書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』139


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第139回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 「六 統一教会の教化方法の特徴」の分析の5回目である。今回は、「2 献金と判断力」において櫻井氏が述べている内容を検証することにする。これはなぜ統一教会信者がそれほど熱心に献金し、中には自己破産に追い込まれるまで献金を継続する者がいるのかという疑問に、彼なりに答えたものであり、「統一教会の献金強要」(p.396)に対する説明であると主張されているものである。まずは彼の議論に耳を傾けてみよう。
「まず、霊能師が新規の信者に対して一万円の献金をさせ、一ヶ月ごとに同じく一万円の献金を要求するとする。初回はまるまる一万円を出すのであるから信者にとってゼロから一万円への飛躍は無限大ともいえる。信仰があったとしても大いに悩む。ところが、二回目であれば一万円出したところから二万円目を出すのであるから、差額は一万円分であるが、心理的には一万円から二万円となって二倍の飛躍といえる。これが三回目となると同じく差額は一万円であるが、二万円から三万円となって1.5倍の飛躍でしかなくなる。

 この調子で献金を出し続けていくと何回目かには、一万円というのは心理的には実にたいした金額ではなくなってしまうのである。心理的負担は実額ではなく、その都度参照される金額からの相対的な比較によって決まる。・・・

 霊能師は、最初に信者に献金させることさえできれば、後は同じ説得の労力をかけずとも同額の献金を得られるようになる。信者にとって献金への心理的負担はどんどん鈍感になっていくからだ。」(p.396)

 はたして櫻井氏の言うように、ひとたび献金してしまえばその後からは献金に対する心理的負担は鈍感になり、簡単に献金させられるようになるものなのだろうか? さらに、献金に対する心理的な負担の感じ方は誰でも同じであり、感じ方に個人差はないのであろうか? 櫻井氏の説明はどうも机上の空論か頭の中だけの計算のように聞こえ、あまりリアリティを感じない。それは、実際に献金をする人がそのように感覚が麻痺していき、鈍感になっていったという実証的な証拠がないからである。実は、櫻井氏の主張とは全く反対のことが、ちょっと視点を変えるだけで頭の中ではすぐに組み立てられて計算できてしまう。例えばこんな感じだ。
「まず、霊能師が十万円の財産を持っている新規の信者に対して一万円の献金をさせ、一ヶ月ごとに同じく一万円の献金を要求するとする。初回は十万円の中から一万円を出すのであるから、信者にとって一万円の価値は全財産の十分の一である。まだまだ余裕である。ところが、二回目であれば残金が九万円の中から一万円を出すのであるから、同じ一万円でも全財産の九分の一になるため、心理的負担は増大する。

 この調子で献金を出し続けていくと、その度に献金する一万円が全財産に占める割合は大きくなっていくので、心理的には大きな金額であると感じられるようになってしまうのである。心理的負担は実額ではなく、その都度参照される残りの全財産との相対的な比較によって決まる。・・・

 そして九回目に献金させるときには、全財産の半分を捧げることになるので、心理的負担は相当なレベルに上昇する。そして十回目には、全財産を捧げてゼロになることを意味するので、その飛躍は無限大となり、献金に対する心理的な負担は極限に達する。

 霊能師は、最初に信者に献金させることができたとしても、それと同じ献金を継続してさせるためには、説得の労苦はどんどん大きくなっていく。信者にとって献金への心理的負担はどんどん敏感になっていくからだ。」

 どうだろう。櫻井氏の「作文」と私の「作文」のどちらにリアリティがあると読者は感じられたであろうか? これはどちらも人の頭の中がどうなっているかを想像して書いた作文に過ぎない。実際に人が献金するときにどのように感じるのかは、こうした「作文」で一般化して語れるほど、単純なものではないのである。

 現実には、新規信者がひとたび献金したからと言って、その次からはさしたる説得の労苦もなく「やすやすと」(p.396)献金するようになるというようなことはない。その人が献金することに対する意義を感じ続けない限りは、どこかで熱意が冷めてしまうからである。特に献金することによって財産が目減りしていったような場合には、献金に対する心理的な負担はどんどん大きくなっていくのが普通である。

