書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』149


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第149回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、韓国において統一教会が日本ほど否定的に捉えられていない理由を「2 宗教団体としての統一教会」(p.408~)のあり方から分析している。ここでは彼女が直接出会って知り合いになった韓国の統一教会信者へのインタビューに基づき、韓国でどのような勧誘が行われ、どのような動機で人々が信者になるのかが三つの事例によって紹介されている。先回は①一般の女性信者を紹介したが、今回はその続きで、②一般の男性信者と③結婚目的で信者になった男性の事例を分析する。

 一般の男性信者(1971年生まれ、1997年入信)は、一人目の事例に比べると年齢的に若く、信仰歴も浅い。彼は統一教会の牧師の妻(日本人)から伝道され、2002年に日本人女性と祝福を受けているというから、日本人と縁の深い韓国人信者と言える。彼が「霊の親」である日本人女性と出会ったのは、1995年に日本語学校で日本語を教えたり、通訳、翻訳の仕事をしていたときだった。当時大学で日本人女性教員をしていた「霊の親」にサークルでの日本語指導をお願いに行ったのがきっかけで、やがて個人的な話をするようになり、自宅での訓読会や教会に通うようになった。家庭環境が複雑だった彼は、幸せな家庭に対する憧れから祝福を受けることを決意したようである。2002年に祝福を受け、2003年に長女、2005年に次女が生まれ、現在は妻の親族と三世代四家族がそれぞれ同じマンションで暮らしているというから、家庭生活は順調で幸福であると言ってよいであろう。

 この男性信者の入信経緯に関して、中西氏は以下のようにまとめている。
「韓国の大学で教員をしている日本人信者と知り合ったことが統一教会に関わるきっかけになったという点ではやや特殊な事例かもしれないが、入信の経緯から祝福までのプロセスが日本の青年信者と違うことは明らかであり、教化プログラムや献身生活は経験していない。熱心な勧誘を受けたというより教員との個人的な交流や、自分自身の家庭環境から家庭の重要性を説く統一教会に関心を持つようになったものと思われる。」(p.412)

 次に中西氏は、「結婚目的で信者になった男性(1963年生まれ)」を紹介する。

 この男性は、36万双(1995年)で祝福を受けた日本人女性の夫であり、彼女の紹介で中西氏は夫にインタビューを行っている。自分の夫に対するインタビューを許可し、包み隠さず話させたわけであるから、このときにはまだ中西氏と在韓日本人祝福家庭婦人の関係は良好だったということだ。

 この男性は、母親からの勧めで「祝福申込書」を出したという。その母親が統一教会に関わるようになったのも、息子を結婚させることが目的で、その背景には6500双や三万双で祝福を受けて渡韓した日本人女性たちの評判が良かったことがあり、「うちの息子にも」と考えて勧めたということだ。このように、韓国の農村部において、独身男性やその親に統一教会が「結婚相談所」として受け取られており、信仰というよりは結婚を目的として祝福を受けた韓国人男性がいること自体は事実である。そのことの是非については中西氏はここでは触れていないので、私も触れないことにする。

 この事例を元に、中西氏は「農村部における統一教会のあり方は、全く日本とは異なることが確認できる」と分析し、その根拠として「信者になったからといって日本でのような体系化されたプログラムで原理を学ぶこともなければ、献身することもない。献金や布教が強要されるわけでもない。祝福献金は必要だが、A郡では日本の一〇分の一と聞いている。修練会はあっても日本で行われているような管理された内容ではなさそうである。・・・・入信しても日本のように特異な信仰にはなっていない」(p.414)という理由を挙げている。

 さて、これら三つの事例から中西氏は、韓国における統一教会の布教のあり方は日本とは全く異なると結論する。
「韓国での統一教会は正体を隠して組織的伝道をしているわけでもなく、入信したからといって信者はビデオセンターから始まる教化プログラムを受けて献身することもなければ、献金に追われることもない。要するに入信後の信仰のあり方が日本のように特異な宗教実践とはなっていない。イエスを否定し、文鮮明を再臨主とするようなキリスト教と相容れない教義を持っていても、それは宗教団体として社会的に逸脱しているとはいえない。」(p.414)というのが彼女の主張である。

 さて、先回の一人目の女性信者の時に既に私が指摘した内容ではあるが、この中西氏の分析の問題点は、韓国の統一教会信者に対しては直接インタビューを行い、入信の動機や伝道されるプロセスについて共感的な理解をしているにもかかわらず、日本人の青年信者については文献から得られたセコンドハンドの情報に頼って比較を行っているということだ。その比較の目的は、韓国では統一教会が「普通の宗教」として存在し、勧誘のプロセスが異常なものではないのに対して、日本では特殊な教化プログラムや献身生活が存在するために、異常で反社会的な団体であると認識されている、という鮮やかなコントラストを読者に印象付けることにある。しかし、その手法がいささか牽強付会に近く、広範なデータに基づいた客観的な調査とはお世辞にも言えないレベルになっている。

 日本と韓国の伝道の方法や信者の入信の動機を比較したいのであれば、本来ならば日韓の両方にどのようなパターンがあるのかをもっと幅広く調査しなければならないはずである。例えば、日本において個人的な交流から自然に伝道されたケースや、教化プログラムや献身生活を経験しないで入信した例がないのかどうかを調べる必要があり、さらに韓国にも日本に類似するようなシステマティックな伝道方法が存在しないのかどうかも調査しなければならない。しかし中西氏がそうした調査をした形跡はない。

 中西氏の記述で興味深いのは、「信者及び一般を対象にした一泊二日の修練会に筆者も参加したことがある。第九章でふれるが、パワーポイントを用いての原理講義を聞くだけだった」(p.414)という部分である。韓国での修練会に参加したのであれば、日韓の比較を行うために、中西氏は日本における修練会に参加すべきだったのではないだろうか。それこそが実体験に基づく生きた比較になると思うのだが、彼女はそれをしていない。韓国での修練会の内容は、「パワーポイントを用いて原理講義を聞くだけ」ということだが、黒板講義なのかパワーポイントなのかは時代によるプレゼン方法の違いに過ぎず、「修練会とは原理講義を聞くものである」という本質は、韓国でも、日本でも、西洋でも同じであり、時代が変わっても中身が大きく変わるわけではない。アイリーン・バーカー博士は『ムーニーの成り立ち』のなかで修練会の講義について、「講義は、高等教育の多くの場所で毎日(同じかそれ以上の時間)なされているものよりもトランスを誘発するものではない。」と分析している。中西氏が自分の体験した修練会と比較しているのは、櫻井氏の記述によって歪曲された日本の修練会の「イメージ」である。これは実体験を伴わない「虚像」と比較しているに過ぎない。

 さらに、アイリーン・バーカー博士がヨーロッパとアメリカの統一教会信者について調査した『ムーニーの成り立ち』を読めば、西洋にも日本と同じような修練会や教化のプログラムが存在し、それ故に「洗脳」や「マインド・コントロール」の疑いをかけれらたことが分かる。単に日本と韓国の事例を比較するだけではなく、日本と西洋にあるものがどうして韓国に無いのかを掘り下げて分析する必要があるのではないだろうか? 

 中西氏の分析は、たった三つの事例をもって韓国における伝道方法を代表させ、それを文献や伝聞で得られた知識をもとにした日本の伝道方法と単純に比較するという、極めて大雑把で乱暴なものである。さらに、システマティックな伝道方法が存在するかどうかという問題は、国ごとの個性の問題であり、その国の国民性や文化と深く関わっている。一つの国でうまくいく方法が他の国で同じようにうまくいくという保証はない。それ故に、各国の伝道方法に簡単に優劣や善悪などの価値判断はできないのである。にもかかわらず、中西氏は「普通な韓国統一教会」と「異常な日本統一教会」というシンプルな枠組みを最初から作り、それが日本において統一教会が世間から否定的に捉えられている根拠にしようとしている。これは言ってみれば「結論ありきの事例紹介」であり、客観的な日韓の比較とは言い難いものである。

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ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳70


第8章 未来:いくつかの個人的考察(1)

 ムーニーたちの中における性と結婚に関する扱いは、新宗教としての統一教会の未来にとって、そしてより広くてさほど明らかでない意味において、主流のアメリカ社会における性と結婚に関する価値観にとって、この現象が持つ意義に関する何らかの考察がなければ不完全であろう。そのような考察は必然的に記述的で分析的なやり方から、より価値重視の視点への変化を伴う。私は現在の動向に照らして、近い将来起こりそうなことをゆがめないように細心の注意を払うつもりだが、それにもかかわらず私自身のキリスト教人道主義の関与は以下の内容において明らかであろう。

統一運動の未来

 この観察者には、文師の死後に誰が後継者になるかということは別として、この新しい信仰の次の十数年間の生活と未来を支配する最も重要な要因は、その世界の救済者としての結婚がアメリカ社会においてどの程度持ちこたえ成功することができるかにかかっているようにみえる。私が強く主張するのは、これらの結婚が本書の前半で明記された統一教会の理想を実現できればできるほど、このグループは急激で場合によっては破壊的な変化を経験することなく、存在し続けることができる可能性が高いということだ。

 この予測の裏付けは、1982年7月と10月の合同結婚式をもって、圧倒的大多数のアメリカの統一教会信者が祝福を受けて結婚したという事実から明らかである。したがって1982年は、それ以前はメンバーのほとんどが独身の成人だったのに対して、いまやそのほとんどが既婚者になったという意味で、統一運動にとって重大な分岐点となったのである。その年に祝福を受けた多くのカップルがまだ家庭を出発していないというのは本当である(注1)が、1985年までには7911組のほとんどすべてが結婚生活を共にするようになるであろう。

