世界の諸問題と統一運動シリーズ15


男女の結婚の価値を守る統一運動

 結婚は男性と女性の間でなされるもの、という常識がいま大きな挑戦を受けています。LGBTの権利擁護という名目の下に同性間の結婚を合法化しようという動きが世界的に広がり、その波が日本にも押し寄せてきているのです。今回は同性婚合法化の動きを概観し、伝統的な結婚の定義を守るための統一運動の取り組みを紹介します。

<世界に衝撃を与えた米国の同性婚合法化>

 2015年6月26日、米連邦最高裁は同性婚を禁じた州法に対して、合衆国憲法に違反しているという判決を下し、これによって全米50州で同性婚が合法化されました。それまで米国では、2004年のマサチューセッツ州を皮切りに、10年あまりで7割以上の州で同性婚が合法化されていましたが、州憲法を改正してまでそれをかたくなに拒否してきた州に対して、連邦最高裁から合法化が要求されたのです。オバマ大統領(当時)はこの判決は「アメリカの勝利だ!」と宣言し、大統領府はホワイトハウスを虹色にライトアップして祝意を表したほどでした。

ホワイトハウス

2015年6月26日、全米50州で同性婚を合法化する判決が出たことを祝い、ホワイトハウスが虹色にライトアップされた。

 この判決は世界に衝撃を与え、同性愛者たちは大喜びしました。しかし、同性愛行為に対する世界各国の法律は現時点でも大きく異なっています。同性愛に対して好意的な国には、①同性婚が認められている国と、②パートナーシップ法によって同性カップルに結婚と同等の権利が与えられている国があります。中立的な国においては、③同性愛行為に対する罰則規定はないものの、同性婚は認められていません。否定的な国においては、同性愛行為そのものに対して④軽い刑罰がある国、⑤重い刑罰がある国、⑥終身刑となる国、⑦死刑となる国までが存在しています。同性愛行為に否定的な国にはイスラム諸国やアフリカの国々が多く、好意的な国には西欧と米国を中心とする先進国が多いことと、国連やオリンピック委員会などの国際機関が性的マイノリティーの人権擁護を推進しているため、日本はどうしても容認する方向に傾く圧力を受けやすいのです。

<同性婚合法化運動の背景>

 それではなぜここにきて、同性婚の合法化が急速に進むようになったのかを、米国の事例を中心に分析してみましょう。一つの大きな理由は、同性愛者の権利擁護グループが一致団結し、長期的な戦略と潤沢な資金で「結婚」という権利を勝ち取るための戦いを展開したからです。彼らは政治の場でそれを実現できなければ、裁判を通じてその実現を目指しました。しかし、同性愛者がどうして自分たちの関係を「結婚」であると認めさせたいと思うようになったかについては、より深い分析が必要です。

 1950年代から80年代までの同性愛の活動家は、結婚に対して表だった関心を示していませんでした。 彼らは自由を欲していたのであり、同性愛を犯罪とする法律をなくすことや、職場での差別がなくなることを求めていたのです。彼らにとって結婚とは、人間の性欲を制限し自由な性関係を妨げるものでした。あるレズビアンは、「レズビアンやゲイであることの利点の一つは、結婚しなくても済むことだ」と言いました。同性愛者の解放運動家は、数十年間にわたって「反婚姻」だったのです。

 一方で、結婚を支持する勢力は、性行為の目的は繁殖であり、それは一夫一婦の枠の中で行われるべきだと主張していました。伝統的なアメリカ社会においては、結婚は神からの祝福とみなされ、生涯持続すべき関係であると同時に、子供を中心に展開するものと考えられていました。そして国家も、夫婦が子供を産み、次世代の市民や労働力を育てるという観点から、結婚に格別の地位や恩恵を与えたのです。

 しかし、1960~70年代にかけて米国で起きた「性革命」により、一夫一婦の関係で貞操を守るというモラルが崩壊し、離婚や婚前交渉が当たり前になり、シングルマザーが急増しました。こうした文化的変化の中で、「性交渉は婚姻関係に限られるものであり夫婦は結婚したら子供を作るもの」という社会的通念さえも揺さぶられたのです。一方、結婚制度で変わらなかったのは、その恩恵でした。すなわち婚姻は政府からの恩恵を受け、所有権や健康保険、税金、相続その他で法律上有利だったのです。その結果、結婚によってもたらされる権利や恩恵が、同性愛者たちにとって魅力的なものになったのです。

<同性婚合法化に反対する統一運動>

 2015年4月1日に施行された渋谷区の「パートナーシップ条例」は、同性カップルを「結婚に相当する関係」と認める証明書を発行する制度を導入するもので、同様の制度が全国各地に広がりつつあります。これは日本における同性婚合法化に向けた第一歩となる恐れがあり、もはやこの問題は「対岸の火事」ではなくなっているのです。

 統一運動は、神は人間を男と女に創造し、両性が結婚して子供を産み増やすことが神の祝福であるという信仰にもとづき、同性婚の合法化に明確に反対しています。LGBTの方々に人権があるのは当然ですが、同様に「結婚は男と女がするもの」と信じる人々の信教の自由や言論の自由が否定されてはなりません。またLGBTの方々の人権を守ることと結婚の定義そのものを変えることは別の次元の問題であり、両者を混同してはなりません。平和大使協議会では、「家庭ビジョンセミナー」などを通してこの問題について解説し、伝統的な結婚の定義を守るための闘いを展開しています。

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北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ08


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの8回目である。第3回からは天照皇大神宮教の教えを統一原理と比較しながら分析する作業を開始したが、今回はこの二つの宗教の究極的目的と、それを実現するための方法論について論じることにする。

<天照皇大神宮教の目的:世界平和・地上神の国建設>

 春加奈織希(本名ではなくウェブ上の匿名)による「遥かな沖と時を超えて広がる 天照皇大神宮教」(http://www7b.biglobe.ne.jp/~harukanaoki/index.html)と題するサイトでは、天照皇大神宮教の目的を以下のように説明している。
「天照皇大神宮教の目的は、世界平和・地上神の国建設です。世界平和という言葉は、様々な意味で使われていますが、天照皇大神宮教では、『世界平和は己の心の平和から』との神言(みことば)に則して、自分の心の平和、家庭の平和をまず確立すべく取り組み、学校、職場、地域社会、そして世の中全体に、そうした平和な世界が広まることを目指しています。

 つまり、天照皇大神宮教でいう世界平和・神の国建設とは、人の心の中に生まれて、肚(はら)で育ってゆく性質のものであり、神様を中心にして魂を磨く人々の集う世界(すなわち神の国)が、世界中に広がっていくことを意味しています。」
「天照皇大神宮教は、開元当初(教祖・大神様が教えを説き始められた頃)より、大神様を中心に同志が集い、神様の教えを基に魂を磨く人々の集団―すなわち、神の国が誕生したことを宣言しました。そして、同志は それぞれの家庭、学校、職場、地域において、神様の教えを実践・実行することによって、神の国の拡充に取り組んでいます。」
「悪霊や邪神の後ろ控えで、人と人とは喧嘩をし、国と国とは戦争をします。ここ数世紀の間に起きた様々な戦争の歴史を思い起こせば、やむを得ない正当防衛としての国防は少なく、残忍な殺戮、蛮行が行われてきました。まさに、悪鬼の所業です。世界平和・神の国建設を進めるためには、悪霊を済度することが不可欠です。法力ある祈りを祈ることで、即世界平和に貢献できるのです。」
「天照皇大神宮教のお祈りには、悪霊(救われていない霊。すなわち、霊界の地獄にいる霊、および、幽霊や地縛霊)を済度する力、すなわち法力があります。」

 以上を要約すると、「天照皇大神宮教の目的は世界平和であり、地上に神の国を建設することである。それは己の心の平和から始まり、家庭、社会、世界へと広がっていくものである。神教を信じる同志が増え、祈りによって悪霊を済度することで世界平和が実現される。」ということになる。

 天照皇大神宮教の主な宗教実践は、日々の祈り、信者同士が神教体験を共有しあう「共磨き」、そして布教であり、いずれも純宗教的な内容である。島田裕巳は『日本の10大新宗教』の中で、「現在では、それほど目立った活動をしているわけではないが、中規模の教団として存続している。」(p.101)と評価しており、何か華々しい対社会的活動を展開しているというわけでもなさそうだ。お祈りと布教によって徐々に神の国が広がっていくという考え方は、世の中を具体的に変える方法論を欠いており、抽象的な印象を受ける。少なくとも社会改革や政治参与といったギラギラしたものは感じさせない。

<家庭連合の目的:地上天国の実現>

 文鮮明師の創設した世界平和統一家庭連合の究極的な目的も、地上天国の実現である。そして文師の創設した組織には、「世界平和」という文字が入っているものが多い。世界平和教授アカデミー、世界平和連合、世界平和宗教連合、世界平和女性連合、世界平和青年連合など枚挙にいとまがないが、これは世界平和が地上天国の重要な要素であることを物語っている。こうしてみると、天照皇大神宮教と家庭連合がそれぞれ究極的目的とするものは言語的に極めて類似しており、そっくりであると言ってよい。

