国連を舞台とする米中の動向と日本04


 「国連を舞台とする米中の動向と日本」と題するシリーズの第4回目です。私が事務総長を務めるUPFは、国連経済社会理事会の総合協議資格を持つNGOであるため、国連の動向に対しては関心を持たざるを得ません。最近の国連において最も懸念すべき問題は、中国の影響力の増大と米国の国連離れです。このシリーズでは、国連の成り立ちから始まって、米中が国連を舞台にどのような抗争を繰り広げているのかを解説します。その中で日本の立ち位置も考えてみたいと思います。

 前回は中華人民共和国が国連における代表権を獲得するプロセスと、中国によるウイグル侵攻とチベット侵攻について説明しました。この2つの侵攻を行った結果、中国はどういう方向にむかったかと言えば、「海洋進出」を始めたのです。

挿入画像09=国連を舞台とする米中の動向と日本

 中国は歴史的に大陸国家であり、陸続き・地続きで攻めてくる外敵から自分の国を守ることが安全保障上の最大の課題でした。北方から攻めてくる民族があり、歴史的には匈奴、タタール、契丹、モンゴルといった民族が侵入してきたのです。これを防ぐために作られたのが「万里の長城」です。現在の北方の敵は、実はロシアです。面白いことに同じ共産主義であったソ連と中国のときにはこの2カ国は大変仲が悪かったのです。しかしロシアになってからは中国とロシアの関係は良好でありまして、領土問題もありません。内モンゴルも制したので、北方からの敵に対峙する必要は無くなりました。

 そして中央アジアの敵は北方のウイグルと南方のチベットということですが、この2つは制圧してしまったので解決しました。南西アジアにおいては、インドとの間に緊張関係はあるのですが、チベットが緩衝地帯になっているのでこれもクリアしました。東南アジアはミャンマー、ラオス、ベトナムといった国々ですが、現在こうした国々との関係は良好なので、脅威となる国はありません。すなわち、地続きで中国を脅かす国はもうなくなったわけです。そこでいまは「海に出ていこう」ということになり、国防予算の大半を海軍増強に使おうというのが中国の戦略になります。いまや中国は歴史上初めて、「海洋国家」としての大国化を目指すようになったのです。

 中国は歴史的には大陸国家だったのですが、1990年代以降、国家安全保障上の脅威は「陸の国境地帯」から「太平洋方面」へとシフトしたわけです。そして現在の中国の繁栄の源は、太平洋側に面した北京、上海、広東などの沿岸経済地域ですが、この地域が最も脆弱であると認識しています。いまや、中国が必要とする資金、技術、原材料、エネルギーは海からやってくるのです。その流れを脅かしているのがアメリカと日本であって、特に太平洋に展開している米海軍が邪魔でしょうがないのです。

 それでは中国の歴史認識とはどのようなものでしょうか。習近平国家主席がよく使う言葉に「中国の夢」や「中華民族の栄光の復興」などがありますが、これは要するに失地回復のことです。ではどの時代からの失地回復かというと、清王朝時代の栄光を取り戻そうということです。清王朝時代の周辺国家を、自国の主権のもとに治めようとしているのです。ウイグルとチベットは既に終わりました。清朝時代の朝貢国には、ベトナム、朝鮮半島、ハバロフスク、琉球王国も含まれているので、これを全部取り戻さないといけないということです。

 中国人にとって中華民族の栄光の時代であった清王朝時代の栄光を破壊したのが誰かというと、「西欧列強」ということになります。中国は1840年代のアヘン戦争と南京条約のトラウマに、いまも苛まれているということです。アヘン戦争以来、過去100年以上にわたって続いた中華民族の屈辱は、いまだ晴らされていないのです。したがって、中国にとって現状はあくまで「不正義」であるということです。

 中国は19世紀以来の「西洋文明からの衝撃」という歴史上最も強力な中国文化に対する挑戦に対して、なんとか反撃をしたいと願い続けて、いままでやってきました。1949年の毛沢東による共産主義革命で、一応は国としての体をなして、そこからマカオをポルトガルから取り戻し、香港をイギリスから取り戻すことによって、かつての欧州列強を中国の周辺から撤退させることができました。「残っているのはアメリカだけだ!」ということであり、中国人にとっては東アジアと西太平洋におけるアメリカのプレゼンスは西洋文明の象徴であり、「最後の後継者」なのです。これは漢民族の民族的トラウマといっていいわけです。
 
挿入画像10=国連を舞台とする米中の動向と日本

 このトラウマを乗り越えて世界覇権を目指すために中国が打ち出したのが「一帯一路」構想というものです。これは中国から見て西の方に向かっていって、ヨーロッパからアフリカまで全部支配しようとということです。「一帯」というのは陸のシルクロード経済ベルトであり、「一路」というのは海のシルクロード構想のことであり、海と陸を結ぶ2つの地域で交通インフラを整備して貿易を促進し、資金の往来を促進していこうという大きな構想です。大変聞こえはいいのですが、内実は中国の「経済スーパーパワー外交」であり、投資した国には「債務の罠」というのが待っていて、中国の支配下に落ちるようになっているのです。

 現在、中国は国連を通してこの「一帯一路」を推進しようとしております。国連本体の中にある国連経済社会局(DESA)は事務局長に2017年7月、中国の外交副部長だった劉振民氏を迎えました。その結果、いまではこの経済社会局は中国の「一帯一路」計画の推進とその宣伝活動を行う部署となってしまっていると言われています。中国は国連の文書の中に習近平主席の文言を挿入し、「一帯一路」計画をグローバルなインフラ建設構想として推進するように働きかけており、これまでに30の国連機関や組織が中国の「一帯一路」計画への支持を表明する覚書に署名しています。このように中国は「一帯一路」に国連のお墨付きを与えることに成功したのです。

 そして、コロナで有名になったWHOのテドロス事務局長は、あまりにも中国寄りではないかと言われています。これはそう言われても仕方ない証拠がたくさんあります。隠蔽工作が疑われる中国の初動を称賛したり、パンデミック宣言を遅らせてみたりと、いろいろあるわけです。このテドロスという人は、もともとエチオピアの保健相・外相であり、その頃に中国から130億ドル以上の支援を受けています。さらにWHOの事務局長になったのも、中国の支援で票を集めてもらって当選したということですから、中国政府に忖度せざるを得ない立場だとは言えるかもしれません。しかしこれは、お金の問題だけではなさそうです。実はこのテドロスという人は、もともとティグレ人民解放戦線という毛沢東主義を信奉するエチオピアの政治団体に所属していた共産主義者なのです。したがって思想的にも中国とは相性が良かったのかもしれないということになります。

 実はこのテドロスさん以前から中国はWHOに対して多大な影響力を行使してきました。ことの発端は2006年の11月にあったWHO事務局長選挙なのですが、実は日本でコロナで大変有名になった尾身茂さんをWHOの事務局長にしようということで、このとき日本政府は尾身さんを擁立して選挙に出馬させます。これを阻止するために中国が立てた人がマーガレット・チャンという香港出身のチャイニーズです。選挙の結果、中国がアフリカの票などを集めてチャン氏を応援して小差でチャン氏が当選し、日本は敗れました。

 以後14年間にわたって、事実上WHOは中国の影響下にあるといわれています。このマーガレット・チャンという人が何をやったかというと、台湾はかつてはWHOの加盟国だったのですが、中国の圧力により公式に参加できず、オブザーバーとして参加していたのですが、なんと2007年からチャン氏は台湾からオブザーバーとしての資格も剥奪してしまったのです。さすがに2代にわたって中国人をWHOのトップにすることははばかられるということで、2017年の選挙では中国共産党の言うことをよく聞くテドロス氏を擁立して、WHOを支配し続けているというわけです。

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国連を舞台とする米中の動向と日本03


 「国連を舞台とする米中の動向と日本」と題するシリーズの第3回目です。私が事務総長を務めるUPFは、国連経済社会理事会の総合協議資格を持つNGOであるため、国連の動向に対しては関心を持たざるを得ません。最近の国連において最も懸念すべき問題は、中国の影響力の増大と米国の国連離れです。このシリーズでは、国連の成り立ちから始まって、米中が国連を舞台にどのような抗争を繰り広げているのかを解説します。その中で日本の立ち位置も考えてみたいと思います。

