統一神学大学院修士論文シリーズ24


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 儒教においては、誠実さは自己完成に至る資質である。誠の人とは、努力することなく何が正しいかを思いつき、思考を働かせることなく理解する人であり、彼は道を体現した賢者なのである。武士道の内容を構成している一般的な徳目である質素、忠誠、孝行、勇気、冷静沈着、仁などは、すべて基本的に『誠』の態度を中心としており、それは『誠』が神道、禅、および儒教の倫理が互いに影響しあって形成されてきたことに起因している。

 真理の精神によって自分の状況に向かって行く個人のみが、彼の置かれている状況に最もふさわしい道徳的判断を下すことができる。『誠』は個人的真理と個人的道徳の基準であり、真の自己の精神的力を引き出すものであるがゆえに、本質的に創造性を持っている。あらかじめ定義され、「絶対的」権威をもった抽象的基準というものは、日本人にとっては考えられないことであり、自分の自由と尊厳を奪われるように感じられるがゆえに、不快なことでさえある。結果的に日本人の道徳は、極めて状況的で個別主義的なものとなる。それは今、目の前にある問題にのみ集中しており、その人の個人的な正義観と強い感情的な結びつきがある。

 日本の宗教伝統においては、現実に対する根本的な態度の中に、明かな連続性が存在する。それは神道から仏教へと無意識的に流れて来たものが、都合よく儒教の精神と混じりあって、明確な定義や体系的な公式がなくとも自然と心から沸き上がってくる道徳となったのである。このような精神伝統の一般的枠組みの中において見たとき、はじめて無教会キリスト教の特徴は意味あるものとなるのである。

 ある意味で、無教会はキリスト教の神秘主義的伝統に属している。しかしその神秘主義的アプローチは、西洋からの借りものではない。彼らの神秘主義は紛れもなく土着のものであり、それは現実に対する彼らの伝統的なアプローチ、特に禅宗のアプローチを適応することに由来するものである。心理学的なプロセスという観点からみれば、禅とキリスト教神秘主義は極めて似ている。双方とも心の深層における精神集中の過程、主観と客体を越えた悟り、経験主義的な自己の喪失を必要とする。また双方とも心理的な完全性と一体性の体験を促進し、その過程を体験した個人を完全に変容させ、「回心」させるのである。

 このような禅とキリスト教の統合は可能である。何故なら現実に対するアプローチの方法としての禅は、いかなる定義や公式にも限定されないからである。その性質からして、禅は仏教あるいはその他のいかなる「主義」にも傾倒するものではない。無教会は、その自発的なキリスト教の理解において、日本文化に実に深く根ざした禅の精神をもってキリスト教に近づき、真に神秘的な味わいを持った土着のキリスト教を作り出したのである。

 カルロ・カルダローラは、西洋人は進歩主義における理性に対する失望の結果として、近世においてのみ実存主義的になったのに対して、日本人は伝統的に心からの実存主義者であったと主張する。この独特の実存主義的文化の中においては、合理的要素は、二次的な役割しか持たなかった。日本人は究極的実在との実存主義的な出会いに関心を持っていたのである。したがって日本人の宗教性は本質的に非合理的であり、それ故に概念化することが出来ない。宗教的真理は、如何なる組織や口伝伝承や文書の中にあるのでもなく、深い感情的体験の中に存在しているのである。

 キリスト教を受け入れようとする日本人は、その心の本質的な特徴として実存主義的な枠組みを持っているために、その実存主義的基礎の上にそれを受けとめる準備がなされているのである。彼にとって信仰とは、超越者と無条件に結びついた自己を直接体験することである。したがってキリスト者としての体験も、必ずしも特定の教会の一員となることや、特定の信条、教義、儀式、あるいは宗教的官僚主義を受け入れることとは関係がないのである。この様な態度が、日本の無教会運動の核心部分を形成しているのである。

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

In Confucianism sincerity is the quality by which one reaches self-perfection. The sincere man is he who, without effort, hits on what is right and apprehends without the exercise of thought; he is the wise man who embodies the way. The familiar virtues of frugality, loyalty, and filial piety, courage, self-possession, and benevolence, which form the content of Bushido, are all centered in the basic attitude of makoto as it has been shaped through the combined influence of Shinto, Zen, and Confucian ethic.(31)
Only the individual who faces his situation in a spirit of truth is able to make the moral judgment that best fits his case. Makoto is the standard of both personal truth and personal morality; it is essentially creative, for it brings out the spiritual powers of real self. Any predefined and abstract standard carrying “absolute” authority is unthinkable and even irritating to the Japanese who feels that he has been deprived of his freedom and his dignity. Consequently, the morality of the Japanese is strictly situational and particularistic; it concentrates only on the problem at hand and includes a strong emotional commitment to one’s personal rectitude.(32)
In Japanese religious tradition, there is clear evidence of continuity in the fundamental attitude toward reality subconsciously running from Shinto through Buddhism and conveniently blending with the Confucian spirit into a practical code of ethic (dotoku) which springs up naturally from the heart without either precise definition or systematic formulation. It is only in the general framework of this spiritual tradition that the characteristic features of the Mukyokai Christianity become meaningful.(33)
In a sense, the Mukyokai is substantially in the Christian mystical tradition; however, they did not borrow their mystical approach from the West. Their mysticism is strictly indigenous, and it derives from an application of their traditional approach to reality, particularly the Zen approach. In the matter of the psychological process, Zen and Christian mysticism are quite similar. Both require some kind of in-depth process of concentration, enlightenment beyond subject and object, and loss of the empirical ego; both promote an experience of psychic wholeness and unification, which results in a complete transformation or “conversion” of the person involved.(34)
This synthesis of Zen and Christianity is possible because Zen, as a way of approaching reality, is not limited by any definition or formality. By its nature, Zen is not committed to Buddhism, nor to any other “ism.” The Mukyokai, in their spontaneous grasp of Christianity, have approached it with the spirit of Zen, so deeply embedded in Japanese culture, and have produced an indigenous kind of Christianity with a genuinely mystical flavor.(35)
Carlo Caldarola asserts that the Japanese have traditionally been existentialist at heart, whereas western man became existential only in the modern era and as a result of progressive disappointment with reason. Within this unique existential culture, rational elements occupy only a secondary role. The Japanese are interested in an existential encounter with the ultimate reality; so, the religiosity of the Japanese is by its nature irrational, and as such, not subject to conceptualization. The locus of religious truth is not found in any body of oral or written traditions but in a deep emotional experience.(36)
With this existential framework as an essential feature of his mind, a Japanese who wishes to embrace Christianity is prepared to do so on this existential basis. For him faith is a direct experience of the self unconditionally related to the transcendent; therefore, a Christian existence is not necessarily connected with being a member of a particular church or with accepting certain creeds, dogmas, rituals, or religious bureaucracy. These attitudes form the core of the Japanese non-church movement.(37)

(31)Ibid., p.87.
(32)Ibid., p.88.
(33)Ibid., p.87.
(34)Ibid., p.96-7.
(35)Ibid., p.97.
(36)Ibid., p.214.
(37)Ibid., p.216.