 献金を継続して出し続けるということは、ビジネス用語で言えば「リピーター」になっているということである。新規の顧客をつかんだとしても、その人が一回限りの顧客で終わってしまい、リピーターにならないケースの方が圧倒的に多いため、その人をリピーターにするためのさまざまなテクニックが研究され、実践されている。

 ビジネスの世界では、新規顧客をリピーターにするためには「バイヤーズリモース」に対処することが重要であると言われている。バイヤーズリモースとは、大きな買い物をしたときに、買った直後に感じる後悔の感情のことである。人はものを購入するプロセスの中で、どれを買うか迷いながら徐々にテンションをあげていき、購入の瞬間が最も満足した状態になるという。しかし、車や家などの大きな額の購入ほど、その後すぐに後悔を始めるというのである。

 それは具体的には、「買ってみたら他の車の方がよく見えてきた」「この担当者で本当に良かったかな」「理由はないけど、もう少し検討すれば良かったな」といったような感情に襲われるということである。こういった感情には、購入商品の品質はほぼ関係なく、どんなに品質が良くても、購入後にはバイヤーズリモースが起こるという。こういった感情になるのは、「この購入という自分の決断が正しかったのか?」という不安が生じるからであり、この不安を解消してあげれば、顧客は自分の判断が正しかったと感じて満足するという。

 ビジネスのアドバイスを掲載したインターネットのサイトには、そのための具体的なテクニックが以下にあげる例のように紹介されている。
「リピーターを獲得する為の3つの集客方法:①次回来店のきっかけを作る。(例:2~3回目の再来店を促す特典やイベントを用意する。見送り時に「次回は~」「また来てください」など、再来店を促す言葉を付け加える。)②サプライズ(特別感)を演出する。(例:味見やプチギフトなどのサプライズで、お客さまの記憶に残る演出をする。)③お客様にダイレクトに情報を届ける手段をゲットする。(例:DMやメルマガ、店舗アプリなどを活用し、直接的に再来店を促す連絡ができるようにしておく)」
「①お客さんが価値を感じる商品、②ミッションを載せた冊子、③会員証や会員バッジなどの”しるし”、④リピーターだけが分かる共通言語、⑤限定イベント、⑥会報やブログ・SNS発信、⑦感情を動かす特典」
「①優良リピーターはとことん優遇する、②メールマガジンやダイレクトメールで、お客様とコンタクトを取り続ける、③他にはない目玉商品を作り、キャンペーンを行う、④1回目の来店と2回目の来店で、対応の仕方を変える、⑤ホッとできる環境づくりに全力を注ぐ」
といった具合である。要するに、新規顧客を放っておいただけではリピーターにはならず、相当な努力をしない限り顧客は自然に離れていくのである。その努力のポイントを一言でいえば、顧客の満足度を上げることである。

 これと同様に、初めて献金した信者は、「バイヤーズリモース」に該当する「ドナーズリモース」が生じる可能性がある。人は献金を決意するプロセスの中で、献金することの意義について真剣に悩み、献金するかしないか迷いながら徐々にテンションをあげていき、献金する瞬間が最も満足した状態になる。しかし、献金の額が大きいほど、その後すぐに後悔を始めるという現象が、「バイヤーズリモース」と同様に起きる可能性がある。それに対処する唯一の方法は、ビジネスにおける顧客のケアーと同じように、献金という決断が正しかったことを相手に繰り返し伝え、信仰生活の満足度が上がるようにさまざまなサービスをすることである。これはビジネスにおけるリピーターの獲得と同じである。新規の信者は良くケアーをしないとすぐに信仰を失ってしまうのであり、櫻井氏の言うように「お金をやすやすと出す」ようにもならないし、最初に献金させることさえできれば献金への心理的負担はどんどん鈍感になっていくというような、簡単なものではないのである。

 櫻井氏がここで述べていることは全くの机上の空論であり、現実から乖離している。それは彼が実際に献金を継続している現役信者に対するインタビューや参与観察を行っていないがゆえに書ける、「想像の産物」に過ぎないのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』 パーマリンク