 前回は、第二次世界大戦後に中国国内で起きた内戦により、毛沢東率いる中国共産党と蒋介石率いる政府軍が戦い、敗れた蒋介石が海を渡って台湾に逃げ、台湾に「中華民国」の政府を移したところまで説明しました。一方で大陸では中国共産党が1949年に「中華人民共和国」を建国することにより、「2つの中国」が生じます。現在、中国は「台湾は国ではない。国ではないのに国であると勝手に言っているだけだ」と主張しており、これを「One China Policy」と言います。しかし、もともとは国連安保理の常任理事国は蒋介石の中華民国であったので、この「2つの中国」が国連で大問題になるわけです。

 これが国連における「中国の代表権問題」と呼ばれるものです。1949年に中華人民共和国が成立すると国連の代表権が問題となり始めます。安全保障理事会の常任理事国に台湾のみを支配する中華民国政府がついているという事態はおかしいじゃないかと、ソ連が主張し始めるわけです。ソ連は中国代表権を直ちに新政権に変更すべきであると安保理で強硬に主張しました。しかしアメリカは中国共産党を認めたくないので、強硬に台湾支持を続けます。これに対してソ連は安保理をボイコットするという戦術をとったわけですが、その間に朝鮮戦争が勃発します。1953年に休戦協定が結ばれましたが、停戦後もソ連は代表権変更を主張し続けるわけです。

 このように1950年代に東西冷戦が深刻化する中で、中国代表権問題は国連内部における激しい対立点となりました。1956年には平和共存の状況となって、日本その他の諸国がどんどん国連に加盟します。この代表権の変更は総会で議論されることになり、アメリカは日本などと結んで、なんとか台湾追放を阻止しようとしました。しかし、1960年代に新たに独立したアフリカ諸国などの加盟により、アメリカと日本は国連の中で少数派に転落し、ついに1971年の総会で代表権の変更と台湾の追放が決定されることになったのです。

 これを「アルバニア決議」といいます。なぜアルバニア決議かというと、アルバニアが20カ国を超える国々とともに共同議案国として決議を提案したからです。これは表向きはアルバニアが提案したことになっていますが、実際には周恩来が書いたと言われています。なぜアルバニアなのでしょうか? 現在はそうではないのですが、当時のアルバニアは1967年に無神論国家を宣言した共産主義国家でした。これが総会で決議されることになると、総会では中華民国もアメリカも拒否権を使えませんから、1971年10月25日に国連総会で賛成多数で採択されてしまいました。これにより、中華人民共和国が国連に加盟すると同時に、安保理の常任理事国ともなって、世界の大国の一つとして位置づけられることとなったのです。

 安保理の常任理事国については、国連憲章の「第5章 安全保障理事会」の第23条で規定されています。この国連憲章をウェブサイトで見てみると、いまでもこう書いてあります。「安全保障理事会は、15の国際連合加盟国で構成する。中華民国、フランス、ソビエト社会主義共和国連邦、グレート・ブリテン及び北部アイルランド連合王国及びアメリカ合衆国は安全保障理事会の常任理事国となる。」この部分は今でも改定されていないのです。しかし解釈によって、この「中華民国」の部分は「中華人民共和国」が継承したことになっており、ソビエト連邦の部分はロシアが継承したことになっているのです。

 安全保障理事会の常任理事国になったということの意味は、中華人民共和国が世界の平和と安全を守る5人の警察官の1人として選ばれて、その役割を果たすことが期待されるようになったということです。ではこの中国という国は、世界の警察官としてふさわしい国なのかといえば、警察官というよりは、どちらかというと泥棒か強盗みたいなことをやってきた国なのです。

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 というのは、第二次世界大戦後も中国は武力による領土拡大を繰り返し行ってきたからです。これを地図に表示すると上のようになります。オレンジ色に見える部分が中華人民共和国のもともとの領土だったのですが、ここから武力によって領土を増やしていったということになります。モンゴル自治区、いま新疆ウイグル自治区と呼ばれる所、そしてチベットです。ここではウイグルの侵攻とチベットの侵攻についてだけ、簡単に説明をさせていただきます。

 いま新疆ウイグル自治区と呼ばれるところには、実は第二次世界大戦後に東トルキスタン共和国という独立国があって、これを中国が狙ったということになります。第1段階としては1949年8月に政府間交渉をしようということで、毛沢東が東トルキスタン共和国の政府首脳を北京に招きます。しかし、この首脳陣の乗った飛行機は突然消息を絶ち、全員行方不明になってしまいました。その結果政府は混乱に陥って、中華人民共和国に対する服従を表明するようになります。そして12月には人民解放軍が新疆全域に展開して、中国が完全に制圧してしまったのです。

 次がチベット侵攻ですが、第1段階としては1950年に中共軍がチベット侵攻を開始します。「帝国主義国家から解放するんだ」と主張して、侵攻していきます。ちょうど同じ頃に朝鮮戦争が起こっておりまして、世界の耳目はほとんど朝鮮半島に集中していたので、チベットにはほとんどの人が関心を持ちませんでした。

 そして51年に中国は「17か条協定」というものを強引に締結して、チベットから外交権を奪っていきます。それは「自治権を認め、宗教、信仰の自由を保障する。ダライ・ラマの地位は変えない」という甘い言葉で誘って、強引に締結させたのです。これを根拠として1956年にチベットへの道路ができて、中国の軍がどんどん入っていくことになります。これに対して不満を抱いた民衆が1959年の3月に首都ラサで蜂起します。これを「ラサ蜂起」といいます。これを鎮圧するために中国軍は3月20日に「血塗られた金曜日」と呼ばれる大虐殺を行うわけです。

 中国軍はこの機に乗じてダライ・ラマを暗殺しようとしましたが、ダライ・ラマはチベットを脱出してインドに亡命します。そして、その地で中共の非道を訴える声明を発表したのです。この間、国連はチベットが侵略されるのを防ぐ上で、何もできませんでした。そして600万人のチベット人のうちの120万人、すなわち約5分の1が殺されたと言われています。1970年代に入りますと、米中接近により、アメリカによる支援も打ち切りになって、チベットは完全に孤立して中国に占領され、情報は統制されるようになりました。こうしたことをこれまで中国は行ってきたのです。

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国連を舞台とする米中の動向と日本02


 前回から「国連を舞台とする米中の動向と日本」と題する新しいシリーズの投稿を開始しました。私が事務総長を務めるUPFは、国連経済社会理事会の総合協議資格を持つNGOであるため、国連の動向に対しては関心を持たざるを得ません。最近の国連において最も懸念すべき問題は、中国の影響力の増大と米国の国連離れです。このシリーズでは、国連の成り立ちから始まって、米中が国連を舞台にどのような抗争を繰り広げているのかを解説します。その中で日本の立ち位置も考えてみたいと思います。

 国連ができていく初期の段階における最大の失敗は何だったのかといえば、やはりアメリカのトップであったルーズベルトが、自由民主主義国家群の革命を目指しているソ連を国連創設のパートナーとして信頼してしまったということです。それに乗じてスターリンは国連が創設されたときに多数のエージェントを送り込んで、主導権を握るようになったのです。

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 そのようなエージェントの1人がアルジャー・ヒス(1904-1996)という人物です。この人はルーズベルトの側近であり、アメリカの国務省の高官だったのですが、実はソ連のスパイだったのです。この人は共産主義のスパイであることを否定した偽証罪で1950年に有罪になっておりますが、こういう人物がヤルタ協定の草案を作り、国連憲章草稿を作った中心人物になったということですから、かなり初期の段階から国連に共産主義思想が入り込んでいたということになります。

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 もう一人がエレノア・ルーズベルトです。この人はフランクリン・ルーズベルトの夫人です。彼女はルーズベルト政権の女性やマイノリティに関する政策に大きな影響を与えました。夫の死後、第1回国連総会のアメリカ代表に指名され、国連人権委員会の初代議長となり、世界人権宣言を自ら起草して1948年に採択させています。一貫して「女性問題」を扱ってきたわけですが、この人の別名が「エレノア・ザ・レッド」です。進歩的なアメリカの偶像的存在ということで、彼女の左翼的な思想は当時のアメリカ人からも「エレノア・ザ・レッド(赤のエレノア)」と呼ばれるほどであったということです。