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統一神学大学院修士論文シリーズ23


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 C.神道と禅宗

 カルロ・カルダローラは、無教会の信仰に見られるキリスト教に対する神秘実存主義的なアプローチは、鋭い直観と強烈な霊的体験を典型的な特徴としており、日本の宗教的伝統との間に連続性が見出されると論じている。日本の宗教生活においては、全ての偉大な宗教伝統が、国家および家庭次元において示され、ほとんど分離し難いほどに融合していた。儒教と神道は、仏教の形而上学および心理学を借用し、仏教と神道は、儒教の倫理学から多くを借用した。そして儒教と仏教は完全に日本化されてしまった。

 神道は、態度と生活様式の両面において日本文化に浸透している。日本人の大部分は、神道が彼らの生活をどの程度支配しているかに対して無頓着であるが、それは日本人の霊性の本質を特徴付ける最も基本的な方向性を与えているのである。「神道的方法」は、外国の思想や宗教を日本に土着化させる時の、主要な起動力として働いてきた。その直観的な性質と日本人の精神性における形成力の故に、神道は輸入されて来た教えに対して挑発的・挑戦的に立ち向かうことよりも、むしろ粘り強くそれを取り込んで行くことによってその目的を果たして来たのである。神道には自意識的な表現が欠如していることが、日本人の精神を形式化から自由にし、それによって日本人は、外国の哲学の複雑な理論から土着の傾向と共存し得る要素を抽出することができたのである。仏教と儒教が日本において経験した著しい変容は、この様な土着化の力学の最も顕著な例のうちに数えることができる。

 日本の禅宗は、神道版の仏教とみなすことができるであろう。禅宗の意図は、人間を生命との一致へと導くことにある。この合一により、人は彼の外部にある全ての存在からの疎外を克服し、自己と他者の間のいかなる相克をも超越する。禅とは主観と客体を超越した「純粋存在」に気付くことであり、存在を「如」(そのまま、そのごとく)において直接に把握することである。この認識の特徴は、思索的でなく、意識的でなく、哲学的でも神学的でもないことである。それは心理学的観察や形而上学的思索の領域を越えた感覚なのであり、「実存的な意識」なのである。禅においてはこの合一はあらゆる形態の生命と直接一つとなることであるが、無教会においては基本的にそれは生命の源泉である神の霊との一体化である。それを通して人はあらゆる理性を越えた知恵、すなわち個々の状況において何が正しいかという実存的な直観を見出すのである。

 禅は「プロセス」や何らかの特定の真理を「教える」ことを主張せず、公式の信条も、儀式も、道徳律も、教理要項も、教会組織も存在しない。禅は個人に真の自己を発見させ、彼を「真正の」生活に目覚めさせようと試みるだけである。これらの禅一般における典型的な感覚は、伝統的な日本のエートスの重要な側面を形成したのである。禅は公式的には極く小数の日本人によって実践されたに過ぎないが、それにもかかわらず禅の精神は、最も純粋な神道の精神と完璧に混じりあって、日本的な思考法のまさに核心に位置し、日本人の宗教性の独特な様相に貢献しているのである。

 この宗教性の中心的要素は『誠』の態度であり、この言葉は英語においては普通はtrue, truthful, faithful, unselfish, pure, honest などと訳され、調和した心の性質のことを意味している。本質的に『誠』は「純粋な心」と「正直」を意味している。それは人が何ものも避けたり無視したりすることなく、全身全霊で人生に向かうことを示している。この概念は、全てにおいて清浄に対する崇敬を強調した古神道の伝統において最初に生じたものである。

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

C. Shinto and Zen Buddhism

Carlo Caldarola argues that the mystico-existential approach to Christianity in the Mukyokai faith, which is typically marked by a sharp sense of intuition and intense spiritual experience, is found to be in continuity with the religious tradition of Japan.(24) In the religious life in Japan, all the great religious traditions were represented and almost inseparably fused in the national and family level. Confucianism and Shinto had borrowed Buddhist metaphysics and psychology; Buddhism and Shinto had borrowed much of Confucian ethics; and Confucianism and Buddhism had been rather thoroughly Japanized.(25)
Shinto permeates Japanese culture as both attitude and life style. Although the vast majority of Japanese remain unaware of the extent to which Shinto dominates their lives, it provides the most basic orientation that characterizes the essence of Japanese spirituality. The “Shinto Way” has operated as a major impetus in the indigenization of foreign ideas and religion in Japan. Because of its intuitive nature and formative power in the Japanese mentality, Shinto has been a silent and invisible force which has attained its ends more by persistence than by provocative and challenging confrontations with the imported doctrines. Shinto’s lack of self-conscious expression has kept the Japanese mind free of formalization and therefore ready to abstract from the theoretical complexities of foreign philosophies those elements which are compatible with the indigenous tendencies. The remarkable transformation which Buddhism and Confucianism underwent in Japan are among the most outstanding examples of this indigenizing dynamic.(26)
Japanese Zen Buddhism can be regarded as the Shintoist version of Buddhism. The intention of Zen Buddhism is to bring man into oneness with life. In this union, man overcomes his alienation from everything outside himself and transcends any opposition between self and other. Zen is the awareness of “pure being” beyond subject and object, an immediate grasp of being in its “suchness” and “thusness.” The peculiarity of this awareness is that it is not reflective, not self-conscious, not philosophical nor theological. It is a sense beyond the realm of psychological observation and metaphysical reflection. It is an “existential consciousness.” (27) In Zen this union is directly with life in all of its forms; in the Mukyokai this union is primarily with God’s spirit, the very source of life, through which one finds a wisdom that transcends all reasoning, an existential intuition of what is right in each situation.(28)
Zen does not claim to “process” and to “teach” any particular truth, has no formal creed, no ritual, no moral code, no catechism, no church organization. Zen attempts only to enable the individual to discover his true self and to awake him to “authentic” life. These feelings, typical of Zen in general, form a relevant aspect of the traditional ethos of Japan. Although Zen is formally practiced by only a few score of Japanese, nevertheless the spirit of Zen, which perfectly blends with the most genuine Shinto spirit, is at the very core of the Japanese way of thinking and contributes to the unique features of Japanese religiosity.(29)
The central element of this religiosity is the attitude of makoto, a word which is usually translated as “true” – truthful, faithful, unselfish, pure, honest – and refers to the corresponding dispositions of the heart. In essence, makoto stands for “pure heart” and for “honesty.” It indicates that one approaches life with all one’s heart, shunning and neglecting nothing. This concept first arose in the old Shinto tradition which emphasized reverence for purity in all things.(30)

(24)op cit, Caldarola, p.20.
(25)op cit, Bellah, p.59.
(26)op cit, Caldarola, p.212-3.
(27)Ibid., p.84.
(28)Ibid., p.99.
(29)Ibid., p.85.
(30)Ibid., p.86.