 家庭連合の教理解説書である『原理講論』においては、「地上天国」という言葉は以下のような意味で用いられている。①罪のない世界、②神の創造目的(三大祝福)が成就された世界、③人間始祖が堕落しなければ実現されていた世界、④全人類がサタンとの相対基準を完全に断ちきり、神との相対基準を復帰して、授受作用をすることにより、サタンが全く活動することのできない世界、⑤イエスが本来実現すべきであった世界、⑥イエスの再臨によって実現される世界、⑦地上で霊人体を完成させた人間が生活する所、⑧神主権の世界、⑨共生共栄共義主義社会――などである。これらは宗教的概念であり、一言でいえば神の創造理想が実現した罪のない世界であると言ってよいであろう。

 天照皇大神宮教においても家庭連合においても、究極的な目的である地上天国、地上の神の国、そして世界平和という言葉によってイメージされていることは、ほぼ同じであると言ってよいであろう。しかし、それを実現するための方法論が異なっているために、結果として現れる教団の活動の様相も異なってくる。文鮮明師は宗教団体としての統一教会・家庭連合を創設しただけでなく、そのほかに地上天国実現のための様々な組織を創設した。政治の分野では国際勝共連合や世界平和連合、学術分野では世界平和教授アカデミーや鮮文大学、言論分野では世界日報やワシントンタイムズ、医療分野では一心病院や清心病院、芸術の分野ではリトルエンジェルスやユニバーサルバレー、そしてビジネス部門では韓国と日本に無数の企業体を設立している。これは地上天国を実現するためには単にお祈りや伝道活動だけをやっていればよいのではなく、具体的に各分野における活動を展開しなければならないと文師が考えていたためである。こうした無数の組織体を総称して「統一運動」と呼んでおり、それらすべての目的は地上天国の実現にある。

 櫻井義秀と中西尋子の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)は、家庭連合に対する批判的な著作だが、その中で櫻井は家庭連合の特徴を、事業の多角化とグローバルな事業展開の二点にあるとみており、「宗教団体でありながらも、多種多様な事業部門を有する多国籍コングロマリット」(p.164)と表現している。そして、教団設立当初からこのような要素を抱える教団は稀有であると評価している。コングロマリットとは、直接の関係を持たない多岐に渡る業種・業務に参入している企業体のことで、「複合企業」とも言われる。彼が家庭連合をコングロマリットと規定する主な理由は、統一運動が実に多種多様な領域に関連団体をもっており、多角的な活動を行っているためだ。こうした様々な活動に、家庭連合の信徒たちは関わっている。家庭連合の信仰の特徴の一つは、きわめて活動的であるということだ。地上天国実現のため、神のみ旨成就のために日々忙しく働くのが、家庭連合の信仰生活の実態である。

 日々の祈り、信者同士が神教体験を共有しあう「共磨き」、および布教によって構成される天照皇大神宮教の活動に比べれば、家庭連合を中心とする統一運動の活動は実に多角的であり、具体的である。政治においても明確な反共主義を打ち出しており、目に見える具体的な形で成果を出そうとする傾向が強い。天照皇大神宮教が「心直し」を強調する宗教であるとすれば、家庭連合は「世直し」をより具体的に追求する宗教であると言ってよいであろう。

<「神の国」の版図>

 天照皇大神宮教でいう「神の国」は、人の心の中に生まれて育ってゆくものであり、神様の教えを基に魂を磨く人々の集団があれば、そこにすでに「神の国」は存在しているということになる。これはキリスト教の新約聖書の中にある言葉「神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」(ルカ17:21)を思い起こさせ、ある意味で内面化された天国の概念であると言える。すなわち、私の心の中と、私の周りの人間関係が平和であれば、すでにそこに「神の国」は存在しているのであり、それを目に見える形に表わしたり、版図を拡大していくことはさほど強調されない。

 とはいえ、天照皇大神宮教は世界平和を究極的な目的とする宗教であるため、山口県の田布施だけとか、日本国内だけで教えを広めていたのではその理想は実現できないはずであり、世界宣教が必要となる。北村サヨは1952年にハワイに進出し、1976年にはハワイ道場が建設された。アメリカ本土にも巡教にでかけ、ほかにも台湾、タイ、インド、中近東、ヨーロッパ、アフリカ、中南米と世界中を巡教し、各地に日系人の信者を中心とする支部が生まれた。サヨの後継者である北村清和を英国に留学させたのも、英語で教えが説けるようにすることが目的であったという。

 一方で、家庭連合はより具体的な形を持った地上天国を目指しているため、「神の国」の版図にもより強い関心をいただいている。文鮮明師は単に世界を巡回しただけでなく、世界のほぼすべての国々に宣教師を送り、その地に教会基盤を作っている。現在、家庭連合は世界を韓国、日本、北米、南米、アジア、アフリカ、中東、ヨーロッパ、オセアニアに分け、それぞれのリージョン本部が圏域内の国々の活動を統括している。毎年行われる国際会議や教会の行事には、世界各国から代表が集まってくる。家庭連合は名実ともに世界的な宗教団体として成長した。それは命がけの宣教によって実現されたのであり、その背後には神の御言葉を全世界の隅々にまで伝達しなければならないという文鮮明師のビジョンと使命感があり、それを支える信徒たちの情熱があった。天照皇大神宮教と家庭連合は、どちらもアジアに生まれて世界に広がった宗教であると言えるが、その拡大の版図と規模においては、家庭連合が大きく上回っていると言ってよいであろう。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ14


若者たちが平和を創るPeace Road運動

 現在の世界は、宗教・民族間の紛争、テロの脅威、北朝鮮の核開発などの外的問題に加え、個人主義の行き過ぎからくる家族の崩壊、人と人との絆の希薄化、世代間の葛藤などの内的な問題も抱えています。こうした諸問題に、若者たちの情熱と行動によって取り組んでいこうとするPeace Road運動を今回は紹介します。

<日韓の若者が自転車で国土を縦走>

 2013年の夏、日本最北端の稚内から日本と韓国の友好を願って、両国の数名の若者が「Peace Bike」の名の下に、自転車で走り始めました。日本縦走を目指したこの試みは、和解と平和の心を人から人へと繋いで行く活動として多くの反響を呼びました。その様子はSNSを通して全国から支援をうけ、リレー形式で日本の縦走を成功させ、さらに玄界灘を越えて韓国の釜山から臨津閣まで連結されました。この運動は日韓友好、朝鮮半島の緊張緩和と平和統一のみならず、多文化社会における相互理解と共存を希求するものに発展しました。

 Peace Bike 2014には日本側で延べ1200名が参加、北海道納沙布岬から九州まで縦走すると共に、韓国でも大統領官邸前広場から釜山まで、両国で計6000キロを超える距離を縦走しました。平和への想いを胸に行う過酷な環境での自転車縦走を通して、参加した若者の多くが精神的成長を遂げ、平和の担い手としての自覚を強めることができました。日本では通過した各都市で、自治体首長や地域社会リーダーに「平和メッセージ」を届け、駐日韓国大使館や各地の領事館から暖かい支援を受けました。縦走の様子はYouTubeにアップされ、それを見て共感した世界14カ国の若者も現地で縦走を実施、Peace Bike運動は世界的な広がりを持つに至りました。

<Peace BikeからPeace Roadへ>

 このプロジェクトが成功した後、文鮮明総裁聖和一周年記念大会において韓鶴子総裁が「日韓が一つになって臨津閣までの22日間自転車縦走は、祖国統一、南北統一を念願する実践でした。私たちの誠意は臨津閣で終わるのではなく、白頭山を過ぎアジアを経て、全世界に天が望まれる自由・平和・統一の幸せな地上天国を成すまで前進、前進していきます」と語られ、この運動にさらに多くの国が参加するようになりました。テーマには世界平和に加えて各国の抱える問題解決も掲げ、参加形態も自転車縦走だけではなく、徒歩・馬・バイク・自動車など様々な形態で行われるようになりました。

 2015年にはその名称を「Peace Road」と発展的に改称し、世界120カ国を巻き込んでの運動となりました。この年の世界的な出発式は韓鶴子総裁を迎えてラスベガスで行われ、アフリカの喜望峰と南米チリのサンティアゴから同時に出発しました。アフリカ大陸では、南アフリカ、カメルーン、ナイジェリア、ニカラグア、ベナン、トーゴ、スワジランド、コンゴ、モザンビークなど19カ国を走り、ヨーロッパを経てロシアに至りました。南米チリからは、ボリビア、ペルー、エクアドル、アルゼンチン、ブラジル、ベネゼエラ、スリナムなど11カ国、中南米に入ってパナマ、コスタリカ、ニカラグア、ホンジュラス、グァテマラなど15カ国。そして北米大陸を経て、ロシアのサハリンを通して日本の北海道に入りました。それ以外にもアジア14カ国、ヨーロッパ26カ国などで縦走を行いました。またこの年は日韓国交正常化50周年の節目の年でもあったので、両国の親善友好のための行事が日本各地で開催されました。

