世界の諸問題と統一運動シリーズ23


科学者の知恵を集めて地球環境問題を解決

 科学技術の発展は人類に多大な恩恵をもたらすと同時に、環境問題に代表される深刻な脅威も生み出しました。今回は環境問題解決に取り組むために2017年に再開された「科学の統一に関する国際会議」のビジョンを紹介します。

<科学技術の発展がもたらした光と闇>

 近代以降の科学技術の発展は、人類に多大な恩恵をもたらしました。農業と工業の分野において生産性が飛躍的に向上し、生活のあらゆる面が豊かになりました。交通と通信の発達により、人間も物質も情報もかつてない速度で世界中を行き交うようになりました。しかし科学技術の発展が人類にもたらしたものは、肯定的なものばかりではありません。公害や環境破壊、核兵器や生物化学兵器に代表される大量破壊兵器の開発など、人類がかつて経験したことのない脅威も同時に生み出しました。

 今日のわれわれはインターネットを通じて遠方にいる相手と瞬時に通信することができるようになりましたが、同時にそれは不正取引、児童買春、ポルノグラフィーの温床にもなっています。テロリストたちもインターネットを活用して自分たちの主張を拡散させ、憎しみや暴力を増幅させています。科学技術の発展は偉大なことですが、その使い方によっては善にも悪にもなるのです。

 イギリスの歴史家アーノルド・トインビー(1889-1975)は著書『試練に立つ文明』の中で、「われわれの物質的な力が大きくなればなるほど、その力を、悪のためでなく善のために使用するために、われわれには優れた見識や徳性が必要になってくる。… われわれは、これまで物質的な力を取り扱うのに十分な道徳性を備えたことはなかったし、今日、その道徳的ギャップは、過去のいかなる時代にもまして大きくなっている。」と述べています。彼がこれを書いたのは約70年前(1948年)のことですが、それは現在の状況にも当てはまります。

<科学の統一に関する国際会議の創設>

 こうした課題を解決するため、文鮮明師御夫妻は1972年に「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」を創設しました。ICUSは既存の科学が狭い専門領域に細分化されていく傾向を憂慮し、全体論的視野から科学を再統合するという壮大なビジョンを掲げました。創設者の包括的ビジョンに基づき、ICUSは自然科学、社会科学、人文科学などのさまざまな分野から科学者たちを集め、真理を探求し公的な善を追求する「絶対価値(Absolute Value)」に基づく「科学の統一」を主要なテーマに行われました。

 「科学の道徳的指向性」をテーマにニューヨークで開催された第1回のICUSは、8カ国から20名を集めた小さな会議でした。1973年に東京で行われた第2回ICUSは、「近代科学と精神的価値」をテーマとし、参加者の数は3倍に増えました。その後、ロンドン、ボストン、サンフランシスコ、ソウルなどの世界の主要都市で毎年会議が行われ、参加者の数と質は回を追うごとに上昇していきました。1972年の第1回から2000年の第22回までの合計で2000名以上の科学者が参加し、その中にはノーベル賞受賞者が30名以上含まれていました。会議ごとの議事録が出版され、テーマごとにまとめられた書籍も16冊発行されました。ICUSは広範な分野を扱ったにもかかわらず、絶対価値によって導かれる科学の統一を目指すという点で一貫性を持っていました。

<ICUSの中断と韓鶴子総裁による再開>

 2000年になり、専門分野を超えた学際的な研究が世の中でも一般的になると、創設者は他の緊急課題に目を向けるようになり、以来17年間にわたってICUSは開催されませんでした。しかし、地球環境の破壊という脅威を深刻に受け止めた韓鶴子総裁は、環境問題をに対する科学的な解決法の開発を全世界に呼びかけるために、2017年にICUSを17年ぶりに復活させました。

 この「第2次ICUS」にはHIVウィルスの発見で2008年にノーベル医学賞を受賞したルック・モンタニエ博士をはじめとする、著名な科学者たちが参加しました。2017年から2019年にかけて行われたICUSは、環境問題に焦点を当てることで一貫していました。2017年のテーマは「地球環境の危機と科学の役割」、2018年のテーマは「地球環境危機に対する科学的解決策」でした。2019年のテーマは「環境保健と人間生活の質」で、都市環境、循環経済、農業と土壌の健全性、気候変動、食糧生産、真水の供給、海洋の健全性などのテーマが扱われました。

第24回ICUS

第24回ICUS


第24回ICUSでメッセージを語られる韓総裁

第24回ICUSでメッセージを語られる韓総裁

<「神科学」を提唱した韓鶴子総裁>

 2019年のICUSでの創設者講演(五女の文善進氏が代読)で韓鶴子総裁は次のように訴え、神を中心とした科学「神科学」を提唱しました。
「年を追うごとに、地球環境の悪化が拡大しています。気候変動、極端な気象状態、空気の質の悪化、海洋汚染はいまや日常会話の主題となっています。巨大な大災害が迫っているという懸念が広まっています。環境保全こそが、今日の人類が直面する最も差し迫った深刻な課題であると言っても過言ではありません。多くの対策と政策が提案され実施されてきましたが、効果を上げていません。根本的な解決がなければ、人類の未来を保証しえない段階に私たちは到達しようとしています。」
「人類は、科学と宗教の間の壁を克服すべき時に向かっています。加えて、科学は神を直接知ることが可能となるところにまで発達してきました。この視点から、私は伝統的な科学が新たに神を中心として理解し、その歴史を神を中心とする科学の歴史として新たに整理する機会があることを切に望んでいます。そうすることで、神が創造した万物の本然の位相と価値が正しく復帰されるでしょう。したがって、私はこの会議が『神科学会議』、すなわち神を中心とした科学の会議となることを提案いたします。」

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』162


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第162回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されているが、最初に中西氏は調査対象となった在韓日本人信者の基本的属性をデータで示している。先回は調査対象の学歴と職歴を扱ったが、今回は入信の経緯に関わるデータについて、櫻井氏のデータと比較しながら考察することにする。これも櫻井氏による脱会者のデータと並べた方が比較しやすいのでスキャンした図を並記してみた。

 中西氏は、「ヤコブ」と呼ばれる信仰二世を除いて、在韓の日本人現役信者も脱会者とほぼ同じようなイベントを経験して入信しているという。それは、最初の出会い、ビデオセンター、ツーデーズ、ライフトレーニング、フォーデーズ、新生トレーニング、実践トレーニング、布教活動や経済活動、祝福式への参加、家庭出発などによって構成されるという。脱会者の中にはこれら一連のイベントの途中で脱落する者がいるかもしれないが、基本的には同じような経験をしているということであろう。初めに、伝道された年に関して、櫻井氏と中西氏のデータを比較してみよう。

伝道された年の比較

 櫻井氏と中西氏の調査対象は、どちらも1979年から1990年代の後半にかけて初めて教会に出会い、伝道されたという点で共通している。ほぼ同じ世代の、同じ時期に伝道された人々と考えていいだろう。そうであれば、伝道される過程で経験したイベントが似通っているのはある意味で当然である。脱会者においては87年と88年にピークがあるのに対して、現役信者においてはこの2年が大きく落ち込んでいる。現役信者のピークは85年と86年である。この違いの原因は分からない。一方で91年にもう一つのピークがある点では両者は一致している。こうした細かい差異を除けば、両者はほぼ一致するデータであると言えるだろう。

入信時の年齢の比較

 次に入信時の年齢を比較する。櫻井氏のデータは1歳ごとに細かくグラフにしているのに対して、櫻井氏のデータは5年ごとや10年ごとの塊で表記されており、大雑把なグラフになっている。それでも、10代の後半から20代の前半にかけて伝道される人が大半を占める点では一致している。統一教会は基本的に「若者の宗教」ということになるのだろうが、この二つのデータは統一教会の全体像を反映したものであるとは考えられない。それはどちらの調査対象も、若いころに伝道された人だけがたどるようなライフコースを前提としているからである。

 櫻井氏の調査対象は、壮婦の脱会者11%を除いて、89%が青年信者であった者たちだ。彼らは10代後半から20代前半にかけて入信し、両親をはじめとする家族の反対に遭って脱会した者たちである。彼らが若くて人生経験が未熟だからこそ親は宗教に関わったことを心配したのであり、自分が助けてあげなければならないと思ったからこそ棄教の説得をしたのであろう。その意味では、脱会者の多くは比較的若いころに伝道されている可能性が高いのである。

