『生書』を読む32


第八章 開元の続き

 天照皇大神宮教の経典である『生書』を読み進めながら、それに対する所感を綴るシリーズの第32回目である。前回から「第八章 開元」の内容に入った。ここからは草創期の天照皇大神宮教がその基盤を固め、発展していく段階に入っていく。基盤固めの第一の要素は、大神様の息子である義人氏の戦地からの復員である。初めは神行に反発していた義人氏であったが、次第に神教に共感するようになり、受け入れていくようになる。これは天照皇大神宮教が後継体制を固めていく上で重要なステップとなった。本章において次に描かれている大きな出来事は、山口日ケン(ケンは田に犬)という法華経の行者と中山公威という政治運動家が大神様のもとを訪ねてきたことから始まる顛末である。この出来事は、既成の宗教伝統の中で救世主を求めてきた者が大神様に屈服することによって、大神様の権威を高めるという意味と、神教が田布施から日本の首都である東京へ広まっていく足がかりを作るという意味を持っている。

 この二人は、「宗教に依らなけば、もはや祖国、否世界は救われぬと信じていた。そこで宗教と政治を一体とする道義国家の建設を提唱して、正法同志会と新日本政治同盟というものをつくり、救国運動を起こしていた。」(p.219)とされる。実はこの考え方そのものは大神様の思想と矛盾するものではなく、目指すところはかなり近いものであると言える。しかし、大神様に出会うや否や、彼らはこっぴどく否定されることになる。それは宇宙絶対神につながることなくいくら自分なりに道を求めたとしても、その目的を成就することはできないと大神様から諭されたということなのである。

 彼ら二人は悪人として描かれているわけではなく、むしろ直接に神示を受けたり、霊能者を通じて指導を受けており、8月中旬に戦争が終わることや霊界に大変動が起こりつつあることを知っており、「救世主をさがし求めて血眼になっていた」(p.220)というのであるから、むしろ霊的に開かれた、高いレベルの修道生活を送ってきた人物として描かれていることが分かる。これは宗教的な物語に登場する典型的な「準備された人々」の役回りであると言えるだろう。

 こうした役回りの人物は、新約聖書においてイエス・キリストを証しするために登場する人物たちにその先例を見ることができる。ルカ伝の第2章には、イエスの誕生に先立って、羊飼いたちにメシヤの誕生が天使によって告げられたとの記述がある。また、『マタマタイ伝の第2章には、東方の三博士がイエス誕生の地であるベツレヘムまで訪ねてきて、母マリアと一緒にいた幼子イエスを見て拝み、乳香、没薬、黄金を贈り物としてささげたという記述がある。ルカ伝の第二章に登場するシメオンとアンナもまた、メシヤの誕生を霊的に察知して幼子を証しした人々であった。これらはみな、まだ何もしていない誕生のときからイエスをメシヤとして証しするが、その後に具体的に何かをすることなく物語が終わってしまうという意味で、予定論的な立場で登場する証し人の典型である。

 新約聖書の中で「準備されていた預言者」として登場するのは、洗礼ヨハネである。彼が懐胎されるとき、天使が現れて証した事実をユダヤ人たちはみな知っていたし(ルカ伝1:13)、彼が生まれたときの奇跡は、当時のユダヤ国中を大きく驚かせた(ルカ伝1:63-66)。そればかりでなく、荒野における彼の修道生活は、全ユダヤ人をして、彼こそがメシヤではあるまいかと思わせるほど、驚くべきものであった(ルカ伝3:15)。神がこのように偉大な洗礼ヨハネまでも遣わして、イエスをメシヤとして証しさせたのは、いうまでもなく、ユダヤ人をしてイエスを信じさせるためであった。洗礼ヨハネは、ただ単に予定論的にイエスのメシヤ性を証しすればよいのではなく、イエスと苦楽を共にし、イエスを支えて行かなければならない使命を持った人物であった。ところが、一度はイエスを証しした彼であったが、その後は別々の道を歩むようになる。彼は本来はイエスの第一弟子となるべく準備された人であったが、その使命を果たせずに失敗してしまったのである。

 イエスが十字架で亡くなった後に、「準備されていた人物」として登場したのはパウロであった。彼は初めはキリスト教徒たちを迫害する者であったが、ダマスカスに向かう道の途中でイエス・キリストと霊的に出会うことによって回心し、その後は異邦人たちに福音を宣べ伝える上で大きな役割を果たすようになるのである。

 このような前例からすれば、『生書』に登場する山口日ケン氏と中山公威氏は、洗礼ヨハネとパウロの使命を合わせ持ったような人物として描かれていることが分かるであろう。彼らは大神様に出会う前から救世主の到来を待ち望んでおり、大神様に出会うや否や、この方こそ救世主であると証すようになる。そして大神様に弟子入りし、東京に神教を宣べ伝える足がかりを作ったのである。こうした一連の流れが、『生書』の中では予定論的なトーンで描かれているのである。

 山口日ケン氏は「法華経の行者」とされていることから、もともとは日蓮宗の信仰を持っていたことが分かる。「身延の本山」という記述からも、身延山久遠寺(山梨県)を本山とする日蓮宗の下にあって修行を続けていたことが分かる。その彼が伊勢神宮に参って21日間の行をしている間に、以下のような神示があったという。
「日蓮上人が作成した本尊曼荼羅は、当座のものであって、絶対のものではなく、今度こそ次の世代の本尊が出現する時である。その本尊は天照大神で、日蓮はそれを地の中に伏せておいたのである。そして、その時代には本尊というような偶像はいらないのだ。…天照皇大神宮と思われる男神と女神の二柱の神が、お揃いで地に立っておられ、その周りに八百万の神が数知れず控えておられる。」(p.220-221)

 これは天照皇大神が「オリジナル」であり、本尊曼荼羅はその「仮の姿」であるという解釈であるから、神仏習合における本地垂迹説かあるいはその逆のパターンと類似しており、一つの宗教伝統が他の宗教伝統を飲み込もうとするときに典型的に見られる解釈の仕方である。つまり、既存の宗教における崇拝の対象は、来るべき本物の模型として存在し、本物が現れればそれに取って代わられるのだということだ。その意味では、ユダヤ教における幕屋や神殿にイエス・キリストが取って代わるという発想にも似ていると言える。これは既存の宗教伝統を完全否定するのではなく、新しいものとの連続性を持たせ、取り込んでしまおうとするときに用いられる解釈であると言ってよいであろう。

 山口日ケン氏が受けた神示の中には、天照皇大神宮教の教理そのものと思われる記述(天照皇大神宮と思われる男神と女神の二柱の神が、お揃いで地に立っておられ、その周りに八百万の神が数知れず控えておられる)が見受けられるが、大神様に出会う前の彼がここまで言語的に詳細な啓示を受けていたということは現実的にはあり得ない。批評学的に見れば、これは大神様の弟子になった後の彼らの理解を、あらかじめ神示によって告げられていたという物語に仕立てたということであろう。同様のことはキリスト教の『聖書』の中にも数多くみられる。

 『生書』には、山口氏と中山氏の両名がはじめて大神様の所を訪問したときの様子が描かれているが、それはひとことで言えば大神様の霊威に圧倒されて感服したということであった。『生書』の中には、大神様から悪口を言われることによって悔い改めに至ったり、徹底的にどやしつけられたり、叱られたりすることによって逆に魅了されるようになるというストーリーが多く出てくるが、この二人もそのパターンである。普通は悪口を言ったりどやしつけたりすれば嫌われるものだが、逆に魅了してしまうところが教祖のカリスマなのであろう。この二人に浴びせた言葉は以下のようなものであった。
「お前らは、お国大事を思っておると思うちょるじゃろうが、わしから見たら、利己、利己の大利己じゃ。お国を愛するなんていうのは、千里先の針の目処(穴)ほどもありゃあしない。」(p.223)

 愛国者を自負していた彼らからすれば屈辱的な言葉に違いない。しかし、大神様の威厳の前に彼らは何も言えなかった。そうこうしているうちに大神様は二人に憑いている霊を見抜いて、いきなりその因縁を切ってやったのである。言葉による教学論争も何もない。理屈抜き、問答無用の対応に、二人は完全に参ってしまったようである。

 二人は帰る道すがら「大変なことになった。とうとう自分たちがさがし求めていた救世主に巡り会った。それも一介の農家の主婦として現れておられる――。」と、驚きと感激に打たれて、当分口もきかなかった。(p.224)と『生書』は記している。そしてその翌日のやりとりを通して、彼らは完全に大神様の弟子になってしまうのである。