<南北の平和統一を願ってDMZを自転車で走行>

 2016年には地方密着型社会運動を展開すべく、縦走と共にシンポジウム、セミナーなどの関連行事を開催し、同時に熊本大震災の被災地・益城町役場への寄付金活動等も行いました。また世界各国のライダーが参加する韓国縦走プロジェクトには、日本代表団として青年数名を送り、韓国の憲政記念館で行われたシンポジウムでライダーの貴重な体験をスピーチしました。さらに代表ライダーたちは、一般人が立ち入ることのできないDMZ(軍事境界線)を走行できるようになりました。

熊本でのPeace Road ライダー(2016年)

熊本でのPeace Road ライダーたち、2016年

 2017年には家族・社会・地域・国家間で「共に生きる」ことを目指し、「連結」をテーマに、縦走に加えて各種イベントが展開されました。また、日本の文化の一つである千羽鶴プロジェクトも行われました。これは地方ルートを連結する際に、千羽鶴に祈りのメッセージを記入し、アクリルケースに入れてバトンのように受け継いでいくというものでした。こうして集められた折鶴は、神社仏閣などの宗教施設に奉納されました。さらに日本の縦走団が韓国の縦走に合流した際には、この折鶴が韓国の地方自治体に贈呈されました。最後の臨津閣では、青年・学生たちが平和統一を祈願しながら、鉄条網が張られたDMZを自転車で走行しました。

 Peace Roadに参加した若者たちは、「平和のために自分に何ができるか分からなかったが、とにかく参加して汗を流すことで、平和を自分の問題として感じることができるようになった」と感想を述べています。この運動は、若者たちが新しい時代を切り開く平和の担い手として成長しくために、今後も継続されていくでしょう。

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北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ07


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの7回目である。第3回からは天照皇大神宮教の教えを統一原理と比較しながら分析する作業を開始したが、今回はこの二つの宗教における歴史論・終末論的な側面を扱うことにする。と言っても、天照皇大神宮教はキリスト教的背景を持つ宗教ではないため、明確な意味での「神の摂理」「終末論」「歴史に働く神」といった概念があるわけではない。しかし、北村サヨの説教にはそれを思わせる言葉が出てくるため、それらを分析して統一原理と比較しようというものである。

<天照皇大神宮教の終末論と「世直し」の教え>

 北村サヨが本格的に説法を開始したのは昭和20年7月22日である。第二次世界大戦の末期であり、終戦間近の時期である。サヨの初期の説法は、「宮城一棟を残して日本全土を焼き払うと神様は言うておられる」「末法の世は終わり、日本の夜明けは近づいている」「これからが、本当に神の国を建設する時代じゃ」など、当時としては過激な内容であったという。「末法の世」は仏教における終末論といっていいし、破壊と新しい時代の到来というのは典型的な終末論的メッセージである。しかし、第二次世界大戦の敗戦とともに、こうした終末論的メッセージは語られなくなり、「世直し」が強調されるようになった。ある意味では、日本の敗戦と新しい戦後体制の出発によって、サヨの予言は成就したと言えるのかもしれない。天照皇大神宮教は、基本的には世の終わりを予言して人々を不安に陥れて布教するようなタイプの宗教ではなかった。

 北村サヨは、世の中の出来事はすべて神様が考えたように動いている、つまり「神芝居」であって、自分はその「神芝居」の一座を率いるように神様から命じられた「役座=座長」であり、信者たちは神様の描いたシナリオを演じる役者たち、「神役者」であると説いた。彼女が自分のことを「おんなヤクザ」と呼んだのは、その意味においてである。その自分に神様が与えた使命は、「世直し」であった。ここにはキリスト教神学における「神の摂理」に近い考え方がある。

 サヨが浪花節のような調子で説いた辻説法のサワリの部分は以下のような文言であった。
「なんぼ世の中よいようになさる神さまあるものよはいいながら、相手が人である故に、人をつかわにゃままならないで、今じゃ天父(テントー)が天下り、わざわざ百姓の女房の肚をかり、百姓の女房の口を使って、人間みち教えて歩くがヤクザの口よ」

 その意味は、「神様は乱れた世の中を正そうとしたが、所詮は人間が作っている世の中だから、その意図するところを人間の口を使って伝えねばならなかった。そこで、どういうわけか、『百姓の女房』だった自分の肚に宿り、その口を使って、こうやって世の皆の者に世直しを訴えているのである」といったところである。

 サヨの説法は、敗戦によって混乱と自信喪失に陥っていた当時の日本人の心に響いた。国と個人の将来に対して不安を感じていた人々の、心の空白を埋めるような力強い魅力があったのであろう。サヨは日本の敗戦という歴史的な一大事から何かを感じ取り、神が自分を通して世界平和と新しい日本の建設という壮大な事業を成し遂げようとしているという確信を持ったのかもしれない。

 島田裕巳は、著書『日本の10大新宗教』の中で、天照皇大神宮教は極めて戦後的な新宗教であったと解説している。「戦前においては天皇は現人神とされ、崇拝の対象となっていた。その現人神が支配する日本という国は、『神国』とされ、神国の行う戦争は『聖戦』と位置づけられた。ところが、神国は聖戦に敗れ、一九四六年一月一日、天皇は『人間宣言』を行った。突然、神国の中心にあった天皇が神の座を降りることで、そこに空白が生まれた。サヨの肚に宿った神が、天照皇大神宮を称したのも、その空白を埋めようとしたからである。」(p.90-91)「日本の敗戦と天皇の人間宣言という出来事が起こることで、そこに生じた精神的な空白、現人神の喪失という事態を補う方向で、その宗教活動を先鋭化させた。天皇に代わって権力を奪取しようとしたわけではなかったが、空白となった現人神の座を、生き神として継承しようとした。」(p.102)

 島田の解釈が教団の自己理解と一致するものなのかどうかは分からない。そもそもサヨの肚に神が宿ったのは天皇の人間宣言の前であるし、その神は天皇家の祖神である天照大神ではなく、宇宙の絶対神だから関係ないという反論も可能であろう。島田が言っているのはそうした教団側の信仰とは別に、それを受け止める側の日本人にとっての意味を社会学的に分析したということなのだろう。社会学においては、あらゆる宗教は時代の産物であり、神の啓示よりも当時の社会的状況を背景として理解されるからである。

<統一原理の終末論と「神の摂理」>

 文鮮明師が宗教者としての牧会活動を開始したのも、第二次世界大戦の直後であった。家庭連合は韓国発祥の宗教であるから、終戦のとらえ方は日本とはまったく異なる。日本人にとって終戦は敗北であり、挫折であり、天皇の人間宣言は現人神の喪失であったが、韓国人にとっては日本の植民地支配からの解放であり、「光複」(奪われた主権を取り戻すこと)であった。韓国の宗教が日本の敗戦と植民地支配の終焉を、悪の時代の終わりと新しい希望の時代の到来ととらえるのはごく自然なことであった。キリスト教であればそこに終末論的な解釈が施されても不思議ではない。

 『原理講論』においては、韓国が乙巳保護条約から第二次大戦の終了まで40年間にわたって日本の植民地支配を受けたのは、古代イスラエル民族が40数に該当する苦難の道を歩んだのと同様に、韓民族が選民となるために必要な蕩減条件であったととらえている。韓民族が40年にわたる苦役路程を終了したのが1945年8月15日である以上、そこから新しい神の歴史が出発するのは必然であり、文師の教えもまた、この時代における終末論的なメッセージであったと言える。ただし、文師は身の回りの出来事から直感的に終末を叫んだのではなく、人類歴史全体を俯瞰した「神の摂理」の枠組みの中で、現代が終末であると説いた点が、その神学の大きな特徴であった。

 統一原理は、「歴史に働く神」という概念を持っており、人類歴史は地上にメシヤを遣わすための神の摂理の歴史であったととらえている。それは旧約聖書の「創世記」から始まり、最初の人間であるアダムの家庭から、アブラハム、イサク、ヤコブの家庭までに二千年の歳月が流れている。この最初の二千年間に神の摂理のエッセンスが詰められており、それから後のイエス・キリストまでの二千年、そこからさらに現代までの二千年は、それと本質的には同じ内容をを民族レベル、世界レベルで繰り返したものである。繰り返してきた理由は、本来人類始祖アダムとエバが完成させるべきであった神の創造理想が、彼らの堕落によって成し遂げられず、その後孫である人類に受け継がれてきたためだ。

 聖書を調べていくと、そこには繰り返し出てくる不思議な数字があるのを発見する。それは12、4、21、40という数字であり、それを10倍化した120、40、210、400も基本的には同じ意味を持っている。例を挙げればノアが箱船をつくる期間の120年と洪水審判の40日、キリストの12弟子と40日の断食など、枚挙にいとまがない。そしてこれらの数字は単に聖書の中に現れるだけでなく、今日に至るまでの世界史を動かしている不思議な数字であることを「統一原理」は発見した。すなわち、歴史を神の摂理からみて重要な事件を中心として区切っていくと、必ずその年数がこれらの数字となって現れるというのである。以上のような法則性に基づいて、アダム以来今日に至るまでの人類歴史を概観した鳥瞰図が「歴史の同時性」に関する下の図である。

