書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』119


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第119回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、今回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入る。361~368ページにかけて、7ページ半という比較的短い記述の中で紹介されているのは、統一教会で韓国人男性と祝福を受け、渡韓して家庭生活までしたものの、結果的に離婚して信仰も棄てた二人の日本人女性のストーリーである。この話題は本書の後半部分にあたる中西尋子氏の研究内容と重なるため、櫻井氏の担当する部分では簡単に済ませたという可能性はあるものの、テーマの取り上げ方と事例の選び方が著しく粗雑で偏っているというそしりは免れないであろう。

 私は「統一教会信者の信仰史」と銘打たれたこの第七章の資料全般に関して、櫻井氏のインタビューを受けた人々は全員が元信者であり、現役の信者が一人もいないことに対して、情報源に著しい偏りがあることを繰り返し指摘してきた。伝道された経緯や統一教会における信仰生活を記述する上で、現役信者の声に一切声を傾けていないことが手落ちであるのとまったく同様に、祝福について論じる場合にも、信仰を維持し家庭生活を営んでいる現役信者には一切インタビューを行わず、離婚して棄教した元信者からの聞き取りのみに基いてそれを判断しようとすること自体が、社会学者としては致命的な手落ちである。そもそも、「合同結婚式の理想と現実」というタイトルのつけ方自体が、学術論文というよりは週刊誌の見出しのようである。

 実は、私が長きにわたって書評を書いているこの本は、統一教会の祝福を受けて韓国に嫁いだ日本人女性を誹謗中傷する目的で描かれた週刊誌の記事の「権威づけ」に利用されたことがあった。そしてそれは、「週刊ポスト名誉毀損訴訟」と呼ばれた裁判にまで発展した。どんな事件と裁判であったのかを簡単に解説しよう。

週刊ポスト表紙

週刊ポスト内容

 2010に発売された「週刊ポスト」(6月4日号)に「〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実」「韓国農民にあてがわれた統一教会・合同結婚式 日本人妻の『SEX地獄』」という見出しの記事が掲載された。その内容は、統一教会および韓国に嫁いだ日本人女性信者らの結婚生活に対する侮辱であるとともに、信者の名誉を著しく棄損するものであったため、統一教会は「週刊ポスト」に対して謝罪と記事の訂正を繰り返し求めたが、誠意ある回答を得ることができなかったため、2010年11月に「週刊ポスト」の発行元・小学館を訴えたのである。

 この裁判に対する地裁判決が下りたのが2013年2月20日であり、東京地裁は被告・小学館に対して、原告・統一教会に55万円の賠償金を支払うように命じた。謝罪広告掲載の請求が棄却されたことに不満はあったものの、名誉棄損が認められ、少額といえど損害賠償の支払いを命じる判決が下されたという点では統一教会の勝訴といってよい。

 判決文では、「韓国で農業に従事する男性に嫁いだ日本人女性信者が、『地獄』と形容されるような極めて悲惨な性生活を強いられているとの印象を与えるような『SEX地獄』という見出しを付けることは、要約・強調としてもおよそ適切を欠くものであり、仮にそれが被告の意見・論評の類であるとしても、度を超えた性的表現であるというほかはない。(中略)違法性及び被告の故意又は過失があるというべきである」として、被告の名誉毀損を認めている。

 そもそも週刊ポストの編集部が本書に触れたのは、彼らの書いた記事の権威づけに利用したかったためであったが、実際には櫻井氏が執筆した部分にも、中西氏が執筆した部分にも、日本人妻の性生活をメインテーマにした箇所は存在していない。にもかかわらず、週刊ポストの記事には「『〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実』というサブタイトルがつけられており、記事の本文でも本書を紹介する文脈において、あたかも本書が日本人妻の『SEX地獄』を調査報告したかのような印象を読者に与えようと努めているのである。このことは判決文の中でも認定された。