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『生書』を読む31


第八章 開元

 天照皇大神宮教の経典である『生書』を読み進めながら、それに対する所感を綴るシリーズの第31回目である。今回から「第八章 開元」の内容に入る。

 そもそも「開元」とは何であろうか。天照皇大神宮教では、昭和21年1月1日に神の国開元を宣言し、その年を紀元元年としている。以来、教団ではこの紀元で年を表現している。一方、家庭連合では2013年1月13日を「基元節」として、その年を天一国元年としている。以来、教団では「天一国〇〇年」という新たな暦を用い、太陽暦ではなく太陰暦に基づく「天暦」を正式なカレンダーとして用いている。新しい時代の到来に際して「元号」に似たような新しい暦の出発を設定しているところも、天照皇大神宮教と家庭連合の共通点である。

 しかしこうしたことは宗教の世界においては珍しいものではない。そもそも西暦はキリスト教で救世主と見なされるイエス・キリストが生まれたとされる年を元年(紀元)とする数え方であるし、イスラムでは預言者ムハンマドがマッカからメディナへ聖遷(ヒジュラ)したユリウス暦622年を「ヒジュラの年」と定め、ヒジュラ暦元年とする新たな暦を制定した。

 『生書』は、「昭和二十一年、宇宙絶対神はこの年を神の国開元の年と選ばれた。」(p.205)と記しており、元旦の式は大神様の午前五時の水行によって始められたと伝えている。大神の様の祈りに続いて同志たちが全身全霊を込めて名妙法連結経を絶叫しながら霊動するさまは、キリスト教のペンテコステにも似た情景である。

 このときに行われた大神様による年頭のお歌説法の中で、天照皇大神宮教の魂や霊界に関する考え方が示されている。「人間この世に何しに生まれて来たか。人間はあらゆる生物一周し、人間界に魂磨きに生まれて来たとこなのよ。」(p.207)というのが人生の根本目的だというのである。

 これはインドのヒンドゥー教から仏教に受け継がれて日本にもたらされた「輪廻転生」の思想と同じである。仏教ではこの輪廻のことをとくに「六道輪廻」と呼び、死後の迷いの世界を地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの生き方(転生)に分けて整理した。その転生のあり方は善因善果、悪因悪果の応報説に基づいているとされた。すなわち人間あるいは天人として生まれるという善の結果は、前世の善業が原因となっており、地獄・餓鬼・畜生として生まれるという悪の結果は、前世の悪業が原因となっているというのである。したがって、他の生物から今回人間に転生したということは、前世の善業が幸いしてより高い生を受けたのだから、さらに魂を磨いて、より上の世界に行くことが人生の目的というわけだ。こうした考え方は統一原理の死生観とは一致しないが、これは既に過去のブログで解説したのでここでは深入りしない。

 この章で印象深い記述は、大神様の一人息子である義人氏の復員である。もともと大神様は愛国的な婦人であり、一人息子の義人氏はお国に捧げたものとして、たとえ戦地で死んだとしても本望であると考えていた。その義人氏が生還したのである。しかし、義人氏が久しぶりに故郷の田布施に帰ってきたときには、かつての母ではなく、すっかり新興宗教の教祖となった母の姿があった。そして二年振りに言われた最初のことばは、「おれは神茎(神の茎)になったのだぞ。」(p.214)であった。この「神茎(しんけい)」という言葉は天照皇大神宮教特有の造語であって、恐らくは神のみ言葉を伝える者という意味なのだろうが、漢字も示さず、意味も説明しないでいきなりそう言えば、「神経」すなわち気違いになったと思ったであろう。それに加えて、母親が神憑りになって多くの信者を家に集めている様子を見て、義人氏は反発し、家を出ようとしたのである。

 このような、宗教に没頭する教祖やその信者と、その家族との間に葛藤が生じることは古来からよくあった。国士館大学の教授であった宗教学者の塩谷政憲氏は、以下のように述べている。
「家族と、回心者を求めて活動する宗教集団とは、本来的に対立する契機をふくんでいるのである。例えば、イエスによって指名された弟子達は、親や家業をすててイエスにつき従ったのである。イエスは自分の言動が平和な家庭をかきみだすことに気づいていたし、気づいていればこそ、自分が来たのは平和な家庭に剣を投げこむためであると言い切ったのである。あるいはシャカにしても家族生活をすてて家を出たのである。出家ということそのものが家族の否定である。道元は、老母への孝養とおのれの出家遁世との矛盾に悩む僧に対して、『此こと難事なり。』と言いつつも『老母はたとひ餓死すとも、一子出家すれば七世の父母得道すと見えたり。』と答えている。」(塩谷政憲「宗教運動をめぐる親と子の葛藤」『真理と創造』24、1985年、p.59)。

 このように、激しい信仰の道を行く教祖的な人物や修道者は、家族から理解されなかったり、家族に対する人間的な愛情を否定しなければならないときがある。大神様と義人氏の関係は、復員直後にはまさにそのような関係であったと思われる。しかし結果的に見ればその関係は、仏教の開祖である釈迦牟尼とその息子であるラゴラの関係に似ていると言えるであろう。ラゴラは釈迦が出家する前に妻のヤショーダラーが妊娠した息子であるが、釈迦は悟りを開くためにこの妻と息子を捨てて、カピラ城を出て出家修道の道に入った。つまり一度は息子を捨てたということである。しかし、その後ラゴラは釈迦の弟子になり、最終的には十大弟子の一人に数えられ、正しい修行を為した密行第一と称されるようになったという。すなわち、親子の関係は信仰を中心として修復されたのである。

 同様に義人氏も、最初は反発していた母の教えに次第に感化されるようになり、最終的には神行を受け入れるようになる。そのプロセスにおいては、戦争で亡くなった義人氏の戦友の霊が現れるなど、霊界の実在を実感せざるを得ないような宗教的体験もあったようである。義人氏が神行を受け入れたことは、その後の天照皇大神宮教の後継体制を確立させていく上では一つの重要なステップとなったと理解することができる。後に義人氏は教団の中で「若神様」と呼ばれるようになる。そして義人氏の娘である清和氏が大神様の後を継ぐことになるのである。

 家庭連合の創設者である文鮮明師も、神に対する信仰のゆえに家族関係では多くの試練と苦しみを体験した人物である。文鮮明師の教えの中には、自分により近い関係にある者を「アベル圏」と呼び、より遠い関係にある者を「カイン圏」と呼ぶ考え方がある。そして自分からより遠い「カイン圏」を神の下に復帰するために、「アベル圏」に対する人間的な愛情を否定して、「カイン圏」を先に愛さなければならないと説いているのである。ときにはカインのためにアベルを犠牲にしなければならないこともある。

 文鮮明師の最初の息子は文聖進氏であったが、1946年に文師は妻子を韓国に残して北朝鮮に宣教に行かなければならないという神の啓示を受け、単身で38度線を越えて北に向かった。その後平壌で宣教活動を行うが北朝鮮政府によって投獄され、朝鮮戦争による混乱の中で北朝鮮の強制収容所から解放されて南下するまで、一度も妻子に会うことはなかった。釜山で伝道活動をしていた際に妻子が文師のもとを訪ねてきたが、先にカインを愛するという原則のゆえに、妻子に対する愛情を否定して、信徒たちの面倒を見たのである。まだ幼かった文聖進氏は父親から棄てられたような気持になったであろうが、最終的には父親の下に戻ってきた。

 文師の二番目の息子は文喜進氏であったが、伝道活動に出た際に列車事故で死亡している。韓鶴子総裁との間に生まれた息子・娘たちも、アベル圏よりも先にカイン圏を愛するという原則のゆえに、人間的な愛情を十分に受けることなく成長しなければならなかった。その中で長男の孝進氏は多くの試練を受けて荒れた青春を送るようになり、次男の興進氏は17歳の若さで交通事故で死去している。その他にも、文鮮明師の家族関係を巡る試練や犠牲はここでは列挙しきれないほどに多くある。

 こうした苦労や紆余曲折に比べると、大神様が体験した息子との葛藤は、ごく最初の段階で解消され、その後の後継体制は順調に確立されたと言ってよいだろう。大神様は1967年に亡くなっているが、その後は孫の清和氏が継いだ。清和氏は信仰上の教主の立場であり、教団のマネジメントは義人氏が宗教法人上の「代表役員」として受け持つようになった。しっかりした後継者が定まったことで、天照皇大神宮教は教祖の死後にありがちな分裂を経験しないですんだのである。

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Moonism寄稿シリーズ12:2021年3-4月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第12回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2021年3-4月号に寄稿した文章です。

第12講:地球温暖化問題

 人類が直面する大きな課題の一つが地球環境問題ですが、その中でも深刻なのが地球温暖化であると言われています。今回はこの問題に関する最新の知見を紹介したうえで、UPF創設者である韓鶴子総裁が主導する取り組みを紹介します。

