日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性01


 2019年7月25日に東京・渋谷の国連大学で開催されたUPF主催の「平和外交フォーラム」において、近藤誠一・元文化庁長官(注1)は「日本の外交におけるソフトパワーの役割」をテーマに講演した。このフォーラムのモデレーターを務めた林正寿・早稲田大学名誉教授(平和政策研究所代表理事)は、いまの日韓関係は戦後最悪と言われているが、この問題を解決する上でソフトパワーは役に立つのかという趣旨の質問をした。近藤講師からは明確な回答はなかったが、この発言はその後の私の問題意識の中に継続して残ることとなり、これについてまとまった研究をしてみたいと思うようになった。そこで今回からしばらく「書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』」のシリーズをお休みして、このブログを通して研究発表を行いたい。このシリーズのタイトルは、冒頭にあるごとく「日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性」である。

序論

 「ソフト・パワー(soft power)」とは、米国のハーバード大学大学院ケネディスクールのジョセフ・ナイ教授(クリントン政権下で国防次官補や国家安全保障会議議長を歴任)が提唱した概念であり、軍隊による示威行動や侵攻、経済制裁などによる影響力を意味する「ハード・パワー(hard power)」の対義語として用いられる。それは一般に、国家が軍事力や経済力などの強制的な力によらず、その国が持つ文化や価値観、または魅力を通して他国の共感や理解を得ることにより、国際社会に対する影響力を行使したり、信頼を得たりする力を指す。(注2)

 そもそもソフト・パワーという考え方は、アメリカの対外政策として誕生したものである。背景には2001年に起きた同時多発テロ事件があり、その報復としてアメリカが起こしたイラク戦争をはじめとする単独主義的行動が批判にさらされたことに対する一つの反省として生まれた概念である。アメリカが行使した一連の政策は圧倒的な軍事力を背景にした高圧的なものであるとして、中東やイスラム圏で反米感情が高まり、それがテロリズムの動機となった。そしてそれは本来アメリカの同盟国である西洋諸国からも批判の対象となったのである。こうした現状を受け止め、単に軍事力だけでアメリカの国益を追求することは難しいという議論がなされるようになった。ソフト・パワーは、こうした事態を打開するための手法として提唱されるようになったのである。(注3)

 しかし、このソフト・パワーという概念はアメリカにのみ当てはまるものはなく、どんな国でも自国の文化や価値観、魅力を対外的にうまく発信することができれば、国際社会の信頼を得たり、それを外交的な力に変えたりすることは可能である。ジョセフ・ナイは、日本はソフト・パワーを発揮する多くの潜在力を備えていると評価している。それはトヨタに代表される国際的な企業と高度な技術、漫画やアニメに代表される大衆文化、寿司や和食などの伝統的日本文化が海外で高く評価されていることからも立証される。(注4)

 一方で韓国もまた、「韓流ドラマ」やK-POPなどの大衆文化、あるいはサムスンに代表される企業を通して世界的に知られるようになり、それは日本にも受け入れられている。(注5)日本国内で最も多く生産されている漬物は、浅漬けでもたくあんでもなく、キムチである。日本と韓国は、いまや国際的に影響力を行使し得るようなソフト・パワーを持つ国になったと言っても過言ではないだろう。

 現在の日韓関係は戦後最悪の状態にあると言われている。特に文在寅政権の誕生以降、慰安婦合意の破棄、レーダー照射問題、徴用工判決などの問題が日本の政府並びに国民の怒りを買い、嫌韓感情が高まっている。一方で韓国は、日本が韓国に対する半導体材料など戦略物資の輸出管理を強化し、「ホワイト国」から韓国を除外したことを、徴用工判決に対する不当な政治的「報復」であるとして反発し、ついには軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄するという決断を文在寅政権が下すに至った。(注6)歴史問題が経済問題に、さらに安全保障問題にまで発展した形である。韓国では政府だけでなく一般国民の日本に対する反発も激しく、「ボイコットジャパン」と呼ばれる不買運動が長期化している。(注7)

 この論考では日本と韓国が、それぞれのソフト・パワーを自国に有利な結果をもたらすように行使して、現在の日韓関係の課題を解決し得るかどうかを分析する。そのために、まずソフト・パワーとは何かを明らかにし、その構成要素、長所、限界などを分析する。そのうえで、日本のソフト・パワーについて分析し、その韓国社会に対する影響力について評価する。次に、韓国のソフト・パワーについて分析し、その日本社会に対する影響力について評価する。その上で、韓日両国のソフト・パワーが、自国の国益に基づいて現在の日韓の懸案事項を解決するための影響力を駆使することができるかどうかを評価する。そして暫定的な結論として、両国の大衆文化がお互いに深く浸透している現状があることは確認できたとしても、それが現在の日韓関係の課題を解決する直接的な力とはなりえていないという意味で、ソフト・パワーの限界を提示することになるであろう。

 しかし、この論考はそうした悲観的な結論で終わるものではない。現時点での両国政府の国益を追求する外交戦略において必ずしもソフト・パワーが有効に機能しなかったとしても、やがて日韓両国が和解する局面が訪れたときには、両国の持つソフト・パワーが和解の環境を造成する上で有効に働く可能性を示して終わることにする。その中で特に文鮮明総裁・韓鶴子総裁の主導する統一運動が、和解を促進するソフト・パワーとして機能する可能性について示唆することをもって、未来に対する希望を表現してみたい。(注8)

(注1)近藤誠一は1946年生まれの日本の外交官。第20代文化庁長官。ユネスコ大使、デンマーク大使を歴任。退官後は、近藤文化・外交研究所を設立し、石見銀山や奥州平泉、富士山の世界文化遺産登録にも尽力した。著書に『文化外交の最前線にて』(かまくら春秋社、2008年)、『世界に伝える日本のこころ』(星槎大学出版会、2016年)などがある。
(注2)ジョセフ・S・ナイ(山岡洋一訳)『ソフト・パワー 21世紀国際政治を制する見えざる力』(日本経済新聞社、2004年)、p.26
(注3)同書、p.13
(注4)同書、p.138-140
(注5)Yoon, Kaeunghun,”The Development and Problems of Soft Power between South Korea and Japan in the Study of International Relations” (埼玉学園大学紀要. 人間学部篇 第8巻, pp.191-197, 2008/12/01, 埼玉学園大学出版) 、p.193
(注6)2019年8月22日、韓国大統領府は国家安全保障会議の常任委員会を開き、韓日秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)の破棄を決めた。同年8月26日、破棄決定の理由について韓国の李洛淵首相は、「日本が根拠も示さず、韓国を安全保障上信頼できない国であるかのようにレッテルを貼り、輸出優遇国のリストから韓国を外したためだ」と説明した。しかし同年11月22日、韓国はGSOMIA延長を日本側に通告し、ギリギリのタイミングで破棄を回避した。
(注7)日本による韓国への輸出厳格化措置に対する反発として、2019年7月から韓国で日本製品不買運動が発生した。ターゲットにされた主な商品は日本産ビール、ユニクロの衣料品、日本への旅行など。
(注8)統一運動の可能性については、文献による調査だけでなく、筆者自らがUPF-Japanの事務総長としてPeace Roadの活動を展開したり、国際会議のスタッフとして運営に当たる中で直接体験したことに基づいて論じるであろう。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』183


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第183回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回はその続きで、日本での信仰生活と韓国での信仰生活の違いについて解説した部分を扱うことにする。

 中西氏の分析で一貫しているのは、「過酷な日本における信仰生活」と「楽で落ち着いた韓国における信仰生活」という対比である。その代表的なものを引用すれば以下のようになる。
「A郡の彼女達を見る限り、日本で経験したような肉体的・精神的にきつい信仰生活を送ってはいなかった。」(p.486)
「日本にいたときは独身だったが、韓国で家庭生活を始めると夫や子供の面倒を見なければならず、家庭が優先になって布教や経済活動を行う経済的余裕はなくなる。…統一教会の信者とはいえ、結婚し、韓国で家庭を持てば、信仰生活は日本にいたときよりもはるかに楽なものになっている。」(p.486-7)
「統一教会の信者とはいっても普段の信仰生活は礼拝に出席する程度であり、日本で経験した献身生活と比べるとのんびりしたものである。何か特別な行事があるときには動員があり、裏方として動いたり参加したりするが、無理のない範囲で行えばよく、あくまでも家庭優先である。献金や家庭での信仰生活も厳密なものではなく、行わなかったとしても咎められることはない。結婚難にある農村男性のもとに嫁ぎ、生活は経済的に楽でなく、言葉や生活習慣が異なるというしんどさ、辛さはあっても信仰生活の内容、実践は一般のクリスチャンとあまり変わらず、心身共に落ち着いた信仰生活を送ることができる。献身生活のような厳しい実践が渡韓後も続いたとしたら心身共に疲弊するが、落ち着いた信仰生活に移行することによって信仰を続けていけると考えられる。」(p.489)

 中西氏は韓国で暮らす日本人女性たちの生活を実際に観察したのであるから、彼女たちの信仰実践が肉体的・精神的にきついものではなく、むしろのんびりとしたものであるというのは率直な感想なのであろう。韓国統一教会は一般のプロテスタント教会とあまり変わらない「普通の宗教」であるという彼女のこれまでの主張とも一致している。しかしここで問題となるのは、それを何と比較しているかということである。

