あとがき


翻訳は裁判関係の文献を取り扱っているので、読みやすさよりも正確さに重点を置いたつもりです。

原文の法廷助言書は、非常に緻密で注意深い構文と文章構成により成り立っています。そのために、自分で英文の内容を完全に理解できても、日本語の訳文作成に予想以上に時間がかかり、神学大学院長としての公務多忙ということもあり、原稿完成が遅れて、この本の出版プロジェクトに関連するの皆さんに心配をかけたことをおわびする次第です。

終わりに、議論の核心的用語とその訳語について一言解説を付け加えておきます。

米国心理学会の法廷助言書の中で繰り返しシンガー博士の言葉を引用して、強制的説得(マインド・コントロール)とは「Social  Influences」の「計画的操作」であると述べられています。英単語の「ソーシャル」は、易しいようで難しい言葉で、大別すると二つの意味があります。

シンガー博士が、ここで「ソーシャル」という言葉で意味する内容は、一般的な「外的社会の」という意味ではありません。英語の「ソーシャル・ダンス」は、「社会的ダンス」ではなく「社交ダンス」と訳されているように、「ソーシャル」という英語には、「社交に関する」、「人と人との間の」、「交際による」などの別の意味もあります。シンガー博士が、「ソーシャル・インフルエンシズ」という用語により意味する内容は、この後者に関連しています。ですから、私はこの核心的用語を「交際による感化力の計画的操作」と訳しました。「感化力」は「影響力」と訳してもかまいませんが、人間関係の影響力を論じているので「感化力」としました。

「マインド・コントロール」が空論である大きな理由は、法廷助言書で明確に論じられているように、そのような「人と人との間の感化力」、「交際による感化力」の「計画的操作」とシンガー博士によって呼ばれている内容は、熱心に活動するすべての宗教団体で実践されている内容だったからです。さらに広く言えば、宗教団体の活動に限らず、いろいろな教育、宣伝、啓蒙活動や心理的治療カウンセリングでも展開されています。

ですから、一部の新宗教だけが、「マインド・コントロール」するという理論は、完全な虚構です。専門家でない一般大衆の人々は、基本的に、自分の反対する人生観や世界観への回心プロセス、自分の理解できない人生観や世界観への回心プロセスだけを、「洗脳」あるいは「マインド・コントロール」と、主観的に呼んで誹謗中傷しているのが現実です。このような客観性のない「マインド・コントロール」や「洗脳」という用語を使って、センセーショナルに事件を取り扱うのは、アメリカでは一部の低俗な大衆向けタブロイド新聞だけです。

そのようにアメリカでは、「破壊的カルト」だけが「マインド・コントロール」や「洗脳」をしているというような虚論は、博士学位をもつ専門学者はもちろんのこと、一般知識人の間でも完全に不信されています。ですから当然アメリカの裁判官からも不信されて、序文で紹介したように、「洗脳」理論や「マインド・コントロール」理論は非科学的であるとして、法廷の専門家証言からも除外されているのです。

日本では、知識人と呼ばれている人々さえも、一部の人々はマスコミに「マインド・コントロール」されて、「マインド・コントロール」という言葉を、その意味(無意味?)を深く理解せずに、一部の新宗教グループを非難するためにのみ用いています。そのような日本の状況下において、この本は良心的な知識人に対して、「マインド・コントロール」理論の虚構に関する良き啓蒙書となると思います。この本が、「マインド・コントロール」理論の非科学性、虚構性、空論性を明白にするために役立つことを願っています。

韓国、天安市にて  増田善彦