1890年から2020年までの世界の年平均気温偏差

1890年から2020年までの世界の年平均気温偏差

<新たなフェーズに入った温暖化の影響>
 科学者たちはすでに何十年も前から地球温暖化がもたらす影響について警告してきましたが、それは緊急事態を宣言するほどではありませんでした。しかし、いまやこの問題は新たなフェーズに突入し、私たちは人類の未来を左右する決定的な10年に入ったと言われています。すなわち、持続可能な未来を選択することができるか否かは、いまから2030年までの10年間の取り組みにかかっているというのです。

 世界気象機関(WMO)は1月14日、2020年の世界の平均気温が観測史上最高となったと発表しました。これは産業革命以前と比べて約1.2℃上昇したことを意味します。その影響は既に「未来の予測」という段階を超えて、具体的な現象となって表れています。グリーンランドでは氷床の溶解が観測史上最大となり、オーストラリアやアメリカでは大規模な山火事が起こり、シベリヤで永久凍土の融解が始まり、日本では2019年の台風19号が広い範囲で猛威を振いました。最新のシミュレーション研究では、1980年から現在までの気温上昇によって、同じ規模の台風の降水量が10%増加したことが分かっています。スーパー台風は明らかに地球温暖化の産物なのです。

専門家が予測する地球温暖化悪夢のシナリオ

 地球環境問題の専門家たちは、産業革命以降これまでに1.2℃上昇した地球の平均気温は、このままいけば2030年には+1.5℃に達し、そのとき地球は臨界点を超えて暴走し、止められなくなると指摘します。彼らが描く地球暴走のシナリオは、①北極海の氷が融解して気温が上昇、②シベリヤの永久凍土が融解し、中に閉じ込められていたメタンが爆発的に噴出(メタンは二酸化炭素の25倍の温室効果を持つ)、③高温と乾燥によりアマゾンの熱帯雨林がサバンナに変化し、森が蓄えていた二酸化炭素を放出、④南極の氷が融解して海面が1メートル上昇、という順番で起こるとされています。こうした連鎖が繰り返される中で地球の平均気温は上がり続け、2100年には+4℃にまで達する可能性があります。これはまさに悪夢のシナリオです。

<温暖化対策の具体的な取り組みと課題>
 昨年12月、国連のグテーレス事務総長は「簡単に言えば、地球は壊れているのです。人類は自然に対して戦争をしかけています。自然は常に反撃してきます。これは自殺行為です」と、異例とも言える強い言葉で世界に訴えました。日本でも、菅義偉首相が昨年10月に行った所信表明演説の中で、「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言しました。

地球環境問題について語る国連のグテーレス事務総長

地球環境問題について語る国連のグテーレス事務総長

 現在、温暖化対策の先頭に立っているのはヨーロッパ連合(EU)です。2019年にEU委員会は経済成長と温暖化対策を両立させる政策である「グリーンディール」を発表し、2030年までに120兆円の投資を行う予定です。EU加盟27か国では2019年の段階で、1990年と比べて温室効果ガス排出量が24%減少しています。2018年と比べても温室効果ガス排出量は3.7%減少していますが、GDPは1.5%増加しているのです。これによって経済成長と温暖化対策を両立させることは可能であることを示せたわけです。

 これでもまだ道半ばです。+1.5℃を超えないためには、いますぐ温室効果ガスの排出を減らし、2030年までに半減させ、2050年には森林などの吸収分を差し引いて実質ゼロにすることが必要とされています。しかし、その道のりは容易ではありません。新型コロナの感染拡大を抑え込むために行われたロックダウンや経済活動の自粛によって削減できた排出量は推定7%であり、いまの社会システムのまま目標を達成するのは難しいのが現実です。そこでEUは、①化石燃料から再生エネルギーへの転換、②産業部門における循環型経済への転換、③国境炭素税の導入、④電気自動車の普及など、社会の仕組みを丸ごと作り変える「脱炭素革命」を起こそうとしています。

 しかし、世界の二酸化炭素排出量を国別割合で比較すると、中国が28.2%でトップであり、アメリカが14.5%で2位です(2017年のデータ)。したがって、この二カ国が温暖化対策に本気で取り組まない限りは、実効性を上げることはできないのが現状です。アメリカでは、温暖化対策に否定的だったトランプ大統領に代わって、「2050年脱炭素」を掲げるバイデン氏が大統領に就任しました。世界が悪夢のシナリオを回避できるかどうかは、これからの取り組みにかかっています。

<地球環境問題に取り組む韓鶴子総裁>
 UPF創設者である韓鶴子総裁は、世界平和の実現に貢献した個人または団体の功績を表彰する「鮮鶴平和賞」を創設し、その第1回受賞者(2015年)に南太平洋の島嶼国キリバスの大統領として気候変動に伴う危機を国際社会に訴えてきたアノテ・トン氏が選ばれました。彼は低平な太平洋の小島嶼国家が海面上昇によって直面している危機について積極的に伝え、国際社会がこの問題に積極的に取り組むように導いてきました。また、韓総裁は環境問題に対する科学的な解決法の開発を全世界に呼びかけるため、2017年に科学の統一に関する国際会議(ICUS)を17年ぶりに復活させました。2017年から昨年まで行われてきはICUSの会議は、一貫して環境問題に焦点を当ててきました。

韓鶴子総裁から鮮鶴平和賞のメダルを授与されるアノテ・トン氏

韓鶴子総裁から鮮鶴平和賞のメダルを授与されるアノテ・トン氏

 昨年9月27日に行われた「第二回神統一世界安着の為の100万希望前進大会」で、韓総裁は以下のように語りました。
「私は、この地球の大陸の40%が砂漠化していくという話を聞きました。胸が痛いことです。生命が生きていくうえで最も貴い空気の供給が脅かされています。ですから私は、13億の人口を持つ中国に対して言いたいのです。多くの人口と面積を持つ中国にあるゴビ砂漠を、科学技術をもって緑地化することができれば、領土を広げるために莫大な資金を投入する代わりに、砂漠を緑地化するのに使うなら、これがどれほど祝福であるかを悟らなければならないでしょう。」

 今後も韓鶴子総裁は、地球環境問題に積極的に取り組まれることでしょう。これまで世界各地で地球温暖化政策を後押ししてきたのは、若者たちのムーブメントでした。未来を担う若者たちこそが、韓総裁と共に先頭に立ってこの問題に取り組むべきでしょう。

カテゴリー: Moonism寄稿シリーズ

Moonism寄稿シリーズ11:2021年1-2月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第11回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2021年1-2月号に寄稿した文章です。

第11講:韓半島の南北統一を推進する統一運動

 韓半島はいまだに冷戦構造が終焉していない世界でも有数の地域であり、大国の利害が絡み合った「世界の縮図」とも言える地域です。今回は韓半島の南北分断がどのように始まり、統一に向けてどのような試みがなされてきたのかを概観したうえで、文鮮明総裁・韓鶴子総裁の主導する南北統一運動を紹介します。

<南北分断の経緯と統一論の変遷>
 韓半島が南北に分断された直接の原因は、第二次世界大戦が終了した1945年に、それまで日本が統治していた韓半島を、北緯38度線を境として米国とソ連が分担して占領したことにあります。1946年には「米ソ共同委員会」が開催され、統一臨時政府樹立を目指しましたが、結局は意見が対立して決裂し、分断が固定化されてしまいました。

 1948年に南北それぞれの国家が樹立された直後の「南北統一論」は、南も北も武力による統一を公言していました。南の李承晩大統領は「失地回復論」を掲げ、共産主義者により占領された北部を取り戻すことを宣言しました。北の金日成首相は「革命基地論」を掲げ、南部で革命を起こすために北部をその基地とすると言いました。これはどちらも「統一のためなら武力衝突も辞さない」とする強硬姿勢であり、この対立は1950年6月25日の朝鮮戦争勃発によって火を噴きました。

 多大なる犠牲を払った朝鮮戦争が休戦状態となった翌年の1954年4月、南北が統一を議論するジュネーブ会議が開かれましたが、監査役としての国連の役割に関する両陣営の態度・評価がまったく異なり、合意点を見いだせないままに決裂しました。しかし1972年には米国と中国の和解を背景として「南北共同声明」が出され、武力によらず平和的方法で統一すべきだという合意がなされます。その後、北側は「北南連邦制」を、南側は「南北連合制」を主張しながら意見が対立してきましたが、2000年に金正日委員長と金大中大統領による史上初の南北首脳会談が行われるなど、大きな流れとしては南北は徐々に歩み寄ってきたと見ることができます。

<韓国の歴代政権の南北統一政策>
 韓国の歴代政権の南北統一政策を概観すれば、①先建設・後統一政策、②北方政策、③太陽政策の三段階に大別することが可能です。朴正熙政権(1961~1979)は、南主導で統一するためには韓国の経済力・技術力の近代化が必要であると考え、日韓国交正常化を通して日本からの経済協力金5億ドルを受け取り、それを用いて「漢江の奇跡」と呼ばれる経済発展を推進しました。このように、まずは国家を再建して、あらゆる面で北朝鮮を凌駕した後に統一を図るという考え方を「先建設・後統一政策」と言います。