歴史の同時性

 この図においては、一番上の線がアダムからアブラハムの孫ヤコブまでの二千年、二番目の線がアブラハムからイエスまでのユダヤ民族を中心とする二千年、三番目の線がイエス以降今日に至るまでのキリスト教を中心とする二千年を表している。そして数字によって区切られた各時代の様相は、互いに相似型をなしているのである。

 天照皇大神宮教においては、「神の摂理」や「終末」に類似する概念が直感的な言葉で語られていたが、それが一つの組織神学として体系化されることはなかった。一方で、統一原理においては「神の摂理」とは何であるかが明確に定義され、「歴史に働く神」という視点から、現代をメシヤが到来して人類の罪悪歴史が終わる時代、すなわち「終末」であると明確に説いたのである。

 最後に、終末論にはいくつかの類型があることを紹介しておきたい。
①黙示文学的終末論:神の超自然的な介入により古い世界が終わり、まったく新しい世界が到来することを待ち望むタイプの終末論である。エホバの証人が代表例である。
②革命的終末論:既存の秩序を「サタンの支配」として敵対視し、実力を持ってこれを倒して神の国を打ち立てようという終末論。米国のブランチ・ダビディアンやオウム真理教が代表的だが、ある意味では解放神学もこのタイプに入る。
③社会改革型終末論:既存の秩序は「サタンの支配」には違いないが、暴力的な方法によってではなく、信徒たちの伝道活動や社会活動を通して、徐々に神の国が作られていくと考えるタイプの終末論。家庭連合はこのタイプに入る。
④内面化された終末論:古い時代の終焉や新しい時代の到来は、世の中に具体的な出来事として展開するのではなく、キリストとの出会いによって自己の内面に起こる変化のことであるととらえるタイプ。社会に定着し成熟したキリスト教は、世の終わりを望まなくなるので、終末論的メッセージは内面に閉じ込められてしまうので、こうした解釈になる。

 天照皇大神宮教の終末論は、初期は③であったと考えられるが、教団として成熟して安定する中で、次第に④に近づいていったと考えられる。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ13


日韓の和解と友好を促進する統一運動

 日本と韓国は一衣帯水の隣国であり、北朝鮮による核の脅威から両国の平和と安全を守るためにも、戦略的な協力関係を結ばなければなりません。しかし両国間には根強い相互不信と敵対感情が横たわっており、「近くて遠い国」と言われています。今回は日韓の「歴史問題」の背景を解説し、両国の和解と友好を促進するために統一運動が尽力してきたことを紹介します。

<日韓の「歴史問題」論争におけるすれ違い>

 日韓で論争される具体的な問題には竹島(独島)問題、「慰安婦」問題、「歴史認識」問題などがありますが、これらの問題の根底にあるより根本的な問題が、1965年の日韓国交正常化の際に結ばれた日韓条約の問題であり、さらに遡れば1910年に締結された日韓併合条約をどうとらえるか、という問題に行きつきます。日本の保守的な人々と韓国人の間で行われる典型的な論争は以下のような感じになります。
韓:「日本は植民地支配に対して過去の清算をすべきだ」
日:「過去の清算は、日韓国交正常化のときに終わっている」
韓:「被害にあった韓国人は、日本政府から補償を受けていない」
日:「1965年に有償2億ドル、無償3億ドルの経済協力金を出した」
韓:「経済協力金は補償ではないから、償ったことにならない」
日:「そもそも日本は韓国と戦争をしていないので賠償は必要ない」
韓:「現実に、被害にあった人々は補償を受けていない」
日:「それは韓国政府の責任であって、日本政府の責任ではない」
韓:「韓国は日本に対して被害に対する賠償請求権がある」
日:「日本は韓国に莫大な資産を残してきたのでそれで相殺される」
韓:「日本は韓国を植民地にすることによって莫大な搾取をした」
日:「むしろ日本は国家予算を韓国に投入して近代化させた」
韓:「日本は過去の罪を認め、誠意ある謝罪を行うべきだ」
日:「歴代首相が謝ってきた。何度謝れば気が済むのか」
韓:「それは政治的発言に過ぎず、法的には罪を認めていない」
日:「法的問題は1965年の日韓条約ですべて解決している」
韓:「そもそも1910年の日韓併合条約は、武力を背景に結ばれたので無効である」
日:「日韓併合条約は、国際法上有効であり、合法的に結ばれた」

<日韓条約が残した課題>

 日韓国交正常化交渉は、1952年2月に始まって1965年6月にようやく成立しました。当時は東西冷戦下にあり、東アジアにおける自由主義陣営の連帯は両国の重要課題であると同時に、アメリカの強力な後押しの下で行われたにもかかわらず、交渉に14年もの歳月を要したのは、歴史認識の問題で揉めてたびたび交渉が頓挫したためでした。

 李承晩政権下で始動した第一次日韓会談では、韓国側は「植民地支配は不法である」として、その被害補償の請求権を主張しました。これに対し日本側は、「韓国を合法的に領有、統治しており、賠償金を支払う立場にない」とし、逆に韓国独立に伴い遺棄した在韓日本資産の返還請求権を主張したために、交渉は決裂しました。

 平行線をたどっていた交渉が一気に進んだのは、1961年に韓国に朴正煕政権が誕生し、日本の岸信介元首相との協力関係の下で、より現実的な政治決着に向けて動いた時でした。自由主義陣営の結束を課題としていたアメリカが、日韓交渉の長期化を懸念して両国に圧力をかけてきたことも背景にありました。

 この過程で韓国政府は請求権に基づく賠償ではなく、「経済協力」という名目で日本からお金を受け取り、自国のインフラを整備して北朝鮮との競争に勝つという道を選択したのです。そして国家として総額でお金を受け取ったうえで、個人に対する補償は韓国政府が行うこととし、韓国併合条約の有効性に関しては、双方が都合よく解釈できる「玉虫色の決着」によって、日韓条約は成立したのです。しかし、このことは韓国の国民にきちんと説明されなかったために、「歴史認識」問題はその後も両国間の課題として残されることとなりました。

 その後、「椎名声明」(1965年)「河野談話」(1991年)、「村山談話」(1995年)、小渕恵三首相の「日韓共同宣言」(1998年)など、日本側は何度か「反省」と「お詫び」の意を表明していますが、それによって両国間の課題が解決したというにはほど遠い状況にあります。

<日韓の和解のために尽力した統一運動>

 日韓関係が断絶状態になれば利益を得るのは北朝鮮と中国であり、中国主導の南北統一への道を開くことになります。これ以上日韓関係が悪化するのは両国を含む自由世界全体の利益に反するため、少なくともいたずらに「反日感情」や「嫌韓感情」を煽るような発言は慎むべきです。

 両国の関係を改善するためには、歴史的問題に対する理解を深めるという知的側面と、友好関係を築くための努力という情的側面の両方が必要です。相手の立場に立ってものを考える「共感力」と共に、最後は怨讐をも許して愛するという「宗教性」がなければ根本的な解決に至ることはできません。

日韓指導者友情の集い

韓国人と日本人の姉妹結縁を行った日韓指導者友情の集い(2005年)


韓日・日韓カップル

韓国人と日本人のカップル:1988年10月30日(6500双国際合同結婚式)

 統一運動はこれまで「日韓指導者友情の集い」や「日韓姉妹結縁」などの行事を通じて、継続的に両国の友好親善に尽力してきました。さらに、日本人と韓国人の「国際祝福」を推進し、1万組以上の日韓・韓日カップルを誕生させました。韓国人と日本人が真の夫婦愛によって怨讐を越え、その両親が「共通の孫」を持ち、親戚になることによって、両国間の溝を埋める道を開いてきたのです。

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北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ06


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの6回目である。第3回からは天照皇大神宮教の教えを統一原理と比較しながら分析する作業を開始したが、今回はこの二つの宗教の人間観と救済論を扱うことにする。

<天照皇大神宮教の人間観:蛆の乞食>

 天照皇大神宮教では、現実の人間の姿を「蛆の乞食」と呼んで痛烈に批判している。北村サヨの有名な歌説法の言葉に、「蛆の乞食よ目よ覚ませ。天の岩戸は開けたぞ。早く真人間に立ち帰れ。神の御国は今出来る。真心持ちほどバカを見る。思うた時代は、早や済んだ。崩れた世の中、おしまいですよ。敗戦国の乞食らよ。早う目を覚ませ。お目々覚めたら、神の国。居眠りしておりゃ、乞食の世界。」という内容がある。サヨは、「蛆」や「蛆の乞食」という表現をよく使った。これは利己心に固まり、神のことを理解しない人間のことをさしている。

