日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性07


4.日韓の国益とソフト・パワー

 本論考の初めに、ソフト・パワーの定義は「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力である」ことを確認した。パワーとは「自分が望む結果を生み出す能力」である以上、日本と韓国のソフト・パワーも、単に両国の商品や企業が相手国の人々を魅了していることを意味しているのではないはずである。それらを国家戦略に組み入れて、自分の望む結果を得られたときに、初めてパワーたり得るのである。そこでこれから、日韓両国の行使するソフト・パワーが自国の国益の追求に役立っているかどうかを評価したい。

 日本と韓国の間に外交的な懸案事項は多数あるが、最近の日韓関係を特に悪化させている問題は「徴用工訴訟問題」と「慰安婦問題」であるため、この問題に絞って両国の国益とは何であるかを整理してみたい。

 (ア)日本の国益

 この問題に関して日本の安倍首相が一貫して韓国側に要請しているのは、「国際法を守ってほしい」「国と国との約束を守ってほしい」ということである。この二つの発言の根拠となっているのは、1965年に日韓国交樹立が実現したときに締結された「日韓条約」の一部を構成する「請求権協定」(財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定)である。この協定では、第一条で日本の韓国に対する経済協力の金額(無償3億ドル、有償2億ドル)が示され、第二条では「両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が完全かつ最終的に解決されたこと」が確認されている。そして第三条では、「この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争は、まず、外交上の経路を通じて解決するものとする」と規定されている。(注62)したがって、1965年の時点で戦前に日本に動員された労働者の損害賠償に関する問題は、「完全かつ最終的に解決された」というのが日本政府の立場なのである。韓国政府は日韓請求権協定締結前の交渉において、徴用工の未払金及び補償金は国内措置として韓国側で支払うので日本側で支払う必要はないと主張していた。日本政府としては合わせて5億ドルの経済協力金を支払ったのだから、それを用いて個人補償を行うのは韓国政府の責任であると認識している。

 万が一、請求権の問題に関して両国間で紛争が生じた場合には、外交ルートを通じて解決すべきであり、仲裁委員会の設置、国際司法裁判所への提訴といった手順を踏まなければならないが、韓国政府はこうした手続きを無視して韓国国内の司法判断をそのまま実行しようとしているので、日本政府は日韓関係の「法的基盤を根本から覆すもの」だとして、これに強く反発しているのである。安倍晋三首相は「本件は1965年の日韓請求権協定で完全かつ最終的に解決している。今般の判決は国際法に照らしてあり得ない判断だ。日本政府としては毅然と対応する」と強調した。(注63)

 慰安婦問題に関しても、日本政府は1965年の日韓請求権協定で法的に解決済みとの立場であった。しかし、2011年8月30日、韓国の憲法裁判所が「韓国政府が慰安婦被害者の賠償請求権解決に努力していないことは違憲」との判決を下したことにより政治問題化した。慰安婦問題に関しては、日韓請求権協定の中には明確な記載がないこと、女性の人権問題ということで日本政府の立場に対する国際社会の理解が得られにくいこと、クマラスワミ報告やマクドゥーガル報告書によって国連人権委員会から批判され、旧日本軍の慰安婦制度を人身売買による性奴隷であるとしたアメリカ合衆国下院121号決議が可決されるなど、日本にとって不利な条件が積み重なったことに鑑みて、なんとか日韓請求権協定に矛盾しないような形で、(法的責任は回避しつつ)事実上日本政府が賠償するような解決策を見出そうと努力をした。その結果が、2015年12月28日の日韓外相会談でなされた慰安婦問題日韓合意であった。日本政府は韓国政府が設立する元慰安婦を支援するための財団(「和解・癒やし財団」)に10億円拠出することを約束し、両外相は「日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と表明した。(注64)

 これでこの問題にケリをつけたいので、日本側としてもぎりぎりの妥協をした、というのが安倍首相の本音であった。しかし、2016年10月24日に発覚した崔順実ゲート事件で朴槿恵大統領が弾劾されると、新たに当選した文在寅大統領は慰安婦合意に関して、「国民の大多数が心情的に合意を受け入れられないのが現実」と述べ、最終的にはこの合意では問題の解決がなされないとする大統領声明を出して、「和解・癒やし財団」を解散させてしまった。(注65)安倍首相の立場からすれば、「韓国は国と国との約束を守らない」と認識せざるを得ない結果となった。

 韓国側のこうした対応は、日本側から「ムービング・ゴールポスト」という言葉で批判されるようになった。これはサッカーになぞらえた比喩であり、片方が既に約束事や契約内容など、両者で決めたことを履行した後に、もう片方が自らに有利にするためにゴールを動かそうとする不公平さを表している。日本では、韓国側が約束・宣言・合意・条約を勝手に変更または無視して決定事項を履行せず、日本に追加要求をする状況を意味する言葉として使われるようになったのである。

 安倍首相は2015年8月14日に発表した戦後70年の内閣総理大臣談話の中で、韓国を含む「アジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み」、「痛切な反省と心からのお詫びの気持ち」を表明しつつも、一方で「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。」(注66)と語っている。戦後70年経ったいま、日本と韓国との関係は、まず謝罪することから始めなければならない異常な関係ではなく、世界の他の国々と同じような、「普通の関係」に変わっていかなければならないということである。これは、安倍首相が従来から主張している「戦後レジームからの脱却」の延長線上にある、今後の日韓関係のあり方であると言える。

 (イ)韓国の国益

 しかし、こうした安倍首相および日本政府の考え方は、韓国人には受け入れがたいものである。そもそも韓国では、日韓条約自体が国民の大多数に知らされることなく、独裁政権が勝手に日本と結んだものであると認識されている。国民の支持を得ていない大統領が結んだ過去の条約に、民主化が進んだ現在の大韓民国の国民がなぜ縛られる必要があるのかと考えるのである。韓国側からすれば、5億ドルの経済協力金は補償ではないから、日本は罪を償ったことにならない。被害にあった韓国人は個人として補償を受けていないから、日本は植民地支配に対して過去の清算をしていないことになるのである。そして日本の歴代首相が謝罪の言葉を述べてきたとしても、それは政治的発言に過ぎず、法的には罪を認めていないから謝ったことにならないのである。したがって、1965年の日韓条約をもってすべての問題が解決したとする日本側の主張は、到底受け入れることができない。

 そしてより根本的には、韓国側は1910年の日韓併合条約は、武力を背景に結ばれたので無効であると主張しているのに対して、日本側は日韓併合条約は国際法上有効であり、合法的に結ばれたと主張している。日韓基本条約においてはこの問題は曖昧にされ、双方が都合よく解釈できる文言で合意するという「玉虫色の決着」となった。このような問題をこれまで曖昧にしてきたことも、文在寅大統領の言う「積弊」の一つであり、その清算を使命とする文在寅政権は、この問題で妥協することはできないのである。

 文在寅は2012年の大統領選挙に立候補した際には、選挙戦を通じて「親日清算をしたい」という表現を使用している。また同選挙戦中に、①独島挑発に決して妥協しない、②慰安婦問題について日本政府に法的責任を問う、③「戦犯企業入札制限指針」を強化する、④日本の教科書歪曲を是正する、⑤日帝が略奪していった文化財を必ず返還させる」などから成る「対日五大歴史懸案」を掲げている。2012年の光復節には、文在寅はソウルの在韓日本大使館前で開催された「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」の主催する集会にも顔を出し、「慰安婦問題で日本政府に必ず法的責任を問う」と訴えている。(注67)文在寅大統領が現在行っていることは、大統領になる以前から彼が持っていたこうした信念の実践であるため、彼自身の意思によってそれを放棄するとは考えられない。しかし、これらは日韓条約の法的基盤を破壊することになるので、日本政府としては受け入れることができない。

 朴槿恵前大統領は2013年に行った3・1記念日の演説の中で、「加害者と被害者という歴史的立場は千年の歴史が流れても変わらない」(注68)と発言した。これは戦後70年を経て過去にケリをつけ、韓国と「普通の関係」になるべきだという安倍首相の考えと大きく乖離しているが、「積弊の清算」を自らの使命とする文在寅大統領も、朴前大統領と同様の発想をしていると思われる。韓国と日本の関係は被害者と加害者の関係であり、韓国は日本に対して絶対的な道徳的優位性を持っているため、日本は韓国の要求を呑むのが当然であると考えているのである。安倍首相は、まさにそういう関係を「リセット」したいと思っているのであるから、日韓両国の国益は正面からぶつかることになる。

(注62)https://ja.wikipedia.org/wiki/財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定
(注63)Wikipedia、同サイト
(注64)https://ja.wikipedia.org/wiki/慰安婦問題日韓合意
(注65)Wikipedia、同サイト
(注66)首相官邸ウェブサイト、平成27年8月14日、内閣総理大臣談話(https://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html)
(注67)https://ja.wikipedia.org/wiki/文在寅#対日姿勢
(注68)https://ja.wikipedia.org/wiki/朴槿恵#発言

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性06


3.韓国のソフト・パワーと日本に対する影響力

 (ア)韓国のソフト・パワー(前回からの続き)

 朝鮮通信使が日本の各地で人気を博したことが江戸時代の韓流ブームであったとすれば、現代の韓流ブームは2003年~2004年に韓国ドラマ「冬のソナタ」が日本で放送され、「冬ソナ現象」と呼ばれるほどの大ブームを巻き起こしたことがきっかけであると言われている。さらに2004年~2005年には「宮廷女官チャングムの誓い」が大ブレイクし、この二つのドラマを通して日本における韓国ドラマへの関心が一気に高まった。(注50)

 この韓流ブームは、韓国における日本文化の開放が「トリガー(きっかけ)」となって起きたという議論がある。韓国では戦後長年にわたって日本の映画・音楽・漫画・アニメなどの大衆文化が規制されてきたが、金大中政権下で1998年に日本文化が開放されるようになった。その一方で、金大中大統領は1999年に「文化産業振興基本法」を制定し、これに基づき「韓国文化コンテンツ振興院」を設立し、文化産業の育成と輸出振興のための助成を行うことにした。これは韓国の国策として強力に推進され、「文化産業基金」の額は2000年には2329億ウォン(230億円)に達した。その結果、入超であった放送番組は輸出が輸入を上回り、アジア各国で「韓流ブーム」を巻き起こすことに繋がったというのである。(注51)

