第四章 「蕩減」と「因縁」について


統一教会に対する献金返還訴訟においては、原告側は「自分は先祖の因縁等を語られることによって不安に陥れられ、違法な勧誘行為によって献金を強制された」と主張している。しかしながら、統一教会の正式な教理解説書である『原理講論』には「先祖の因縁」という概念は存在せず、それが教会の正式な教義として教えられることもない。にもかかわらず、信者たちが新しいメンバーを伝道し、献金を勧誘した際に、本来教義にないはずの「先祖の因縁」に関する教説が語られたというのである。どうしてこのようなことが起こったのであろうか?

これは統一教会という外来の宗教が日本に土着化していく際に起こった一種の”習合現象”であると理解することができる。統一教会のように外国に起源をもち、しかもキリスト教的な教理体系をもった宗教を日本人が受容して行く際には、外来のなじみのない宗教概念を理解するに当たって、自分がそれまで属していた宗教伝統の中に存在する類似の概念を媒介として、その意味を類推するということが起こりやすい。それが新しい宗教概念を理解するための助けとなるのは事実であるが、時としてもともとその中にはなかった意味が読み込まれたり、本来の意味がねじ曲げられたりすることがある。これは新しい概念が導入される際の、不可避的な副産物とでも言うべきものである。

一般に外来の宗教と日本の土着の宗教概念がうまく接触・融合するためには、結び付こうとする二つの宗教伝統の間に、互いに類似した概念が存在することが前提となる。統一教会の信者が行う伝道の現場においては、「蕩減」と「因縁」という二つの概念が同一視されるという現象が起こった。すなわち、「蕩減」という言葉はもともと日本語にはなく、すぐには理解し難い概念であったために、それが「因縁」という言葉に置き換えられるか、もしくは同一の概念であると説明されるケースがあったのである。そこで本章においては、「蕩減」および「因縁」という二つの概念がそれぞれ意味する正確な内容を吟味することにより、その連続性と非連続性を明らかにし、両者を同一視することの問題点を論じることにする。

 

 

 

第一節  先祖の因縁とは何か

 

問題となった献金のトークでは、家系図を用いて「先祖の因縁」を説明し、それを解決するための手段として献金を勧められたという。これは基本的に仏教的な概念であると言えるが、実は仏教の根本的な教義には「因縁」とか「因果応報」という概念はあっても、「先祖の因縁」という概念は存在しない。この概念は実は日本仏教固有の概念であり、仏教という外来の宗教が日本に土着化する過程において、日本の祖先崇拝と習合して形成されたものである。したがって、仏教の根本聖典のみを根拠としては、ここでいう「先祖の因縁」を正確に理解することはできない。むしろ仏教が日本に土着化する過程において、「因縁」の概念がどのように変容していったのかを理解する必要があるのである。そこでしばらくの間、日本における仏教の土着化の過程を追いながら、「先祖の因縁」の意味を明らかにしていこうと思う。

 

仏教の世界観

仏教では、すべてのものごとが生起したり、消滅したりするには必ず原因があるとする。その中で生滅に直接関係するものを「因」とし、「因」を助けて結果を生じさせる間接的な条件を「縁」として、両者を一括して「因縁」と言う。また因縁によって物事が生起することを「縁起」と言い、生じた結果を含めて「因果」という。このような考え方を「縁起の法」と言うが、これ自体は極めて抽象的で哲学的な「世界観」であった。これに業(カルマ)の思想が結び付いてできたのが「因果応報」という考え方である。

業の思想は仏教以前にまでさかのぼる。業は、行為を意味するサンスクリットの「カルマン」の漢訳語である。善人も悪人も死んでしまえばみな同じだというのは不公平だという考えをもとに、インドではブラーフマナ文献あたりから因果応報思想が説かれ始める。それがウパニシャッド文献では、輪廻思想の成立とともに急速に理論化されるに至った。輪廻はサンスクリットの「サンサーラ」の漢訳であり、車輪が回転してとどまることのないように、次の世にむけて無限に生死を繰り返すことを意味する。その際、生前の行為と転生後の運命は因果的に結び付いており、生前の行為(業)によって、その人の主体(アートマン)が何に生まれ変わるかが決定する。その転生のあり方は善因善果、悪因悪果の応報説に基づいているとされた。すなわち人間あるいは天人として生まれるという善の結果は、前世の善業が原因となっており、地獄・餓鬼・畜生として生まれるという悪の結果は、前世の悪業が原因となっているというものである。これは、生前の行為(業)はその場限りで消えるのではなく、功徳や罪障として行為の主体につきまとい、やがて時が至ればそれが順次に果報として結実し、同じ主体によって享受されて消滅する、という考え方である。自分の行為の結果は自分で享受することが原則で、これを「自業自得」と言う。

この輪廻の考え方は仏教にも受け継がれ、無明と愛執によって輪廻が生じ、それを絶ち切ることによって涅槃(安心立命の境地)や解脱が得られると説かれた。仏教ではこの輪廻のことを特に「六道輪廻」と呼び、死後の迷いの世界を地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上の六つの生き方(転生)に分けて整理した。

