神道と再臨摂理シリーズ13


 これまでは神道に関する基礎知識を解説し、古代から現代にいたるまでの神道の歴史を概観してきました。今回からそれらの知識をもとに、本題である神道と再臨摂理のかかわりについて解説します。

 まず、家庭連合と神道を比較してみれば、宗教としての普遍的価値観を共有する部分もありますが、だからと言って類似点を過度に強調することもできません。なぜなら、両者には明確な違いが存在するからです。主な相違点を一覧表にすると以下のようになります。

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 神道は日本民族固有の宗教であり、それ以外の民族に広まっていくことは基本的にありませんが、家庭連合はあらゆる国や民族に広まっています。ここでいう「自然宗教」とは特定の創設者によらず、自然発生的に生じた宗教のことを言いますが、神道はまさにそうした宗教です。一方で家庭連合は、文鮮明師という特定の創設者によって生じた宗教です。

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 さて、神道と再臨摂理の間には不幸な過去があります。それは日本が韓国を植民地化したことに伴い、韓民族を日本人に教育する「皇民化教育」の一環として、国家神道が朝鮮にも導入されたからです。1925年(大正14年)には天照大神と明治天皇を祭神とする「朝鮮神宮」が建立され、朝鮮総督府は「皇民化政策の一環」として神社参拝を奨励しました。

 日本政府の論理によれば、神社参拝は「国家の宗祀」であって、愛国心の発露のようなものであり、宗教ではないので、これを同じ「皇国臣民」である朝鮮の人民に要求することは当然であり、信教の自由の侵害には当たらないというものでした。しかし、韓国のクリスチャンたちの神社参拝に対する態度は妥協と抵抗の二つに分かれました。カトリックと監理教(メソジスト教会)は、神社参拝が単純な政治的行動に過ぎないという立場を受け入れて、これと妥協しました。一方、長老教会はこれに抵抗し続け、日本政府の激しい迫害を受けました。しかし、1938年の第27回総会で、神社参拝がキリスト教信仰に背馳しないことを決議し、最終的には妥協することとなります。これで、一つの教派として神社参拝に抵抗するキリスト教会はなくなりました。

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 しかし、それでも抵抗を続ける一部のクリスチャンはいたのです。その代表が朱基徹牧師です。彼は朝鮮長老派教会の牧師で、神社参拝は偶像崇拝であるとして拒否し、4度投獄され、5年間獄中にありました。そして、日本による凄まじい拷問の末、1944年4月21日に平壌刑務所で死亡します。49歳でした。この迫害により平壌神学校は閉鎖され、200余りの教会が閉鎖され、2000余名の信徒が投獄され、50余名の殉教者が出たと言われています。

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 そして、黄海道で神社参拝を拒否して投獄された70余名のうち、50名が監獄で殉教し、残りの20名が解放後に出獄しました。彼らは、日本の迫害を耐えぬいたということで、「出獄聖徒」と自称しました。彼らは出獄した後に平壌の章台峴教会教会に集まり、韓国教会再建運動を展開したということなのですが、これがお父様のみ言葉の中に出てくる「再建教会」のことです。実は、崔先吉女史とその母親は、再建教会を信じていたということですから、第一の奥様とその母親は、キリスト教の中でも「獄中派」の教会に属し、その信仰を篤く持っていたことになります。そしてこの崔先吉女史自身も、牢獄を体験するくらい、激しく戦ったということです。

 実は、お父様は1946年に北朝鮮にわたり、この章台峴教会から十数名を復帰しているのです。このときに入教したのが玉世賢ハルモニとか、池承道ハルモニとか、金元弼先生の叔母さんに当たる金仁珠先生などです。この方々は「獄中派」のクリスチャンの伝統の中から復帰された人々です。ですから、こうしてみると本来ならば、「獄中派」の信仰を持っていた崔先吉夫人とその親族がお父様の基盤にならなければならなかったし、再臨主を信じた初期の信徒たちは、この「獄中派」のクリスチャンの中から出てきたと言えるわけです。このように、神社参拝に命がけで抵抗するクリスチャンから再臨摂理が出発したということは紛れもない事実であり、その意味で再臨摂理と神道は不幸な関係にあるのです。神社参拝に関するお父様のみ言葉を少し引用してみましょう。
「日帝末期に、日本人は圧迫を加重して、キリスト教徒たちに神社参拝を強要しました。篤実なキリスト教徒たちは、神社参拝を拒否して地下に隠れました。ある人々は満州に行き、ある人々はソ連に行き、ある人々は山に行って隠れて生活しました。神様を信じながら、日本から解放されるその日を渇望する多くの人々がいました。日本政府と内通していたキリスト教の牧師たちも、たくさんいました。彼らは、日本の指示に従って行動しました。しかし一方では、地下で、山で、変わらずに信仰を守り、解放のその日を待ちながら戦った、愛国的で篤実なキリスト教徒たちが、たくさんいたのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.29-30)
「ところで、外的に神社参拝していた既成教会の代表がみなどのような者たちかといえば、外国に留学した人たちです。皆、日帝の手先のような者たちです。結局は米軍政府が生じたとき誰が通訳官になったかといえば、牧師をしていた人や、牧師と関係して神学を勉強した人々が、通訳官として入っているのです。通訳官として入って、神様のみ旨の中において、アベル圏の宗教集団形成をしてくる歴史的基盤を無視して、彼らは国を中心として一つになってしまったのです。韓国キリスト教の混乱はこの時から始まったのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.63)
「韓国の大統領になる人は、アベルの代表にならなければならないのです。天に侍るアベル的な立場から、神社参拝した牧師を使ってはならないのです。そのような牧師は除去して、獄中や地下で苦労した人々をアベル的教団に立てて、再教育して国を立てることができる業をしなければならなかったのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.66)

 これらのみ言葉から明らかなことは、日本の神社参拝に屈服しなかった信仰的なクリスチャンが李承晩の基盤になるのが天の願いであったということです。再臨主の基盤となる人は、愛国反日の立場でなければならなかったのです。その意味で、再臨摂理と神道の間には一種の「怨讐関係」があるのは事実であり、それは歴史的な事実として否定できません。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』176


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第176回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第169回から中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析に入った。中西氏はこれを、日本人女性信者の合理的な判断力を抑圧し、信仰的な発想しかできないよう仕向けているかのようにとらえているが、そこで述べられている戒めは世界の諸宗教が伝統的に教えてきた内容であり、同時に人間が幸福に生きていくための心構えと言えるものも含まれている。先回は⑬自分の家庭が誰に対しても模範となること、を紹介し分析したので、今回はその続きとなる。

14.報告生活を熱心にすること
 統一教会の信仰を持たない一般の人々にとっては、「報告生活」という言葉の意味は分かりづらいであろう。統一教会の信仰生活指導の中では、「報告・連絡・相談」(略して「報連相」)という言葉がよく用いられる。この言葉は統一教会の特殊用語ではなく、一般的なビジネス用語としても用いられてきた。1982年に山種証券社長の山崎富治が社内キャンペーンで始めたことが広く知られており、彼の著書『ほうれんそうが会社を強くする』がベストセラーとなることによって世間一般に広まったと言われている。統一教会における「報連相」は、『原理講論』には出てこない言葉であり、宗教用語というよりは、組織内部の円滑なコミュニケーションを図るために習慣的に使われている言葉であると理解してよいであろう。

 だからと言ってこれがもっぱら世俗的な概念であるかと言えばそうではなく、信仰生活のかなり本質的な部分に関わる言葉であると言える。それは特に、カインとアベルの関係において実践的な用語として使われてきた。『原理講論』は、アダムの家庭において「実体基台」がつくられるためには、カインは「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てなければならなかったと教えている。それは、人間が堕落性を持つようになった経路と反対の経路をたどることによって実現するとされる。

 第一に、「神と同じ立場をとれない堕落性」を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインは、アダムの立場にいるアベルを神と同じ立場で愛さなければならない。第二に、「自己の位置を離れる堕落性」を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルを仲保として、神の愛を受けなければならない。第三に、「主管性を転倒する堕落性」を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインがアダムの立場にいるアベルに従順に屈伏して、彼の主管を受けなければならない。そして最後に、「罪を繁殖する堕落性」を脱ぐためには、天使長の立場にいるカインが、自分よりも神の前に近く立っているアベルから善のみ言を伝え受けて、善を繁殖しなければならない。