 金大中大統領は1998年の光復節の記念演説で、「グローバル化の中で、競争力のある市場体制を構築して行くためには、文化産業を導いていく人材養成のための文化産業のインフラ構築にも力を入れる必要がある。それと同時に今後韓国は、独善的民族主義の様な閉鎖的思考から脱し、普遍的世界主義に進む新しい価値観を持つべきである。世界と共に競争・協力しながら、国際交流を促進し、世界と一緒に繁栄して行くことが望ましい」(注52)と述べ、文化交流と文化産業育成の重要性を強調している。韓流ブームが世界に広がった背景には、日本文化の開放に踏み切った金大中大統領の思想があったのである。

 (イ)韓国のソフト・パワーの日本に対する影響力

 それでは韓国のソフト・パワーはどの程度日本人の意識を変えたのであろうか? もともと日本人の中には韓国に対する差別意識があった。第二次大戦が終了するまで日本が朝鮮半島を支配していたことから、日本人は在日韓国人を「第三国人」(注53)と呼んで差別した。戦後の日本人の韓国に対するイメージは開発の遅れた貧しい国というものであり、魅力を感じるような対象ではなかった。事実、1960年代前半までは韓国は世界の最貧国の一つであった。朴正煕大統領の時代には「漢河の奇跡」と呼ばれる経済復興を成し遂げたが、一般的な日本人が韓国に対して抱くイメージは「軍事独裁国家」であった。1979年に朴正煕大統領が暗殺され、全斗煥大統領が実権を握った時代も、韓国は戒厳令が発せられるような軍事独裁国家として日本人に認識されていた。光州事件や金大中拉致事件などは、韓国が恐ろしい国であるというイメージを日本に与えた。

 このように日本の側から見れば、韓国は隣国であるとはいえ、とうてい親近感を抱く相手ではなかった。一例を挙げれば、独裁政権下であっても韓国では優れた芸術映画が作られており、著名な国際映画祭で受賞した作品も少なくない。だが、このような映画は日本ではごく一部のミニシアターで上映されたに過ぎず、商業ベースではまったく無視された。独裁国家の映画など,多くの日本人にとって興味の対象ではないからだ。(注54)戦後ながらく、韓国が日本に行使し得るソフト・パワーは、ほとんどなかったと言っても過言ではない。

 日本人の韓国に対するイメージが変化するきっかけとなった出来事としては、1988年のソウル・オリンピックの成功がある。オリンピックの前年である1987年に「民主化宣言」が発表され、16年ぶりに韓国の大統領が国民による直接選挙で選ばれたことも、日本における韓国のイメージをアップさせることにつながった。この時期になった初めて、日本人は韓国を自由、民主主義、市場経済、基本的人権といった価値観を共有する国であると認識するに至ったのであり、このことが日韓文化交流の礎となったと思われる。(注55)

 『朝日新聞』と『東亜日報』が行った日韓両国民の相手国に対する意識に関する共同世論 調査によれば、日本人の韓国に対する好感度は1999年頃を境に上昇している。これは1998年10月8日の金大中大統領と小渕首相による「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ共同宣言」により日本文化が開放されるなど、新たな交流関係が構築されたことが原因と考えられる。(注56)2002年にサッカー・ワールドカップを日韓共同開催したことも、両国国民の心理的距離を大きく近づける契機となった。2003年4月からは、NHK-BS2の海外ドラマ枠で『冬のソナタ』が放送され、2004~2005年には『宮廷女官チャングムの誓い』が大ブレイクし、本格的な「韓流ブーム」が到来した。「冬ソナ」で韓流ブームに火をつけたのは日本の中高年女性たちであったが、いまや「韓流」は年代や性別を問わず広く日本に受け入れられている。日本においてこれほど熱狂的に韓国文化が受け入れられたことは、韓国人の方が逆に驚いているくらいである。

 徐賢燮は、日韓大衆文化交流の進展によって両国間の心理的な距離は確実に縮まったと主張している。2011年に日本の内閣府が行った外交に関する世論調査で、中国に「親しみを感じる」と答えた者の割合は26.3%にすぎなかったが、韓国に対しては62.2%が「親しみを感じる」という結果だった。このような反応は、両国間の文化交流の進展がもたらした結果であるというのである。(注57)

 このように「韓流」は広く拡散したが、その一方で成功に対するリアクションとしての「反韓」「嫌韓」意識の顕在化という新たな問題を引き起こすことになった。『マンガ嫌韓流』は、日韓問題(竹島、韓国併合、歴史教科書問題等々)について、韓国側の主張を批判する観点から描かれた作品であるが、インターネット書籍販売最大手のAmazon.co.jpにてランキング第一位となった。2015年(平成27年)4月現在のシリーズ公称総発行部数は100万部を突破したとされる。(注58)ただし、こうした「嫌韓」の言説は「ネット右翼」と呼ばれる一部の特殊な若者たちが主導しているもので、その「ヘイト・スピーチ」に対する批判が高まるなど、一般的な日本人の意識とは乖離しているという指摘もある。

 世論調査が示す日本人の韓国に対する意識は、「どちらでもない」が6~7割を占め、明確に好き嫌いを表明する者が少ないことが特徴である。大多数の日本人は中立的であり、そもそも関心が薄いのである。韓国が「嫌い」と答える数値は変わらず20%程度の横ばいで推移しており、両国間の政治的対立が先鋭化しても、それに大きく反応しないのが特徴であるという。(注59)しかし、これは2015年までの分析であり、最近の日本人についても同じことが言えるかどうかは疑問である。

 鄭榮蘭は、2012年8月の李明博大統領による竹島(独島)上陸に代表されるような政治的対立によって一時的な影響は出るものの、その後数値が急回復していることから見ても、文化交流が両国民の相互理解と信頼度を向上させる効果はあると分析している。要するに、日韓の大衆文化交流は政治的課題とは切り離されて進んでいるのあり、それは両国の関係が少しずつ成熟していることの証左であり、未来志向の新たな関係構築につながっていると結論しているのである。(注60)

 このことは、若い世代においては特に顕著である。戦後最悪の日韓関係と言われる中、いまでも大阪の生野と東京の新大久保にあるコリアタウンは連日10代から20代の女性を中心に賑わっている。これを下支えしているのはK-POPファンで、いまはBTSに代表される「第3次韓流ブーム」だという。ヨン様が第1次、少女時代やKARAが第2次、そしていまはBTSなどのダンスミュージックが主流で、そのファン層は若い女性が多い。基本的に政治に無関心な彼女たちは、日韓関係がどんなに政治的にギクシャクしても自分たちには関係ないというスタンスを貫いているのである。(注61)

(注50)鄭榮蘭、前掲論文、P.95
(注51)同論文、P.86-89
(注52)大統領秘書室. 1999.『金大中大統領演説文集』第1巻(1998.2~1999.1):427-430.
(注53)https://ja.wikipedia.org/wiki/第三国人
(注54)徐賢燮、前掲論文、p.250
(注55)同論文、p.250
(注56)鄭榮蘭、前掲論文、P.94
(注57)徐賢燮、前掲論文、p.250
(注58)https://ja.wikipedia.org/wiki/マンガ_嫌韓流
(注59)鄭榮蘭、前掲論文、p.93
(注60)同論文、p.98-99
(注61)まいどなニュース 2019/10/05 20:30「東西コリアタウンの今…戦後最悪と称される日韓関係の影響は?」(https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/東西コリアタウンの今…戦後最悪と称される日韓関係の影響は%EF%BC%9F/ar-AAIjBFQ?ocid=spartandhp#page=2)

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性05


2.日本のソフト・パワーと韓国に対する影響力

 (イ)日本のソフト・パワーの韓国に対する影響力(前回からの続き)

 日本における「韓流ブーム」は有名であり、それを知らない韓国人はいないと思われるが、徐賢燮は日本文化の解放によって韓国にも「日流」と呼ばれる静かな現象が起こっていると論じている。それは韓国人が日本のアニメやドラマ、小説等を愛好し、日本の製品や文化が浸透定着することであるが、これは韓国人の生活にごく自然に溶け込んでいるため、わざわざ「日流」と呼んでブームと認識する必要もないほどだという。これによって、両国の市民レベルの心理的距離は相当に縮まっており、いまでは「日韓の政治・外交が緊張したとしても、文化・人的交流もたちまち連動して冷え込むという構造ではなくなっている」(注42)と徐賢燮は論じるが、彼の論文は2012年に書かれたものであり、現在の状況を見ても彼が同じ主張を繰り返すかどうかに関しては疑問が残る。

 それではこうした日本のソフト・パワーの影響力は、日韓の政治的対立の影響を受けてもなお有効であると言えるのであろうか? このことに関する包括的な研究の一つに、朝鮮文化研究所の招聘研究員である鄭榮蘭が発表した査読付き研究ノート「政治的対立と文化交流による日韓相互認識の変遷-日韓の文化受容(韓流・日流)が国民意識の変化に与える影響-」(注43)がある。彼は、日本の『朝日新聞』と韓国の『東亜日報』が行った世論調査をもとに、韓国人の日本に対する好感度を1995年から2015まで長期間にわたってグラフで示して分析している。

 鄭榮蘭によれば、韓国人の日本認識は静態的なものではなく、日韓間の葛藤、韓国内の葛藤といったものがすべてインプットされ、政治状況など様々な要因を背景として決まるという。ポジティブなものとしては、日本における韓流ブーム、サッカー・ワールドカップ日韓共同開催が、ネガティブなものとしては、歴史教科書問題、靖国神社参拝問題、李明博大統領による竹島(独島)上陸などが好感度に影響を与えて、上がったり下がったりを繰り返してきたと見ることができる。一般的な傾向として日本人は「どちらでもない」が6割から7割を占め、明確に好き嫌いの意見を持つ者は少数であるのに対して、韓国人は好き嫌いを明確に判断する意見が多いのが特徴であるという。(注44)

