解散命令請求訴訟に提出した意見書09


 ②ディプログラミングされた元信者はなぜ「マインド・コントロール」言説を信じるのか?
 ディプログラミングによって新宗教から脱会した元信者たちは、「自分は教団によってマインド・コントロールされていた」と主張するケースが多い。そうした元信者の中には自分の所属していた団体を相手取って損害賠償請求訴訟をおこす者たちがおり、その代表例が統一教会を相手取った「青春を返せ」裁判である。こうした裁判が起こされる理由は、反カルト運動の戦略の一環として、脱会したことを証明するための「踏み絵」として元信者に訴訟の提起が要求されるからであるが、中には本気で自分はマインド・コントロールされていたと信じている元信者もいる。彼らが自分の入信体験を「洗脳」や「マインド・コントロール」などの概念で説明するのは、彼らを脱会させる過程において、まさにそうした概念が教え込まれ、それによって自分の入信体験を説明するように認識が再構築されるからである。この因果関係は海外の研究によって立証されている。

 アイリーン・バーカー博士は、『ムーニーの成り立ち』の中で、トルーディ・ソロモンら複数の学者が行った元統一教会員へのアンケート結果を紹介し、以下のとおり、「洗脳」や「マインド・コントロール」の説明をする元会員たちに対して、反カルト運動との接触がいかに影響を及ぼしているかについて指摘している(同書のタイトルにおける「ムーニー」は、英米における統一教会員の蔑称である)。
「トルーディ・ソロモンによる元統一教会員100人へのアンケート結果の分析を見ると、反カルト運動との接触が、元会員たちが洗脳やマインド・コントロールの説明にどの程度依存するかに影響を与えていることがわかる。
『教会内で洗脳やマインド・コントロールが行われているという証言の大部分は、ディプログラミングまたはリハビリテーションを受けた元信者か、あるいは反カルト運動に携わっている個人によってもたらされているので、これらのデータは、元会員がどのようにしてそうした考えを抱くようになったか、そしてさらにそれがどのように存続されてきたかについての説明を提供し始めている。』

 ソロモンの回答者の大多数はディプログラムされていた。そして7人を除く全員が、統一運動から脱会するとき、あるいはその後に、何らかの組織的な支援(リハビリテーションまたはセラピー)を受けていた。疑いなく、これは彼女のサンプルがおもにアメリカの反カルト・ネットワークを通じて集められたという事実が主因となっていた。別の研究でスチュアート・ライトは、統一教会、ハリクリシュナ運動、神の子供たち(または愛の家族)からの『自発的な』脱会者45名にインタビューをした。彼がインタビューした者の中で、洗脳されていたと主張したのは4人(9%)だけだった。彼のサンプルの残りの91%は、自分の入会は全く自発的なものだったと述べた。そしてまた別の研究でマーク・ギャランターは、ディプログラミングを経験しなかった47人の元ムーニーと経験した10人を比較した。彼はその中で、ディプログラミングを経験した者たちのほうが、運動にとどまるよう説得しようとしたムーニーからプレッシャーを受けたと報告する傾向があることを見いだした。『事実、ディプログラムされた回答者(10人のうち8人)だけが、脱会した後、依然として統一教会で活動している人々の行動の自由をあからさまに制限して、彼らを脱会させようとしていた。』」(注33)