 一方、中西氏のデータはマッチングによって韓国人と結婚した日本人が調査対象になっている。韓日祝福を受けるためには、伝道された時点で独身でなければならず、基本的に壮婦は対象から外れるのである。独身時代に入信し、数年の信仰生活を経たのちに韓国人を結婚して韓国に渡るというライフコースは、やはり若者でなければたどることができない。その意味で、在韓日本人女性の多くは若いころに伝道されている可能性が高いのである。中西氏は、「入信時の年齢は二〇代前半が約半数(一七名)、二〇代後半を合わせると七割近い(二六名)(図9-4)。学校を卒業し、社会人として働き始めた時期に伝道され、入信したということだろう。一九歳未満で入信した二名はヤコブである。入信時の平均年齢は二三・二歳である。」(p.454)と述べている。

 10代で伝道された者は櫻井氏の調査対象者にもいるが、こちらがヤコブである可能性は低い。なぜなら、親から伝道されたヤコブが親の反対を受けて棄教するとは考えにくいからである。櫻井氏の調査対象は家族・親族や知人友人ではなく、見ず知らずの人から伝道されたケースが多いようであるが、こうした者の中にも10代で伝道された者が存在してもおかしくはない。なぜなら私自身が18歳で伝道されているし、当時の原理研究会では大学に入学した年に18歳で伝道されることは決して珍しくなかったからである。かつて「親泣かせ原理運動」と呼ばれた通り、初期の統一教会が若者の宗教だったことは事実だが、1980年代には多くの壮年壮婦が伝道されるようになった。

 現時点では、統一教会の信者全体の中で壮年壮婦の占める割合はかなり大きなものであり、少なくとも櫻井氏のデータにおける11%、中西氏のデータにおける3%(38人中1人)よりは、はるかに大きな数字になると思われる。壮年壮婦であれば、入信時の年齢は20代後半から40代、50代に至るまで幅広く分布すると思われ、彼らを含めたデータを取れば、統一教会は若者の宗教であるという印象はなくなるであろう。その意味で、入信時の年齢という点においては、櫻井氏のデータも中西氏のデータも「はずれ値」であると言えるだろう。

伝道から入信までの年数比較

 次に伝道から入信までの年数を比較する。中西氏は、「現役信者への聞き取り調査では伝道年、入信年を脱会信者のように何年の何月だったかまで厳密な聞き取りはしていない。本人がよく覚えていなかったり、何歳頃という漠然とした回答だったりしたこともあった。」(p.455)としている。したがって、中西氏のグラフは櫻井氏のグラフに比べて大雑把なものになっている。櫻井氏のデータが緻密なのは、調査対象が裁判の原告だったことによるものであろう。統一教会に対して損害賠償を請求するためには、少なくとも何年の何月ごろに何があったかをできるだけ正確に陳述しなければならないからである。そうした必要がなければ、人は自分の人生に関する記憶であっても細かい年月日を覚えていないものである。その意味では、中西氏のデータの方が自然である。

 伝道されてから入信するまでの期間は、櫻井氏においては4ヶ月が突出して多く、大部分が1年未満に入信している。一方で、中西氏のデータは0年(1年未満)と1年がほぼ拮抗している。これをもって、脱会信者の方がより短期間で伝道されると結論できるのかどうかは分からない。しかし、中西氏にとっては0年も1年も同じように「短い」と感じられるようで、現役信者と同様に「やはり伝道されてから入信に至る期間は非常に短い。」(p.455)と結論している。さらに、「脱会者と同様に現役信者も短期養成的な教化プログラムによって信者になったことが窺える。とりあえず入会し、座談会などに出席しながらゆっくりと信仰を育んでいくような新宗教教団の入信過程とは異なっていることが明らかである。」(p.456)とまで言っているのである。

 この論法は櫻井氏とまったく同じであり、統一教会に入信するまでの期間が極めて短いことを理由に、信仰の獲得が本人の主体的な意思ではなく、プログラムや説得による受動的なものであると言いたいようである。櫻井氏と中西氏の主張の問題点は、最初に出会ってから入信するまでの数カ月から1年という期間が「短い」という根拠を示していないことである。「とりあえず入会し、座談会などに出席しながらゆっくりと信仰を育んでいく」ことが一般的な新宗教への入信過程だということは、単にイメージとして提示されているだけで、実証的な根拠を持って示されていない。他の宗教の入信プロセスについて、伝道者と出会ってから入信を決意するまで平均でどのくらいの期間を要しているのか、実証的なデータに基づいて比較しない限りは、統一教会への入信に要する期間が「短い」とは言えないはずである。

 仮にその期間が統一教会において他の宗教と比較して短かったとしても、それは一つの個性であり、そのこと自体の良し悪しを問うたり、回心が本物であるかどうかを疑うことには意味がない。アイリーン・バーカー博士は『ムーニーの成り立ち』の中で、「突然で劇的な回心の話は歴史にあふれており、聖パウロの体験はその中でも最も広く知られている話の一つである。北米や欧州における福音派の伝道集会は、突然の回心を体験した何千人もの『新生した』クリスチャンを生み出している。」(『ムーニーの成り立ち』第5章 選択か洗脳か?より。)と述べている。さらに彼女は実際に入会するまでに何ヶ月から何年という時間をかけているムーニーも存在し、それは「突然でない」回心の例として挙げられているのである。「長い」「短い」という判断は相対的なものであり、出会ったその日に聖霊を受けて劇的な回心を体験した「新生した」クリスチャンに比べれは、統一教会への回心は極めてゆっくりとしたものと言えるのかもしれない。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

世界の諸問題と統一運動シリーズ22


若者たちの結婚を推進する統一運動

 安倍首相が日本の「国難」と呼ぶ少子高齢化の最大の原因は、若者たちの未婚化・晩婚化です。今回はこの問題に統一運動がどのように貢献していけるかについて説明します。

<少子高齢化の主因は若者の未婚化>

 少子高齢化は人口減少と労働力の低下に直結するため、まさに日本の国力を減退させる「国難」といえますが、その主要な原因ははっきりしています。日本ではまだ婚外子の割合は低く、子供は結婚により生まれてくる場合が大半であることから、子供が生まれない主因は若者たちの未婚化・晩婚化にあるのです。

 2015年に行われた国勢調査のデータによれば、30~34歳の未婚率は男性で47.1%、女性で34.6%となっています。1960年にはこの数字が男女ともに10%以下だったことを思えば、現在の30代前半の若者がいかに結婚していないかが分かるでしょう。50歳まで一度も結婚をしたことがない人の割合を示す「生涯未婚率」は男性で23.4%、女性で14.1%にのぼりました。前回の2010年の結果と比べて急上昇し、過去最高を更新しました。最近は生涯結婚しない人も増えていることから、「非婚化」という言葉も使われています。

<若者たちはなぜ結婚しないのか>

 若者たちが結婚しない理由については、内閣府が発表した『平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書』で実施した20~30代の未婚者に対するアンケート調査が参考になります。選択肢を複数回答できる調査で若者たちが多く選んだ理由は、①適当な相手にめぐり合わない(54.3%)、②自由や気楽さを失いたくない(27.2%)、③結婚後の生活資金が足りない(26.9%)、④趣味や娯楽を楽しみたい(23.7%)などでした。一番大きな理由は出会いに関するものですが、②と④は価値観やライフスタイルに関する問題で合計すれば事実上の二番となり、経済的な問題が三番目に来ることが分かります。

 若者たちが結婚ついて不安に感じることとしては、「生活スタイルが保てるか?」「余暇や自由時間があるか?」「お金を自由に使えるか?」などが上位に上がりますが、これは若者たちの間に個人主義的な価値観が蔓延していることを物語っています。結婚すれば多少はこうしたことを犠牲にしなければならないわけですが、それ以上に結婚で得られる「一緒にいる幸せ」や「分かち合う喜び」に対する魅力を強く感じれば結婚するはずです。しかし、今の若者はそこまでの強い動機を持てないでいるのです。

<「出会い」がなくなったのはなぜか?>

 それでは「出会い」の問題はどうでしょうか。国立社会保障・人口問題研究所の主任研究官らの調査によると、1970年代以降底なしに進む未婚化の原因を夫婦の出会い方の側面から分析すれば、初婚率低下の最大の原因は見合い結婚の減少にあるという結果が出ています。ここでの「初婚率」は1000名の未婚女性に対して年間何件の結婚があるかを計算した数値ですが、1960年代前半には恋愛結婚が35件、見合い結婚が29件という数字でした。これが2000年以降には恋愛結婚が38件、見合い結婚が3件となっています。つまり、恋愛結婚の数は微増であるのに対して、見合い結婚が激減したために、全体としての初婚率を大きく押し下げているということなのです。