 全斗煥政権(1980~1988)と盧泰愚政権(1988~1993)は、韓半島の平和を定着させる条件を造成するために、韓国がソ連・中国を初めとした社会主義国との関係改善を追求すると同時に、北朝鮮が日本や米国などの韓国の友邦との関係を改善することを助けるという、「北方政策」を展開します。1987年から92年にかけて、韓国は東欧諸国、ソ連、中国と、次々に社会主義国と国交を樹立していきます。これによって、北朝鮮は韓国の外交戦略によって包囲されてしまった形となり、国際的孤立を避けるために米朝国交正常化、日朝国交正常化に向かわざるを得なくなりました。

 こうした土台の上に、金大中政権(1998~2003)と盧武鉉政権(2003~2007)による「太陽政策」が実施されるようになります。この太陽政策に対しては韓国内でもいろいろな評価があり、「一方的に北朝鮮に対して経済援助をしても、結局北朝鮮は核実験をしたではないか」という批判も受けました。しかし、その前の政権の「先建設・後統一政策」と「北方政策」を背景としてみれば、南北統一に向けての最終段階の政策として位置付けることができるのではないかと思います。文在寅大統領の対北朝鮮融和政策も、「太陽政策」の延長線上にあるものと言えます。

 南北統一の前提となる米朝交渉、日朝交渉、そして南北交流はこれまで挫折と再開を繰り返してきました。2018年6月の米朝首脳会談を契機に、南北統一の機運が一時期高まりましたが、現在はまた閉塞状態に戻りつつあります。

<文鮮明総裁の南北統一運動>
 文鮮明総裁は、南北の分断は韓民族の意思によってなされたのではなく、強大国によって引き裂かれたのであるから、韓民族の力だけでは南北統一をなすことはできず、強大国が南北統一に協助する道を開かなければらないと語っています。文総裁の南北統一論は、①防衛、②解放、③統一の三段階からなっています。

 文総裁はまず、韓国と日本に国際勝共連合(1968年)を創設して、共産主義の脅威からアジアを守る運動を展開しました。そして米国にワシントン・タイムズ(1982年)を創設して戦略防衛構想(SDI)を促進し、その上でソ連のゴルバチョフ大統領と会談(1990年)することによって、冷戦を終結に導きました。さらに1991年に北朝鮮を訪問し、金日成主席と会談することによって、南北統一に向けての道筋をつけたのです。

1991年12月6日、北朝鮮のマジョン主席公館の玄関口で歓迎のために出迎えた金日成主席=右=と抱擁する文鮮明

1991年12月6日、北朝鮮のマジョン主席公館の玄関口で歓迎のために出迎えた金日成主席=右=と抱擁する文鮮明

 組織としては、韓国に南北統一運動国民連合(1987年)を創設し、日本国内には在日同胞の和合を通して南北統一を促進する組織である平和統一聯合(2004年)を創設しました。日韓友好と南北統一のために自転車縦走を行うPeace Road運動も、韓国では民間次元の南北統一運動として位置づけられ、政府からの支援を受けています。

<2020年は朝鮮戦争勃発70周年>
 2020年は朝鮮戦争勃発70周年を迎える節目の年でした。韓国国内では、南北統一運動国民連合の主催で「統一時代準備のための民間統一運動の役割」をテーマとする「2020南北統一祈願国民大討論会」が10月から11月にかけて全国各地で開催されました。11月22日に全世界をオンラインで結んで行われた「第3回希望前進大会」では、北朝鮮の侵略から韓国を守るために戦った22カ国の国連軍兵士たちを顕彰するためのリトル・エンジェルス公演が行われ、参戦勇士を慰労する午餐会も行われました。

2020年11月24日、「朝鮮半島情勢と日韓関係の展望」をテーマにUPF-Japanが主催したILCオンライン特別懇談会

2020年11月24日、「朝鮮半島情勢と日韓関係の展望」をテーマにUPF-Japanが主催したILCオンライン特別懇談会

2020年11月23日、UPF-Japanが主催したILCオンライン特別学習会で「神統一韓国論」を講義する秦聖培・孝情学術苑苑長

2020年11月23日、UPF-Japanが主催したILCオンライン特別学習会で「神統一韓国論」を講義する秦聖培・孝情学術苑苑長

 また、大会を前後して世界各国のUPFが主催するオンライン会議が行われ、各界各層の指導者たちが韓半島の平和的統一のためにどのような貢献ができるかについて議論しました。韓半島の南北統一は神様の悲願であり、世界の諸問題を解決する鍵であるという視点から、統一運動は今後も南北統一の為に尽力し続けるでしょう。

カテゴリー: Moonism寄稿シリーズ

Moonism寄稿シリーズ10:2020年11-12月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第10回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年11-12月号に寄稿した文章です。

第10講:中国の脅威に対峙する平和大使運動

 世界の覇権国家を目指す中国が21世紀最大の脅威であるという認識は、コロナ以前から米国に広まっていましたが、コロナ禍によって米中対立はさらに激しくなりました。今回は米国の対中政策の大きな転換を示した上で、日本の安全保障問題に正面から取り組む平太大使運動について解説します。

 今年7月23日にカリフォルニア州にあるリチャード・ニクソン大統領図書館・博物館においてマイク・ポンペオ米国務長官が行った演説は、「米中新冷戦」が新たな局面に入ったことを示す内容でした。

今年7月23日にカリフォルニア州で演説するポンペオ米国務長官

今年7月23日にカリフォルニア州で演説するポンペオ米国務長官

<ポンペオ演説の衝撃>
 ポンペオ国務長官の演説の要旨は以下のようなものです。米中国交正常化を実現したニクソン政権以降、米国の対中政策は「関与(Engagement)政策」を基本としてきました。米国は、中国に関与していくことで、互いに敬意を払い、協力し合える希望の未来が開かれると思っていたのです。時間と共に米国の政治家たちの思い込みは強まり、中国は発展しているから、開かれた自由な国になり、他国にとって今ほど脅威ではなくなり、友好的になるはずだと考えました。しかし、そうはなりませんでした。

 中国は国内では独裁的支配を強め、国外の至る所で自由主義への敵対を強めています。今こそ、中国の脅威が明確であることを示さなければなりません。自由世界は、独裁体制に勝利しなければならないのです。中国共産党がマルクス・レーニン主義政権であることを忘れてはなりません。習近平総書記は、破綻した全体主義思想の真の信奉者です。習氏が何十年も前から中国共産主義の世界的覇権を追求してきた背景には、まさにこの思想があるのです。中国を普通の国として扱うことはできません。

 目標は、中国を変革へと向かわせることです。いま行動しなければ、中国共産党はいずれ、自由を蝕み、民主主義社会が苦労して築き上げてきたルールに基づく秩序を破壊するでしょう。いま膝を屈すれば、私たちの子供の子供は、中国共産党のなすがままになっているかもしれません。同様の考え方を持つ国々が新たに結集し、新たな民主主義同盟を組織すべき時です。

<トランプ政権の対中戦略>
 2016年に誕生したトランプ政権は、歴代米政権の対中政策とは明らかに異なる方針を打ち出してきました。これまでは安全保障の問題と経済の問題を分けて考えてきたのですが、トランプ大統領はこの二つを結び付け、中国に対して貿易戦争を仕掛けて経済的圧力をかけたのです。

 2017年12月にホワイトハウスが発表した国家安全保障戦略、2018年1月に国防総省が出した国家防衛戦略は、中国は米国の安全保障と繁栄に対する深刻な脅威であり、自らの独裁主義的なモデルにしたがって世界を造り変えようとしている、と指摘しました。

 マイク・ペンス副大統領が2018年10月4日に行った「トランプ政権の対中政策」という演説は、世界に衝撃を与えました。同副大統領は中国が米国内で情報操作を継続し、「かつてないほど積極的に、我が国の国内政策や政治活動に干渉している」と非難したのです。さらに、「中国は米国を西太平洋から追い出し、米国が同盟国に手を差し伸べるのを阻止しようとしているが、彼らは失敗する」と宣言しました。

2018年10月4日にハドソン研究所で講演するペンス副大統領

2018年10月4日にハドソン研究所で講演するペンス副大統領

 中国に対する米国の厳しい姿勢は、いまや新しい段階に入っています。かつては中国の脅威を訴えるのは決まって共和党右派でしたが、いまや民主党左派に至るまで超党派的に中国批判で一致しています。これまでは外交、経済、軍事、テクノロジー、情報、人権など、個別のイッシューでなされていた中国批判が、いまや包括的な批判になりました。米国は中国の覇権主義の脅威に対して本気で目覚めたようです。これは目先の経済的利益よりも国家の存立をかけた戦いなので、長期化することが予想されます。米国は中国をどこまで追い込むか、中国はどこまでそれに耐えるか、という構図なのです。

