う、思想で戦うんだということです。それではその思想はどのようにして具体化されるかと言えば、北韓に負けない基盤を作ることだと語っておられます。
「北韓共産党が金日成を中心に全人民の武装化、全国土の要塞化など、あらゆる方面において準備を行ったその土台を見れば、我々はそれ以上に準備をしなければなりません。夜も昼も徹してその目標をもって戦っていかなければなりません。金日成が現在、北韓の二千万をしっかりとつかんでいる以上、我々はそれ以上に組織化しなければなりません。そうすれば、金日成の体制は必ず自然に崩壊するのです。それが摂理観です。自然に崩壊するのです。」(一六四―一八三)

 北朝鮮が盤石な組織を作っているので、それに対抗する組織基盤を南で作らなければならないということです。なぜかと言えば、もうすぐ南北統一選挙があるかも知れないからだ、というお話をお父様がされていたのが、1988年ごろでありました。このころのお父様のみ言には、1988年のソウル・オリンピックが終わったら、金日成は南北総選挙を提案してくるかもしれない、という予言めいたみ言が結構たくさんありました。恐らくそのような可能性もあったんだと思います。

 そうなれば北韓の二千万は完全に教育されていますから金日成一色であり、金日成を単一候補者として立ててくることになったと思います。一方、南韓は多党の候補が乱立して出馬することになれば、それは金日成の思うつぼです。票が割れれば負けるだろうということです。そこでお父様は、「南北総選挙では、南韓からも単一候補を出さなければならない。そのために、我々の運動は『統・班撃破』をしなければならない。」ということを、このころ語っておられました。

 お父様はご自身の存命中に南北統一選挙が行われる日が来ると予感され、とくに1988年のオリンピック直後が、もしかしたらそういう摂理的時を迎えていたのかもしれません。そのために、南側に運動の基盤を作ることを一生懸命に指導されました。実際にはそのときに総選挙は行われませんでしたが、そういう備えをしておられたということです。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』121


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第121回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入った。これまで2回にわたって櫻井氏の研究手法そのものを批判してきたが、今回から具体的な事例に入る。

 元信者Fは母親から伝道されたいわゆる信仰二世であった。彼女は1992年に三万双の韓日祝福を受けるが、その相手が「熱心な信者というわけではなかった」(p.363)という記述は、おそらくFが自分の視点から韓国人男性を評価したものであろう。以下、Fが葛藤を感じた中心ポイントを列挙してみたい。
「ソウルでは夫の叔母がマンションを買って、入居するばかりに準備してくれた。しかし、驚いたことに、マンションをもらえたわけではなく、ローンはそのままだった。しかも、夫方から資金援助がなく、ローンを全額自分達で返済する計画になっていた。これが、自分達にほとんど何の相談もなく決めていく夫側親族への不信の始まりだった。実際は、夫へ相談があったのかもしれないが、夫はFに一言も相談がなかった。コミュニケーションの問題は言葉のギャップということもあるが、男尊女卑、長幼の序が強すぎる韓国と日本の問題とも思えた。統一教会が理想とする韓国の文化にショックを受けた。」(p.363)
「長男である夫は両親に頭が上がらず従うばかりであり、不満のやり場がなかった。」「また、韓国で実際に教会生活をしていくうちに、日本の統一教会の教え、生活との落差に疑問を感じていった。」(p.363)
「韓国の統一教会信者は、日本の統一教会信者のように献身的でもなければ、日本で言われたように霊的に高いというようなこともなかった。」「日本人は忠孝心で文鮮明教祖を信じてしゃにむに働いていたが、韓国の信者はマイペースだった。このような日本と韓国の信仰生活の落差を経験するうちに、ここには神はいない、この宗教は嘘だと確信を持った。」「今の夫、この家庭は何なんだ。全てうそに見えてきた。」(p.364)

 Fの葛藤を一言で表現すれば、日本と韓国の文化的ギャップに耐えられず、カルチャーショックを起こしたといってよいだろう。それは一般的な日本人と韓国人の民族性の違いにとどまらず、同じ信仰を持っている統一教会信者であっても韓国人と日本人の間には価値観の違いがあるため、Fは韓国社会と韓国統一教会の両方に対して不適応を起こして、夫を置いて日本に帰ったということができる。

 実はこのような葛藤は、多かれ少なかれ韓日祝福を受けたすべての日本人女性が感じるものである。信仰的要素を除けば、韓日祝福家庭に限らず、国際結婚をしたすべてのカップルが直面する問題といってもいいだろう。恋愛を動機として国際結婚をしたカップルは、夫婦の愛情によってこうした葛藤を乗り越えていくのであろうが、統一教会の祝福家庭の場合には信仰によって乗り越えていく場合が多い。そしてそのどちらのケースでも、カルチャーショックを乗り越えられずに離婚に至るケースがあるということになる。

 たとえ信仰があったとしても、言葉もうまくできない異国の地に嫁いで行って、その地の文化や風習を学びながら、同国人同士でも難しい嫁姑の関係や親族との人間関係をこなしていくのは、相当の苦労があると思われる。統一教会では、大量の韓日・日韓祝福家庭を生み出す一方で、こうした困難に直面している信徒たちに対するサポートを行っていないのであろうか? 実は相当システマティックに行っているのである。韓日祝福を受けて韓国にお嫁に行く女性信徒たちは、通常は「渡韓修」と呼ばれる修練会に参加し、その中で宗教的な教育を受けるだけでなく、韓国と日本の文化の違いに関する講義や、韓国の家庭に嫁入りする際の心構えや注意事項などを教えられるのである。