 中西氏はそれを日本における「献身生活」と比較して楽なものだと論じているわけだが、彼女自身が日本における信仰生活を実際に観察したわけではないので、両者の生活を客観的に比較して判断することはできないはずである。ここでも日本の「虚像」と韓国の「実像」を比較しているのだと言えなくもないのだが、一方で、彼女の分析があながち思い込みであるとは言えない可能性がある。それは中西氏が日本人女性たちにインタビューしているからであり、彼女たち自身が日本での「献身生活」に比べれば韓国での生活はよっぽど楽だと語っている可能性があるからである。自分の過去を回顧しながら、「あのころに比べればいまは楽だ」と語る日本人女性がいてもおかしくはない。

 しかし、そこには二重の比較が重なっていることに留意しなければならない。それは独身生活と家庭生活の比較という層と、日本における信仰生活と韓国における信仰生活の比較という層が折り重なっているという意味である。日本においても、独身時代には日々活動に明け暮れていた信者が、家庭を持った途端に家事や育児に追われるようになり、ほとんど活動ができなくなるという現象はよく見られる。特に女性の場合には出産を機に生活は大きく変わり、どうしても子供中心の生活になるのが普通である。その点に着目すれば、中西が比較しているのは日本と韓国の信仰生活の違いではなく、独身時代と家庭出発後の信仰生活の違いである可能性がある。この点を厳密に論じるためには、日本において家庭を持った女性信者の生活を観察し、それを韓国と比較しなければならないのであるが、彼女はそれをしていない。そのため、渡韓前と渡韓後の彼女たちの信仰生活の違いの本質が何であるのかを正確にとらえることができず、日韓の教会のあり方の違いにその原因を求めてしまっているのである。

 一般に統一教会では、家庭を持つことによって信仰が「内面化」されるという傾向がある。独身時代にはとにかく体を動かして、実践することを通して信仰を確立していく。それはある意味で体育会系の訓練と同じように、激しいほど人格に与える影響が大きく、同時に充実感を覚えるのである。しかし、これが可能なのは若い時の限られた期間であり、年齢を重ねれば外面的にはそれほど激しく活動しなくても、内面において信仰が充実していくように変化していく。その重要なステップが家庭出発であり、個人として段階から、夫や妻として、父親や母親として生きる中でより深い信仰の世界を築いていくのである。これは外面的に激しい活動をしなくなったからといって信仰が弱くなったのではなく、日常生活の中で信仰の意義を発見していくより本質的な段階に入ったと理解することができる。信仰生活は辛いことや苦しいことをするのが目的ではない。自己否定をして堕落性を脱ぐ段階においてはそうしたプロセスが必要かもしれないが、その段階を過ぎれば外面的には落ち着いた生活をしながらも、霊的には充実した生活を送ることができるようになる。その契機となるのが、家庭出発なのである。

 こうした信仰生活の「質的変化」をうまく通過することができないと、「独身時代にはあれだけ頑張って充実した信仰生活を送っていたのに、家庭を持ったとたんに日々の生活に追われるようになり、霊的な充足感を感じられなくなった。」と漏らすようになってしまうのである。

 実はこの外的活動による充実感から信仰が「内面化」するというプロセスは、家庭を持つときに起きると同時に、日本と韓国という国の壁を越えて異文化体験をするときにも起きる。その意味で渡韓した日本人女性たちは二重の意味で「内面化」のプロセスを通過していることになる。それをうまく通過して価値観が転換された場合には韓国社会に定着することができるようになるが、いつまでも日本的な価値観を引きづっていると渡韓先で不適合を起こすようになる。そうした例が、本書で紹介されている元信者FとGである。

 彼女たちは共に、「日本にいたときは韓国の統一教会は日本よりも信仰的で霊的に高いと教えられてきたが、実際に韓国に来てみるとそんなことはなく、かえって日本の統一教会の方が信仰的で、献身的で、活動熱心である」と感じていた。これは彼女たちが持っていた日本人的な「ものさし」で測った場合に、韓国人の信仰が低いように見えたということなのである。既にこのシリーズで紹介した『本郷人の道』の著者である武藤氏はこの点について以下のように説明している。

 日本人はまず神と我の縦的関係を築くという旧約時代の立場から始めなければならず、その信仰生活は横的な自分を否定して縦的な関係を重要視するようになる。したがって日本人の信仰観は、み言葉を文字通り、外的に一字一句違えず守るという要素が強くならざるを得ない。そして外的な行動の基準や実績を立てることによって分別し、儀式的内容を厳密に重要視することを通して心霊の復活も果たされる。アベル・カインの関係も組織における規則的関係として捉えられることが多く、カインとしてアベルに従うことの重要性が強調される。

 一方、韓国では外的な蕩減条件以上に内的な「精誠」が重要視される。そして韓国の食口は神と真の父母に対する自分の信仰を人前にそれほど表現して見せないので、外から見ると信仰のない一般の人と変わらないように見える。韓国では教会でも何よりも個人の自由を尊重し、あまり干渉した指導をしない。アベル・カインの関係も絶対的なものではなく、韓国人は位置的なアベルの言葉に対して一様には従わないことがある。韓国人は目に見える組織を超えた心情組織を持っていて、信仰的には一人でしっかりしている。日本人女性も韓国に定着すれば、自然とこのような信仰のあり方を学ぶこととなり、それを相続して内面化していく。

 中西氏はこうした信仰の内面世界を見ることができないので、単純に日本と韓国の信仰生活のきつさや激しさを比較して、韓国の方が楽でのんびりしているといる結論を出したのである。しかし、統一教会の信仰はただ単に外的な活動の激しさだけで測ることができるものではない。たとえ外的には楽になったように見えたとしても、渡韓した日本人女性たちは別の次元の戦いをしているのであり、それを通して霊的に成長しているのである。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』182


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第182回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回はその続きで、水曜日の礼拝、祈祷会や敬礼式、その他の行事や信仰生活に関わることを扱うが、その内容は韓国在住の日本人女性信者の極めて人間的な一面が現れたものである。

 まず、「水曜日の午前中に日本人女性だけの水曜礼拝がある(午前10時30分から12時くらい)。韓国プロテスタント教会は水曜日の午後七時頃から祈祷会を行うところがあり、A教会でも本来は夜に行うものだが、日本人女性達が夜に家を出にくいので、牧師の呼びかけで昼間に集まることになった。」(p.480)という紹介がなされている。先回の献金に関する記述とも共通するが、日本人女性たちは信仰生活と家庭での主婦としての立場に相克がある場合には、一方的に信仰や教会の事情を優先するのではなく、両者のバランスを取りながら現実的で合理的な判断をしていることが分かる。そしてこの場合には、牧師の方から女性たちの事情に歩み寄って時間帯を変更するという柔軟な対応をしていることが分かる。

 この集会が彼女たちにとって持つ意味について、中西氏は以下のように解説している。
「礼拝後は食事を取って雑談となるが、日本人女性達にとって情報交換やストレス解消の場になっている。日曜日だと夫や子供がいて落ち着かず、日本人ばかりでかたまってずっと話をするわけにもいかないが、水曜礼拝は日本人女性だけで気兼ねがない。子連れでもオリニチプ(保育園)にあがる前の乳幼児であり、機嫌さえよければおとなしくしている。礼拝は韓国語でも、礼拝、食事が終わると牧師は自室に引っ込む。日本人女性だけになると日本語だけの世界になり、シオモニや夫のこと、子供の学校のことなど話は尽きない。水曜礼拝の集まりを『ストレス解消。悩みを聞き、聞いてもらってアドバイスを受けて、家に帰って頑張る』と語る女性もいた。彼女達にとって何よりもストレス解消は女性同士、日本語でしゃべることである。」(p.480)

 ここには、かなりリアルな女性信者たちの姿が描かれている。異国の地に嫁に来て、家庭の中では多くのストレスを抱えているであろう彼女達が、気心の知れた仲間たちと母国語で会話ができる時間が元気の源となっているということである。すなわち、彼女たちが教会に集まるのは「神と我」という縦の関係や、宗教的な世界だけでなく、人間同士の横のつながりにも魅力を感じているからであり、「日本人女性コミュニティー」を心の拠り所としているからであると理解できる。これは一種の「ピア・カウンセリング」のような機能を教会が果たしているということである。

 しかし、これは在韓日本人女性信者に限ったことではなく、日本の統一教会にも同様の機能があり、さらには宗教団体が一般的に持っている機能であると言える。本書の中で、原理研究会のメンバーであった元信者Cは、自身の信仰生活を青春ドラマの一コマのような熱い思い出として語っている。それは麻薬に近いような楽しい体験であり、家族のような雰囲気の中で、同士のような愛情で満たされ、お互いのことを真剣に語り合う濃密な人間関係であったと述懐している。これは櫻井氏自身も認めていることであり、「原理研究会主催のセミナーを『修学旅行の夜』と評した塩谷政憲の研究(塩谷 1986)にも通じるものだが、これが統一教会における信仰生活の一側面を示していることは事実である。楽しくなければ続けられない。」(p.342)と述べているくらいである。こうしたコミュニティーとしての宗教団体の魅力は、青年集団に限らず、主婦のグループであっても機能するということだ。むしろ、日本の新宗教のほとんどは悩みを語り合う主婦のコミュニティーとして機能していると言えるだろう。

 中西氏は次のようにも述べている。「以上が普段の信仰生活だが、彼女達は礼拝以外にしばしば教会に出向く。…日本人女性信者に教会の用事を押し付けているのではなく、教会の中で彼女達が主婦であったり、年齢的に最も元気であったりして動きやすい一群となっているからである。彼女達がいなかったら教会はたちまち立ち行かなくなるのではないかとさえ思う。用事をしながらみなで日本語でしゃべることで彼女達にとっても気晴らしになっているようであった。」(p.482)