 彼女の周辺にはアメリカ共産党員やコミンテルン関係者が集まっており、その人脈がルーズベルト政権と国連に侵入して「赤のネットワーク」を構築していったのです。つまり、アメリカのトップであるルーズベルトがまず自分の家庭の中に、そして国務省の中に、さらに国連の中に共産主義の侵入を許してしまったということが、その後の国連の問題点となっていったのです。

 これが国連が創設直後に抱えた大きな問題、すなわち「機能不全」に直結していくことになります。国連は6つの大きな機構からなっていますが、その中でも最も重要な2つが総会と安全保障理事会と言われております。国連総会は、国連加盟国全てが参加している組織ですが、この総会の勧告には拘束力がなく、当事国にたびたび無視され、紛争解決の役に立たないことが多いのが現状です。したがって総会がやっていることは、議論をして決議を通すことだけであり、何の権威もないという現実があります。一方で安全保障理事会は5カ国の常任理事国と10カ国の非常任理事国で構成されていますが、その勧告には全加盟国が従わなければなりません。無視すると、非軍事制裁措置の後に、軍事行動をも発動することができる強力な権限を安保理は持っているのです。したがって国連で一番力のある組織は安全保障理事会ということになるのですが、この安保理もまた、機能不全に陥ってしまうわけです。

 なぜそうなったかというと、例の「拒否権」を認めたからということになります。5カ国のうち1カ国でも反対すると決議が通らないのです。では、これまでにどの国が最も多く拒否権を使ってきたのかというと、ソ連とその後継者であるロシアがトップであり、全部で127回になります。このうち106回までが1965年以前に発動したということですから、冷戦が激しかったころにソ連は拒否権を乱発していたということになります。その次がアメリカで83回ですから、結局はアメリカとソ連がお互いの国益にかなわないものはどんどん拒否していったので、この拒否権によって安保理は機能しなくなってしまったのです。

 これまで述べてきたように、国連は第二次世界大戦の結果としてできたものであり、その戦争の過程と大きな関係があります。第二次世界大戦において日本が戦った主要な国はアメリカでありますが、より正確に言うと「連合国」ということになります。この連合国の名前を“The United Nations”といいました。この名前が実はそのまま国連の名前になったのです。この連合国の中心的な国がアメリカ、イギリス、フランス、中国、ソ連であり、この5カ国が後に国連の安全保障理事会の常任理事国になっていったのです。しかし、この「中国」の部分が問題でありまして、日本が戦った「連合国の中国」と「今の中国」は、実は違う国です。場所としては同じ中国なのですが、政権や国のあり方がまったく違うということです。

 日本は「中国と戦争をしていた」わけですが、これをより正確に言うと、大日本大国と「中華民国」という国が、1937年から1945年まで「日中戦争」という戦争をしていたということになります。ではこの「中華民国」という国がどういう国かというと、1912年に建国された国です。それまで中国には「清」という王朝があったわけですが、その清を倒して「中華民国」という共和制の国を作ったのだということになります。この中華民国の政権は袁世凱、孫文、蒋介石と継承されてきました。孫文のときに国民党という政党が作られまして、その後継者が蒋介石ですから、日中戦争における中国の敵は蒋介石の国民党政権であったということです。

 ところが、第二次世界大戦が終わりますと、中国国内で本格的な内戦が起きるようになります。毛沢東率いる中国共産党が、蒋介石率いる政府軍に対してクーデターを起こします。毛沢東はソ連から援助を受けたりして、そのクーデターを成功させます。蒋介石は海を渡って台湾に逃げて、台湾にそのまま中華民国の政府を移しました。実は「台湾」というのは国の名前ではなくて、楕円形の島の名前でありまして、ここに蒋介石が逃げ込んで中華民国の政府を移したのだということです。

 一方で大陸のほうは、蒋介石を追い出すことによって中国共産党が完全に支配するようになり、1949年に「中華人民共和国」を建国することになります。したがって中国を場所だけで考えると中華人民共和国が中国なのですが、政府として考えると台湾に逃げた中華民国の方が実は本来の中国の政府なのだという、ちょっと複雑なかたちになるのです。

 いまはどうなっているかというと、大陸を支配している中華人民共和国が圧倒的に力が強いので、一般的にはこちらが「中国」ということになります。その中国の主張していることは、「台湾は国ではない。国ではないのに国であると勝手に言っているだけだ」ということで、これを「One China Policy」と言います。あくまでも中国は一つであるという意味です。日本も中華人民共和国と国境を結んだ以上は、台湾とは国交を結ぶことはできません。したがって、台湾には日本の大使館はありません。その代わりに日本台湾交流協会という連絡機関が設置されています。このことから分かるのは、いまの中国は日本が日中戦争で戦った国ではないし、そもそも国連の常任理事国になった国でもないということなのですが、この「2つの中国」が国連で大問題になるわけです。

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国連を舞台とする米中の動向と日本01


 今回から「国連を舞台とする米中の動向と日本」と題する新しいシリーズの投稿を開始します。私が事務総長を務めるUPFは、国連経済社会理事会の総合協議資格を持つNGOであるため、国連の動向に対しては関心を持たざるを得ません。最近の国連において最も懸念すべき問題は、中国の影響力の増大と米国の国連離れです。このシリーズでは、国連の成り立ちから始まって、米中が国連を舞台にどのような抗争を繰り広げているのかを解説します。その中で日本の立ち位置も考えてみたいと思います。

挿入画像01=国連を舞台とする米中の動向と日本

 昨年は国連が創設75周年にあたる節目の年であったわけですが、国連広報センターでは国連75周年を記念するロゴを作成して、次のような文言を語っていました。
「2020年、国連は創設75周年を記念し、かつてない規模のグローバル対話をはじめます。テーマは、私達が望む未来の構築におけるグローバル協力の役割です。」

 つまり、グローバルに対話と協力を進めようということが昨年の国連のスローガンになっていたわけです。しかし、それとは裏腹に昨年の国連総会で何がおこったかというと、米中の激しい対立でした。

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 アメリカのトランプ大統領(当時)は中国の新型コロナウイルス対応を激しく批判し、国連は中国に行動の責任をとらせないといけないとか、WHOは中国に実質的にコントロールされているなどと、中国を名指しで非難しました。それに対して中国は、アメリカに対して名指しの非難は避けつつも、多国間主義を重視する姿勢を示しました。習近平主席は、「私達は断固として多国間主義の道を歩み、国際関係の核心としての国連を守る」と発言しました。

 これは国連においてははかなり優等生的な発言ということになり、こうしてみると中国の方が国連や国際機関を尊重していて、アメリカが国際協調を乱しているという絵になってしまっているわけです。しかし、これは裏をかえすと国連という機関が中国の国益を追求する上において非常に便利な機関、役に立つ機関になっているということを逆に示しているのです。

 一言で国連といっても、実は3つ側面があります。1つ目は政治の国連であり、これは安全保障理事会に代表されるものです。2つ目は経済の国連であり、世界銀行、国際通貨基金、世界貿易機関などの活動になります。3つ目が社会・人道の国連になり、経済社会理事会、人権、ユニセフ、国連難民高等弁務官事務所などに代表される、人権と人道に関わる国連の活動があります。

 UPFのようなNGOが関わる国連というのは3番目の部分であり、経済社会理事会の総合協議資格を持って活動していることになります。この分野における国連の活動は大変立派なものであり、一定の評価を受けています。しかし、政治の国連の方は多くの矛盾や問題を抱えていることがしばしは指摘されています。このシリーズの目的は、この「政治の国連」についてお話をさせていただくことにあります。

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 国連について理解するためには、その成立過程を正確に知らなくてはなりません。いまある国連ができるようになった最初のきっかけは、「大西洋憲章」と呼ばれるものです。これは1941年8月、アメリカのルーズベルト大統領とイギリスのチャーチル首相が、大西洋上に浮かぶ“Prince of Wales”という軍艦の上で調印したものです。この憲章が調印された動機は、日独の暴走を排除して、戦後の世界に国際連盟に代わる平和維持機構を創設しようということでした。