 こうしたサポートを受けられる恩恵は、時代と共に変遷してきた。6000双(1982年)以前にはこうしたサポートはほとんどなく、韓日の文化的な違いを乗り越える戦いはもっぱら個人の努力に任されていた。6500双(1988年)のときに過去に例のないほど多数の韓日・日韓家庭が誕生し、多くの日本人が韓国に渡ったため、そのケア体制の必要性が認識されるようになった。韓国教会に「国際家庭特別巡回室」が設置され、鄭壽源巡回師が渡韓した日本人の指導に当たるようになった。そして3万双の祝福式が行われた1992年から、国際家庭特別巡回室が主催する修練会が本格的に行われるようになった、というのがおよその経緯である。

本郷人の行く道

 この修練会で語られた内容を中心として構成された本が、国際家庭特別巡回師室編 『本郷人の道』である。この本は前半が「み言葉編」で、韓国で生活していく「本郷人」に対して語られた文鮮明師のみ言葉と、鄭壽源巡回師のみ言葉によって構成されており、後半が「生活教育編」で韓国での生活全般について知っておくべき内容や文化の違い、韓国と日本の統一教会の信仰観の違いなどが詳しく解説されている。この「生活教育編」の部分は、一つの文化論として読んでも面白い内容となっている。

 後編の「生活教育編」を執筆している武藤氏は、私にとってはCARPの後輩であるだけでなく、彼が学生として参加したCARPの新人研修会で私が進行をやっていたので、古くから知っている間柄である。この文章は「執筆」というよりは、彼が講義した内容を起こしたものなのであろう。私は実際に彼が講演しているところを何度も聞いたことがあるが、非常に話がうまく、魅力的な講師である。それは『本郷人の道』の文章からも伝わってくる。

 彼の指導は非常に具体的で、「韓国で勝手な行動をして行方不明になったら、警察から日本大使館に連絡が行き、国際問題になる」「ビザの延長手続きを絶対に忘れないように」「外国人登録を必ずするように」「日本に一時帰国するときは、出入国管理事務所で再入国許可をもらうのを忘れないように」「パスポートの期限切れに注意」「B型肝炎の予防接種を受けるように」などといった基本的で細かいことから始まっている。

 韓国と日本は、同じ東洋の国として文化的な類似性を持ちながらも、文化や生活習慣においては大きく異なる側面もある。これが姿かたちの違う西洋人と東洋人なら違っても納得がいくのだが、なまじ姿かたちが似ている韓国人と日本人の場合には、「同質性の中の異質性」を感じてしまって、逆に葛藤が大きくなるというのが武藤氏の解説である。そこで彼は、韓国人と日本人のどこがどのように違うのかということをまず追求していく。それは「まず最初に違いを正確に理解したところから真の一体化の道も開けると考える」(『本郷人の道』p.202)からだということだ。

 韓国の文化について何も知らないまま、ただ信仰だけで渡韓し、日本の常識を当てはめていちいち葛藤するよりも、事前に韓国と日本の文化はこのように違うのだから、それを前知識として納得したうえで韓国人と向き合いなさいという指導であるのだが、こうした教育は渡韓した日本人女性が現地に適応する上で大きな助けになったと思われる。

 元信者Fがこうした渡韓修の教育を受けたかどうかは不明だが、彼女の場合には渡韓の経緯が特殊であるため、こうした教育を受けなかった可能性が高い。通常、韓国人と祝福を受けた日本人女性は、独身の状態で渡韓し、家庭を出発する前に合宿でこうした修練を受けると同時に、「任地生活」といって約4か月ほど韓国の教会で奉仕活動をしながら韓国文化を学ぶのである。それはいきなり夫の家に一人で入っていって家庭生活を始めてしまうと、慣れない環境や食事、言葉の不自由さに加えて、難しい親族との関係に対応しなければならず、極度のストレスがかかるため、まずは韓国での生活に慣れるための「助走期間」として、しばらく教会の中で先輩の婦人たちや韓国の食口からアドバイスを受けながら過ごすのである。

 しかし、Fの場合には家庭をもってしばらくは日本で生活し、二児をもうけた後で渡韓している。そのために、彼女は韓国での「任地生活」を体験することはできなかったであろうし、韓国の文化について学ぶ機会もなく、いきなり夫の親族との関係に対応しなければならなくなってしまった。そこで彼女は自分なりの日本的な常識や信仰観を「ものさし」として、韓国の親族や韓国統一教会の信徒たちを裁くようになってしまったのである。もし彼女が渡韓修や任地生活でしっかりと韓国文化について学んでから韓国での生活を開始していれば、違った結果になったのかもしれない。

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ23


 金日成は、日本軍が降伏した後にソ連占領下の韓半島北部において、ソ連軍によって共産主義国家の指導者として立てられ、やがて自らの意思で北朝鮮の指導者として君臨するようになったということを先回は説明しました。今回は真のお父様が金日成という人物をどのように見ていたのかについてまとめてみたいと思います。