日本では、輪廻説は仏教とともに受け入れられた。特に平安初期に成立した『日本霊異記』の中に輪廻と応報の諸相が描かれており、これが後の日本の輪廻観に大きな影響を与えた。しかしこの『日本霊異記』に表現されている輪廻説は、哲学的な傾向のあるインドのものとは違って、現実主義的な傾向を示しており、これは輪廻説の日本的な受容であると言うことができる。すなわち、もともと仏教では輪廻転生は迷いの状態とされ、この生まれ変わり死に変わる生き方から解放されることこそが「解脱」であり、「涅槃」であった。しかしそれは日本では勧善懲悪的な教えとして受け取られ、来世で良い生まれ方をするために、現世で善業を積まなければならない、という教えとしてとらえられたのである。

 

祖霊信仰と習合した日本の仏教

しかし、仏教が伝来する以前の日本の他界観は、輪廻説とは全く異なるものであった。日本には古来より霊魂不滅の信仰があり、人間が死ぬとそれはやがて「死霊」から「祖霊」へと昇華していくという信仰があった。祖霊とはもともと家族や近親者の死後の霊魂のことである。この死霊は死後に故人の霊魂として丁重に葬られるが、あまり時間が経過しないうちは、時として災いを成すものとして恐れられる一面もある。しかし、時間がたつに従って恐怖の面は薄れ、しだいに家族や一族を守護する神として崇拝されるようになる。これが祖霊であり、個人的な霊魂は一定の時間を経て祖霊の仲間入りをするのである。この祖霊は、いわば一定の時間を経た一族の祖先の霊魂の共同体であり、それが現実に生きる一族を守ってくれると考えられた。

このような「祖霊信仰」が日本の祖先崇拝の基底を成すものであるが、日本に仏教が伝来したとき、この祖先崇拝と仏教が習合し、日本独特の仏教形態を発達させることとなった。これは「仏教が祖先崇拝的に消化された」とも、「祖先崇拝が仏教的に行われるようになった」とも表現することができるが、驚くべきことは多数存在する仏教の宗派のどれも例外なく祖先崇拝と習合したという事実である。これは日本人の宗教性の基底には、祖先に対する敬慕の思いがどれほど強く働いていたかを示すものであると思われる。と同時に、祖先崇拝は「家」という日本の社会を構成する基本単位を維持するためには絶対不可欠な宗教儀礼であったことを考えると、仏教は日本の社会の実状に合うような形で受容されたのである、ととらえることもできる。

しかしこのような受容のされ方は、仏教本来の立場からすれば許されないはずのものである。釈迦の説いたオリジナルの仏教は徹底した個人主義の教えであって、その究極的な目的は輪廻転生を繰り返す迷いの状態から解脱して、個人の安心立命の境地(涅槃)に至るところにある。したがって、そこには日本の家制度のような特定の社会制度を持続させるのに貢献すべき積極的な要素は全くないはずである。仏教が本来理想とした共同体は家庭でも氏族でもなく、出家した求道者の集団である僧伽(サンガ)であったのであり、むしろ家庭は愛欲煩悩の場として、相対的に否定されるべきものであったとさえ言える。したがって、オリジナルの仏教には、日本の家制度やそれを維持するための祭祀である祖先崇拝を直接支持する要素は存在しないばかりか、むしろ原理的にはこのようなものは否定する傾向がより大きいと言うべきなのである。これは、釈迦の在世当時には出家の僧侶たちが葬送儀礼に関与することが厳しく戒められていたことからも明らかである。

しかし、それが日本に土着化する過程においては、ことごとく換骨奪胎されていく。本来、仏教における涅槃(ニルヴァーナ)とは「吹き消される」ことを意味し、それは明智によって煩悩の炎を吹き消し、一切の業因果を離れ、輪廻を解脱することを意味した。すなわち、これは悟りを開いて仏になることを意味したのであり、人間の生物学的な死を意味するのではなかった。

しかし、このような深遠な哲学的概念は素朴な日本人にとって難解であったため、涅槃は「肉体の死」という意味で解されることとなった。涅槃に入った者はすなわち仏である。したがって人は死ねば「ホトケ」になる。生前の仏教信仰の有無、行為の善悪、人物の器量如何にかかわらず、死者をことごとく「ホトケ」と呼ぶ日本の風習は、「涅槃=死」という日本的な仏教解釈に基づくものである。

祖先崇拝においては、先祖は何ものにもまして尊崇されるべきものである。したがって、仏教における究極の目標である解脱を成し遂げた「仏(ホトケ)」が、先祖と同一視されるのは自然の成り行きであった。したがって日本の仏教においては「先祖=ホトケ」となり、先祖を祭ることとホトケを供養することが同一視されるようになった。これは「回向」と呼ばれる仏教概念が、先祖の祭りと習合したためである。もともと仏教における回向は、修行などによって積んだ功徳を他人のために振り向けることを意味したが、これが日本では葬式や法事と結び付いて、施主(喪主)が僧を招いて経を読ませることによって得た功徳を、死者のために振り向けることを回向と解釈したのである。