 このことから分かるのは、韓国の統一教会は日本人女性信者に対して強制的に仕事をさせたり、教会に来させているのではないということだ。むしろ教会に来ることは彼女たちの生き甲斐であり、楽しみであり、気晴らしでもあるのだ。こうした教会の機能は日本でも同じである。日本の統一教会でも昼の時間に教会に集まってくるのは家庭をもった婦人たちであることが多い。男性は昼間は仕事をしているので集まりにくく、独身で仕事を持っている若い女性も集まりにくいので、比較的昼間に時間を取りやすい主婦たちが活動の主要な戦力となっているのである。彼女達がいなかったら教会はたちまち立ち行かなくなるという点は、日本でもまったく同じである。

 彼女たちは信仰を動機として、教会の活動を生き甲斐としていると同時に、夫のことや子供のことなどの悩みを話し合い、励ましあうことによって自らを元気づけているのである。韓国と同様に、日本でも女性たちは強制されて教会に集まってくるのではなく、自らの意思で通ってくるのだ。彼女たちはそこに自分の「居場所」を見出し、その活動に自分の存在の意義と価値を見出している。それは「洗脳」や「マインド・コントロール」といった表現からは程遠い、自発的で喜びを動機とした信仰のあり方である。そしてそれは、統一教会に限らず、宗教団体の一般的な機能であると言えるだろう。

 続いて中西氏は、月末の徹夜祈祷会と敬礼式を紹介している。「徹夜祈祷会は韓国プロテスタント教会で行われているものであり、金曜日の夜に行う場合が多い。『徹夜』といっても深夜に及ぶだけで、夜を徹して朝までするわけではない。」と解説した上で、「敬礼式の部分を除けば日曜日の礼拝とあまり変わらない」(p.481)と説明が加えられている。その上で「日本人女性信者の普段の信仰生活は、日曜と水曜の礼拝、月末の徹夜祈祷会と月初めの敬礼式ぐらいである。礼拝の内容に多少違いがあっても、基本的なあり方は、週単位、月単位で行われる礼拝や儀礼に参加するだけであり、一般的なクリスチャンの信仰生活とあまり変わらない。信者が多い地域では毎週金曜日に先輩家庭が区域長になり区域礼拝を行うところもあるようだが、これも韓国では規模の大きいプロテスタント教会で行われていることである。」(p.482)と述べている。ここでも韓国の統一教会は一般のプロテスタント教会と大差ないという、中西氏の一貫した分析がなされている。

 続いて中西氏は、普段の信仰生活以外の「特別な行事」について説明する。その具体的内容は、「真の父母様誕辰記念式」「世界平和のためのA邑指導者決意大会」「天一国国民入籍修練会」「平和統一指導者A郡セミナー」「文鮮明総裁米寿記念及び平和統一指導者創立一周年平和講演会」(p.483)などの行事であり、こうした行事に日本人女性たちが駆り出されるというのである。

 このうち、「世界平和のためのA邑指導者決意大会」では、集会前に役所や警察署、地元のキリスト教会に統一教会が挨拶に出向いていることに中西氏は奇異な印象を抱いたという。それは日本の統一教会が社会から批判され孤立しているとのイメージと比較したものだが、韓国では統一教会は一定程度社会的認知を得ているのであるから不思議でもないのだろうという結論に至っている。

 中西氏は「清海ガーデン」で行われた「天一国国民入籍修練会」にも参加したようである。「修練会」というからには、「洗脳」や「マインド・コントロール」といった表現から連想されるような強烈で特異な雰囲気のものかと思えば、「ノートを取る人はほとんどいなかった。床に座らせて講義を行うのだから、居眠りする人、途中で部屋を出て行く人などもおり、緊張感は全くなかった。修練会といっても統一教会の教説を教える教化プログラムとはいいがたい」(p.483)と述べている。中西氏は韓国統一教会の「ゆるさ」に拍子抜けしているようだが、それも強烈な日本の統一教会のイメージを前提としているからである。果たしてそれほどの差異が実際にあるものなのかをより実証的に論じるには、やはり日本統一教会の修練会にも参加して、両者を実体験に基づいて比較するべきであった。日本と韓国の統一教会、ならびに修練会のあり方に、全く文化的な差異がないと私は言っているのではない。それがどの程度の差異であるかを正確に知るには、日韓両国でフィールドワークをするのが正統的なやり方だということだ。しかし、彼女はそれをしていない。ここでも中西氏は「ゆるい韓国統一教会」という実像と、「強烈な日本統一教会」という虚像を比較していることになる。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』181


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第181回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回から献金に関する部分を中心に分析する。韓国の教会における日本人女性の生活を実際に観察しインタビューした中西氏の記述を抜粋して引用してみよう。
「献金は献金封筒に入れて献金箱に入れる。献金封筒は一家庭一封筒、夫婦の名前が記されており、年間を通して使用するようになっている。これも一般のプロテスタント教会と変わらない。」(p.478)
「①は統一教会の八代名節ごとの献金である。プロテスタント教会では復活節、感謝節、聖誕節などに特別献金をするが、統一教会にはそれらの行事はなく統一教会の記念日に特別献金をするようになっている。」(p.479)
「③『十・三条献金』はプロテスタント教会の十分の一献金にあたる。統一教会では十分の三になっており、献金封筒には次のような文鮮明の言葉が記されている。『今から私たち統一教会信者は十の一条ではなく十の三条をしなければならない時代がきたのです。一つは教会のため、一つは国のため、一つは世界のためにです。――マルスムより――』」(p.479)
「しかし、聞き取りによれば、日本人女性信者はこの通りの献金はできていないようである。十分の三献金も建て前で、現実には十分の一すら難しい。」(p.479)
「B市のある女性信者は、夫が勤め人だが『全部していたらきりがない。家計が大変だから要請があっても全額はしない』と語っていた。夫が勤め人であってもある程度の収入がないと十分の一献金は難しいようである。」(p.479)
「A教会の女性信者は日本の壮婦がクレジットカードで借金をして献金するほどのことはしていない。韓国に嫁いでしまえば、エバ国家としての献金の責務からは逃れられるし、日本の女性達は元々経済的に余裕もない。献金はできる範囲でしており、献金に苦しんでいる様子はなかった。(p.479-480)

 中西氏が繰り返して述べているのは、信仰の内容に違いがあったとしても、韓国の統一教会は外形的には一般のプロテスタント教会と変わりのない「普通の宗教」であるということだ。献金額が収入の十分の一ではなく十分の三とされている点ではプロテスタント教会よりも献金の要請が高い宗教であると言えなくもないが、実際にはそれも建て前であり、十分の一さえできていないのであるから、やはり「普通」ということになるのであろう。これは韓国に嫁いだ日本人女性たちの現実を反映していると思われるが、日本の壮婦と比較している下りは、中西氏が実際に観察して得た情報ではなく、櫻井氏から提供される資料に基づくものであり、ここでも中西氏は「韓国の実像」と「日本の虚像」を比較していることになる。

 中西氏の献金に関する記述は、献金封筒や献金箱、名節献金、十・一条の実践の程度の全ての面において、日本の統一教会の現実と同じであり、日韓の間に大きな差異はない。そこに大きな差を見出しているのは、中西氏が日本統一教会の実態を知らないからである。それでは、中西氏が韓国の統一教会の「実像」と比較している、日本統一教会の「虚像」とはなんであろうか? それは櫻井氏の頭の中で構築された、「日本の統一教会信者はなぜ献金するのか」という「理論」なのである。

 櫻井氏は本書の167ページおいて、「統一教会の信者は、地上天国の実現、霊界の解放という宗教的理念のために世俗的生活を犠牲にする。」と述べている。それは「一般市民にとって重要な生活の安定、家族の扶養、老後の保障といった問題を一切度外視して」まで行う異常なものとして描かれている。実際にはこれは言い過ぎであり、このようなことを徹底していたら統一教会は存続しえないはずであるが、この強烈なイメージが中西氏の頭の中に「虚像」として存在するため、どうしても「普通の宗教」である韓国統一教会とそれを対比させてしまうのである。

 櫻井氏は本書の中で紹介している元信者Iの弁護団から依頼されて、Iに対する違法な働きかけに関する意見書を提出したことを自ら明かしており、その意見書の論理的な組み立てを本書の中で紹介している。

 通常、民事訴訟において損害賠償が成り立つのは、被告側に違法行為があったと認められる場合である。これは民法上の不法行為だが、統一教会を相手取った訴訟では、原告は統一教会の信者から先祖の因縁や霊界についてのおどろおどろしい話を聞かされ、「威迫困惑」によって不安な精神状態に追い込まれた結果として、金銭を拠出したと訴えるケースが多い。ところが、そのことを立証するのはそれほど簡単なことではないのである。

 伝道の初期段階において、手相や姓名判断を受けたとか、先祖の因縁や家系の衰退の話をされたとか、その結果として印鑑や念誦などを授かったという事実があった場合には、実際のトークにおいてどんなことが語られたのかについては原告と被告の間に争いはあるかも知れないが、裁判所が「威迫困惑」であると認定するのは比較的容易である。しかし、一通りの教育が終わり、統一教会の信者となった後には、献金を要請される度ごとに「威迫困惑」であるとただちに認定することができるような言説が語られているわけではない。それはそうである。月例献金や、毎週の礼拝で献金をする際には、その都度マンツーマンで心理的なプレッシャーを加える必要はなく、なかば習慣的に献金を捧げているのである。また特別な機会に高額の献金をする場合にも、既に出来上がっている相互の信頼関係に基づいて献金の勧めが行われるため、「威迫困惑」であると認定できるような言説が語られることはないのである。元信者Iは13年間も統一教会にいたのであるから、その間の献金の大部分は信徒として、信仰を動機として捧げたものであった。