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統一神学大学院修士論文シリーズ22


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 したがって、内村にとって伝統的な侍の倫理において中心的であった君主への忠誠は、彼にとっての新しい主に仕えることにおいても、また最高の徳目なのであった。そのような忠誠とは、何の報酬も期待せず、自分の生命、安全、利益すら考えることなく、無条件に最高の誠を尽くして自分の役割を果たすことであった。すなわち、忠誠は人が社会において与えられた役割を果たすために、全面的な献身と自己犠牲を要求したのである。

 内村はこの伝統的な侍の忠誠を、「大和魂」の「生まれつきの機能」であり、既にその「精神において本質的にキリスト教的」であると見た。過去においてはこの忠誠は盲目的で誤った方向に向けられており、洗練された域に達していなかった。しかし今や彼は次のような修辞的な問いを投げかける:

日本人のような民族が、正しい政府と賢明な運営を完成させるための幾重もの経験を通過する前に、さしたる準備もなく、彼らの生まれつきの機能がその如くに受け入れられ、より高き聖なる領域にまで高められるような自由の王国に入ることを望むのは、ユートピア的な夢であろうか? いにしえの主君に対する忠誠の伝統が、彼ら(侍日本人)を『かしらにならんとする者は全ての人の僕となる』という領域において共有されている単純な忠誠のために、ある程度は準備したのではないだろうか?(原英文、魚谷訳)

 このように内村は、侍の忠誠が「本質的にキリスト教的」であるばかりでなく、それが聖化され方向転換されて、キリストに対する奉公となったときには、それは国家に奉仕し、「正しい政府と賢明な運営を完成させる」ための、重要な第一歩となると信じたのである。内村は日本の精神に接ぎ木されたキリスト教を求めた、侍クリスチャンであったのである:

キリスト教は侍の精神をそれに注入することによって失われるであろうか? ラテン・キリスト教は、キリスト教信仰と古代ローマの精神の幸福な融合ではなかったか? ルターのドイツ・キリスト教は、キリスト教に対して価値ある明瞭な貢献をしたのではないか? しからば、汝らがアメリカもしくはイギリスのキリスト教を普遍的な宗教と呼び、余の日本のキリスト教を民族的であり、地方的であると避難することに対して、注意深く祈って見よ。・・・余はアメリカやイギリスの宣教師の教師達の信仰に改宗することによって、彼らの真似をする日本人ほど悲しい輩を見たことがない。(原英文、魚谷訳)

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

Hence, for Uchimura, loyalty to one’s lord, which was central to the traditional samurai ethic, was also the highest virtue in the service of his new Lord. Such loyalty was the unconditional fulfillment of one’s role with sincerity and earnestness, without any expectation of recompense, and without any consideration of one’s own life, safety or self-interest. In other words, loyalty required total self-dedication and self-sacrifice in order to achieve one’s given role in society.(21)
Uchimura saw that this traditional samurai loyalty, as an “inborn faculty” of the “Yamato-heart,” was already “essentially Christian in spirit.” In the past, this loyalty had been blind, misdirected and even naive in its achievement, but now he asked rhetorically:

Is it a Utopian dream to hope that before a people like the Japanese pass through manifold experiences in the attainment of right government and wise administration they may enter, without further preparation, that free kingdom where their inborn faculties will be accepted just as they are, and consecrated to labor in higher, holier spheres? Have not the olden traditions of loyalty to a chief… prepared them [samurai Japanese] in a certain degree for the simple fidelity which should exist among the sharers in that realm where he that will “be the chiefest shall be servant of all?”(22)

Thus Uchimura believed that samurai loyalty was not only “essentially Christian” in its motivation, but that when consecrated and redirected to service to Christ, it was the first and prior step to service to country, to the “attainment of right government and wise administration.” Uchimura as a samurai Christian sought a Christianity engrafted on the Japanese spirit:

Does Christianity lose by bringing the spirit of samurai into it? Was not Latin Christianity a happy fusion of the Christian faith and the old Roman spirit? Was not Luther’s German Christianity a valuable and distinct contribution to Christianity? So then, pray be careful that you call your American or English Christianity a universal religion, and condemn my Japanese Christianity as national sectional…. I have seen no more sorrowful figures than Japanese who imitate their American or European missionary teachers by being converted to the faith of the latter.(23)

(21)op cit, Robert Lee, p.97.
(22)”Moral Traits of the Yamato-damasii (Spirit of Japan),” Methodist Review, LXVIII – Fifth series, II: 61 (January, 1886), p.66f. quoted by Robert Lee, op cit.
(23)Uchimura, Zenshu, XV, 578f.

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統一神学大学院修士論文シリーズ21


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 武士道という言葉は、武士階層における階級倫理を表し、古代の軍事主義、禅、新儒学など、非常に長い期間にまたがる広範囲な思想を包含している。しかしベラは武士道の本質を「忠の宗教」と定義しており、そこにおいては個人の封建領主に対する義務は一種の宗教的究極性を示しており、他の宗教的配慮をはるかに越えているとする。最も強烈な型の武士道は、18世紀初頭に編まれた武士道の概要書である「葉隠」によく示されている。それは「武士道とは、死すべき決然たる覚悟を意味する」と言っている。自己の主君に奉仕して死ぬ事は、武士には最もふさわしい最期と考えられ、そのような死は、ほとんど宗教的な意味での「救い」の性質をもっていたのである。

 このような死に対する態度は、禅における生死を超越した神秘的な状態と密接に関連している。死ぬ覚悟ができているから死に何の苦痛も感じない。自我は排除される。このような態度は、武士が禅宗に大きな関心を示した事と結びついている。禅宗においては、真の自己を曇らせ、我々がそれと一体化した状態に至るのを妨げているのは我執である。したがって道徳的な自己啓発とは、利己的な欲望と絶え間なく戦う努力なのである。

 武士の倫理のもう一つの特徴は、「学問」に対して非常に敬意を払う事である。ほとんどすべての武士は読み書きができ、そして少なくともいくつかの儒教の古典に通じていた。しかし学問はそれ自体を目的とするものではない。学問の目的は、自己を修養し、他者を統制する事にある。学問と実践とは同一のものであり、学問を学ぶ事とその結果は、二つのものではなく一つのものである。

 このほとんど禁欲的ともいえるライフ・スタイルの最も重要な特徴は、忠と孝、服従と正直、節約と勤勉であった。それらはすべて、目上の者に対する私心の無い献身、最小限の個人的消費、日々の仕事と義務の厳格な実行を要求した。武士道のライフ・スタイルは「倫理的行動主義者」、「世俗内禁欲者」である点においてピューリタニズムと一致しており、この様な倫理は、明らかに経済的合理化ならびに政治的合理化への傾向を促進したのである。