 信仰生活の中で、このカインとアベルの関係は、具体的な人間関係の中で展開される。自分の牧会者、上司や先輩などは、自分からみてアベルの位置に立っているため、自分はカインの立場で信仰生活をしなければならない。この時、上記の4つの蕩減条件を立てるための具体的な方法が、アベルに対する「報告・連絡・相談」なのである。カインはアベルを仲保としなければ神の愛を受けることができないのであるから、日々の信仰生活の出来事をアベルによく報告し、連絡しなければならない。またカインはアベルに従順に屈服し、そのアドバイスを受けなければならないのであるから、重要な決定事項に関してはアベルに相談をして判断を仰がなければならないのである。これを怠ると、カインはアベルにつながることができず、結果的に神につながることができないので、報告生活が重要になってくるということである。

 なお、この「報告生活」はアベルとカインという人間関係にのみ適用される言葉ではなく、神と人間の関係にも適用される言葉であることは留意する必要がある。現在の家庭連合においては、祈祷は神に対する「報告」であるとされ、祈りの最後の言葉も、「お祈り申し上げます」ではなく、「ご報告申し上げます」と結ぶように指導されている。その意味では、「報告生活」は「祈祷生活」であるとも言えるのである。

 こうした「報告生活」の意義や重要性は、『み旨の道』に収録された文鮮明師の以下のような言葉の中にも見出すことができる。
「天国生活は相談し報告する生活である。」
「集会のときには証と報告の時間をたくさんもちなさい。」
「毎日毎日なされたこと、なしたことを父母に報告し喜ばせてあげようとするところに発展がある。」
「報告を徹頭徹尾しなければならない。悪いことから先にしなければならない。」
「自分たちだけで話し合ってうまくやったとしても、それだけでは絶対に神様の前に出られない。報告と連絡で神様の前に通達され、認定されねばならない。常に神様を中心とした四位基台を造成して、働き生活しなさい。」
「祈りというのは率直に報告する生活である。」
「朝の敬拝式は神様の前に生活を報告する儀式である。」

15.霊的な問題を解決すること
 統一教会では霊界の存在を信じ、われわれの日々の生活には霊界からさまざまな影響があると考えている。地上で起きるさまざまな問題の背景には霊的な問題があるので、それを解決しない限りは根本的な解決にならないと考えているのである。こうした考え方は統一教会に固有のものではなく、多くの宗教が人間の生命は肉体の寿命が尽きるとともに完全になくなって無に帰してしまうのではなく、何らかの形で死後も生命が継続すると考えてきた。

 また、日本の新宗教の中には「先祖の因縁」を説くものが多い。具体的に言えば、霊友会、大本教、真如苑、解脱会、天照皇大神宮教、世界真光文明教団、阿含宗、GLAなどを挙げることができるであろう。これらの教団は多くの場合、宇宙を目に見えるこの世界すなわち現界と、目に見えない神や霊の世界すなわち霊界の二重構造からなると考え、それら二つの世界の間には密接な交流影響関係があるとしている。すなわち現界で生起するさまざまな事象は、実はしばしば目に見えない霊界にその原因があるのであり、その働きは「守護霊」や「守護神」などによる加護の働きだけにはとどまらず、「悪霊」や「怨霊」などによって悪影響が及ぼされることもあるととらえられている。むしろ実際に霊界の影響がクローズ・アップされるのは、苦難や不幸の原因について説明するときの方が多いくらいである。

 この場合、現界に生きる人間に対して影響を及ぼす霊は、その人と何らかの縁があると考えられるケースが多い。したがって、血縁(親や先祖)、地縁(家や家敷)、その他の個人的な縁を介して、その人と何らかのつながり(因縁)のある霊が、その人に大きな影響を及ぼすということになる。このうち特に重視され、しばしば言及されるのはやはり血縁者(親や先祖)の霊的影響である。そしてこれらの新宗教にはこのような悪因縁を除去するために、除霊や浄霊の儀礼を行うものが多く、それは「先祖供養」(霊友会系教団)、「慰霊」(松緑神道大和山)、「悪霊済度」(天照皇大神宮教)など、さまざまな呼び方をされているが、いずれも信者の基本的実践として重要な位置を占めていることには変わりがない。

 統一教会では伝統的に、日々の信仰生活を通してこうした「先祖の因縁」が徐々に解決され、霊的問題の解決を通して、日常生活における具体的な問題も解決されると考えてきた。しかしながら、現在の統一教会において「霊的な問題を解決する」方法としては、清平役事が圧倒的な位置を占めている。清平の先祖解怨式と先祖祝福式を通して自分自身の抱える血統的な罪の問題を解決しようという信仰実践は、今日の統一教会においては広く浸透しており、①霊障からの解放、②先祖の救いと解放、③病気の癒し――などの効果があると信じられている。したがって、上述の「15ヶ条の戒め」に含まれている「霊的な問題を解決すること」が、具体的には清平の修練会に参加することを勧めている可能性は大である。

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神道と再臨摂理シリーズ12


<教派神道>

 明治政府が確立しようとした「国家神道」は、初期の段階では「大教宣布の詔」(明治3年)が発布されたり、神祇官や宣教使が置かれるなど、国家公務員が積極的に神道の教えを国民に説教して回るという形で展開されました。しかしこれが行き詰ると、神社とその祭祀は「国家の宗祀」であって、「神社は宗教にあらず」という解釈に変わりました。こうなると、官社の神官たちは国民の教化活動から撤退し、葬儀に関与することも禁止されるようになりました。

 すると、神社は「国家の宗祀」であって宗教ではないとする考え方に反発して、独自に教団を組織して神道の布教を始める動きが出てくるようになりました。このようにして出現した教団のことを「教派神道」と言い、戦前には以下の13の教団が「教派神道」として公認されていました。

 ①黒住教、②神道修成派、③出雲大社(おおやしろ)教、④扶桑(ふそう)教、⑤實行(じっこう)教、⑥神習(しんしゅう)教、⑦神道大成(たいせい)教、⑧御嶽(おんたけ)教、⑨神道大教(たいきょう)、⑩禊(みそぎ)教、⑪神理(しんり)教、⑫金光(こんこう)教、⑬天理(てんり)教。

 ただし、天理教と金光教は自らが教派神道に分類されることを拒否しています。現在、天理教については文化庁による『宗教年鑑』においては教派神道系ではなく諸教に分類されるようになっています。このように戦前は「教派神道」と呼ばれて神道の一種であると分類されていた新宗教には、必ずしもそのカテゴリーに収まらないような教えを説くものがあったのです。

 幕末維新期に誕生した新宗教には、従来の神道の神観を越えて一神教に近づいたものがありました。こうした「日本的一神教」の例を挙げれば以下のものがあります。
①如来教:開祖・きのは1802年に神憑りして生き神となりましたが、彼女に乗り移ったのは宇宙を創造した如来の使者、金毘羅大権現であるとされました。
②黒住教:開祖・黒住宗忠(むねただ)は1810年に天照大御神と一体化するという神秘的な体験をしましたが、これは単に天皇家の祖神にとどまらず、万物の命の本源としての神であるとされました。
③天理教:開祖・中山みきは人類を創造した親神である「天理王明」の社に選ばれました。天理教は創造主と創造神話を持つ一神教としての性格を持っています。

中山みきと天理教本部

 天理教の時代には。現代のような「信教の自由」が存在しなかったため、教祖中山みきが受けた啓示そのままに「天理王命」を祀る宗教としては、政府の認可を受けることができませんでした。そのため、京都神祇管領吉田家に願い出て布教認可を受けたり、高野山真言宗へ願い出て、光台院末寺の金剛山地福寺のもとに「転輪王講社」を結成するなど、既成宗教の門下に入ることにによって公認を得ようとしたのです。みきの死後、天理教は東京府より神道の一派として「神道天理教会」として公認されましたが、引き続き神道本局のもとに置かれ、1908年になってようやく神道本局から別派として独立し、教派神道となりました。これは教団を守るために、ある意味では教祖の教えを曲げて既存の宗教伝統の門下に入ることを意味したので、戦後になると天理教は、教祖・中山みきの教えに基づく本来の天理教の姿に戻る「復元」という過程を通過しなければなりませんでした。