 ご存知のように第一次世界大戦が終わって国際連盟ができたわけですが、それが機能不全に陥って戦争を防ぐことができず、世界は第二次大戦に突入していきました。この「大西洋憲章」が調印された1941年8月の時点では、ヨーロッパではドイツとの戦いが始まっていましたが、太平洋戦争はまだ始まっていませんでした。しかし、日中戦争は続いており、アメリカとイギリスは中国を支援していたという立場です。ですから、日本との対決は避けられないというような状況の中で、戦争が終わったあとにどんな世界秩序を作っていくのかを、基本的には大英帝国とアメリカが主導して考えようということだったのです。この頃、大英帝国は植民地をたくさん持っている巨大な勢力でした。これが国連の発端であり、要するにその出発点は「米英による世界秩序の構築」ということになるわけです。

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 第二次世界大戦の最中に、ルーズベルトとチャーチルは連合国を構成する国の元首に会っていきます。カイロ会談では蒋介石に会い、テヘラン会談ではスターリンと会談して、ルーズベルトのアメリカ、チャーチルのイギリス、蒋介石の中国、スターリンのソ連の4カ国が、戦後において「世界の警察官」の役割を果たして、平和と秩序を維持していこうということで一致したわけです。これを「四人の警察官構想」と言います。これが国連の原点となります。

挿入画像05=国連を舞台とする米中の動向と日本

 この構想がそのままヤルタ会談に持ち込まれ、やがて形を作っていくこととなります。第二次世界大戦も終盤に入る中で、戦後処理のあり方について連合国の首脳がクリミア半島のヤルタに集まって話をしました。このときに国際連合についても討議がされ、その大枠ができていくことになります。上の写真を見ていただくと、真ん中に座っているのがルーズベルトです。やせ細ってガリガリです。このときルーズベルトは不治の病にかかっており、死の直前でした。このとき、チャーチルとルーズベルトとスターリンの間には微妙な温度差があったと言われています。チャーチルは反共主義者で、スターリンのことを「油断のならないやつだ」と警戒しておりました。しかし、ルーズベルトはスターリンに対して「話のわかる男だ」ということで、シンパシーを抱いていたのです。ルーズベルトのソ連に対する認識は、進歩的な社会主義の国だというくらいのものであり、彼はソ連の本質を見抜けていなかったのです。

 このヤルタ会談で「四人の警察官構想」という構想が具体的に固まっていきます。すなわち、米英ソ中の4カ国で戦後の世界秩序を確立して平和を維持しようという構想です。これが「連合国=国連」の基本理念となっていきます。4カ国の同意のもとに、強力な軍事力によって平和と安全を維持していこうという考え方です。そこに後からチャーチルの提案で、形だけの戦勝国となったフランスを加えた5カ国で安全保障理事会の常任理事国を形成していこうという話になりました。実は第二次大戦ではフランスはドイツによって壊滅的な打撃を受け、事実上の敗戦国みたいなものだったのですが、フランスのもつ文化的な影響力を考慮して、チャーチルが「フランスも入れよう」と言うことにより、結局「5大国」ということになりました。このようにして、安保理の全ての決議に「5大国一致の原則」を貫こうということが、ヤルタ会談で確認されたのです。ここで同時に、スターリンの強い要求で、5カ国のうち1カ国でも反対すれば決議案は通らないことにしようという、「拒否権」というものをお互いに認め合ったのです。

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Web説教「信仰による家族愛の強化」08


 3月31日から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその8回目で、最終回になります。前回は恋愛というものが究極的には自己中心的な動機に基づくものであることを指摘したうえで、真の愛に基づいた結婚、神様を中心とする結婚である「祝福結婚」について説明しました。そして「祝福結婚」を体験したあるカップルの証しを通して、ごく普通の人が、信仰を持って夫婦関係を築いていくなかで次第に幸せになっていった姿を紹介しました。

 「共通の信仰」を出発点とした結婚ほど、強固な基盤の上に立つものはないと私たちは考えています。なぜでしょうか? それは夫も妻も共に畏敬の念を持ち、信頼を寄せることのできる存在、すなわち神様を真ん中においているからです。

 それは、たとえ夫婦の意見が食い違った場合でも、両者を仲介することのできる中心が存在するということです。そして共通の目標を生み出し、二人が努力しながら共に築き上げていくものを提供することができるのです。結局、夫婦というものは横を向いてお互いの短所や欠点を見るよりも、むしろ二人とも前を向いて、共通の目標に向かって手を取り合って歩んだほうがうまくいくのだということです。

 自分の夫あるいは妻を「自分のもの」であると考えるよりも、神様の大事な息子あるいは娘をいただいたと思えば、粗末にすることができないのです。逆に所有観念が強くなり、自分のものだと思うと、不満が多くなるのです。

 私の夫は、すべての男性の中から自分に最もふさわしい人を神様が選んでくださったのだと信じることが重要です。また私の妻は、すべての女性の中から自分に最もふさわしい人を神様が選んでくださったと信じることです。そのように思ってお互いを貴重視することが、夫婦愛が成長していく基盤となるのです。

四位基台と家庭における四大愛

 このようにして夫婦になるわけですが、夫婦になって私たちの愛は終わりではありません。やがて夫婦の間に子どもが生まれてきます。そうすると、神様から始まって、二つに分かれて、合成体として子どもができます。このようにして四つの部分からなる一つの基台ができるわけでありますが、これを私たちは「家庭的四位基台」と呼んでおります。

 そしてこの家庭という場の中で、私たちは四つの大きな愛について学びます。まず初めに学ぶのが「子女の愛」です。これは子として親を慕う愛です。次に兄弟が生まれてくれば「兄弟姉妹の愛」、そしてやがて結婚すれば「夫婦の愛」、子どもが生まれれば「父母の愛」を学んでいくことになります。

 実は神様の愛というのは、なにか観念的で抽象的なものではなくて、家庭における父母の愛、夫婦の愛、兄弟姉妹の愛、子女の愛という四つの愛を通して具体的に現れてくるものなのです。その背後にあるより根本的な愛が、神の愛なのだということになります。そしてこの四つの愛の中で最も神の愛に近いのが、父母の愛であるということになります。このような愛について学ぶ学校が、家庭なのです。

 私たちは、自分自身が親となって、子育てをすることによって、神の愛を知るように造られているのです。それはなぜでしょうか? 神様はもともと人間の親でありますから、その愛の世界を追体験し、相続させるために、子供を生んで育てるように人間を創造されたのです。この我が子を生んで育てるという行為は、すべての生物が経験するものではありません。

 下等動物の場合には、細胞分裂によって繁殖しますので、そもそも親子というものはありません。魚類の場合には大量に卵を産卵しますが、その大部分が淘汰されてしまいます。その卵の一つ一つを育てるということはしないのです。

 鳥類になってようやく、親鳥が雛を育てるという「親子関係」が生じてきます。哺乳類になりますと、母親が母乳で子供を育てることを通して、親子の関係がもっと強くなっていきます。その哺乳類の中でも人間がどういう存在かというと、子育てに最も多くの時間と労力をかけ、苦労して子供を育てる動物なのです。

 人間の場合には、子供が一人前になるのになんと20年もかかります。なぜこれほど長く苦労して子供を育てなければならないのでしょうか? そして人間は、繁殖を終えてからの生存期間が非常に長いというのも、生物としての特徴です。たとえば鮭などは、自分が生まれた川を遡って行って、そこで卵を生んだらすぐに死んでしまいます。それは、次世代を残すこと、繁殖することだけが目的だからです。

 ところが、人間の場合には子どもを産んですぐに親が死んでしまったら困るわけです。その後も長い時間をかけて育てなければなりません。その育てるという行為を通して、神様が親として人間を愛しているその心情を追体験して、神様に似たものになるのです。そのことのために私たちは、苦労して子供を育てるのです。ですから、子育ての苦労というものは、自分の成長のためだということで、感謝しなければならないのです。

信仰による家族愛の強化

 さて、この説教のまとめです。家族とは一体何かといえば、それは「親子の愛」と「夫婦の愛」によって構成されています。その愛が強ければ強いほど、「絆」というものが生まれてきます。この「親子の愛」と「夫婦の愛」を、信仰によって強化して、本当の愛に満ちた家庭を造っていくのが、家庭連合の目的なのです。

 以上で説教を終わります。ありがとうございました。

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Web説教「信仰による家族愛の強化」07


 3月31日から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその7回目です。前回は家庭連合の結婚観について、旧約聖書の創世記1章17節の聖句を中心として説明しました。「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」とあるように、そもそも人間が男性と女性に造られたのは、神様ご自身の中に陽と陰、プラスとマイナスがあり、それが二つに分かれて出てきたのです。したがって、一組の男女が結婚するということは、神から分かれた二つの宇宙が出合って、神に似たものとなるということなのです。このようにして夫婦となり、愛を完成させることが結婚の本来の目的だったのです。

祝福式

 このような結婚の理想を、私たちは「祝福式」というものを通して実現しようとしています。では家庭連合で行っている祝福式とはいったい何であるかと言えば、それは「神を中心とした結婚」をするということであります。ではどうして、自分が好きなように結婚するのではなくて、神様を中心において結婚をしなければならないのでしょうか?