韓国の独立運動と再臨摂理PPT23-1

 金日成に関するお父様の御言を調べるにあたって、オリジナルの御言葉全集を韓国語で調べるのは大変ですから、そのテーマに絞ったみ言葉を集めた代表的な資料として、『神の摂理から見た南北統一』を選びました。この本の中には「金日成」という言葉がたくさん出てきます。ですから、この本を「金日成」という言葉を検索して、ヒットした言葉を紹介してみたいと思います。まずは解放直後の摂理と金日成についての御言です。
「今から四十年前解放のラッパの音とともに国外に出て活動を行っていたあらゆる愛国者、いわゆる愛国者と言われる人々が全部故国の地に帰ってき始めました。その代表的なのがソ連の一派、中共の一派、アメリカの一派ですが、その三つの派が来たために問題になったのです。金九先生とか李承晩博士だとか、金日成を中心とする南労党まで連合したのです。やがて代表的な政府を立てた一派が南労党をなくしてしまいましたが、このように(三派間で)戦ったのです。」(一六六―一一九)

 このように、金日成は金九先生や李承晩と同じように、国を建てようとする代表的な人物に数えられています。それでは、神の摂理から見た金日成の立場について、お父様はどのように語っておられるのでしょうか?
「一つは共産主義の唯物論的代表国家であり、一つは唯心論的代表国家です。そこに誰がいるのでしょうか。金日成もアボジ(父)と言うでしょう? 統一教会の文先生もアボジと言うでしょう?(笑い)二人の父がいるのです。二人の父がいて、お互いが自分の息子、娘だというから大変なことになるのです。全部自分の息子、娘だというのです。金日成は南韓の人々が金日成親父の息子にならなければならないと言い、統一教会の文先生は、北韓の人々が文先生の息子にならなければならないと、このようになっているのです。」(一六八―三二八)

 ここでいう「共産主義の唯物論的代表国家」とは北朝鮮のことであり、「唯心論的代表国家」とは韓国のことです。真の父である文先生に対して、偽りの父、サタン側の父として金日成が立っているんだということです。
「まさにここの三十マイル北側で、民主主義と自由理念はこの世界で最も残虐無道な閉鎖された北韓の金日成の共産集団と対峙しています。この二つに分立した世界の中の一つは神様を認定する世界であり、他の一つはその正反対に神様を否定する世界です。極と極、思想を異にする二つの世界の差異点を韓半島よりももっと顕著に際だってあらわにできる所はありません。韓半島は自由と独裁、善と悪、民主主義と共産主義の間で闘争する、全世界の縮小版なのです。(一六八―二三五)

 これはソウルで話した御言ですね。世界の民主・共産の戦いの縮図が韓半島であり、そのサタン側の代表人物が金日成だということになります。
「韓国の南北問題は、単に金日成と現政府の闘争だけではありません。ご存じのように、人本主義や神本主義、ヘレニズムやヘブライズムなど、さまざまな思想が韓国という終着点に至ったと見ることができ、さらに、韓国が唯心、唯物思想の対決の最後の終着点になっているというのです。このような事実はひとえに韓国民族だけの問題ではなく、ひいては世界の問題です。より次元を高めて考えれば、善神を代表した神様と、悪神を代表したサタンの対決の現状だと見ることができるのです。」(一九八六・三・一四)

 このように、韓国の38度線は世界の縮図であって、そのサタン側の代表人物が金日成だという位置づけになっています。
「堕落することによって、個人からアダム国家、エバ国家、天使長国家が生まれたために、神様の復帰摂理においてこれを収拾するのにも国家として収拾するのです。そのためにこのような国家を探し出そうと、サタン世界を二つに割っておいたのです。そのために韓国を中心として以北に金日成という父親が生まれたのです。金日成がサタン側のアダムなら、中共はエバです。」(六八―三五)

 ここでははっきりと、金日成はサタン側のアダムであると言っています。
「北韓で金日成を父と言いますね? (はい)。統一教会でも先生を父と言うでしょう? (はい)。父は父ですが、本当の父と偽物の父がいます。カインの父とアベルの父がいるというのです。一人はアダム型で、一人は天使長型なのです。では、天使長がアダムを追放できるように、その動機を誰がつくったのでしょうか。エバがつくりました。偽物の父が生まれたのは、女性のせいで生まれたということです。そうでしょう?(三七―八九、一九七〇・一二・二二)

 ここでお父様は、ご自身が本当の父で、金日成は偽りの、天使長型の、カイン型の父であると位置付けているんですが、その父が生まれた責任はエバにあると言っています。また、金日成は嘘つきの独裁者であるとも言っています。
「そうなので、金日成がいうことは、すべてうそです。金日成が独裁体制を中心として、主体思想というのは全部うそではないですか。そこにはまた、うそがあるのですが、独立闘争は全部自分を中心としてしたというのです。南韓でやったのは全部偽りのもので、ソ連から来た者だけが一番だというのです。しかし、そうではないでしょう。その根源を問わなければなりません。その根源をもって明らかにしなければなりません。」(一六七―五六)