<敗戦と神社本庁の設立>

 明治政府が確立した「国家神道」は、日本の敗戦とともに終わりを告げるようになります。昭和20年8月15日、昭和天皇による終戦の詔書によって日本国民は敗戦を知らされ、日本は連合軍の統治下に置かれるようになります。そしてGHQが「神道指令」を発令し、神祇院ならびに国家と神社の関係を定めた諸法令が廃止されることによって、「国家の宗祀」としての神社の位置づけが消滅しました。これは国家神道の終焉を意味しましたが、神社そのものはその後も存続することになります。

神社本庁

 神職たちは、神社を宗教法人として存続させることを選択しました。昭和21年に宗教法人神社本庁が設立されると、神社本庁は宗教法人法のもとで、(伊勢)神宮を本宗と仰ぎ、全国約8万の神社を包括する団体となったのです。これによって神道は、国家によって賦与されていた特別な地位を失い、仏教やキリスト教と並ぶ諸宗教の一つとして日本に存続することとなったのです。

 ここで、「国家神道」をどのように理解すべきかについて整理しておきたいと思います。国家神道は、宗教としての神社神道が政権を握って、権力によって自らの信仰を国民に強要したのではなく、むしろその逆であり、政府が国民の統合と教化のために伝統的な神社神道を利用したというのが実態であったと言えます。したがって、「国家神道」がもたらしたさまざまな弊害や問題を、神道そのものの罪過として非難するのは誤りであると言えるでしょう。

 国家神道は、神道の長い歴史の中で見ればごく一時的な現象に過ぎませんでした。そして第二次世界大戦中は、ほぼすべての宗教団体が戦意高揚のために政府に利用されたのです。日本の伝統宗教はもとより、キリスト教も新宗教も大半はこれに順応したというのが事実です。政府に逆らったのは、大本やキリスト教無教会派など、一部の例外に過ぎなかったのです。その意味では、神道だけを特別に罪悪視することはできません。

 神道が世界に誇ることのできる「普遍的価値」としては、以下のようなものを挙げることができます。
①清明心(きよきあかきこころ):私欲や穢れのない澄み切った心の状態を理想とする
②「禊」や「祓」によって清浄を重要視する
③自然の中に霊性を認め、畏敬をもって自然をみつめ、自然と共に生きようとする姿勢
④宗教的な視点から環境保全に対するメッセージを発信できる可能性
⑤祖先を敬い、感謝し、共に生きようとする姿勢
⑥人間同士の絆を深め、共同体として生きる姿勢

 我々は、日本文化の根底をなすものとして神道を積極的に評価し、世界平和実現のために友好的で協力的な関係を構築すべきです。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』175


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第175回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第169回から中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析に入った。中西氏はこれを、日本人女性信者の合理的な判断力を抑圧し、信仰的な発想しかできないよう仕向けているかのようにとらえているが、そこで述べられている戒めは世界の諸宗教が伝統的に教えてきた内容であり、同時に人間が幸福に生きていくための心構えと言えるものも含まれている。先回は⑫自分を振り返る時間をもつこと、を紹介し分析したので、今回はその続きとなる。

13.自分の家庭が誰に対しても模範となること
 神を信じる者が他者に対する模範となるべきであるという教えは、キリスト教信仰の根幹であり、それはイエス・キリストの「山上の垂訓」の「地の塩、世の光」という教えの中に最も代表的に表されている。
「あなたがたは地の塩である。だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである。あなたがたは世の光である。山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである。そのように、あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」(マタイによる福音書 5:13-16)

 イエス・キリストによるこの有名な説教の中で、地は現世を意味する。そして塩は、現世に対するキリスト者の役割を意味している。塩は調味料としてはいうまでもなく、防腐剤としても昔から珍重されてきた。そのため、多くの文化の中で塩は宗教上の清めの役割を担ってきた。旧約聖書も、神殿の供え物には塩を添えるように命じていた(レビ記 2:13)。防腐の働きを持つことからか、神と民との間に交わされた神の側からの永遠の約束を表すために、とこしえに変わらない「塩の契約」という表現が用いられることもある。塩は世に味わいを添え、腐敗を防ぎ、清潔を保つ役割を果たす。イエスは弟子たちに対し、地上でこのような役割を果たすように教えたのである。

 「世の光」という言葉も、「世の中の模範たれ」とキリスト教徒たちを激励する表現である。イエス・キリストが光の源泉であり、そのイエスに従う弟子たちもまた世の中を照らす光の役割を果たしているという意味である。山の上にある町、燭台の上のともし火は隠れることができない。これも、万人が仰ぎ見るような模範的な存在となれという意味である。「地の塩、世の光」という譬えの最後にイエスが語った結論は、「人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである。」である。これはまぎれもなく、キリスト者に対して「世の中の模範たれ」と命じている教えであると言える。

 使徒パウロは、テサロニケの信徒に対して、以下のように語っている。「あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちと主とにならう者になりました。こうして、あなたがたは、マケドニヤとアカヤとのすべての信者の模範になったのです。」(テサロニケ人への第一の手紙 1:6-7)ここでは、テサロニケの信徒たちは苦難の中でも感謝して歩み、キリストに倣うことによって、他の信者たちの模範となったことが語られている。パウロはこうしてテサロニケの信徒たちを称賛しているのであり、他の信徒たちに対して模範となることを勧めているのである。。

 テモテへの手紙に記されている模範的な監督の要件は、より具体的である。監督は信徒たちを導く立場であるので、道徳的に立派で品行方正でなければならないというのである。
「さて、監督は、非難のない人で、ひとりの妻の夫であり、自らを制し、慎み深く、礼儀正しく、旅人をもてなし、よく教えることができ、酒を好まず、乱暴でなく、寛容であって、人と争わず、金に淡泊で、自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。自分の家を治めることも心得ていない人が、どうして神の教会を預かることができようか。」(テモテへの第一の手紙 3:2-5)

 このように、「他者に対する模範となること」はキリスト教倫理の根幹をなすものだが、統一教会の倫理の特徴は、「自分の家庭が誰に対しても模範となること」という戒めからも分かるように、模範となる主体が「個人」ではなく「家庭」であるとされていることである。つまり、「家庭」が一つの単位となって世の中に対する模範となり、善なる影響を与えることが期待されているのである。祝福家庭は、自らの家庭において神の愛を体現し、その愛を外の社会に拡大することによって社会を善化する使命があると教えられている。こうした祝福の理想は、アメリカの宗教社会学者ジェームズ・グレイス博士の著作「統一運動における性と結婚」において、統一教会の信仰の特徴として紹介されている。

 グレイス博士によれば、性と結婚に関する価値観に関する限り、アメリカ人は極めて個人主義的な価値指向を示すようになってきているという。そしてその傾向は結婚そのものに対しても、社会一般に対しても、肯定的な利益をもたらさないという。抑制のない個人主義は、あらゆる人間の共同体の結束を弱体化させ、最終的には壊滅させてしまうような遠心力として働くからである。

 統一運動の理想は、こうした個人主義に対抗し、第二次世界大戦終了以前のアメリカ社会に潜在していた結婚に関する価値観を、強い宗教的献身の枠組みの中で復活させたものであるという。そこでは、結婚・家庭はそれ自体が目的ではなく、社会の全般的な福祉に貢献することを通して、神に仕えるために存在すると見られている。個人的な目的は全体目的の下位にあると見られているのである。

 グレイス博士は、アメリカの主流の教会は、とりわけ結婚に関しては統一教会の理想から多くを学ぶことができると主張している。ローマ・カトリックは結婚を秘跡と見なしており、主流のプロテスタント教会は結婚「そのもの」を高く評価しているが、そのどちらも結婚が社会全体との関係において果たす倫理的な役割の重要性については明確に提示してこなかったというのである。主流の教会が教えている結婚に関する倫理は、すべてでないにしても、そのほとんどがカップルの私的な世界と、彼らが責任をもつべき家庭にのみ関わるものである。

 典型的なプロテスタント式の結婚式で牧師が新郎・新婦に対して語る訓戒の言葉は、愛と貞節を夫婦関係における核心的な価値観として強調しているが、結婚に伴う責任を家庭の外にまで拡大していこうという試みはない。教会の価値観は、夫と妻の私的な世界に対する信仰の意義に関するものであり、その範囲は狭い家庭になりがちだということだ。新約聖書において強調されている、「地の塩」「世の光」としてのクリスチャンの責任という概念は、結婚に対する教会の理解と関りにおいて、真に重要な位置を持っていないというのである。それに対して、統一教会では「世界に奉仕する祝福家庭」という明確な価値観が打ち出されていることが大きな特徴となっている。