恋愛の自己中心性

 それはいわゆる恋愛というものが、基本的に自己中心的な性質をもったものだからということになります。いわゆる男性が女性を好きになる、女性が男性を好きになるというのはどういうことかというと、男性ならば「こういう女性がいいな」という欲望があります。たとえば美人で、かわいくて、スタイルがよくて、従順でといったようなタイプの女性を好みます。これは要するに、自分がこうであって欲しいという願望を相手に投影しているということになります。

 一方で女性の方も、背が高くて、ハンサムで、やさしくて、高給取りで、といったようなタイプの男性を好むとすれば、これも自分の願望をかなえてくれるような男性がいいということなのです。このような願望を男女がお互いに投影しあって引き合うということになるわけですが、結局それは、自分の欲求を相手にぶつけ合っているのであり、自分の欲求にかなう人のことを「好き」とか「愛している」と言っているのです。これは究極的には自己中心的な動機に基づくものであると言わざるを得ません。

愛に永遠性がない

 したがって、このような恋愛には「変わらない愛の中心」というものが存在しません。ですからその愛に永続性がないのだということになります。もっと素敵な人が現れたら心が変わってしまうかもしれないし、相手の実態が分かって幻滅してしまうかもしれないし、結婚した後で自分の欲求が変わるかもしれません。このような一時的な高揚感というものは、長続きしないわけです。

真の愛に基づいた結婚

 そこで私たちは、真の愛に基づいた結婚をすべきであると考えています。それでは真の愛とは何かというと、神様を中心とする愛、神様を動機とする愛であり、相手の為に生きる愛です。夫は妻の為に生き、妻は夫の為に生きるという、お互いの為に生き合う愛です。それは一時的な感情の高揚や打算を超えた愛であり、献身的で犠牲的な愛ということになります。このような愛を築いていくことが幸せな結婚の基盤になると、私たちは考えています。それでは、このような「祝福結婚」というものを体験したあるカップルの証しがありますので、それを聞いてみましょう。なお、以下の内容は「世界平和統一家庭連合公式チャンネル」で公開されている動画から掘り起こしたものです。

「夫の遺言書 村田恵子
 若いころの私はとても嫉妬深い女性でした。好きな男性が女性と話していれば、夜も眠れないほど嫉妬しました。好きになる男性は決まって、今でいうイケメンでした。自分も決して美人ではないのに、相手には高望みばかりしていました。

 そんな私も30歳で結婚しました。理想の男性ではありませんでしたが、神様が与えてくれたと信じたのです。私が『理想の男性』につくり変えてあげればいいんだと思いました。私よりも2歳若いのにもかかわらず、夫は年寄くさい外見でした。

 『黒縁の眼鏡が悪いのよ』といって、金縁に変えたら、いい顔になりました。髪を短くカットしてあげたら、薄い髪も目立たなくなりました。白と黒の服しか持っていない夫に、カラフルな服を着せてあげました。話し方や仕草に対しても私が口うるさく指導していきました。夫は私に何を言われても、笑いながら聞き入れてくれました。そんな夫を見るたびに『嫌な女だと思われている』と感じ心が痛みました。

 銀婚式をお祝いした後、夫がしみじみと語りました。『ぼくはね、絶対に遺言書を書いておこうと思っているんだ』『財産なんてないのに、何を書くの?』『内緒だよ』きっと私への苦言を書くのだろうと思い、気持がふさぎました。

 数日後、夫の机で『遺言書』を発見! こっそり覗くとこう書かれていました。『恵子さん、長い間、ぼくと遊んでくれて本当にありがとう。ぼくと仲良くしてくれて、大切にしてくれて、本当にありがとう』

 私は夫を『理想の男性』に変えようと、口うるさく言ってきました。しかし夫にとってそれは『仲良しの楽しい遊び』だったのです。『自分を大切にしてくれている』と感じていたのです。なんと純粋な、そして広く大きい心の持ち主だったのでしょうか!

 あまのじゃくな私は、今でも時たま、夫の服装などについて注意してみます。いくら激しく言っても、夫は『恵子さんありがとう、愛しているよ』と答えます。歳をとった今、一番うれしいのは夫の優しさと変わらない愛なのです。

 『結婚は、私のためではなく、相手のためにするものです』 文鮮明」
https://www.youtube.com/watch?v=D8T8k0Qa1m8

 いかがでしょうか。この祝福結婚を受けた人というのは、最初から立派な人だったということではなくて、ごく普通の人だったのでありますが、信仰を持って夫婦関係を築いていくなかで、次第に幸せになっていったということなのです。

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Web説教「信仰による家族愛の強化」06


 3月31日から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその6回目です。前回は夫婦関係と親子関係というのは実は深いところでつながっていて、夫婦関係に問題があるとそれが親子関係に現れてくると指摘している専門家の見解を紹介しました。いまの日本が抱えているもっとも本誌的な問題は、良い夫婦関係のモデルがないことであり、男と女の仲が悪くなっていることだというのです。

 これまで「親子の愛」と「夫婦の愛」の話をしてきましたが、家族とは一体何かといえば、「親子の愛」と「夫婦の愛」があり、この二つが合わさったときに家族の絆が生まれるということなのです。この二つの愛を信仰によって強化することこそが、家庭連合が存在している目的なのです。

家庭連合の結婚観

 それではこの二つの愛のうち、夫婦の愛を私たちはどのように築いていこうとしているのでしょうか?

 それを説明するために、家庭連合の結婚観についてしばらく話をしたいと思います。旧約聖書の創世記1章17節には、「神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」と書いてあります。

 私はアメリカでキリスト教神学を学びましたが、この「神のかたち」と日本語に訳されている部分は、ラテン語では“Imago Dei”と言います。英語にすれば“Image of God”になります。これは、人間は神様にそっくりに造られたのだということが要するに言いたいのです。そのように神様にそっくりに造られた人間だから、尊厳性があるということになり、それが人権思想の根本になっています。したがって、創世記1章17節はキリスト教の人間観においては非常に重要な聖句なのです。

 その「神のかたち」の内容については、キリスト教神学ではいろんな説があって大論争をしてきました。すなわち、どういう点で人間は神様に似ているんだろうかということを議論し合ったのです。ある人は、「それは理性である」と言いました。神は全知全能の存在であり、その偉大な理性の一部を頂いている人間は、合理的な存在であるという点において神様に似ているんだと主張した神学者もいました。頭のいい人はだいたいこういうことを言うのです。

 そのほかにもいろいろと「あーでもない、こーでもない」と言ったのですが、いろいろと論争をする前に、聖書を素直に読んでみましょう。聖書には「すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された」と書いてあるんですから、「男と女である」ということがすなわち「神のかたち」なんだということになります。素直に読めば、そういう意味になるのです。しかし、これはいったいどういう意味なのでしょうか?