 これは金日成が歴史を捏造したということを言っています。さて、さきほどの御言では偽物の父が生まれたのは女性の責任であるという言っていますが、「金日成」に関係するみ言を『神の摂理から見た南北統一』の中で検索してみると、韓国の統一教会の歴史における、ある重要な出来事が頻繁に出てきます。それは1970年代にあった祝福家庭婦人の動員ということです。

 この話を摂理史の中で皆さんは聞いたことがありますね。1972年というのが、実は重要な年だったのです。1972年の4月15日は、金日成が還暦を迎える日だったのです。金日成はもともと、「私は自分の還暦をソウルで迎える」と豪語していました。それがどういうことかと言えば、そのときまでに南進を済ませて、南を占領して、自分の還暦のお祝いはソウルでやるんだという意味でした。ですから、1970年代の初めごろは、いつ北韓が攻めてくるか分からない、緊迫した状況にありました。

 そのときにお父様は、「国を守るために、祝福を受けた婦人たちは全員開拓伝道に出なさい」と命令して、家庭を引き裂いて婦人たちを追い出して活動させる「総動員」が行われたのです。それが1970年代の初めです。その当時にお父様が語られたみ言葉が以下のようなものです。
「金日成が堕落したサタンであるというなら、堕落したエバによって生まれたので、北朝鮮の全体の整備は女性たちが前に立って初めてできるのです。すべての家庭の主婦、お母さんが動員されれば、彼女らの子供二人を一つにすることでお父さんも入らなければなりません。自分の夫は後ろに立っていなければなりません。そのようにして本然のアダムを取り戻していくのです。それが原理観です。ですから、今回婦人を動員するのは北朝鮮の金日成を解放するためです。」(一六五―二六〇)

 この当時はかなり緊迫した状況で、お父様は「臨津江(イムジンガン)が凍らないように祈れ!」と語られたという話がありますね。ちょうどその年は暖冬であったので、臨津江が凍らずに南進が防げたのですが、それは統一教会における祈りと、祝福家庭の犠牲があったがゆえに、天が守って、南進が防がれたということなのです。
「金日成は天使長です。堕落した天使の代表なのです。サタンの代表、堕落した天使の代表なので、南韓の女性たちが金日成の首を打たなければならないのです。すべて北韓を統一するためにです。男性は今何ですか。神側の天使長です。」(一六五―四〇)
「今回、家庭をすべて追い出したのです。家庭の妻たちが出て活動する際に、その夫は、妻よりも、息子を捨て妻を捨てて、み旨のためにさらに一生懸命にやらなければならないのです。息子と夫を捨てて出ていって一生懸命に活動する妻の夫ならば、それ以上に一生懸命にしなければならないというのです。」

 このころ、妻が出て行って大変な思いをした夫がいたのでしょう。それに対して妻以上に一生懸命にやらなければならない、とお父様は語っておられます。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』120


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第120回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、前回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入った。私は前回、櫻井氏が統一教会の祝福について論じる際に、信仰を維持し家庭生活を営んでいる現役信者には一切インタビューを行わず、離婚して棄教した元信者からの聞き取りのみに基いてそれを判断していることが、社会学者としては致命的な手落ちであると批判した。実際、7ページ半という比較的短い記述の中で彼が紹介しているのは、統一教会で韓国人男性と祝福を受け、渡韓して家庭生活までしたものの、結果的に離婚して信仰も棄てた二人の日本人女性のストーリーだけである。そこで私は先回、韓国でたくましく生き、社会的にも活躍している日本人の祝福家庭婦人の代表的な事例を紹介した。

 統一教会の祝福を受けて韓国に嫁いだ日本人女性の数は合計約7千名に及ぶため、その存在は韓国通の日本人の間では有名である。韓国で仕事をしたり長期滞在していれば、同じ日本人である彼女たちと出会うからである。そうした韓国通の日本人が祝福家庭の日本人婦人について記述した本の中に、黒田勝弘著『韓国 反日感情の正体』(角川学芸出版、2013年)がある。黒田勝弘氏は産経新聞の国際面コラム「ソウルからヨボセヨ」で有名な在韓30年以上のジャーナリストであり、この本の主たるテーマは「反日」を叫ぶ韓国人の心理を分析することにある。同書の第12章には「韓国の中の日本 統一教会と創価学会」というタイトルが付けられ、統一教会の在韓日本人妻について黒田氏は以下のように書いているのである。

黒田勝弘著作

「宗教あるいは結婚の動機の是非は別に、筆者はそうした日本人女性の韓国での存在に同じ日本人として関心を持たざるを得ない。韓国人と結婚した統一教会関係の日本人女性に話を聞く機会があったのだが、彼女らによるといわゆる合同結婚式などで韓国人男性と結婚し、現在、韓国に居住する日本人女性は約7千人という。すでに多くの子供が誕生しているはずだから、その数を加えると関連の日本人は倍はいるかもしれない。日本大使館によると在韓日本人は約3万人だから、統一教会関連の日本人居住者がいかに多いか分かるだろう。

 統一教会の場合、きわめて多くの日本人女性が結婚というかたちで韓国社会に入り込み定着している。その宗教に対する評価は別にして、その存在は数が多いだけに日韓関係では無視できないように思う。そして『日本文化』としての彼女らが韓国社会にもたらす影響は気になる。