 このように模範となることによって世の中を善化するという考え方は、儒教の思想の中にも見ることができる。孔子は『論語』為政編において「為政以徳」(政を為すに徳を以ってす」と説いている。それは君主が徳で国家・人民を治めることによって、人民を正しい方向に導いて国家は調和されて安定するのであり、国家統治の要は法令や刑罰、軍隊ではなく、道徳や礼儀であるという意味である。孟子もこの思想を継承して、刑罰や軍事などの力をもって国を治めることを「覇道」とし、道徳や礼儀などの徳をもって国を治めることを「王道」とした。

 儒教の経典は「修身斉家治国平天下」について、以下のように教えている。
「心正しくして后身修まる。身修まって后家斉う。家斉いて后国治まる。国治まって后天下平らかなり。天子よりもって庶人に至るまで、壱是に皆修身をもって本と為す。その本乱れて末治まる者は否ず。」(儒教 大学)
「子曰く、学を好むは知に近く、力行は仁に近く、恥を知るは勇に近し。この三者を知れば、則ち身を修むる所以を知る。身を修むる所以を知れば、則ち人を治むる所以を知る。人を治むる所以を知れば、則ち天下国家を治むる所以を知る。」(儒教 中庸第二十章)

 これらは、人の心と体が一つとなり、個人として模範になれば、家庭も模範的になり、家庭が模範的であれば天下国家を治めることができるという意味において、「自分の家庭が誰に対しても模範となること」という戒めと本質的に同じことを述べている。

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神道と再臨摂理シリーズ11


 今回は「国家神道」に関する基本的な事実を紹介します。国家神道とは、明治政府が中央集権国家の確立を目的として、天皇中心の祭政一致国家を建設するために形成した国家の宗祀(そうし)のことです。国家神道は途中で大きく方向性を転換させたため、それを前後して大きく性格が異なります。

 明治政府は、天皇を中心とする国家建設を目指しましたが、その基盤となる尊王思想を普及させるため、神祇官を復活させ、さらに神祇官の中に布教を担当する宣教使を置きました(明治2年)。続いて、「大教宣布の詔」(明治3年)が発布され、「治教を明らかにして惟神の道を宣揚すべし」という理念が打ち出されました。

 明治5年には、神祇官は教部省に改組され、神道家、神職のみならず、僧侶も教導職として動員されるようになりました。彼らの役割は、①敬神愛国、②天理人道、③皇上奉戴、朝旨遵守(天皇陛下を崇め奉り、朝廷の意向を遵守すること)という「三条の教則」に基づいて講義・説教を行うことでした。これは言ってみれば、国家公務員が神道という宗教の教えを国民に説教して回るということです。

 しかしこの試みは、国内においては仏教界の反発、さらに欧米からのキリスト教弾圧停止要求も重なってうまくいかず、挫折してしまいます。結果として「国家神道」は大きな方向転換をすることになります。明治17年に教導職が廃止され、国家が神道の教えを積極的に国民に広めるということはなくなります。

 代わりにどのような考え方が登場したかと言えば、神社とその祭祀は「国家の宗祀」であって、「神社は宗教にあらず」という解釈でした。その結果、官社の神官たちは国民の教化活動から撤退し、葬儀に関与することも禁止されるようになりました。明治政府の主張は、神社参拝は「国家の宗祀」であって、愛国心の発露のようなものであり、宗教ではないので、これを国民に要求することは信教の自由の侵害には当たらないというものでした。しかし、クリスチャンから見ればそれはあくまで神道の神を拝むことであり、キリスト教で禁じている偶像崇拝にあたるのではないかという懸念は残ったのです。

教育勅語

 こうした懸念を背景にして起きた事件が明治24年に起きた「内村鑑三不敬事件」でした。内村は神社参拝を拒否したことで不敬とされたのではありませんが、キリスト教信仰と愛国心と偶像崇拝の微妙な関係という点では、問題の本質はよく似ています。当時、天皇陛下の教育に関するお言葉として「教育勅語」が発布されました。教育勅語は一枚の紙に記されて、明治天皇の宸署が記されていました。この教育勅語は額に入れられて学校の講堂に掲げられ、その前で全校生徒ならびに職員一同が深々と敬礼をするという愛国的行事が、教育の一環として行われました。

 内村鑑三は東京の一高というところで教師をしていたのですが、全員が深々と頭を下げているときに、彼だけは敬礼を拒否して頭を下げなかったのです。これは天皇陛下を冒涜しようという意図があったわけではなく、この拝むという行為が、礼拝に当たるのではないかと危惧されたわけです。モーセの第一戒「汝の創造主である神以外に何者も神としてはならない」とあるように、唯一神である神以外のものは一切礼拝してはならないというのがキリスト教の大原則です。それに基いて、「これは礼拝行為ではないのだろうか。私にはそれはできない」ということで躊躇して、頭を下げなかったということなのです。

 それを目撃した周りの人々は、「何で彼は天皇陛下の宸署に対して頭を下げないんだ! 非国民だ! 不敬罪だ!」ということで、大騒ぎになったわけです。そして、「何故彼は頭を下げなかったのか? それはクリスチャンだからだ。そもそもクリスチャンというやつらは非国民なんだ」という議論が始まってしまいました。これがキリスト者の忠誠に関する国家的次元の論争にまで発展して、いわゆるナショナリズムの復活の中で、キリスト教は一種の「スケープゴート」のような役割を担わされるようになってしまいました。

 「国家の宗祀」としての国家神道が確立されて以降、神社参拝は愛国心や殉国者の鎮魂と深く結びついていきます。維新の内乱に殉じた人々を祀る「東京招魂社」(明治2年)が明治12年に「靖国神社」と改称され、国難に殉じた人々を祀る神社として崇敬を受けるようになりました。これを受け、全国各地でも「招魂社」が「護国神社」に改称しました。また日本人の海外移住に伴い、朝鮮半島、台湾、中国各地、サイパン、パラオ、ハワイなどに神社を創建するようになりました。

東京招魂社と朝鮮神宮

 国家神道を「皇室との関係」という視点から分析すれば、それは「天皇家の宗教が神道に限定された」ということにほかなりません。このことは、明治以前には天皇家の宗教は必ずしも神道に限定されていなかったことを意味しています。

 もともと、神道は天皇家と深いつながりのある宗教でした。古事記が編纂された目的は、天皇の正統性を語り、天皇家の歴史を残すことにあったといわれています。一方、日本書紀は文字として国家の歴史を残すことで、大和朝廷の権威付けを行い、日本という国の正統性を、当時の外国であった唐や朝鮮半島に向けて訴える目的があったといわれていますが、それも天皇を中心とする国家であることを国外に示すことが目的でした。

 そして記紀の神話の目的は、神々に関する物語が最終的に皇室に繋がっていることを示すことにより、天皇の正統性と権威を示すことにありました。その神話の世界と皇室を結ぶ証拠物が「三種の神器」です。三種の神器は、天皇が皇位の璽(しるし)として代々伝えた三種の宝物です。記紀の伝承によれば、天照大御神がこれら三種の神器を孫の邇邇芸命に与え、それが皇室に伝えられたことになっています。

 このように、天皇家と神道のつながりは疑いえないほどに強いのですが、それでも歴史的に天皇家の宗教が純粋に神道だけであったとは言えないのです。明治時代以前の天皇家においては、日本人全般がそうであったように、神道と仏教を中心に儒教、道教、陰陽道などのさまざまな信仰が習合した形で受け継がれていました。

 平安時代末期から鎌倉時代にかけては、天皇が皇位を譲って上皇となり、上皇が出家して法皇となることが多く、天皇と仏教寺院は深く結びついていました。したがって、天皇家は歴代、神道と共に仏教もまた篤く信仰してきたといえるのです。

 しかし明治時代に入ると、神仏分離の流れの中で天皇家に対してもそれが求められるようになり、新たに「皇室祭祀」が営まれるようになりました。宮中には賢所(かしこどころ)、皇霊殿、神殿からなる「宮中三殿」が設けられ、天皇は祭祀の役割をするようになったのです。