 鄭榮蘭の研究ノートは韓国における日本文化の開放が日韓関係を好転させたというような楽観的な断定を避けており、地道な文化交流によって相互理解が進んだとしても、深刻な政治対立が起これば感情は一挙に悪化することを認めている。にもかかわらず、開放による日本文化の流入は、文化の吸収力が高い若年層から確実に影響を与えており、両国民の間に相互理解と隣人としての対等で自然な関係を構築する効果をもたらしたという、楽観的なトーンで結論が締めくくられている。(注45)この結論は、未来志向の日韓関係を支持する思想から来るものであると思われる。

3.韓国のソフト・パワーと日本に対する影響力

 (ア)韓国のソフト・パワー

 韓国のソフト・パワーは「韓流」という言葉によって集約されるが、その構成要素は多様である。まず、冬のソナタやチャングムの誓いを端緒とするドラマ、シュリ、JSA、猟奇的彼女を初めとする映画、BoA、少女時代、カラなどの歌手といった文化コンテンツが日本、中国、フィリピン、ベトナムで人気を博し、ヨーロッパや南米にまで影響を及ぼした。韓流の文化コンテンツは韓国商品の輸出増進と韓国に対するイメージ上昇につながって韓国のソフト・パワーを形成するのに大きく役立っている。次に「経済韓流」があり、東南アジア、中東、中南米などで10~20代の若者たちを中心に化粧品、アクセサリー、女性衣類、携帯電話、電子機器、嗜好品(お菓子、ラーメン、キャンディ)に広がっている。サムソン電子やLG電子などの韓国企業は、世界的にブランド力を高めている。(注46)

 しかし現代の「韓流」に入る前に、近代以前の日韓関係において、ソフト・パワーが機能した事例として、「朝鮮通信使」に触れておきたい。もちろん、その時代にソフト・パワーという概念が存在したわけではないが、文化の力によって相手を感化し、それを外交に活用しようという試み自体は、この言葉が生まれる以前からあったのである。

 過去の歴史において、日本と朝鮮の関係を非常に悪化させた事件の一つが、豊臣秀吉の朝鮮出兵(壬辰倭乱)であった。これによって一時期両国は国交断絶状態になったが、それを回復させる役割を果たしたのが朝鮮通信使である。通信使自体は室町時代に始まったものだが、秀吉の朝鮮出兵によって中断されていた。それが徳川の時代になって再開され、200年間に合計で12回も派遣されている。江戸幕府は西洋諸国に対しては国を閉ざしていたが、朝鮮とは国書を交換し、正式な国交を結んでいたのである。(注47)

 通信使に対して日本が行使したソフト・パワーは「おもてなし」であった。通信使を迎えるために幕府が使った費用は、18世紀の初めごろで約100万両だった。当時の幕府の年間予算が78万両であるから、それを超える莫大な費用をかけて朝鮮のお客様を迎えたことになる。そればかりでなく、幕府は通信使の経路にあたる各藩に対してリレー形式で接待役を命じ、各藩は威信をかけて地元の名産品でもてなしたのである。(注48)

 朝鮮通信使には、詩文や書を書く人、絵を描く人、音楽を奏でる人、医者などが同行しており、一種の文化使節としての役割を果たしていた。外国との接触が限られていた当時の日本人にとっては物珍しく、行く先々で多くの人々が詩や書画を求めて集まったという記録が残っている。このようにお客様をもてなし、その返礼として文化を受容するという関係を継続することを通して、日本と朝鮮は200年間にわたる平和な時代を築いたのである。

 それでは、朝鮮側にとってこの通信使はどのような意味があったのであろうか? 2009年12月27日に放送されたNHKのETV特集シリーズ「日本と朝鮮半島2千年」の第9回「朝鮮通信使・和解のために」は、朝鮮通信使の実情を日韓両国の最新の研究をもとに明らかにしている。この番組の中で梨花女子大学校のイ・ヘスン名誉教授は、「朝鮮通信使に加わった我が国の文士たちは、戦争をおこした日本人たちの侵略性を文化的教養によって変え、再び戦争を起こさせないようにするという大きな狙いを持っていたと思います。日本に行って、日本の人々が欲しいと願う詩をたびたび贈り、文化的な現象をおこし、それによって日本人の武力崇拝的な気質を緩和させることができると考えたのです。そうやって平和を維持しようと考えたと思います。」(注49)と語っている。

 李氏朝鮮においては、文官と武官を合わせて「両班」と呼び、武官は文官の下に位置づけられていた。李氏朝鮮で国家の官僚になるには、科挙制度の下で試験を受けなければならず、国家の運営に関わる人は学問を治めなければならないという思想が徹底していた。一方で日本は武士階級が国家を運営する「武の国」であり、科挙制度はなかった。したがって儒教の知識においては朝鮮の官僚の方がはるかに高い教養を持っていたのである。儒教の知識を伝授し、詩を作って贈るというのは、朝鮮の行使し得るソフト・パワーであった。朝鮮の側から見れば、日本は武官が統治する野蛮な国であり、朝鮮が文化を伝授することによってその侵略性を緩和する必要があった。その意味において朝鮮通信使は、朝鮮の安全保障にとって必要なソフト・パワーとして位置づけられていたという解釈が可能なのである。

(注42)徐賢燮、前掲論文、p.249
(注43)https://www.waseda.jp/inst/cro/assets/uploads/2017/04/d8563f54a86be1222c9890a4ab0e5e48.pdf
(注44)鄭榮蘭「政治的対立と文化交流による日韓相互認識の変遷-日韓の文化受容(韓流・日流)が国民意識の変化に与える影響-」、p.93-98
(注45)同論文、p.98-100
(注46)林守澤「韓国ソフトパワーグローバル展開と韓日企業連携」(AIBSジャーナル No.6)
(注47)日韓共通歴史教材制作チーム (編)『日韓共通歴史教材 朝鮮通信使』(明石書店、2005年)、pp.50-69
(注48)同書、p.102
(注49)NHKのETV特集シリーズ「日本と朝鮮半島2千年」の第9回「朝鮮通信使・和解のために」の映像より。

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性04


2.日本のソフト・パワーと韓国に対する影響力

 (イ)日本のソフト・パワーの韓国に対する影響力

 これまで日本のソフト・パワー一般について論じてきたので、それが韓国にどのように影響を与え、日韓関係にどのような影響を与えるかに的を絞った議論をこれから行うことにする。結論から言えば、韓国という国は日本がソフト・パワーを行使して影響力を与えるのが極めて困難な国である。ソフト・パワーが機能するためには価値観の「共通性」ないし「受容可能性」が必要であり、相手の心理状態への依存が高い。(注30)日本と韓国の関係で問題となるのは、「共通性」の方よりもむしろ「受容可能性」と相手の心理状態である。すなわち、韓国人は日本文化を拒否しようという心理を極めて強く持った国民であるということだ。これは1910年から1945年まで続いた日本による植民地支配が原因である。

 韓国は日本が韓国併合により自国から①主権、②国王、③人命、④国語、⑤姓氏(創氏改名)、⑥土地(土地調査事業)、⑦資源――の七つを奪ったと主張しているが、このうち②と④と⑤は韓国の文化に深く関わるものである。韓国の国王ではなく日本の天皇に忠誠を誓い、日本語を使い、日本人の名前を名乗るということは、韓国人としてのアイデンティティーを捨てて日本人になることに他ならない。日本は皇民化政策によって、韓国人に対して日本への同化教育を徹底して行ったため、35年の間に韓国人の「日本人化」は相当程度に進んだと考えらえれる。そこに突然、1945年の「光復」がやってきた。新しく建てられた祖国の国民となった彼らは、失われた民族の自尊心を取り戻すために、敢えて自分の中にある日本的なものを否定して、「真の韓国人」になる必要があった。日本人の支配下にあった自らの過去を清算するためには、一度は日本の文化を否定する必要があったのである。そこから「反日」という思想が生まれ、これは「反共」と並んで李承晩政権の政策の二本柱の一つとなった。(注31)

 文在寅大統領は「積弊清算」を国政運営の中心に据えているが、この概念には保守政権時代に積もり積もった悪弊だけでなく、日帝時代からいまに至るまで引きずっている「親日勢力」を清算することも含まれている。(注32)日本語における「新韓派」は単に韓国に対して親近感を持っている人々の呼称に過ぎないが、韓国語における「親日派」は日本の大衆文化を好む人々のことを指すのではなく、日帝時代に植民地支配に順応して出世した者に対する非難を込めて使用される言葉となっている。「親日派=売国奴、悪人」という図式が定着しているため、「親日派」を自称する韓国人はおらず、そうしたレッテルを張られることを恐れたり、政敵を貶めるための武器として使われたりする言葉になっているのである。「反日」以外に日本に対する態度を表現する言葉として許容されるのは、「克日(日本に打ち勝つ)」、「知日(日本を知っている)」、「用日(日本を利用する)」といった表現しかない。こうした政治的なスタンスを離れて、日本の漫画やアニメが好きで、和食や日本のビールを好む韓国人のことをなんと呼ぶのかと聞かれれば、それに該当する言葉は存在しないであろう。こうした言語空間において日本文化が市民権を得て浸透していくのは、極めて困難であると言える。

 こうした心理状態に加えて、もう一つの日本文化浸透の障壁としてあったのが、韓国における日本文化の流入制限である。長く日本の植民地とされた韓国は、独立後は映画・音楽・漫画等いわゆる日本大衆文化を規制してきた。やがて反日から克日へ政府の姿勢の転換、日韓国交正常化による経済関係の進展、実際には国内に流通して人気の日本の漫画や音楽等、日本大衆文化解禁の気運は次第に高まったが、開放が実現したのは1998年のことであり、金大中政権においてである。(注33)以来2004年の第4次開放まで段階的に実施されたが、いまだに完全開放には至っておらず、日本のテレビドラマは地上波での放映が禁じられているうえに、日本語歌詞の報道規制が存在している。(注34)こうした状況下において日本が韓国に対してソフト・パワーを行使するということは「文化的帝国主義」「文化的侵略」であると受け取られる可能性が大きい。