 無教会のライフ・スタイルは、これら全ての武士道の倫理によって特徴付けられる。禁酒と禁欲生活は彼らのモットーであった。個人の行動は控えめで威厳を伴っており、謙遜と自制に対する強い内的意識に動機付けられていた。もし我々がこの様な二つの倫理の根底を流れる共通性を認識するならば、内村が使徒パウロを理想的な侍であったと述べたとしても、それは驚くには当たらない。

ユダヤ人にしてイエス・キリストの弟子なりしパウロは、真正(ほんとう)の武士にして、武士道の精神を体現したる者であった。彼は言うた、「わが誇るところを人にむなしくせられんよりは、むしろ死ぬるはわれに善き事なり」(コリント前書9・15)と。彼は乞求(きっきゅう)、依頼の恥辱を忍ばんよりは、むしろ死なんことを欲した。彼はまた言うた、「金銭を慕うは、もろもろの悪事の根なり」(テモテ前書6・10)と。彼の見るところによれば、今日いわゆる商業政策すなわち商売根性は諸悪の原因であって、個人を毒し、社会を腐らし、国家を滅ぼすものであると。さらにまたパウロほど、その主(きみ)に対して忠なる人はなかった。・・・かくて彼はいにしえの武士の模範であった。彼のごときは、・・・近代キリスト教信者の内に見ることができない。(教文館、信仰著作全集第23巻、p.28)

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

The term Bushido used to describe the status ethics of the samurai class covers a wide range of ideas over a considerable span of time: e.g., primitive militarism, Zen Buddhism, and Neo-Confucianism. However, Bellah defines the essence of bushido as “the religion of loyalty,” in which to show the obligation to one’s feudal lord taking a sort of religious ultimacy and overriding other religious considerations. The most intense form of Bushido is well illustrated in Hagakure, an epitome of Bushido compiled in the early 18th century. It is said, “Bushido means the determined will to die.” Death in the service of one’s lord was considered the most appropriated end for a samurai, which had almost a “saving” quality in the religious sense.
This attitude toward death is closely related to a mystical state in which one is beyond life and death in Zen Buddhism; being determined to die, death has no sting. The self is eliminated. These attitudes are linked to the great interest the samurai showed in Zen Buddhism. In Zen Buddhism, it is selfishness which obscures the true self and keeps us from attaining the state of oneness. Consequently moral self-cultivation is a constant efforts to combat selfish desire.
Another feature of the samurai ethic is the very high regard for learning (gakumon). Almost all the samurai were literate and had acquaintance with at least some of the Confucian classics. But learning is not for its own sake. It has as its aim the cultivation of the self and the control of others. Learning and action are the same. The practice of learning and its result are not two but one.
The most important features of this near ascetic life style are loyalty and filial piety, obedience and righteousness, economy and diligence. All demanded selfless devotion to superiors, a minimum of personal consummation, and a vigorous prosecution of daily tasks and duties. There were at one with Bushido in being “ethically activist” and “inner worldly ascetic.” Such an ethic clearly reinforced the tendency to political rationalization as well as economic rationalization.
The Mukyokai life style is characterized by all of these Bushido ethics. Sobriety and austerity are their motto. Personal behavior is reserved and dignified, motivated by a strong inner sense of modesty and self-control.(19) If we understand this underlying continuity of ethics, it is not surprising that Uchimura describes the apostle Paul as ideal samurai:

Paul, a Jew and a disciple of Jesus the Christ was a true samurai, the very embodiment of the spirit of Bushido. Said he, “for it were better for me to die, than that any man should make my glorying void.” He preferred death to dishonor, to dependency, to begging whatever cause. Again he said: “For the love of money is the root of all evil.” Commercialism, in his view, was the cause of all evil, individual, social, and national. Then, none was more loyal to his master than Paul was to his, Jesus. Paul was a type of the old samurai, not to be found among modern Christians.(20)

(14)Robert Bellah, Tokugawa Religion, the Values of Pre-Industrial Japan, (New York: The Free Press, 1957), p.90-3.
(15)Ibid., p.92.
(16)Ibid., p.77.
(17)Ibid., p.96.
(18)Ibid., p.98.
(19)op cit, Caldarola, p.104.
(20)Uchimura, Shinko Chosaku Zenshu [Collected Works on Faith], (Tokyo: Kyo Bun Kwan, 1966), XXIII, p.28.

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統一神学大学院修士論文シリーズ20


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 B.武士道とピューリタン主義の統合

 カルダローラは無教会の信仰を「ピューリタンと侍の伝統の統合」であると特徴付けている。内村は「武士道」という言葉を彼自身の伝統の中で最良のものを表すのに用い、「ピューリタン」という言葉を西洋キリスト教の傑出した面を描写するのに用いた。このピューリタン主義と武士道の組み合わせは、一つの興味深い社会学的視点を刺激する。

 ロバート・N・ベラの有名な研究である Tokugawa Religion(日本名『日本近代化と宗教倫理』)は、マックス・ウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」が西洋に対してなしたことを、日本に対して行っている。彼は徳川時代の宗教が、如何にして日本の近代的な産業経済の基礎を造成したかを説明し、日本の近代化が1868年のペリー提督の来航によって始まり、日本人のずば抜けた模倣能力によって急速に発展した、という二つの誤認識を一掃している。ベラはこの啓発的な作品において、如何にして土着の武士道の伝統が、経済発展に必要な論理形態と認識形態の形成を促進したかを示している。

 マックス・ウェーバーの古典的作品である「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」のテーゼは、資本主義の精神はプロテスタント倫理もしくは世俗内禁欲、とりわけてもカルビン主義におけるそれから生じたという事である。彼が通常「資本主義の精神」と呼ぶものは、屈強な性格であり、明快なビジョンと行動力、そして適度な自制を伴った、きわめて明確で高度に発達した倫理的資質である。この精神の具現者達は「厳格な生活の訓練のもとに成長して、厳密に市民的な物の見方と原理を身につけて、打算と冒険を兼ね併せ、とりわけ生真面目にまたたゆみなく、綿密にまた徹底的に物事に打ちこんでいく人々」であったのである。彼らの生活は、「事業のために人が存在し、その逆ではない」という、個人的な幸福という観点から見ればまったく非合理的な、禁欲的傾向をもっていた。すなわち、「巨富を擁しながら自分のためには『一物ももたない』、ただよき『使命としての職業の遂行』という非合理的な感情」をもっていたのである。ピューリタンはこの精神の最も顕著な例であった。

 日本の伝統においては、武士道がこの精神に相当するものであるとベラは見ている。彼は、徳川時代及び近代日本の価値観と倫理に関する如何なる研究においても、武士道は特別な重要性をもつと主張する。これは新渡戸稲造が「武士道はその象徴である桜の花とまったく等しく、日本の風土に固有の花である。」と言ったように、武士もしくは侍が、日本の中心的な価値観を具現化していたからである。