 実は、恋愛結婚の件数は1970年代前半に一度56件まで上昇していますが、その後徐々に下降しています。この間に恋愛結婚が減った主な要因は、職場で出会って結婚する「職縁結婚」の減少にあると分析されています。高度成長期の企業は社員を家族のように扱う「日本的経営」が特徴でしたが、その頃の女性従業員は労働力というよりは男性従業員の配偶者候補として雇用されていた側面があったのです。つまり、当時の職縁結婚は当事者の意識においては恋愛結婚なのですが、企業が事実上のマッチ・メイカーとして機能していたということです。しかし、女性の雇用形態と企業文化の変化により、いまでは企業がこうした役割を果たすことはなくなりました。

<若者たちの結婚を推進する運動が必要>

 こうした事実から分かることは、若者たちの未婚率がここまで上昇したのは若者たちだけの責任ではなく、彼らを取り巻く大人社会にも原因があるということです。伝統的な日本の社会には、若者たちの結婚をサポートする共同体意識が存在していました。例えば「結婚してこそ一人前だ」「早く身を固めたらどうだ」と語る説教おじさんや、出会った若者にどんどん縁談を勧めるマッチングおばさんのような人がいて、若者たちの結婚を後押ししてきたのです。

祝福結婚

 こうした文化が失われた現代日本において、統一運動は若者たちの結婚を強力に推進する貴重な存在と言えます。家庭連合のマッチングと祝福は言ってみれば「神を中心とするお見合い」のようなものです。そして信仰共同体としての家庭連合は若者たちに結婚と家庭の意義を教育するだけでなく、具体的に相手を探して結婚まで導いていくマッチ・メイカーとしての役割を果たしています。より社会に開かれた活動としては、世界平和青年学生連合が若者たちに結婚の意義を啓蒙するために行っている「結婚なるほどセミナー」などがあります。こうした活動が、「国難」を解決する処方箋となっていくでしょう。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』161


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第161回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 第159回から「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」の内容に入り、中西氏の調査対象となった在韓日本人信者の基本的属性を、櫻井氏による脱会者のデータと比較しながら分析してきた。先回までに調査対象の生年の分布、最初の接触の様態、家族構成を比較してきたが、それに続いて学歴を比較することにする。これも櫻井氏による脱会者のデータと並べた方が比較しやすいのでスキャンした図を並記してみた。

比較表161-1

 現在でこそ大学進学率は50%を超えているが、これらのデータには1950年代生まれから1980年代生まれのまで幅広い年齢層の人が含まれているので、統一教会に入信する人の学歴が一般に比べて低いとは言えないだろう。さらに男女の差も考慮に入れる必要がある。2018年の時点では、男女の大学進学率はそれぞれ56.3%と50.%と拮抗してきてはいるが、それでも男性の方がやや高い。これが1978では男性が40.8%に対して女性が12.5%であり、男女の大学進学率にはかなりの差があったのである。同じ年の短期大学への進学率は男性が2.3%に対して女性が21.0%であった。この時代には、まだ女子は大学よりも短大に進学する者が多かったのである。現在では、短大に進学する女子よりも4年制の大学に進学する女子の方がはるかに多い。

 中西氏の調査対象は生年が1960年~70年代が84%を占めており、その年齢層の人が18歳になるのは1978年から1997年の間となる。文部科学省の学校基本調査によると、この期間の高校進学率は常に90%を超えており高原状態にあるが、大学進学率は男性が40.8%から34.1%に下落しているのに対して、女性は12.5%から14.7%に上昇している。短大への進学率は男性が2.3%から1.7%に減少、女性は21.0%から22.1%とほぼ横ばい状態である。櫻井氏の調査対象の79%が女性であり、中西氏の調査対象の92%が女性であることを考えれば、脱会者の大卒が20%、現役信者の大卒が16%であるということは、この年代の女性としては平均よりもやや高学歴と判断することができるであろう。一方、短大卒は脱会者で17%、現役信者で11%だが、これは平均値よりもやや低い数字になっている。

 黒田勝弘著『韓国 反日感情の正体』(角川学芸出版、2013年)の中では、在韓の日本人女性に関して、「韓国社会では日常的に彼女らを垣間見ることができる。たとえば取材で地方に出かけると、自治体の広報関係で日本語通訳としてよく見かける。日本系の居酒屋などのパートもそうだ。大卒がほとんどで、宗教に入れ込むほどの真面目派だから仕事はできる。」と描写されている。実際の大卒は16%であり、短大を含めても27%に過ぎないが、黒田氏が出会ったような通訳として社会で活躍しているような女性たちは大卒が多いということなのだろう。

 統一教会信者の学歴に関する櫻井氏と中西氏の見解はほぼ同じであり、この点で脱会者と現役信者の間には差はないことになる。櫻井氏は脱会者について、「青年信者の教育歴に関してみると、専門学校・短期大学を含む高等教育を受けたものは半数を超え、同世代の高等教育修了者より若干高い程度である。もちろん、女性が多いために、専門学校・看護学校・短期大学だけで二四名(三六パーセント)もいる(図6-3)。」(p.206)としており、中西氏は在韓の日本人信者について、「脱会者と同じく半数以上が専門学校、短期大学を含めた高等教育を受けている」(p.452)とまとめている。このように、統一教会に入信する人が一般よりも低学歴であるという証拠はなく、むしろやや高い傾向にあるというのが妥当であろう。すなわち、彼らは高等教育を受けた後に信者となっているのであり、「無知ゆえに信者となった」とは言えないということだ。

 こうしたデータは、アイリーン・バーカー博士の『ムーニーの成り立ち』において示されているデータとも符合している。
「ムーニーが基礎的な知識に欠けるがゆえに説得を受け入れやすいのだという証拠はほとんどなかった。3分の2(非入教者あるいは離脱者のどちらよりも高い割合)が18歳を超えても教育を受けていた。5分の4以上が、少なくとも「一般教育修了資格証書Оレベル」(あるいはそれと同等の学力)には到達していた。(注:「一般教育修了資格証書」とは、イギリスおよびイギリスの旧植民地で1951年以降に導入された中等教育の修了証明。16歳で受験する基本的な内容のО(Ordinary)レベル、18歳で受験する専門的な内容のA(Advanced)レベルなどがある。)8分の1は学位を持っており、また別の8分の1は大学生であった。さらに別の4分の1は、義務教育後の試験を受けていた。ムーニーは対照群と比較して、成績優秀者の割合こそより少ないものの、より着実な学力を示す傾向がかなり強かった。離脱者は不安定である傾向が最も強く、成績の悪い者の割合は、ムーニーよりも非入会者においてより高かった。ムーニーの半数以上は仕事に就くために必要な何らかの資格を持っており、そのうち半数は専門的な資格だった。」(第8章「被暗示性」より)

比較表161-2

 次に職歴である。櫻井氏の調査対象では、72%が会社員等となっており、臨時職員が5%、学校在籍中が15%である。中西氏の調査対象では、会社員42%に加えて、看護師が21%、教員3%と別のカテゴリーを設けているが、安定した職業についている者が66%であり、アルバイトが8%、学生が16%となっている。職歴の属性に関しては脱会者も現役信者も大きな差はないが、両者に共通しているのは、安定した職業を持っているか、学生だった頃に伝道されている者が大半であり、無職であったり社会的に不安定な状態にあった者が信者になるという傾向にはないということだ。この点もアイリーン・バーカー博士の調査結果と一致する。彼女によれば、修練会参加の時点で失業していたムーニーは3%に過ぎなかったという。

 結論としては、学歴と職歴において脱会者と現役信者の間には有意な差は存在せず、どちらも平均的で一般的な学歴と職歴を持つ人が統一教会に入信したと言うことが可能であろう。このことは、特に学歴が低くて無知であるとか、職業に就いたことのない社会不適合者であるといった特殊な傾向を持つ人ではなく、ごく普通の人が統一教会の信者になるのだということを物語っている。

 中西氏のデータで特筆すべき点は、学歴における看護学校卒業生の割合と、職歴における看護師の割合の高さであろう。在韓の現役信者ではこれらの数値はいずれも21%に上る。看護師は女性の職業として代表的な職種であると言えるが、「為に生きる」職業の代表であるという側面もある。統一教会に入信するような人は、基本的に人の為に生きたいという奉仕の精神を持った人であるということを反映しているのかもしれない。教師3%というのも、「子供たちのために」という奉仕の精神を特徴とする職業である。