 これでは初期に捧げた金銭に対してのみ損害賠償が請求可能であり、信仰を持った後に捧げた献金は自由意思に基づいて行ったものであるから違法性はなく、取り戻すことはできないという結論になってしまう。反対弁護士としてはこれでは困るので、初期に感じた「威迫困惑」を固定化し永続化する装置が存在するので、統一教会に捧げたすべての献金に違法性があることを学問的に立証して欲しいと櫻井氏に頼んできたということなのだろう。櫻井氏は元信者Iについて分析した箇所で、「このような分析的知見からIの信仰を捉えると、Iに対して統一教会が献金を要請する度に畏怖困惑に追い込む心理的プレッシャーをかけていたのではないことがわかる。統一教会に関わる過程において強迫・恫喝といった外形的な心理的圧力が常にかけられていたとすれば、Iの精神はストレスで疲弊し、精神的な疾患に追い込まれるか、統一教会を去っていたはずである」(p.393)と述べている。このこと自体は事実の客観的な把握である。しかしそのままでは違法性を主張して統一教会の責任を追及できなくなってしまうので、儀礼や統一教会の専門用語を通じて、不安や恐怖が持続され、固定化されるのだと主張しているのである。

 これはあたかも統一教会の信者が、伝道の初期に埋め込まれた恐怖や不安の感情を儀礼や専門用語によって固定化された存在であり、指導者が一声かければまるでパブロフの犬のように条件反射的に献金するようになるのだと言っているわけで、完全に統一教会信者をバカにしきった分析である。献金をする統一教会信者は「頭で判断して動くよりも感情に突き動かされて行動して」いるというのであるから、理性を失っていることになり、結果的に洗脳やマインド・コントロール論と同じになってしまう。もしこのような効果が永続するのだとすれば、統一教会信者は献金を断る理性的な判断能力を失っていることになる。ところが実際には、韓国に嫁いだ日本人女性たちは、家計の状況に鑑みて献金要請に応えないという判断をしているのである。これは日本でも同じであり、家計の状況に鑑みて献金要請に応えない信者は多数いるのである。櫻井氏の理論は空想の産物に過ぎない。

 そもそも、統一教会信者の信仰の動機が不安や恐怖であると規定すること自体に重大な誤りがある。また、リーダーが語る専門用語を聞いたからと言って、条件反射的に献金するわけでもない。多くの信者は指導者の言うことが本当に正しいのかどうか批判的に聞く耳を持っているし、たとえ指示が正しいものであると思われたとしても、それを実行するのが現実的に難しいと思った場合には従わないこともある。そして、やるべきことがあまりにも多すぎてすべてを実行できないときには、何を重要視すべきかを取捨選択するという合理的な判断をするのである。理想と現実には常にギャップがあり、それにうまく折り合いをつけていくのが信仰生活の実際である。大枠として信仰を維持しながら、個々の指示に対しては臨機応変に対応しているのが統一教会信者の大半である。これらはすべて条件反射によって行っているのではなく、個々の信者が自分の頭で考えて決断していることなのである。

 櫻井氏の研究の致命的な欠陥は、こうした現役統一教会信者のリアルに触れたことがなく、裁判資料や脱会した元信者の証言だけに基いて分析と理論構築を行っている点にある。それを鵜呑みにして、日本の統一教会を異常なものであると決めつけて韓国と比較する中西氏は、事実に基づいて物事を客観的に判断するという学者としての基本的な姿勢を見失っているとしか言いようがない。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』180


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第180回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回は日曜日の礼拝の内容の続きから入るが、中西氏が既存のプロテスタント教会と統一教会の違いを解説している部分を中心に分析する。

 まず聖歌に関して、「このときのA教会の牧師は讃美歌をすべて聖歌にしているが、以前の牧師はプロテスタント教会で歌われる讃美歌も用いていた。聖歌でなくてはならないということはない。」(p.476)としている。ここで「聖歌」と言っているのは、統一教会独自の聖歌である「成約聖歌」と呼ばれているものである。成約聖歌には文鮮明師が作詞したものも含まれており、プロテスタントの讃美歌にはない統一教会に固有の信仰が表現されている。礼拝の場において場を清めるという目的からすれば、讃美歌でも聖歌でもよいのであり、必ずしも成約聖歌でなければならないということはない。牧師が讃美歌が好きなら、それを礼拝の時に歌うこともあるだろう。

 より詳しく言えば、教会で用いられている「聖歌」の歌の内容は、韓国と日本とアメリカでは異なっている。同じ歌詞でも、韓国と日本ではメロディーが違うものもある。日本の「聖歌」の本には、「エジプトにすめる」「神ともに居まして」などのように一般のプロテスタント教会で歌われるような讃美歌が含まれており、「丹心歌」のようにキリスト教に起源をもたない歌も入っている。さらに、日本の「聖歌」には、韓国の「聖歌」の本にはない日本人が作詞作曲した歌も含まれている。アメリカの聖歌の本は「Songs of the Garden」というタイトルがつけられた深緑色の厚い本で、成約聖歌41曲のほかに、讃美歌、アメリカの愛国歌、友好を深める歌、スペイン語の歌、韓国語の歌をアルファベット表記したものなどが掲載されていて、全部で226曲と非常に数が多くなっている。音符は掲載されておらず、歌詞にコードがふられていることから、修練会などの場においてギターを弾きながら歌うために作られたと思われる。このように、聖歌のあり方は国ごとに異なる教会の文化を表している。

 次に中西氏は、「マルスム訓読はプロテスタント教会での聖書朗読にあたる。」とし、それは文鮮明師の御言葉であるとしたうえで、主の祈りや交読文などが見られない理由について、「統一教会では信仰告白に使徒信条を用いないのと同様に信仰が聖書に依拠したものではないために唱えないものと思われる。」(p.476-7)と解説している。この記述は正確でない。統一教会の礼拝でも聖書が朗読されることはあり、その個所の解説という形で説教が行われることはある。統一教会では旧・新約聖書を聖典としており、「信仰が聖書に依拠したものではない」という表現は間違いである。

 それでは既存のプロテスタント教会と統一教会でどこが違うのかと言えば、統一教会の信仰は聖書に依拠したものでありながら、それ以上の権威として文鮮明師の御言葉が位置づけられているということだ。文鮮明師の御言葉は、聖書と矛盾するものとしてとらえられているわけでも、聖書と無関係なものとしてとらえられているわけでもない。むしろ、聖書の教えを完成させるものとして理解されているのである。これは、律法と福音の関係、旧約聖書と新約聖書の関係に近い。イエス・キリストは「わたしが律法や預言者を廃するためにきた、と思ってはならない。廃するためではなく、成就するためにきたのである」(マタイ伝5章17節)と語った。イエスの福音は、旧約聖書を否定するものではなく、それにさらに新しい要素を加えて完成させるためにあったのである。しかし、当時のユダヤ人たちはそのことが理解できず、イエスを「律法の破壊者」として迫害し、ついには殺害するに至った。同様に文鮮明師の御言葉は、イエスが語った福音(新約聖書の内容)を繰り返すのではなく、それに新しい要素を加えて完成させるものであった。しかし、キリスト教徒たちはそのことを理解せず、ちょうどユダヤ人たちがイエスを迫害したように、文鮮明師を異端視して迫害したのである。

 続いて中西氏は、プロテスタント教会と統一教会の祈りの最後の部分における差異に触れている。この説明はすべて事実であり、プロテスタント教会では「主イエスのみ名」によって祈り、「アーメン」で締めくくるのに対して、統一教会では「真のご父母様」のみ名によって祈り、「アーメン」で締めくくっていたのが、2007年から「祝福中心家庭〇〇〇〇(祈っている人の名)の名によって報告」に変化し、締めくくりの言葉も「アージュー」に変わったというのである。こうした変化について、中西氏は以下のように説明している。
「復帰摂理の進行によって家庭盟誓に言葉が追加され、文鮮明の一声でアーメンがアージューに変わる。礼拝のあり方は形式的にはプロテスタント教会の礼拝と変わりないが、内容は統一教会の独自性が見られ、復帰摂理の進行によって変化しうるものとなっている」(p.477)

 この描写に悪意や歪曲はなく、見たままの事実を客観的に伝えているに過ぎない。しかし中西氏からすれば、自分の調査している間に祈り方が変わってしまったので、統一教会というところは教えの重要な部分までコロコロと変わる宗教だという印象を持ったかもしれない。しかし、カリスマ的リーダーというものはそのようなものだ。マタイによる福音書の第5章においてイエス・キリストは、自分が律法や預言者を廃するために来たのではなく、成就するために来たと宣言したうえで、ユダヤ教の伝統的な教えを次々に否定して新しい教えを説いている。それはすべて「伝統的にはこのように教えらえてきたが、私はこのように教える」というスタイルで語られている。

 イエスがユダヤ教の伝統に挑戦した例で最も有名なものは、安息日を守らないということであった。マタイ伝12章1節には、「そのころ、ある安息日にイエスは麦畑を通られた。弟子たちは空腹になったので、麦の穂を摘んで食べ始めた」と書かれており、そのことでパリサイ人と論争になっている。またルカ伝14章1-5節には、「ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた。するとそこに、水腫をわずらっている人が、みまえにいた。イエスは律法学者やパリサイ人たちにむかって言われた、『安息日に人をいやすのは、正しいことかどうか』。彼らは黙っていた。そこでイエスはその人に手を置いていやしてやり、そしてお帰しになった。それから彼らに言われた、『あなたがたのうちで、自分のむすこか牛が井戸に落ち込んだなら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか』」と書かれている。このようにイエスは安息日を守らず、弟子たちがそれを破っても咎めなかった。その上でイエスは「人の子は安息日の主である」(マタイ12:8)と言ったのである。これはユダヤ教の伝統よりも自分自身の権威を上に置く発言であるが、カリスマ的指導者とはまさにこのような存在なのである。キリスト教においては、イエスの死後、ユダヤ人が伝統的に守ってきた土曜日の安息日をイエスの復活の日である日曜日に変更することにより、ユダヤ教徒からは独立した別個の宗教としてのアイデンティティーを確立したのである。