 しかしながら、徐賢燮によれば金大中政権の日本文化開放政策は長い目で見れば成功であり、日本の大衆文化が開放されたことによって日韓の文化の相互流入が増え、これが後に日本における「韓流」ブームにつながったという。この意味で金大中は「韓流」の生みの親とも言えるとまで評価しているのである。(注35)徐賢燮は積極的な日本文化開放論者であり、金泳三政権下で日本文化の開放をめぐる論争が盛んに行われていた最中に、韓国のテレビ局の元東京特派員の著作『日本はない』(著者の特派員時代の経験を基に日本を否定的にとらえ、「日本から学ぶべきものなど何もない」と主張している)に対抗して、『日本はある』と題する本を出版している。30万部売れたとされる『日本はある』が言っているのは、『日本はない』の主張は「木を見て森を見ず」と言うべき極論にすぎず、日本の粗探しをして溜飲を下げるのではなく、普遍的、客観的、相対的に日本を見る姿勢が必要だというものだ。こうした内容の本がベストセラーになったことから、徐賢燮は韓国人の思考が成熟してきたことを感じたという。(注36)

 金泳三時代に萌芽を見せていた日本大衆文化の解放が政策として実行されたのは金大中政権においてであった。金大中は、当初から「我々の祖先が日本に文化を伝え,近代以降は日本から受け取った。行ったり来たりするのが文化ではないか。日本の文化商品が流入しても、その間に学んで次はこちらが売り出せば良い」(注37)と主張して文化的鎖国主義に反対の姿勢を表明しており,日本大衆文化の解禁にも意欲を見せていた。それを明確に表現したのが、1998年10月8日に東京で発表された「21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップ」と銘打った(金大中大統領と小渕恵三首相の合意に基づく)「日韓共同宣言」であった。(注38)こうして実現した政府の日本大衆文化の段階的開放措置に対して、韓国の若者たちは概ね賛成の姿勢を見せた。
「1999年9月、第2次開放の直後に行われた調査によると、賛成とやや賛成が合わせて49.7%と約半数が好意的な反応であり、どちらとも言えないと答えた者が29%、やや反対と絶対反対が20.2%であった。これらの声に後押しされるかたちで、2000年6月には第3次日本大衆文化開放が実施された。第3次開放後の世論調査では、大いに賛成17.3%、やや賛成34.1%で、前回と同じく約半数が開放に賛同していた。どちらとも言えないが34.1%とやや増えた半面、やや反対は10.3%、絶対反対は3.6%で、反対意見は合わせて15%弱と1999 年調査の反対20%より減少した。段階的な開放措置とともに,若者たちが日本大衆文化の開放に好意的な態度へと変化してきたことを示すものと言える。」(注39)

 1999年11月に韓国で上映された岩井俊二監督の「ラブレター」は大ヒットとなり、観客動員数は140万人を記録して日本国内の動員数を上回るほどであった。この映画の中で中山美穂演じるヒロインが口にする印象的なセリフ「お元気ですか?」は、当時の韓国の若者たちの流行語となったという。(注40)韓国における日本文化の受容における一つの特徴が、世代間の格差である。一般的に、若い世代ほど日本文化を抵抗なく受け入れる傾向があり、日本ドラマのファンの大部分は10代から30代の若者であることから、韓国における日本文化浸透の未来は明るいとされる。(注41)

(注30)倉田保雄、前掲論文、p.122
(注31)黒田勝弘『韓国 反日感情の正体』(角川学芸出版、2013年)p.116-7
(注32)2016年12月9日に朴槿恵が国会に弾劾訴追されたあと、12月22日の野党候補らによる討論会では「弾劾以降の課題」について、「親日と独裁が受け継がれ、常に韓国社会の主流になりすましてきた偽保守の時代をもう終わらせなければならない」とし、各分野における「積弊の清算」を強調した。
(注33)徐賢燮『韓国における日本文化の流入制限と開放』(長崎県立大学国際情報学部研究紀要、第13号、2012年)、p.241(http://reposit.sun.ac.jp/dspace/bitstream/10561/943/1/v13p241_seo.pdf)
(注34)2014年、K-POPガールズグループ『CRAYON POP』の新曲の歌詞に「日本語的な表現がある」として、KBSから「放送不適合」と判定された。
(注35)徐賢燮、前掲論文、p.241
(注36)同論文、p.245
(注37)「朝日新聞」2005 年5月24日
(注38)徐賢燮、前掲論文、p.247
(注39)同論文、p.247
(注40)同論文、p.247-8
(注41)同論文、p.249

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性03


2.日本のソフト・パワーと韓国に対する影響力

 (ア)日本のソフト・パワー

 ナイは、日本は他のアジアのいかなる国よりも多くの潜在的ソフト・パワーの源泉を持っていると評価している。日本は非西洋諸国の中で最初に所得と技術において西洋と対等な水準にまで完全な近代化を成し遂げると同時に、独自の文化を維持することが可能であることを示した国であるというのである。日本が世界に誇ることのできる文化的資源として、ナイは以下のものを列挙している。①特許件数で世界一、②GDPに対する研究開発費の比率で3位、③国際航空旅客数で3位、④書籍と音楽ソフトの市場規模が2位、⑤インターネット・ホスト数で2位、⑥ハイテク輸出額で2位、⑦政府開発援助で1位(注16)、⑧平均寿命で1位。(注17)ナイはこの他にも、トヨタ、ホンダ、ソニーなどの企業とその経営手法、大衆音楽や家電製品、テレビゲーム、ポケモン、黒澤明、小澤征爾などが日本文化の魅力の源泉となっていると指摘する。(注18)

 次に、ナイ教授が挙げる三つ(文化、価値観、外交政策)のソフト・パワーの源泉に従い、日本のソフト・パワーの強度について概観することにする。

 海外における日本の好感度は高い。世論調査の結果を見ても常に上位を占めている。2006年にBBC 放送と米国メリーランド大学が共同で実施した調査で、日本は世界に「好影響を与えている国」のトップになった。(注19)また、アメリカの「フューチャーブランド」が毎年発表している国別のブランド評価ランキングの2014-15年度の指数において、日本が初めて1位に選ばれた。この調査は、頻繁に海外旅行をする17か国の旅行者2,530名の意見を収集して算出されたもので、日本は6位、4位、3位と徐々に順位を上げ、10回目の調査で1位に輝いたことになる。(注20)その他の国家ブランド指数でも、日本は世界のトップ10に入る高い評価を受けている。(注21)

 こうした日本の人気について島田晴雄内閣府特命顧問は、「日本が好感されている背景には、世界に浸透するすぐれた工業製品、寿司などの健康的な日本食や簡素で美的な生活文化、経済援助、そして侵略をしない平和国家、などの理由がありそうだ」と分析している。(注22)

 日本の参議院憲法審査会事務局の倉田保雄がまとめた『ソフト・パワーの活用とその課題~理論、我が国の源泉の状況を踏まえて~』(注23)と題する論文では、日本の文化についてはその特異性が指摘されることもあるが、これは日本のソフト・パワーのマイナス要因ではなく、むしろ日本固有の文化が諸外国を引き付けてきた側面があると分析している。(注24)日本の大衆文化をめぐるキー・ワードの一つは、「クール」である。
「内閣総理大臣が主催した『文化外交の推進に関する懇談会』の報告書である『「文化交流の平和国家」日本の創造を』(平成17 年7月11 日)は、『「クール」とは「かっこいい」という意味である。日本のマンガ、アニメ、ゲーム、音楽、映画、ドラマといったポップカルチャーや現代アート、文学作品、舞台芸術等は「ジャパン・クール」と呼ばれ、世界の若者世代の人気を博している。』としている(7頁)。」(注25)

 こうした日本のポップカルチャーの人気を政府が最大限に利用した場面が、2016年8月21日のリオデジャネイロオリンピック閉会式での、東京への五輪旗授受のセレモニーであった。このとき、安倍晋三首相が任天堂のゲームキャラクター「スーパーマリオ」になって登場するというサプライズが会場を沸かせ、さらに映像に登場した「キャプテン翼」「ドラえもん」「ハローキティ」などの人気キャラクターが、日本ならではのソフト・パワーを印象付けたのである。この奇抜な演出は日本国内では批判も浴びたが、海外の反応は概ね良好であったという。
「閉会セレモニーの最も大きな喝采は、安倍首相がマリオになって登場した時におくられた。2020東京は日本のポップカルチャーのアイコンたちをフルに恥ずかしげもなく活用したものになるだろう。」(英BBC)。
「観客が驚きの声を上げるのと同時に、インターネットも興奮に陥った。ツィッターはマリオが首相だとわかると、熱狂の渦に包まれ、『日本の首相は史上最高の登場を遂げた』などといった声にあふれた。」(英Daily Mail)
「スーパーマリオが閉会式の主役を奪う。マラカナ競技場は安倍首相がコスチュームを脱ぎ、登場した瞬間に喝采と拍手が沸き起こった。」(米NBC)
「首相はマリオになり、ショーの主役を奪った」(米CNN) (注26)

 東京オリンピックの宣伝は、特定の二国間関係の国益をかけた政策ではなく、世界の国々に対して広く日本の魅力を伝えることが目的であるため、ソフト・パワーを活用しやすく、日本の人気キャラクターが活躍できる場面だったと言えるだろう。

 世界平和研究所と参議院憲法審査会がまとめた前述の二つの報告書は、日本はこうした文化的な資源に加えて、価値観と外交政策においても十分なソフト・パワーの源泉を有していると論じている。その具体的な内容は、①日本国憲法の基本理念である国民主権、議会主義、自由主義、国際協和、平和主義、②政府開発援助(ODA)、③アフリカ開発会議(TICAD)、④国連PKOに代表される国際社会の平和と安全に対する取り組み、(注27)⑤経済協力の実施と成功モデル、⑥軽武装と専守防衛政策による平和国家としての実績、⑦環境問題に対する積極的取り組み、⑧ASEANやARFへの貢献をはじめとする地域秩序構築への積極姿勢(注28)――などとなっている。しかし、上記二つの報告書はいずれも、こうした日本の価値観と外交政策を海外に積極的に発信していく「パブリック・ディプロマシー」に関しては、日本政府の取り組みは不十分であり、大いに改善の余地があるとしている。