 アイリーン・バーカー博士は、ムーニーになりそうな人の特徴の一つとして、奉仕、義務、責任に対する強い意識を持ちながらも、貢献する術を見つけられないことを挙げている。彼女が出会ったムーニーの中には、もともと看護師や教師だった者がいた。しかし、理想主義的な性格の強かった彼らは、そうした他者に奉仕する職業の中でも幻滅や欲求不満を感じていたというのである。例えば、看護師だったムーニーの何人かはバーカー博士に対して、医療関係の仕事では患者を「全人格」として見ることができないと感じたとか、「私たちに期待されていたのは、病気を治療することだけだった。何がおかしいのかという根本原因を、誰も尋ねようともしなかった」と語ったと言う。

 また、教師をしていた別のムーニーは、自分が道徳の面で子供たちの役に立つことができないと感じ、親もまた子供たちの学校の成績にしか関心がないのを見て幻滅したという。そこで彼女は教師を辞めて養護施設で働くことにしたのだが、自分たちは社会の過ちの結果を処理しているだけで、問題の核心を扱ってはいないことを知ったというのである。教育は彼女の夢の職業であったため、それを辞めるときには人生の目標を失ったような気持だったが、そうしたときに統一原理に出会い、長年探し求めていた答えを見つけ出したと感じて入会を決意したという。

 統一教会信者がもともと「人の為に生きたい」という理想を持っており、それを実践するような職業にいったんは就くのだが、そこでもその理想を実現できないので、それを教会の中で実現しようとするというあり方は、洋の東西を問わず、一つの典型的なあり方であると言えるだろう。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

世界の諸問題と統一運動シリーズ21


中国の脅威に対峙する統一運動

 世界覇権国家を目指す中国は21世紀最大の脅威である、という認識が米国を中心に広まっています。今回は米国の対中政策の大きな転換を解説した上で、中国の脅威を早くから指摘してきた統一運動の実績を紹介します。

<米国の対中認識が方向転換>

 米中国交正常化を実現したニクソン政権以降、米国の対中政策は「関与(エンゲージメント)政策」を基本としてきました。これは中国が共産主義の独裁国家であるという事実にあえて目をつぶり、関わり続けることによって、彼らが変わるのを待とうという考え方です。その背後には「中国の経済発展を積極的に支援すれば、いずれ政治的自由と民主主義がもたらされるはずだ。中国の自由化は不可避だ」という仮定がありました。

 これは合理的な政策判断というよりは希望的観測に過ぎなかったのですが、その誤りに米国が気付き始めたのはトランプ政権が誕生する少し前のことでした。その嚆矢となったのが、マイケル・ピルズベリー氏(ハドソン研究所・中国戦略センター所長、国防総省顧問)が2015年に発表した『100年マラソン』(邦訳名:『China 2049』)でした。ビルズベリー氏はもともと米国の代表的親中派の一人だったのですが、その彼が「米国は中国に騙されていた」と述べ、「中国が、建国100年の2049年までに、米国に取って代わる世界覇権国家を目指していることがようやく分かった」と警告したのです。

<トランプ政権の対中戦略>

 2016年にトランプ政権が誕生すると、歴代米政権の対中政策とは明らかに異なる方針が打ち出されました。これまでは安全保障の問題と経済の問題を分けて考えてきたのですが、トランプ大統領はこの二つを結び付け、中国に対して貿易戦争を仕掛けて経済的圧力をかけたのです。

 2017年12月にホワイトハウスが発表した国家安全保障戦略、2018年1月に国防総省が出した国家防衛戦略は、中国は米国の安全保障と繁栄に対する深刻な脅威であり、自らの独裁主義的なモデルにしたがって世界を造り変えようとしている、と指摘しました。

 さらに、マイク・ペンス副大統領が2018年10月4日に行った「トランプ政権の対中政策」という演説は世界に衝撃を与えました。彼は中国が米国内で情報操作を継続し、「かつてないほど積極的に、我が国の国内政策や政治活動に干渉している」と非難したのです。さらに、「中国は米国を西太平洋から追い出し、米国が同盟国に手を差し伸べるのを阻止しようとしているが、彼らは失敗する」と宣言しました。これは歴代政権の中で最も厳しい中国批判の演説といっていい内容でした。

 現在、米国政府は中国のためにスパイ行為を行った米国政府職員を逮捕・起訴し、中国の経済スパイによるハッキングを告訴し、その背後で中国政府が働いていたことを公表しています。

<覇権的独裁国家の道を突き進む中国>

 かつて米国のクリントン大統領は、「中国をインターネットにつないでしまえば、自然と民主化される」と言いました。しかしこの予想は外れ、中国政府は見事にインターネットをコントロールしています。グーグルやアップルなどの米国のハイテク企業は、中国政府がインターネット検索に検閲をかけるのに協力しているありさまです。

 いまや中国は「ハイテク全体主義国家」となり、完全な監視社会になってます。膨大な数の監視カメラが設置され、顔や歩き方で個人を特定できるようになっています。また人々の生活の事実上すべての面を支配することを目的とした「社会信用スコア」が導入され、政権に対して批判的な人々は飛行機や列車のチケットが買えなくなり、自由に旅行することもできなくなっているのです。

 中国の通信機器大手「華為(ファーウェイ)技術」は中国共産党と人民解放軍との関係が深く、同社の製品には秘密のソフトウェアが埋め込まれており、世界中から情報を集めるスパイ活動の手段となっていると指摘されています。中国はこうした電子戦争、サイバー戦争の次元から、いまや米国の衛星を無力化することを目標とした宇宙戦争の次元に進もうとしているのです。

<中国の脅威に警鐘を鳴らし続けた統一運動>

 米国においても日本においても、中国に対して率直にものを言うことが憚られる状況の中で一貫して中国の脅威を訴え続けてきたのが統一運動でした。1971年に国連で台湾に代わって中共が承認された際に、最後まで反対のための断食集会を行ったのは日本の勝共運動でした。米国の日刊紙ワシントン・タイムズの有名なコラムニストであるビル・ガーツ氏は、既に2000年の時点で『中国の脅威』(The China Threat)を出版し、いち早くこの問題を世に問いました。

「国際指導者会議で講演するビル・ガーツ氏と著書『The China Threat』

「国際指導者会議で講演するビル・ガーツ氏と著書『The China Threat』

 中国の脅威に対峙するためには、まずは中国の戦略を正しく知らなければなりません。2018年12月、日本のUPFは東京で行われた国際指導者会議の講師にビル・ガーツ氏を招待し、「米中“新冷戦”と米国の外交・安全保障戦略」をテーマに、日本の有識者たちとのディスカッションを行いました。今後は日本が米国の政策転換に足並みを揃えることができるように、日本国内での啓蒙教育活動を展開していくことでしょう。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』160


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第160回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 先回から「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」の内容に入った。この章は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されているが、最初に中西氏は調査対象となった在韓日本人信者の基本的属性をデータで示している。先回は調査対象の生年の分布を扱ったが、次に中西氏が示しているのは統一教会との最初の接触のパターンを示した表9-2(p.451)である。この最初の出会いの部分を206ページの櫻井氏の脱会者のデータと比較すると興味深い事実が浮かび上がってくる。

比較表160-1

 中西氏は、「統一教会との最初の接触は、半数が街頭でのアンケート、手相などの占いで声をかけられるか(路傍伝道)、あるいは自宅に印鑑の訪問販売や姓名判断の訪問(訪問伝道)を受けてであり、およそ残りの半数は友人や同僚、既に信者だった母親や兄弟などに誘われてである」(p.451)としている。これは現役信者に関するデータだが、確かに表9-2を見れば、勧誘者が見ず知らずの人であったケースは「路傍」と「訪問」を合わせて19名であり、全体の約49%である。不詳が5%ほどいるが、残りは家族や親族、友人や同僚などのもともと知っていた人から誘われているのである。

 櫻井氏は、「見ず知らずの人を誘う伝道以外にも、家族や知り合いを誘うFF(Family and Friends)伝道と呼ばれるやり方もある。」(p.219)と述べていることから、こうした経路で伝道される人がいることを知らないわけではない。しかし、櫻井氏の示した脱会者に関するデータには、こうした最初の接触について分析した表は示されていないのである。そのかわりに、最初の接触はほぼ一つのパターンに集約されるかのような描き方がなされている。それは以下のようなパターンだ。彼らの中で自ら統一教会の門をたたいたものはおらず、統一教会の伝道者と出会うことによって初めて関りを持つようになった。最初の時点で統一教会の布教活動を受けていることを認識していたものは皆無であり、青年であれば青年意識調査と称するアンケート調査を路傍や訪問で受けて勧誘されるか、壮婦であれば姓名判断等の運勢鑑定を訪問で受けることがきっかけとなる。勧誘者はみな見ず知らずの人であり、家族や親類から伝道された者はいない。