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

B. Synthesis of Bushido and Puritanism

C. Caldarola characterizes the Mukyokai faith as a “synthesis of the puritan and samurai traditions.”(9) Uchimura used the term Bushido to describe the best of his own tradition and the term “puritan” to characterize the outstanding aspects of western Christianity. This combination of Bushido and puritanism stimulates an interesting sociological perspective.
Robert N. Bellah’s famous study, Tokugawa Religion does for Japan what Max Weber’s The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism did for the West. He explains how religion in the Tokugawa period established the foundation for Japan’s modern industrial economy, and dispels two misconceptions about Japanese modernization: that it began with Admiral Perry’s arrival in 1868, and that it rapidly developed because of the superb Japanese ability for imitation. In this revealing work, Bellah shows how the native tradition of Bushido encouraged forms of logic and understanding necessary for economic development.
The thesis of Max Weber’s classic work, The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism is that the spirit of capitalism rose up from the Protestant ethics, or worldly asceticism, especially in the Calvinism. What he calls the “spirit of capitalism” is an unusually strong character, very definite and highly developed ethical qualities with clarity of vision and ability to act, and temperate self-control. The embodiments of this spirit were “men who had grown up in the hard school of life, calculating and daring at the same time, above all temperate and reliable, shrewd and completely devoted to their business, with strictly bourgeois opinion and principles.”(10) Their life had an ascetic tendency which is irrational from the view-point of personal happiness; “a man exists for the sake of his business, instead of the reverse.” (11) “He gets nothing out of his wealth for himself, except the irrational sense of having done his job well.”(12) Puritans are the most outstanding example of this spirit.
Bellah sees Bushido as the counterpart of this spirit in Japanese tradition. He asserts, Bushido, the Way of Warrior, is of especial importance to any inquiry into the values and ethics of Tokugawa or modern Japan. This is because bushi or samurai embodied the central Japanese values, as Inazo Nitobe stated, “Chivalry [Bushido] is a flower no less indigenous to the soil of Japan that its emblem, the cherry blossom.” (13)

(9)op cit, Caldarola, p.100.
(10)Max Weber, The Protestant Ethic and the Spirit of Capitalism, translated by Talcott Parsons. (New York: Charles Scribner’s Sons, 1958), p.69.
(11)Ibid., p.70.
(12)Ibid., p.71.
(13)Inazo Nitobe, Bushido: The Soul of Japan, (Rutland, Vermont & Tokyo, Japan: Charles E. Tuttle Company, 1969), p.1.

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統一神学大学院修士論文シリーズ19


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.日本文化とキリスト教の統合の続き

 内村がそこから大胆に借用した『地球と人間』というギョーの有名な著書は、その人類文化の歴史をアメリカで終えているが、内村は神の摂理の下にある日本の使命を述べるために歴史をさらに一歩進めたのである。かれは日本の使命を、東洋の代弁者となり、西洋の先ぶれとなって、東洋と西洋を和解させ、世界文明の大きな二つの流れを統合することにあると見た。内村の論ずるところによれば、文明はアジアにおいて始まり、東と西の両方に向かって流れて行った。西に向かった流れはバビロン、フェニキア、ギリシア、ローマ、ドイツ、イギリスと進み、アメリカの太平洋側で最高点に達し、そして今日本に到達した。西洋の世界文明に果たした主要な貢献は、自由と自立の精神である。文明の第二の大きな流れは、インド、チベット、中国を通って、北京の満州宮廷に達した。この東洋文明の流れは、西洋において著しく欠けている相互依存と調和を特徴としている。内村によれば、地理的に見て:

日本国はその一方の腕をアメリカに向かって延ばし、今やヨーロッパ文明の最善の実を享受している。・・・そしてもう一方においては、・・・日本国はもう一つの腕を朝鮮国と支那国のこれに答へんとする腕に向かって延ばしており、全てが日本国をあたかも西欧と東洋の諸国の間の踏み石のようにしている・・・日本国はそこに民主主義の西洋と帝制の東洋の間の仲裁者、そしてまたキリスト教のアメリカと仏教のアジアの間の仲裁者、あるいは『仲人』として立っているのである。(原英文、魚谷訳)

 無教会のキリスト教徒達は、キリスト教を新しい文化の中に移植するのに必要な唯一の土着化の要素は、神のインスピレーションと人間の霊であって、神と人間との間の自由な関係を妨げるような他のどんな要素も必要としないと感じている。日本的キリスト教とは、「全能者の気息によって触れ」た「日本魂」なのである。日本人がキリスト者になっても日本人であることをやめない。逆に、彼は新しいキリスト教徒としての価値をつけ加えることによって、彼の人格の中で土着の文化が拡大され、変容させられるために、より一層日本人となるのである。そしてまたキリスト教そのものも、侍の精神を付加されることによってより豊かになるのである。

 キリスト教の土着化に対して、このような積極的な見解が与えられれば、教会が日本人に西洋の教派主義の詳細な点に至るまで従うように強制するような、堕落した土着化の形式に対して無教会が反対するのは別に驚くには当たらない。このようにして作られるのは、もうひとつのイギリス人やアメリカ人、あるいは「無定形の普遍的人間」でしかない。こうした場合、この日本人は本当の日本人でもなければ本当のクリスチャンでもないと内村は言う。むしろ、彼は「国籍を無くした日本人」の中の一人であり、「彼らの普遍性は、彼らの失った国籍を包み隠すために採用したアメリカニズムあるいはアングリカニズム以上のものではない。」この土着化の形式は、日本の文化とキリスト教の双方を歪める、悲惨な過程なのである。

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity(Cont.)

While Guyot’s famous work The Earth and Man, from which Uchimura borrowed so liberally, ended its history of human progress with America, Uchimura took the history one step further in order to outline Japan’s mission under the providence of God. He saw this mission as one of unifying the two great streams of world civilization, of reconciling the East and West, of being the advocate of the East and the forerunner of the West.(4) Uchimura argues that civilization began in Asia and moved both to the East and the West; the stream flowing to the West marched through Babylon, Phoenicia, Greece, Rome, Germany, England, and culminated on the Pacific side of America, and now reached Japan. The major contribution of the West to the civilization of the world is the spirit of self-reliance and freedom. The second great stream of civilization passed through India, Tibet, China, and finally the Manchu Court of Peking. This line of Oriental civilization is characterized by a mutual dependence and harmony notably lacking in western culture.(5) According to Uchimura, geographically:

Japan stretches one arm toward America, now enjoying the choicest fruits of european civilization…. On the other hand, …she stretches the other arm towards the responding arms of Korea and China, the whole making Japan a steppingstone, as it were, between the occidental and the Oriental countries…. There she stands as an arbiter, a “middle man” (nakodo) between the Democratic West and the Imperial East, between the Christian America and the Buddhist Asia.(6)

The Mukyokai Christians feels that the only indigenizing elements necessary for the transplantation of Christianity into a new culture are God’s inspiration and man’s spirit; any other elements only hamper the free relationship between God and Man. Japanese Christianity is “the spirit of Japan inspired by God.” (7) A Japanese who became a Christian does not cease to be Japanese; on the contrary, he becomes more Japanese because his native culture is expanded and transformed within his personality through the addition of new Christian values. And Christianity itself is enriched by the addition of the samurai spirit.
Given this positive definition of Christian indigenization, it is not surprising that the Mukyokai reject the corrupt process of indigenization wherein the churches forces a man to conform to the minutiae of western denominationalism, thereby creating yet another Englishman, American, or “amorphous universal man.” In such cases, Uchimura noted, a Japanese Christian is neither a true Japanese nor a true Christian. Rather, he is one of group of “denationalized Japanese whose universality is no more than Americanism or Anglicanism, adopted to cover up their lost nationality.” This form of indigenization is a pitiful process, a double distortion both of Christianity and Japanese culture.