また日本には年忌と言って、毎年回って来る死者の祥月命日があり、この日に死者供養の仏事が行われる。これには一周忌、三回忌、七回忌、十三回忌……とあり、通常は三十三回忌をもって一応の区切りをつけ、これを「弔い上げ」といって、それ以後は仏事をすることがほとんどない。この習俗は日本の祖霊信仰と仏教が複雑に結び付いて発展したものである。すなわち、日本では年忌を重ねるたびに霊は神または仏に近づくと考えられたのであり、三十三回忌をもって死者の霊魂は一家の守護神としての祖霊の仲間入りをする、または完全に成仏するととらえられたのである。

このような背景を知ってみれば、仏教における「因縁」や「因果応報」の考え方が、日本では先祖との関わりの中でとらえられるようになったのは、至極当然のことであったと思われる。現世における業が自分自身の来世において報われるという輪廻の考え方は、多分に個人主義的であると同時に、現世の一時的な人間関係には何らの永続的な価値を見いださないものであるために、血統的なつながりを重要視する日本人にとっては魅力のないものであったかもしれない。したがって祖先の業が子々孫々に受け継がれていくことを「因縁」や「因果応報」ととらえたのも無理からぬことであった。

しかし先祖は崇拝の対象であり、ホトケでありながら、「先祖の因縁」というと何やら先祖の積んだ悪業が子孫の身に降り掛かってくることであるかのようにとらえられているというのは、明らかに矛盾をはらんでいる。これは日本古来の御霊や怨霊という観念が影響したものと思われる。これらは祟りを成す神のことであるが、崇道天皇(早良親王)や菅原道真のように、恨みをもって死んだ者は怨霊になると信じられていた。このような怨霊は、天災や疫病などをもって人々を苦しめると考えられたため、丁重に祀られたのである。したがって恨みをもって死んだ先祖が十分に供養されないうちは、子孫に悪影響を及ぼすという観念が生じたとしても不思議ではない。

もともと日本には、死霊は祖霊として安定する前段階の存在であり、時として災いをもたらすものであるという観念があった。したがって、まだ死んで間もない先祖は完全に成仏しておらず、「弔い上げ」をすることによって真のホトケになるのであり、それまではその悪因縁を避けるためによく供養しなければならないという観念が生まれたのも、日本においてはごく自然なことであった。

このような祖先崇拝と仏教の習合は、徳川幕府がいわゆる寺請制度によって社会の隅々に至るまで寺檀関係を確立させたことによって、一層濃密に庶民の間に普及することとなった。すなわち寺は檀家にとって葬式、年忌法事、善供養などを行う祖先の祭り場であり、寺僧はそれらを取り仕切る祭司であるという認識が庶民の間に定着していったのである。今日の日本の仏教が「葬式仏教」などと言われ、葬儀や先祖供養と仏教が切っても切れないもののごとく考えられているのは、近世の寺檀制度によって祖先崇拝と仏教の結合が徹底して庶民の間に浸透させられた結果なのである。このような「家」と仏教との結び付き、および寺と檀家との関係は明治維新の後にも生き続け、都市化や人口移動によって脅威にさらされているとはいえ、今日に至るまで生き続けている。そして急激な人口移動によって檀那寺との関係が切れた人々の心の中にさえ、先祖を尊ぶ心や、先祖の因縁という宗教的観念は生き続けているのである。

 

先祖の因縁を説く新宗教

その証拠に、日本の新宗教の中には「先祖の因縁」を説くものが多い。具体的に言えば、霊友会、大本教、真如苑、解脱会、天照皇大神宮教、世界真光文明教団、阿含宗、GLAなどを挙げることができるであろう。これらの教団は多くの場合、宇宙を目に見えるこの世界すなわち現界と、目に見えない神や霊の世界すなわち霊界の二重構造から成ると考え、それら二つの世界の間には密接な交流影響関係があるとしている。すなわち現界で生起するさまざまな事象は、実はしばしば目に見えない霊界にその原因があるのであり、その働きは「守護霊」や「守護神」などによる加護の働きだけにはとどまらず、「悪霊」や「怨霊」などによって悪影響が及ぼされることもあるととらえられている。むしろ実際に霊界の影響がクローズ・アップされるのは、苦難や不幸の原因について説明するときのほうが多いくらいである。

この場合、現界に生きる人間に対して影響を及ぼす霊は、その人と何らかの縁があると考えられるケースが多い。したがって、血縁(親や先祖)、地縁(家や家敷)、その他の個人的な縁を介して、その人と何らかのつながり(因縁)のある霊が、その人に大きな影響を及ぼすということになる。このうち特に重視され、しばしば言及されるのはやはり血縁者(親や先祖)の霊的影響である。そしてこれらの新宗教にはこのような悪因縁を除去するために、除霊や浄霊の儀礼を行うものが多く、それは「先祖供養」(霊友会系教団)、「慰霊」(松緑神道大和山)、「悪霊済度」(天照皇大神宮教)など、さまざまな呼び方をされているが、いずれも信者の基本的実践として重要な位置を占めていることには変わりがない。