<日本の安全保障と平和大使運動>
 日本は地政学的に米中の板挟みになりやすい位置にいます。日本は米国と同盟関係にある一方で、歴史的に中国とは深い関係にあり、経済的な結びつきも強いからです。しかしこれを単なる二つの超大国の覇権争いと見ることはできません。そこには自由主義と共産主義という明確な価値観の違いが存在するからです。自由、民主主義、法の支配、市場経済を基本とする日本の価値観は、基本的に米国および西洋諸国と同じです。そして日米同盟は日本の安全保障の基本なので、日本の政策は基本的に米国に歩調を合わせざるを得ないのです。

米中対立と日本の安全保障

 中国の脅威から日本の平和と安全を守るためには、確固たる安全保障体制の整備が不可欠です。それは、戦争をするためではなく、戦争を抑止するための体制整備であり、日本と米国と韓国が結束することが必須要件です。いまこそ、日米韓がガッチリとスクラムを組んでアジア太平洋地域の安全を守るという強い姿勢を見せなければなりません。

 日本の平和大使運動は2010年から本格的に安全保障問題に関わるようになり、「①緊急事態基本法を制定しよう、②我が国の防衛力を増強しよう、③集団的自衛権に正面から取り組もう、④日米安保体制強化・日韓防衛協力を推進しよう、⑤スパイ防止法を制定しよう」という5つのスローガンを掲げて運動を展開してきました。当時はまだ民主党政権の時代であり、これらのスローガンの実現は極めて困難なことに感じられましたが、自民党の安倍政権が誕生して以降、その一つ一つが次々と実現の方向に動き出しました。

 安倍政権は2015年9月に、集団的自衛権の限定行使容認を含む「平和安全法制整備法」と「国際支援協力法」を成立させました。この法案は国論を二分し、偏向したマスコミ報道によって激しく攻撃されましたが、平和大使運動はぶれることなく法案に賛成し続け、その意義を訴える大会やセミナーを開催・支援してきました。安倍政権の政策を継承する菅政権の時代に入っても、こうした安保運動を継続していくことが、日本の国益と東アジアの平和と安定に資することになるのです。

カテゴリー: Moonism寄稿シリーズ

Moonism寄稿シリーズ09:2020年9-10月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第9回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年9-10月号に寄稿した文章です。

第9講:人種問題を解決する交叉祝福

 人種差別は近代の世界が抱えていた大問題の一つであり、20世紀後半になってようやく本格的な解決への取り組みが始まりました。しかし、今年5月に黒人男性ジョージ・フロイド氏が警察官の不適切な拘束方法によって死亡させられた事件をきっかけに、米国で人種問題が深刻化しています。いまだに世界各地に根強く残っているこの問題の根本解決のために、文鮮明師御夫妻が推進する「交叉祝福」を紹介します。

<全米に広がる「ブラック・ライヴズ・マター」>
 2020年5月25日に米国のミネアポリス近郊で、アフリカ系アメリカ人の黒人男性ジョージ・フロイド氏が警察官の不適切な拘束方法によって死亡しました。フロイド氏が「呼吸ができない、助けてくれ」と懇願していたにも関わらず、白人警官は8分以上にわたって彼の頸部を膝で強く押さえつけ、フロイド氏を死亡させたのです。

 フロイド氏の死後、26日に行われたミネアポリス・セントポール地域でのデモ活動は当初平穏なものでした。しかし28日になると一部の参加者が暴徒化し、警察官への投石、店舗に対する放火や略奪を行うようになりました。これに対しトランプ大統領は「暴徒化した一部の抗議活動をANTIFAという極左組織が扇動している」として、軍の投入をほのめかすという事態になりました。

 ブラック・ライヴズ・マター運動はこの事件をきっかけに国際的な注目を集めると同時に、米国内での抗議行動に推定1500万人から2600万人を動員し、米国史上最大級の運動となりました。いまや人種問題は11月の米国大統領選の争点として急浮上しています。UPFでも6月5日に人種間の葛藤をテーマにしてオンラインセミナーを開催しました。

「ブラック・ライヴズ・マター」の集会

「ブラック・ライヴズ・マター」の集会

<人種差別の起源>
 人種差別の起源は、ヨーロッパ諸国による「新大陸の発見」であると言われています。スペイン、ポルトガル、イギリス、フランス、オランダなどの国々は、アフリカの中央部西海岸で黒人奴隷を買い取り、彼らを南北アメリカ大陸に送り出して植民地を建設しました。これに伴い、アフリカ系の人々の血を受け継ぐ者をすべて黒人として、黒人と白人に人種を分離する二元的な人種システムが生まれました。そして黒人はしばしば野獣に等しい野蛮人だとされ、人間性のかけらもないと考えられたのです。

 やがて世界の人類を人種によって分類する思想が生まれ、文明化したヨーロッパ人、堕落した文明人のアジア人、自然に近いアメリカ人、野蛮なアフリカ人というように、身体的特徴だけでなく、気質や習慣などの文化的特徴でも分類する価値観が生まれます。ヨーロッパ人こそが理性によって完成に近づいた人間であると前提され、その完成度の差異によって人種が分類されるようになったのです。

 アメリカ合衆国の建国にあたっては、「誰を国民とするのか」という国民の枠組みの決定が大きな課題となりました。その結果、米国は白人と非白人の人種差別を認めて制度化した最初の国となったのです。アメリカの黒人には選挙権が与えられなかっただけでなく、南部諸州では異人種間の婚姻が非合法化され、白人と黒人を公的な空間(交通機関、学校、公園、競技施設、宿泊施設、プール、トイレ、墓場など)で分離しようとしたのです。

<人種差別がピークに達した20世紀前半>
 差別に遭ったのは、なにも黒人だけではありません。「黄禍論」は、アジア人を脅威だとする主張です。これは労働力として大量に押し寄せた中国人に対する恐怖心から始まったのですが、やがて日本人やインド人などの他のアジア人の移民をも規制し、その権利を制限する方向に向かいます。「白豪主義」は、オーストリアが白人国家を作るために、有色人種の移民を制限した政策のことで、1901年から1970年代の初めまで続きました。同じようなことがアメリカ合衆国、カナダ、ニュージーランドでも起こりました。ヨーロッパでは、「ジプシー」と呼ばれた集団やユダヤ人が人種的・民族的差別の対象となりました。南アフリカのアパルトヘイト体制も、人種差別を国家の政策として正当化したものです。このように人類が大きく進歩した時代であると考えられている20世紀に、最も甚だしい人種差別が行われていたのです。

 しかし、第二次大戦後にその状況は世界的に大きく変化しました。人種差別撤廃の大きな原動力になった運動の一つが、キング牧師の“I have a dream.”という言葉で有名なアメリカの公民権運動です。このころになってようやく、人種差別が当然であった時代が終わり、人種差別が社会的に認められない時代が来ました。そして人種に基づく差別的な制度が撤廃されていったのです。

<生物学的には意味のない「人種」>
 そもそも「人種」とは、身体的特徴で分類した人類の下位の区分のことであり、このような人類の体系的分類は18世紀に誕生しました。人類という種に複数の亜種が設けられ、白人、黒人、アジア人、アメリカ先住民に対応する人種が、人類の亜種と考えられたのです。しかし現在では、人類は1種1亜種で、複数の亜種は存在しないと考えられています。すなわち、生物学的な分類としての「人種」は存在せず、むしろそれは社会的・文化的な分類であると言えます。したがって「人種主義」は科学的・客観的根拠なしに、身体的特徴を指標として人を差別する「思想」なのです。

<人種問題に関する文鮮明師の観点>
 文鮮明師は、人種問題の本質とその解決法について以下のように語っておられます。
「神様の目には、皮膚の色の違いはありません。神様の目には、国境も存在しません。神様の目には、宗教と文化の壁が見えません。このすべては、数万年間人類の偽りの父母として君臨してきた悪魔サタンの術策にすぎません。」
「白人と黒人が、東洋と西洋が、ユダヤ教とイスラーム(イスラム教)が、さらには五色人種が一つの家族になって生きることができる道は、交叉結婚の道以外にほかの方法があるでしょうか?」(2005年 9月12日「神様の理想家庭と平和世界のモデル」より)

 「人種」に科学的根拠がなく、その差別が偏った思想に基づいた幻想にすぎないのであれば、それを解消するための根本的な解決法は、異人種間の結婚を推進し、真の愛によって人種の壁をなくしてしまうことです。文鮮明師御夫妻の推進する「交叉祝福」によって生まれてきた子供たちは、異人種間のハイブリッドであり、人種問題を超越した真の愛の結実として生まれてきた、「新しい人類」なのです。