 これは明治維新の背景にあった「復古神道」の思想に基づき、神道から外国の影響を排除して原点に戻るという考え方を実行したことになります。ですから、「神仏習合」の状態から仏教を分離することにより、神の子孫とされる天皇の権威を復活させるために、天皇家の宗教もある意味で「人為的に」神道に限定されるようになったと言えるのです。そしてこれは、明治期以降に特異な状態であるといってよいでしょう。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』174


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第174回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第169回から中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析に入った。中西氏はこれを、日本人女性信者の合理的な判断力を抑圧し、信仰的な発想しかできないよう仕向けているかのようにとらえているが、そこで述べられている戒めは世界の諸宗教が伝統的に教えてきた内容であり、同時に人間が幸福に生きていくための心構えと言えるものも含まれている。先回は⑨公金を恐れること、⑩聖日礼拝を欠かさないこと、⑪家庭礼拝を一週間に一度位は行うこと、の三つを紹介し分析したので、今回はその続きとなる。

12.自分を振り返る時間をもつこと
 この戒めは、「マインド・コントロール論者」にとって意外なものであるに違いない。なぜなら、彼らは統一教会のような「マインド・コントロール」を行う団体は、信者の個人的な思考、感情、行動、情報をコントロールし、教団の教えのみに意識を集中するように仕向けることによって、批判的な思考をさせないようにしたり、自己を客観的に見つめる機会を持たせないようにしていると主張しているからである。まさに、自分自身のことを振り返る余裕もないほど、特定の考えに縛られているというイメージである。しかし、中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」には、「自分を振り返る時間をもつこと」という項目が含まれているのである。

 これは心理学の世界では「メタ認知」と呼ばれるものである。メタ認知とは、「客観的な自己」「もうひとりの自分」などと形容されるように、現在進行中の自分の思考や行動そのものを対象化して認識することにより、自分自身の認知行動を把握することができる能力のことを言う。メタ認知的知識とは、自分自身の状態を判断するための知識を指す。メタ認知的知識をもとに自分の考えの矛盾に気づき、課題の特性を把握した上で解決方略を修正していく活動を行うことができるとされている。

 人は何かに夢中になっていたり、激しい感情にとらわれているときには、自我が前面に出ているために、自己を客観的に見つめることができない。そうした場合には、偏った考えにとらわれて失敗することが多いので、一度頭を冷やして自分自身を振り返った方がよいということは、一般的にもよく言われることだが、それを心理学では「メタ認知」と呼んだのである。統一教会の信仰生活においてこうした態度が要求されているということは、信者たちは世間一般で思われているような「マインド・コントロール」的な状態にあるわけではなく、自己を客観的に見つめる習慣を持っていることになる。実は、宗教的な生活を送っている人々は、神や仏や霊などの超越的存在から見た自己というイメージを持っているために、信仰を持たない人よりも自分自身を振り返る機会が多いのである。超越者の存在は人のメタ認知を促進する傾向があり、それは「瞑想」という行為の中に典型的に現れるのである。

 世界の諸宗教は、瞑想は心の中にある全ての障害物をきれいに取り除き、心の中に内在する究極的実在に対する目を開かせる効果があると説いてきた。瞑想は様々な形態を取り、諸経典はいくつかの瞑想法を教えている。

 ヒンドゥー教、ジャイナ教、道教、および仏教の経典は、瞑想を静かな場所に座り全ての感覚的刺激を制御し、心の中の取りとめの無い思考や感情を治め、最終的には内なる自己の本性を示す静寂の境地に至るものとして描写している。儒教の瞑想においては、この静寂は心を浄化し、事物に関する知識を公平に評価することの出来る感受性を磨くことであるとされている。

 瞑想的な修行は、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教においても広く行われている。たとえばローマ・カトリックにおいては聖イグナチウス・デ・ロヨラの「霊操」と十字架の聖ヨハネの「霊魂の暗夜」は、イエスの生涯と受難の出来事について瞑想し、瞑想者の霊的修養の過程をそれらと一致させるように指導している。スーフィー派のイスラム教徒は、しばしばコーランに出ている神の最も美しい99の名前の中の一つ、もしくはいくつかに基づいて瞑想する。ユダヤ教の神秘主義者たちはトーラーの一つの節について、その隠された意味を明らかにするために瞑想する。多くのユダヤ教徒とキリスト教徒は、黙想を祈祷の為の価値ある準備として用いている。それは神との交わりの前に、心を静かで澄んだ状態にする為の沈黙の時間なのである。

 上座部仏教に特有の修行法である四念処観は、人間の心身を行き来する全ての運動、感覚、感情、思考、そして観念などをはっきりと意識することを目的としている。仏陀は「念処経」において、瞑想を通して「無常」や「縁起の法」などの宗教的真理を悟る方法を具体的に教えている。大乗仏教における瞑想は霊的なイメージ、たとえば仏陀、菩薩、浄土などのイメージを構成することである。

 ヒンドゥー教や仏教などのインド発祥の宗教は、とくに瞑想の重要性を説いてきた。その重要性はこれらの宗教の経典の中でも説かれている。
「禅定とは、心を集中して脳乱のないことであり、知恵とは、真実の意味を明確にすることです。」(仏教 龍樹 宝行王正論 437)
「正しい智慧によって解脱して、やすらいに帰した人――そのような人の心は静かである。ことばも静かである。行いも静かである。」(仏教 法句経 96)
「理智ある人は語と意志とを制御せよ。それを智識として自我の中に保て。智識を偉大なる自我の中において制御せよ。それを平静なる心情として自我の中に保持せよ。」(ヒンドゥー教 カタ・ウパニシャッド 3.13)
「求道者・すぐれた人々は、一切の思いをすてて、この上なく正しい目ざめに心をおこさなければならない。かたちにとらわれた心をおこしてはならない。声や、香りや、触れられるものや、心の対象にとらわれた心をおこしてはならない。」(仏教 金剛般若経 14)
「魂と魄を一つに統一し、離れないようにできるか。呼吸を調和集中させ、嬰児のようにすることはできるか。自分の中の曇った鏡をきれいにし、何もないようにすることはできるか。」(道教 道徳経 10)

 瞑想は宗教的な修行の一つであるだけでなく、人の心身の健康を向上させる働きがあることが近年の科学的研究によって明らかにされている。最近の瞑想に関する科学的研究は、「マインドフルネス(英: mindfulness)」という言葉に代表されている。マインドフルネスとは、今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができるとされている。マインドフルネスは新しい考え方ではなく、東洋では瞑想の形態での実践が3000年あり、仏教的な瞑想に由来する。現在マインドフルネスと呼ばれる言説・活動・潮流には、上座部仏教の用語の訳語としてのマインドフルネスがあり、この仏教本来のマインドフルネスは、病気の治癒のような達成すべき特定の目標を持たずに実践される。医療行為としてのマインドフルネスは、ここから派生してアメリカで生まれたもので、特定の達成すべき目標をもって行われる。マインドフルネスは、大きくこの2つの流れに分けられる。医療行為としてのマインドフルネスは、1979年にジョン・カバット・ジンが、心理学の注意の焦点化理論と組み合わせ、臨床的な技法として体系化した。

 アメリカではマインドフルネスの効果に関する科学的・医学的な研究が進んでおり、以下のような効果があると実証されている。
1.身体面では、免疫力の改善、血圧の低下、血中コレステロール、血糖値の低下などが検証されており、交感神経と副交感神経のバランスが整い、よく眠れるようになる。
2.精神面では、緊張・うつ状態の緩和、不安の減少、ストレス耐性の向上が実証されている。
3.脳機能面では、集中力・記憶力が向上し、複数の仕事を並行して進めている状況下でも一つ一つの事に集中することができるようになり、仕事や勉強で質の高いパフォーマンスにつながる。

 中西氏がA教会の扉に貼られていたの発見した「15ヶ条の戒め」の一つである「自分を振り返る時間をもつこと」という戒めは、メタ認知、宗教的瞑想、マインドフルネスなどに通じるものであり、伝統的な宗教が実践してきたことであると同時に、信者たちの心身の健康を向上させる効果を持っていたことが分かる。

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神道と再臨摂理シリーズ10


 仏教が日本に受容される過程において、土着の信仰である神道としだいに融合していき、神と仏を一緒に祀るようになった現象を「神仏習合」と呼ぶことは既に説明しましたが、これは思想的に①神身離脱説、②本地垂迹説という二段階で発達しました。①においては日本の神は仏教によって救われるべき低い存在であるとされましたが、②においては日本古来の神々は仏が衆生救済のために姿を変えて顕われた存在であるとされ、日本の神々の位置が高められました。