このように日本の宗教伝統を概観してみるときに、「先祖の因縁」という日本独自の宗教概念が、極めて広範囲に人々の間に広まっていたことは疑う余地がない。

 

 

第二節 「蕩減」とは何か

 

 

「蕩減」という言葉は日本語にはない。岩波書店の『広辞苑』を引いてもこの言葉は出てこない。これは「とうげん」と発音するが、一般的な日本人がこの音から連想するのは、陶淵明の「桃花源記」に出てくる、俗世間を離れた理想郷の「桃源郷」ぐらいであろう。『原理講論』にたびたび登場するこの言葉は韓国語からの翻訳であるが、翻訳と言っても「タンガム」と発音する韓国語の漢字をそのまま導入し、発音を日本式に変えただけである。これは日本語と韓国語の構造が極めてよく似ており、漢字という共通の基盤をもっているがゆえに可能なことであった。

 

「蕩減」の原語と訳語について

「蕩減」という言葉は、一般の韓国語ではどのような意味をもっているのであろうか。韓国語の辞書を引くと、そこには「帳消し」とか「棒引き」という意味が出てくる。この言葉は一般にビジネス用語として使われ、負債の清算を意味する言葉として使用されることが多いという。しかし「蕩減」という韓国語が経済的なコンテクストで用いられることが多いからといって、『原理講論』における「蕩減」の概念に経済的な意味があると考えるのは早計である。なぜなら、キリスト教の主の祈りの中に「わたしたちに負債のある者をゆるしましたように、わたしたちの負債をもおゆるしください」(マタイによる福音書六・12)とあるように、宗教的な概念を経済的なアナロジーで表現する例は、聖書の中に数多く見られるからである。この場合の「負債」は借金のことではなく、罪を犯したことによって背負う精神的な負い目のことである。

これが英語に訳されたときには、Indemnity という訳語が選ばれた。この言葉の意味を英語の辞書で確かめると、「弁償」「賠償」「損害保障」「損害賠償」といった意味が並べられている。アメリカではこの Indemnity という言葉は保険の用語として使われることが多い。したがってアメリカ人としては、この言葉を宗教用語として用いることには奇異な印象を受けるという。つまりこの Indemnity という言葉が英語という言語体系の中でもっている語感のゆえに、「蕩減」という概念の本来の意味が正確に伝わらず、誤解されることが多いというのである。

一般的なキリスト教の概念で「蕩減」に近いものを挙げるとすれば、懺悔や罪滅ぼしのための苦行を意味する penance を挙げることができるであろう。実際、カトリック教徒が神父に罪を告白し、罪滅ぼしのための行を行う姿は、統一教会の信徒たちが蕩減条件を立てる姿と非常に似たものがある。しかし蕩減条件を penance と訳したのでは、一般的な西洋人には統一教会とキリスト教の区別がつかず、統一原理における「蕩減」という概念の独自性や斬新性は理解されないであろう。このように宗教概念の翻訳というものは非常に難しい問題をはらんでいるのである。

日本語の『原理講論』においては、意味不明な「蕩減」という言葉がそのまま用いられたので、日本人がその意味を知るためには『原理講論』の説明に耳を傾けるほかはなかった。これは「帳消し」とか「弁償」とかいう言葉に訳されることによって、日本の信者たちが、その言葉が日本語としてもっている意味を「蕩減」の概念に読み込むのを避けることができた、という意味においては幸いなことであったかもしれない。しかし、その半面、「蕩減」という概念は日本人にとっては全くの新概念であり、しかもそれが統一原理の体系全体にとって極めて重要な意味をもつ概念であったために、その真意を理解させるためには多大な労力を要することとなった。すなわち、「蕩減」とは何かを理解させるためには、信徒たちに『原理講論』を精読させ、聖書や信仰生活上の出来事を例に取って、その意味を体験的に理解できるように生活指導をしなければならず、それは多くの努力と時間を要したのである。したがって、一部信者たちの間で、それを日本の土着の宗教概念である「先祖の因縁」に置き換えて、手っ取り早く説明しようという試みが現れたのは、ある意味で無理からぬことであった。

 

統一原理における「蕩減」の意味

それではこの「蕩減」とはいかなる意味なのか、『原理講論』の説明に耳を傾けてみることにしよう。

 

どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失なったとき、それらを本来の位置と状態にまで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの条件を立てなければならない。このような条件を立てることを「蕩減」というのである。……堕落によって創造本然の位置と状態から離れるようになってしまった人間が、再びその本然の位置と状態を復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足るある条件を立てなければならない。(ロマ五・19、コリントI一五・21)。堕落人間がこのような条件を立てて、創造本然の位置と状態へと再び戻っていくことを「蕩減復帰」といい、「蕩減復帰」のために立てる条件のことを「蕩減条件」というのである。そして、このような蕩減条件を立て、創造本然の人間に復帰していく摂理のことを蕩減復帰摂理というのである。(後編・緒論�蕩減復帰原理)