異人種間の「交叉祝福」を受ける家庭連合の若者たち

異人種間の「交叉祝福」を受ける家庭連合の若者たち

異人種間の「交叉祝福」を受ける家庭連合の若者たち

異人種間の「交叉祝福」を受ける家庭連合の若者たち

カテゴリー: Moonism寄稿シリーズ

Moonism寄稿シリーズ08:2020年7-8月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第8回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年7-8月号に寄稿した文章です。

第8講:アフター・コロナの世界とUPFのビジョン

 中国の武漢に端を発して全世界に拡散した新型コロナウイルスは、いまや第二次世界大戦以降に人類が直面した最大の試練であると言われています。ウイルスとの闘いは長期戦になることが広く認識されるようになる一方で、経済に対する深刻なダメージが懸念されています。今回は、アフター・コロナの世界におけるUPFの役割について解説します。

 今年2月3日~5日にかけて韓国ソウルで行われたUPF主催の「ワールドサミット2020」は参加者の量と質の両面において過去最高の国際会議となりました。ちょうど新型コロナウイルスが中国から各国に拡大し始めた時期と重なり、サミットの開催自体が危ぶまれましたが、奇跡的に感染者を一人も出すことなく歴史的なビッグ・イベントは大成功を収めました。

ワールドサミット2020の開会総会参加した世界各国の首脳級指導者たち

ワールドサミット2020の開会総会参加した世界各国の首脳級指導者たち

 このサミットの大きな特徴は、今後UPFが世界平和実現のために活動を展開していく6つの構成要素が明確に示され、それぞれが分科会で戦略的行動計画を立てる作業に入ったことにあります。以下、6つの構成要素について簡単に解説します。

 世界平和頂上連合(ISCP)は、ワールドサミット2019で韓鶴子総裁が創設を提唱し、このたびのサミットで正式に発足した、国家元首・政府首脳の集まりです。韓総裁は2018年から世界を巡回し、その国の最高指導者が参加する国際会議を何度も開催してきましたが、その集大成がISCPの創設です。サミットにはカンボジアのフン・セン首相とニジェールのラフィニ首相を筆頭に、多数の現職・元職の政府首脳が参加し、まさに世界の「頂上」が一堂に会する中でISCPの創設が宣言されました。この組織は今後、首脳級の指導者たちがその知恵と経験を集めて世界の諸問題を解決するためのプロジェクトを推進する母体となるでしょう。

 世界平和議員連合(IAPP)と平和と開発のための宗教者協議会(IAPD)は、6つの構成要素の中でも先駆けて設立され、実績を積んできた組織です。人間に心と体があるように、平和を構築する運動にも政治家と宗教家の両方が参加しなければなりません。

 国際平和言論人協会(IMAP)は世界各国の良心的な言論人が集まり、世界平和に貢献するためのネットワークです。文鮮明総裁は、メディアの自由と責任を擁護するために世界言論人協会を設立し、日本の世界日報、米国のワシントン・タイムズ、韓国のセゲイルボなどの言論機関を設立した実績があります。IMAPはそれらを基盤とするUPFの言論部門のプロジェクトとして立ち上げられました。

 国際平和学術協会(IAAP)は、世界平和に貢献する学者たちの集まりです。文総裁はこれまで世界平和教授アカデミー、科学の統一に関する国際会議などの学術部門に力を入れてきましたが、IAAPは時勢に流されずに真理と普遍的価値を探求する学者たちによる平和運動を推進する母体となるでしょう。

 国際平和経済開発協会(IAED)は、平和と開発のために貢献するビジネス・リーダーたちの集まりです。経済活動の目的は私利の追求にあるのではなく、真の愛による富の公平な分配と人類全体の福祉のためにあるという思想に基づき、経済人による平和のプロジェクトを推進していく組織です。

 世界平和は特定分野の指導者のみによってなされるものではありません。ワールドサミット2020を通してUPFが示したビジョンは、「共生・共栄・共義」という価値観のもと、これら6つの分野の指導者が力を合わせ、人類共通の課題に取り組んでいくことにあります。

 ちょうどこのサミットが終了すると同時に、全世界は新型コロナウイルスの恐怖に飲み込まれていきました。いまは感染拡大をどのように阻止するかという議論と共に、アフター・コロナの世界がどのようになるのかに関する議論も活発に行われています。もし中国の権威主義が勝利し、欧米の自由民主主義が敗者になるとすれば、それは最悪のシナリオです。中国の官製メディアは、欧米諸国で新型コロナウイルスの感染拡大が中国以上に深刻な状況となったことを、共産党独裁体制の正当化に最大限利用しています。

 一方の民主主義陣営で危惧されるのは、ナショナリズムやポピュリズムの台頭です。欧州ではウイルスの感染拡大を防ぐため、パスポートなしで自由に行き来できるシェンゲン協定国の多くが国境を閉じて管理を強化しました。「欧州は一つ」という理念は遠のき、「自国第一主義」すなわち国民国家が復権しています。

 感染症を防ぐために人と人との間に「社会的距離」を取ることが要請され、国同士を結ぶ交通手段が寸断されると同時に、相互に入国制限をせざるを得ません。人々は感染を恐れて互いに疑心暗鬼となり、各国政府は自国民の生命と健康を守ることしか考えられなくなります。ある意味で、これほど人と人、国と国との関係性を破壊し、互いに孤立させるものはありません。ウイルスは人々の肉体的健康だけでなく、精神的健康をも蝕んでいき、政治や社会のあり方まで極めて自己中心的なものに変えてしまう恐れがあります。

 しかし、これほどのパンデミックの状況下では、自国内において感染を防止するだけでは意味をなさず、世界全体がウイルスとの闘いに勝たなければ、自国の安全もまた保障されません。互いに責任を転嫁して非難しあったり、医療資源を奪い合っている場合ではないのです。ウイルスの危機によって生じた恐怖や怒りを政治的なプロパガンダに利用するような行為は、人類全体にとって破壊的な結果をもたらします。

 UPFインターナショナルは、今年4月8日に「光の環:コロナウイルスの危機を乗り越える」と題する声明文を発表しました。そもそもコロナウイルスの名称は、外観がコロナ(太陽の光冠)に似ていることに由来します。それにちなんで、暗闇の中にあって「光の環」となるべく、共に働こうという趣旨で出されたものです。

 現在の危機を乗り超えていくためには、結束、協力、対話、思いやりの精神が必要です。われわれは人類一家族の一員です。この危機を特定の国家的、政治的、宗教的、民族的、文化的な分裂を助長するために利用すべきではありません。暗闇の中の「光の環」となるべく、UPFはサミット・シリーズで強調された「共生・共栄・共義」の理念によって、この人類的危機を乗り越えていこうとしています。

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Moonism寄稿シリーズ07:2020年5-6月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第7回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年5-6月号に寄稿した文章です。

第7講:若者たちの結婚を推進する統一運動

 現在わが国では、急激に少子高齢化が進むとともに、次世代を生み育てる社会の基礎単位である家庭の崩壊が広く蔓延しています。それは内的には「家庭が大切である」という価値観の衰退として、外的には家庭そのものが縮小していく少子高齢化と人口減少の問題として表面化しています。日本の「国難」と言われる少子高齢化の最大の原因は、若者たちの未婚化・晩婚化です。今回はこの問題に統一運動がどのように貢献していけるかについて説明します。

<少子高齢化の主因は若者の未婚化>
 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が発表した日本の将来推計人口によると、2015年に1億2709万人だった総人口は、2053年に1億人を割り、2065年には8808万人に減少すると予想されています。そして単に人口が減るだけでなく、65歳以上の高齢者が占める割合は、2015年の26.6%から38.4%に上昇するなど、「超高齢社会化」の到来を予想しています。2019年の出生数は90万人を割り込み、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の数の平均値)は1.42に留まっています。人口維持に必要な合計特殊出生率は2.07と言われており、この数字に遠く及ばない以上、日本の人口は減り続けるしかないのです。わが国のこの数字は、世界最低水準となっています。

 少子高齢化は人口減少と労働力の低下に直結するため、まさに日本の国力を減退させる「国難」といえますが、その主要な原因ははっきりしています。日本ではまだ婚外子の割合は低く、子供は結婚により生まれてくる場合が大半であることから、子供が生まれない主因は若者たちの未婚化・晩婚化にあるのです。

 2015年に行われた国勢調査のデータによれば、30~34歳の未婚率は男性で47.1%、女性で34.6%となっています。1960年にはこの数字が男女ともに10%以下だったことを思えば、現在の30代前半の若者がいかに結婚していないかが分かるでしょう。50歳まで一度も結婚をしたことがない人の割合を示す「生涯未婚率」は男性で23.4%、女性で14.1%にのぼりました。前回の2010年の結果と比べて急上昇し、過去最高を更新しました。最近は生涯結婚しない人も増えていることから、「非婚化」という言葉も使われています。