 ところで、韓国社会では日常的に彼女らを垣間見ることができる。たとえば取材で地方に出かけると、自治体の広報関係で日本語通訳としてよく見かける。日本系の居酒屋などのパートもそうだ。大卒がほとんどで、宗教に入れ込むほどの真面目派だから仕事はできる。

 韓国では近年、国際結婚や外国人居住者が急速に増えている。それを『多文化時代』として行政や支援組織などを通じた『共生プロジェクト』が盛んだが、日本人妻たちも多くそれに参加している。

 一方、韓国のNHKにあたるKBSテレビの長寿番組に、毎週日曜の正午から放送される『全国歌自慢』というのがある。NHKの『のど自慢』をモデルにしたもので、視聴者出演だから人気が高い。・・・このKBS『全国歌自慢』に統一教会の日本人女性がよく登場するのだ。事前に予選をパスした人が本番に出るため、出場者は事前審査される。したがって、本番の出演者に彼女たちをよく見かけるということは、彼女らがその地域でそれなりの評価を受けているということを意味する。地方都市や田舎だけに、地元で排斥されたり疎んじられたりしていたのでは、『晴れの舞台』への出場は難しい。

 宗教はともかくとして、彼女らは日本生まれの日本育ちで日本の文化を体現している。その彼女らが子育てや『共生プロジェクト』などを通じて韓国社会にもたらす『日本』が今後、韓国社会にどんな影響を与えるのか興味深いものがある。」(p.256-9)

 黒田氏の著作に登場する祝福家庭の日本人婦人たちは、先回紹介した山口英子さんや浅野富子さんのような華々しい活躍をしたり、立派な賞をもらって大統領と謁見したりしたわけではないが、通訳や多文化プロジェクトの講師として積極的に社会に関わったり、歌自慢大会に出演したりして、韓国社会に適応してたくましく生きている様子がうかがえる。こうした女性たちがいる一方で、元信者FやGのように途中で挫折して日本に帰国する人もいるというのが事実である。少なくともその両面を描かなければ、祝福を受けて渡韓した日本人女性について調査研究したとは言えないだろう。

 韓日祝福を受けて渡韓した日本人女性の中から、あえて不幸な結果に終わった二例だけを紹介することが、統一教会や祝福結婚に対する偏見を助長する可能性があることを、櫻井氏は少しでも考慮したのであろうか? そもそも宗教を動機として結婚するということ、さらに外国人と結婚するというだけでも日本社会においては偏見の対象になりやすいのであるから、学術的研究を謳う以上は、より客観的で公正な調査が求められる。しかし、実際に櫻井氏がやったのは、学問的体裁を装ってさらに偏見を助長しただけである。

 私があえてこうした主張をするのは、現在韓国で生活する日本人の統一教会信者の中には、日本で信仰生活を送っていたときに拉致監禁された、あるいは韓国にお嫁に行った後に帰省した際に拉致監禁されたという被害者が約300名いるからである。外国に在住する拉致監禁被害者の数としては韓国が最大だが、どうして韓国に嫁いだ日本人女性たちが狙われるのであろうか。それは以下のような理由による。

 統一教会の教えは国家民族の壁を超えた世界主義であり、文鮮明師は「交叉交替祝福結婚」の価値を強調してこられた。特に、歴史的な怨讐関係にある韓国と日本の男女を組み合わせた「韓日・日韓祝福」を推進してこられ、真の夫婦愛による歴史的怨讐関係の克服を指導してこられたのである。こうした理想が、一部の保守的な日本の両親から理解されず、渡韓前に娘を拉致したり、韓国に嫁いだ娘を帰省時に拉致する事件が発生するようになったのである。

 こうした両親の不安をさらに煽っているのが、反対派による「韓日祝福」に対する誹謗中傷である。キリスト教のインターネットメディアである「クリスチャントゥデイ」は、2006年1月23日号に「『合同結婚式、6500人の行方を捜して』被害者家族が訴え」というタイトルの記事を掲載し、韓国で統一教会の合同結婚式に参加した後、行方不明になった日本人女性が6500名もいると報じているのである。

クリスチャントゥデイ

 もしこれが本当なら、日本政府が動くべき重大な国際問題であるはずだが、そのような動きはまったくない。実際には、大半の日本人女性は平穏に暮らしており、両親とも連絡を取っているのである。したがって記事の内容は完全なデマゴーグなのだが、こうした記事に不安を煽られて日本の両親は拉致監禁に追い込まれていったのである。

 一部の反対弁護士は、統一教会信者の両親に手紙を出し、「娘が韓国の農村に嫁がされる前に自分か日本基督教団の牧師に相談して救出しないと大変なことになる」と脅して営業をかけていることが明らかになっている。先回紹介した、2010年に発売された週刊ポストの記事は、韓国で農業に従事する男性に嫁いだ日本人女性信者が、「SEX地獄」と形容されるような極めて悲惨な性生活を強いられているかのような印象を与えるものであり、韓国に嫁いだ女性信者の名誉を著しく毀損するものであったため、統一教会が発行元の小学館を訴えるという事態にまで発展した。こうしたメディアの偏向報道も、韓日祝福に対する偏見を助長するものとなっているのである。そして件の週刊ポストの記事には「『〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実』というサブタイトルがつけられており、櫻井氏の著作が彼らの書いた記事の権威づけに利用されているのである。こうして見ると、櫻井氏の研究は学問的な中立性や客観性を欠いており、週刊誌のゴシップ記事のレベルと大差ないことが分かるであろう。