 しかし、現役信者の場合には約半数がもともと知っていた人から伝道されており、その中には母親、きょうだい、いとこ、親類などの血縁者が含まれ、全体の18%を占めている。問題は、この違いをどのように解釈するかである。

 もともと、統一教会に伝道された人の最初の接触に関するデータは、中西氏の示した値に近いと思われる。すなわち、見ず知らずの人から路傍や訪問によって勧誘される人がおよそ半分、家族や知人友人などから勧誘される人が半分ということだ。この中で、家族から伝道された人は、家族から棄教の説得を受けたり、反対されて信仰を棄てたりすることは考えられない。一方で、見ず知らずの人から路傍や訪問によって勧誘された人は、信仰を持っていることが家族に知られたときには反対されたり、棄教の説得を受ける可能性がある。したがって、結果として脱会した人の最初の接触に関するデータは、統一教会信者全体のデータから見ればかなり偏ったものとなり、見ず知らずの人から路傍や訪問によって勧誘された人の割合が特に高い集団となっているのである。

 実際には統一教会に伝道されるパターンは多種多様であり、母親から伝道された者の場合には礼拝や行事について行って自然と信者になったのであり、最初から統一教会であることが分かって信者になっているのである。ところが、脱会者のほとんどが家族の説得によって信仰を棄てるので、入信経路がほぼパターン化されたような人々の集団となるのである。実は櫻井氏自身が「裁判を起こした元信者のデータははずれ値の可能性が高い」(p.201)と認めているのだが、中西氏のデータとの比較によって、皮肉にもこの懸念が実証された結果となったのである。

比較表160-2

 続いて中西氏は、調査対象の家族構成を分析している。これも櫻井氏の205ページの表6-2と比較したほうが分かりやすいので、上記のように両者を並べてみた。果たして脱会者と現役信者の間で家族構成に有意な差があると言えるのだろうか。剥奪という観点からすれば、両親が揃っていない単親家庭は、両親の離婚や死別、あるいは貧困を経験している可能性が高いという点において、宗教に救いを求める要因となると推察することは可能である。しかし、二つの表を比較してもらえばわかるように、脱会者の単親の割合が9%であるのに対して現役信者の単親の割合が11%であるというのは母集団の数からして誤差の範囲内とも考えられ、有意な差とは言い難い。そのため中西氏も「脱会者と比べて現役信者に母子・父子家庭が多いといえるのかどうかはわからない。聞き取りでは、母子・父子家庭だったことが入信の直接的なきっかけとなったと思われる事例はなかった。」(p.451)と分析している。

 このことは、アイリーン・バーカー博士の調査結果ともほぼ一致している。彼女は、会員とその両親の双方に対するアンケートおよびインタビューを通じて、ムーニーは貧困または明らかに不幸な背景を持っているという傾向には「ない」ということが明らかになったと結論している。自身が21歳になる前に両親が離婚した者は、対照群(8%)よりもムーニー(13%)においてわずかに多かったが、それでもムーニーの中で不幸な子供時代を過ごしたと主張する人はほとんどいなかったというのである。イギリスにおけるムーニーの家庭環境も、日本における統一教会現役信者および脱会者の家庭環境も、それほど大きな違いはなく、一言でいえば平均的な家庭環境であり、特に不幸な家庭環境に育った者たちが統一教会に入信したとは言えないということだ。そして、そのことが信仰を持つ原因になったという証拠もないのである。

 中西氏は脱会者よりも現役信者の方が母子・父子家庭がやや多い理由に関して、母子・父子家庭の場合には脱会カウンセリングに取り組むだけの余裕がないというような趣旨の分析を行っているが、これは推察の域を出ない。「推察でしかないが、現役信者は家庭的に脱会者よりも複雑なものを抱えているケースが中にはあるかもしれない」(p.452)という自信のない表現からも分かるように、誤差の範囲内の違いを無理に説明しようとしたとしか思えない。仮にも社会学者であれば、実証できない推察は書くのを控えた方が賢明であろう。

 むしろ、脱会者と現役信者の家族構成で目に付く違いと言えば、三世代同居率の差である。脱会者では三世代同居率は3%に過ぎないのに対して、現役信者では単親の三世代同居率が3%、両親揃っている三世代同居率が18%で、合わせて21%に上る。現役信者の三世代同居率が脱会者の数値の7倍ということになれば、これは誤差の範囲内とは言い難いであろう。しかし、そのことが持つ意味は必ずしも明確ではない。三世代同居は統一教会の教えの理想であり、祖父母のいる家庭環境は子供の精神的発達にとって好ましいものであると考えられている。だからと言って、三世代同居家庭で育った人の方が統一教会の信者になる傾向が高いとは直ちに結論できないし、脱会者よりも現役信者の方が三世代同居率が高いことの説明にもならない。この点に関しては、今後の研究によって明らかになるのを待つしかないであろう。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ20


道徳言論を推進する統一運動

 今日メディアは「第四の権力」と呼ばれ、非常に大きな影響力を持っています。メディアは社会を良い方向へと導いていくための大きな潜在能力を持っている半面、不正確な報道、誤った情報、偏った編集により、腐敗を促進させる力ともなります。今回は言論分野における統一運動の取り組みを紹介します。

<民主主義社会におけるメディアの役割と課題>

 新聞やテレビなどのメディアは「民主主義のインフラ」と言われています。それは選挙における選択に必要となる公平で幅広い情報を有権者に提供する役割が、メディアに求められているからです。しかし、メディアはこの役割から逸脱する誘惑に常にさらされています。

 一つ目の誘惑は、「御用ジャーナリズム」になってしまうことです。メディアが政府の顔色を常に窺い、政府の言うがままになってしまえば、権力を監視するというメディアの重要な役割を果たせなくなってしまいます。全体主義や共産主義の国には言論の自由は事実上存在せず、メディアは政府のプロパガンダの道具になってしまっています。

 二つ目の誘惑は、過度に反権力になることです。これは権力を監視するというメディアの役割の延長線上にある問題ですが、政権を打倒することがメディアの目的となってしまえば、やはり行き過ぎと言わざるを得ません。これは共産主義思想が入った「左翼メディア」に顕著な傾向です。

 三つ目の誘惑は、センセーショナリズムに陥ることです。報道された内容が事実かどうかよりも、センセーショナルな記事の方が新聞が売れるという現実があるため、マスコミが商業主義に陥ればすぐにこうした方向に流れてしまいます。

 そして今日、「メディア不信」が世界的なテーマになっています。「フェイクニュース」(米国)、「うそつきプレス」(ドイツ)、「マスゴミ」(日本)などという闘争的な言葉で既存のメディアを攻撃する現象が広がっています。ネットによる情報発信が急速に普及したことも、伝統的なメディアの信用失墜の原因になっています。

<世界言論人協会を創設した文総裁>

 文鮮明総裁は、メディアの自由と責任を擁護するために1978年に世界言論人協会を設立しました。同協会の使命について文総裁は、第一に「表現の自由が存在しない地域において、世界的な報道の自由、言論の自由、そして人間の神に対する関係の自由な表現を求める闘争に支援と指導を与えること」であり、第二に「既に自由な報道が存在している地域において、報道に携わる者たちの倫理的な行動を促し、奨励すること」であると語っています。

 同協会が主催する世界言論人会議は、これまで世界各地で開催されてきた国際会議で、世界中から優秀なジャーナリスト、政治指導者、学識経験者、各国政府の要人等が集まり、現代社会におけるジャーナリズムのあり方について討議してきました。

第11回「世界言論人会議」の開会式で基調講演を行われる同会議提唱者の文鮮明師(1990年4月10日、モスクワ)

第11回「世界言論人会議」の開会式で基調講演を行われる同会議提唱者の文鮮明師(1990年4月10日、モスクワ)

 1990年4月11日に第11回世界言論人会議がモスクワで開催された際には、文総裁はゴルバチョフ・ソ連大統領(当時)と単独会見し、ペレストロイカとグラスノスチを支持するとともに、ソビエト連邦の各共和国の自由独立を阻止しないように進言。同時に韓ソ首脳会談の実現と両国の国交樹立を提案しました。冷戦を終結に導いた文総裁とゴルバチョフ大統領の会談は、世界言論人会議をきっかけに実現したのです。