 「既婚者」の多い教会になることに加えて、統一運動はまた「家族の」教会となる道を急速に歩んでいる。私が1982年10月に統一神学大学院を訪れて新たに祝福を受けたカップル(すなわち、1982年7月1日のマディソン・スクエア・ガーデンにおける式典で結婚した者たち)と話したとき、私は既に家庭を出発した者たちが既に第一子を妊娠していたことを知ったのである。もちろん、グループが大家族を強調していることと、これらの新婚者の大半が20代後半から30代前半であるという事実を踏まえれば、この発見はまったくの予想外というわけではなかった。

 統一運動が、主に若い独身の男女によって構成される状態から、小さな子供のいるカップルによって構成される状態への重要な過渡期の真っ只中にあることは明らかである。この変化の意味合いは、これから5年または10年間において統一教会の結婚と家庭生活に与えられる特定の形態次第で決まる、と私は主張したい。既に述べたように、祝福家庭の大半は、彼らの運動がさまざまな世界救済の目的を成就するのを可能にする目的で、「結婚後の別居」をいまでも経験している。結婚したカップルに、少なくとも一時的には一緒に住む「普通の」生活を犠牲にする意思があるということが、統一運動がそのメンバーの大半が独身であったときに享受していたのと同様の組織的柔軟性を持つことを可能にしているのである。

 しかしながら、短期間の「結婚後の別居」を受け入れた多くの配偶者たちが、より平凡な結婚と家庭の生活様式に「定着する」ことを強く願っていると信じるに足る理由がある。私が話した多くのカップルは、こうした別居が終わることに対する希望を非常にはっきりと口にした。さらに、これら既婚のメンバーの変わらない信仰は、文師もまた彼らが一緒にいることを望んでいるというものであった。それがいつどのように起きるかに関しては、まだ文から具体的な計画は明らかにされていないようであるが。統一運動がアメリカ社会において自身のための第二の経済基盤を確立しようとしている動機は、そのカップルたちを恒常的に一緒に生活させるという現実的なニーズに関係しているように思われる。成功したビジネスと商業的企業は運動内の既婚カップルに就業チャンスを提供するかもしれないし、同時に彼らのために多少なりとも定住型の「住居」を提供するかもしれない。

 最終的な祝福家庭の定着が共同体生活の終わりを意味するのかどうかに関しては、現時点では明確ではない。3~4カップルが小さなアパートメントに一緒に住み、より年長で成熟したカップルが他者のために権威の中心として働くようになる可能性はある。各々のカップルは自身のプライベートな居住空間を持つであろうから、そのような配置はせいぜい部分的な共同生活とみなされるべきであろう。もう一つの可能性は、これは年長の祝福家庭のいくつかにおいては既に現実となっているのだが、カップルが教会の使命や事業を継続しつつ、統一運動が所有または賃借する個別の住居に住むということだ。

 最終的にどのような住居形態が祝福家庭のために確立されたとしても、そしてそれは複数になるかも知れないのだが、彼らは全員がホーム・チャーチ・プロジェクトに携わるようになるであろう。「ホーム・チャーチ」が事実上意味するのは、各カップルが特定の地理的領域において、350軒に対する宣教師として働くことである。彼らの「宣教地」の多くてさまざまなニーズに奉仕することを通して、各カップルは統一教会のメッセージを自らが奉仕している人々に伝えようと努めるであろう。ホーム・チャーチがその他の世界救済の責任に代わるものであるとはみなされていないことには留意すべきだ。私がハーレムで出会った若いカップルは、統一運動関連のプロジェクトで専従的に働いており、神を中心とする家庭(二人の小さな子供のいる)を築こうとしており、そして疑いなく世界で最も難しい宣教地の一つであるところに位置するホーム・チャーチ・エリアで、積極的に活動していたのである。

(注1)1982年の式典の直前にマッチングを受けた一部のカップルもいるため、彼らは3年間は家庭出発をを控えるよう要請されている。

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』148


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第148回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、韓国において統一教会が日本ほど否定的に捉えられていない理由をまずは「2 宗教団体としての統一教会」(p.408~)のあり方から分析する。これは韓国でどのような勧誘が行われ、どのような動機で人々が信者になるのかを、彼女が直接出会って知り合いになった韓国の統一教会信者から聞き出して整理したものだ。①一般の女性信者、②一般の男性信者、③結婚目的で信者になった男性を、それぞれ一例ずつ挙げているわけだが、仮にも日本との比較において韓国統一教会のあり方を論じるには、情報収集の母集団が小さすぎるという感は否めない。三つのインタビューは個人のライフストーリーの紹介としては成り立つかもしれないが、この三例だけで韓国統一教会の伝道方法のあり方全般を論じるのは拙速な判断と言えないだろうか。学問的には、ここでは自分が偶然出会った韓国の統一教会信者に関する知見であるという、抑制的な表現をすべきであったのだろうが、日本と韓国の比較を通して日本統一教会のあり方を批判するという櫻井氏が設定したイデオロギー的枠組みに合わせて表現しなければならなかったため、飛躍があることを承知で断定的な書き方をしている可能性がある。それを前提として、個々の事例を見てみよう。

 一般の女性信者(1934年生まれ、1975年入信)は、1974年に復興会を通して統一教会に出会っている。原理を聞いたときには既に40歳であり、既婚で二男三女がいたということであるから、青年として信者になったのではなく、「壮婦」の立場で入教したことになる。「反対があっても教会を離れなかったのは霊的な体験があったからである」(p.409)という記述からもわかるように、宗教的素養のある人のようだ。反対を受けつつも夫を修練会に送って納得させ、子供もみな祝福に導いた模範的な婦人食口という感じの経歴である。

 この女性信者の入信動機に関して中西氏は、「女性が新宗教の説く倫理規範に夫婦や家族のあり方、生活指針を求めることは、日本の新宗教研究においてこれまで指摘されてきたことである(井桁 1992)。この女性にとって統一教会の信仰は、日本において戦後から高度経済成長期にかけて主婦が新たな家族規範を新宗教に求めたのと同じようなものだったのではないだろうか。韓国では日本の壮婦のように布教や経済活動に追われることもない。統一教会の信仰を持っても肉体的・経済的な負担を感じることはなく、多少の反対はあっても無理のない信仰生活を続けられる。」(p.410)とまとめている。

 中西氏の分析には大きく分けて二つの問題点がある。まず中西氏は「復興会は韓国キリスト教会では伝道集会をいうが、統一教会も復興会を通して伝道を展開していたことが窺われる。この女性の語りによれば、最初から統一教会とわかって復興会に参加し、原理の内容に共感を覚えて入信している。」(p.410)と記述することを通して、霊感商法や正体を隠しての組織的勧誘を行っている日本の統一教会との違いを表現しているのだが、これは時代状況を全く無視した比較になってしまっている。

 この韓国人女性が入信した1975年当時は、日本には「霊感商法」も「正体を隠した伝道」も存在しなかった。それでは日本で当時どのように伝道がなされていたかと言えば、韓国とまったく同じように「復興会」を通して伝道していたのである。すなわち、この時代には韓国と日本の統一教会は同じ方法で伝道を行っていたのであり、勧誘方法や入信の動機に関して日本と韓国の違いを説明したことにはならないのである。

 1970年代の日本統一教会のあり方に関しては、櫻井氏自身が「はじめに」の「1 顕示的布教から正体を隠した勧誘へ」という項目の下で以下のように論じている。
「一九六〇、七〇年代に統一教会の学生組織である原理研究会は大学構内で堂々と示威的な布教活動を行っていた。・・・彼らが左翼系学生と論戦を交わしたり、路傍で黒板を立てて講義したりする姿は、確かに異様ではあったが自信に満ち、活動を誇示しているようでもあった。」しかし、「一九八〇年代から統一教会は宣教戦略を大きく転換し、世界宣教の活動資金を調達するために、いわゆる『霊感商法』と批判される物品販売を大々的に行った」「また、この時期から統一教会はビデオ教材を用いた教養講座を装うビデオセンターを各地に設置し、統一教会を隠して一般市民を勧誘するようになった。」「要するに、統一教会は自覚的な参画者からなる宗教運動から一般市民の動員と資金調達を戦略的に行う組織宗教となった。」(p.ii-iii)

 私は櫻井氏のこの主張に同意するわけではないが、これが櫻井氏と中西氏が共有する日本統一教会の時系列的変化であるとすれば、少なくとも1975年当時の伝道方法に、日韓の違いはないことになる。このように時代的にずれている事例を比較して「日韓の勧誘方法の違い」を主張する中西氏の論法は乱暴としか言いようがない。

 しかしより本質的な問題は、入信の動機や信仰生活の実際に関する比較が、本人と向き合ったインタビュー(韓国)と文献や伝聞によって形成されたイメージ(日本)という組合せになってしまっているため、分析に深みがないことである。本当に日本と韓国における勧誘方法と入信動機の違いを比較研究したいのであれば、①伝道された時代と年齢、②性別、③未婚と既婚の区別、④大都市圏と田舎の区別、⑤教育レベルや社会的階層などの基本的ファクターの似ている者同士を日韓から複数選んで、両方に直接インタビューしてデータを取るのが正統的なやり方ではないだろうか? しかし、彼女が直接出会ったのはあくまで韓国で暮らす日本人の統一教会信者と韓国人の統一教会信者であるため、日本国内の現役の統一教会信者に関しては直接取ったデータがない。そこで、その部分に関しては出来合いのイメージに頼らざるを得ないのである。