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韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ22


 先回は金日成の抗日武装闘争と、日本軍が降伏した後にソ連占領下の韓半島北部においてなぜ金日成が国家の指導者として立てられたのかについて解説しました。今回は、終戦後の共産主義国家樹立がどのように行われたのかをまとめます。

 解放を迎え、懐かしい祖国に帰って来た海外勢力は大きく分けて二派でした。一つは重慶と米国から帰って来た民族主義者です。彼らはみな臨時政府を中心として抗日闘争を共にしてきた人たちであり、米軍政下のソウルに帰って来ました。

 他のもう一つは、中国の延安とソ連から帰って来た共産主義者たちで、ソ連軍政下の平壌に帰って来ました。シベリアおよび華北から平壌に帰って来た共産主義者たちは、国内派共産主義者たちと共に北朝鮮の共産政権樹立に参加しました。ソ連で生まれた韓人二世たちも重要な働きをしました。彼らが合流して、ソ連が指名した「金日成」を頂点として共産政権を発足させました。また、南韓の国内派共産主義者たち(朴憲永ら)も北に入り、これに加勢しました。(最終的には朴憲永は殺されてしまいますが・・・)

 さて、北朝鮮の金日成の本名が金聖柱なのか金成柱なのかは分かりません。とにかく、その金聖柱または金成柱を、伝説の金日成将軍として人民の前に登場させ、北朝鮮を統治しようというのは、ソ連軍が書いたシナリオでありました。ソ連軍が組み立てた脚本の中で、彼は金日成を演じなければならなかったのです。したがって、金日成はソ連の利益のために働く傀儡に過ぎなかったのですが、ひとたびその役割を引き受けて自分が指導者になると、やがて自分自身のためにその役割を演じて、「私が伝説の金日成将軍である」と言って北朝鮮を支配するようになったのです。

 このようにソ連によって立てられた金日成は、次第に自らの力で権力基盤を確立していきます。1953年には主として国内派(朴憲永など)が、1956年には主として延安派とソ連二世が粛清されるなど、パルチザン派出身者ら以外はすべてが「反党分子」「帝国主義者のスパイ」などとして追われ、粛清されたのです。金日成は徹底的に政敵をつぶしていきます。これを非道なまでやり遂げた人物が金日成なのです。

 同時に、金日成派は金日成の革命経歴をねつ造し、彼らの政権の歴史的正統性を無理やりに作り出そうと画策し始めました。金日成の闘争のみが、唯一最高の抗日武力闘争(これを「唯一革命伝統」と言います)とされ、それをもって北朝鮮政権の歴史的背景と伝統となし、したがって韓民族の歴史的正統性はもっぱら自分たちによってのみ継承されていると主張するに至ったのです。ですから、今日の北朝鮮があるのは誰のおかげかと言えば、それはひとえに金日成将軍のおかげであるのだ、というイデオロギーを作ったわけです。

 そのためには歴史を捏造しなければなりません。ですから、今日の北朝鮮の出版物では、民族主義者たちの抗日闘争はいっさい排除されており、共産主義者といえども、金日成のほかには韓国人で抗日闘争をした人物は誰もいなかったということになっていて、彼のみが唯一抗日武装闘争を行った人物であるということになっているのです。

 このようにして個人としての金日成の位相を高めた後に何をしたかというと、今度は金日成の血統を高めることになります。それは金日成一家の世襲体制を作るためでした。さらに歴史をさかのぼり、北側近代史の核心をなす部分が、金日成とその先代たちの偽造された闘争史によって塗り替えられて行ったわけです。彼らの歴史に従えば、金日成は絶世の愛国者であり、不世出の革命家であり、永生不滅の思想家であるということになっています。金日成だけではなく、彼の一家代々が愛国者で、革命家であったということになったのです。「愛国的革命性の強い家門であったから、金日成のような人が生まれなければならない。そして彼の代を継ぐ指導者もやはり、こうした家門から出なければならない」と主張されるようになりました。これは、金日成父子の世襲執権を可能にするための布石であったと言えます。

 ですから、北朝鮮の出版物では、金日成のお祖父さんやお父さんが非常に持ち上げられるようになっていきました。例えば、北朝鮮の歴史では、金日成の曾祖父は朝鮮を侵略したアメリカ船ジェネラル・シャーマン号を撃退する戦いに加わった英雄だったんだとか、また祖父は日帝に対して勇敢な闘いを挑んだ人物であったとされているのです。そういう革命家の血統の下に、金日成が生まれたんだという話になっていくのです。

 もともと、共産主義は血統と何の関係もありません。その本質はプロレタリアートとブルジョアジーの階級闘争ですから、本来は血統には何の価値もないのでありますが、北朝鮮においては血統が重要なんだということになったのです。金日成の祖先が偉大だったから、金日成が生まれて、そして偉大なる金日成から偉大なる子孫が生まれてくるので、次世代はその子供たち、孫たちによって主導されなければならないということになっていくのです。