(4)Ibid., p.23f.
(5)Shin Ohara, Hyoden: Uchimura Kanzo [A Critical Biography of Kanzo Uchimura],.(Tokyo: Chuou Kouron Sha, 1976), p.179-215.
(6)Uchimura, Zenshu, XVI, p.20f. ed. Suzuki Toshihiro, Tokyo: Iwanami Shoten, 1932, vol. I, pp.545-552.
(7)Ibid., XV, p.452.

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統一神学大学院修士論文シリーズ18


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。
今回から第4章の「日本文化とキリスト教の統合」に入る。

4.日本文化とキリスト教の統合

 A.土着化に対する無教会の見解

 キリスト教を日本に土着化させることは、内村の最も根本的な関心事であった。内村はアメリカから日本に帰った後、北越学館というアメリカの宣教師達が教師の大半を占める学校の教頭を勤めた。ここで彼は宣教方法の関する意見の不一致により、教頭職を辞任して宣教師達との協力に見切りをつけることとなった。彼は学生達の心に福音の種を蒔く前に、伝統的な日本の模範と美徳とによってその精神を耕そうと欲した。宣教師達は直接キリスト教を教えることを主張したが、内村は未熟な学生達を即席のキリスト教徒にしようとする試みに反対したのである。彼から見れば、真に日本的なキリスト教の実を結ぶには、まだ期は熟していなかったのである。

 内村はどういうわけか、日本に神の摂理が働いていることを信じており、日本の使命は西欧の諸国と他のアジアの国々を連結することであると考えていた。内村は初期の論文の一つで、目的論的視点に立つ地理学の科学的研究で有名な、カール・リッター(1779年~1859年)とアーノルド・ギョー(1807年~1894年)の研究を基にした世界史の理論を概説した。内村は、地球の物理学的特徴が文明の諸相に基本的な影響を与えるということ、そしてこれを基にして、文明の未来を予言することができるという彼らの仮説を採用した。内村はこの理論に彼の信仰を加えることにより、いかに神の摂理が様々な地理学的な配置を通して、人類の発展と各国の使命に影響を与えて来たかを見ることが出来たのである。この理論の脈絡の中において、内村は神の摂理における日本の位置を修辞学的に問いかけている。

日本の使命とは何であるか。日本は世界のために何ができるのか。もし文明がエジプトとバビロンで始まり、フェニキアが分散し、ユダヤが浄め、ギリシアが磨き、イタリアが保存し、ドイツが改革し、イギリスが和らげ、そしてアメリカが実行したとすれば、日本にはもう何もなすべき事は残されていないのであろうか。(原英文、魚谷訳)

IV. Synthesis of Japanese Culture and Christianity

A. The Mukyokai View of Indigenization

Indigenization of Christianity in Japan was Uchimura’s most fundamental concern.After returning to Japan from the United States, Uchimura administered a school, Hokuetsu Gakkan, which was manned largely by American missionaries. Here, his disagreement over evangelical methods led him to resign and forsake cooperation with missionaries. He wanted to cultivate students’ spirit by traditional Japanese examples and virtues before seeding with the Gospel. While missionaries insisted on teaching Christianity directly, Uchimura undermined efforts to make instant Christians out of immature students. For him, it was not the time of harvest to bear fruit of a truly Japanese Christianity.(1)
Somehow he believed in God’s providence working in Japan, and thought that the mission of Japan was to connect the Occidental countries with the other Asian countries. One of Uchimura’s early essays outlined his theory of world history, which was based on the works of Karl Ritter (1779-1859) and Arnold Guyot (1807-1894), both famous for the scientific study of geography from a theological perspective.(2)Uchimura adopted their premise that the physical characteristics of the earth have a most fundamental influence on the development of a civilization, and that, knowing this, it is possible to predict the future course of the various human civilizations. By adding his faith to this theory, Uchimura was able to perceive the ways in which Divine Providence had affected the development of mankind and the mission of each country through various geographical configurations. Within the context of this theory, Uchimura rhetorically asks Japan’s place in divine providence:

What is Japan’s mission, or what can she do for the world? If Egypt and Babylon started civilization, Phoenicia dispersed it, Judea purified it, Greece polished it, Italy preserved it, Germany reformed it, England tempered it, and America executed it, is nothing more left for Japan to work upon it?(3)

(1) Norihisa Suzuki, Uchimura Kanzo Jitsuroku 1888-1891: Ichikou Fukei Jiken [A daily Record of Kanzo Uchimura 1888-1891: The Lese Majesty Incident at Ichiko]. (Tokyo: Kyo Bun Kwan, 1993), vol.1, p.7-58.
(2)Uchimura, “Chijinron (The Earth and Man),” in Zenshu [Collected Works], ed. Suzuki Toshihiro, Tokyo: Iwanami Shoten, 1932, vol. I, pp.545-552.
(3)Uchimura, Zenshu, XVI, p.17.

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統一神学大学院修士論文シリーズ17


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

3.無教会運動における司牧の概念の続き

 内村の立場は、プロテスタント神学よりも更に徹底した主観主義である。彼は形式主義を拒絶するがゆえに、典礼が救いに至る為の必要不可欠な道であるということも、断固として否定するのである。彼はそれらが無意味だと言っているのではない。それらは正しく行われるときには福音の本質を目に見える形で示してくれ、良き交わりの場を提供してくれる。しかしそれらが救いにとって必要不可欠であると見られるときには、そこに間違いが生ずるのである。彼の見解は、彼自身の日記の中に良く表現されている。