<道徳言論を推進する言論機関の設立>

 文総裁はまた、世界各国に道徳言論の模範となる言論機関を設立してきました。1975年に創刊された日本の総合日刊紙「世界日報」は、その先駆けです。同紙は「自由言論、責任言論、道徳言論」をモットーとし、唯物論に立脚したヒューマニズムを克服し、愛国心を涵養し、正しく世界の動きをとらえた国際報道に徹することにより、クオリティーペーパーとしての地位を確立してきました。世界日報は、共産主義との戦いで多くの実績を挙げたことにより、日本の保守派から高い評価と支持を受けるようになりました。

 1981年に米国の首都ワシントンで唯一の保守系新聞であった「ワシントン・イブニング・スター」紙が経営難で廃刊した際には、文総裁は「自由主義世界の首都を代表する新聞社が容共リベラルの『ワシントン・ポスト』のみというのは報道の公正さに欠けるだけでなく、アメリカの健全な世論形成に悪影響を及ぼす」として、1982年5月17日に日刊紙「ワシントン・タイムズ」を創刊しました。

 ワシントン・タイムズは共和党をはじめとする保守層から絶大な支持を受け、「レーガン大統領が朝起きて真っ先に読む新聞」として知られるようになりました。2007年5月17日に行われたワシントン・タイムズ創刊25周年祝賀行事でブッシュ第41代米国大統領は、「私がワシントン・タイムズの創設者であるレバレンド・ムーンと、この新聞を立ち上げた彼のビジョンに感謝しなければ、私は不注意のそしりを免れないでしょう。彼なくしてワシントン・タイムズはありえなかったし、ワシントン・タイムズの存在しないワシントンやアメリカは、想像したくもありません。」と述べました。

 1989年2月1日には、韓国の保守系日刊全国紙「世界日報(セゲイルボ)」が創刊されました。同紙は、日本の世界日報および米国のワシントン・タイムズ紙と姉妹紙関係にあると同時に、ワシントンD.C.、東京、ウィーン、パリに特派員を配置している他、全世界の100カ国近くに海外通信員を置くなど、その世界志向的な報道姿勢が高く評価されています。韓国の世界日報紙は、2019年2月に創刊30周年を迎えました。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』159


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第159回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」

 先回まで「第8章 韓国社会と統一教会」の内容を扱ってきたが、今回から「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」の内容に入る。この章は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。前章の最後に中西氏は以下のように書いている。
「第九章では、在韓日本人信者そのものに迫ろう。入信・回心・合同結婚式への参加のパターンを見た上で、祝福家庭の形成過程、信仰生活や家庭生活の実態を見ていく。韓国での暮らしは経済的に楽な生活とはいいがたい。農村男性との祝福は上昇婚ではなく、下降婚である。しかも夫は結婚目的で統一教会に関わっただけで信仰はないか、あっても熱心ではない。韓日祝福の家庭は理想的とされながら実態はその逆といってもいい。それにもかかわらず、なぜ信仰を保ち続けていられるのか。これらについての答えを在韓信者の生活から探っていきたい。」(p.447)

 これはかなり野心的なテーマ設定である。韓国に嫁いだ日本人女性の置かれている外面的な生活環境を分析することは容易であるし、インタビューを行えば、彼女たちの夫婦関係や家庭生活について何らかの情報を得ることはできるであろう。しかし、「なぜ信仰を保ち続けていられるのか」という問いかけに対して、同じ信仰を持ったこともない人が答えを出せるのであろうか? 人はなぜ信じるのかという問いかけは、その人の内面を理解しなければならないが故に、他人が答えを出すのは難しい。自分が信じられないことを他人が信じる理由を見出そうとしても、本当の意味で納得するのは難しいであろう。

 アイリーン・バーカー博士は、「人はなぜムーニーになるのか?」という問いを立て、それに対する答えを見出そうとした。彼女は統一教会の伝道のプロセスである修練会に参加してみたが、自分自身が「入会したい」と思ったことは一度もなかったという。彼女は自分自身が信じることのできないその宗教に、他の人々はなぜ入るのかを理解しようとすることは、必ずしも不可能ではないという前提に基づいて研究を進め、ある一定の説明をしようと試みた。それでも彼女は、いかなる単一の説明も不可能であるし、実際、いかなる単一の説明も「誤っている」とも主張したくなると言っている。人がある宗教を信じる理由を第三者が説明するのは非常に困難であり、過度な一般化はできないことわきまえているからである。たとえ多くの人にインタビューをしたとしても、その情報を自分なりの尺度によって取捨選択したり、一方的な解釈をしてしまう危険が常につきまとうのである。中西氏の分析がそうした罠に陥っていないか、チェックしながら第9章を読み進めることにする。

 第9章の最初の部分では、在韓日本人信者の入信・回心・合同結婚式への参加のプロセスが、インタビューに基づくデータ分析という形で示されている。櫻井氏が第Ⅱ部において脱会信者に対する分析を行っているので、現役信者のデータを分析することによって両者を比較対照しようというわけだ。中西氏は在韓日本人信者の属性について以下のように述べている。
「調査では何人もの信者に会って、生い立ちや統一教会との出会いから現在の生活に至るまでについて聞き取りをしたが、特筆するような剥奪状況にあった人はおらず、およそ平均的な家庭環境で生まれ育ってきているという印象を持った。親に対する不満、父母の不和、家があまり経済的に豊かでなかったという話なども聞かれたが、そのような点は程度の差こそあれどこの家庭にもあることであり、現役信者が脱会者よりも家庭的に恵まれなかったとはいえない。第六章で指摘されているように、筆者が韓国で聞き取りをした現役信者達も『育ちのよい素直な青年』といっていい。」(p.449)

 このような統一教会信者の特徴は、アイリーン・バーカー博士の研究とも一致していて面白い。中西氏が「剥奪状態」を見出そうと試みたのは、伝統的に日本で新宗教に入信する人のニーズは「貧病争」であると言われてきたためである。しかし、このような入信のニーズは比較的古いタイプの新宗教に典型的なものであり、それは日本がまだ貧しく、社会福祉も十分に整っていなかった時代に庶民が宗教に救いを求めたのからであるとされる。しかし、高度経済成長期以降(1970年代以降)に教勢を伸ばした新宗教は必ずしもこのパターンには当てはまらず、もっと精神的・倫理的なニーズで宗教に入信する人が多くなったと言われている。これは日本が経済的に発展し福祉制度が充実したことにより、「貧病争」の解決に必ずしも宗教が必要なくなったという時代背景も関係している。統一教会が台頭してきたのも1970年代以降であるから、入信の動機も「貧病争」に代表される剥奪状態によっては説明できず、もっと精神的な動機によるものだということである。

 中西氏は調査対象者の基本的属性として、細かいデータを提示している。これらのデータそのものには基本的に誇張や歪曲はないと思われる。聞き取りをした現役信者は38名で、女性が35名(92%)で男性が3名(8%)であったという。女性が極端に多い理由は、①そもそも日韓祝福よりも韓日祝福の方が数が多い、②日韓祝福の家庭は日本で暮らす傾向にある、③男性信者はソウルに偏っており、農村部には少ない――などの理由を挙げているが、これらは合理的な説明であると評価できる。

 青年/壮婦の分類は脱会者とは異なり、壮婦は1名だけで、あとの37名は青年だったという。(壮婦の1名も伝道されたときには離婚しており、子供はいなかった)これはある意味で当然である。通常、統一教会で「壮婦」と呼ばれる人々は、教会に伝道される前に既に結婚して配偶者を持っている人々のことを指す。彼らが祝福を受けるときは、すでに結婚している相手との関係を神に公認してもらうための「既成祝福」となるので、壮婦の中に韓日家庭や日韓家庭がいることは滅多にない。たまたま国際結婚をしていた韓国人と日本人のカップルが伝道されることがあったとしても、数においてそれほど多くはないであろう。日本人と韓国人のカップルは基本的にマッチングによって成立するのであるから、韓国で生活する日本人妻が伝道されたときには未婚であったのは当然である。1名の壮婦は例外的存在であり、むしろ離婚歴のある高齢の独身青年と考えた方がよいであろう。

 生年は1960年代生まれが22名で58%を占め、1970年代生まれが10名で26%を占める。これらを合計すると84%を占めるが、この年代が多いのは「1980年代に勧誘・教化システムが確立されたことと無関係ではないだろう」(p.450)と中西氏は分析している。これには異論がある。