 なぜそうしたのかと言えば、金日成は同じ共産主義の指導者であるスターリンと毛沢東が死後に批判されたのを見たわけです。金日成が一番最後まで生き延びたので、スターリンが死んだ後にはスターリン批判が起き、毛沢東が死んだ後には毛沢東批判が出てきたのを見て、自分も死んだ後にはああなるんではないかということを恐れて、絶対にそうならないためには、自身を絶対的に信奉し、最後まで忠実な後継者を立てなければならないと考えたのです。そして、それは息子以外にはあり得ないという結論になったのです。このようにして、歴史の「私有化」が始まったのです。

 そして、金日成が朝鮮民族の解放者であることを強調するために、中国共産党の下で働いたという歴史的な事実も、ソ連に避難していたこともすべて否定されて、なかったことになってしまいました。そして、1945年の解放まで全く独自の武装闘争を継続していたことに改変され、それが北朝鮮に入ってきて、日帝から北朝鮮を解放したんだというストーリーになっているのです。ですから、すべて自分を中心として歴史を書き変えて、絶対権力を作っていったということです。

韓国の独立運動と再臨摂理PPT22-1

 このようにして、「金日成王国」が確立され、すべての人民が偉大な首領様を仰ぎ見る国を造ったのです。

韓国の独立運動と再臨摂理PPT22-2

 彼らが抱いている北朝鮮のイメージを絵にするとこんな感じになります。子供たちが金日成を「お父様」として慕って、群がっているわけです。金正日も脇にいます。この絵は不思議ですね。妻がいないんです。「真の父母」ではなく、「お父様」だけなのです。親父である金日成だけが子供に囲まれているという図なんですが、彼は「地上の楽園・北朝鮮」を築いたんだということで、こういうイメージを海外に発信しているわけです。このようにして金日成は北朝鮮の権力者となったのです。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』119


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第119回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、今回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入る。361~368ページにかけて、7ページ半という比較的短い記述の中で紹介されているのは、統一教会で韓国人男性と祝福を受け、渡韓して家庭生活までしたものの、結果的に離婚して信仰も棄てた二人の日本人女性のストーリーである。この話題は本書の後半部分にあたる中西尋子氏の研究内容と重なるため、櫻井氏の担当する部分では簡単に済ませたという可能性はあるものの、テーマの取り上げ方と事例の選び方が著しく粗雑で偏っているというそしりは免れないであろう。

 私は「統一教会信者の信仰史」と銘打たれたこの第七章の資料全般に関して、櫻井氏のインタビューを受けた人々は全員が元信者であり、現役の信者が一人もいないことに対して、情報源に著しい偏りがあることを繰り返し指摘してきた。伝道された経緯や統一教会における信仰生活を記述する上で、現役信者の声に一切声を傾けていないことが手落ちであるのとまったく同様に、祝福について論じる場合にも、信仰を維持し家庭生活を営んでいる現役信者には一切インタビューを行わず、離婚して棄教した元信者からの聞き取りのみに基いてそれを判断しようとすること自体が、社会学者としては致命的な手落ちである。そもそも、「合同結婚式の理想と現実」というタイトルのつけ方自体が、学術論文というよりは週刊誌の見出しのようである。

 実は、私が長きにわたって書評を書いているこの本は、統一教会の祝福を受けて韓国に嫁いだ日本人女性を誹謗中傷する目的で描かれた週刊誌の記事の「権威づけ」に利用されたことがあった。そしてそれは、「週刊ポスト名誉毀損訴訟」と呼ばれた裁判にまで発展した。どんな事件と裁判であったのかを簡単に解説しよう。

週刊ポスト表紙

週刊ポスト内容

 2010に発売された「週刊ポスト」(6月4日号)に「〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実」「韓国農民にあてがわれた統一教会・合同結婚式 日本人妻の『SEX地獄』」という見出しの記事が掲載された。その内容は、統一教会および韓国に嫁いだ日本人女性信者らの結婚生活に対する侮辱であるとともに、信者の名誉を著しく棄損するものであったため、統一教会は「週刊ポスト」に対して謝罪と記事の訂正を繰り返し求めたが、誠意ある回答を得ることができなかったため、2010年11月に「週刊ポスト」の発行元・小学館を訴えたのである。

 この裁判に対する地裁判決が下りたのが2013年2月20日であり、東京地裁は被告・小学館に対して、原告・統一教会に55万円の賠償金を支払うように命じた。謝罪広告掲載の請求が棄却されたことに不満はあったものの、名誉棄損が認められ、少額といえど損害賠償の支払いを命じる判決が下されたという点では統一教会の勝訴といってよい。

 判決文では、「韓国で農業に従事する男性に嫁いだ日本人女性信者が、『地獄』と形容されるような極めて悲惨な性生活を強いられているとの印象を与えるような『SEX地獄』という見出しを付けることは、要約・強調としてもおよそ適切を欠くものであり、仮にそれが被告の意見・論評の類であるとしても、度を超えた性的表現であるというほかはない。(中略)違法性及び被告の故意又は過失があるというべきである」として、被告の名誉毀損を認めている。