 要するに、日本は世界に通用する素晴らしい価値観や政策を持っていながら、宣伝が下手なためにそれが世界に浸透していないという認識をしているのである。とりわけ、日本の隣国である韓国や中国においては、日本は人権を尊重する民主的で平和主義の国であるというイメージは浸透しておらず、むしろ戦前の軍国主義や侵略国家のイメージを引きずっていると言えるだろう。

 この事実に関連して、日本外交のマイナス面としてナイが真っ先に挙げている点が歴史問題である。これは日本が戦後処理を行っていないとか、反省が不十分であるといった歴史にかかわる負のイメージである。日本は「歴史を清算しきれていない」という主張は、とりわけ日本から植民地支配を受けた韓国と、日本と戦争をした中国において根強く、それは戦後70年を経た現在に至っても弱まるどころかむしろ強化される傾向にある。一方で、移民受入れに消極的であることや、農業の自由化問題、捕鯨問題、海外における軍事面での貢献が足りないといった指摘は、むしろ西洋諸国からの批判であることが多い。(注29)

(注16)日本のODA実績は2000年まで世界一であったが、2001年に米国に抜かれ2位になった。その後は、米国が支出を大幅に増やし日本は削減傾向にあるため差が大きく開いた。2018年の日本のODA実績は、米国、ドイツ、英国に次いで4位である。
(注17)ナイ、前掲書、p.139
(注18)同書、p.139-140
(注19)財団法人世界平和研究所の平和研レポート(主任研究員 星山隆)『日本外交とパブリック・ディプロマシー―ソフトパワーの活用と対外発信の強化に向けて―』(http://www.iips.org/research/data/bp334j.pdf)、p.16
(注20)FutureBrand,”Country Brand Index 2014-15″(https://www.futurebrand.com/uploads/Country-Brand-Index-2014-15.pdf)
(注21)アンホルトGfKローパー国家ブランド指数では2017年に4位、モノクル・ソフト・パワー調査では2012年に6位である。(https://ja.wikipedia.org/wiki/国家ブランド指数)
(注22)財団法人世界平和研究所、前掲レポート、p.16
(注23)倉田保雄『ソフト・パワーの活用とその課題~理論、我が国の源泉の状況を踏まえて~』、立法と調査 2011.9 No.320(参議院事務局企画調整室編集・発行)(https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20110905119.pdf)
(注24)同論文、p.126
(注25)同論文、p.127
(注26)東洋経済ONLINE「安倍首相のマリオ姿を世界はどう報じたのか:海外メディア、ネットの反応は?」(https://toyokeizai.net/articles/-/132735)
(注27)倉田保雄、前掲論文、p.128-131
(注28)財団法人世界平和研究所、前掲レポート、p.18-19
(注29)同論文、p.19

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性02


1.ソフト・パワーとは何か?

 ジョセフ・ナイは、ソフト・パワーを「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力である。」と定義している。(注9)アメリカの魅力を象徴するものとしては、コカ・コーラ、ハリウッド、ブルー・ジーンズ、ハーバード大学、マイクロソフトなどがあるが、パワーとは「自分が望む結果を生み出す能力」(注10)である以上、ソフト・パワーも単にこれらアメリカの商品や企業が他国の人々を魅了していることを意味しているのではない。それらを国家戦略に組み入れて、自分の望む結果を得られたときに、初めてパワーたり得るのである。

 ナイは、アメリカがソフト・パワーをもたらしうる源泉を多数持っていることを強調し、その具体的内容として以下のような要素を列挙している。①経済規模、②大企業の数、③トップ・ブランドの数、④上位のビジネススクールの数、⑤外国からの移住者数、⑥映画とテレビ番組の輸出額、⑦アメリカの大学で学ぶ留学生の数、⑧アメリカの教育機関に在籍する外国人の研究者の数、⑨書籍出版点数、⑩音楽ソフトの市場規模、⑪インターネット・ホスト数、⑫ノーベル物理学賞、化学賞、経済学賞の受賞者数、⑬専門誌に発表された科学論文数。(注11)これらの分野においてアメリカは世界一であり、それはアメリカが軍事力だけでなく文化力においても世界において圧倒的な優位を占めていることを示している。要するにアメリカは世界中の人々を魅了し、憧れの対象となるような文化的な資源を多数持っているということである。しかし、これだけで他国に影響を与え、自分の望む結果が得られるようなパワーが生まれるわけではない。さらに二つの要素が必要なのである。

 ナイはソフト・パワーの源泉として以下の三つを挙げている。「第一が文化であり、他国がその国の文化に魅力を感じることが条件となる。第二は政治的な価値観であり、国内と国外でその価値観に恥じない行動をとっていることである。第三が外交政策であり、正当で敬意を払われるべきものとみられることが条件となる。」(注12)つまり、その国の持つ文化的な資源が、他国から尊敬され受け入れられるような価値観および外交政策と組み合わされたときに、初めて説得力のある有効なパワーとなるのである。

 ソフト・パワーが有効に機能するためには以下のような条件がある。まず、「普遍性がない特殊な価値観と偏狭な文化では、ソフト・パワーを生み出しにくい。」(注13)次に、「政府の政策によって、その国のソフト・パワーが強まる場合もあれば、弱まる場合もある。国内政策か外交政策が偽善的だ、傲慢だ、他国の意見に鈍感だ、国益に対する偏狭な見方に基づいているなどと見られた場合、ソフト・パワーが損なわれかねない。」(注14)こうしたナイの指摘は、本稿の中心テーマである日韓の外交課題を解決する上でのソフト・パワーの有効性を評価する上で、多くの示唆を与えるものである。

 次に、ソフト・パワーの長所と限界について簡単に整理する。UPF-Japanが2019年7月25日に東京・渋谷の国連大学で開催した平和外交フォーラムで講師を務めた近藤誠一・元文化庁長官は、講演の中で以下の点を指摘した。ソフト・パワーの強みは、ひとたび標的を魅了してしまえば、持続的な支持が得られるということである。軍事力や経済制裁の効果は、それらが解除されればたちまち失われてしまうのに対して、ソフト・パワーの影響力は半永久的に持続する。

 例えば、日本が生み出した世界的な人気を誇るキャラクターの一つに、Hello Kittyがある。近藤が数年前にパリの街を歩いていたときに、ある高級ブティックでHello Kittyのハンドバッグを発見したという。彼はパリの高級ブティックにどうしてHello Kittyのハンドバッグがあるのか不思議に思い、店内にいたフランスの中年女性に、「どうしてHello Kittyが好きなのか?」と尋ねたという。すると彼女は、「私がHello Kittyに出会ったのは5歳の時で、その時に好きになって以来、私はずっとHello Kittyのファンだ。そして私は日本のファンでもある。」と答えたという。これはソフト・パワーが長期間持続することを示す一つの好例である。

 近藤は講演の中で、ソフト・パワーの弱点や限界も指摘した。それは、ソフト・パワーの効果を科学的な方法で予見することは難しいということである。ミサイル等の軍事力がもたらす効果については科学的に測定したり予見したりすることは可能だが、ソフト・パワーにおいては、それは困難である。例えばある国の国連大使がポケモンや寿司を好むからといって、彼が国連において日本に有利な投票をするとは限らない。そこに科学的な因果関係を見出すことは難しいのである。ソフト・パワーは間接的で分散された影響力として働き、ときには意図したものとは反対の結果をもたらすこともあるので、因果関係を特定しがたいと言われる。(注15)また、その国の文化の魅力というものは政府が完全にコントロールできるものではないので、それを外交力として行使することは困難である。ソフト・パワーの影響力に対して疑問を呈する人々がいるのは、こうした理由によるものである。

(注9)ナイ、前掲書、p.10
(注10)同書、p.21
(注11)同書、pp.66-7
(注12)同書、p.34
(注13)同書、p.34
(注14)同書、p.38
(注15)2019年7月25日の平和外交フォーラムにおける近藤誠一の講演より。

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日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性01


 2019年7月25日に東京・渋谷の国連大学で開催されたUPF主催の「平和外交フォーラム」において、近藤誠一・元文化庁長官(注1)は「日本の外交におけるソフトパワーの役割」をテーマに講演した。このフォーラムのモデレーターを務めた林正寿・早稲田大学名誉教授(平和政策研究所代表理事)は、いまの日韓関係は戦後最悪と言われているが、この問題を解決する上でソフトパワーは役に立つのかという趣旨の質問をした。近藤講師からは明確な回答はなかったが、この発言はその後の私の問題意識の中に継続して残ることとなり、これについてまとまった研究をしてみたいと思うようになった。そこで今回からしばらく「書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』」のシリーズをお休みして、このブログを通して研究発表を行いたい。このシリーズのタイトルは、冒頭にあるごとく「日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性」である。

序論

 「ソフト・パワー(soft power)」とは、米国のハーバード大学大学院ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授(クリントン政権下で国防次官補や国家安全保障会議議長を歴任)が提唱した概念であり、軍隊による示威行動や侵攻、経済制裁などによる影響力を意味する「ハード・パワー(hard power)」の対義語として用いられる。それは一般に、国家が軍事力や経済力などの強制的な力によらず、その国が持つ文化や価値観、または魅力を通して他国の共感や理解を得ることにより、国際社会に対する影響力を行使したり、信頼を得たりする力を指す。(注2)

 そもそもソフト・パワーという考え方は、アメリカの対外政策として誕生したものである。背景には2001年に起きた同時多発テロ事件があり、その報復としてアメリカが起こしたイラク戦争をはじめとする単独主義的行動が批判にさらされたことに対する一つの反省として生まれた概念である。アメリカが行使した一連の政策は圧倒的な軍事力を背景にした高圧的なものであるとして、中東やイスラム圏で反米感情が高まり、それがテロリズムの動機となった。そしてそれは本来アメリカの同盟国である西洋諸国からも批判の対象となったのである。こうした現状を受け止め、単に軍事力だけでアメリカの国益を追求することは難しいという議論がなされるようになった。ソフト・パワーは、こうした事態を打開するための手法として提唱されるようになったのである。(注3)