 マッシモ・イントロヴィニエ氏は、人権と信教の自由に関するウェブメディア「Bitter Winter」において、「背教者は信頼できるか?」というタイトルの記事を5回シリーズで掲載した。ここで「背教者(Apostate)」の意味について定義しておきたい。「背教者」はもともと自分が所属していた宗教から離脱した人という意味では「元信者」に含まれるが、必ずしもすべての元信者が「背教者」なのではない。元信者の大部分はもともと自分が所属していた宗教に対しては良い面もあったが悪い面もあったというような両面性のある感情を抱いており、その団体を積極的に攻撃する人は割合的には多くない。その中にあって、自分が所属していた団体に対する批判や暴露を公的な活動として行う一部の元信者のことを「背教者」という。彼らは元信者の中では少数派でありながら、マスコミに取り上げられることによりあたかもすべての元信者が怨み深い「背教者」であるかのような印象を一般大衆に与えている。イントロヴィニエ氏がこの記事で明らかにしたことは、「背教者」の中には反カルト運動と関りを持った者が多く、彼らの中には自分が「洗脳された」と主張する者が多いという事実である。以下、イントロヴィニエ氏の記事の引用である。
「これが事実であるという経験的証拠がある。1999年に私はフランスの秘教運動ニュー・アクロポリスの元メンバーを対象に調査を実施した。ニュー・アクロポリスは自分たちを宗教団体だとしていなかったおかげで、プライバシーの懸念が払拭され、元会員リストの提供を受けることができた。これは匿名のアンケートを送るためにのみ使用した。120件の回答を集めたところ、サンプルの16.7%が脱落者、71.6%が普通の離教者であったのに対して、背教者は11.7%であったことが分かった。」(注34)
「私は前回の記事で、フランスのニュー・アクロポリスと呼ばれる秘教グループの元メンバーについて自身が行った定量的研究について述べた。私のサンプルの8.3% は、反カルト組織との接触が自身の脱会プロセスにおいて役割を果たしたと報告した。背教者の70%は反カルト組織と接触していた。そのような接触を持つ人々の90%は、ニュー・アクロポリスを『カルト』だと考えているのに対し、その他の人々は10.3%であり、80%が自分は「洗脳」されていたと信じているのに対し、その他の人々は6.7%だった。もちろん、一部の元信者にとって背教は心理的に好都合である。その理由は、元信者から見れば、今となっては間違っていたり愚かにさえ思える行動や信念に対していかなる非難を受けても、彼らを『洗脳』あるいは『奴隷化』した『邪悪な』運動に責任転嫁できるからである。」(注35)

 イントロヴィニエ氏が指摘するように、元会員たちが「洗脳」や「マインド・コントロール」の説明を受け入れる動機は、自己の責任を回避できるということに尽きる。通常、両親は多額のお金を払ってディプログラマーを雇い、多くの時間を「カルト」や「マインド・コントロール」に関する勉強に費やし、犯罪になりかねないリスクを負ってまで、ディプログラミングを実行する。信仰を失った元信者は、そこまでの犠牲を払って自分を教団から救い出してくれた両親に対して心理的負債感を負うようになる。こうした状況下で、入信の責任を自分自身で負うのは辛いことである。脱会説得をした両親自身が、「あなたの入信は自分の意思ではない。教団によってマインド・コントロールされていたのだから、悪いのは教団であってあなたではない」と言うのであれば、それを受け入れた方が自身の責任が回避されて都合が良いのである。

 大田俊寛氏は、元信者のこうした姿勢もマインド・コントロール論の弊害であると指摘している。
「信者は、カルト的団体から脱退しようとするときにしばしば、入信の原因を『マインド・コントロールされていた』ことに求めようとする。それによって一時的に自分自身の責任を免れることができるが、それは同時に、自身の根本的な主体性を否定することにも繋がる。カルトから本当に脱却するためには、それに関与したことが自らの主体性に基づくものであったことを認め、自らの主体性においてそこから離れなければならないが、マインド・コントロール論を受容すると、知らず知らずのうちに主体性を喪失すると同時に、すべての責任を当該団体に負わせようとする歪な思考回路が生じる。」(注36)

(注33)Eileen Barker, “The Making of a Moonie: Choice or Brainwashing?” Blackwell Publishers, 1984, p.129
(注34)MASSIMO INTROVIGNE, Bitter Winter 11/23/2023, 背教者は信頼できるか? 4.元信者全員が背教者というわけではない
(注35)MASSIMO INTROVIGNE, Bitter Winter 11/24/2023, 背教者は信頼できるか? 5.なぜ背教者になる人がいるのか
(注36)大田前掲書、p.61

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