 「蛆」である人間が心を磨いて神に近づいていく「行」のことを「神行」という。これは「しんこう」と読み、「信仰」にかけた言葉であるが、意味内容としては「神に行く」ことである。サヨは、「信じ仰ぐ信仰の時代は早や済んだ。しんこうとは神に行くと書け。己の魂の掃除をして神に行くのが神行じゃ。」と説いた。「合正」(がっしょう)という言葉もよく使われるが、「合掌」とは書かない。人間が、神の御心に合うようにと、心を磨くことを指すのだということだ。

 サヨは「他力本願や苦しい時の神頼みではダメだ。敵は自分。自分を磨け。磨いて神に近づけ。」とも説いたという。歌説法の中には、「乞食の世界に座をなして、神様おいと叫んでも、天の神様なんで乞食の世界まで、助けに行くよな神はない」という言葉もある。「蛆の乞食」である人間が神様に救ってもらうのではなく、自ら魂を磨いて神に近づかなければならないと説いている点で、天照皇大神宮教はキリスト教の福音主義や仏教の浄土真宗などとは異なる「自力信仰」の宗教であると言える。

 春加奈織希(本名ではなくウェブ上の匿名)による「遥かな沖と時を超えて広がる 天照皇大神宮教」(http://www7b.biglobe.ne.jp/~harukanaoki/index.html)と題するサイトでは、天照皇大神宮教の教えの神髄を以下のように説明している。これは『神言抄』という教団の出版物に出てくる教祖の言葉を、分かりやすく表現したものである。
「人生の目的は、心の掃除をして魂を磨き、神様に少しでも近い存在になることである。すなわち、日々刻々と心に浮かぶ邪念を打ち払い、心の掃除をして、自分の自我と悪癖(わるぐせ)・欠点を神様に反省懺悔し真人間になることが、生きる目的である。よって、『しんこう』とは、ただ信じ仰ぐのではなく、神に行く『神行(しんこう)』であると理解すべきである。前世、先祖、自身の半生、これらの因縁因果によって、人は様々な出来事に遭遇するが、それらは、自分の魂を磨く行(ぎょう)の糧(かて)である。すなわち、己の心を鍛え、成長させるとともに、悪癖(わるぐせ)・欠点を反省懺悔して直してゆくためのものと捉えるべきである。」

 天照皇大神宮教の中心的な教えの一つに、「六魂清浄」(ろっこんしょうじょう)がある。六魂とは、「惜しい、欲しい、憎い、かわいい、好いた、好かれた」であり、①食欲、物欲、金銭欲等にかかわるもの、つまり、何かを失いたくない、または、欲しいという欲望、②人に対して憎い、または、友情や親近感を感じる、③異性に対して好きだ、または、好かれたい、という人間の六つの根源をさす。これは人間が肉体を持って物質界で生きていく上での基本的な本能であるため、それを捨て切れとは言わないが、清浄にせよと教えているわけである。

 そして、この六魂を清浄にするポイントが、「神中心」の生活だということになる。これは神様への感謝の気持ちを忘れず、神様からご覧になって、自分の口と心と行いはどうだろうかと常に反省懺悔しながら、自分中心、人間中心の考えを改めていくことであるという。山口県の田布施にある天照皇大神宮教の本部道場では、教祖・北村サヨの説法をテープで聞き、同志(信者のこと)相互の自らの神行体験に基づく神教(みおしえ)の解説や共磨き(同志が共に神教を中心に神行体験を話して魂を磨き合うこと)が行われている。このように、天照皇大神宮教の救済論は個人の内面にかなり集中しており、その究極的目的である「神の国」も、一人ひとりの内面が磨かれることによって訪れるものであると捉えられている。このようにして内面を磨いて神様に近づいた人間の理想の姿のことを、天照皇大神宮教では真人間(まにんげん)と呼んでいる。

<家庭連合の人間観:創造本然の人間と堕落人間>

 世界平和統一家庭連合の教義である「統一原理」の人間観は、「創造本然の人間」と「堕落人間」という二つの概念によって成り立っている。「創造本然の人間」とは、神が創造したままの姿の、罪のない人間の理想の姿である。それは「神のかたち」であり、神の似姿であり、神性を帯びている。神と一問一答し、神の心情を己の心情のごとくに感じることのできる境地である。このような状態を「個性完成」という。本来、人間は自己の責任を果たしながら一定の成長期間を通過すれば、完成して神と一体となるべく創造されていた。人生の目的が自己を成長させて神に近づくことであるとしている点で、この「個性完成」の理想と天照皇大神宮教の「神行(しんこう)」の概念には相通じるものがある。統一原理の説く「創造本然の人間」と天照皇大神宮教の「真人間」も、意味内容としては非常に似通ったものであると言える。

 統一原理もまた、現在の人間の姿を礼賛しているわけではない。むしろ、現実の人間の姿は多くの罪にまみれた堕落した姿であるととらえている。創造本然の人間は万物の主人の位置にあったが、堕落した人間は万物以下の存在となってしまった。この「土より劣る身」であるという「堕落人間」の概念は、天照皇大神宮教の「蛆の乞食」という人間観と相通じるものがある。人間が堕落することによって、神中心ではなく自己中心的になってしまったとしている点も似ている。この「神中心」という言葉は、天照皇大神宮教だけでなく、家庭連合においてもあるべき人間の姿勢や心構えとしてよく使われる言葉である。

 両者の大きな違いは、天照皇大神宮教においては「真人間」が「蛆の乞食」になってしまった根本原因は説かれていないのに対して、統一原理においては人間堕落の根本原因を旧約聖書の失楽園の物語を解釈することによって明確にしている点である。罪の根は人類始祖アダムとエバが蛇で象徴される天使長ルーシェルとの間に不倫なる血縁関係を結んだことにあり、その結果が血統を通じて全人類に受け継がれていると説く統一原理は、罪悪の起源に関するよりシステマティックな神学を持っていると言ってよいであろう。

 統一原理では、人間は堕落することによって罪と堕落性の二つを持つ存在となり、これが人類始祖から我々にまで受け継がれていると捉えている。両者の違いは、「罪」が法廷論的な概念であるのに対して、「堕落性」は人間の内面や性質に関する概念であるということだ。罪をさらに細分化すると①原罪、②遺伝罪、③連帯罪、④自犯罪の四つになる。これらの罪を清算し、堕落性を脱ぐことが信仰生活の目的になるわけだが、このうち自力ではどうしても解決できないものが「原罪」である。その他の罪は自己の努力によって清算(蕩減復帰)することができるし、堕落性を脱ぐことは個人の努力によるものだが、原罪だけはメシヤによってしか清算されないと考えられているのである。

 天照皇大神宮教における「六魂清浄」によって魂を磨き、真人間になるために「神行」するという教えは、先祖の罪や自己の罪を清算しながら堕落性を脱ぎ、創造本然の人間に近づくことを目的とした家庭連合の信仰生活と相通じるものがある。この部分はこの二つの宗教に限らず、多くの宗教で教えられている普遍的な内容であると言える。しかしながら、家庭連合では自己の努力によって日々魂を磨くだけで最終的な救済に至ることができるとは考えられていない。どこかでメシヤによる「祝福」を受けて原罪を清算し、血統転換しなければならないと説いているのである。

 以上を総合すれば、天照皇大神宮教と家庭連合では、人間の理想の姿と現実の姿のとらえ方において共通点があると言えるが、理想から逸脱するようになった根本原因に対する理解と、救済の具体的な方法においては相違点が見られるという結論になる。天照皇大神宮教にはシステマティックな神学や救済のための儀礼は存在せず、もっぱら内面を磨くことに焦点が当てられているのに対して、家庭連合では創造原理、堕落論、復帰原理という組織神学的な枠組みの中で「祝福」の儀礼が意義付けられ、それが救いの核心部分を形成しているのである。救済論的に見れば、天照皇大神宮教が「自力救済」に傾いた宗教であるのに対して、家庭連合は自力と他力のバランスの上に成り立った宗教であると言えよう。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ12


性モラルの崩壊から青少年を救う純潔運動

 現代社会の最も深刻な問題の一つに青少年の性モラルの崩壊があります。今回はこの問題を根本的に解決するための「純潔運動」について解説します。

<米国の「性革命」から始まった性モラルの崩壊>

 今日世界的な現象となっている性モラルの崩壊の震源地となった出来事が、1960~70年代にかけて米国で起きた「性革命」でした。1950年代までの米国はキリスト教文化が支配しており、結婚は神の祝福とみなされ、若い男女には結婚するまで純潔を守ることが美徳であると教えられてきました。しかし、「性革命」によって婚前交渉や婚外交渉を容認する「フリーセックス」の文化が広がり、伝統的価値観は衰退しました。