 そもそも統一教会の伝道方法が確立されたのは1980年代ではない。1960年代から70年代にかけては、その時代なりの伝道方法がすでに確立されていたのであり、時代によって方法が変化しただけである。1980年代からビデオによる原理講義の受講システムが導入されたことによって、伝道の効率が高まり、より多くの人が伝道されるようになったことは事実であろう。本書の中で櫻井氏は、「統一教会の修練会に多数の若者が参加していたのは、一九八〇年代末まで」(p.96)であり、このころが宣教活動のピークであったと分析している。1960年代生まれの人が1980年代には20代となり、統一教会が布教対象とした年齢層と一致するというのは当たっているので、基本的にこの時期に伝道された人に1960年代生まれが多いというのは理に適っている。

 しかし、中西氏の調査対象が韓国在住の日本人信者であるという属性に着目すれば、より直接的な原因が浮かび上がってくる。実は1950年代以前に生まれた人の割合が低い理由は、祝福を受ける年齢と韓日祝福が本格的に始まった時期との関係によって説明できるのである。中西氏自身が説明しているように、韓日や日韓のマッチングは6500双(1988年)で本格化した。それ以前は日本人と韓国人の組み合わせは少なく、韓国人同士、日本人同士が多く結婚していたのである。日本人と韓国人のマッチングが大量になされ始めたのが1988年であり、統一教会において祝福を受ける年齢層は20代後半が中心であることを考えると、6500双で韓日・日韓祝福を受けた人々は1960年代生まれが中心であり、それ以降の3万双(1992年)、36万組(1995年)から1970年代生まれが入ってくるということは容易に推察できるのである。すなわち、生年の分布と最も相関関係の強い要因は、韓日祝福が本格化した時期ということになる。

 中西氏がこの調査をおこなったのは2001年ごろであるから、現在この調査を行えば当然違った数字となり、1980年代や1990年代に生まれた者の割合が増加していることであろう。韓日祝福は1995年以降も継続しており、特に最近は祝福二世が韓日祝福を受けて渡韓し、韓国で生活しているケースも増えているからである。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ19


人種問題を解決する交叉祝福

 人種差別は近代の世界が抱えていた大問題の一つであり、20世紀後半になってようやく本格的な解決への取り組みが始まりました。いまだに世界各地に根強く残っているこの問題の根本解決のために、文鮮明師御夫妻が推進する「交叉祝福」を紹介します。

<人種差別の起源>

 人種差別の起源は、ヨーロッパ諸国による「新大陸の発見」であると言われています。スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダなどの国々は、アフリカの中央部西海岸で黒人奴隷を買い取り、彼らを南北アメリカ大陸に送り出して植民地を建設しました。これに伴い、アフリカ系の人々の血を受け継ぐものをすべて黒人として、黒人と白人に人種を分離する二元的な人種システムが生まれました。そして黒人はしばしば野獣に等しい野蛮人だとされ、人間性のかけらもないと考えられたのです。

 やがて世界の人類を人種によって分類する思想が生まれ、文明化したヨーロッパ人、堕落した文明人のアジア人、自然に近いアメリカ人、野蛮なアフリカ人というように、身体的特徴だけでなく、気質や習慣などの文化的特徴でも分類する価値観が生まれます。ヨーロッパ人こそが理性によって完成に近づいた人間であると前提され、その完成度の差異によって人種が分類されるようになったのです。

 アメリカ合衆国の建国にあたっては、「誰を国民とするのか」という国民の枠組みの決定が大きな課題となりました。その結果、米国は白人と非白人の人種差別を認めて制度化した最初の国となったのです。アメリカの黒人には選挙権が与えられなかっただけでなく、南部諸州では異人種間の婚姻が非合法化され、白人と黒人を公的な空間(交通機関、学校、公園、競技施設、宿泊施設、プール、トイレ、墓場など)で分離しようとしたのです。

<人種差別がピークに達した20世紀前半>

 差別に遭ったのは、なにも黒人だけではありません。「黄禍論」は、アジア人を脅威だとする主張です。これは労働力として大量に押し寄せた中国人に対する恐怖心から始まったのですが、やがて日本人やインド人などの他のアジア人の移民をも規制し、その権利を制限する方向に向かいます。「白豪主義」は、オーストリアが白人国家を作るために、有色人種の移民を制限した政策のことで、1901年から1970年代の初めまで続きました。同じようなことがアメリカ合衆国、カナダ、ニュージーランドでも起こりました。ヨーロッパでは、「ジプシー」と呼ばれた集団やユダヤ人が人種的・民族的差別の対象となりました。南アフリカのアパルトヘイト体制も、人種差別を国家の政策として正当化したものです。このように人類が大きく進歩した時代であると考えられている20世紀に、最も甚だしい人種差別が行われていたのです。

 しかし、第二次大戦後にその状況は世界的に大きく変化しました。人種差別撤廃の大きな原動力になった運動の一つが、キング牧師の“I have a dream.”という言葉で有名なアメリカの公民権運動です。このころになってようやく、人種差別が当然であった時代が終わり、人種差別が社会的に認められない時代が来ました。そして人種に基づく差別的な制度が撤廃されていったのです。

 しかし、この問題が再燃する危険がないわけではありません。ヨーロッパで移民排除を訴える右翼勢力が台頭したり、アメリカで白人労働者たちの不満を背景としてトランプ政権が誕生したことは、人種差別思想の復活の兆しとも捉えられています。

<生物学的には意味のない「人種」>

 そもそも「人種」とは、身体的特徴で分類した人類の下位の区分のことであり、このような人類の体系的分類は18世紀に誕生しました。人類という種に複数の亜種が設けられ、白人、黒人、アジア人、アメリカ先住民に対応する人種が、人類の亜種と考えられたのです。しかし現在では、人類は1種1亜種で、複数の亜種は存在しないと考えられています。すなわち、生物学的な分類としての「人種」は存在せず、むしろそれは社会的・文化的な分類であると言えます。「人種主義」は科学的・客観的根拠なしに、身体的特徴を指標として人を差別する「思想」なのです。

<人種問題に関する文鮮明師の観点>

 文鮮明師は、人種問題の本質とその解決法について以下のように語っておられます。
「神様の目には、皮膚の色の違いはありません。神様の目には、国境も存在しません。神様の目には、宗教と文化の壁が見えません。このすべては、数万年間人類の偽りの父母として君臨してきた悪魔サタンの術策にすぎません。」
「白人と黒人が、東洋と西洋が、ユダヤ教とイスラーム(イスラム教)が、さらには五色人種が一つの家族になって生きることができる道は、交叉結婚の道以外にほかの方法があるでしょうか?」(2005年 9月12日「神様の理想家庭と平和世界のモデル」より)

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異人種間の「交叉祝福」を受けたカップルたち


異人種間の「交叉祝福」を受けたカップルたち

異人種間の「交叉祝福」を受けたカップルたち

 「人種」に科学的根拠がなく、その差別が偏った思想に基づいた幻想にすぎないのであれば、それを解消するための根本的な解決法は、異人種間の結婚を推進し、真の愛によって人種の壁をなくしてしまうことです。文鮮明師御夫妻の推進する「交叉祝福」によって生まれてきた子供たちは、異人種間のハイブリッドであり、人種問題を超越した真の愛の結実として生まれてきた、「新しい人類」なのです。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ12


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの補足の投稿であり、天照皇大神宮教と家庭連合の「来世観」の比較の第二回目である。

<「前世の業」か「先祖の因縁」か?>

 春加奈織希(本名ではなくウェブ上の匿名)による「遥かな沖と時を超えて広がる 天照皇大神宮教」(http://www7b.biglobe.ne.jp/~harukanaoki/index.html)と題するサイトを見ると、天照皇大神宮教では人の人生には「前世」と「先祖」の両方の因縁が関わっていると理解することができる。以下、同サイトからの引用である。
「人間は、自分の前世、先祖の行跡、生まれてから以後の自身の半生、という三つの原因によって、様々な出来事に遭遇します。これを因縁というそうです。