 カリスマ的指導者は伝統に挑戦し、時には自らが決めたことも変えていくのである。統一教会は、まだ教祖が存命の宗教であるため、教祖が新しく語ったことが新しい伝統となり、教え自体もどんどん進化する過程にある宗教なのである。実は家庭盟誓さえ、それ以前は「私の誓い」というまったく別の文言の誓いであったし、最初は7つしかなかったものが後に8つになり、細かい文言は何回か修正されている。冒頭の「私たちの家庭は」の前にある「天一国主人」という言葉も、後から挿入されたものである。

 中西氏が調査をしていた時代は、まだ文鮮明師が存命中であったが、文師が聖和(逝去)した後にも、夫人である韓鶴子総裁の下で統一教会の伝統はさまざまに変化した。代表的な部分では、「神様」を「天の父母様」と呼ぶようになり、家庭盟誓で「神様」と表現されていた部分は「天の父母様」に書き換えられた。さらに「成約時代」は「天一国時代」に変わっている。「天一国の歌」の歌詞とメロディーも変更された。第二の教祖ともいえる韓鶴子総裁も、かなり大胆な伝統の変更を行っていると言える。新宗教がその草創期に伝統を確立していく過程においては、このようなダイナミックな変化があるものなのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』179


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第179回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。第177回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。今回は日曜日の礼拝の内容の記述から始めることにする。

 中西氏は、A教会の2007年8月26日の週報を示しながら、その礼拝は「形式的にはプロテスタント教会の礼拝と変わりなくとも、内容には多少違いが見られる。」(p.474)としている。やはり彼女は社会学者なので神学にはあまり関心がないのだろうか、神学的にはかなり大きな違いを「多少」の違いとしている。
「プロテスタント教会の礼拝と明らかに違う点は、①信仰告白が使徒信条ではなく、『家庭盟誓』であること、②讃美歌が統一教会の聖歌であること、③マルスム訓読があることであろう。週報を見るだけではわからないが、祈りの最後の部分が「……を主のみ名によって祈ります』ではなく、『……を真のご父母様を通して祈ります』になることも異なる。」(p.475)

 まず、使徒信条の部分について詳しく説明しよう。中西氏はこれについて、「①信仰告白はイエス・キリストに対する自己の信仰を明確な言葉をもって言い表すものであり、キリスト教会では、キリスト教の教義の要約いわばエッセンスにあたる使徒信条が用いられる。統一教会ではイエスの十字架の死を復帰摂理における失敗であり、イエスは結婚して子孫を残すべきだったと捉えているのだから使徒信条は用いられまい。」(p.475)と解説している。大きく間違っているわけではないが、細部においては指摘すべき点がある。

 まず、「使徒信条」が教派を越えた最も普遍的な信仰告白であることは事実だが、信仰告白はこれに限らない。「信条」とは一般に古代のものを指し、使徒信条のほかにもニカイア・コンスタンティノポリス信条などがある。一方で「信仰告白」と言うときは、宗教改革以後のものを指す。信仰告白はプロテスタントの教派によって異なっており、福音主義(ルター派)教会ではアウクスブルク信仰告白、シュマルカルデン条項、和協信条、バルメン宣言などが用いられる。カルヴァンの流れを汲む改革派教会では、第二スイス信仰告白、フランス信仰告白、ベルギー信仰告白、スコットランド信仰告白、ウェストミンスター信仰告白などが用いられる。また、日本基督教団では1954年に「日本基督教団信仰告白」が制定されている。このように、一言で「信仰告白」と言ってもその内容は多様であり、必ずしもすべてのキリスト教会で使徒信条が唱えられるわけではない。

 次に使徒信条の中身について紹介しよう。教派によって日本語訳も異なるが、以下は2004年2月18日に日本カトリック司教協議会が認可した日本語訳である。信徒信条は大きく分けて三つのポイントからなっている。
「天地の創造主、全能の父である神を信じます。(①)
父のひとり子、わたしたちの主イエス・キリストを信じます。主は聖霊によってやどり、おとめマリアから生まれ、ポンティオ・ピラトのもとで苦しみを受け、十字架につけられて死に、葬られ、陰府(よみ)に下り、三日目に死者のうちから復活し、天に昇って全能の父である神の右の座に着き、生者(せいしゃ)と死者を裁くために来られます。(②)
聖霊を信じ、聖なる普遍の教会、聖徒の交わり、罪のゆるし、からだの復活、永遠のいのちを信じます。アーメン。(③)」

 ①では父なる神に対する信仰が告白され、創造論が示されている。②では子なる神に対する信仰が告白され、キリスト論、復活論、終末論が示されている。③では聖霊なる神に対する信仰が告白され、教会論、救済論が示されている。このように信徒信条は「父と子と聖霊」という三位一体型の構造を持っているのである。

 それでは統一教会ではなぜ使徒信条が唱えられないのであろうか? それは基本的な神学的枠組みが全く異なっているからである。①における創造論においては大きな違いはなく、天地の創造主である全能の神を信じることは同じである。しかし②において、イエス・キリストが聖霊によっておとめマリヤから生まれたことを統一教会では認めていないし、十字架が神の予定であったことも、超自然的な終末の到来や最後の審判も信じていない。③においては、肉体の復活や、肉体による永遠の命(栄化)という考え方も否定されている。したがって、使徒信条は統一教会においては文字通りには受け入れがたいものなのである。これは単に、「統一教会ではイエスの十字架の死を復帰摂理における失敗であり、イエスは結婚して子孫を残すべきだったと捉えている」というような単純な問題ではなく、神学全体の構造が根本的に異なると言ってよいだろう。

 中西氏は、家庭盟誓の内容は「統一教会の教義を要約したものである」(p.475)と言っており、だからこそ「信仰告白」として位置づけられているのだが、使徒信条と比較してみると、そもそも文章の目的に大きな違いがあることが分かる。

 キリスト教会において様々な「信条」や「信仰告白」が作成されたのは、異端との闘争や教派同士の神学論争の過程において、自分自身の信仰の内容を明確化する必要に迫られたからである。それは何が間違いで何が正しい信仰か、何が異端で何が正統であるかを明確にする必要から生まれたものなので、「何を信じるか」が列挙されたものになっているのである。

 一方で、以下に示すように、「家庭盟誓」には何を信じるかは表現されておらず、むしろ私が「何を成し遂げるか」に関する決意が表現されているのである。少なくとも「家庭盟誓」は、異端との闘いや教派同士の神学論争の結果として生まれたものではない。
「一、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、本郷の地を求め、本然の創造理想である地上天国と天上天国を創建することをお誓い致します。
二、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、天の父母様と真のご父母様に侍り、天宙の代表的家庭となり、中心的家庭となって、家庭では孝子、国家では忠臣、世界では聖人、天宙では聖子の家庭の道理を完成することをお誓い致します。
三、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、四大心情圏と三大王権と皇族圏を完成することをお誓い致します。
四、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、天の父母様の創造理想である天宙大家族を形成し、自由と平和と統一と幸福の世界を完成することをお誓い致します。
五、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、毎日、主体的天上世界と対象的地上世界の統一に向かい、前進的発展を促進化することをお誓い致します。
六、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、天の父母様と真のご父母様の代身家庭として、天運を動かす家庭となり、天の祝福を周辺に連結させる家庭を完成することをお誓い致します。
七、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、本然の血統と連結された為に生きる生活を通して、心情文化世界を完成する事をお誓い致します。
八、天一国主人、私たちの家庭は真の愛を中心として、天一国時代を迎え、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によって、神人愛一体理想を成し、地上天国と天上天国の解放圏と釈放圏を完成することをお誓い致します。」(以上は2013年に改訂されたバージョンであり、中西氏の紹介した文言と異なっている)

 中西氏は、「プロテスタント教会での信仰告白がイエス・キリストへの信仰を言い表しているのに対し、統一教会の信仰告白は文鮮明と韓鶴子への信仰を言い表している。『……することをお誓い致します』は、いうまでもなく文鮮明と韓鶴子に対してである。」(p.475)と言い切っているのが、これは間違っている。一体いかなる根拠に基づいて、彼女は「いうまでもなく」という強調までしてこれを断言するのであろうか?