 通常、西洋のキリスト教において神様という存在につける修飾語は、唯一、絶対、完全無欠、全知全能といったような言葉です。もし神様の最も中心的な属性が、「唯一、絶対、完全無欠、全知全能」であったとするならば、それにそっくりに造ったら人間はどのような姿になるでしょうか? 唯一なんですから、一種類の人間でいいですね。そして絶対で完全無欠でありますから、一人で完成している、誰の助けも必要としないような、自立した完璧な中性人間を一つ造れば、それが一番神に似ているだろうという話になります。

 ところが実際に神に似せて人を造ったら、完全無欠の中性人間にはならずに、男というどこか中途半端な存在と、女というどこか中途半端な存在に分かれて出てきたというのであります。そして男女をよく観察してみると、どうも男が得意なことは女は苦手で、女が得意なことは男は苦手なようになっているのです。すなわち男と女は、互いに補い合うような関係、すなわち相互補完的な関係になっているのです。

 男と女は、わざわざそのように性質を分けて造られており、必然的に助け合わなければ生きていけないような属性をもって造られているのです。これが何を意味しているのかというと、人間は単独で何でもできて生きる存在なのではなくて、他者との関係において生きるように、そもそも創造されているということです。この他者との関係において助け合って生きることを「愛」と言ったわけです。ですから人間は愛し合わなければ生きられないし、男女が愛し合わなければ繁殖さえも出来ないように人間を創造されたということになります。これはいったい何を意味しているのでしょうか?

 それは神様の最も中止的な属性は唯一でも、絶対でも、完全無欠でも、全知全能でもなくて、「愛」であるということなのです。ですからそれに似せて造った人間は、愛さなければ生きていけない、愛さなければ存在できないようにそもそも造られているのです。その愛を表現するのが、「男と女」というペアシステムだというのです。

愛し合う夫婦の中に神が臨在される

 したがいまして、男性と女性が愛し合っている姿は神様に似ているということになりますから、そこに神様が臨在されるということになります。愛し合う夫婦のど真ん中に神様が臨在されて、男女の愛に神の愛が増し加わって、さらに高い愛の世界に入っていきます。そのとき、男性は女性を通して神に出会うのであり、女性は男性を通して神に出会うのです。ですから、結婚している男性は妻という存在を通して神に出会わなければなりません。妻の背後に神様を感じなければならないのです。また逆も然りであり、結婚している女性は夫という存在を通して神に出会わなければなりません。夫の背後に神様を感じなければならないのです。

男性と女性は神の半分を代表

 そもそも人間が男性と女性に造られた意味が何であるかというと、もともと神様ご自身の中に陽と陰、プラスとマイナスがありまして、それが二つに分かれて出てきたのが人間の男と女であります。ですから、一人の男性は宇宙の(陽性の)半分を代表すると同時に、神様の半分を代表し、全人類の男性の代表として立っています。そして一人の女性は宇宙の(陰性の)半分を代表すると同時に、神様の半分を代表し、全人類の女性の代表として立っています。したがって、一組の男女が結婚するということは、神から分かれた二つの宇宙が出合って、神に似たものとなるということなのです。このようにして夫婦となり、愛を完成させることが結婚の本来の目的だったのです。
(次回に続く)

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Web説教「信仰による家族愛の強化」05


 3月31日から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその5回目です。前回は下重暁子さんという人が書いた『家族という病』という本の内容を紹介しました。この本は、「幸せな家族」というのは幻想だ、そして「家族は素晴らしい」は欺瞞だということを主張した本なのですが、よく読んでみれば、下重さんは本心では家族とつながりたかった、でもそれができなかったことを後悔していることが分かります。この『家族という病』というタイトル自体が、現代の日本人に対する一つの挑戦であると思います。すなわち、家族自体が「病」なのではなく、家族の心が通じないことが「病」なのです。

 家族の心が通じないと、実は本当に病になるということを、精神医学の専門家たちが指摘しています。特に日本の家庭の場合には、夫婦の精神的な結びつきを強くするのが伝統的・文化的に得意ではありませんでした。ところが、この夫婦関係と親子関係というのはバラバラではなくて、実は深いところでつながっていて、夫婦関係に問題があると、それが親子関係に現れてくると多くの専門家が指摘しているのです。

 世界乳幼児精神保健学会理事であり、日本支部会長を務めた渡辺久子先生は、慶應義塾大学医学部小児科専任講師も務めていますが、簡単に言えば「子どもの精神科医」ということになります。これまでさまざまな精神的な問題を抱えた子どもたちを診てきた先生は、以下のように語っています。
「日本でいま引きこもりの若者の数は推定100万人以上に上ります。しかも表には出ませんが、引きこもりはエリート家庭に多く、ほとんどは男の子です。その背景には内助の功で夫の社会的成功を支えた良妻賢母に対し、実は夫の理解がなく我慢してきた母親がいます。とにかく、日本の家庭は夫婦の仲良い姿を子供に見せられていないことが最大の弱点です。」

 渡辺先生は、「戦後の日本には、良い夫婦関係のモデルがなかった。」と言います。
「父母の仲が悪かったのを見て育った息子は、自分を産んだ母親を幸せにしようと思って、母親との心の臍の緒が切れない。そうなると、おふくろの味が一番良いと思うと、妻に自分の本音をぶつけて妻をけなすことになる。すると妻は面白くないから、自分の子供にのめり込んで、夫婦の冷たい関係を見て次の世代が育つ。そのようにして、男女のちぐはぐな関係が世代間伝達しているのが日本の現状ではないでしょうか。」
「私のところには、非常に夫婦関係の悪い方たちが来られます。その結果、子どもが2年、3年も引きこもっているのです。そうした状況では、お父さんにも必ず来ていただきます。ご夫婦で来ていただき、何とか和解していただきたいと思ってお話しします。

 『お二人は水と油という感じがします』と率直に言います。すると二人とも、『実はそうなんです』と率直に答えます。そこで私が二人に、『ここで握手をしてください。』といって実際に握手をしてもらい、『どう思いましたか?』と聞くと、ご主人は『こういう感覚は久しぶりです』というのです。本当はメンツを捨ててお互い仲良くなりたいと思っているのです。でも、いろんな思いがあってそれが素直にできないのです。

 そこで、『毎日、家に帰ったら、ただいまと言って握手しませんか』『握手するだけでなく、お互いに目を見て「お帰りなさい。お疲れさま」と言いませんか』とアドバイスするのです。ある家庭では、3年くらい引きこもっていた子がこれによって回復して元気になりました。」

 精神科医といえば、薬を与えて治すというイメージがあるのですが、こういう方法で治療している先生もいるのです。もっと重い症例もあります。幻覚妄想状態の女の子を抱えた夫婦に揃って来てもらったときの話です。
「お父さんが一生懸命話しているとき、お母さんが壁を向いているのです。夫婦仲が良いと、お母さんがお父さんの顔を見ています。そこで私は最後に『二人で握手してください』と言いました。お父さんは私の前で『良い父親』を印象づけようと思って手を出しました。しかし、お母さんはさっと手を引っ込めたのです。そして二人の動きがそこで止まるのです。

 私は、お父さんを椅子ごと引きずって、お母さんと向き合わせたのです。そしてお父さんに対して、『この人が手を後ろに回すのには訳があるんです。命がけで家庭を築いたのに、それを受け止めてくれなかった人がいるから、かつての愛が憎しみになっちゃったんですよ』と言ったのです。するとお母さんの目から涙が滝のように流れ落ちました。」

 この奥さんは、相当我慢してきたのでしょう。それで、渡辺先生の言葉が心の琴線に触れたので、溜まっていたものが涙となって出てきたのだと思います。渡辺先生は続けます。
「私は毎日お父さんが仕事から帰ってきたら、必ず握手をするようにという宿題を出しました。そのとき、お互いにしっかりと目を見るようにと言ったのです。その結果、夫婦の間に人間同士の和やかさが出てくるようになり、その空気があっという間に子供に伝わって、子供の自殺願望がなくなり、薬を飲む必要もなくなりました。

 日常的に大人がいい挨拶、思いやりのハーモニーを見せておくと、ちょうど、よい音楽を聞いているかのように体の中に入ってきて、よい音楽を奏でるようになります。『躾ける』というのは必ずしも意識的にやる必要はなくて、いいものにさらしておくことが大切です。