 しかし、このソフト・パワーという概念はアメリカにのみ当てはまるものはなく、どんな国でも自国の文化や価値観、魅力を対外的にうまく発信することができれば、国際社会の信頼を得たり、それを外交的な力に変えたりすることは可能である。ジョセフ・ナイは、日本はソフト・パワーを発揮する多くの潜在力を備えていると評価している。それはトヨタに代表される国際的な企業と高度な技術、漫画やアニメに代表される大衆文化、寿司や和食などの伝統的日本文化が海外で高く評価されていることからも立証される。(注4)

 一方で韓国もまた、「韓流ドラマ」やK-POPなどの大衆文化、あるいはサムスンに代表される企業を通して世界的に知られるようになり、それは日本にも受け入れられている。(注5)日本国内で最も多く生産されている漬物は、浅漬けでもたくあんでもなく、キムチである。日本と韓国は、いまや国際的に影響力を行使し得るようなソフト・パワーを持つ国になったと言っても過言ではないだろう。

 現在の日韓関係は戦後最悪の状態にあると言われている。特に文在寅政権の誕生以降、慰安婦合意の破棄、レーダー照射問題、徴用工判決などの問題が日本の政府並びに国民の怒りを買い、嫌韓感情が高まっている。一方で韓国は、日本が韓国に対する半導体材料など戦略物資の輸出管理を強化し、「ホワイト国」から韓国を除外したことを、徴用工判決に対する不当な政治的「報復」であるとして反発し、ついには軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄するという決断を文在寅政権が下すに至った。(注6)歴史問題が経済問題に、さらに安全保障問題にまで発展した形である。韓国では政府だけでなく一般国民の日本に対する反発も激しく、「ボイコットジャパン」と呼ばれる不買運動が長期化している。(注7)

 この論考では日本と韓国が、それぞれのソフト・パワーを自国に有利な結果をもたらすように行使して、現在の日韓関係の課題を解決し得るかどうかを分析する。そのために、まずソフト・パワーとは何かを明らかにし、その構成要素、長所、限界などを分析する。そのうえで、日本のソフト・パワーについて分析し、その韓国社会に対する影響力について評価する。次に、韓国のソフト・パワーについて分析し、その日本社会に対する影響力について評価する。その上で、韓日両国のソフト・パワーが、自国の国益に基づいて現在の日韓の懸案事項を解決するための影響力を駆使することができるかどうかを評価する。そして暫定的な結論として、両国の大衆文化がお互いに深く浸透している現状があることは確認できたとしても、それが現在の日韓関係の課題を解決する直接的な力とはなりえていないという意味で、ソフト・パワーの限界を提示することになるであろう。

 しかし、この論考はそうした悲観的な結論で終わるものではない。現時点での両国政府の国益を追求する外交戦略において必ずしもソフト・パワーが有効に機能しなかったとしても、やがて日韓両国が和解する局面が訪れたときには、両国の持つソフト・パワーが和解の環境を造成する上で有効に働く可能性を示して終わることにする。その中で特に文鮮明総裁・韓鶴子総裁の主導する統一運動が、和解を促進するソフト・パワーとして機能する可能性について示唆することをもって、未来に対する希望を表現してみたい。(注8)

(注1)近藤誠一は1946年生まれの日本の外交官。第20代文化庁長官。ユネスコ大使、デンマーク大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、石見銀山や奥州平泉、富士山の世界文化遺産登録にも尽力した。著書に『文化外交の最前線にて』(かまくら春秋社、2008年)、『世界に伝える日本のこころ』(星槎大学出版会、2016年)などがある。
(注2)ジョセフ・S・ナイ(山岡洋一訳)『ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力』(日本経済新聞社、2004年)、p.26
(注3)同書、p.13
(注4)同書、p.138-140
(注5)Yoon, Kaeunghun,”The Development and Problems of Soft Power between South Korea and Japan in the Study of International Relations” (埼玉学園大学紀要. 人間学部篇 第8巻, pp.191-197, 2008/12/01, 埼玉学園大学出版) 、p.193
(注6)2019年8月22日、韓国大統領府は国家安全保障会議の常任委員会を開き、韓日秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の破棄を決めた。同年8月26日、破棄決定の理由について韓国の李洛淵首相は、「日本が根拠も示さず、韓国を安全保障上信頼できない国であるかのようにレッテルを貼り、輸出優遇国のリストから韓国を外したためだ」と説明した。しかし同年11月22日、韓国はGSOMIA延長を日本側に通告し、ギリギリのタイミングで破棄を回避した。
(注7)日本による韓国への輸出厳格化措置に対する反発として、2019年7月から韓国で日本製品不買運動が発生した。ターゲットにされた主な商品は日本産ビール、ユニクロの衣料品、日本への旅行など。
(注8)統一運動の可能性については、文献による調査だけでなく、筆者自らがUPF-Japanの事務総長としてPeace Roadの活動を展開したり、国際会議のスタッフとして運営に当たる中で直接体験したことに基づいて論じるであろう。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』183


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第183回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回はその続きで、日本での信仰生活と韓国での信仰生活の違いについて解説した部分を扱うことにする。

 中西氏の分析で一貫しているのは、「過酷な日本における信仰生活」と「楽で落ち着いた韓国における信仰生活」という対比である。その代表的なものを引用すれば以下のようになる。
「A郡の彼女達を見る限り、日本で経験したような肉体的・精神的にきつい信仰生活を送ってはいなかった。」(p.486)
「日本にいたときは独身だったが、韓国で家庭生活を始めると夫や子供の面倒を見なければならず、家庭が優先になって布教や経済活動を行う経済的余裕はなくなる。…統一教会の信者とはいえ、結婚し、韓国で家庭を持てば、信仰生活は日本にいたときよりもはるかに楽なものになっている。」(p.486-7)
「統一教会の信者とはいっても普段の信仰生活は礼拝に出席する程度であり、日本で経験した献身生活と比べるとのんびりしたものである。何か特別な行事があるときには動員があり、裏方として動いたり参加したりするが、無理のない範囲で行えばよく、あくまでも家庭優先である。献金や家庭での信仰生活も厳密なものではなく、行わなかったとしても咎められることはない。結婚難にある農村男性のもとに嫁ぎ、生活は経済的に楽でなく、言葉や生活習慣が異なるというしんどさ、辛さはあっても信仰生活の内容、実践は一般のクリスチャンとあまり変わらず、心身共に落ち着いた信仰生活を送ることができる。献身生活のような厳しい実践が渡韓後も続いたとしたら心身共に疲弊するが、落ち着いた信仰生活に移行することによって信仰を続けていけると考えられる。」(p.489)

 中西氏は韓国で暮らす日本人女性たちの生活を実際に観察したのであるから、彼女たちの信仰実践が肉体的・精神的にきついものではなく、むしろのんびりとしたものであるというのは率直な感想なのであろう。韓国統一教会は一般のプロテスタント教会とあまり変わらない「普通の宗教」であるという彼女のこれまでの主張とも一致している。しかしここで問題となるのは、それを何と比較しているかということである。

 中西氏はそれを日本における「献身生活」と比較して楽なものだと論じているわけだが、彼女自身が日本における信仰生活を実際に観察したわけではないので、両者の生活を客観的に比較して判断することはできないはずである。ここでも日本の「虚像」と韓国の「実像」を比較しているのだと言えなくもないのだが、一方で、彼女の分析があながち思い込みであるとは言えない可能性がある。それは中西氏が日本人女性たちにインタビューしているからであり、彼女たち自身が日本での「献身生活」に比べれば韓国での生活はよっぽど楽だと語っている可能性があるからである。自分の過去を回顧しながら、「あのころに比べればいまは楽だ」と語る日本人女性がいてもおかしくはない。

 しかし、そこには二重の比較が重なっていることに留意しなければならない。それは独身生活と家庭生活の比較という層と、日本における信仰生活と韓国における信仰生活の比較という層が折り重なっているという意味である。日本においても、独身時代には日々活動に明け暮れていた信者が、家庭を持った途端に家事や育児に追われるようになり、ほとんど活動ができなくなるという現象はよく見られる。特に女性の場合には出産を機に生活は大きく変わり、どうしても子供中心の生活になるのが普通である。その点に着目すれば、中西が比較しているのは日本と韓国の信仰生活の違いではなく、独身時代と家庭出発後の信仰生活の違いである可能性がある。この点を厳密に論じるためには、日本において家庭を持った女性信者の生活を観察し、それを韓国と比較しなければならないのであるが、彼女はそれをしていない。そのため、渡韓前と渡韓後の彼女たちの信仰生活の違いの本質が何であるのかを正確にとらえることができず、日韓の教会のあり方の違いにその原因を求めてしまっているのである。

 一般に統一教会では、家庭を持つことによって信仰が「内面化」されるという傾向がある。独身時代にはとにかく体を動かして、実践することを通して信仰を確立していく。それはある意味で体育会系の訓練と同じように、激しいほど人格に与える影響が大きく、同時に充実感を覚えるのである。しかし、これが可能なのは若い時の限られた期間であり、年齢を重ねれば外面的にはそれほど激しく活動しなくても、内面において信仰が充実していくように変化していく。その重要なステップが家庭出発であり、個人として段階から、夫や妻として、父親や母親として生きる中でより深い信仰の世界を築いていくのである。これは外面的に激しい活動をしなくなったからといって信仰が弱くなったのではなく、日常生活の中で信仰の意義を発見していくより本質的な段階に入ったと理解することができる。信仰生活は辛いことや苦しいことをするのが目的ではない。自己否定をして堕落性を脱ぐ段階においてはそうしたプロセスが必要かもしれないが、その段階を過ぎれば外面的には落ち着いた生活をしながらも、霊的には充実した生活を送ることができるようになる。その契機となるのが、家庭出発なのである。