九月一三日 夕は澄みて美しかりき。宛かも食に外出せんとせし時、思想は余に臨めり、余が肉に死せる時は悪魔は余を撃つ能はざるなりと。而かして此の『罪に死すること』は、余の罪深き心を覗き見ることに依るに非ず、ただ十字架に釘けられ給ひし「イエス」を仰ぎ見ることに依りて、成就せられ得るなり。余は余を愛し給ふ彼によりて勝ち得て余りある者たり得るなり。この思想は限りなき元気を与へたり、其の日のすべての重荷は全く忘れられぬ。感謝は余の心を満たしたり、余は主の晩餐に与ることによりて此の日を記念せんと欲したり。かくて余は一房の野葡萄より僅かの果汁を搾り、それを小なる陶器皿に入れぬ。また余は「ビスケット」の一小片を割けり。余は其等を清潔に洗濯せられたる「ハンカチーフ」の上に置き、其の前に座せり。感謝と祈祷の後に、余は感謝に満てる心を以て主の体と血とに与りぬ。神聖限りなし。余は此を余の生涯の間に繰り返し反復せざるべからず。
『冒涜である! 聖典礼をもてあそぶものである』と教会主義と他の法王的の諸主義はこれに対して言うであろう、しかし何故にロマ法王とその仲間の司祭たちはこのサクラメント(秘蹟、聖礼典)の問題において反対し、我々が最も主の死を記念したいと思う時にそれを記念するこの特権を諸君と同じ人間である我々に惜しむのであるか。もし法王がこの儀式を執行する何ら独占的の権威を有せず、彼の基督代表権は単なる想像上の虚構に過ぎないとすれば、なんじはなんじの『使徒継承権』を支持するにいかなる権威を有するか。(岩波、前掲書、pp.168-169)

 無教会キリスト教徒達は、聖典礼重視主義が直接的に制度尊重主義に至ったと主張する。なぜなら聖典礼を執り行うためには祭司が必要であり、秩序と統一への必要が基本的な諸制度を要求するようになったからである。そして結局は、祭司や司教によって構成される制度的な教会を通してのみ、救いを手に入れることが出来ることになっていったのである。これに対し無教会キリスト教徒達は、救いはキリストを通して直接成し遂げられるものであり、必要なものは信仰のみであり、またそれで充分であると信ずるのである。

III. Concept of Ministry in Mukyokai Movement (Cont.)

Uchimura’s position is far more thoroughgoing subjectivism than Protestant theology. His rejection of formalism includes the firm rejection of the sacrament as the indispensable way to salvation. He does not insists that they are meaningless. When they are correctly used, they offer the essence of the gospel visibly and provide an occasion for fellowship. They are only wrong if one looks on them as indispensable for salvation. His view is well expressed in his diary:

Sept. 13.- Everything was serene and beautiful. Just when I was going out to my supper, thought came to me that devils cannot attack me when I am dead in the flesh. And this “death to sin” can be accomplished, not by looking into my sinful heart, but by looking up to Jesus crucified. I can be more than a conqueror through Him that loved me. The thought was extremely refreshing, and all the burdens of the day were entirely forgotten. Gratitude filled my heart, and I wished to commemorate the day by participating in the Lord’s supper. So I pressed a little porcelain dish. Also I cut a small piece of biscuit. I placed these upon a cleanly-washed handkerchief, and I sat in front of them. After a thanksgiving and a prayer, I took the Lord’s body and blood with very thankful heart. Extremely sanctifying. I must repeat this again and again during my life.
“Sacrilegious! Playing with a holy ordinance,” the Churchism and other Popish-isms will say to this. But why defy the Roman Pope and his fellow priests in this matter of the Sacrament, and grudge to us the same mortals as yourselves this privilege of remembering the Lord’s death when we feel most to do so. If the Pope has no executive authority of sanctifying this ceremony, and his vicarship a mere figment of imagination, what authorities have you is to support your “apostolicity?”(21)

The Mukyokai Christians insist that Sacramentalism led directly to institutionalism because administration of the sacrament required priests and the need for order and uniformity in its administration required canonical institutions. Eventually, a Christian could attain salvation only through the institutional church as structured by the priests and bishops. The Mukyokai Christians believe that salvation is achieved directly through Christ, that faith alone is necessary and sufficient.(22)

(21)Uchimura, How I became a Christian, p.157.
(22)Caldarola, p.52.

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緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

3.無教会運動における司牧の概念の続き

 無教会信者は一般的に、給料をもらっている牧師は、神の恩寵、聖典礼、祝福のセールスマンであり、神の教会を「会社」として経営するが故に、軽蔑すべき人間であると思っている。従って無教会は牧師職養成の為の神学校における準備は、真の福音伝播の使命には全く不適切であると考えている。

 無教会信者達は信仰を生きた証しと同一視しているので、神学は信仰を教義という理論へ無意味に組織化するものであるとして退けることは明かである。それは神を人が慈悲と恩寵を求める事ができる人格的存在とではなく、むしろ抽象的な概念としてとらえるからである。彼らは神学を、個人的な確信や実際の献身の伴わない機械的な信仰に導くものであると見るのである。

 C.無教会の典礼観

 キリスト教の典礼に対する見解において、我々はカトリックの客観主義とプトテスタントの主観主義の間の戦いを見る。実はこの戦いは、宗教改革の時に論争が噴出する以前から西洋思想の底流を流れていた。ドナティストと神秘主義的運動は、宗教改革者達の先駆者であった。

 典礼の客観的な効力を指摘するために、カトリック神学は ex opere operato という公式を作り出した。それは典礼は完結された典礼儀式の力によって機能するのであって、それを受ける人や司祭の主観的な性質とは独立して有効であるという意味である。一方プロテスタント神学は、その『信仰のみによる義認』の教義により、典礼は心理学的・象徴的な重要性を持つのみであると主張する。カトリック教会はこの考えを、トレント公会議において異端として排斥した。これに反して改革者達は、カトリックの公式を機械的あるいは魔術的な効力という意味で解釈し、主観的な条件の重要性を軽視しているといって非難した。

III. Concept of Ministry in Mukyokai Movement (Cont.)

The Mukyokai Christians generally feel that salaried ministers are despicable person, salesmen of God’s grace, sacraments, and blessings, administrators of God’s church as a “business.” It follows, then, that the Mukyokai consider seminary preparation for the priesthood as entirely inappropriate for the true evangelical mission.(15)
Since they equate faith directly with a living witness, it follows that the Mukyokai also reject theology as a meaningless theoretical systematization of faith into doctrines which identify God as an abstract idea rather than a personal being to whom man can appeal for mercy and grace. They see theology as leading to a mechanical faith, devoid of any personal conviction or practical commitment.(16)

C. The Mukyokai View of Sacrament

In Christian sacramentalism we see a battle between Catholic objectivism and Protestant subjectivism. Actually this battle had been underlying in Western thought even before the controversy broke out at the time of the Reformation; Donatists and Mystical movements were the forerunner of the Reformers.
In order to designate the objective efficacy of the Sacrament, Catholic theology coined the formula: “The Sacraments works ex opere operato,” that is, the Sacraments operate by the power of the completed sacramental rite, independent of the subjective disposition of the recipient or the minister.(17)On the other hand, Protestant theology insists that the Sacraments have only a psychological and symbolic significance by reason of the doctrine of justification by faith alone.(18)The Catholic Church rejected this idea as a heresy at the Council of Trent. On the contrary, the Reformers interpreted Catholic formula in the sense of a mechanical or magical efficacy,(19)and accused it for minimizing the importance of subjective conditions.(20)

(15)Caldarola, p.75.
(16)Caldarola, p.65.
(17)Ludwig Ott, Fundamentals of Catholic Dogma, ed. James Canon Bastible. (Rockford: Tan Books Publishers, Inc., 1974) pp.328-9.
(18)Ibid., pp.326-7.
(19)Ibid., p.330.
(20)Louis Berkhof. Systematic Theology, (Grand Rapids, Michigan: WM. B. Eerdmans Publishing Co., 1941) p.626.