<神本仏迹説の神道>
 これがさらに発展すると、その関係は逆転するようになるのですが、それを「神本仏迹説(しんぽんぶつじゃくせつ)」の神道といいます。話を整理すると、本地垂迹説においては、本来は仏であったものが日本人の前では神に形を変えて現れ、仏教が伝来する前から信仰されていたのであると解釈することによって、仏教と神道は根本は同じであると主張したのですが、「神本仏迹説」においては日本の神は仏よりも優れた存在であり、むしろ神が仏の本地(オリジナル)であると主張したのです。こうした神道の代表が伊勢神道と吉田神道です。

 伊勢神道は、伊勢神宮の外宮の神官・度会行忠(わたらい・ゆきただ)によって基礎が築かれ、度会家行(わたらい・いえゆき)によって大成されました。平安末期から鎌倉・南北朝時代にかけて形成された神道です。ここで初めて、「神は本地仏よりも優れた存在であり、神が仏の本地である」という思想が出現したのです。

 吉田神道は、唯一神道、卜部(うらべ)神道、宗源(そうげん)神道とも呼ばれ、室町時代後期に吉田兼倶(よしだ・かねとも)が創唱した思想であり、インドの仏よりも日本の神のほうが優位であると主張しました。彼によれば、神道が根本であり、儒教は枝葉、仏教は花実であるということになります。吉田神道における根本神は、「国常立尊(くちとこたちのみこと)」です。

<儒家神道>
 一方、江戸時代初期になると徳川幕府の奨励で儒教が流行し、儒教と神道が同一視され、神儒一致の神道が登場しました。朱子学を学んだ儒学者によって唱えられたこうした神道説を「儒家神道」と言います。

 林羅山の「理当心地神道」(りとうしんちしんとう)、吉川惟足(よしかわ・これたり)の「吉川神道」、度会延佳(わたらい・のぶよし)の「後期伊勢神道」、山崎闇斎(やまざきあんさい)の「垂加(すいか)神道」などが代表的な儒家神道です。儒家神道においては、「神道の本質は祭祀や行法ではなく、天下を治める道である。神道は王道であり、天照大御神から天皇が継承したものである。」と説きました。

<復古神道>
 復古神道とは、国学者が『古事記』『日本書紀』などの古典をよりどころに定め、儒教や仏教を交えずに神道を説明する思想を言います。

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 本居宣長(もとおり・のりなが)は、従来の神道説にみられた仏教や儒教の影響を「漢心(からごころ)」と批判し、神道の人為的な解釈を「さかしら(利口ぶること)」として避けました。そして、天照大御神が伝えた人のよるべき道が神道であると主張しました。平田篤胤(ひらた・あつたね)は、「祭政一致」を唱えて天皇の積極的な政治関与を主張し、幕末の尊王攘夷思想と王政復古に大きな影響を与えました。

 こうした国学者による「復古神道」の思想が、明治維新の思想的原動力の一つとなったので、明治政府が「神仏分離令」を出し、「国家神道」を確立したのは思想的必然であると考えることができます。

<神仏分離>
 明治維新の背景にあったのは、本居宣長や平田篤胤らの「復古神道」の影響を受けた尊王攘夷と王政復古の思想でした。これは基本的に神道から外国の影響を排除して原点に戻るという考え方でした。明治政府はこれを「神仏分離令」によって実行しようとします。日本古来の神々は、仏教伝来以降1200年にわたって、仏教信仰の中に取り込まれ、「神仏習合」の状態にありましたが、これを神の本来の形(神を単独で祀ること)に戻すことによって、神の子孫とされる天皇の権威を復活させようとしたのです。

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 神仏分離令の具体的な内容は以下の通りでした。
A) 神号に仏語の使用を禁止
 神号に大菩薩、権現、牛頭天王などの仏教用語を使用することを禁止しました。例えば、「八幡台菩薩」は「八幡神」に改められました。
B) 神宮寺の廃止
 神社に付属した神宮寺などの仏教的な建造物の廃絶が行われました。
C) 別当・社僧の還俗
 全国神社内の別当・社僧に還俗を命じ、神職と僧侶の区別をはっきりさせました。「神宮寺」においては、社僧と呼ばれる仏教の僧侶が、神前読経など神社の祭祀を仏式で行っていましたが、そのトップを「別当」と呼んでいました。こうした別当や社僧は、神宮寺の廃止に伴ってその地位を失い、出家した仏教の僧侶が神社の祭祀に関わらないようにしました。
D) 神社内の仏像・仏具の除去
 神社の中にある仏像・仏画や仏具は取り除くべしという指令が出されました。これは必ずしも仏像や仏具を破壊せよという命令ではなかったのですが、江戸時代の「寺請制度」と呼ばれる幕府の間接統治のシステムの一翼を担った仏教界の腐敗に対する民衆の反発を背景として「廃仏毀釈」運動が起こり、各地で寺院や仏像、経典を破壊する運動が起こりました。この騒ぎは数年で収まったのですが、結果的に多くの貴重な文化財が失われました。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』173


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第173回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第169回から中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析に入った。中西氏はこれを、日本人女性信者の合理的な判断力を抑圧し、信仰的な発想しかできないよう仕向けているかのようにとらえているが、そこで述べられている戒めは世界の諸宗教が伝統的に教えてきた内容であり、同時に人間が幸福に生きていくための心構えと言えるものも含まれている。先回は⑦疑わないこと、⑧祝福家庭は先輩家庭に仕え、後輩の家庭を愛すること、の二つを紹介し分析したので、今回はその続きとなる。

9.公金を恐れること
 ここではまず「公金」の意味を説明する必要があるであろう。世間一般で「公金」と言えば、国または地方公共団体がその目的を達成するために所有する金銭のことである。これを公務員等が私的目的のために使うことを「公金横領」といい、刑法上の犯罪となるが、「15ヶ条の戒め」が言っている「公金」はそれと意味が異なる。

 統一教会で言う「公金」の意味を理解するためには、まず万物の主管に関する信仰生活の指導のあり方を理解する必要があるであろう。統一教会では、万物が存在する理由は、人間を喜ばせるためであると教えている。すなわち、神は人間が喜んで暮らす生活環境を築くために万物を創造された。神は人間を万物の主人として創造され、万物を主管することを祝福された。創造本然の人間の万物主管は、内的主管性(愛による心情的主管)と外的主管性(科学による主管)の両面が合わさったものであり、あたかも神ご自身が主管されるがごとく、万物そのものの価値を最高に発揮させることであった。しかし、人間が堕落することにより、このような創造本然の万物主管ができない状態に陥ってしまった。

 人間は、神の愛による完全な主管ができて初めて、万物を所有する資格が与えられる。創造本然の人間にはこのような資格があったが、堕落人間の所有はとりあえず管理を任されているということに過ぎない。愛のない主管は、我欲(サタン)による利己的主管であり、真の万物主管ではない。したがって、真の愛を持った人、公的な人の所へは万物が集まってくるが、そうでない人の所からは逃げていくようになっているのである。

 統一教会で言う「公金」とは、蕩減条件を払って堕落世界から神側に復帰されたお金のことを言う。具体的には、教会および神の御旨を進めるための団体で管理し、神の御旨を進めるための活動に使われるお金のことを指す。これは神が主管するお金なので、公的心情で公的使用をしなければならないと教えている。これを使う場合にはきちんと清算し、報告する義務がある。こうした公金を私的に用いることを「公金横領」と言い、サタンが讒訴する行為となり、宗教的な罪となる。「公金を恐れること」という戒めは、こうした脈絡の中で、公金を私的に用いて公金横領の罪を犯すことを恐れるように説いているわけである。こうした戒めは、金銭に対する禁欲的な態度を示しているが、これと同様に多くの伝統宗教は、苦しみや悪は過度の欲望もしくは利己的な欲望によって引きおこされると教えている。そこには貪欲が魂を支配し、無知を誘発し、破滅へと導くという基本思想があるのである。「公金を恐れること」という戒めも、お金の誘惑が信仰を狂わせるのを防ごうとしている点で、同じ伝統の上に立っていると言える。