 

要するに蕩減とは、罪滅ぼしをすることによって人間が堕落する以前の状態に戻るということを意味している。したがって「蕩減」の概念を理解するためには、統一原理における罪や堕落の概念を理解しなければならないということになる。なぜなら「蕩減」は罪の解決方法として提示されているからである。

 

 

統一原理における罪の概念

統一原理における罪の概念は、血統と密接に結び付いている。まず原罪自体が「人間始祖が天使と不倫なる血縁関係を結んだこと」であり、「血統的な罪」であるとしている。すなわち罪の根は淫乱にあったのであり、これは血縁関係によってつくられた罪であるために、子々孫々にまで遺伝されてきたととらえられているのである。人類始祖というような遠い昔の祖先ではなく、われわれに比較的近い先祖が犯した罪も、血統的な因縁によってわれわれに受け継がれるのであるが、これを統一原理では「遺伝罪」と呼んでいる。さらに自身が犯した罪でもなく、また遺伝的な罪でもないが、連帯的に責任を負わなければならない罪の「連帯罪」と、自らが直接犯した罪の「自犯罪」とを合わせて、統一原理にはつごう四種類の罪概念が存在することになる。

「遺伝罪」や「連帯罪」という概念は従来のキリスト教にはないが、原罪が血統を通して遺伝されるという考え方は、伝統的にキリスト教が取ってきた立場である。しかし一口に「原罪の遺伝」と言っても、その意味する内容には諸説ある。そこで、ここではそれを二つのタイプに大別して、それらが統一原理と一致する内容をもっていることを示すことにする。原罪に関するキリスト教の教理は、伝統的に旧約聖書の創世記第三章に記されている失楽園の物語、すなわちアダムとエバの堕落の物語と結び付けられてきた。この点についてはキリスト教も統一原理も全く同じである。しかしそれがどのようにして後孫に影響を及ぼすのかということについては、キリスト教の中にも二とおりの考え方があったのである。

第一番目の考え方が「罪責の法廷論的伝播」というものである。「原罪」とは私自身が犯した罪ではなく、人類始祖アダムとエバが犯した罪であるにも関わらず、あたかもその罪を自分が犯したかのような罪責をわれわれが背負わされているというものである。これはわれわれがアダムとエバの子孫であるという「血のつながり(血統)」を条件として、その罪に対する責任を「法廷論的」に負うということを意味する。このような立場を取るのが、プロテスタントの中でもカルヴァン主義の流れをくむ「契約神学(Federal Theology)」である。契約神学の主張するところによれば、神はアダムを通して全人類と契約を結ぼうとしたのであり、その代表であるアダムが罪を犯すことにより、全人類が法廷論的にアダムの罪に巻き込まれるようになった、ということになる。統一原理における原罪の概念も、基本的にはこれと同じ枠組みでとらえられている。

もう一つの考え方は、「罪の生物学的な遺伝」というものである。これは原罪の教義を最初に体系化したと言われるアウグスティヌスの取った立場であった。彼は原罪の本質を情欲としてとらえ、肉欲によって汚された人間の性交を媒介として原罪が遺伝されるのであるととらえた。すなわち、たとえ正当な結婚による夫と妻の性関係といえども、それは罪深い情欲によって汚れているために、すべての子供が罪の中にはらまれ、アダムとエバの罪を相続するのであると考えたのである。このように性欲そのものを罪悪視し、それを原罪の遺伝の決定的な要因とする彼の立場は、後にカトリック教会から否定された。しかし性欲に焦点が絞られているという点を除いては、原罪が繁殖によって後孫に遺伝されていくという彼の主張は認められたのである。

統一原理も性欲そのものを罪とはとらえないので、その点ではアウグスティヌスの立場とは異なる。しかし、われわれが人類始祖アダムとエバから受け継いでいるのは単に法廷論的な罪責だけではなく、堕落によって生じた人間の腐敗した性質をも血統を通じて受け継いでいるととらえている点では、彼の考え方に通じるものがある。これを統一原理では「堕落性本性」と呼んでいる。「堕落性本性」とは、アダムとエバが堕落することによって、サタンとなった天使長ルーシェルの性質を受け継ぐようになり、それが歴史的に継承されてきたために、あたかも人間の本性のごとく深く根づくようになってしまった性質のことを言う。具体的に言えば、それは嫉みや嫉妬、恨みや憎悪、傲慢や反抗心、罪の繁殖や自己正当化といった、およそ人間の自己中心的な性質のすべてを含むと言っていいであろう。このような腐敗した人間性は、親から子へと遺伝や生活習慣を通して伝播されるのである。