 おそらく中西氏の頭の中にある日本統一教会信者のイメージは、櫻井氏から提供された大量の文献と、櫻井氏自身の記述によって作り出されたものであろう。しかし、それに問題があることはこれまで繰り返し指摘してきた。改めて問題点を整理すれば、①櫻井氏の情報源が統一教会を相手取って民事訴訟を起こした元信者及びその関係者であり、裁判資料という偏った情報源に依存していること、②入信を後悔している元信者の証言という点で強いネガティブ・バイアスがかかっている可能性が高いこと、➂参与観察を行わずにインタビューとテキストに頼っているために情報に直接性がないこと、➃統一教会信者の宗教経験を包括的かつ公平に扱っておらず、裁判資料の信頼性を補強するために情報を恣意的・選択的に集めていること、⑤事実の追求を主張しながら、利害の対立する一方当事者の「真実」に肩入れし、他方当事者の「真実」を捨象していること――などである。

 櫻井氏はあたかも自分が見聞きしたかのような筆致で「統一教会のセミナーやトレーニング」と称するものについて描写しているが、実際には彼は参与観察を行っていないので、それはすべて裁判資料で述べられていることを再構成しているに過ぎない。彼自身が見聞きしたファーストハンドな情報ではなく、あくまで元信者の目を通して観察されたセミナーやトレーニングの描写をトレースしているだけである。

 櫻井氏の描く統一教会信者の入信過程や信仰生活の実態は、「青春を返せ」裁判で原告たちが主張していることの繰り返しに過ぎない。彼らは自らの宗教的回心に主体的な動機があったことを認めてしまうと、教会に対して損害賠償を請求できなくなってしまうので、教会の巧みな誘導によって説得され、納得させられた「受動的な被害者」として自らを描写する必要があった。こうした目的に基いて書かれた歪んだ描写を基礎資料としているため、櫻井氏の描く統一教会への回心は悲壮な雰囲気に満ちている。中西氏はこのようにして出来上がった日本の統一教会信者のイメージと、自分が実際に出会った韓国の統一教会信者を比較しているに過ぎないのである。

 これは要するに、自分が直接出会った「リアル」な韓国統一教会信者と、歪められた伝聞によって構成された「イメージ」の比較に過ぎず、実感のあるものとないものの比較になってしまっているので、深まりようがないのである。もし中西氏が日本の現役統一教会信者の中から、数名の壮年婦人を選んでインタビューし、彼女たちの入信の動機や信仰生活の実態について共感的に聞く機会があったとしたならば、「女性が新宗教の説く倫理規範に夫婦や家族のあり方、生活指針を求めることは、日本の新宗教研究においてこれまで指摘されてきた」ことを再確認し、「日本において戦後から高度経済成長期にかけて主婦が新たな家族規範を新宗教に求めたのと同じようなもの」(p.410)を、日本の統一教会信者たちの中にも見いだしたのではないかと思われる。しかし、日本の統一教会信者について何かを共感的に捉えることは、この研究では最初から「禁じられている」ようなものなので、彼女は作り上げらた日本統一教会信者の「虚像」と紋切り型の比較をするほかなかったのである。

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ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳69


第7章 分析と発見(12)

 第一の発見は、この特定の宗教グループが性倫理、性的役割、および結婚をどのように扱っているかを象徴する特定の「パターン」を全体として明らかにすると思われる構造、意味、態度及び行動の文書化によって構成される。例えば、結婚が世界救済を成し遂げる手段となるようなやり方でどのように定義されているかをわれわれは示した。そのようなパターンに関する知識は、他の学者たちならびに統一運動のより教養あるメンバーたちにとって有益であることが分かるであろう。ジョン・ロフランドが指摘したように、「これらを文書に残すことは人道主義的に重要なのである。」(注66)

 第二に、統一運動の性と結婚に対するアプローチはメンバーの献身を維持し強化する機能を持っていることを証拠は強く示唆している。この研究の限界のゆえに、厳格な因果関係を断定することは不可能だが、それでもその主要な目標を地上天国の建設であるとする統一運動のようなグループは、実際に性的充足、(配偶者選択の根拠としての)恋愛、結婚、および核家族を重要視せず、これらすべては彼らの全体ミッションである世界の救済に対する個人主義的な脅威であるとみなす傾向にあるであろう、という説を唱えるのは可能である。マックス・ウェーバーは1922年の著作で以下のように書いたときにこの視点を提示した。「合理的で禁欲的な覚醒、自制、および生活の方法論的計画は、性行為に特有の非合理性によって深刻な脅威にさらされる。性行為は究極的に、そして特異的に合理的組織の影響を受けないのである。」(注67)そして、より最近では、ウィリアム・J・グードが、感情的愛着としての愛がより大きなグループや部族に対する個人の関わりをいかに破壊するかについて説明した。(注68)われわれの理論は、これら先行の著者たちによる「逸脱した」社会運動、とりわけ現世的な千年王国的志向性を持った運動に関する洞察に焦点を合わせた。そうしたグループが献身を維持するためには、それらは個々の参加者が共同体の目標と活動を第一に考えるように導かれるような構造を持っていなければならないと私は論じる。性的魅力、恋愛、および核家族の利益は不可避的にこれらのより広い組織的な関心と衝突するように思われ、放っておけばおそらく献身の減退をもたらし、グループからの離脱をもたらす可能性すらある。

 われわれの理論から得られる結論は、性と結婚に対する現代のアメリカのアプローチは、統一運動のようなグループにおける献身の形成とは機能的に相容れないということだ。多くの統一教会信者は、近い将来より平凡な結婚と家庭の生活環境に入っていけることに対する希望を表明した。もしこれが起こったら、結婚したメンバーはおそらく宗教的共同体およびその差し迫った世界の救済のための計画に対してあまり献身的でなくなるであろう。そのような変化は、統一運動がアメリカの文化に大きく順応したことを意味するであろう。現在さらに多くの統一教会信者たちがマッチングと祝福を受けているため、世界の救済者としての夫婦の役割に何らかの根本的変化が起これば、それは統一運動に大きな影響を与えるであろう。とりわけ、メンバーの最適な献身を確保する能力に関してはそうである。

 第三に、われわれは統一運動において献身を維持し強化するために性と結婚のパターンがいかに機能しているかを理解し解釈するための三つの理論的視点、すなわち組織理論、知識の社会学、および役割理論の価値を立証した。この多層アプローチが有益であることはこの研究で実証されたので、それは将来における同種の社会運動の研究において十分に適用可能であろう。

さらなる研究の提案

 まず最初に、統一運動以外の新宗教が性と結婚をどのように扱っているかに関するわれわれの知識を増やす必要が実際にあるだろう。ジェームズ・T・リチャードソン、メアリー・W・スチュアート、およびロバート・B・シモンズによる根本主義のキリスト教共同体における性的役割、求愛、結婚に関する非常に徹底した研究を別にすれば、(注69)これら現代の社会運動が婚前の性行為、性的役割分担、結婚、および核家族といった問題にどのように対処できているかについてわれわれが知っていることは非常に少ない。例えば、J・スティルソン・ジュダ―のクリシュナ意識国際協会に関する本では、グループ全般に関するその優れた記述にもかかわらず、性に関する価値観、性的役割分担、および結婚についてはごく簡単にしか触れていないのである。(注70)その思想と文化のルーツをインドに持っているクリシュナ意識国際協会における慣習を、極東の産物である統一運動のそれと比較するのは大変興味深いであろう。

 第二に、統一運動に関するこの研究は、現代アメリカ社会、とりわけ若い成人における性および結婚に関する価値観と宗教の関係に関する興味深い問題を提起した。私が統一教会の信者と話して発見したことは、彼らの多くがグループに魅力を感じ、そこに残り続けているのは、一部にはそれが性、結婚、および家庭を尊重しているからであった。これらの判断の背後にある主要な価値観は、他者に対する非利己的な感心という意味での愛である。私の回答者のほとんどは極めて宗教的な家庭の出身であったことから、意味のある具体的な愛の表現方法を結婚に見いだそうという関心は、幼少期から青年期にかけての宗教的影響に由来するものであるということがあり得る。もし私自身が過去6年以上にわたって大学の学部課程で宗教と性について教えてきた経験がなかったならば、これはまったくの推測的仮定に過ぎなかったであろう。強い宗教的背景をもつ学生は、(非公式的なコメントを通しても、彼ら自身の性および結婚に関する価値観を明確にするのを助けることを目的とした筆記課題においても)、宗教的訓練や献身が少ないか、もしくはまったくない学生に比べて、愛(アガペー)により高い価値を置く傾向にある、ということに私は気付いたのである。この観察は、以下のように記したウィリアム・ドゥアントニオの観察と一致する。
「コネチカット大学における過去3年間にわたる一連の学生の調査において、私は伝統的な宗教性の評価基準、および伝統的な道徳の問題に対する態度と行動の違いをそれらがどの程度予測するかということに対する関心から、徐々に自身の研究を変化させるようになった。われわれはいま、学生の人生における愛の意味、愛と家庭と宗教の間に実際に存在するか存在すべきであると彼らが認識している関係、および彼らと教会が関心を持つべきであると信じている社会生活の領域について調査している。相当なパーセンテージが『いかに愛するか』という問題を人間社会の根本的な問題であると見ている。」(注71)

 「いかに愛するか」を知ることに対する関心は、愛することが可能な社会的状況を必要としていることに関係しているように思われる。統一教会の信者たちは全般に、彼らの宗教共同体がより大きな社会において見出されるもの以上に愛の表現を促進する状況を彼らに提供してくれていると信じているが、統一運動に加入する以前に彼らの価値観を形成するうえで、彼らのもともとの信仰的献身がいかなる役割を果たしたのかをを調査するのは有益であろう。