良いことは、決して単なる偶然や自分の努力の結果ではなく、まず神様からの恩寵であり、先祖の徳であり、自分の前世によるものと感謝して、増上慢(ぞうじょうまん。すなわち慢心)にならず、謙虚に感謝の気持ちを持つことが大切です。
「前世、先祖、自身の半生、これらの因縁因果によって、人は様々な出来事に遭遇するが、それらは、自分の魂を磨く行(ぎょう)の糧(かて)である。すなわち、己の心を鍛え、成長させるとともに、悪癖(わるぐせ)・欠点を反省懺悔して直してゆくためのものと捉えるべきである。」
「『恨みが感謝に変わったとき、初めて神行の道に入っている』の神言どおり、『これも自分に与えられた行』『前世の行か、または、先祖からの因縁か』と受け止めて行じ抜くと、相手に対する憎しみや恨みは消えていきます。」

 天照皇大神宮教においては何の矛盾も感じていないようであるが、そもそも「前世の業」と「先祖の因縁」は互いに異なる宗教伝統に由来するものであり、世界観としては互いに矛盾するものである。しかし、それが日本の宗教伝統においては混然一体となっているのである。

 「前世」という考え方は「輪廻転生」の世界観に基づき、前世の業が現世に影響を与えるという思想は仏教を通して日本に輸入されたものである。「業」は行為を意味するサンスクリットの「カルマン」の漢訳語であり、仏教以前にまでさかのぼる思想である。「輪廻」はサンスクリットの「サンサーラ」の漢訳であり、車輪が廻転してとどまることのないように、次の世にむけて無限に生死を繰り返すことを意味する。その際、生前の行為と転生後の運命は因果的に結び付いており、生前の行為(業)によって、その人の主体が何に生まれ変わるかが決定する。

 その転生のあり方は善因善果、悪因悪果の応報説に基づいているとされた。すなわち人間あるいは天人として生まれるという善の結果は、前世の善業が原因となっており、地獄・餓鬼・畜生として生まれるという悪の結果は、前世の悪業が原因となっているというものである。これは、生前の行為(業)はその場かぎりで消えるのではなく、功徳や罪障として行為の主体につきまとい、やがて時がいたればそれが順次に果報として結実し、同じ主体によって享受されて消滅する、という考え方である。自分の行為の結果は自分で享受することが原則で、これを「自業自得」という。

 この輪廻の考え方は仏教に受け継がれ、無明と愛執によって輪廻が生じ、それを絶ち切ることによって涅槃や解脱が得られると説かれた。仏教ではこの輪廻のことをとくに「六道輪廻」と呼び、死後の迷いの世界を地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの生き方(転生)に分けて整理した。

 日本では、輪廻説は仏教とともに受け入れられたのであるが、それはオリジナルの仏教思想とは異なる、日本化された思想として受容された。日本では仏教における「因縁」や「因果応報」の考え方が、先祖との関わりの中でとらえられるようになったのである。現世における業が自分自身の来世において報われるという輪廻の考え方は、多分に個人主義的であると同時に、現世の一時的な人間関係には何らの永続的な価値を見いださないものであるために、血統的なつながりを重要視する日本人にとっては魅力のないものだった。そこで、祖先の業が子々孫々に受け継がれていくことを「因縁」や「因果応報」であると再解釈したのである。

 日本の宗教の最大の特徴は、日本固有のものと外来のものが混ざり合った「習合」状態にあると言える。歴史を通してさまざまな伝統を便宜的に組み合わせた結果として出来上がった死生観であるため、そこには首尾一貫した明確な世界観がないのである。例えば、もし「輪廻転生」であるなら、自分の前世の因果を受けるという自業自得のはずなのだが、同時に血統的な「先祖の罪」が子孫に降りかかってくることも認め、両者を折衷案的に組み合わせているので、矛盾性を内包しているのである。

 日本の新宗教は、伝統宗教である神道もしくは仏教を背景として、教祖が新しい解釈や天啓を得て創設される場合が多い。よってそれらは神道系と仏教系に大別されるのだが、そもそも日本の宗教伝統自体がそれらが混じりあった「神仏習合」の状態にあったので、神道と仏教の両方から影響を受けている新宗教も多い。天照皇大神宮教もその一つである。天照皇大神宮教における来世観の「神仏習合」状態は、日本の宗教伝統が抱える矛盾をそのまま受け継いだと言ってよいであろう。

<輪廻転生を否定する統一原理>

 一方で、統一原理は「輪廻転生」を明確に否定し、人間が来世において他の存在に生まれ変わることはないとする。『原理講論』においては、復活論の「再臨復活から見た輪廻説」という個所で輪廻説を否定しており、霊人が地上人に再臨協助する際に、同じ使命を持った地上人を通して働くので、あたかも同一人物であるかのように見えるだけであると説明している。そして、「仏教で輪廻転生を主張するようになったのは、このような再臨復活の原理を知らないで、ただ、その現れる結果だけを見て判断したために生まれてきたのである。」とまで言っているのである。
 ここで統一原理に基づいて、「輪廻転生」の考え方の限界を指摘しておきたい。
 まず、次に生まれ変わるまでの一時的な待機所という以上の積極的な意味を「あの世」に見出すことができない、という点が挙げられる。「来世」とは、霊界での永遠の生を指すのではなく、生まれ変わった次の生を指すのである。なぜ霊界が存在するのかという根本的な理由も説かれていない。

 また仏教には、人間は「天上天下唯我独尊」としての尊厳性をもつという教えが一方にあるのだが、「私は前世のAさんの生まれ変わり」「私は来世ではBさんという別人格になる」とした場合に、現世の私と、前世のAさんと、来世のBさんは個性が異なるにもかかわらず同一存在ということになり、「輪廻の主体とは何か」という疑問が生じる。現在の個性を持った「私」には、究極的な価値がないことになってしまうのである。

 もう一つが、家族や血統の軽視である。そもそも、釈迦の説いたオリジナルの仏教は徹底した個人主義の教えであり、その究極的な目的は輪廻転生を繰り返す迷いの状態から解脱することにあった。したがって、本来の仏教には、家制度やそれを維持するための祭祀である祖先崇拝を支持する要素は全くないのである。仏教が本来理想とした共同体は家庭でも氏族でもなく、出家した求道者の集団である僧伽(サンガ)であったのであり、むしろ家庭は愛欲煩悩の場として、相対的に否定されるべきものだった。したがって、家族を重要視し血統を重んずる日本の伝統文化とは相容れないだけでなく、統一原理の家庭観・霊界観とも異なっているのである。

<葬式とお墓について>

 前述のサイトには、天照皇大神宮教の葬式では、遺族に対して「おめでとうございます」と同志が言う習慣があることについて説明がなされている。これは、葬儀(告別式)に際して「おめでとう」と言ってよいという大神様(北村サヨ教祖)の説法に基づくそうで、死をすべての終わりととらえるのではなく、魂が肉体から離れてあの世に生まれ変わることであるという考えに基づいている。実際の同志たちの葬儀において文字通りこうした言葉が交わされているわけではない、というのが同サイトの説明であるが、これは一般社会からの世俗的な批判に対する回答であろう。家庭連合の葬儀は「聖和式」と呼ばれるが、一般の葬儀に比べて雰囲気は明るいものであり、地上での生活を終えた故人を喜びをもって霊界に送り出す儀式であるという点では、天照皇大神宮教の葬儀と相通じるものがある。こうした天照皇大神宮教の来世観や葬儀のあり方は、尊重されるべきである。

 また、天照皇大神宮教では収骨をせずお墓もないということだが、これは人の死は魂が肉体から離れてあの世に行くことであり、魂が遺骨や位牌や仏壇や墓地にとどまっているわけではないという教えに基づいている。故人を偲ぶときには、自宅に写真を置いておいて、折に触れて祈ったり合正するのだという。

 家庭連合でも遺骨や墓石や位牌に故人の霊が宿っていると考えているわけではなく、故人の霊は肉体を離れて霊界に住んでいるととらえている。また、人の死はすべての終わりであり、悲しみの極致であると考えているわけでもないので、天照皇大神宮教に似た死生観を持っているといえるであろう。しかし、家庭連合では遺骨の収集やお墓を否定しているわけではなく、故人の霊が宿る所として、「善霊堂」と呼ばれる仏壇や位牌のような役割をするものもある。そこに文字通り故人が宿っているととらえるかどうかは信徒個々人の考え方の違いであり、家庭連合はこうした「象徴物」に対してより寛容で柔軟な宗教であると言えるだろう。家庭連合の葬儀の最大の特徴は、尾瀬霊園においてはいまでも土葬が行われていることである。この点では、現代日本においては稀有な伝統を守っている宗教団体であると言ってよいだろう。だからと言って、キリスト教根本主義のように肉体の復活を信じているわけでもなく、遺体に霊がとどまっていると信じているわけでもないことは付け加えておきたい。

カテゴリー: 北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