このようにわれわれ個人の人生は、法廷論的にも遺伝的にも過去に生きた先祖たちの罪の影響を受けている、というのが「統一原理」の人間観である。個人主義的な倫理観が全盛である現代の観点から見れば、自分自身が犯してもいない過去の罪に対する責任が自分にふりかかってくるという考え方は受け入れ難いかもしれない。事実、実存主義的な哲学に基づいて聖書を解釈する現代神学の多くは、罪が血統を通して遺伝するという考え方を否定する。彼らにとってアダムとエバの物語は、遠い昔に生きたわれわれの先祖に起こった事件について述べたものではなく、常に罪の誘惑にさらされているわれわれの普遍的な状況を描写した「神話」なのである。すなわちアダムとエバはわれわれ自身のことを表しているのであり、彼らはわれわれの血筋をたどっていくことによってたどり着く罪のルーツなのではない。このようにして、彼らはアダムとエバの歴史的実在とともに「罪の遺伝」という観念をも否認してしまったのである。

しかしカトリックやプロテスタントの保守派をはじめとする伝統的なキリスト教は、公式的にはアダムとエバの歴史的実在を否定していないし、罪の遺伝という観念も捨て去っていない。したがって統一原理における罪の遺伝の概念は、明らかにキリスト教の枠内に入り、その中でも保守的・伝統的な理解をしているグループに入ると言っていいであろう。すなわち、統一原理における罪の遺伝の理解は、純キリスト教的な起源に基づくものであると言うことができるのである。

統一原理における「遺伝罪」の概念は、既に説明してきたところの「先祖の因縁」とかなりの連続性をもった概念であることは否定できない。したがって「先祖の因縁」という概念を媒介として「遺伝罪」を理解しようとすること自体は間違いではない。むしろこれは宗教の世界において広く見受けられる観念であり、仏教やキリスト教という枠を越えた、一つの普遍的な宗教観念と言うことができるであろう。われわれは世界の宗教の経典の中にそのような聖句を多く発見することができる。次の二つの例はその中のほんの一部に過ぎない。

 

不正な行為の結果は、自分に巡りいたらないときは息子たちに巡りいたり、息子たちに巡りいたらないときは孫に巡りいたる。不正な行為(アダルマ)は一度なされれば行為者に結果を生まないことはない。                                                                (ヒンドゥー教 マヌ法典四・一七三)

 

あなたの神、主であるわたしは、ねたむ神であるから、わたしを憎むものには、父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし、わたしを愛し、わたしの戒めを守るものには、恵みを施して、千代に至るであろう。                                    (キリスト教・ユダヤ教 出エジプト記二〇・5〜6)

 

後孫に受け継がれるものが罪だけではなく、恵みも同様であると出エジプト記が述べているのは重要である。因果応報の思想においても「善因楽果、悪因苦果」というように、罪とともに功徳も後孫に相続されていく。統一原理においても祖先の立てた功労が子孫に繁栄をもたらすと考えられており、神の召命を受ける中心人物となるための資格の一つに「善なる功績が多い祖先の子孫」であることが挙げられている。すなわち血統を媒介として、祝福も罪も子孫に相続されていくという発想がそこにはあるのである。

 

「先祖の因縁」と統一原理の復活論

さて、『原理講論』の中で最も「先祖の因縁」の概念に近いと思われる描写は、第五章「復活論」における「悪霊人の再臨復活」の説明の中に見いだすことができる。少々長くなるが、その部分を引用してみよう。

 

復帰摂理の時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏に移行される一人の地上人がいるとしよう。しかし、この人に自分自身、あるいはその祖先が犯したある罪が残っているならば、それに該当する或る蕩減条件を立ててその罪を清算しなければ、種族的な恵沢圏に移ることができなくなっている。このとき、天は悪霊人をして、その罪に対する罰として、この地上人に苦痛を与える業をなさしめる。このようなとき、地上人がその悪霊人の与える苦痛を甘受すれば、これを蕩減条件として、彼は家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏に入ることができるのである。このとき、彼に苦痛を与えた悪霊人も、それに該当する恵沢を受けるようになる。このようにして、復帰摂理は、時代的な恵沢によって、家庭的な恵沢圏から種族的な恵沢圏へ、なお一歩進んで民族的なものから、ついには世界的なものへと、だんだんその恵沢の範囲を広めていくのである。こうして、新しい時代的な恵沢圏に移るごとに、その摂理を担当した人物は、必ずそれ自身とか、或いはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てて、それを清算しなければならないのである。また、このような悪霊の業によって、地上人の蕩減条件を立てさせるとき、そこには次のような二つの方法がある。

第一に、悪霊人をして、直接その地上人に接して悪の業をさせて、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。第二には、その悪霊人がある地上人に直接働くのと同じ程度の犯罪を行おうとする、他の地上の悪人に、その悪霊人を再臨させ、この悪人が実体として、その地上人に悪の業をさせることによって、その地上人が自ら清算すべき罪に対する蕩減条件を立てていく方法である。

このようなとき、その地上人が、この悪霊の業を当然のこととして喜んで受け入れれば、彼は自分かあるいはその祖先が犯した罪に対する蕩減条件を立てることができるのであるから、その罪を清算し、新しい時代の恵沢圏内に移ることができるのである。このようになれば、悪霊人の業は、天の代わりに地上人の罪に対する審判の行使をした結果になるのである。それゆえに、その業によって、この悪霊人も、その地上人と同様な恵沢を受け、新しい時代の恵沢圏に入ることができるのである。(前編・第五章復活論 第二節復活摂理 �霊人に対する復活摂理 �楽園以外の霊人たちの再臨復活)