(注66)ロフランド『社会的環境の分析』、p. 63。
(注67)ウェーバー『宗教社会学』、p. 238。
(注68)グード『愛の理論的重要性』、pp. 38-47。
(注69)リチャードソン、スチュワート、シモンズ、『組織化された奇跡』、pp. 137-166。
(注70)ジュダ―『ハレ・クリシュナとカウンター・カルチャー』、pp.86-87, 124-125。
(注71)ウィリアム・ドゥアントニオ『家庭と宗教:変化する関係性の探究』、p. 102。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』147


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第147回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 先回までは、中西氏が「韓国における統一教会研究」と題して紹介した韓国における先行研究、ならびに日本との違いに関する記述を踏まえて、韓国、欧米、日本における統一教会反対勢力についてかなり詳細に解説してきた。それは、統一教会に対する批判書の性格は、そのまま統一教会に対する反対勢力の性格を映し出していると考えられるからであり、しばらく中西氏の記述に対する直接の批判を離れてその問題を扱ってきた。

 こうした知識を前提として、あらためて中西氏の「二 韓国における統一教会」(p.407~)の記述を分析してみよう。彼女は「1 日本と異なるあり方」と題して以下のように述べている。
「韓国において統一教会は一般に異端、似而非宗教(偽宗教)とされている。日本での『カルト』と同様に否定的レッテルには違いないが、否定の程度は日本よりはるかに弱く、反社会的宗教教団とまでは思われていない。後述するが、韓国の農村部では男性の結婚難が見られる。統一教会は布教の一環として結婚相手の紹介を行っており、日本の女性信者と結婚した韓国人男性が多数いる。反社会的宗教集団と捉えていたら、いくら結婚難があっても統一教会に相手を世話してもらおうという人はいないはずである。・・・韓国で統一教会が日本ほどに否定的に捉えられていない理由は、霊感商法や正体を隠しての組織的勧誘が行われていないために『被害者』がいないことが大きい。・・・統一教会に対して多くの裁判が起こされ、違法性を認めた判決が出ている日本と、それらが一切見られない韓国では当然、教団イメージは異なる。」(p.407-8)
「もう一つ、これは否定的に捉えられていない理由というより、韓国の統一教会が日本と大きく異なる点だが、単に宗教団体というよりも傘下に多くの団体、会社を持つ事業体(ある種の財閥)と捉えられている。」(p.408)

 日本と韓国における統一教会の社会的評判が異なるのは、両国における統一教会自体のあり方の違いが原因であると見る中西氏の見解は、基本的に櫻井氏の立場とまったく同じである。中西氏はもともと日本の統一教会に関して詳しくはなかったのであるから、この論調は櫻井氏の指導を受けたものである可能性が高い。

 櫻井氏は本書の第五章において、韓国と日本における統一教会に関する報道のあり方が異なる原因は、両国における統一教会の「宣教戦略の相違」にあると分析した。日本では統一教会は「反社会的」集団であるとみなされているのに対して、韓国ではそのような考え方が共有されていない理由として、彼は以下のような点を挙げている。
①韓国において統一教会は、様々な関連企業や団体を有しており、統一教会と利害関係を持つ一般人が少なからずいるので、教団批判は関係者批判につながる。
②韓国では統一教会は農村の未婚男性に結婚相手を世話してくれる団体ととして認識されており、韓国社会に損失のみをもたらす教団ではない。
③統一教会はキリスト教から見れば異端だが、朝鮮民族のナショナリズムを前面に出しているため、反民族的・反国家的団体ではない。したがって、統一教会を批判することは愛国主義に対する批判につながる。
④韓国社会では、統一教会は資金力を背景にして政界・経済界とパイプを維持している可能性が高い。

 これらの分析は、中西氏の記述と酷似していることが分かるであろう。櫻井氏は、韓国の統一教会は「花形スター」であるのに対して、日本の統一教会は「金のなる木」であり、両国における教団のあり方がまったく違うので、マスコミの報道内容も違うと分析したが、私は第五章の分析においてその見解に対して疑問を投げかけた。日韓における報道の相違は、日韓における「統一教会自体」の差異に起因するというよりも、それらを見つめる一般社会やマスコミの意識や捉え方の違いに起因する部分の方が大きいと主張したのである。統一教会は韓国にとっては「自国の宗教」であり、日本にとっては「他国の宗教」である。したがって、韓国の新聞がそれを客観的あるいはやや好意的に扱い、日本の新聞が批判的に扱うのはある意味で当然と言えよう。日本社会にとって統一教会は「異物」であるのに対して、韓国社会にとって統一教会は自分たちの「一部」なのである。

 このことは、統一教会に対する断罪的なメディア報道が、日本のみならず西洋の国々にも存在することからも傍証可能である。櫻井氏によれば、「金のなる木」として経済活動に邁進させられているのは日本統一教会のみであり、それが日本において統一教会が「反社会的団体」と認識されている理由だということになるのだが、そうした使命や活動が存在しないはずの西洋諸国においても、統一教会は「反社会的団体」としてマスコミから攻撃されてきた。このことを証明するには、アイリーン・バーカー博士の著書『ムーニーの成り立ち』から一段落を引用するだけで十分である。
「今日の西洋で、誰かに『ムーニー』という名前を言えば、恐らく帰ってくる反応は、微妙な身震いと激怒の爆発の中間あたりに属するであろう。世界中で報道の見出しは一貫して断罪調である。『奇怪なセクトによる「洗脳」と闘う父母たち』『文師の世界制覇計画が語られる』『ロンドン警視庁による「洗脳」への徹底的調査に直面するムーニー・カルト』『家庭崩壊の悲劇』『ムーン教会で集団自殺があり得る、と語る3人』『洗脳された娘の所にかけつける母親』『ムーニーが私の息子を捕まえた』『ムーニー:マギー(注:マーガレット・サッチャーの愛称)が行動要請』『オーストラリアの「狂信的」カルト』『神ムーンが我々から子供を引き離す』『1800組のカップルとレバレンド・ムーン』『日本で500人の父母がセクト活動に抗議』『ムーン信奉者への警察捜査』」(序文より)

 西洋においても、統一教会は「他国の宗教」であり、「異物」である。それがマスコミの攻撃を受ける理由は日本とさほど変わらない。宗教の受容においては、こうした文化的相克は極めて重大な障害となる。韓国だけが、統一教会発祥の国として特別なのである。中西氏はこの韓国の特殊性を理解せず、日本との違いだけを強調して、西洋との比較という視点を見落としているという点で、その分析は一方的で偏ったものになってしまっている。

 さて、韓国の統一教会が単に宗教団体というよりも傘下に多くの団体、会社を持つ事業体(ある種の財閥)と捉えられているというのは事実である。韓国では統一教会(家庭連合)は財団法人として存在しており、その傘下に多くの企業体が存在する。日本では統一教会(家庭連合)は宗教法人として独立しており、その他の事業体との間に指揮命令関係は存在しない。これは両国の法制度が異なることに起因する違いだが、宗教的理念に基いて創設されたさまざまな組織が「統一運動」を形成しているという見方をすれば、両国の間に本質的な違いはない。宗教団体を中心とする「統一グループ」は世界各国で実に多角的な事業を行っている。櫻井氏はこれを「国際的なコングロマリット的宗教団体・事業連合体」と位置付けた。これに関連して、櫻井氏が134ページの表4-3で示している統一教会関連団体は以下のような諸団体である。
・宗教:統一教会(世界基督教統一神霊協会)、世界平和統一家庭連合
・政治:国際勝共連合、真の家庭運動推進協議会
・大学:世界大学原理研究会、世界平和教授アカデミー
・メディア:世界日報、ワシントンタイムズ財団
・出版:光言社、成和出版社(韓国の統一教会系出版社)
・大学:鮮文大学校(韓国の総合大学)
・芸術:ユニバーサル・バレー、リトルエンジェルス
・ボランティア:しんぜん、野の花会
・企業:ハッピーワールド、(株)インターナショナルホームメディカルグループ(配置薬)、龍平リゾート(韓国)、一和(韓国)

 「統一グループ」を構成するこうした様々な事業体や組織を概観してみると、それらは韓国にのみ存在しているのではなく、日本にもアメリカにも存在していることが分かる。その中には一般社会に開かれた企業として存在しているものもあり、そうした活動を通じて一般社会とのかかわりを持っているのは日本でも同じである。決して中西氏の言うように日本では統一運動は「単に宗教団体」として存在しているわけではない。

 したがって、「日本と韓国では統一教会のあり方が違うので、それに起因して社会的評判も異なる」という櫻井氏および中西氏の主張はあまり根拠がないことが分かる。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳68


第7章 分析と発見(11)