 プロテスタントの信仰告白は、上記の説明から分かるように、父と子と聖霊という三位一体の神に対する信仰を言い表しているのであって、イエス・キリストに対する信仰はそのうちの「子」の部分にしか当たらないので、中西氏の解説は間違いである。

 さらに、「家庭盟誓」は第一に神に対して誓うものであり、次に神と人間の仲保者である真の父母(文鮮明総裁と韓鶴子総裁)に誓い、同時に自分自身の良心に対しても誓っているのである。

 中西氏の解説は、キリスト教においても統一教会においても、天地創造主である神が欠落している。これは神に対する信仰が中西氏に欠如していることが原因であるか、そうでなければ、統一教会の信仰を意図的に「人間崇拝」として描こうとした悪意ある歪曲に他ならない。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』178


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第178回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。先回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入った。これは中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分だ。彼女が韓国で出会った日本人女性の信仰生活の様子は、一言でいえば「普通」だった。韓国の統一教会は、普通のプロテスタント教会と大差ないというのが中西氏の観察の要点である。今回はその続きを分析する。
「教会の代表は牧師である。信者が牧師を呼ぶときには『モクサニム(牧師様)』、牧師の妻を呼ぶときは『サモニム(師母様)』である。日本の統一教会では教会の代表は教会長だが、韓国では韓国プロテスタント教会と同じ呼称で呼んでいる。」(p.472)

 これはおそらく1980年代までは正しい描写だったかもしれないが、1990年代に多数の韓国人牧会者が日本で活動するようになってから、明確な区別ではなくなった。韓国人牧会者は当然のことながら韓国の教会文化を日本に持ち込んでくる。そこで自分のことを「モクサニム」と呼ぶように指導する者も出てきたし、その夫人は多くが日本人であるにもかかわらず「サモニム」と呼ばれるようになった。現在の日本の家庭連合では、韓国語の使用がかなり一般的になってきており、「モクサニム」や「サモニム」が何を意味するかは大抵の教会員が理解するようになっている。

 しかし面白いのは、「長老」「勧士」「執事」といった呼称は日本では一般的になっていない点である。私も1989年に韓国の教会で暮らしていたので、「チャンノーニム(長老様)」「ゴンサンニム(勧士様)」「チプサニム(執事様)」といった役職で信者同士が呼びあっているのを聞いたことがある。大雑把に言うと、信仰暦の長い年長の男性信者は「長老様」と呼ばれ、比較的若い女性信者は「執事様」、信仰暦の長い年配の女性信者は「勧士様」と呼ばれていた。しかし、日本ではこうした呼び名で信徒同士が呼び合う姿を見たことはない。それはこうした役職自体が日本の教会には存在しないためであろう。日本の教会の役職は、もっと職責や機能を直接的に表現したものが多い。具体的には、総務部長、教育部長、青年学生部長、婦人代表、壮年部長といった具合である。これは日韓の教会文化の違いと言えるかもしれない。

 続いて中西氏は韓国統一教会の礼拝のあり方を描写する。
「礼拝は日曜日の聖日礼拝と水曜日の水曜礼拝がある。礼拝の形式は特別なものではない。プロテスタント教会の礼拝と基本的に変わりなく、牧師の説教、祈り、讃美歌、信仰告白、献金、祝祷、お知らせ、祈りからなる。」(p.473)とし、それは『伝統』という信仰生活の儀式や行事を説明した書籍の内容とも一致するという。
「A教会を例にして見てみよう。礼拝の雰囲気は日本のプロテスタント教会の礼拝と同じで静かなものである。韓国プロテスタント教会の中には牧師が力強く感情を込めて説教し、祈りでは異言が発せられることも珍しいことではない。A教会にはそうした雰囲気、要素はない。・・・礼拝の様子からは日本でカルト視されている同じ宗教団体とは思えない。」(p.474)

 私は、『産経新聞』の国際面コラム「ソウルからヨボセヨ」を担当していた黒田勝弘氏の話を直接聞いたことがあるが、彼によれば、実際に韓国のキリスト教会の中には礼拝中にエクスタシー(恍惚状態)に入るものも多数あるという。私自身は韓国でそのような礼拝に参加したことはないが、アメリカではそれに近い状態になる礼拝に参加したことはある。それは神学校の「フィールド・エデュケーション」で、黒人中心の福音派の教会を訪問したときのことである。女性が非常に元気な教会で、牧師も女性であった。礼拝堂にはドラムとキーボードが置いてあり、それを大音量で鳴らして、ミュージカルさながらの礼拝が行われる。説教は音楽に乗って行われ、歌っているのか説教しているのか分からないような恍惚状態になるのである。牧師が話している最中に、「皆さん、証しはないか?」と言うと、次々に女性が前に出てきて信仰の証しをするといった具合である。礼拝全体が熱狂的で興奮に満ちており、中には異言を語りだす人や、踊りだす人もいる。それは一種の宗教的現象として尊重されるべきものだが、部外者がいきなりそこに参加したら違和感を感じるのは否めないであろう。宗教に理解の無い人であれば、それだけで「カルト」のレッテルを張るかもしれない。

 しかし、中西氏が参加したA教会の礼拝にはそうした恍惚状態やトランス状態を引き起こしたり、信者が礼拝中に異言を発するような特異な現象はまったくなく、礼拝は静かなものであったという。同じ教会でも国ごとに文化の違いがあり、牧師ごとに説教のスタイルに違いがあるとはいえ、統一教会の礼拝がトランス、エクスタシー、異言といったような現象を意図的に引き起こすタイプのものではなく、むしろ説教者が理性的に語ることによって信者を感化しようとするのは、全世界共通の普遍的な傾向であると言ってよい。このことは、西洋の統一教会の修練会を研究したアイリーン・バーカー博士の記述からも傍証することができる。
「講義は、高等教育の多くの場所で毎日(同じかそれ以上の時間)なされているものよりもトランスを誘発するものではない。さらに、私が観察したことは、入会する者たちは講義の内容が面白くて刺激的であると感じたらしく、また積極的に聞き耳を立て、ノートをしばしば取っており、そして(講義の後で質問をすることから明らかなように)自分自身の過去の体験と関連づけているのである。統一教会の修練会では、お経や呪文のようなものが唱えられることはほとんどない。仮にそれが行われるところでも(欧米では、主にカリフォルニアであったが)、ゲストに関する限りは非常に限定された性格のものである。確かに、それはクリシュナ意識国際協会の寺院を訪問したときに参加するように勧められるお経や、実際に、より伝統あるヒンドゥー教の寺院で通常行われているものほど激しくはない。統一教会は恍惚状態を志向する宗教ではないし、通常の活動の一部として、信者たちを熱狂に駆り立てることはしない。(文と一部のカリスマ的な指導者たちは、ときどきムーニーたちに熱狂的な大衆反応を引き起こすことができるけれども。)意識の変容状態または催眠については、そのような言葉が全く空虚な意味で適用され、同語反復的に用いられるか、普通の、日々起こっていることを描写しているのでない限り、統一教会の修練会に参加したことのある者なら誰にでも明らかなように、こうしたことは全く起こっていない。」(『ムーニーの成り立ち』第5章 選択か洗脳か? より)

 実は中西氏が紹介している書籍『伝統』は日本語にも訳されており、日本における礼拝や儀式のあり方は、基本的に韓国のものと同じである。西洋においても、大きな違いはない。したがって、日本でも韓国でも西洋でも、礼拝の様子は大きく変わらないはずである。

 にもかかわらず、中西氏は「礼拝の様子からは日本でカルト視されている同じ宗教団体とは思えない。」という比較をあえて最後に付け加えているのである。中西氏が本気で日韓の比較を行いたいのであれば、日本でも礼拝に参加して、韓国との違いを直接的に体験すべきであった。それが研究者としての真摯な態度というものであろう。そうすれば、なぜ日本では統一教会は「カルト視」され、韓国ではそうされないのかに関する実証的で具体的な根拠を提示することができたかもしれない。しかし、ここでも中西氏は自分が直接出会った韓国統一教会の「実像」と、櫻井氏から植え込まれた日本統一教会の「虚像」を比較することに終始しており、実証的な比較研究を避けているのである。

 仮に中西氏が日本のどこかの統一教会の日曜礼拝に参加したならば、その様子は韓国の統一教会の礼拝と大差ないことを発見するであろう。それは形式としてはプロテスタント教会の礼拝と基本的に変わりなく、牧師の説教、祈り、讃美歌、信仰告白、献金、祝祷、お知らせ、祈りからなるからである。そしてまた、日本の統一教会の礼拝でもトランス、エクスタシー、異言といったような現象が起こることはなく、礼拝の雰囲気は静かなものである。それを見た中西氏の感想は、「この宗教団体がなぜカルト視されているのか分からない」となるに違いない。しかし、実際には中西氏は日本の統一教会の礼拝を観察したことがないので、「虚像」としてしかそれを理解することができないでいるのである。これが中西氏の研究の根本的な欠陥であることは、何度でも繰り返して指摘すべきである。

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神道と再臨摂理シリーズ14


 これまで13回にわたって連載してきた「神道と再臨摂理」のシリーズも、今回が最終回になります。先回から神道と再臨摂理のかかわりについて解説を始め、その中で神道と再臨摂理の間には不幸な過去があったことを説明しました。再臨摂理は紛れもなく神社参拝に命がけで抵抗するクリスチャンから出発したのであり、再臨主の基盤となる人は愛国反日の立場でなければならなかったのです。その意味で、再臨摂理と神道の間には一種の「怨讐関係」があるのは事実であり、それは歴史的な事実として否定できません。

神道と再臨摂理PPT14-01

 それでは、神道は悪なのでしょうか? その問いに対する答えは『原理講論』の世界大戦論の中に出てくる、「天の側」と「サタン側」の区別の仕方にあります。そこでは、神の復帰摂理の方向と同じ方向を取るか、あるいは間接的でもこの方向に同調する立場をとるときこれを天の側といい、これと反対になる立場をサタンの側という、とされています。これを宗教に当てはめた場合には、すべての宗教はその目的が等しく善にあるので、みな天の側であるが、ある宗教が使命的に見て一層天の側に近い宗教の行く道を妨害するときには、その宗教はサタンの側に属するようになるとされています。すなわち、神道の目的は基本的に善であるけれども、一層天の側に近い韓国のクリスチャンを迫害したために、国家神道はサタン側の宗教となったのです。