10.聖日礼拝を欠かさないこと
11.家庭礼拝を一週間に一度位は行うこと
 この二つはどちらも礼拝に関することである。教会に集まって礼拝をささげるにせよ、家庭で行うにせよ、礼拝を守ることが信仰生活の基本であることはキリスト教において普遍的に教えられている。キリスト教における礼拝は、狭義には教会における儀礼一般を指すが、より広い意味では神に対する奉仕行為を指す。これは神殿に詣でることを礼拝と考えていたユダヤ教に対して、新しい礼拝の概念を提示したということができる。形式ではなく内面がより重要であるという主張である。新約聖書は、礼拝の意義を以下のように説いている。
「神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない。」(ヨハネによる福音書 4.21-24)。
「兄弟たちよ。そういうわけで、神のあわれみによってあなたがたに勧める。あなたがたのからだを、神に喜ばれる、生きた、聖なる供え物としてささげなさい。それが、あなたがたのなすべき霊的な礼拝である。」(ローマ人への手紙12.1)

 礼拝とは、人間が全人格を傾けて神を拝むことである。それは神と交わり、神を知り、愛し、賛美する機会であり、神からの祝福を受ける機会である。神ご自身が、人間に対して礼拝を求めているとキリスト教では理解されている。したがって、人間には神を礼拝する義務があるのである。

 イスラム教における礼拝は「サラート」といい、カアバの方角へ向かってお祈りすることで、イスラム教の五行のひとつである。礼拝の方法には一定の決まりがある。普段は家庭などで個人で行ってもいいが、イスラムの祝日である金曜日には、5回のうち、1回のお昼の礼拝は、モスクに集まってみんなで行うことが奨励される。イスラム教では1日5回の礼拝を行う。各礼拝のおよその時間帯は、1回目は夜明け、2回目は夜明け以降、3回目は影が自分の身長と同じになるまで(お昼)、4回目は日没から日がなくなるまで、最後は夜となっている。礼拝が始まる時間はムアッジンと呼ばれる人によって告げられるが、これを「アザーン」という。昔はモスクの尖塔(ミナレット)に上りその上から「アザーン」が行われたが、現在はスピーカーが取り付けられている。

 イスラム教の経典「クルアーン」では、礼拝の重要性が以下のように語られている。
「まことに礼拝は、人を醜行と悪事から遠ざける。なお最も大事なことは、神を唱念(ズィクル)すことである。(イスラム クルアーン 29.45)

 統一教会における礼拝の形式は、外形的にはプロテスタント教会の礼拝に近い。通常は日曜日に「聖日礼拝」が行われるが、その意味について『伝統』(光言社)は以下のように語っている。
「お父様は、礼拝は単なる会合ではなく、神とサタンの闘いの場であると教えておられます。草創期には、多くの教会員がそのような闘いのし烈さを証しています。聖日礼拝を通して私たちは、心を善と悪とに分立し、自らを神に捧げることができます。過ぎ去りし1週間を悔い改め、新しい週の決意を固めるための時です。」
「統一教会の聖日礼拝は他のキリスト教会が行っているのと同じような形式でなされます。韓国の教会員は、お父様の説教を聞くための心の準備をする重要性を感じ、いつもより早めに教会に到着するようにします。祈祷や聖歌によって聖なる雰囲気をつくるために、早く集うのです。」(以上、『伝統』p.23-24より)

 文鮮明師は、聖日礼拝の重要性と同時に、それに参加する準備や心構えの重要性を繰り返し説いており、そうした指示は『み旨の道』の中に以下のように示されている。
「聖日礼拝三日前から準備しながら、その日、万民のため祝福を与えるよう精誠を尽くさねばならない。」
「我々食口は教会の看板であり、神様の看板である。礼拝時間はサタンの鎖を切って神の世界に導いてくるための戦いの時間である。生命を復活させるために誠を尽くす深刻な時間であるので絶対に礼拝時間を破ってはいけない。礼拝時間に怠けると恵みを奪われてしまう。」
「礼拝の時間に遅れてでるときには、頭を上げることができないほど悔い改めの心情をもってでなさい。讒訴を避ける道は死ぬほど苦労するしかない。み旨のために死ぬと覚悟し、涙を流すのに対して誰が讒訴しようか。」
「統一教会の生活は尊い式典の連続である。礼拝や敬礼の時間は王に会う時間と比較できようか。」

 礼拝に参加することは一つの宗教的義務であるが、同時に人間の幸福度とも相関関係があることが調査によって分かっている。米世論調査団体”Pew Research Center”によると、毎週宗教的礼拝に出席している人は月に一回、あるいは全く礼拝に出席していない人よりも幸せを多く感じているということが明らかになったという。同調査によると、毎週教会に通っている人々のうち43%、月一回以下しか通っていない人々のうち31%がとても幸せであることが明らかになった。また教会にほとんど通っていない、あるいは一度も通っていない人の中ではたったの26%の人しかとても幸せであると感じていないという。教会出席度と幸福の関係については、全ての宗派で同じ関係が明らかになったという。例えば全てのカトリック教徒のうち教会に毎週出席する人のうち38%、あまり教会に通わない人のうちでは28%がとても幸せであることがあきらかになったという。このような人々の幸福度を調べる調査は1972年から行われているが、調査結果は開始以来一致した傾向を示しているという。

 聖日礼拝と家庭礼拝の実践を勧める「15ヶ条の戒め」は、結果的に信徒たちの幸福度上昇に貢献しているのである。

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神道と再臨摂理シリーズ09


 仏教が日本に受容される過程において、土着の信仰である神道としだいに融合していき、神と仏を一緒に祀るようになった現象を、「神仏習合」といいます。

<神身離脱説>
 神仏習合は、思想的にいくつかの段階を経て進行していきました。最初の段階が「神身離脱説」です。言葉の意味としては、神は「神身」を離れて仏に帰依し、迷いから逃れたいと思っている、ということです。これは仏教側が日本の土着の信仰である神道を取り込もうとして説いた教説であり、「神は輪廻の中で煩悩に苦しんでいる身であり、仏教によって救済される」という考え方に基いています。こうした考えに基づいて、8世紀ごろから神社に付属して「神宮寺」という仏教寺院が建てられるようになりました。一つの敷地の中に、神社とお寺が両方あるということです。

<本地垂迹説>
 次の段階が、「本地垂迹説(ほんじすいじゃくせつ)」です。「本地」とは本体あるいは原型という意味で、「垂迹」とは化身あるいは変形という意味です。これは平安時代中期に出現した、仏と神の関係に関する新しい解釈であり、「日本古来の神々は、仏が衆生救済のために姿を変えて顕われた存在である」ととらえました。すなわち、「本来は仏であったものが、日本人の前では神に形を変えて現れて、仏教が伝来する前から信仰されていた。したがって、仏教と神道は根本は同じである」という理論構築をしたのです。ここでは、「神身離脱説」に比べて、日本の神々の位置が高められていることが分かります。

 「本地垂迹説」では、例えば八幡神や熊野神は阿弥陀如来の仮の姿であり、伊勢神宮は大日如来の仮の姿であるというような解釈がなされました。

図09-1

<神仏習合の象徴としての八幡神>
 八幡神は神仏習合の象徴的な神様であると言えます。八幡神を祀った神社といば、大分の宇佐美八幡宮、京都の石清水八幡宮、神奈川の鶴岡八幡宮などが有名ですが、実は神社数の多い祭神ランキングでは、上記の表に記載されているように、この八幡神が7817で断トツのトップなのです。

 このように神社数トップの八幡神なのですが、実は神道の神様としては八幡神は不思議な神様なのです。八幡神は、神典の中でも「記紀二典」としてとりわけ重視されている『古事記』と『日本書紀』のなかに全く登場しないのです。中心的な経典に登場しない神様でありながら、最高神とされている天照大御神をはるかに上回り、神社数トップというのはそれだけで不思議なことです。

 八幡神は、日本に土着の神ではなく、渡来系の神であると言われています。新羅の国の神を祀っていた渡来人が、宇佐に八幡神を祀るようになったという説が有力です。そして聖武天皇が奈良に大仏を建立するとき、巫女を通して「私が大仏建立を完成させる」という託宣を下したのもまた八幡神です。大仏建立という国家的事業を支える役割を八幡神が果たしという話なのですが、要するに神道の神でありながら、仏教による国家づくりの中心的な役割を果たしたということなのです。