 より核心に触れているのは、この非常に分かりやすい発言である:
「インタビュー以来の過去6カ月間に、私の相対者と私はお互いをより深く愛し、より深く知るようになった。ある意味で私は彼女と結婚したと感じ、私たちは何の後悔もなく一緒に生活し始めることができる。なぜなら私たちは既に霊的生活を共にしているからだ。私たちの愛は、夢中になったり興奮して最初に赤面するような状態をはるかに超えた。しかし同時に、聖別期間の意味が変わった。それは単なる『あなたを知るようになる』ための期間ではない。それはより大きな世界のための犠牲であり、私たちの家庭のための非利己的な献身の模範を示すだろう。私たちの家庭生活の様式は、私たちの両親のそれとは異なっていなければならない。そしてより大きな世界のための犠牲という指向性がその違いの大きな部分であると私は信じている。あなたが昨年の12月に私にインタビューしたとき、私はその点についてあまり考えなかったが、最近になって離れていることの本当の痛みがより明らかになってきた。だから私は聖別期間について、そして統一運動における家庭生活の意味についてもっと真剣に考えなければならなかった。最初は、家庭について考えてみるだけで刺激的だった。なぜなら、私自身が長い間そのような生き方を否定してきたし、私たちの神学においては家庭は非常に重要だからだ。しかし、いまになって私は、自分たちが単に伝統的な意味での家庭を築こうとしているのではないことが分かった。私たちが作ろうとしているのはまったく新しい方向性であり、その与える方向性は家庭にとどまるのではなく、家庭の方向性を社会に拡大しようとするものだ。この点で聖別期間は重要なのだが、それは家庭を形成するのを遅らせるということではなく、明確に存在する家庭(私たちの家庭)による犠牲として重要なのだ。もしあなたが来年もう一通りのインタビューを行ったら、私が過去数カ月の間に悟ったばかりのこの位置に、より多くのカップルが到達すると私は思う。」(注62)

 この発言およびそれと類似する反応は、信仰的回心と献身は統一運動の何らかの形の行動に先立つというよりは、むしろそこから生じるというブロムリーとシュウプの主張を強く支持している。マッチングを受けると、メンバーたちは彼らの未来の配偶者を神の視点から愛する努力をするように指導される。それはすなわち、関係性における神を中心とした役割を担うことである、彼らがこれをすれば、彼らはロマンティックな意味で「恋に落ちる」であろうと確信しており、ほとんどの場合に実際にそうなる。また、婚約中に彼らは通常は婚約者とは離れ離れの状況になる世界の救済者としての役割を継続する。そして一緒にいられないことに伴う苦痛は、夫婦として一緒に暮らす彼らの生活に対する神の目的という観点から、彼らの経験を理解するための動機付けとなる。

 したがって、統一運動のメンバーが婚約し、「恋に落ち」、分離の「痛み」を経験するとき、彼らが結婚して宗教共同体の中で家庭を持つことを期待するがゆえに、世界の救済者としての役割が彼らにとって次第に重要なものとなることは明らかであると思われる。(注63)この追跡調査データにおいては、献身を生じさせるパターンが「動機・行動・信念」の方であることが非常に明らかになった。事実上すべてのメンバーが結婚して家庭を持ちたいと思っている。組織はこれらの欲求を社会的に承認され神学的に正当化された役割に形づくる。時とともに、役割の意味は内面化され、各メンバーの自己像の一部となり、そしてこのプロセスを通して個人的(および結婚の)献身が確立されるのである。これがブロムリーとシュウプによって記述されたパターンと同じであることから、統一運動のようなグループにおける生活を理解するためには、社会的に構築された役割が重要な解釈的枠組みを提供するという理論を立てるのが妥当であると思われる。これらの役割が統一教会信者の自己像の一部になった程度は、二つの非常によく似た反応によって明らかになった。ブロムリーとシュウプは、ファンドレイジングを使命とするメンバーの発言を引用している:
「普通は、自分の内側にある何かと葛藤しているんだ。無礼な人々を愛すること、自分自身の確信の欠如に取り組んでいるんだ。これだからファンドレイジングが好きなんだ。・・・たった数年が一生のように感じる。」(注64)

 私がインタビューしたメンバーも同じテーマについて語った。彼とその妻はわずか一年前に家庭を持ったばかりだったが、彼は「私たちは人生でずーっと一緒にいるような気がする」(注65)と言った。

 これまでわれわれは、組織的構造に由来する特定の役割(レベル3)と神学的目標(レベル1)が、いかにメンバーの相互作用(レベル2)を形づくりを統制するかを調べてきた。少なくとも統一運動の生活の一つの重要な領域において、メンバーの相互作用と世界構築(レベル2)は組織(レベル1)と社会的役割(レベル3)の両方に重要な影響を及ぼしてきた。私がここで言及しているのは第三章で議論された性的役割分担である。統一運動の終末論的指向性は、男と女の両方をさまざまな世界救済の活動に従事させる。これらの仕事は緊急であると認識されているため、メンバーたちをさまざまな使命に割り当てる際に用いられる基準は、ほとんどの場合において実際的な性質のものであった。すなわち、最も優れた才能と技術を持つ者が性別にかかわらず特定の指導者の役割を担うことができた。その結果、統一運動において女性のリーダーシップの伝統が発達したが、この現象は原理講論の文字通りの解釈と多くの東洋の指導者たちの男性優越主義とは著しい対照をなすものであった。結果として、女性メンバーたちの実際の経験は、例えばファンドレイジングや伝道の成功者として、グループ内における意味ある生活を彼女たちに保証しただけでなく、組織が彼女たちの価値を認識する方向に導き、一部の者たちには神学的教育や大学院教育までも提供したのである。

 このグループが、性的役割分担の問題おいてはより柔軟な立場を取ったように、そのメンバーの草の根的体験に対してある程度影響を受けるということは、メンバーの生きた体験に対して反応できるように組織として変化する能力をそれが持っていることを示している。メンバーの役割は普通は明確に規定されており、個人的には骨の折れるものだが、それらはいわゆる「変えられない決定事項」ではない。

 統一運動の性と結婚に対するアプローチに役割理論を用いることにより、以下のことが明らかになった。(1)メンバーの役割は、組織の構造とそのメンバーの活動を構築する現実との間に不可欠な絆を提供する。(2)統一運動に対する献身は、むしろ役割を担うことの最終的な結果であって、その前提条件ではない。後者の発見は、非主流の宗教だけでなく、より世間に認められた教派においていかに献身が形成されるかに関しても、さらなる研究の余地があることを示唆している。質的または「実地調査」の方法論を利用することによって、社会科学において通常定義された結論に至ることが避けられる。これまでに識別されたことは、私が統一運動における性と結婚に関する「発見」と呼ぶことを好むものであり、おそらく定量的基礎をもつ調査によって検証あるいは反証することが可能な、情報に基づく推測または理論という地位を持つ発見である。

(注62)個人的交流:ウェアー氏
(注63)世界の救済者としての役割を、彼らの結婚を特徴づけ形成するアイデアに「翻訳」する必要性が最も明らかになるのはこの時点である。
(注64)ブロムリーとシュウプ『たった数年・・・』、p.180。
(注65)インタビュー:バゲッジ夫妻

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』146


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第146回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 先回は中西氏が「韓国における統一教会研究」と題して紹介した韓国における先行研究、ならびに日本との違いに関する記述を踏まえて、反統一教会運動ならびに反カルト運動の実相について、韓国と米国に焦点を絞って解説した。今回はその続きで、ヨーロッパと日本の状況を解説する。

 新宗教研究センター(Center for Studies of New Religions=CESNUR)は新宗教研究の分野では最も古く、尊敬され、影響力のある学術団体で、1988年にイタリアのトリノで設立された。ICSAが新宗教を「カルト」と呼ぶ批判的な学会であるとすれば、CESNURは新宗教に対して公正で客観的な学会であると言える。CESNURの中心的な学者たちは、アメリカにおけるカルト論争、洗脳論争で新宗教を擁護する重要な役割を果たし、強制改宗の終焉に貢献した。

マッシモ・イントロヴィニエ氏

マッシモ・イントロヴィニエ氏

 CESNURの代表を務めるマッシモ・イントロヴィニエ氏は、ヨーロッパの反カルト運動について以下のように述べている。
「ヨーロッパの反カルト運動は小さいがよく組織されており、資金も豊富で、1970年代初頭から存在した。彼らは80年代に政治的な関心を集めようとしたが成功せず、90年代になって太陽寺院の集団自殺事件が起こってからにわかに注目を浴びるようになった。しかし太陽寺院の事件は単なるきっかけに過ぎない。反カルト運動が勢力を強めるようになった背景には、もう少し実際的な問題が絡んでいるのである。

 一つは、共産圏の崩壊と冷戦の終結によって、フランスやドイツの諜報機関が共産主義者を監視する必要がなくなり、仕事が減ったために、カルトに対する警戒をそれに代わる仕事としてクローズ・アップさせたということだ。ドイツのシークレット・サービスが、大した事件も起こっていないのにサイエントロジーの捜査に総動員体制を引いたのは、その仕事がなければ人員を削減されてしまう可能性が大きかったからである。

 またドイツの教会の職員には、神父や牧師のほかに『カルト専門家』という役職があり、それによって給料をもらっている人々がいる。彼らは常にカルトは重大な問題であると叫び続けなければ、自分たちが職を失ってしまう危険があるので、常に自己宣伝のために『カルトの脅威』を叫ぶのである。

 これに政治的な理由が加わる。フランスにおいては、左翼的な陣営が徹底的に宗教の取り締まりを主張している。彼らは自発的な宗教組織に寛容な米国憲法を徹底的に批判し、世俗の国家が宗教をコントロールするフランス憲法の精神に帰れと叫ぶ。彼らのスローガンは、『もし太陽寺院のような宗教団体が嫌なら、アメリカのようになるな。アメリカのようになればカルトがはびこる』である。このようにフランスでは、左翼的で反アメリカ的な思想の持ち主が、反カルト運動の一翼をなしているのである。」(1998年4月17~19日に米国ワシントンDCで開かれたICRFの国際会議での発言)

 ヨーロッパにおける反カルト運動は、冷戦終結という政治的な状況、「カルトの脅威」を叫ばなければ職を失ってしまう人々の存在、世俗的で反宗教的なイデオロギーの台頭など、新宗教そのものが原因というよりも、それを取り巻く社会の事情によって突き動かされていることが分かる。