 

この教義に基づいて、身の周りに起こる事故や病気などの苦難を霊障、すなわち先祖の罪などの霊的な原因によって引き起こされる災いであるととらえたり、人間関係の軋轢や家庭の問題を先祖の罪の影響ととらえることは可能であり、むしろ自然なことである。したがって、一部信者たちの間で「蕩減」とは先祖の因縁を清算することであり、それによって自分自身が苦難を乗り越えることができると同時に先祖も救われる、ととらえられたのも無理からぬことである。ちょうど「因縁」の概念自体が極めて日本的な解釈によって受容されたように、「蕩減」の概念が日本の土着の宗教性にマッチするような形で受容されるのは、ある程度必然的なことであるとさえ言えよう。

しかし、それでも「先祖の因縁を清算すること」と「蕩減」は、完全に同一ではない。もし蕩減を先祖の因縁を清算することとしてのみとらえるならば、それはその概念の一部しかとらえたことにならない。そこで以下において、これら二つの概念の非連続性について論ずることにする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三節 「蕩減」と先祖の因縁の違い

 

神の摂理を前提とした「蕩減」の概念

「蕩減」と一部信者らが説いていた「先祖の因縁」の最も根本的な違いは、前者が創造主である神の存在と、その摂理を前提とした概念であるのに対して、後者はそのような主宰神の存在を前提としない、非人格的な法則の作用としてとらえられている点である。蕩減の概念は、神の創造目的と人間の堕落という、統一原理の根幹をなす二つの理論体系を前提としなければ、正確に理解することはできない。それは単に過去の罪の影響が自分に振り掛かってくるというような無目的的な概念ではなくて、あくまで神の創造目的を成就するために、歴史的な先人たちの身代わりとなって、彼らの果たし得なかった人間の責任分担を果たすという、明確な目的性をもった概念なのである。

そのような使命を果たすためには、まず神の創造目的が何であったのかを明確に知り、それを妨げた「堕落」という事故の内容が具体的に何であったのかをはっきりと理解しなければならない。そしてさらに、この課題に取り組んできた過去の中心人物たちがどのような失敗を犯し、それを取り戻すために、自分が現在どのような立場に立てられているのかを知らなければならない。すなわち蕩減の意味を正確に理解するためには、どうしてもキリスト教的な創造主の存在を受け入れなければならず、聖書の歴史をひもといた「復帰原理」の内容について学ばなければならないのである。

また因縁という概念にはどうしても暗いイメージがつきまといがちである。特に日本においては「宿業」といって、なかば運命論的に不幸が割り当てられているかのように考える観念が存在するために、無力感に満ちたあきらめを助長する傾向が現れたが、これは業本来の意味からもかけ離れていると同時に、罪を清算することによって明るい未来を開拓しようとする「蕩減復帰」の思想とは真っ向から対立するものである。また「たたり」のようないたずらに人の恐怖をあおり立てるような概念も、蕩減の思想とはかけ離れている。統一原理における罪の概念は、あくまで自分自身に内在するものとしてとらえられているため、「悔い改め」こそがそれから解放される唯一の道である。したがってそれを何か自分の外部から偶発的に振り掛かってくる災難のようにとらえて恐れるのは、正しい態度とは言えないのである。

また因縁を清算する手段も、日本の仏教や新宗教においては、先祖を供養したり除霊や浄霊を行ったりすることであり、統一原理における罪の蕩減の方法とは異なっている。統一原理が説く蕩減の具体的な方法は、「信仰基台」と「実体基台」という二つの概念に集約される。信仰基台とは一言で言えば神と人との縦的な関係を回復することであり、摂理の中心人物として立てられたものが、まず何よりも神を信じ愛することを意味する。そして実体基台とは人間同士の横的な関係を回復することであり、具体的にはカインとアベルという相異なる立場におかれた兄弟が、恨みを越えて和解することを意味する。このカインとアベルは、創世記に登場するアダムの二人の息子であるが、この二人の関係は後の人類におけるすべての�藤や対立を象徴する「原型」なのである。

すなわち、蕩減の具体的な内容とは「神を愛すること」と「人を愛すること」であり、これはイエス・キリストがわれわれに与えた二つの戒め、すなわち「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」と、「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」(マタイによる福音書二二・37〜39)を実践することである。蕩減という概念は「先祖の因縁」と何らかの連続性をもつとは言え、基本的には純キリスト教的な背景から出てきた教えである。その本質は、罪の清算のために神への信仰に基づいて犠牲的な隣人愛を実践することにあると言える。

 