 こうした信仰生活の「質的変化」をうまく通過することができないと、「独身時代にはあれだけ頑張って充実した信仰生活を送っていたのに、家庭を持ったとたんに日々の生活に追われるようになり、霊的な充足感を感じられなくなった。」と漏らすようになってしまうのである。

 実はこの外的活動による充実感から信仰が「内面化」するというプロセスは、家庭を持つときに起きると同時に、日本と韓国という国の壁を越えて異文化体験をするときにも起きる。その意味で渡韓した日本人女性たちは二重の意味で「内面化」のプロセスを通過していることになる。それをうまく通過して価値観が転換された場合には韓国社会に定着することができるようになるが、いつまでも日本的な価値観を引きづっていると渡韓先で不適合を起こすようになる。そうした例が、本書で紹介されている元信者FとGである。

 彼女たちは共に、「日本にいたときは韓国の統一教会は日本よりも信仰的で霊的に高いと教えられてきたが、実際に韓国に来てみるとそんなことはなく、かえって日本の統一教会の方が信仰的で、献身的で、活動熱心である」と感じていた。これは彼女たちが持っていた日本人的な「ものさし」で測った場合に、韓国人の信仰が低いように見えたということなのである。既にこのシリーズで紹介した『本郷人の道』の著者である武藤氏はこの点について以下のように説明している。

 日本人はまず神と我の縦的関係を築くという旧約時代の立場から始めなければならず、その信仰生活は横的な自分を否定して縦的な関係を重要視するようになる。したがって日本人の信仰観は、み言葉を文字通り、外的に一字一句違えず守るという要素が強くならざるを得ない。そして外的な行動の基準や実績を立てることによって分別し、儀式的内容を厳密に重要視することを通して心霊の復活も果たされる。アベル・カインの関係も組織における規則的関係として捉えられることが多く、カインとしてアベルに従うことの重要性が強調される。

 一方、韓国では外的な蕩減条件以上に内的な「精誠」が重要視される。そして韓国の食口は神と真の父母に対する自分の信仰を人前にそれほど表現して見せないので、外から見ると信仰のない一般の人と変わらないように見える。韓国では教会でも何よりも個人の自由を尊重し、あまり干渉した指導をしない。アベル・カインの関係も絶対的なものではなく、韓国人は位置的なアベルの言葉に対して一様には従わないことがある。韓国人は目に見える組織を超えた心情組織を持っていて、信仰的には一人でしっかりしている。日本人女性も韓国に定着すれば、自然とこのような信仰のあり方を学ぶこととなり、それを相続して内面化していく。

 中西氏はこうした信仰の内面世界を見ることができないので、単純に日本と韓国の信仰生活のきつさや激しさを比較して、韓国の方が楽でのんびりしているといる結論を出したのである。しかし、統一教会の信仰はただ単に外的な活動の激しさだけで測ることができるものではない。たとえ外的には楽になったように見えたとしても、渡韓した日本人女性たちは別の次元の戦いをしているのであり、それを通して霊的に成長しているのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』182


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第182回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回はその続きで、水曜日の礼拝、祈祷会や敬礼式、その他の行事や信仰生活に関わることを扱うが、その内容は韓国在住の日本人女性信者の極めて人間的な一面が現れたものである。

 まず、「水曜日の午前中に日本人女性だけの水曜礼拝がある(午前10時30分から12時くらい)。韓国プロテスタント教会は水曜日の午後七時頃から祈祷会を行うところがあり、A教会でも本来は夜に行うものだが、日本人女性達が夜に家を出にくいので、牧師の呼びかけで昼間に集まることになった。」(p.480)という紹介がなされている。先回の献金に関する記述とも共通するが、日本人女性たちは信仰生活と家庭での主婦としての立場に相克がある場合には、一方的に信仰や教会の事情を優先するのではなく、両者のバランスを取りながら現実的で合理的な判断をしていることが分かる。そしてこの場合には、牧師の方から女性たちの事情に歩み寄って時間帯を変更するという柔軟な対応をしていることが分かる。

 この集会が彼女たちにとって持つ意味について、中西氏は以下のように解説している。
「礼拝後は食事を取って雑談となるが、日本人女性達にとって情報交換やストレス解消の場になっている。日曜日だと夫や子供がいて落ち着かず、日本人ばかりでかたまってずっと話をするわけにもいかないが、水曜礼拝は日本人女性だけで気兼ねがない。子連れでもオリニチプ(保育園)にあがる前の乳幼児であり、機嫌さえよければおとなしくしている。礼拝は韓国語でも、礼拝、食事が終わると牧師は自室に引っ込む。日本人女性だけになると日本語だけの世界になり、シオモニや夫のこと、子供の学校のことなど話は尽きない。水曜礼拝の集まりを『ストレス解消。悩みを聞き、聞いてもらってアドバイスを受けて、家に帰って頑張る』と語る女性もいた。彼女達にとって何よりもストレス解消は女性同士、日本語でしゃべることである。」(p.480)

 ここには、かなりリアルな女性信者たちの姿が描かれている。異国の地に嫁に来て、家庭の中では多くのストレスを抱えているであろう彼女達が、気心の知れた仲間たちと母国語で会話ができる時間が元気の源となっているということである。すなわち、彼女たちが教会に集まるのは「神と我」という縦の関係や、宗教的な世界だけでなく、人間同士の横のつながりにも魅力を感じているからであり、「日本人女性コミュニティー」を心の拠り所としているからであると理解できる。これは一種の「ピア・カウンセリング」のような機能を教会が果たしているということである。

 しかし、これは在韓日本人女性信者に限ったことではなく、日本の統一教会にも同様の機能があり、さらには宗教団体が一般的に持っている機能であると言える。本書の中で、原理研究会のメンバーであった元信者Cは、自身の信仰生活を青春ドラマの一コマのような熱い思い出として語っている。それは麻薬に近いような楽しい体験であり、家族のような雰囲気の中で、同士のような愛情で満たされ、お互いのことを真剣に語り合う濃密な人間関係であったと述懐している。これは櫻井氏自身も認めていることであり、「原理研究会主催のセミナーを『修学旅行の夜』と評した塩谷政憲の研究(塩谷 1986)にも通じるものだが、これが統一教会における信仰生活の一側面を示していることは事実である。楽しくなければ続けられない。」(p.342)と述べているくらいである。こうしたコミュニティーとしての宗教団体の魅力は、青年集団に限らず、主婦のグループであっても機能するということだ。むしろ、日本の新宗教のほとんどは悩みを語り合う主婦のコミュニティーとして機能していると言えるだろう。

 中西氏は次のようにも述べている。「以上が普段の信仰生活だが、彼女達は礼拝以外にしばしば教会に出向く。…日本人女性信者に教会の用事を押し付けているのではなく、教会の中で彼女達が主婦であったり、年齢的に最も元気であったりして動きやすい一群となっているからである。彼女達がいなかったら教会はたちまち立ち行かなくなるのではないかとさえ思う。用事をしながらみなで日本語でしゃべることで彼女達にとっても気晴らしになっているようであった。」(p.482)

 このことから分かるのは、韓国の統一教会は日本人女性信者に対して強制的に仕事をさせたり、教会に来させているのではないということだ。むしろ教会に来ることは彼女たちの生き甲斐であり、楽しみであり、気晴らしでもあるのだ。こうした教会の機能は日本でも同じである。日本の統一教会でも昼の時間に教会に集まってくるのは家庭をもった婦人たちであることが多い。男性は昼間は仕事をしているので集まりにくく、独身で仕事を持っている若い女性も集まりにくいので、比較的昼間に時間を取りやすい主婦たちが活動の主要な戦力となっているのである。彼女達がいなかったら教会はたちまち立ち行かなくなるという点は、日本でもまったく同じである。

 彼女たちは信仰を動機として、教会の活動を生き甲斐としていると同時に、夫のことや子供のことなどの悩みを話し合い、励ましあうことによって自らを元気づけているのである。韓国と同様に、日本でも女性たちは強制されて教会に集まってくるのではなく、自らの意思で通ってくるのだ。彼女たちはそこに自分の「居場所」を見出し、その活動に自分の存在の意義と価値を見出している。それは「洗脳」や「マインド・コントロール」といった表現からは程遠い、自発的で喜びを動機とした信仰のあり方である。そしてそれは、統一教会に限らず、宗教団体の一般的な機能であると言えるだろう。

 続いて中西氏は、月末の徹夜祈祷会と敬礼式を紹介している。「徹夜祈祷会は韓国プロテスタント教会で行われているものであり、金曜日の夜に行う場合が多い。『徹夜』といっても深夜に及ぶだけで、夜を徹して朝までするわけではない。」と解説した上で、「敬礼式の部分を除けば日曜日の礼拝とあまり変わらない」(p.481)と説明が加えられている。その上で「日本人女性信者の普段の信仰生活は、日曜と水曜の礼拝、月末の徹夜祈祷会と月初めの敬礼式ぐらいである。礼拝の内容に多少違いがあっても、基本的なあり方は、週単位、月単位で行われる礼拝や儀礼に参加するだけであり、一般的なクリスチャンの信仰生活とあまり変わらない。信者が多い地域では毎週金曜日に先輩家庭が区域長になり区域礼拝を行うところもあるようだが、これも韓国では規模の大きいプロテスタント教会で行われていることである。」(p.482)と述べている。ここでも韓国の統一教会は一般のプロテスタント教会と大差ないという、中西氏の一貫した分析がなされている。

 続いて中西氏は、普段の信仰生活以外の「特別な行事」について説明する。その具体的内容は、「真の父母様誕辰記念式」「世界平和のためのA邑指導者決意大会」「天一国国民入籍修練会」「平和統一指導者A郡セミナー」「文鮮明総裁米寿記念及び平和統一指導者創立一周年平和講演会」(p.483)などの行事であり、こうした行事に日本人女性たちが駆り出されるというのである。

 このうち、「世界平和のためのA邑指導者決意大会」では、集会前に役所や警察署、地元のキリスト教会に統一教会が挨拶に出向いていることに中西氏は奇異な印象を抱いたという。それは日本の統一教会が社会から批判され孤立しているとのイメージと比較したものだが、韓国では統一教会は一定程度社会的認知を得ているのであるから不思議でもないのだろうという結論に至っている。