<若者たちはなぜ結婚しないのか>
 若者たちが結婚しない理由については、内閣府が発表した『平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書』で実施した20~30代の未婚者に対するアンケート調査が参考になります。選択肢を複数回答できる調査で若者たちが多く選んだ理由は、①適当な相手にめぐり合わない(54.3%)、②自由や気楽さを失いたくない(27.2%)、③結婚後の生活資金が足りない(26.9%)、④趣味や娯楽を楽しみたい(23.7%)などでした。一番大きな理由は出会いに関するものですが、②と④は価値観やライフスタイルに関する問題で合計すれば事実上の二番となり、経済的な問題が三番目に来ることが分かります。

 若者たちが結婚について不安に感じることとしては、「生活スタイルが保てるか?」「余暇や自由時間があるか?」「お金を自由に使えるか?」などが上位に上がりますが、これは若者たちの間に個人主義的な価値観が蔓延していることを物語っています。結婚すれば多少はこうしたことを犠牲にしなければならないわけですが、それ以上に結婚で得られる「一緒にいる幸せ」や「分かち合う喜び」に対する魅力を強く感じれば結婚するはずです。しかし、今の若者は結婚に対してそこまで強い動機を持てないでいるのです。

<「出会い」がなくなったのはなぜか?>
 それでは「出会い」の問題はどうでしょうか。国立社会保障・人口問題研究所の主任研究官である岩澤美帆氏、三田房美氏が発表した論文「職縁結婚の盛衰と未婚化の進展」(『日本労働研究雑誌』2005年1月号)によると、1970年代以降底なしに進む未婚化の原因を夫婦の出会い方の側面から分析すれば、初婚率低下の最大の原因は見合い結婚の減少にあるという結果が出ています。ここでの「初婚率」は1000名の未婚女性に対して年間何件の結婚があるかを計算した数値ですが、1960年代前半には恋愛結婚が35件、見合い結婚が29件という数字でした。これが2000年以降には恋愛結婚が38件、見合い結婚が3件となっています。つまり、恋愛結婚の数は微増であるのに対して、見合い結婚が激減したために、全体としての初婚率を大きく押し下げているということなのです。

 実は、恋愛結婚の件数は1970年代前半に一度56件まで上昇していますが、その後徐々に下降しています。この間に恋愛結婚が減った主な要因は、職場で出会って結婚する「職縁結婚」の減少にあると分析されています。高度成長期の企業は社員を家族のように扱う「日本的経営」が特徴でしたが、その頃の女性従業員は労働力というよりは男性従業員の配偶者候補として雇用されていた側面があったのです。つまり、当時の職縁結婚は当事者の意識においては恋愛結婚なのですが、企業が事実上のマッチ・メイカーとして機能していたということです。しかし、女性の雇用形態と企業文化の変化により、いまでは企業がこうした役割を果たすことはなくなりました。

<若者たちの結婚を推進する運動が必要>
 こうした事実から分かることは、若者たちの未婚率がここまで上昇したのは若者たちだけの責任ではなく、彼らを取り巻く大人社会にも原因があるということです。伝統的な日本の社会には、若者たちの結婚をサポートする共同体意識が存在していました。例えば「結婚してこそ一人前だ」「早く身を固めたらどうだ」と語る説教おじさんや、出会った若者にどんどん縁談を勧めるマッチングおばさんのような人がいて、若者たちの結婚を後押ししてきたのです。

 こうした文化が失われた現代日本において、統一運動は若者たちの結婚を強力に推進する貴重な存在と言えます。マッチングと祝福は言ってみれば「神を中心とするお見合い」のようなものです。そして信仰共同体としての統一運動は若者たちに結婚と家庭の意義を教育するだけでなく、具体的に相手を探して結婚まで導いていくマッチ・メイカーとしての役割を果たしています。そしてより社会に開かれた活動として、若者たちに結婚の意義を啓蒙するセミナーなどを開催しています。こうした活動が、「国難」を解決する処方箋となっていくでしょう。

祝福式写真①

祝福式写真②

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Moonism寄稿シリーズ06:2020年3-4月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第6回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年3-4月号に寄稿した文章です。

第6講:現代の朝鮮通信使としてのPeace Road

 日本と韓国は一衣帯水の隣国であり、北朝鮮による核の脅威から両国の平和と安全を守るためにも、戦略的な協力関係を結ばなければなりません。しかし昨年は日韓基本条約を結んだ1965年以降、両国の関係が最も悪化した年として記憶されることとなりました。統一運動は日韓関係がどんなに厳しいときでも両国の友好親善を促進してきましたが、今回はそうした運動の一つであるPeace Roadを紹介します。

<Peace BikeからPeace Roadへ>
 2013年の夏、日本最北端の稚内から日本と韓国の友好を願って、両国の数名の若者が「Peace Bike」の名の下に、自転車で走り始めました。日本縦走を目指したこの試みは、和解と平和の心を人から人へと繋いで行く活動として多くの反響を呼びました。その様子はSNSを通して全国から支援を受けるようになり、リレー形式で日本の縦走を成功させ、さらに玄界灘を越えて韓国の釜山から臨津閣まで連結されました。この運動は日韓友好、朝鮮半島の緊張緩和と平和統一のみならず、多文化社会における相互理解と共存を希求するものに発展しました。

 このプロジェクトが成功した後、文鮮明総裁聖和一周年記念大会において韓鶴子総裁が「日韓が一つになって臨津閣までの22日間自転車縦走は、祖国統一・南北統一を念願する実践でした。私たちの誠意は臨津閣で終わるのではなく、白頭山を過ぎアジアを経て、全世界に天が望まれる自由・平和・統一の幸せな地上天国を成すまで前進、前進していきます」と語られ、この運動にさらに多くの国が参加するようになりました。

 Peace Bike 2014には日本側で延べ1200名が参加、北海道納沙布岬から九州まで縦走すると共に、韓国でも大統領官邸前広場から釜山まで、両国で計6000キロを超える距離を縦走しました。日本では通過した各都市で、自治体首長や地域社会リーダーに「平和メッセージ」を届け、駐日韓国大使館や各地の領事館から暖かい支援を受けました。縦走の様子はYouTubeにアップされ、それを見て共感した世界14カ国の若者も現地で縦走を実施。Peace Bike運動は世界的な広がりを持つに至りました。

 2015年にはその名称を「Peace Road」と発展的に改称し、世界120カ国を巻き込んでの運動となりました。この年は日韓国交正常化50周年の節目の年でもあったので、両国の親善友好のための行事が日本各地で開催されました。

 ピースロード2019は、7月11日に日本最北端の地である北海道稚内市の宗谷岬で、文妍娥UPF韓国会長を迎えて日本縦走を開始しました。北海道のピースロードは全長720キロに及ぶ長距離コースでしたが、その全行程を韓国から派遣された青年ライダーたちが共に走りました。また、8月7日から15日にかけて行われた韓国縦走にも、日本からライダーが派遣されました。

<21世紀の朝鮮通信使として>
 こうして日韓がお互いにライダーを送りあい、共に走ることで両国の友好親善を推進しようというピースロードは、「21世紀の朝鮮通信使」の役割を果たそうとしています。事実、これまでのピースロードの記録をひも解けば、各地で朝鮮通信使ゆかりの地をルートに入れて、その歴史を学ぶプログラムが組まれています。

 昨年来、日韓関係は厳しい状態にありますが、このような時期だからこそ、民間レベルにおける友好親善の努力が大切です。これまでも日韓関係は厳しいときもあり良好なときもありましたが、国が引越しをすることはできないので、両国が隣国としてお付き合いをしなければならないという事実は変わりません。

 過去の歴史において、日本と朝鮮の関係を非常に悪化させた事件の一つが、豊臣秀吉の朝鮮出兵です。これによって一時期両国は国交断絶状態になったわけですが、それを回復させる役割を果たしたのが朝鮮通信使です。通信使自体は室町時代に始まりましたが、秀吉の朝鮮出兵によって中断されていました。それが徳川の時代になって再開され、200年間に合計で12回も派遣されています。江戸幕府は西洋諸国に対しては国を閉ざしていましたが、朝鮮とは国書を交換し、正式な国交を結んでいたのです。

 通信費を迎えるために幕府が使った費用は、18世紀の初めごろで約100万両でした。当時の幕府の年間予算が78万両ですから、それ以上の莫大な費用をかけて朝鮮のお客様を迎えたことになります。そればかりでなく、幕府は通信使の経路にあたる各藩に対してリレー形式で接待役を命じ、各藩は威信をかけて地元の名産品でもてなしたのです。