 その結果、米国では1960~90年の30年間で、①未婚の十代の出産率がほぼ3倍、②十代の自殺率が3倍以上、③非嫡出子が5倍以上、④片親家庭の全家庭に占める割合が3倍以上、⑤犯罪が4倍以上に増加するという事態に陥りました。現在でも米国人の出産の40%がシングルマザーによるものであり、そのための社会保障費が財政を圧迫しています。また、非行化する青少年の圧倒的多数は崩壊家庭または父親不在の家庭出身であり、片親家庭の占める割合が30%に達すると社会は崩壊し始め、犯罪が急増すると言われています。性モラルの崩壊は、社会全体の崩壊を引き起こす重大問題なのです。

<コンドーム教育の限界と自己抑制教育の登場>

 望まない妊娠と性感染症の増加に対して米国で長年にわたって取られてきた対策が、若者たちに避妊の知識を教え、コンドームを配布するという方法でした。性をタブー視せず、正確で科学的な情報を提供することを謳った「包括的性教育」と呼ばれるアプローチは、価値観や倫理観といった本質的課題を棚上げにしたリベラルな性教育であり、「包括的」とは名ばかりで、実際には「コンドーム教育」と言っていい内容でした。

 エイズの脅威や性感染症などから身を守るためにコンドームの使用を奨励することを「セーフセックス」と言いますが、実際にはコンドーム使用によっては望まない妊娠や性感染症を完全に防ぐことはできないばかりか、逆に10代の若者たちの性行動を活発にしたことが批判されるようになりました。

 これに対して、結婚するまでは純潔を守ることを若者たちに教えるべきだという「ノーセックス」の立場を主張して登場したのが、「自己抑制教育」や「純潔教育」と呼ばれるアプローチです。米国では1990年代から福音主義のキリスト教団体が活動母体となって自己抑制教育が熱心に行われるようになりました。従来のコンドーム教育によってもシングルマザーの増加を防げなかったことが認識され、1996年の「福祉改革法」によって自己抑制教育プログラムに対する政府の財政支援が行われるようになりました。

<純潔運動を主導した統一運動>

 統一運動は、こうした1990年代の純潔運動において主導的な役割を果たしました。Pure Love Alliance(PLA)は95年に米国ニューヨークで発足し、性風俗産業への反対や過激な性教育の弊害を訴えるとともに、それに代わる「純潔と家庭」を重視した人格教育プログラムを提唱しました。97年6月から8月には「ピュア・ラブ」を訴える全米26カ都市ツアーを実施し、数多くのマスコミで報道されました。

 韓国でも、社会団体・韓国青少年純潔運動本部(97年発足)が推進する純潔運動が全国を席巻しました。婚前婚後の純潔と貞節を誓う「純潔誓約式」が学校行事として小中高等学校で行われ、全国各地の教育機関や父兄たちの支持を受け、マスコミにも大きく取り上げられました。98年4月に始まり、夏休みまでのわずか3か月という短い間に、韓国の90%以上の小中高等学校の児童生徒が純潔を誓ったというのですから、その影響力の大きさが分かります。

<アメリカにおける論争と開発途上国への浸透>

 しかし、米国ではその後「包括的性教育」を推進する米国性情報・教育評議会(SIECUS)に代表されるリベラルな圧力団体が、自己抑制教育への政府支援を阻止しようと批判キャンペーンを開始しました。彼らは長い間、政府から多額の資金を受けてきましたが、自己抑制教育プログラムにも政府支援が行われるようになり、資金が目減りしたためにそれを取り戻そうとして、「結婚するまで性交渉を持たないよう教えるプログラムは科学的根拠がなく、効果は実証されていない」「自己抑制教育は偏った思想が生み出した非科学的産物だ」という主張を繰り返したのです。米国ではこの戦いは宗教、イデオロギー、政治的信条などがからんだ終わりなき論争の様相を呈しています。

Four Family Love

孝情人格教育プログラムのテキスト“Four Family Love


ロバート・キッテルYSP会長

人格教育を紹介するロバート・キッテルYSP世界会長

<写真キャプション:人格教育を紹介するロバート・キッテルYSP世界会長>

 現在、統一運動の純潔教育は「孝情人格教育プログラム」の中に受け継がれ、アジアやアフリカなどの開発途上国に浸透しています。2017年6月にバンコクで行われた世界平和青年学生連合(YSP)の大会では、それまで21年間にわたってタイの学校で実施されてきた純潔教育が高く評価されました。また、ワールドサミット・アフリカ2018では人格教育の紹介がなされ、アフリカ各国の政府関係者およびNGOとの間に約80件の了解覚書(MOU)が締結されました。純潔運動が望まない妊娠や性感染症から青少年を救うことは、これらの国々での実績によって証明されていくことでしょう。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ05


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの5回目である。前回は天照皇大神宮教で説いている神がいかなる存在であるのかを、統一原理と比較しながら分析し、表現の違いこそあれ、総合的に見ればこの二つの宗教はかなり似通った神観を持っていると結論した。今回はその続きであり、教祖と神の関係について論じる。

<天照皇大神宮教における「大神様」の位置>

 天照皇大神宮教では、教祖サヨのことを「大神様」と呼んでいる。島田裕巳は、「彼女のなかに神が宿っているということは、サヨ自身が神であることを意味し、彼女は生き神として人々の信仰を集めるようになる。」(『日本の10代新宗教』、p.92)と記述している。息子の北村義人が復員して故郷に帰ってきたときにも、サヨの放った一言が「ワシは神様になったゾ。」であったことから、彼女にも自分が神であるという自覚はあったのであろう。しかし、日本の宗教伝統は人が死んだら神として祀られるくらいに、神と人との距離感は近い。一口に「人が神になる」といっても、宗教伝統によって意味の重さは異なるであろう。一方で、北村サヨは神の使者であることから「大神様」と呼ばれているという記述もある。神の使者であれば、存在論的には宇宙の絶対神そのものではないはずだ。

 天照皇大神宮教において神様と呼ばれているのは、実は北村サヨだけではない。サヨの長男である北村義人(よしと)は「若神様」と呼ばれている。戦争から復員して故郷に帰ってきたら母親が急に神様になっていたので、当初はかなり反発したものの、「新日本建設のため、世界平和のための神行」という言葉に惹かれて本格的に信仰の道を歩むようになり、その後は教団のマネジメントを受け持つ重要な立場に立つようになったと言われる。この義人氏の娘が北村清和(きよかず)であり、サヨの後継者として指名された人物である。彼女は教団の中では「姫神様」と呼ばれている。このことから、北村サヨの血統が教主の役割を引き継いでおり、「神様」の呼称が用いられていることが分かる。

 ただしこれは、天照皇大神宮教において教祖である北村サヨとその一族を「神格化」しているということではなさそうだ。上之郷利昭著『教祖誕生』によれば、「若神様」も「姫神様」も、このいささか大仰な呼称に少なからぬ恥じらいを感じていたようであり、サヨを含めた北村家の人々は奥の院から信者たちを睥睨する「教祖様」とは異なり、質素で謙遜な生き方をしていると報告されている。現在では、「大神様」「若神様」「姫神様」は全員他界している。天照皇大神宮教の「神様」は不死の存在ではなく、私たちと同じ肉体を持った人間であり、その人が特別な使命を帯びるときに「神様」と呼ばれるのだと考えてよいだろう。

<キリスト教神学におけるイエス・キリストの位置>

 一方、家庭連合はユダヤ・キリスト教の伝統の上に立っているため、日本の宗教伝統とは異なり、神と人間の間に断絶のある神学的伝統を背景としている。キリスト教神学においては宇宙の創造主である神と被造物である人間の間には大きな隔たりがあり、人間が神になることはあり得ない。神は永遠であり、不死の存在であるのに対して、人間は有限であり死すべき存在であるという明確な区別がある。神の使者や、神の啓示を受けた人間は「預言者」という位置づけであり、彼らが神と同一視されることはない。

 しかし、キリスト教神学においては「神が人になる」ということはあり得ると考えている。人類歴史上ただ一人、神が人となって地上に顕現されたお方がイエス・キリストであるとされているのである。これは他宗教の立場からはなかなか理解しがたいことなのだが、このようになったのには複雑な背景がある。もともとユダヤ人たちが待ち望んでいたメシヤは人間であり、神ではなかった。モーセの十戒の一番初めに「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない」とあるので、ユダヤ人たちにとって人間を神とすることは偶像崇拝の罪に当たるからだ。ユダヤ教におけるメシヤは「神に油を注がれた」人間、すなわち王を意味するのであり、具体的には民族を他国の支配から解放してくれる政治的な救世主がイメージされていた。

 ところがイエスの死後、異邦人たちにキリスト教が広められるようになると、イエスは徐々に神の位置にまで高められていくようになる。異邦人たちは、ユダヤ人たちがもつメシヤに対する概念や、イスラエルの政治的な解放には興味がなかった。そこでイエスのアイデンティティーは、ユダヤ人の政治的な救い主としての「メシヤ」から、民族的な色彩のない「真理そのもの(ギリシア語でロゴス)」へと変えられていく。この真理は永遠の昔から普遍的に存在するものであるから、イエスは彼が地上で宣教活動をするよりはるか昔、天地創造の以前より存在しており、一時期地上に降り立って、再び天に帰っていった存在であると考えられるようになったのである。これが「キリスト先在論」である。