歴史的・世界的概念としての「蕩減」

もう一つの重要な違いは、「先祖の因縁」が自分の家系に関心の中心を置いているのに対して、統一原理の「蕩減」はそれを超越するものであるという点である。先祖を大切にし、よく供養することによって自分自身や子孫の幸福を願うというのは、日本人の伝統的な宗教性であり、家庭の崩壊が深刻化している現代においては、むしろ貴重な美徳でさえある。統一教会は家庭を大切にする日本人の倫理観と、それを背後から支えている宗教性の価値を認め、それを全面的に支援する。しかし、自己の家系に対する過度の関心は、時として家庭次元のエゴイズムに陥る危険がある。そして自分の家庭や家系の周りに広がっている社会、国家、世界といった、より広い世界と自分との関係を見失ってしまう危険性がある、ということも忘れてはならない。

『原理講論』に述べられている「蕩減」の概念は、われわれ自身の血統的な先祖に対してはさほどの関心を払っていない。むしろ聖書に記されたアダム、ノア、アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、イエスなどの歴史的な中心人物たちの成し遂げることのできなかった使命を果たすことに重点が置かれているのである。これらの人物たちはわれわれの血統的な先祖ではないが、神の摂理という観点から見たときに、われわれに先駆けて歩んだ「信仰の祖」としてとらえられているのである。このために後編の「復帰原理」においては、これらの人物たちが歩んだ路程について学ぶのであるし、これらの中心人物たちと「私」との関係については、後編の緒論において明確に述べられている。

 

「私」という個性体はどこまでも復帰摂理歴史の所産である。したがって、「私」はこの歴史が要求する目的を成就しなければならない「私」なのである。それゆえに「私」は歴史の目的の中に立たなければならないし、また、そのようになるためには、復帰摂理歴史が長い期間を通じて、縦的に要求してきた蕩減条件を、「私」自身を中心として、横的に立てなければならない。そうすることによって、初めて「私」は復帰摂理歴史が望む結実体として立つことができるのである。したがって、我々は今までの歴史路程において、復帰摂理の目的のために立てられた預言者や義人達が達成することのできなかった時代的使命を、今この「私」を中心として、一代において横的に蕩減復帰しなければならないのである。(後編・緒論 �復帰摂理歴史と「私」)

 

このように統一原理における「蕩減」の概念は、私の家庭や血統的な先祖というレベルを超越して、全世界や歴史にまでその関心が及んでいる。これはもともと統一教会の理想自体が家庭の次元にとどまるものではなく、それを超えて社会、国家、世界のために生き、人類が一つの家族として幸福に暮らす世界を目指しているためである。すなわち私の家庭は自分の血統的な先祖の供養や家族の幸福のみを追求するのではなく、より大きな共同体に奉仕する生き方をしなければならないと教えているのである。このことは文鮮明師の次の言葉の中に端的に表現されている。

 

私は、私の家庭のために存在し、私の家庭は、社会のために存在し、社会は国家のために、国家は世界のために、そして世界は神のために、神は、あなたと私のため、全人類のために存在されるのであります。この偉大なる授受のサークルの中に調和があり、統一があり、永遠に増し加わる繁栄のプロセスがあるのです。さらに言うならば、この回路の中で、すべての存在がこの創造の目的を成就するようになるので、そこにはあふれんばかりの深い喜びが存在するのです。これが幸福感の充満する天国なのであります。(「人間に対する神の希望」『御旨と世界』光言社 二七○〜二七一ページ)

 

このように、統一原理における「蕩減」の概念と、一部の信者らが説いた「先祖の因縁」とでは、前提とする世界観や関心のレベルが明らかに異なっていることが分かるであろう。したがって蕩減を理解するためのステップとして、「先祖の因縁」という土着のポピュラーな概念を利用すること自体は理解できないことはないが、理解がそのレベルにとどまってしまうことはやはり問題がある。それでは統一原理の本質を理解したとは言えないのである。統一原理を正確に伝えることを目指す教会としては、個々の信徒が「蕩減」という概念を「先祖の因縁」を媒介として教えることを異端視したり、とがめたりはしないであろうが、それらが完全に同一視されて教義的に混乱をもたらすようであれば、容認できないであろう。蕩減はあくまでも蕩減であり、他の概念によって置き換えられるものではないからである。

 

また、われわれは「因縁」という言葉に一般的にまとわりついている暗いイメージを「蕩減」に読み込むことがないように注意しなければならない。蕩減の思想は決して運命論ではないし、人に不安を与える思想ではなく、むしろ希望と祝福を与える道を示す思想であることを、伝道に携わるものは相手に十分に理解させなければならないであろう。

結論として言えることは、「蕩減」と「先祖の因縁」という概念は連続性と同時に非連続性をもち、直接的には結び付かない概念であるということである。すなわち少なくとも統一原理そのものからダイレクトに「先祖の因縁」という概念を引き出すことはできず、それを「遺伝罪」や「蕩減」と結び付けるのは、統一原理を日本に土着化させようとする個々の信徒たちの創造的な試みの中で生まれてきた「一つの解釈」に過ぎないものである。それは日本という宗教的土壌においてのみ起こることであり、他の国に統一原理を伝えようとするときには起こり得ないことであろう。