『世界思想』巻頭言シリーズ09:2021年10月号


 私がこれまでに平和大使協議会の機関誌『世界思想』に執筆した巻頭言をシリーズでアップしています。巻頭言は私の思想や世界観を表現するものであると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。第九回の今回は、2021年10月号の巻頭言です。

新たな開発パートナーとしての信仰基盤組織(FBOs)の役割

 近年、貧困撲滅などに貢献する新たな開発パートナーとしての「信仰基盤組織(Faith Based Organizations=FBOs)」の役割が注目されている。こうした文脈で語られるFBOsとは、宗教団体そのものが社会貢献を行う場合と、宗教を背景として設立された社会福祉法人やNPO法人等を総称していう言葉である。

 もとより宗教組織は地域社会の中心的存在として社会的弱者への支援を活発に展開してきた。欧米における社会福祉の起源はキリスト教のチャリティである。産業革命以降の英国や米国において、急速な社会変化の中で経済成長から取り残された貧困層に手を差し伸べたのは、教会およびそれを母体とする社会福祉団体であった。

 欧米ではキリスト教をはじめとするFBOsの社会奉仕活動が盛んであり、それらが地域福祉や公共政策の一端を担うことが少なくない。米国では2001年にブッシュ政権が「信仰基盤コミュニティ・イニシアティブ」を打ち出し、英国では2012年に国際開発省が「信仰パートナーシップイニシアチブ原則」を発表している。国連では、2008年に国連人口基金が「人口と開発におけるFBOsグローバルフォーラム」を開催するなど、FBOsとの連携を強化している。

 世界銀行によると、貧困には多様な側面があり、物質的貧困のみならず精神的貧困への取り組みが重要であるという。物質的貧困が食料、住居、資産、雇用等に関連するものであるのに対し、精神的貧困とは、社会的排除や社会的連帯の欠如による疎外感や無力感であり、文化的・社会的規範や社会関係と関連している。FBOsは物質的貧困への取り組みを行うだけでなく、社会的規範を示し社会的関係を構築する存在として、精神的貧困への取り組みにおいて重要な役割を果たすことが期待されているのである。

 FBOsが持つこうした役割は「社会関係資本」と呼ばれ、開発において不可欠な資本であると評価されている。これまで開発の主体は国家・政府であったが、公的なサービス提供が十分に機能しない途上国や独裁国家においては、政府よりもむしろ宗教組織の方が民衆から信頼されているという事実に国際社会は気付いているのである。

 戦前の日本においては、宗教組織が社会福祉領域において大きな役割を果たしてきた。しかし戦後は社会福祉は国家責任となり、日本の宗教組織は社会福祉領域から排除されがちになった。その一因は、宗教法人が公金を受け取ると政教分離の原則に抵触すると解釈されるようになったからである。

 しかし、国家のみの努力では社会福祉を担えないことが明らかになるにつれ、社会福祉の分権化・民営化が推進されるなかで、宗教と関わりの深い組織が福祉領域に再参入する機会が増してきた。それらはホームレスに対する支援活動などにおいて実績を積んでいるが、日本においてはまだまだFBOsの役割が十分に認知されているとは言い難い状況にある。

 こうした中でFBOsに求められているのは、布教目的を顕在化させることなく社会貢献に徹することにより、公的セクターとの協働が社会的に認知され、拡大していくような努力を積み重ねていくことであろう。

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