 西暦325年に開かれたニケア公会議と、451年に開かれたカルケドンの公会議で、三位一体論とキリスト論に関するキリスト教の正式な見解がまとめられた。そしてこのニケア・カルケドン信条を受け入れるかどうかが、今日に至るまでキリスト教であるかどうかを見きわめる重要な試金石になっている。三位一体論を認めないユニテリアン主義者など、必ずしもこの枠に納まらないキリスト教も存在するが、キリスト教における「正統」の範囲を決定する重要な枠組みとなっていることは確かだ。このニケア・カルケドン信条においては、イエス・キリストは「真に神であり真に人である」とされている。これは宇宙の創造主であると同時に、一人の歴史的人物であるという意味である。

 したがってキリスト教神学においては、イエス・キリストは「神が人となられたお方」なのであって、いわゆる教祖というような次元の存在ではない。そのくらいにイエスの位置は高められている。ところが、信仰を持たない人や客観的な宗教学の立場からすれば、イエスはキリスト教の「教祖」であり、一つの宗教の創設者に過ぎない。彼が歴史的人物であったことを前提とするならば、教祖を神格化していることになるわけだ。この二つの立場には大きな隔たりがあり、信仰があるかないかによって互いに相容れない立場となる。ニケア・カルケドン信条のイエス・キリストは「真に神であり真に人である」という立場も、信仰を前提としない合理的な立場からは理解しがたいものである。

<家庭連合における文鮮明師の位置>

 家庭連合においては、文鮮明師を「再臨のメシヤ」であると信じている。したがって、文師はイエス・キリストと同等の立場であると理解されていることになる。しかし、家庭連合が既成のキリスト教神学と同様に教祖を神格化しているかと言えば、そうでもない。これは少し複雑な話になるが、その理由は家庭連合がニケア・カルケドン信条に代表されるような伝統的なキリスト教神学の三位一体論やキリスト論をその如くに受け入れているわけではないからである。

 統一神学は、ニケア・カルケドン信条に代表されるような伝統的なキリスト論の問題点は、神と人間との間の断絶を「存在論的なもの」としてとらえたことにあったとみている。そのため三位一体論もキリスト論も、「神か人か」という存在論的な論争にあけくれたために、結局は合理的な結論に至らなかったのである。「イエスは神か?人間か?」という問いに対して、統一神学は「イエスは人間だ」と明確に答える。それではイエスの神性を否定しているのかというとそうではなく、神性はもともとすべての人間に宿っているものであると主張するのである。「統一原理」によれば、もともと神と人間は親子の関係であり、ちょうど子が親に似るように、人間は神のごとき性質を宿すはずであった。しかしこれは人間が神そのものになるという意味ではない。神と人間はあくまで別々の存在であり、このこと自体は「断絶」ではない。人間でも親と子は別々の肉体と人格を持っている。そのことは別に問題ではなく、親子が愛し合っていないことが問題で、それを「断絶」と言うのだ。互いが信頼しあい愛しあっていれば、親子の断絶は存在しない。

 これと同様に、神と人間との間にはもともと埋めがたい断絶はなかった。しかし子としての人間は親である神を裏切り、堕落することによって両者の間に断絶が生じてしまった。これは存在論的な断絶ではなく、心情的な断絶である。メシヤはこの心情的な断絶を埋めるために来るのであるから、神である必要はない。むしろ人間の代表として罪を償い、神と人間を和解させる心情的な架け橋とならなければならない。メシヤのユニークな点は、神との間に断絶がなく、本当の親子の関係を結んだ人間であるという点だ。そのためには罪があってはいけない。すなわちメシヤは原罪のない「真の人間」でなければならないということだ。このように「統一原理」は従来の難解なキリスト論をすっきりと解決しているのである。

 以上のような意味で、家庭連合では文鮮明師御夫妻をメシヤ、再臨主、真の父母であると信じているのであり、宇宙の創造主であるとか、不死の存在であると信じているわけではない。文鮮明師は神から特別な使命をいただいた存在であるが、同時に我々と同じ生身の肉体を持った一人の人間であった。家庭連合の信徒たちは文鮮明師と多くの人間的な交わりを持ち、その人間的な魅力に引き付けられ、喜怒哀楽を共にした。その意味においても文師は、奥の院から信者たちを睥睨する「教祖様」ではなく、信徒たちにとっては親のような情的に近しい存在であったのである。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ11


アフリカの未来を拓く統一運動

 21世紀の世界で最も大きな経済成長が期待されている地域がアフリカですが、この地域は近世以降は奴隷貿易と植民地という苦難の歴史を歩んできました。今回はアフリカ諸国が抱える問題と未来の希望を概観しながら、真の父母様がこの地域の未来を拓くために開催された「アフリカ・サミット2018」の意義を解説します。

<近世以降にアフリカが歩んだ苦難の歴史>

 アフリカは人類誕生の地であり、エジプトやエチオピアの古代文明に代表されるように、人類歴史において先駆けて高度な文明を築いた地域でした。しかし大航海時代が到来し、ヨーロッパ諸国の人々が西海岸を南下しはじめた15世紀末頃から、アフリカ原住民を奴隷として売買する貿易が行われるようになり、約300年間にわたって1000万人を超えるアフリカ原住民が西インド諸島やアメリカ大陸に売られていきました。宗教的・人道主義的見地からの批判によって奴隷貿易が禁止されるようになったのは、19世紀初頭に入ってからのことです。

 19世紀後半に入ると、ヨーロッパの新興工業国であるイタリア、ドイツ、ベルギーなどがアフリカに進出し始め、古くから進出していたポルトガル、スペイン、イギリス、フランスとの間で植民地の争奪戦が起こります。その結果、リベリアとエチオピアを除くアフリカの全土がヨーロッパのわずか7か国によって分割支配されるようになりました。大部分のアフリカの国々が独立を勝ち取ったのは第二次世界大戦終了後のことであり、そのほとんどが1950年代から1960年にかけて独立しています。アフリカの社会は、この奴隷貿易と植民地化という二つの苦難によって破壊されました。

<独立を果たしても続くアフリカの苦難>

 現在アフリカにある「国家」は、ヨーロッパの旧宗主国がアフリカの民族や部族の構成を無視して植民地分割を強行した後、植民地時代の境界線をそのまま引き継いで独立したものです。したがって、一つの民族が複数の国に分断されていたり、一つの国の中に仲の悪い民族が同居しなければならない状態となり、これがよく言われるアフリカの「部族対立」を生み出す原因となりました。

 アフリカと聞くと「飢餓と貧困」を連想する人も多いかもしれませんが、こうしたアフリカのイメージが定着したのは、1980年代前半にアフリカを襲った旱魃と、それ以降20年間続いた低開発が原因です。2000年ごろまでアフリカがほとんど経済成長をしなかったのは、クーデーターや反政府武装闘争に代表される政情不安、内戦、対外戦争、経済政策の失敗、独裁者による国庫の私物化など、主としてガバナンスに関わる人為的な原因によるものです。独立はしたものの国の統治がきちんとできないのは、ヨーロッパ人が搾取によってアフリカの文化を破壊したからであり、植民地時代の「負の遺産」によるものと言ってよいでしょう。

<「援助対象国」から「新しいアフリカ」へ>

 こうしたアフリカ諸国を日本は「援助対象国」と認識し、1980年代より毎年10億ドルを超える政府開発援助(ODA)を供与してきました。また日本は1993年より、これまで合計6回のアフリカ開発会議(TICAD)を開催し、アフリカの開発に対して大きな関心を寄せてきました。

 しかし2002年ごろから、それまで20年間ほとんど経済成長しなかったアフリカ諸国が突如として急成長を遂げるようになり、2003年から2008年の5年間でサハラ以南アフリカのGDP総額は二倍以上に増えました。2007年には、世界からアフリカに流れ込んだ直接投資の総額が世界のODAの総額を上回るようになり、それまで「援助対象地」だったアフリカが、ビジネスのための「投資先」に変貌を遂げたのです。現在のアフリカの経済成長の起爆剤は、石油、プラチナ、金、ダイヤモンド、ニッケル、バナジウム、クロム、コバルト、銅、ボーキサイトなどの資源開発への投資です。これは「新しいアフリカ」の出現と理解されています。

アフリカサミット2018で講演される韓鶴子総裁

アフリカ・サミット2018で講演される韓鶴子総裁

<セネガルで開催されたアフリカ・サミット2018>

 真の父母様は1970年代からアフリカに宣教師を送って開拓の道を歩んでこられましたが、その結実ともいえる行事が、2018年1月18日から19日にかけて西アフリカのセネガル共和国で開催されたアフリカ・サミット2018です。「新しいアフリカ:共生、共栄、共義」をテーマとする同サミットは、UPFと世界平和国会議員連合が共催し、セネガルの政府および国会が全面的に協力する中で行われ、アフリカ諸国を中心に世界60カ国から国会議員、宗教指導者、部族長など合計約1200名の各界指導者が参加しました。セネガルのマッキー・サル大統領と韓鶴子総裁が基調講演を行った同サミットでは、人格教育プログラム、アフリカを縦断する国際ハイウェイの建設、コーヒー農園プロジェクトなど、アフリカの発展のための具体的な提案がなされました。