 お母さんがお父さんに包まれている感じがあると、母性が豊かになるんです。つまり『真の父性』がある環境にお母さんが置かれていると大丈夫です。赤ちゃんと一緒にいるお母さんは不安の塊です。そのお母さんを包むのが、お父さんの父性です。女性や子供を守って危険と戦う。つまり大切な愛おしい命を守る。それが父性でした。しかし今の日本の家庭は『親父は元気で留守がいい』になっているので、『夫婦のハーモニー』を見せることができない家庭を作ってしまったのです。」
「信頼に基づいた夫婦の性関係がうまくいっていない時は、その家族は一見どんなによく見えても、信頼関係は腐っていきます。若者たちが結婚しなくなっている背景には、両親のいがみ合う姿を見ているということがあります。それを率直に話してくれる子が多いです。

 オランダでは夕方6時に家族が全員帰って、食卓を囲むのです。それを守らないと次の世代が育たないからです。日本は真逆の実験をやっているわけですね、残業や単身赴任、経済が中心で、家庭が脇に追いやらてきました。」

 また、津田塾大学教授の三砂ちづる先生は以下のように語っています。
「この国で一番大変な問題は、実は、男と女の仲が悪くなっていることです。上の世代は下の世代を結婚させないばかりか、『結婚しても何もいいことはない』と、結婚、妊娠、出産に対するネガティブな情報を発信し続けた。肯定的な情報を発信して来なかったわけですから、その娘、息子世代が結婚しないのは当然だと思います。

 少子化対策は保育所の増設であるというのは、ほぼ神話に近いのです。保育所をつくれば女性がたくさん子供を産むという、『実証的』な研究調査データはありませんから、騙されているようなものです。

 私たちは男と女が生きていくとか、妊娠・出産について肯定的に語る語り口を2世代、3世代にわたって共有して来なかったのではないかと思います。」

 このように、いまの日本が抱えている問題の本質は、夫婦関係がよくないことと、それに伴って結婚や家族に対して肯定的なメッセージよりは否定的なメッセージが語られることが多いことにある、ということを鋭く指摘している専門家たちがいるのです。

信仰による家族愛の強化

 これまで「親子の愛」と「夫婦の愛」の話をしてきましたが、家族とは一体何かといえば、「親子の愛」と「夫婦の愛」があり、この二つが合わさったときに家族の絆が生まれるということなのです。この二つの愛を信仰によって強化することこそが、家庭連合が存在している目的なのです。
(次回に続く)

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Web説教「信仰による家族愛の強化」04


 3月31日から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその4回目です。前回は近代以前の日本社会における男女の愛のあり方について論じた後に、いま日本の家庭が抱えている危機について、さまざまなデータを用いて解説しました。具体的には、離婚の「高止まり」、児童虐待、少子化、超高齢化社会、人口減少、若者たちの晩婚化、未婚化、そして非婚化の問題を取り上げました。

 これらはさまざまな現象として表れたものでありますが、最近は家族は大切であるという価値観そのものが脅かされている、挑戦されていると言ってよいと思います。下重暁子さんという人が書いた『家族という病』という本がベストセラーになりました。

家族という病

 この本は、「幸せな家族」というのは幻想なんだ、そして「家族は素晴らしい」は欺瞞であるということを主張した本なのですが、これが大変多くの人の共感を呼ぶようになったのです。私はこれはいったいどんな本なのかと思って読んでみました。この『家族という病』という本の中で著者の下重暁子さんが主張している内容は以下のようなことです。
・私たちは家族のことを知っているつもりでも、実はよく知らない
・私自身、父、母、兄がいたが、彼らのことをよく知らなかった
・一番近くて遠い存在が家族
・日本人は家族を妄信している
・家族間でも暴力事件や殺人事件は起きる
・結婚できない男女が増えたのは、親離れ・子離れができないから
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・夫婦でも理解し合えることはない
・家族の話はしょせん自慢か愚痴
・家族ほどしんどいものはない
・家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り

 私はよく家族写真入りの年賀状を送るものですから、何か否定されたような気持になりました。これは要するに下重明子さん個人の考えを連綿と書いた本なのですが、本の中にどうして彼女がこういう考え方に至ったのかについてが、自分の個人史として書かれています。

下重さん家族関係

 下重さんの両親は再婚同士だったということです。下重さんにとってお父さんがどういう存在であったかといえば、「落ちた偶像」でありました。もともとお父さんは軍人でした。陸軍の将校として格好よく馬に乗って出勤していく父親の姿は、幼い少女だったころの下重さんにとっては憧れでありました。ところが敗戦によって軍人は公職から追放されてしまいます。このあたりからだんだんと家族関係が厳しくなっていくわけです。

 終戦当時に思春期を迎えた若者たちというのは大変だったと思います。なぜならば敗戦によって昨日までこれが正しいとされていたことがガラッと変わり、価値観が180度変わってしまったからです。ですから大人たちは昨日と今日でまったく言うことが違うので、信じることができなくなったのです。大人の権威が地に落ちた時代に、彼女は生まれたことになります。そのことが原因で、下重さんは父親に反抗するようになったのです。

 再婚同士なので、その父親には前の奥さんとの間に男の子がいました。下重さんにとってはお兄さんに当たります。このお兄さんが父親と大喧嘩をして、暴力沙汰にまでなってしまったものですから、家にいられなくなり、祖父母の家に預けられるようになりました。それ以来、もともと一緒に暮らしていたこのお兄さんとは疎遠な関係になってしまいます。

 下重さんの母親がどんな人であったかといえば、古風な人でありまして、「娘のためなら何でもする! 暁子命!」といったように、ふんだんに愛情を注ぐ人だったのでありますが、それを下重さんは「疎ましい」と思うようになりました。もう自分のことは構わないで欲しいと思うようになり、聡明だった彼女は、自分の力で生きていくんだ、自立した女性になるんだ、と決意して家を出ます。そしてNHKのアナウンサーになって独り立ちしていくのです。

 下重さんも結婚しています。ですから夫は家族としているのですが、夫とは互いに「縛りあわない関係」を築き、子どもは作らないということを約束して結婚しているのです。だからお子さんはいらっしゃらないわけです。なぜ子どもを作らなかったのかというと、自分は母親のようになりたくないと思ったからなのです。自分の母親の姿を見て、あのようにはなりたくないと思ったので、子供を作らなかったというのです。これが下重さんの家族関係と人生観ということになります。

 こうして家族を避けながら生きてきた下重さんだったのですが、この本の一番最後には、いまはもう死んでしまった家族に宛てて書いた、下重さんの手紙が出てくるのです。下重さんの父親は昭和54年に亡くなり、母親は平成4年に亡くなり、お兄さんは平成16年に亡くなっています。それまで家族を避けて生きていた下重さんだったのですが、家族が亡くなって、遺品を整理する中で、昔の手紙など書き残したものが発見されたのです。それを通して、自分の知らなかった家族の一面を発見していくわけであります。「家族のことを知っているつもりで、実はよく知らない」という下重さんの主張は、この体験からきているのです。

 下重さんもかなりの年齢になり、亡くなった家族のことを思うようになり、死んだ三人の家族に対して書いた手紙が、この本の最後に掲載されているのです。お父さんに宛てた手紙においては、自分の若いころを振り返り、「なぜあなたに反抗したのか」ということを書き綴っています。そしてお母さんに対しても、「どうしてあなたのことを疎ましく思ったのか」ということを告白していくわけです。そしてお兄さんに対しては、「あなたが亡くなる前にもう一度、ゆっくり話たかった」というような手紙を書いているのです。

 これを見れば、下重さんは本心では家族とつながりたかった、でもそれができなかったことを後悔していることが分かります。まさに、失われた家族を求めて、死者に手紙を書くことを通して、自分自身を整理しているのです。その手紙の後に、最後は「自分への手紙」を書いています。そして、「最後は一人なのだと自分に言い聞かせているのです」という文面になっているのです。どうして最後は一人なのでしょうか? それは子どもを作らなかったからです。

 さて、この本は私たちに対して「選択肢」を突き付けているのではないかと、私は思います。私たちが下重さんのように、家族に背を向け、心を閉ざして生きるとするならば、それは孤独な人生にならざるを得ないし、最終的には後悔が残ってしまいます。逆に家族と向き合って、心を開いて生きるならば、私たちは幸福な人生を送ることができるのではないでしょうか。ところが、現実の家族にはさまざまな葛藤があり、簡単ではありません。誰しも心の傷や、壁や、葛藤や、恨みなど、いろんな思いを抱えています。いかにしてそれらを越えて、家族と向き合うかが大きな課題になります。