 中西氏は「清海ガーデン」で行われた「天一国国民入籍修練会」にも参加したようである。「修練会」というからには、「洗脳」や「マインド・コントロール」といった表現から連想されるような強烈で特異な雰囲気のものかと思えば、「ノートを取る人はほとんどいなかった。床に座らせて講義を行うのだから、居眠りする人、途中で部屋を出て行く人などもおり、緊張感は全くなかった。修練会といっても統一教会の教説を教える教化プログラムとはいいがたい」(p.483)と述べている。中西氏は韓国統一教会の「ゆるさ」に拍子抜けしているようだが、それも強烈な日本の統一教会のイメージを前提としているからである。果たしてそれほどの差異が実際にあるものなのかをより実証的に論じるには、やはり日本統一教会の修練会にも参加して、両者を実体験に基づいて比較するべきであった。日本と韓国の統一教会、ならびに修練会のあり方に、全く文化的な差異がないと私は言っているのではない。それがどの程度の差異であるかを正確に知るには、日韓両国でフィールドワークをするのが正統的なやり方だということだ。しかし、彼女はそれをしていない。ここでも中西氏は「ゆるい韓国統一教会」という実像と、「強烈な日本統一教会」という虚像を比較していることになる。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』181


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第181回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回から献金に関する部分を中心に分析する。韓国の教会における日本人女性の生活を実際に観察しインタビューした中西氏の記述を抜粋して引用してみよう。
「献金は献金封筒に入れて献金箱に入れる。献金封筒は一家庭一封筒、夫婦の名前が記されており、年間を通して使用するようになっている。これも一般のプロテスタント教会と変わらない。」(p.478)
「①は統一教会の八代名節ごとの献金である。プロテスタント教会では復活節、感謝節、聖誕節などに特別献金をするが、統一教会にはそれらの行事はなく統一教会の記念日に特別献金をするようになっている。」(p.479)
「③『十・三条献金』はプロテスタント教会の十分の一献金にあたる。統一教会では十分の三になっており、献金封筒には次のような文鮮明の言葉が記されている。『今から私たち統一教会信者は十の一条ではなく十の三条をしなければならない時代がきたのです。一つは教会のため、一つは国のため、一つは世界のためにです。――マルスムより――』」(p.479)
「しかし、聞き取りによれば、日本人女性信者はこの通りの献金はできていないようである。十分の三献金も建て前で、現実には十分の一すら難しい。」(p.479)
「B市のある女性信者は、夫が勤め人だが『全部していたらきりがない。家計が大変だから要請があっても全額はしない』と語っていた。夫が勤め人であってもある程度の収入がないと十分の一献金は難しいようである。」(p.479)
「A教会の女性信者は日本の壮婦がクレジットカードで借金をして献金するほどのことはしていない。韓国に嫁いでしまえば、エバ国家としての献金の責務からは逃れられるし、日本の女性達は元々経済的に余裕もない。献金はできる範囲でしており、献金に苦しんでいる様子はなかった。(p.479-480)

 中西氏が繰り返して述べているのは、信仰の内容に違いがあったとしても、韓国の統一教会は外形的には一般のプロテスタント教会と変わりのない「普通の宗教」であるということだ。献金額が収入の十分の一ではなく十分の三とされている点ではプロテスタント教会よりも献金の要請が高い宗教であると言えなくもないが、実際にはそれも建て前であり、十分の一さえできていないのであるから、やはり「普通」ということになるのであろう。これは韓国に嫁いだ日本人女性たちの現実を反映していると思われるが、日本の壮婦と比較している下りは、中西氏が実際に観察して得た情報ではなく、櫻井氏から提供される資料に基づくものであり、ここでも中西氏は「韓国の実像」と「日本の虚像」を比較していることになる。

 中西氏の献金に関する記述は、献金封筒や献金箱、名節献金、十・一条の実践の程度の全ての面において、日本の統一教会の現実と同じであり、日韓の間に大きな差異はない。そこに大きな差を見出しているのは、中西氏が日本統一教会の実態を知らないからである。それでは、中西氏が韓国の統一教会の「実像」と比較している、日本統一教会の「虚像」とはなんであろうか? それは櫻井氏の頭の中で構築された、「日本の統一教会信者はなぜ献金するのか」という「理論」なのである。

 櫻井氏は本書の167ページおいて、「統一教会の信者は、地上天国の実現、霊界の解放という宗教的理念のために世俗的生活を犠牲にする。」と述べている。それは「一般市民にとって重要な生活の安定、家族の扶養、老後の保障といった問題を一切度外視して」まで行う異常なものとして描かれている。実際にはこれは言い過ぎであり、このようなことを徹底していたら統一教会は存続しえないはずであるが、この強烈なイメージが中西氏の頭の中に「虚像」として存在するため、どうしても「普通の宗教」である韓国統一教会とそれを対比させてしまうのである。

 櫻井氏は本書の中で紹介している元信者Iの弁護団から依頼されて、Iに対する違法な働きかけに関する意見書を提出したことを自ら明かしており、その意見書の論理的な組み立てを本書の中で紹介している。

 通常、民事訴訟において損害賠償が成り立つのは、被告側に違法行為があったと認められる場合である。これは民法上の不法行為だが、統一教会を相手取った訴訟では、原告は統一教会の信者から先祖の因縁や霊界についてのおどろおどろしい話を聞かされ、「威迫困惑」によって不安な精神状態に追い込まれた結果として、金銭を拠出したと訴えるケースが多い。ところが、そのことを立証するのはそれほど簡単なことではないのである。

 伝道の初期段階において、手相や姓名判断を受けたとか、先祖の因縁や家系の衰退の話をされたとか、その結果として印鑑や念誦などを授かったという事実があった場合には、実際のトークにおいてどんなことが語られたのかについては原告と被告の間に争いはあるかも知れないが、裁判所が「威迫困惑」であると認定するのは比較的容易である。しかし、一通りの教育が終わり、統一教会の信者となった後には、献金を要請される度ごとに「威迫困惑」であるとただちに認定することができるような言説が語られているわけではない。それはそうである。月例献金や、毎週の礼拝で献金をする際には、その都度マンツーマンで心理的なプレッシャーを加える必要はなく、なかば習慣的に献金を捧げているのである。また特別な機会に高額の献金をする場合にも、既に出来上がっている相互の信頼関係に基づいて献金の勧めが行われるため、「威迫困惑」であると認定できるような言説が語られることはないのである。元信者Iは13年間も統一教会にいたのであるから、その間の献金の大部分は信徒として、信仰を動機として捧げたものであった。

 これでは初期に捧げた金銭に対してのみ損害賠償が請求可能であり、信仰を持った後に捧げた献金は自由意思に基づいて行ったものであるから違法性はなく、取り戻すことはできないという結論になってしまう。反対弁護士としてはこれでは困るので、初期に感じた「威迫困惑」を固定化し永続化する装置が存在するので、統一教会に捧げたすべての献金に違法性があることを学問的に立証して欲しいと櫻井氏に頼んできたということなのだろう。櫻井氏は元信者Iについて分析した箇所で、「このような分析的知見からIの信仰を捉えると、Iに対して統一教会が献金を要請する度に畏怖困惑に追い込む心理的プレッシャーをかけていたのではないことがわかる。統一教会に関わる過程において強迫・恫喝といった外形的な心理的圧力が常にかけられていたとすれば、Iの精神はストレスで疲弊し、精神的な疾患に追い込まれるか、統一教会を去っていたはずである」(p.393)と述べている。このこと自体は事実の客観的な把握である。しかしそのままでは違法性を主張して統一教会の責任を追及できなくなってしまうので、儀礼や統一教会の専門用語を通じて、不安や恐怖が持続され、固定化されるのだと主張しているのである。

 これはあたかも統一教会の信者が、伝道の初期に埋め込まれた恐怖や不安の感情を儀礼や専門用語によって固定化された存在であり、指導者が一声かければまるでパブロフの犬のように条件反射的に献金するようになるのだと言っているわけで、完全に統一教会信者をバカにしきった分析である。献金をする統一教会信者は「頭で判断して動くよりも感情に突き動かされて行動して」いるというのであるから、理性を失っていることになり、結果的に洗脳やマインド・コントロール論と同じになってしまう。もしこのような効果が永続するのだとすれば、統一教会信者は献金を断る理性的な判断能力を失っていることになる。ところが実際には、韓国に嫁いだ日本人女性たちは、家計の状況に鑑みて献金要請に応えないという判断をしているのである。これは日本でも同じであり、家計の状況に鑑みて献金要請に応えない信者は多数いるのである。櫻井氏の理論は空想の産物に過ぎない。

 そもそも、統一教会信者の信仰の動機が不安や恐怖であると規定すること自体に重大な誤りがある。また、リーダーが語る専門用語を聞いたからと言って、条件反射的に献金するわけでもない。多くの信者は指導者の言うことが本当に正しいのかどうか批判的に聞く耳を持っているし、たとえ指示が正しいものであると思われたとしても、それを実行するのが現実的に難しいと思った場合には従わないこともある。そして、やるべきことがあまりにも多すぎてすべてを実行できないときには、何を重要視すべきかを取捨選択するという合理的な判断をするのである。理想と現実には常にギャップがあり、それにうまく折り合いをつけていくのが信仰生活の実際である。大枠として信仰を維持しながら、個々の指示に対しては臨機応変に対応しているのが統一教会信者の大半である。これらはすべて条件反射によって行っているのではなく、個々の信者が自分の頭で考えて決断していることなのである。

 櫻井氏の研究の致命的な欠陥は、こうした現役統一教会信者のリアルに触れたことがなく、裁判資料や脱会した元信者の証言だけに基いて分析と理論構築を行っている点にある。それを鵜呑みにして、日本の統一教会を異常なものであると決めつけて韓国と比較する中西氏は、事実に基づいて物事を客観的に判断するという学者としての基本的な姿勢を見失っているとしか言いようがない。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』