 韓総裁は同サミットの期間中に、16世紀から19世紀にかけて奴隷貿易の一大拠点だった「ゴレ島」(ダカール沖)を訪問し、アフリカの悲劇の歴史の痕跡をたどりながら深い祈りを捧げました。

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北村サヨと天照皇大神宮教シリーズ04


 北村サヨと天照皇大神宮教に関する研究シリーズの4回目である。前回から教えの内容に入り、サヨの宗教的背景となっていた「神仏習合」が、天照皇大神宮教において用いられている宗教用語に少なからぬ影響を与えていることを指摘した。今回は、天照皇大神宮教で説いている神がいかなる存在であるのかを分析することにする。

<日本的一神教の系譜>

 サヨは自らの肚の中に宿って世直しを命令している神は、「宇宙絶対神」であり、唯一無二の宇宙の最高神であると説いている。それは仏教やキリスト教などでいうところの、本仏や天なる神と同じというのであるから、多神教である神道とは異なり、一神教に分類されるべき宗教ということになる。

 実はこうした「日本的一神教」は幕末維新の時代から存在し、天照皇大神宮教もその系列の中に位置づけることができる。戦前はこうした新宗教は「教派神道」と呼ばれた。この「教派神道」という言葉は、「国家神道」に対する言葉として誕生した。明治政府が確立しようとした「国家神道」は、初期の段階では「大教宣布の詔」(明治3年)が発布されたり、神祇官や宣教使が置かれるなど、国家公務員が積極的に神道の教えを国民に説教して回るという形で展開された。しかしこれが行き詰ると、神社とその祭祀は「国家の宗祀」であって、「神社は宗教にあらず」という解釈に変化した。そうなると官社の神官たちは国民の教化活動から撤退し、葬儀に関与することも禁止されるようになった。

 すると、神社は「国家の宗祀」であって宗教ではないとするこうした考え方に反発して、独自に教団を組織して神道の布教を始める動きが出てくるようになった。このようにして出現した教団のことを「教派神道」と言い、戦前には以下の13の教団が「教派神道」として公認されていた。

 ①黒住教、②神道修成派、③出雲大社(おおやしろ)教、④扶桑(ふそう)教、⑤實行(じっこう)教、⑥神習(しんしゅう)教、⑦神道大成(たいせい)教、⑧御嶽(おんたけ)教、⑨神道大教(たいきょう)、⑩禊(みそぎ)教、⑪神理(しんり)教、⑫金光(こんこう)教、⑬天理(てんり)教。

 ただし、天理教と金光教は自らが教派神道に分類されることを拒否している。現在、天理教については文化庁による『宗教年鑑』においては教派神道系ではなく諸教に分類されるようになっている。このように戦前は「教派神道」と呼ばれて神道の一種であると分類されていた新宗教には、必ずしもそのカテゴリーに収まらないような教えを説くものがあったのである。

 幕末維新期に誕生した日本の新宗教には、従来の神道の神観を越えて一神教に近づいたものがあった。こうした「日本的一神教」の例を挙げれば以下のものがある。
①如来教:開祖・きのは1802年に神憑りして生き神となったが、彼女に乗り移ったのは宇宙を創造した如来の使者、金毘羅大権現であるとされた。
②黒住教:開祖・黒住宗忠(むねただ)は1810年に天照大御神と一体化するという神秘的な体験をしたが、これは単に天皇家の祖神にとどまらず、万物の命の本源としての神であるとされた。
③天理教:開祖・中山みきは人類を創造した親神である「天理王命」の社に選ばれた。天理教は創造主と創造神話を持つ一神教としての性格を持っている。

 ところが、天理教の時代には現代のような「信教の自由」が存在しなかったため、教祖中山みきが受けた啓示そのままに「天理王命」を祀る宗教としては、政府の認可を受けることができず、そのため京都神祇管領吉田家に願い出て布教認可を受けたり、高野山真言宗へ願い出て、光台院末寺の金剛山地福寺のもとに「転輪王講社」を結成するなど、既成宗教の門下に入ることにによって公認を得ようとした。みきの死後、天理教は東京府より神道の一派として「神道天理教会」として公認されたが、引き続き神道本局のもとに置かれ、1908年になってようやく神道本局から別派として独立し、教派神道となった。これは教団を守るために、ある意味では教祖の教えを曲げて既存の宗教伝統の門下に入ることを意味したので、戦後になると天理教は、教祖・中山みきの教えに基づく本来の天理教の姿に戻る「復元」という過程を通過しなければならなかった。

 北村サヨが活動を開始したのは戦後間もなくのことだったので、自らの肚に宿った神の教えをそのまま説いたとしても、政府から迫害を受けることはなかった。その意味では、天照皇大神宮教は「日本的一神教」の中でも後発であることから、環境的に恵まれていたということはできるであろう。

<男性神と女性神としての宇宙絶対神>

 北村サヨによると、彼女の肚の中に宿って世直しを命じている神は「宇宙絶対神」であり、その絶対神は男女一人ずつおり、一人の名は「皇大神」という男の神様、もう一人は「天照大神」という女の神様であるという。宇宙絶対神なので一神教かと思えば、男女二人いるということなので、「二神教か?」と混乱するような記述ではある。もっとも、キリスト教の「三位一体」も部外者からは「一神教か、三神教か?」という混乱を引き起こす教えであるとも言えるので、あえてそこを突っ込む必要はないであろう。

 「皇大神」や「天照大神」という名前を聞くと、だれもが神道の神々を連想する。しかし、これは第二次大戦中の国粋主義的な歴史教育を受けた人々に対して、宇宙の最高神の教えであることを示すべく呼称されたものであり、神道、仏教、キリスト教、イスラム教などの既成宗教、または、他の新興宗教とは一切関係がないのだという。

 天照皇大神宮教で集会の最後に唱えられる「祈りの詞」には、この天照皇大神のほかに「八百万の神」(やおよろずのかみ)という言葉も出てくる。これもまた神道の用語だが、「日本書記」など神道の経典に登場する神々とは異なるのだとされる。「八百万の神」は宇宙絶対神の家来の神々であり、古来より様々な宗教や記録の中で、天使とか諸仏などと人類が表現してきた霊的な存在ということである。

 これらを整理すると、天照皇大神宮教は男女一対からなる「宇宙最高神」を崇めつつ、その家来である霊的存在としての多数の神々の存在を認めている、ということになるであろう。キリスト教でも創造主のほかに天使の存在を認めているので、ある意味では似ていると言えるかもしれない。

<統一原理との比較>

 世界平和統一家庭連合の創設者である文鮮明師が説いた「統一原理」は、ユダヤ・キリスト教の伝統に根差した教えであり、宇宙の創造主である唯一なる神を説いている。その意味で家庭連合は紛れもない「一神教」であるということができる。『原理講論』にも、「神はあらゆる存在の創造主として、時間と空間を超越して、永遠に自存する絶対者である」と書かれている。

 統一原理では、神は唯一神でありながら「陽性と陰性の二性性相の中和的主体」でもあると説いている。ここでいう陽性とは男性的性質をさし、陰性とは女性的性質をさしている。すなわち、神はお一人でありながらも、男性と女性の両方の性質を内包しておられるということである。

 また統一原理は、従来のキリスト教と同じく天使の存在を認めている。堕落論においては、天使の創造とその使命について、「神は天使世界を他のどの被造物よりも先に創造された」「神は被造世界の創造と、その経綸のために、先に天使を使いとして創造された」と説明されている。基本的に天使は神の「僕(しもべ)」として創造され、神のみ旨のために活動する「仕える霊」であると理解されている。

 天照皇大神宮教で教えている神と統一原理の神は、男性と女性の二人の神が存在するとするか、唯一の神が男性と女性の属性を内包しているとするか、という表現の違いこそあれ、宇宙の絶対神であり創造主である神が男女両方の要素からなっていると説いている点では似ていると言えるであろう。天照皇大神宮教は日本人に分かりやすいように、「皇大神」と「天照大神」という神道的な名前でこれを表現したが、統一原理は聖書に出てくる創造主としてこれを表現した。ただし、神を「陽性と陰性の二性性相」であるとする統一原理の神学は、聖書そのものというよりは「易学」に代表される東洋哲学の用語によって表現されたものである。『原理講論』の中でも、陰陽を中心として存在界を観察した易学の妥当性を説いており、完全ではないにしても真理の一部分をとらえたものであると評価している。神の使いである天使の存在を認めている点でも、天照皇大神宮教の教えと統一原理は一致している。総合的に見れば、表現の違いこそあれ、この二つの宗教はかなり似通った神観を持っていると言ってよいであろう。

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