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統一神学大学院修士論文シリーズ15


緊張と統合:内村鑑三におけるキリスト教と日本の精神

 このシリーズでは、私が1994年に執筆した統一神学大学院(Unification Theological Seminary)の神学課程修士論文(Divinity Thesis)を日英二か国語で掲載している。

4.無教会運動における司牧の概念の続き

 一方、無教会は何か特定の教会から分離したものではなく、日本人にとって無意味な外国の上部構造から自由な土着のキリスト教を創り出そうという努力によって生まれたものである。したがってある意味において無教会は西洋型の教会に対するアンチテーゼであり、キリスト教をその西洋的な衣から解放しようとする試みである。しかし、それは単にキリスト教の中の異国的要素に反対した、否定的な現象ではなかった。内村は「文化のキリスト」の範疇にはおさまらない。彼にとってキリスト教は、特定の歴史的実在に依存しない超越的・普遍的宗教であったために、それが組織的な教会の枠内に納まることは有り得なかったのである。

 B.職業的牧師に対する無教会の見解

 トーマス・C・オデンは一般的に支持されている牧師の概念を、「神と教会によって召命され、代表して御言葉を宣布し、聖礼典を執り行い、キリスト者の共同体を神の自己開示に対して全面的に答えるように導き、そして養うために、叙階によって聖別されたキリストの体の一員である」と定義している。内村はこの様な教会における職業的牧師の概念を、まっこうから否定する。士族の出身である内村は、幼い頃から祭司階級を軽蔑するように訓練されていた。彼は札幌農学校を卒業したときの日記に次のように記している:

ナザレのイエスにおいて我々は、大工の子であることによって人類の救拯主であった人を見たのである、そして我々彼の賤しき弟子達は農夫、漁夫、技術者、製造者であって同時に平和の福音の伝道者であるかもしれなかった。漁夫ペテロと天幕製造者パウロとが我々の模範であった。我々はけっして基督教をいかなる種類の聖職制度とも教会主義とも解釈したことはなかった。我々はそれを本質的には平民の宗教として受取る、そして我々が『この世の人』であることは我々が伝道者であり宣教師であることにすこしも障害とはならない。我々は信ずる、我々の科学カレッヂを去った時の我々以上に潔められた一組の青年がかつて学園を去ったことはなかったと。我々の目的は精神的であった、我々の訓練と到達点とは物質的であったけれども。(岩波、前掲書、p.71)

 内村の西欧キリスト教に対する理解そのものは、彼がハートフォード神学校において神学を学ぶ間により深められ、また挑戦を受けた。彼が神学校へ進んだのはもともと自分のためであって、牧師になるためではなかったが、彼はすぐに神学的勉強の性質に対して不満を抱くようになった。彼は宗教を実体的で科学的に理解できるものと考えていたが、西洋の神学が非現実的、非実際的で、「凡ての学問の中にて最も乾燥無味にして最も無価値なもの」であり、ただたくさんの混乱せる「主義」に導くものであることを発見したのである。

 内村に多大なるショックを与えたのは神学生の態度であり、それはキリスト教神学の道徳的破綻を物語っていた。学生達は神学上の重大な問題よりも、牧師となることによって期待できる収入に対してより大きな関心を示していたのである。内村は「説教が豚肉やトマトや南瓜の有するが如き市場価値を有するとうことは、少なくとも東洋人的観念ではない」と批判した。慢性不眠証とホーム・シックに苦しみ、ひどい憂欝症になった内村は、神学校をやめて日本に帰る決意をしたのである。

III. Concept of Ministry in Mukyokai Movement (Cont.)

The Mukyokai, in contrast, were not the offspring of a specific church but resulted from the effort to create an indigenous Christianity free of and foreign superstructure meaningless to Japanese life.(10)Thus, in a sense, Non-church was the antithesis of the western type of church, an attempt to free Christianity from its Western garment; however, it was not just a negative phenomenon in opposition to the foreign elements of Christianity. Uchimura does not fall into the category of Christ in culture group. For him Christianity could not be confined to the limits of institutional church because Christianity was a transcendent or universal religion, independent of particular historical realities.(11)

B. The Mukyokai View of Professional Ministry

Thomas C. Oden defines the commonly believed conception of the pastor as “a member of the body of Christ who is called by God and the church and set apart by ordination representatively to proclaim the Word, to administer the sacraments, and to guide and nurture the Christian community toward full response to God’s self-disclosure.”(12)Uchimura definitely rejects this notion of professional minister in the church. As a member of a warrior family, Uchimura was trained to despise the priestly class from early childhood. He noted in his diary when he graduated the Sapporo Agricultural College as follows:

In Jesus of Nazareth we saw a man who was the Savior of mankind by being the son of a carpenter, and we his lowly disciples might be farmers, fishermen, engineers, manufacturers, and be at the same time preachers of the gospel of peace. Peter a fisherman and Paul a tent-maker were our examples. We never have construed Christianity as a hierarchy or ecclesiaticalism of any sort. We take it essentially as people’s religion, and our being “men of the world” are of no obstacles whatever for our being preachers and missionaries. We believe, no more consecrated set of young men ever left a hall of learning than we when left our science college. Our aim was spiritual, though our training and destination were material.(13)

Uchimura’s understanding of western Christianity itself was deepened and challenged during his studies of theology at Hartford Seminary. Originally, he had enrolled for his own personal benefit rather than as a path to ministry, but he soon grew dissatisfied with the nature of theological training. While he conceived of religion as tangible and scientifically comprehensive, he found western theology to be unrealistic and impractical, the “driest and most worthless of all studies,” leading only to a multitude of confusing “isms.”
The behavior of the seminarians, which shocked Uchimura greatly, illustrated the moral bankruptcy of Christian theology. The students were more concerned about the income to be expected from the ministry than about serious theological questions. “That sermons have market value, just like pork, tomatoes, and pumpkins,” Uchimura commented, “is not an Oriental ideal, at least.” Deeply depressed and suffering from chronic insomnia and homesickness, Uchimura decided to leave the seminary and return to Japan.(14)

(10)Raymond P. Jennings, Jesus, Japan, and Kanzo Uchimura, p.65.
(11)Robert Lee, “Service to Christ and Country: Uchimura’s search for meaning” in the Japan Christian Quarterly, vol. 54, No.2, (Spring 1988), p.106.
(12)Thomas C. Oden, Pastoral Theology. (New York: HarperCollins Publishers, 1983), p.50.
(13)Uchimura, How I became a Christian,”.p.71.
(14)Caldarola, p.45.

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