森山諭牧師

森山諭牧師

 日本における統一教会反対運動は、大きく分けて三つの勢力からなっている。その勢力の一番目は、既成キリスト教の牧師たちである。彼らの反対の動機は、異端との闘争にある。彼らの視点からは統一教会は異端の信仰であるため、その信仰を棄てさせなければ救われないと考えているのである。日本において拉致監禁を伴う強制改宗を最初に行ったのは、日本イエス・キリスト教団荻窪栄光教会の森山諭牧師で、1966年早春のことだった。森山牧師は1976年に八王子の大学セミナーハウスで「異端問題対策セミナー」を開催し、それまでの10年間の経験を元に、身体隔離を手段とした脱会説得法を他の福音派の牧師たちに伝授した。その後、強制改宗事件が増加するようになる。

 森山牧師とその薫陶を受けた牧師たちは、聖書を文字どおりに解釈する「福音派」と呼ばれるグループの牧師たちだったが、統一教会に反対する牧師たちは必ずしも福音派というわけではなく、むしろ自由主義神学を信奉する、日本基督教団の牧師たちもいる。その中にはキリスト者でありながら左翼的な思想をもつ人物もおり、一口に「反対牧師」と言っても、その思想的傾向は必ずしも同じではない。

 二番目の勢力は、「反対父母の会」(全国原理運動被害者父母の会)である。統一教会に自分の息子・娘が入信した親たちの立場からは、我が子は統一教会にだまされている、洗脳されているとしか考えられなかったので、「子供を返せ!」と叫びながら反対運動をするようになった。これが反対父母の会が結成された背景である。

 統一教会に対する「反対父母の会」が結成されるようになった背景には、マスコミの報道がある。1967年7月7日付朝日新聞夕刊に、「親泣かせの原理運動」の記事が掲載され、これによって不安をかきたてられた統一教会信者の親たちが、やがて「反対父母の会」につながって教育されるようになったのである。

 「反対父母の会」は、統一教会信者の父母たちが子供のことを心配して運営している組織というよりは、「統一教会に反対する」という思想的な目的をもって活動している組織であると言える。その役割は、①統一教会に関する悪い情報を社会に宣伝する、②統一教会信者の父母に連絡を取り、統一教会に対する悪い情報を提供して不安をあおる、③「保護」(実際には監禁)して脱会させなければ子供の人生が台無しになると説得する、④強制改宗を行う牧師や脱会屋を紹介する、などである。

 三番目の勢力は、共産党や旧社会党に代表されるような左翼勢力だ。統一教会が共産主義に反対する保守勢力であったため、彼らはイデオロギー的対立を動機として統一教会に反対してきた。彼らの台頭は、国際勝共連合の設立とその活動と切っても切れない関係にある。国際勝共連合が推進したスパイ防止法制定運動、レフチェンコ事件、そして「全国霊感商法対策弁護士連絡会」(被害弁連)設立の間に密接な関係があることは、既にこのブログの第34回目で詳細に述べているのでここでは繰り返さない。関心のある方は以下のURLを参照のこと。
http://suotani.com/archives/1997

 結論だけを述べれば、「被害弁連」はレフチェンコ事件によって危機感を募らせた左翼勢力によって組織され、スパイ防止法制定運動の支援組織である国際勝共連合と統一教会の壊滅を目的として、「霊感商法」反対キャンペーンを展開するためにつくられた組織だったということだ。その中心人物が山口広弁護士であった。

 これら三つの勢力は、もともとお互いに接点がなく、それぞれバラバラに統一教会に反対してきたが、1980年代初頭より「統一教会潰し」という目的のもとに結束し、いまやスクラムを組んで反対運動を展開する状態になっている。そこには以下のような共闘関係があった。

 統一教会信者の親は、反対牧師に報酬を払って指導を仰ぐ。反対牧師は親に具体的な拉致監禁のやり方を指導し、親が子供を監禁したら、監禁現場を訪問するなどして信仰を棄てるよう説得を行う。この説得を受け入れて信仰を棄てれば、親の目的は達成されるが、それで終わりではない。元信者は反対牧師の活動に協力させられ、さらには左翼弁護士を紹介されて、統一教会を相手取った損害賠償請求訴訟を起こすように説得されるのである。こうして起こされた訴訟の代理人を左翼弁護士が務めることにより、彼らは弁護士として報酬を得ることができると同時に、統一教会の社会的評価にダメージを与えることができる。さらに、こうした訴訟の情報はマスコミを通して社会に宣伝され、親の不安を煽るために利用される。このように反対運動は、両親、牧師、弁護士、マスコミなどがそれぞれの立場と職能を生かして統一教会を窮地に追い込もうとする、プロ集団の複合体となっているのである。しかし、後藤徹事件の判決以降(2015年9月29日、最高裁で判決確定)は、拉致監禁は事実上できなくなった。

 日本における統一教会批判文献は、主としてこうした反対運動の主導者によって生産されてきたと言ってよい。したがって、それは日本における統一教会の特徴というよりは、むしろ反統一教会運動の特徴を色濃く反映しているのである。

 翻って、櫻井氏や中西氏に決定的に欠如している視点とは何だろうか? それは「統一教会と社会」という対立軸を作り、欧米、日本、韓国における統一教会の性格の違いから、それに対する社会の反応を分析するという単純な枠組み設定をしているため、反対勢力の存在を見落としているか、あるいは意図的に無視している点にある。そもそも、無色透明で抽象的な「社会」などというものはどの国にも存在しない。統一教会に反応するのは社会一般ではなく、具体的な利害関係者である。彼らが書いた文献は、決して社会一般の見方を代弁するものではなく、自分たちの利益を主張するために書かれたのだという「相対化」の視点を持たなければ、「社会が統一教会の問題点を指摘している」というナイーヴな受け止め方になってしまうのである。

 韓国においても、米国においても、ヨーロッパにおいても、日本においても、統一教会に反対する人々にはそれぞれの立場、思想・信条、そして動機がある。それを分析することなく結果としての文献だけを並べて、そこから各国・地域における統一教会の性質を分析しようとしても、本質は見えてこないし、統一教会に対する「先行研究」を正しく理解することもできないのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳67


第7章 分析と発見(10)

 「非主流の」宗教に回心し入会することに対する理解の支配的な傾向性は、心理学的還元主義の説明を提供することであった。これはより大衆的な暴露型の著作物(注54)にだけでなく、最近の学問的文献(注55)にも見ることができる。そのようなアプローチは、ブロムリーとシュウプが「動機付けモデル」と呼ぶものを引き越した。それは宗教的帰属における三段階の順序を仮定する。
「(1) 個人のニーズや動機などの素因的条件(社会の状況に関する議論によって補足されることもある); (2) それらのニーズや動機にアピールする新しい信念との出会い(出会いの相互作用的背景の議論によって補足されることもある);および (3) 結果としてのグループの献身的なメンバーとしての行動。」(注56)

 統一運動の「国際統一十字軍」「タスクフォース・チーム」を四か月半にわたって研究した土台の上にこれらの著者が論じたのは、彼らの調査は動機付けモデルの「動機・信仰・行動」の順序を支持せず、むしろそれに代わる「役割理論モデル」を、回心と献身のプロセスのより正確な説明として示唆しているということであった。
「このもう一つの視点は、入会、関与、および献身の維持などの要因を、個人の経験や私的感情の観点からではなく、むしろ役割関係から生じる社会的に構築された出来事として概念化する。役割理論の論理は、宗教運動のアピールと(しばしば推測によって導き出された)そのメンバーの動機の間に『心理機能的』なつながりを構築するだけでは、グループの規範、価値観、および日々の問題解決という、相互作用的背景におけるメンバーの行動を無視していると論じる。・・・したがって、役割理論モデルにおいては、帰属はそれによって個人のニーズがグループによって満たされるだけでなく、それによってそれらのニーズがグループ独自の目的によっても形成され得るような社会的プロセスとして概念化されるのである。」(注57)

 この役割モデルにおいては、動機付けモデルの第二および第三の段階がグループの行動が信仰の回心と献身に先立つ、というように逆転されている。ある人のグループにおける役割と地位の変化は高い頻度で彼・彼女の態度の変化をもたらすというしばしば有効とされる社会学的原理は、この視点から支持されるものであるとみなされている。(注58)役割を担うプロセスそのものは、著名な社会心理学者の簡潔な発言によって非常によく描写されている。「(最初は)『一部を通り抜ける』という感覚があるが、これが通常過ぎ去って、人は学習者か戦士になる。」(注59)

 ブロムリーとシュウプは、四つの主要な結論に到達した。
「1.新入会員が統一運動に加入する素因となる動機は、『疎外』というような包括的なラベルの下に想定するにはあまりにも多様で複雑である。
2.動機付け理論と役割理論は、個人とグループが最初に出会った時点では最も緊密に同時進行するが、前者のモデルは個人がフルタイムのメンバーになった後に起こる変化に関してはわずかな知識しかもたらさない。
3.活動的なメンバーとなった後に最も顕著である行動の変化は、信念の変化と献身の形成に先行することが見いだされた。
4.統一運動の価値観と目標に対する心理的な献身は、積極的に役割を果たした結果として生じるのであり、その前に存在するのではない。(所属して最初の二年間に)実際に多くの統一運動のメンバーが離脱することは、個人的献身の深さを過度に強調することに対して警告している。」(注60)