 朝鮮通信使には、詩文や書を書く人、絵を描く人、音楽を奏でる人、医者などが同行しており、一種の文化使節としての役割を果たしていました。外国との接触が限られていた当時の日本人にとっては物珍しく、行く先々で多くの人々が詩や書画を求めて集まったという記録が残っています。このように、お客様をもてなし、その返礼として文化を受容するという関係を継続することを通して、200年間にわたる平和な時代を築いたのです。

 もちろん朝鮮通信使と日本人の間には、過去の恨みや文化の違いに起因するさまざまなトラブルや行き違いもありました。しかし、共に旅をしながらお互いに本音で話すことを通して、それらを一つ一つ乗り越えていったのです。朝鮮通信使の意義は、不幸な歴史を乗り越えて相互交流によって平和な時代を築き上げていったことにあります。いまこそ私たちはその歴史から貴重な教訓を学ばなければならないのではないでしょうか。

<次世代育成に貢献するPeace Road>
 Peace Roadに参加した若者たちは、「平和のために自分に何ができるか分からなかったが、とにかく参加して汗を流すことで、平和を自分の問題として感じることができるようになった」と感想を述べています。この運動は、新しい日韓関係を切り拓いていく平和の担い手としての若者たちを育成していくうえでも重要な役割果たしているのです。

 このPeace Road運動には、文鮮明・韓鶴子総裁御夫妻が30年間にわたって推進してきた「日韓交叉祝福」で誕生した日韓家庭の子女たちが多数参加し、父の国と母の国を和解させるために汗を流しています。この運動は次世代を担う若者たちが両国の平和を築くPeace Makerとなることにも貢献しているのです。

日本から派遣された韓国縦走チーム

日本から派遣された韓国縦走チーム

九州と釜山を結ぶPeace Road

九州と釜山を結ぶPeace Road

Peace Road 2019中央実行委員会発足式

Peace Road 2019中央実行委員会発足式

東京都庁前でのPeace Road出発式

東京都庁前でのPeace Road出発式

朝鮮通信使ゆかりの地である日光東照宮でのPeace Road

朝鮮通信使ゆかりの地である日光東照宮でのPeace Road

カテゴリー: Moonism寄稿シリーズ

Moonism寄稿シリーズ05:2020年1-2月号


 私がこれまでに「UPFのビジョンと平和運動」と題してWorld CARP-Japanの機関誌『Moonism』に寄稿した文章をアップする「Moonism寄稿シリーズ」の第5回目です。World CARP-Japanは、私自身もかつて所属していた大学生の組織です。私が未来を担う大学生たちに伝えたい内容が表現されていると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。今回は、2020年1-2月号に寄稿した文章です。

第5講:科学者の知恵を集めて地球環境問題に取り組むICUS

 科学技術の発展は人類に多大な恩恵をもたらすと同時に、環境問題に代表される深刻な脅威も生み出しました。今回は環境問題解決に取り組むために2017年に再開された「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」のビジョンを紹介します。

<科学技術の発展がもたらした光と闇>
 近代以降の科学技術の発展は、人類に多大な恩恵をもたらしました。農業と工業の分野において生産性が飛躍的に向上し、生活のあらゆる面が豊かになりました。交通と通信の発達により、人間も物資も情報もかつてない速度で世界中を行き交うようになりました。しかし科学技術の発展が人類にもたらしたものは、肯定的なものばかりではありません。公害や環境破壊、核兵器や生物化学兵器に代表される大量破壊兵器の開発など、人類がかつて経験したことのない脅威も同時に生み出しました。

 今日のわれわれはインターネットを通じて遠方にいる相手と瞬時に通信することができるようになりましたが、同時にそれは不正取引、児童買春、ポルノグラフィーの温床にもなっています。テロリストたちもインターネットを活用して自分たちの主張を拡散させ、憎しみや暴力を増幅させています。科学技術の発展は偉大なことですが、その使い方によっては善にも悪にもなるのです。

 イギリスの歴史家アーノルド・トインビー(1889-1975)は著書『試練に立つ文明』の中で、「われわれの物質的な力が大きくなればなるほど、その力を、悪のためでなく善のために使用するために、われわれには優れた見識や徳性が必要になってくる。… われわれは、これまで物質的な力を取り扱うのに十分な道徳性を備えたことはなかったし、今日、その道徳的ギャップは、過去のいかなる時代にもまして大きくなっている。」と述べています。彼がこれを書いたのは1948年のことですが、これは現在の状況にも当てはまります。

 近代科学技術文明は、宇宙を精密な機械と見る機械論的世界観、唯物的な世界観に立脚しています。それは科学的実証や技術的実践に価値の中心が置かれた文明であり、極めて大きな力と普遍性を持っていたために世界を席巻しました。しかし、そのバックボーンとなっていたキリスト教精神の衰退にともなって物質主義の色彩が強くなり、個人主義は徐々に利己的個人主義へと変質しました。そのことが「文明病」と言われる、現代の社会病理の原因ともなっています。

<科学の統一に関する国際会議の創設>
 こうした課題を解決するため、文鮮明師御夫妻は1972年に「科学の統一に関する国際会議(ICUS)」を創設しました。ICUSは既存の科学が狭い専門領域に細分化されていく傾向を憂慮し、全体論的視野から科学を再統合するという壮大なビジョンを掲げました。創設者の包括的ビジョンに基づき、ICUSは自然科学、社会科学、人文科学などのさまざまな分野から科学者たちを集め、真理を探求し公的な善を追求する「絶対価値(Absolute Value)」に基づく「科学の統一」を主要なテーマに行われました。

 「科学の道徳的指向性」をテーマに1972年にニューヨークで開催された第1回のICUSは、8カ国から20名を集めた小さな会議でした。1973年に東京で行われた第2回ICUSは、「近代科学と精神的価値」をテーマとし、参加者の数は3倍に増えました。その後、ロンドン、ボストン、サンフランシスコ、ソウルなど世界の主要都市で毎年会議が行われ、参加者の数と質は回を追うごとに上昇していきました。1972年の第1回から2000年の第22回までの合計で2000名以上の科学者が参加し、その中にはノーベル賞受賞者が30名以上含まれていました。会議ごとの議事録が出版され、テーマごとにまとめられた書籍も16冊発行されました。ICUSは広範な分野を扱ったにもかかわらず、絶対価値によって導かれる科学の統一を目指すという点で一貫性を持っていました。

第24回ICUSでメッセージを語られる韓総裁

第24回ICUSでメッセージを語られる韓総裁

<ICUSの中断と韓鶴子総裁による再開>
 2000年になり、専門分野を超えた学際的な研究が世の中でも一般的になると、創設者は他の緊急課題に目を向けるようになり、以来17年間にわたってICUSは開催されませんでした。しかし、地球環境の破壊という脅威を深刻に受け止めた韓鶴子総裁は、環境問題をに対する科学的な解決法の開発を全世界に呼びかけるために、2017年にICUSを17年ぶりに復活させました。

 この「第2次ICUS」にはHIVウィルスの発見で2008年にノーベル医学賞受賞を受賞したルック・モンタニエ博士をはじめとする、著名な科学者たちが参加しました。2017年から2019年にかけて行われたICUSは、環境問題に焦点を当てることで一貫していました。2017年のテーマは「地球環境の危機と科学の役割」、2018年のテーマは「地球環境危機に対する科学的解決策」でした。2019年のテーマは「環境の保全と人間生活の質」で、都市環境、循環経済、農業と土壌の健全性、気候変動、食糧生産、真水の供給、海洋の健全性などのテーマが扱われました。

第24回ICUSでメッセージを語られる韓総裁

第24回ICUS(2018年)

<「神科学」を提唱した韓鶴子総裁>
 2019年のICUSでの創設者講演(五女の文善進氏が代読)で韓鶴子総裁は次のように訴え、神を中心とした科学である「神科学」を提唱しました。
「年を追うごとに、地球環境の悪化が拡大しています。気候変動、極端な気象状態、空気の質の悪化、海洋汚染はいまや日常会話の主題となっています。巨大な大災害が迫っているという懸念が広まっています。環境保全こそが、今日の人類が直面する最も差し迫った深刻な課題であると言っても過言ではありません。多くの対策と政策が提案され実施されてきましたが、効果を上げていません。根本的な解決がなければ、人類の未来を保証しえない段階に私たちは到達しようとしています。」
「人類は、科学と宗教の間の壁を克服すべき時に向かっています。加えて、科学は神を直接知ることが可能となるところにまで発達してきました。この視点から、私は伝統的な科学が新たに神を中心として理解し、その歴史を神を中心とする科学の歴史として新たに整理する機会があることを切に望んでいます。そうすることで、神が創造した万物の本然の位相と価値が正しく復帰されるでしょう。したがって、私はこの会議が『神科学会議』、すなわち神を中心とした科学の会議となることを提案いたします。」

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