 その意味で、八幡神は神仏習合の象徴的な神様であると言えます。8世紀末から「八幡大菩薩」と呼ばれるようになり、神道の神であると同時に仏教の菩薩の役割を果たすようになりました。そして武家が台頭すると、「武神」として崇められるようになりました。

<仏家神道>
 神仏習合により、さまざまな仏教伝統と神道が融合することになりますが、これらを「仏家神道」と呼びます。代表的な仏家神道を挙げると以下のようになります。
①両部神道(真言宗):真言密教の教理から神道を説明
「両部」とは「金剛界」と「胎蔵界」を指します。伊勢神宮の内宮・外宮の祭神は大日如来と同一であると解釈しました。
②山王神道(天台宗):比叡山延暦寺の鎮守である日吉大社で形成
祭神である大己貴神、大山咋神、田心姫神の本地仏はそれぞれ、釈迦如来、薬師如来、阿弥陀如来であるとされました。
③法華神道(日蓮宗):天照大御神と八幡大菩薩を曼陀羅の中に勧請
神々は仏法を擁護するものと解釈され、「法華三十番神」という信仰を生み出しました。これは30柱の神々が一か月の間、毎日交代で「法華経」を守護するという思想です。

カテゴリー: 神道と再臨摂理シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』172


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第172回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第169回から中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析に入った。中西氏はこれを、日本人女性信者の合理的な判断力を抑圧し、信仰的な発想しかできないよう仕向けているかのようにとらえているが、そこで述べられている戒めは世界の諸宗教が伝統的に教えてきた内容であり、同時に人間が幸福に生きていくための心構えと言えるものも含まれている。先回は⑤原理講論を読むこと⑥不平不満を言わないこと、の二つを紹介し分析したので、今回はその続きとなる。

7.疑わないこと
 疑わないことは信じることと同義である。あらゆる宗教の経典は、疑う心を退け、信じる心を鼓舞してきた。諸経典は信仰の大切さを強調すると同時に、信仰が薄い状態や疑う心を好ましくないものとしている。以下にそのような聖句を紹介する。
「信じなければ、あなたがたは確かにされない。」(ユダヤ教、キリスト教 聖書 イザヤ書 7.9)
「そこで彼らが『神の業を行うためには、何をしたらよいでしょうか』と言うと、イエスは答えて言われた。『神がお遣わしになった者を信じること、それが神の業である。」(キリスト教 聖書 ヨハネによる福音書 6.28-29)
「なんじら信仰する者よ、神とかれのみ使いを信ぜよ。またみ使いに下された経典と、以前に下された経典を信ぜよ。およそ神を信ぜず、諸天使と諸経典と彼の使者たち、ならびに終末の日を信じない者は、確かに遠く迷い去った者である。」(イスラーム クルアーン 4.136)
「神に従う人は信仰によって生きる。」(ユダヤ教、キリスト教 聖書 ハバクク書 2.4)
「汝もまた信仰によって了解せよ。汝は死の領域の彼岸に至るであろう。」(仏教 スッタニパータ 1146)
「心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず、常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば主はあなたの道をまっすぐにしてくださる。」(ユダヤ教、キリスト教 聖書 箴言 3.5-6)
「神は、なんじらの信仰が好ましく、またなんじらの心の中を、それにふさわしくたまい、なんじらに不信心と邪悪と反逆を、嫌わせたもう。これは正しく導かれた者であり、神からの恵みであり、恩典である。」(イスラーム クルアーン 49.7-8)
「アブラムは主を信じた。主はそれを彼の義と認められた。」(ユダヤ教、キリスト教 聖書 創世記 15.6)
「イエスは言われた『信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、「ここから、あそこに移れ」と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。』」(キリスト教 聖書 マタイによる福音書 17.20)
「なんじがもしわれの下したものについて疑いをもつならば、なんじ以前の経典を、読んでいる者に問え、確かに真理は主からなんじに来たのである。それゆえなんじは懐疑者のたぐいとなってはならぬ、またなんじは、失敗者にならぬよう、神のしるしを、虚偽だととする者のたぐいであってはならぬ。」(イスラーム クルアーン 10.94-95)
「信仰を抱き、それに専念し、感官を制御する者は知恵を得る。知識を得て、速やかに最高の寂静に達する。知識なく、信頼せず、疑心ある者は滅びる。疑心ある人には、この世界も、他の世界も、また幸福もない。」(ヒンドゥー教 バガヴァッド・ギーター 4.39-40)
「比丘が師を疑う、怪しむ、確信しない、信じない場合、その心が熱心に、専心に、堅忍に、努力に向かうことはありません。これが、そのように心が熱心に、専心に、堅忍に、努力に向かわないかれに捨てられていない第一の心の不毛です。…比丘が法を疑う…比丘が学を疑う、怪しむ、確信しない、信じないとします。…その心が熱心に努力に向かうことはありません。」(仏教 阿含経中部心i.101 不毛経)

 信仰の重要性が宗教の経典の中で強調されるのはある意味で当たり前ともいえるが、そればかりではなく、より一般的な人間の幸福にとっても信仰がプラスの役割を果たすことが最新の幸福学によって明らかにされている。慶応義塾大学大学院教授の前野隆司氏の著書『幸せのメカニズム:実践・幸福学入門』(講談社現代新書、2013年)は、既に何度も紹介した幸福学に関する解説書だが、彼は宗教的信仰を持っている人はより幸福度が上がるという調査結果を報告している。また、統一教会自体が信徒たちに対して行った「幸福度調査」によれば、統一教会信者の幸福度は平均よりも高いという結果が出ている。要するに、疑う人生よりも信じる人生の方が幸福度が高いということだ。中西氏は「疑わないこと」という戒めを、あたかも信者を抑圧する者であるかのようにとらえているが、実際にはこうした戒めは信者をより幸福にするためのものなのである。

8.祝福家庭は先輩家庭に仕え、後輩の家庭を愛すること。
 後輩が先輩に仕え、先輩は後輩の面倒を見るという考え方は、「長幼の序」という儒教的な価値観を示している。「序」は、この場合「従順」という意味である。もともと「長幼の序」とは、子どもや年少者は大人や年長者を敬い、年長者や大人は年少者や子どもを慈しむという長幼間の秩序を教えた言葉である。儒教においては、孔子の教えを引き継いだ孟子が中国の戦国時代に乱れた社会秩序や家族のあり方などを教えるために「五倫」を説いた。「五倫」とは、①父子の親、②君臣の義、③夫婦の別、④長幼の序、⑤朋友の信を指し、「長幼の序」はその中の教えの一つとなっている。日本でも江戸時代には、寺子屋などで「論語」を中心とした「儒教」を子ども教育の基本としたので、こうした考え方は日本の伝統文化にも浸透しているが、韓国ではそれが一層明確になっている。

 ここで祝福家庭は先輩に仕えると同時に、後輩を愛することも教えられていることに留意する必要がある。これは他者に対する愛情と思いやりの実践である。他者の為に生き、愛情を注ぐことの重要性は「黄金律」として、各宗教の経典で教えられている。
「何事でも人々からしてもらいたいと望むことは、人々にもそのようにせよ。(キリスト教 マタイによる福音書 7.12)
「己の欲せざるところ、他に施すことなかれ」(儒教 論語 巻第八衛霊公第十五 二十四)
「あなたにとって好ましくないことをあなたの隣人に対してするな」(ユダヤ教 ラビ・ヒルレルの言葉)
「人が他人からしてもらいたくないと思ういかなることも他人にしてはいけない」(ヒンドゥー教 マハーバーラタ 5:15:17)
「自分が人から危害を受けたくなければ、誰にも危害を加えないことである。」(イスラム教 ムハンマドの遺言)
「その行ないが親切であれ。(何ものでも)わかち合え。善いことを実行せよ。そうすれば、喜びにみち、苦悩を滅すであろう。」(仏教 ダンマパダ 376)

 とりわけキリスト教においては、神の愛の実践としての隣人愛の重要性が説かれており、クリスチャンが愛の共同体を形成することを勧めている。新約聖書の中で、イエス・キリストは「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」と律法学者から尋ねられて、以下のように答えている。
「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。これがいちばん大切な、第一のいましめである。第二もこれと同様である、『自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ』。これらの二つのいましめに、律法全体と預言者とが、かかっている」(マタイによる福音書22:37-40)
「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる。」(ヨハネによる福音書13.34-35)

 統一教会では、このような愛の共同体を祝福家庭の間で作ろうとしているのである。

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