 現在の著者の関心からブロムリーとシュウプの業績を評価するうえで、彼らが研究した統一教会の信者は平均2年目のメンバーであったのに対して、私がインタビューした者たちの信仰歴の平均は8年以上であったことを理解することは重要である。したがって、彼らの研究対象者のほとんどがマッチングも結婚も経験していないと想定することができるのに対して、私に情報を提供した42名のうち、2人以外はみなその経験をしていたのである。また、既に引き合いに出された50~60パーセントというメンバーの離脱率は積極的に関わった最初の2年間にのみ当てはまるのであり、それ以降は統一運動を離れるメンバーは非常に少ないことを忘れてはならない。これらの留保にもかかわらず、私の研究の結果はブロムリーとシュウプの結論を支持するばかりでなく、統一運動において役割を担うプロセス、とりわけ性と結婚に関わるときのプロセスをより一層明らかにする追加のデータを提供する。例えば、私は1979年12月に6名のメンバーをインタビューしたが、彼らは全員がその年の5月にマッチングを受けた者たちであった。彼らは全員が自身の相対者に対して、そして近い将来祝福を受けることに対する期待で非常に興奮していた。実際に彼らの考えは、アメリカ社会における彼らと同世代の婚約したカップルたちに見出されるであろうものと似ている部分もあった。6名全員が7カ月後に接触を受け、そのうちの4組が私に、聖別・約婚期間と結婚に対する彼らの態度について最新情報を提供してくれた。4名の回答者は全員が、最初にインタビューしたときから7カ月の間に彼らの理解に起こった重要な変化を示唆した。そしてこれらの変化は例外なく、統一運動の神学的・組織的関心により一致するものであり、外の世界において見いだされるであろう見解から離れた考えに向かっていたという点において、運動を代弁するものであった。あるメンバーは以下のように書いた。
「時とともに私の考えがいかに統一原理をより深く深く理解するように進化するかに気付くのも、私にとっては興味深い。私はこの(最初のインタビューの)起こしに取り組むことができて感謝している。なぜなら、たった数カ月が原理と、教会の仕事と、そして私自身の人生路程に対する自分の理解に影響を与え、深めたことが分かるからだ。」(注61)

(注54)「カルト」に関わることに対するこの視点からの一般的な扱いについては、広く読まれた著作であるテット・パトリックとトム・デュラックの「我が子供たちを去らせよ!」(ニューヨーク:バランタインブックス、1976)を参照のこと。統一運動に対する同様の扱いは、ビヨルンスタ『文は神の子ではない』、レヴィット『文鮮明の精神』、ならびに多数の雑誌や新聞の記事に見出すことができる。
(注55)これらの文献に対する強力な批評に関しては、シュウプ『現代宗教運動の構造的視点に向かって』を参照のこと。
(注56)ブロムリーとシュウプ『たった数年・・・』、p.161。
(注57)前掲書、p. 162。
(注58)例えば、セイモア・リーバーマン「役割の変化が役割占有者の態度に与える影響」『人間関係』 (第9巻、第4号、1956)、pp. 385-407を参照のこと。
(注59)ブロムリーとシュウプ『たった数年・・・』、p. 163。
(注60)前掲書、p. 181。
(注61)個人的交流:マリー女史

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』145


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第145回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 先回は中西氏が「韓国における統一教会研究」と題して紹介した韓国における先行研究、ならびに日本との違いに関する記述を踏まえて、統一教会に対する批判的著作をテーマごとに整理し、欧米、日本、韓国の三つの地域の特徴について解説した。その結果分かったことは、欧米が最もバランスが良く、批判的なもの、好意的なもの、中立的なものがそろっているということであった。特に学問的研究においては欧米が最も進んでいると言っていいだろう。次いで日本だが、客観的で価値中立的な研究は欧米に比べれば少ない。韓国には、宗教的動機による神学と実態の双方に対する批判本しか事実上存在しないと言っていい。

 これを通して見えてくるのは、統一教会に対する反対運動の実相である。そもそも、統一教会に対して何の利害関係も関心もない人が、わざわざ著作を書くということは通常は考えられない。宗教学者による客観的な研究は例外だが、その他の著作は教団側の宣伝を目的とした出版物か、反対派による批判本に大きく分類されると言ってよいだろう。したがって、統一教会に対する批判書の性格は、そのまま統一教会に対する反対勢力の性格を映し出していると考えられる。そこで、しばらく中西氏の記述に対する直接の批判を離れて、韓国、欧米、日本における統一教会反対勢力について解説することにする。

 韓国における統一教会に対する反対勢力は、既成キリスト教会であると言ってよいだろう。櫻井氏が「日本の統一教会問題とは社会問題であるのに対して、韓国では宗教問題にとどまる」(p.170)と指摘した主な原因は、韓国における統一教会の特徴というよりは、韓国における統一教会反対勢力の特徴によるものであるといった方が適切であろう。韓国において、統一教会の信仰を持つようになった個人に対して、その親族が反対するというケースが全くないわけではないだろう。しかし、それが「反対父母の会」のようなものを組織したり、子供を拉致監禁してまで取り戻そうという運動にまでなることはなかった。逆に、韓国では親族から伝道されたとか、親族のほとんどが教会員であるというような話が多く、「家族の反対」というのは韓国の統一教会における主要な問題ではなさそうだ。

 一方、米国における反統一教会運動においてはキリスト教は限定的な役割しか果たさなかった。むしろ「ディプログラミング」に代表されるような反カルト運動の行き過ぎた行為に対しては、キリスト教会は反対声明を出しているくらいである。米国聖職者指導者会議(ACLC)の牧師たちに代表されるように、統一教会に賛同的なキリスト教牧師も多数存在する。米国における反統一教会運動の発端はむしろ家族の反対であり、それが後に市民運動化していったというのが実情である。そしてこれは統一教会にのみターゲットを絞った運動ではなく、「カルト」と呼ばれる新宗教全般を対象とした反対運動であった。

 米国においては、1970年代の終わり頃から「洗脳」(brainwashing)という言葉が、突如として出現した聞きなれない新宗教運動の台頭を説明するための概念として使われだした。1960年代後半から米国の若者たちを魅了し始めたこれらの新宗教運動は、主としてアジアに起源を有するものであり、キリスト教を基盤とする主流のアメリカ文化とは相容れない内容を持っていたために、対抗文化(counter culture)運動とも呼ばれ、激しい社会的リアクションを引き起こした。

 1970年代の初め頃には既にこうした新宗教運動に反対するグループが誕生していたが、こうしたグループを形成していった人々は、主として新宗教運動に入信した若者たちの両親であった。彼らは既存の伝統的宗教と自分の息子・娘たちが入った新宗教運動との違いを強調し、それらは危険な団体であると主張し始めた。特にこれらの両親が新宗教運動に対して反発を感じた理由は、自分の息子・娘たちが将来のキャリアを棒に振ってまでも宗教運動に献身し、家族との絆を否定してまで禁欲的な共同体生活に入るという点にあった。こうした新宗教運動に回心した若者たちは、以前までのライフ・スタイルを大きく変化させ、何よりも宗教を第一優先とする生活をするようになったため、この予期せぬ事態を理解できなかった両親は、自分の息子・娘を「奪った」宗教団体を非難し、それらの団体は「洗脳」をしていると非難するようになったのである。

 こうしたグループは、この頃から新宗教運動を「カルト」と呼んでいたが、この頃の「カルト」の用法は主として福音派のクリスチャンたちの著作に見られる用法であり、それは伝統的なキリスト教の教えからは逸脱した「異端的教団」という程度の意味だった。両親たちはこうした「カルト」から息子・娘たちを救出してくれるように警察や裁判所に要請したが、信仰上の違いだけが理由であれば、公権力は介入できないというのが一般的な反応だった。しかし、1970年代の後半になると、以下の三つの要因によって新宗教運動を取り巻く状況は一変した。

 第一の要因は、「ディプログラミング」の出現である。ディプログラミングとは、ターゲットとなる宗教グループのメンバーを誘拐し、彼らの意に反して監禁し、彼らがその信仰を捨てるまで長い感情的・心理的圧迫を加えることを意味する。「ディプログラミングの父」と呼ばれるテッド・パトリックは1976年に『子供たちに自由を』(Let Our Children Go)という本を書き、その中で自分のディプログラミングの手法について描写しているが、彼はその“信仰破壊者”としての実績によって新宗教運動に反対する両親たちの英雄となり、市民自由財団(CFF)と呼ばれる反カルト組織を1974年に結成した。これが「カルト警戒網」(CAN)の前身である(1986年に名称変更)。

 第二の要因は、いわゆる「ハースト事件」である。大富豪で「新聞王」の異名を持つハースト家の娘パティ・ハーストは、1974年にSLAと呼ばれる革命グループに誘拐され、数カ月間にわたって監禁されたが、この期間に彼女の価値観はすっかり変わってしまい、彼女はSLAの革命的なイデオロギーに完全に転向し、ついにはその組織と共に銀行強盗まで行うようになった。平均的な19歳の少女が短期間のうちに革命家に変身してしまったこの事件は、「洗脳」が実在するという印象を一般大衆に与える上で重要な役割を果たした。

 第三の要因は日本でも有名になった「人民寺院事件」である。これは1978年にガイアナのジョーンズタウンで教祖ジム・ジョーンズに率いられた人民寺院の信者が集団自殺を遂げた事件で、死者は912名にのぼり、同教団を調査するために米国から訪れたリオ・J・ライアン下院議員とその一行もガイアナの空港で殺害された。この事件は米国社会に大きな衝撃を与え、これを契機としてそれまでバラバラに活動していた反カルトグループが全国組織にまとめられて、1980年代にカルト警戒網(CAN)として結実していく。このCANは「カルトによる洗脳」の危険を宣伝し、ディプログラミングを行う反カルト組織であった。同時期に結成された姉妹組織にアメリカ家庭財団(AFF)があり、これら二つの組織はほとんど同じ人々によって構成されていた。