 そもそも週刊ポストの編集部が本書に触れたのは、彼らの書いた記事の権威づけに利用したかったためであったが、実際には櫻井氏が執筆した部分にも、中西氏が執筆した部分にも、日本人妻の性生活をメインテーマにした箇所は存在していない。にもかかわらず、週刊ポストの記事には「『〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実』というサブタイトルがつけられており、記事の本文でも本書を紹介する文脈において、あたかも本書が日本人妻の『SEX地獄』を調査報告したかのような印象を読者に与えようと努めているのである。このことは判決文の中でも認定された。

 実際に週刊ポストの記事に利用されたのは、櫻井氏の提供した情報ではなく、中西氏の提供した情報であったが、「北海道大学教授」の権威に魅力を感じたのか、あたかも櫻井氏が韓国に嫁いだ統一教会日本人女性の夫婦関係に関する実態調査を行ったかのような印象を与える見出しになっている。その意味では櫻井氏は「とばっちり」を受けたと感じているかもしれない。しかし私はあえて、そもそも櫻井氏のテーマの取り上げ方、事例の選び方、そしてタイトルのつけ方に、学術論文としての品性を欠いた、週刊誌的な粗雑さが存在していたことを指摘しておきたい。だからこそ、下品な週刊誌の記事の権威づけに利用されるのだ。

 櫻井氏は二人の元信者のストーリーに入る前に、「信仰を継続している人達と途中でやめた人達との差異がどこにあるのかといった問題にも注意しながら、二人のライフヒストリーを見ていくことにしたい」(p.362)と言っているが、彼が信仰を継続している人達のインタビューを行ったり情報を収集したりした形跡は一切ない。さらに「途中でやめた人達」である元信者FとGが、信仰を継続している人達とどこが違ったのかに関する突っ込んだ分析も存在しない。唯一存在する比較と言えば、日本の信者たちが真剣に信じているのに対して韓国の信者たしの信仰はいい加減であったという、元信者FとGが受けた印象程度のものでしかない。元信者二人が途中でやめた理由を本当に追求したいのであれば、信仰を継続している現役信者の調査も行い、それらを比較するのがまっとうなやり方であろうが、櫻井氏はそれを全くしていないのである。

 櫻井氏が本書で紹介しているのは、韓国における信仰生活と結婚生活に挫折して日本に帰国した二人の元信者だが、実際には韓国でたくましく生き、社会的にも活躍している日本人の祝福家庭婦人は多数いるのである。彼女たちは、言葉や文化の違いから当初は苦労の多い生活を送ったとしても、統一教会の教えである「為に生きる精神」で生活し、困難を克服してきた。その結果、良妻賢母となり、夫や舅姑に気に入られ、周囲も感心する嫁になり、地域から「孝婦賞」を受けた者も多い。彼女たちの存在は、韓国社会に少なからぬ影響を与えた。2006年3月号『月刊新東亜』(韓国の雑誌)の記事で、彼女たちのことが以下のように取り上げられたことがあった。

新東亜の記事

孝婦賞

「この頃、農村社会で評判になっている話題の一つは、韓国農村独身男性に嫁いだ統一教会の日本人嫁だ。これらは地方各地、多くの団体で授与する孝婦賞を皆さらっている。」

 この「孝婦賞」というのは、親孝行を実践した模範的な女性に与えられる賞だが、里長や老人会長、地域の人々などの推薦により、郡、農協、赤十字、老人会などの団体が授与するという。祝福家庭の日本人婦人の場合には、農村に嫁いで言葉や生活習慣が違う中で、慣れない農作業や家事育児をきちんとこなし、舅姑が寝たきりになれば下の世話も嫌な顔をせずにするという姿が評価されて受賞するそうである。

 さらに、多文化講師(海外の文化を教える講師)や日本語講師として活動し、幸福に暮らしている国際家庭としてテレビ番組で報道された祝福家庭の婦人もおり、中には高等教育機関で働く者や高等教育を受ける者もいるのである。

山口英子さんと李明博大統領

山口英子さんと李明博大統領

 例えば、山口英子さん(6500双祝福家庭)は3人の子を持つ母親だが、2009年に韓国の法務部が全国規模で組織した結婚移民者ネットワークのソウルにおける会長に就任しており、2010年1月13日には李明博大統領(当時)の前で多文化家庭を代表して法律改善案のスピーチをしている。また同年5月20日にはイ・キナム法務部長官から法務部長官賞を受賞している。

明博大統領から表彰される浅野富子さん

明博大統領から表彰される浅野富子さん

 浅野富子さん(36万双祝福家庭)は、2012年5月8日に韓国ソウルにある青瓦台(大統領官邸)で開かれた「全国隠れた孝行者及び素晴らしい親を迎えての午餐懇談会」で、「他の模範となる孝行者」に選ばれ、李明博大統領(当時)から直接、大統領賞を授与されているのである。

 櫻井氏が本気で信仰を継続している人達と途中でやめた人達との差異がどこにあるのかといった問題にも注意して研究を行う気があれば、こうした成功事例と、元信者FとGのような失敗事例を比較し、両者の明暗を分けたのはなんであったのかを分析した方がより有益な研究となったであろう。もし山口さんや浅野のような華々しい活躍をした事例が少数であると主張するならば、地味でも構わないので幸福な信仰生活・家庭生活を営んでいる日本人祝福家庭婦人に対するインタビューくらいは試みるべきであっただろう。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』