 この原則は神道のみならずどの宗教にも当てはまります。イスラム教がキリスト教の行く道を防いだ時にもサタン側となり、キリスト教が再臨主の行く道をふさいだ時にもサタン側となったのです。

 既に第12回で述べたように、国家神道は宗教としての神社神道が政権を握って、権力によって自らの信仰を国民に強要したのではなく、むしろその逆であり、政府が国民の統合と教化のために伝統的な神社神道を利用したというのが実態でした。したがって、「国家神道」がもたらしたさまざまな弊害や問題を、神道そのものの罪過として非難するのは誤りであると言えます。国家神道は、神道の長い歴史の中で見ればごく一時的な現象に過ぎませんでした。そして第二次世界大戦中は、ほぼすべての宗教団体が戦意高揚のために政府に利用されたのです。日本の伝統宗教はもとより、キリスト教も新宗教も大半はこれに順応したというのが事実です。政府に逆らったのは、大本やキリスト教無教会派など、一部の例外に過ぎませんでした。その意味では、神道だけを特別に罪悪視することはできません。神の摂理から見て、「国家神道」はその時代におけるサタン側であったと言えるかもしれませんが、神道そのものは一つの宗教として天の側に立っていると言えます。

神道と再臨摂理PPT14-02

 お父様は神道を超宗教運動の対象として認めていました。UPFの国際行事においては、世界の諸宗教の代表によって構成される「超宗教祈祷」が行われることが多くありますが、キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教などと並んで、神道の宮司が祝詞をあげることもよくあります。韓国における行事だけでなく、イスラエルやアフリカのナイジェリアにおいて行われた国際行事においても、日本を代表して神道の宮司が祝詞をあげました。もし統一運動が神道そのものを罪悪視していたならば、こうしたことはあり得なかったはずです。

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 UPFの提案により、毎年2月の第一週を宗教間の和解と調和を推進する一週間に定める「世界諸宗教調和週間」に関する決議案が、2010年10月20日に第65回国連総会で可決されました。これに伴い、世界各国のUPFがこの期間に宗教間の和解と調和に関する行事を行っていますが、日本のUPFも「世界諸宗教調和週間」を祈念する平和の祈りを行事を毎年行っています。神道は日本の土着の宗教であり、中心的な宗教の一つであるため、日本における平和の祈りの行事においては、神道は重要な役割を果たしています。日本のUPFは、神道を超宗教運動の対象として位置づけ、友好関係を築こうと努力しているのです。

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 また、お父様の提唱により、世界の諸宗教の経典をテーマごとにまとめた『世界経典』でも神道の経典の言葉が掲載されています。具体的には、古事記から7カ所、日本書紀から4カ所、延喜式から1カ所、常陸風土記から1カ所、万葉集から3カ所となっています。その主な内容を紹介しましょう。
①伊邪那美が先に声をかけたことによって水蛭子が生まれたという古事記の記述を、聖書の失楽園の物語と類似する「人間の堕落」に関するものとして掲載しています。
②黄泉の国から帰った伊邪那岐が禊をした古事記の記述を、「清浄」に関するものとして掲載しています。
③須佐之男命が八岐大蛇を退治した古事記の物語を、悪魔を屈服させた話として記載しています。
④仁徳天皇が高い山に登り、国の中に炊煙が立たないのを見て、人民が貧しいからこれから三年間、人民の租税と夫役を免除せよと言った古事記の記述を、統治者の人民に対する配慮の例として紹介しています。
⑤自然に神性を見出す万葉集の歌を紹介しています。
⑥日本書紀に出てくる崇神天皇の「人民を導く根本は、教化することである」という言葉を「真理の証し」の項目で紹介しています。
⑦皇祖の神霊が子孫を助けているという日本書紀の記述を紹介しています。
⑧信を持って天下を治めようという日本書紀の記述を、「模範による指導」の例として紹介しています。
⑨延喜式の祓の記述を、「償いと許し」に関するものとして掲載しています。
⑩物忌よりももてなしの心の重要性を説いた常陸風土記の記載を「儀式を越えて」の項目で紹介しています。

 このように『世界経典』においては、神道経典の中にみられる宗教的な知恵が、世界の諸宗教と共通性を持つ普遍的な価値観として評価されているのです。

<結論>

 それではこのシリーズの結論をまとめてみたいと思います。神道と家庭連合は宗教としての普遍的価値観を共有する部分もありますが、明確な違いもあります。国家神道は、政府が国民の統合と教化のために伝統的な神社神道を利用した現象であり、神道の長い歴史の中で見ればごく一時的な現象でした。再臨摂理と神道の間には一時期怨讐関係が存在したことは事実ですが、お父様はそれを越えて神道を世界の諸宗教の一つとして認め、超宗教運動の対象の一つとして認められました。したがって我々は、日本文化の根底をなすものとして神道を積極的に評価し、友好的関係を築くべきであると言えます。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』177


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第177回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。先回まで、中西氏がA教会で発見した任地生活の女性信者に向けた「15ヶ条の戒め」と呼ばれる心構えの分析を行ってきたが、今回から「三 現役信者の信仰生活――A郡の信者を中心に」の内容に入ることにする。この内容は中西氏のフィールドワークによる調査結果を紹介したものであり、彼女の研究の中では最も具体的でリアリティーのある部分である。彼女が韓国で出会った日本人女性の信仰生活の様子は、一言でいえば「普通」だった。これはおそらく彼女の率直な感想であり、そこに嘘や偽りはないと思われる。むしろ問題は、彼女自身の目で観察していない日本の統一教会の信仰生活を「異常」と決めつけて、それと対比しようとする構図の取り方にあると言ってよいだろう。

 初めに中西氏は、農村部A郡を事例にする理由を述べている。その最も大きな理由は、「調査期間が最も長く、B市やソウル中心部と比べて信者と接触し、日常生活と信仰生活の両面を観察できたからである。」(p.469)とされている。実際には自分が調査した対象が全体を代表するような平均的な群れであったのか、それとも「はずれ値」の特殊な群れであったのかを評価する必要があるのだが、彼女は統一教会の信仰生活の目的はどこでも同じであり、組織的な指導や教育があるので、信者の信仰生活には場所によって大きな違いはないという前提で議論を進めている。彼女の論法はいささか杜撰ではあるものの、結論としてそれほど間違っているとは思えない。日本国内でも、北海道、東北、首都圏、中部、関西、中四国、九州では、それぞれの地方の文化の違いのようなものはあるだろうが、統一教会の信仰生活そのものが大きく変化するわけではない。同じように、韓国の全羅道、慶尚道、忠清道、京畿道、江原道で土地ごとの文化の違いがあったとしても、信仰生活そのものが大きく変化するとは思えない。

 ただし、韓国では都市部と田舎では文化の差が大きく、それが信仰生活に与える影響はやはり考慮しなければならないであろう。このことは中西氏も気付いていて、「農村部のA郡の生活は都市近郊のB市、ソウル中心部と比べると閉鎖的である。A郡では信者であることを明かさずとも周囲の韓国人は『日本人女性=統一教会信者』と認識しているが、B市やソウルでは言わなければわからない。A郡の日本人女性は統一教会信者であることを周囲も自明視しているという前提の上で暮らしている。」(p.470)と述べている。

 中西氏が本書で提示している38名の調査対象者のうち、26名がA郡の信者である。この26名の特徴は、全員が女性であることと、学歴が若干低いことだ。具体的には高卒あるいは看護学校卒がほとんどで、大卒は2名、短大卒が2名である。農村部に低学歴の者が嫁ぐ傾向にあるかどうかは自分には分からないと中西氏は言っているが、私もこれは偶然であり深い意味はないと考える。大卒はソウル、高卒は農村部、などというように学歴で嫁ぎ先を振り分けるような発想はそもそも文師のマッチングにはなかったからである。むしろ、大卒の日本の女性が、学歴の無い農村の男性の所に喜んで嫁いでいくことが「美談」とされるような傾向があったくらいである。祝福双による構成は、1988年の6500双がリーダー的な存在であり、人数的には1995年の36万双が最も多く、次に1992年の3万双が多いという。

 続いて中西氏は、日本人女性信者の信仰生活についての描写を開始する。冒頭から彼女は、日本人信者の信仰生活がいたって「普通」であることを強調する。
「結論から先にいえば、八章二節の『宗教団体としての統一教会』で見た韓国人信者の信仰のあり方と同様に、日本人信者の信仰のあり方も特別なものではない。教会の様子、礼拝や行事、家庭での信仰生活などを見ていくことで、信仰生活のあり方が一般のクリスチャンとあまり変わらないことを確認しよう。」(p.471)

 この文章は、中西氏の頭の中に存在する「普通な韓国統一教会」と「異常な日本統一教会」というステレオタイプ的な枠組みに基づいている。中西氏の頭の中にある日本統一教会のイメージは、櫻井氏から提供された大量の文献と、櫻井氏自身の記述によって作り出された「虚像」である。それに対して、中西氏が韓国で出会った統一教会の信者たちは彼女が直接観察した「実像」である。彼女の研究の根本的な欠陥は、日本における統一教会信者の実態に触れたことがないため、日韓の統一教会を比較する際には、常に「虚像」と「実像」を比較しながら論じなければならない点にある。それが彼女の研究を深みの無い空虚なものにしてしまってるのである。わざわざそんな無理なことをしなくても、彼女自身が出会った「普通な韓国統一教会」と、そこで暮らす日本人女性信者の姿をそのまま描いた方がもっとスッキリすることであろう。しかし、それでは「統一教会の信仰生活は普通だ」としか言ったことにならないので、「批判的な研究」である本書の目的にそぐわないのである。