 アメリカ家庭財団(AFF)は、「カルト」に反対する父母の会として出発したが、現在はInternational Cultic Studies Association(ICSA:日本語に訳せば「国際カルト研究協会」)に名称変更して存在している。最近は弁護士、精神科医らの参加を募って学術研究機関としての色彩を強めており、アイリーン・バーカーなど「カルト擁護者」と目される学者も招いているが、基本的に「反カルト」であることに変わりはない。私自身もこのICSAの国際会議には3回ほど参加したことがある。

 一方、カルト警戒網(CAN)の方は、「ディプログラミング訴訟」によって崩壊することとなる。1990年代になると、拉致・監禁を伴うディプログラミングを経験した新宗教信者が、強制改宗家や反カルト組織を相手取って損害賠償を求める訴えを起こすケースが増えてきた。これにより、ディプログラミングの実行に伴うリスクが増大し、その数は劇的に減少した。1991年にリック・ロスと他の強制改宗屋がジェイソン・スコットという若者を「ライフ・タバナクル教会」から脱会させるためにディプログラミングを施そうとしたが、彼は脱会せず、逆にロスとCANを相手取って損害賠償を求める民事訴訟を起こした。95年、法廷はスコット氏に500万ドルの損害賠償を支払うように原告に命じた判決の中で、このディプログラミングの責任がCANにもあることを認め、懲罰的罰金100万ドルを含む合計109万ドルの賠償金を支払うようにCANに命じ、CANはこの判決により破産を余儀なくされたのである。結局、CANは96年に宗教的人権を守ろうとする人々によって買い取られ、現在では新宗教に対する偏見を取り除く目的で運営される組織に生まれ変わっている。

 米国における統一教会批判を含む「反カルト文献」は、主としてこうした反カルト運動によって生産されてきたと言ってよい。それはキリスト教会が主導する運動というよりは、新宗教信者の両親、心理学者、職業的改宗請負人などによって構成される組織であり、一部にはお金目当てで改宗を請け負う者たちもいた。こうした運動は社会から支持を得ることはなく、その過激な活動は良識あるキリスト教指導者や学者たちの非難の的となっため、1970~80年代に大きく盛り上がった米国における反カルト運動は、凋落の道をたどるようになったのである。

 次回は、欧州と日本における反カルト運動、反統一教会運動について解説する。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳66


第7章 分析と発見(9)

 にもかかわらず、翻訳は創造ほどは複雑ではない。統一運動のカップルは、修練期間中に内面化された既成の意味世界をすでに持っている。したがって、彼らの関心は「なにか」に関することではなく、「いかに」に関することである。もしわれわれがこのプロセスを社会活動の観点から考えれば、主流のアメリカ社会において婚約・結婚したパートナーは基礎研究を行っているに対して、統一運動のカップルは応用研究を行っているのである。後者にとって、規範の境界と価値観は既に明確に確立され、二人の関係の中でそれを稼働可能にすることが彼らの責任なのである。統一運動の世界の救済者としての志向性がいかにわれわれの結婚を特徴づけ形作るのか、ということを彼らは問わなければならない(そして実際に問うている)。この問題が一度ならず繰り返し、彼ら自身の間だけでなく他の祝福家庭との間で「語りつくされる」と、統一運動の結婚を構成する「世界の中の世界」が、初めはぼんやりと、そして次第にくっきりと、出現し始めるのである。

 この研究の初めに言及したように、統一運動の中には(伝道、資金調達、およびその他の使命を通しての)熱烈な地上天国の追求と、来るべき天国の基本的社会単位としての結婚・家庭に対する高い価値視との間の、大きな緊張状態が内在している。これまでの強調は前者の関心であったので、その結果としてその他の組織的目標と比較して結婚の優先順位は低かったのである。理想におけるこの緊張は、大部分においては統一運動のカップルに受け入れられてきた。それは彼らが近い将来より結婚と家庭に関する伝統的な生活環境に定着すると信じたからである。しかしながら、最近はいくつかのカップルにとってはこの緊張が、彼らと共同体との間の規範なき決裂と感じられるようになってきた。彼らのカップルとしての会話の世界が、社会的に構築されたグループの現実と調和していないという意味での断絶である。

 統一運動における性と結婚の現象学的考察が明らかにしたのは、そのメンバーにとって主要な(そして唯一の)規範的手段となるような一つの宗教共同体である。アメリカ社会において婚約・結婚したカップルが、秩序立った制御可能な世界を彼らの関係性の私的領域の中で確立しようとするのとは対照的に、統一運動の結婚は宗教共同体の公的世界の一部であり、多くの面においてその世界によって形成されるのである。アメリカにおける結婚に関して、バーガーとケルナーは「個人が現実の断片を取って彼の世界に形作ることができるのは、何よりも、そして原則として、その私的領域においてのみである」(注50)と述べている。それとは反対に、統一教会の信者は彼らの結婚を世界の救済者としての志向性の表現であるとみており、だからこそ、彼らは単なる「断面」ではなく、現実の世界を作り直すことにコミットしているのである。(注51)

 統一運動の性と結婚に対するアプローチはメンバーの献身を支え強化するという論点に対する、この第二のレベルの分析の妥当性をいまや論じることが可能である。明らかに、三年間の修練期間は新しいメンバーが共同体の新しい現実・世界に入っていく時間を示している。この世界の内面化と客観化は、恋愛および性的な愛着を絶対的に禁止することによって促進される。新しい改宗者は、本質的には、自分自身を説得すると同時に、説得されてグループに入るのである。

 婚約・結婚したカップルは、ここでもまた言葉を通して、共同体における意味を二人の関係において妥当になるように翻訳するのである。この翻訳の過程を通じて、統一運動の結婚はより広い信仰共同体の縮図となるのである。未婚のメンバーの世界の救済者の視点は、婚姻関係の目標を示し、そのパターンを形作るようになる。結婚は、運動の中心部への決定的で後戻りできない一歩を示しており、そこでの現実は確かに「聖徒の交わり」を反映しているのである。

 統一運動の結婚はしたがって西洋世界の以前の結婚の形態に非常によく似ている。
「結婚と家庭はかつて、より広い共同体の土台の上にしっかりと埋め込まれており、後者の社会的統制の延長および特殊化として機能していた。個々の家庭の世界とより広い共同体の間を分離する障壁はほとんどなかった。この事実は、産業革命以前に生きた家族たちの物理的な条件の中にさえ見出すことができる。家庭においても、道端においても、共同体においても、同じ社会生活が脈動していたのである。私たちの言葉で言えば、家庭と婚姻関係の内部は、非常に大きな会話領域の一部であり一区画であった。」(注52)

 したがって、バーガーとケルナーの方法論に鑑み、統一運動の性と結婚にに対するアプローチは統一運動へのかかわりを強化する役割を果たしているという理論を立てるのは正当であるように思われる。これは特に、個人が外の世界において非常に決定的な代替可能な構造を築く可能性、すなわち、非メンバーとの関係を通して異なる規範世界を構築するを排除する結婚においては真実である。

 第三のレベルの分析は、組織構造(カンター)と世界構築の現象(バーガーとケルナー)の間の極めて重要な関連としての社会的役割を中心とするものだ。われわれは性と結婚に関連する統一運動の構造がメンバーの献身を強化する傾向があることを示し、宗教共同体の規範的手段が言葉のやりとりを通していかに世界の救済者としての結婚に翻訳されるかを描いた。扱われるべき残された課題は、構造と会話の関係の性質に関わるものでなければならない。構造はいかにしてメンバー相互間の継続的な相互作用に働きかけ影響を与えるのか? 質問をほかの視点から見れば、組織構造が信者たちの生きた経験から影響を受けるというようなことが仮にあったとすれば、それはどのように起こるのか? これらと関連した質問に対する答えは、証拠の大部分を考えると、社会的役割の概念に見出される。

 この研究の初めに、おそらく幾分かの軽薄さをもって、実行可能な「ムーニー」の定義とは、他のムーニーたちがすることをする者たちである、ということが示唆された。そのような概念は、一部にはブロムリーとシュウプによる宗教運動への参加に対する役割理論のアプローチを知っていたことから来たものであり、(注53)そして一部にはこの研究のフィールド調査段階で得られたデータから来たものである。ここでわれわれは初めてこのプロジェクトのために行われた調査に照らしてブロムリーとシュウプの理論を扱い、次に社会的役割が、統一運動の中で実現されその神学によって正当化されたとき、初めの二つのレベルの分析の関係について、いかに実行可能な社会学的説明を提供するかを説明する。われわれはまた、統一運動の献身構築において社会的役割がいかに媒体の役割を果たしているかを示すであろう。

(注50)前掲書、p. 56。
(注51)理想型分析の弱点の一つは、広く一般化しすぎる傾向にある。私たちはこれまでの章で、適切な性別役割、聖別・約婚期間における適切な行動、そして核家族に与えられるべき優先順位に関して統一教会の信者の間で違いがあることを示した。最後の項目に関しては、幼い子供を持つ祝福家庭婦人の相当数が、CARPの使命のための文師の呼びかけに反応しなかったという事実は、これらの女性たち(および彼らの夫)が大多数のメンバーよりも家庭により高い優先順位を与えたこと示している。
(注52)前掲書、p. 56。
(注53)ブロムリーとシュウプ『たった数年・・・』、pp.159-185。

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」