 この『家族という病』というタイトル自体が、現代の日本人に対する一つの挑戦であると私は思います。すなわち、家族自体が「病」なのではなく、家族の心が通じないことが「病」なのではないでしょうか。
(次回に続く)
35:39

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Web説教「信仰による家族愛の強化」03


 前々回から「信仰による家族愛の強化」と題するWeb説教の投稿を開始しましたが、今回はその3回目です。前回は森山操先生の「母の愛」についての証しを紹介しながら、「ほとばしるような情愛」について考えました。そして、私達が心情豊かな人になるためには、豊かな心情の源泉である神様を知らなければならないという話をしました。

 ここでもう一度、渡辺京二氏の著作である『逝きし世の面影』の内容に戻りたいと思います。この本によれば、日本人は確かに親子の情愛が豊かな民族であったということは間違いないわけでありますが、もう一つの重要な愛である夫婦の愛、男女の愛に関しては、それが高貴なものであるとか、神聖なものであるという観念は、どうも江戸期の日本には存在しなかったようなのです。ラインホルト・ヴェルナーという人はプロイセンの軍人であり外交官であった人ですが、次のような言葉を残しております。
「わたしが日本人の精神生活について知りえたところによれば、愛情が結婚の動機になることはまったくないか、あるいはめったにない。そこでしばしば主婦や娘にとって、愛情とは未知の感情であるかのような印象を受ける。わたしはたしかに両親が子どもたちを愛撫し、また子どもたちが両親になついている光景を見てきたが、夫婦が愛し合っている様子を一度も見たことがない。神奈川や長崎で長年日本女性と夫婦生活をし、この問題について判断を下しうるヨーロッパ人たちも、日本女性は言葉の高貴な意味における愛を全く知らないと考えている。」

 当時、日本人女性と結婚した西洋の男性もいたのですが、その人たちからは日本人女性はそのように見えたというのです。つまり、「性愛が高貴な刺激、洗練された感情をもたらすのは、教育、高度の教養、立法ならびに宗教の結果である。」とラインホルト・ヴェルナーは言っているのです。それを渡辺京二氏が言い換えたのが、男女の愛が神聖で高貴なものであるという考え方は、「一言でいうならキリスト教文化の結果である。」ということなのです。

 当時の日本人にとって、男女は「愛し合う」というよりも、互いに「惚れ合う」ものだったのです。つまり男女の関係というものは「惚れた腫れた」という世界であって、両者の関係を規定するのは性的結合だったということです。ですから結婚も性も、彼らにとっては自然な人情にもとづく、本当に気楽で気易いものであったのです。性を精神的な憧れや愛に昇華させる志向が、徳川期の社会にはまったくといっていいほど欠落していたと、渡辺京二氏は書いています。当時の日本人の性愛というものは、非常に世俗的なものであったということです。これが庶民の生活です。

 一方で、上流階級の女性たちがどうだったかというと、彼女たちはしあわせな少女時代を過ごしますが、そのしあわせは結婚とともに終わったというのです。結婚は個人と個人の精神的な結びつきというよりも、家と家の結合であり、実家を離れて夫の属する家に入ることであったのです。そこで待っているものは、家の支配者である舅・姑および夫に対する奉仕者として仕える生活であり、徹底した忍従と自己放棄の生活をするのが、当時の上流階級の女性の新婚生活であったのです。ですから女性として余裕やいっぱしの自由が持てるのは、晩年になってからということになります。若いころに夫婦愛を喜びを持って経験するというようなことは難しかったのです。したがって日本人は、夫婦の精神的愛情を育んだり表現するのが基本的に苦手な民族であるということになります。

 これが大まかな日本の文化伝統ということになるわけですが、最近の日本人はどうなのでしょうか? だいぶ日本も西洋化されてきました。その中で、いま日本の家庭が危機に瀕しているということをいくつかの根拠を示して述べてみたいと思います。

 いま日本の家庭が抱えている危機の一つが離婚の問題です。離婚率は「高止まり」している状況です。1970年代には、年間に結婚するカップルの数が約100万組であるのに対して、離婚するカップルは約10万組でした。これはおよそ10組に1組が別れるという状況です。しかし現在、年間に結婚するカップルの数は60万組を切ったのに対して、離婚するカップルは20万組を超えています。すなわち、いまは3組に1組以上が離婚するという状況になっているのです。日本人の場合には、夫婦仲が悪かったとしても法的には離婚しない、いわゆる「家庭内離婚」とか「家庭内別居」という状況も増えているので、事実上の離婚率はもっと高いのかもしれません。

 さらに児童虐待も深刻な問題で、児童相談所が対応する件数も、警察が通告する件数も、毎年過去最高を記録し続けています。かつて日本は「子どもの楽園」と呼ばれ、日本人は子どもを本当に愛する民族だと言われてきたわけでありますが、最近はそれが崩れてきているようです。

 この虐待は、子どもの大切な未来を奪う深刻な問題であるということが最近の研究で分かってきております。最近は科学が発達して、生きたまま人間の脳をスキャンすることができるようになりました。そうすると、虐待を受けた子どもが脳になんらかの損傷を受けていることが分かってきたのです。

 たとえば、強い体罰を受けた子どもは、前頭葉の一部、感情や意欲などを司る部分が最大19%縮小している、つまり発達が阻害されているということが分かりました。性的虐待を受けた子どもは、後頭葉一次視覚野、注意力や視覚的記憶力を司る部分が14.1%縮小していることが分かりました。暴言や面前DVのような心理的虐待を受けた子どもは、側頭葉上側頭回と呼ばれる、言語理解を司る部分が9%~15%萎縮していることが分かりました。

 つまり、虐待を受けると脳の一部が上手く発達できなくなってしまうということが科学的に分かってきたということなのです。こうした虐待を受けた子どもたちの予後は大変厳しくて、男の子であれば犯罪者になるリスクが高まり、女の子であれば風俗の道に行ってしまうリスクが高まると言われています。したがって、これは子どもの頃だけの問題ではなく、成人してからも精神的なトラブルをたくさん抱え、悲惨な人生を送るリスクが高まるということなのです。長崎大学教育学部准教授の池谷和子先生は、虐待によって子供が背負う人生のハンデについて、以下のように述べています。
「親や養育者、その他の親代わりの人間関係においてひどく裏切られたことのある子供たちは、将来の人間関係においても、とくに権威を持った人物からはまた裏切られるのではないかと予測し、裏切者で頼りにならず信頼できないという権威者像を内面化しているため、愛着形成能力が著しく損なわれている。

 その結果、自分が好きになったり信頼した権威者に裏切られるだろうと予測し、そのような関係を回避・用心する傾向がみられる。このように、虐待された子供が負わなければならないハンデは一生ついて回る。」

 こうした研究の結果、「虐待は連鎖する」ということが分かってきました。虐待を受けた子供は成長して、自らの子供を虐待し、世代や社会を超えて悲惨な状況が受け継がれていくという深刻な状況が明らかになったのです。

 日本の家庭が抱えているもう一つの危機は、家庭そのものの縮小です。これは具体的には少子化、超高齢化社会、人口減少の問題となって表れています。日本の人口のピークは2010年ごろであり、いまや日本の人口はものすごい勢いで減少しています。ピーク時には約1億2千万いた日本の人口は、2065年には8千万台に減少すると予想されていますが、高齢者の人口はさほど変わらないのに対して、生産年齢人口(15~64歳)は激減すると予想されています。これは日本経済にとっては大きな後退要因となります。

 日本の少子化の根本原因ははっきりしています。それは若者たちの晩婚化、未婚化、そして非婚化という傾向です。いまや平均初婚年齢は男女ともに30歳ぐらいにまで上昇し、生涯未婚率(50歳までに一度も結婚しない人の割合)も、男女ともにうなぎ登りになっています。いまや日本社会は、若者たちが結婚しない社会、結婚に希望や魅力を感じない社会になってしまっているのです。これが具体的なデータに現れた「日本の家庭の危機」ということになります。
(次回に続く)

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