『世界思想』巻頭言シリーズ05:2020年11月号


 私がこれまでに平和大使協議会の機関誌『世界思想』に執筆した巻頭言をシリーズでアップしています。巻頭言は私の思想や世界観を表現するものであると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。第五回の今回は、2020年11月号の巻頭言です。

国連「平和の鐘」に込められた人類一家族世界の理想

 9月21日は国際平和デーである。1981年に最初に宣言されたこの日は元々、国連総会開会日に制定されていたが、2002年以降は9月21日に日付が固定され、世界の停戦と非暴力の日として祝われるようになった。

 ニューヨークの国連本部では、毎年この日に先立って国連事務総長が「平和の鐘」を鳴らす特別記念行事が行われる。今年も9月17日に国連本部の日本庭園で式典が開かれ、グテレス国連事務総長とボズクル国連総会議長が「平和の鐘」を打ち鳴らした。グテレス事務総長は「銃を撃つのをやめ、ウイルスという共通の敵と戦わなければならない」と述べ、世界の停戦を改めて訴えた。

 この「平和の鐘」は、1951年に第6回パリ国連総会に出席した元愛媛県宇和島市長の中川千代治氏(日本国連協会理事)が、「国を越え宗教の違いを越えて、平和を願う世界の人々のコインを入れた平和の鐘を造りたい」と当時の国連加盟国に訴え、1954年6月に日本国連協会から国連本部に寄贈されたものである。

 趣旨に賛同した65カ国の代表者からのコインとローマ法王ピオ12世からいただいた金貨9枚を入れて鋳造されたこの鐘の側面には、「世界絶対平和万歳」の文字と、国境の無い世界地図が刻印されている。この地図は「世界は一つ」であるという理想を象徴的に表したものであるという。

 「平和の鐘」運動の提唱者である中川千代治氏は第二次世界大戦に徴集され、ビルマ戦線での激戦の中、連隊は全滅し、本人も足を射抜かれて意識を失い、気が付くとパゴダ(ビルマの仏塔)の中で一人生き残るという体験をした。自分だけが生き残ったという申し訳なさに苦しみ、「二度と戦争をしてはいけない」ということを伝えるのが生き残った自分の使命だという決心に行きついたという。

 国連愛媛新聞に記載された「平和の鐘」運動の提唱文で中川氏は、国連が政治、経済、社会などの目に見える諸問題の解決に取り組むだけでは絶対平和の実現は困難であると主張している。必要とされているのは宗教間の和解であり、「この心を全世界、全宗教に押し広め宗教平和会議を機構として持ちうるようにしたならば偉大な使命を果たすは必定であり、心界の和なくして現界の平和はないと信ずるものである。目に見えることを議する世界機構に目に見えざる世界の協力と組織を加えることが現下の急務である。国連の議事としている宗教平和会議の実現を希望するものである。」と述べている。これは文鮮明総裁の提唱した「国連超宗教議会」のアイデアに極めて近い。

 今年はUPF創設15周年に当たるが、私はその前身であるIIFWPの時代からこの組織の一員として歩んできた。二〇〇〇年にIIFWPの国際会議「アセンブリ2000」がニューヨークの国連本部で開催された際に文鮮明総裁は「国境線撤廃と世界平和」というメッセージを語った。「国境線撤廃」というアイデアは、国家の為政者からは出てこない発想であり、神の下に人類は一つという宗教的な視点からのみ語れる言葉である。コロナ過で国境が強化される今日、もう一度のそのことの意味を噛みしめたい。

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