 中西氏はまずA郡の統一教会について、「礼拝堂の内部は一見したところ一般的なプロテスタント教会とあまり変わらない。異なる点を挙げれば、礼拝堂の正面に十字架ではなく統一教会のシンボルマークが掲げられていること、講壇の横に教祖夫妻の写真が掲げられ、その下に椅子二脚が置かれていることくらいである。」(p.471-2)と述べている。実はこの違いは神学の違いによるものであり、教会ごとの文化の違いよりもより本質的な違いなのだが、中西氏はその理由について深く説明していない。ここは大事な部分なので、詳しく説明しておきたい。

 キリスト教の礼拝堂に十字架を掲げるのは、十字架がキリスト教信仰における救いの核心部分をなしているからである。それは言ってみればキリスト教会のアイデンティティーのようなものであり、神学的に重要な意味がある。キリスト教の教義によれば、イエス・キリストは全人類の身代わりとして、人々の罪を背負って十字架上で死んでいったと理解されている。イエスは自分の罪を贖うために、十字架で死んでくださった。だからこそ、救いの源泉である十字架を仰ぎ見るのである。

 教会に掲げられている十字架にも色々なタイプがある。ただ十字に組んだ木だけが掲げられている場合もあれば、そこにイエス・キリストの体が描かれているもの、さらには立体的なイエスの像がぶら下がっているものもある。中にはそのイエスの像が非常にリアルなものもあって、肌色に塗られた木造の足には釘が刺さっていて、そこから血が流れているのが描かれていたり、兵士に槍で刺された傷跡がザックリと胸に描かれていたりする場合もある。これをもしキリスト教というものを全く知らない人が見たら、グロテスクで悪趣味だとしか思わないだろう。

 実際、十字架は異文化の人々にとっては非常に奇異なものであり、世界的な版図をもつ宗教の教祖の姿としては異常なものである。それはクリスチャンたちにとってはあまりに日常的なものとなっているので気がつかないのであるが、磔にして殺された教祖の像をおがんでいるというのは尋常ではない。

 統一教会には十字架がない。どこの国の本部教会へ行っても、地方の教会でも、礼拝堂に十字架は見当たらない。これをもってクリスチャンたちは「統一教会はキリスト教ではない」と言う。十字架こそキリスト教のシンボルだからだ。ではなぜ統一教会には十字架がないのか? それは十字架が見るに忍びないものだからである。クリスチャンたちは十字架につけられた救い主の姿を仰ぎ見ている。しかし統一教会の信徒たちは、「あなたはなぜ彼を十字架から降ろしてあげようとしないのですか? あなたはなぜ彼をあそこで苦しむままにさせておくのですか? もし彼を十字架につけたのがあなたであるというならば、なぜ自分の罪をかぶせたまま平気でいられるのですか?」と思うのである。

 「統一原理」は、イエスが人類の罪を背負って十字架にかかったことを否定しない。しかし、それは本来イエスが行くべき道ではなかった。人々が彼を受け入れなかったため、彼は死の道を選ぶほかはないところまで追い込まれてしまったのである。それは神の本意ではなかったが、イエスが人類をとりなすことによって、人類はかろうじて許されるようになったのだ。したがって十字架は神に対する人類の反逆の象徴であり、決して喜ばしいものではない。十字架上で苦しむイエスの姿は、人類を救済するためにあらゆる手を尽くしながらも、その人類から反逆され続ける神の姿の象徴でもある。だからこそ統一教会は今もなお十字架にかかって苦しむ神を、そこから解放しなければならないと主張するのである。

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神道と再臨摂理シリーズ13


 これまでは神道に関する基礎知識を解説し、古代から現代にいたるまでの神道の歴史を概観してきました。今回からそれらの知識をもとに、本題である神道と再臨摂理のかかわりについて解説します。

 まず、家庭連合と神道を比較してみれば、宗教としての普遍的価値観を共有する部分もありますが、だからと言って類似点を過度に強調することもできません。なぜなら、両者には明確な違いが存在するからです。主な相違点を一覧表にすると以下のようになります。

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 神道は日本民族固有の宗教であり、それ以外の民族に広まっていくことは基本的にありませんが、家庭連合はあらゆる国や民族に広まっています。ここでいう「自然宗教」とは特定の創設者によらず、自然発生的に生じた宗教のことを言いますが、神道はまさにそうした宗教です。一方で家庭連合は、文鮮明師という特定の創設者によって生じた宗教です。

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 さて、神道と再臨摂理の間には不幸な過去があります。それは日本が韓国を植民地化したことに伴い、韓民族を日本人に教育する「皇民化教育」の一環として、国家神道が朝鮮にも導入されたからです。1925年(大正14年)には天照大神と明治天皇を祭神とする「朝鮮神宮」が建立され、朝鮮総督府は「皇民化政策の一環」として神社参拝を奨励しました。

 日本政府の論理によれば、神社参拝は「国家の宗祀」であって、愛国心の発露のようなものであり、宗教ではないので、これを同じ「皇国臣民」である朝鮮の人民に要求することは当然であり、信教の自由の侵害には当たらないというものでした。しかし、韓国のクリスチャンたちの神社参拝に対する態度は妥協と抵抗の二つに分かれました。カトリックと監理教(メソジスト教会)は、神社参拝が単純な政治的行動に過ぎないという立場を受け入れて、これと妥協しました。一方、長老教会はこれに抵抗し続け、日本政府の激しい迫害を受けました。しかし、1938年の第27回総会で、神社参拝がキリスト教信仰に背馳しないことを決議し、最終的には妥協することとなります。これで、一つの教派として神社参拝に抵抗するキリスト教会はなくなりました。

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 しかし、それでも抵抗を続ける一部のクリスチャンはいたのです。その代表が朱基徹牧師です。彼は朝鮮長老派教会の牧師で、神社参拝は偶像崇拝であるとして拒否し、4度投獄され、5年間獄中にありました。そして、日本による凄まじい拷問の末、1944年4月21日に平壌刑務所で死亡します。49歳でした。この迫害により平壌神学校は閉鎖され、200余りの教会が閉鎖され、2000余名の信徒が投獄され、50余名の殉教者が出たと言われています。

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 そして、黄海道で神社参拝を拒否して投獄された70余名のうち、50名が監獄で殉教し、残りの20名が解放後に出獄しました。彼らは、日本の迫害を耐えぬいたということで、「出獄聖徒」と自称しました。彼らは出獄した後に平壌の章台峴教会教会に集まり、韓国教会再建運動を展開したということなのですが、これがお父様のみ言葉の中に出てくる「再建教会」のことです。実は、崔先吉女史とその母親は、再建教会を信じていたということですから、第一の奥様とその母親は、キリスト教の中でも「獄中派」の教会に属し、その信仰を篤く持っていたことになります。そしてこの崔先吉女史自身も、牢獄を体験するくらい、激しく戦ったということです。

 実は、お父様は1946年に北朝鮮にわたり、この章台峴教会から十数名を復帰しているのです。このときに入教したのが玉世賢ハルモニとか、池承道ハルモニとか、金元弼先生の叔母さんに当たる金仁珠先生などです。この方々は「獄中派」のクリスチャンの伝統の中から復帰された人々です。ですから、こうしてみると本来ならば、「獄中派」の信仰を持っていた崔先吉夫人とその親族がお父様の基盤にならなければならなかったし、再臨主を信じた初期の信徒たちは、この「獄中派」のクリスチャンの中から出てきたと言えるわけです。このように、神社参拝に命がけで抵抗するクリスチャンから再臨摂理が出発したということは紛れもない事実であり、その意味で再臨摂理と神道は不幸な関係にあるのです。神社参拝に関するお父様のみ言葉を少し引用してみましょう。
「日帝末期に、日本人は圧迫を加重して、キリスト教徒たちに神社参拝を強要しました。篤実なキリスト教徒たちは、神社参拝を拒否して地下に隠れました。ある人々は満州に行き、ある人々はソ連に行き、ある人々は山に行って隠れて生活しました。神様を信じながら、日本から解放されるその日を渇望する多くの人々がいました。日本政府と内通していたキリスト教の牧師たちも、たくさんいました。彼らは、日本の指示に従って行動しました。しかし一方では、地下で、山で、変わらずに信仰を守り、解放のその日を待ちながら戦った、愛国的で篤実なキリスト教徒たちが、たくさんいたのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.29-30)
「ところで、外的に神社参拝していた既成教会の代表がみなどのような者たちかといえば、外国に留学した人たちです。皆、日帝の手先のような者たちです。結局は米軍政府が生じたとき誰が通訳官になったかといえば、牧師をしていた人や、牧師と関係して神学を勉強した人々が、通訳官として入っているのです。通訳官として入って、神様のみ旨の中において、アベル圏の宗教集団形成をしてくる歴史的基盤を無視して、彼らは国を中心として一つになってしまったのです。韓国キリスト教の混乱はこの時から始まったのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.63)
「韓国の大統領になる人は、アベルの代表にならなければならないのです。天に侍るアベル的な立場から、神社参拝した牧師を使ってはならないのです。そのような牧師は除去して、獄中や地下で苦労した人々をアベル的教団に立てて、再教育して国を立てることができる業をしなければならなかったのです。」(真の御父母様の生涯路程2, p.66)

 これらのみ言葉から明らかなことは、日本の神社参拝に屈服しなかった信仰的なクリスチャンが李承晩の基盤になるのが天の願いであったということです。再臨主の基盤となる人は、愛国反日の立場でなければならなかったのです。その意味で、再臨摂理と神道の間には一種の「怨讐関係」があるのは事実であり、それは歴史的な事実として否定できません。

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