 実際に週刊ポストの記事に利用されたのは、櫻井氏の提供した情報ではなく、中西氏の提供した情報であったが、「北海道大学教授」の権威に魅力を感じたのか、あたかも櫻井氏が韓国に嫁いだ統一教会日本人女性の夫婦関係に関する実態調査を行ったかのような印象を与える見出しになっている。その意味では櫻井氏は「とばっちり」を受けたと感じているかもしれない。しかし私はあえて、そもそも櫻井氏のテーマの取り上げ方、事例の選び方、そしてタイトルのつけ方に、学術論文としての品性を欠いた、週刊誌的な粗雑さが存在していたことを指摘しておきたい。だからこそ、下品な週刊誌の記事の権威づけに利用されるのだ。

 櫻井氏は二人の元信者のストーリーに入る前に、「信仰を継続している人達と途中でやめた人達との差異がどこにあるのかといった問題にも注意しながら、二人のライフヒストリーを見ていくことにしたい」(p.362)と言っているが、彼が信仰を継続している人達のインタビューを行ったり情報を収集したりした形跡は一切ない。さらに「途中でやめた人達」である元信者FとGが、信仰を継続している人達とどこが違ったのかに関する突っ込んだ分析も存在しない。唯一存在する比較と言えば、日本の信者たちが真剣に信じているのに対して韓国の信者たしの信仰はいい加減であったという、元信者FとGが受けた印象程度のものでしかない。元信者二人が途中でやめた理由を本当に追求したいのであれば、信仰を継続している現役信者の調査も行い、それらを比較するのがまっとうなやり方であろうが、櫻井氏はそれを全くしていないのである。

 櫻井氏が本書で紹介しているのは、韓国における信仰生活と結婚生活に挫折して日本に帰国した二人の元信者だが、実際には韓国でたくましく生き、社会的にも活躍している日本人の祝福家庭婦人は多数いるのである。彼女たちは、言葉や文化の違いから当初は苦労の多い生活を送ったとしても、統一教会の教えである「為に生きる精神」で生活し、困難を克服してきた。その結果、良妻賢母となり、夫や舅姑に気に入られ、周囲も感心する嫁になり、地域から「孝婦賞」を受けた者も多い。彼女たちの存在は、韓国社会に少なからぬ影響を与えた。2006年3月号『月刊新東亜』(韓国の雑誌)の記事で、彼女たちのことが以下のように取り上げられたことがあった。

新東亜の記事

孝婦賞

「この頃、農村社会で評判になっている話題の一つは、韓国農村独身男性に嫁いだ統一教会の日本人嫁だ。これらは地方各地、多くの団体で授与する孝婦賞を皆さらっている。」

 この「孝婦賞」というのは、親孝行を実践した模範的な女性に与えられる賞だが、里長や老人会長、地域の人々などの推薦により、郡、農協、赤十字、老人会などの団体が授与するという。祝福家庭の日本人婦人の場合には、農村に嫁いで言葉や生活習慣が違う中で、慣れない農作業や家事育児をきちんとこなし、舅姑が寝たきりになれば下の世話も嫌な顔をせずにするという姿が評価されて受賞するそうである。

 さらに、多文化講師(海外の文化を教える講師)や日本語講師として活動し、幸福に暮らしている国際家庭としてテレビ番組で報道された祝福家庭の婦人もおり、中には高等教育機関で働く者や高等教育を受ける者もいるのである。

山口英子さんと李明博大統領

山口英子さんと李明博大統領

 例えば、山口英子さん(6500双祝福家庭)は3人の子を持つ母親だが、2009年に韓国の法務部が全国規模で組織した結婚移民者ネットワークのソウルにおける会長に就任しており、2010年1月13日には李明博大統領(当時)の前で多文化家庭を代表して法律改善案のスピーチをしている。また同年5月20日にはイ・キナム法務部長官から法務部長官賞を受賞している。

明博大統領から表彰される浅野富子さん

明博大統領から表彰される浅野富子さん

 浅野富子さん(36万双祝福家庭)は、2012年5月8日に韓国ソウルにある青瓦台(大統領官邸)で開かれた「全国隠れた孝行者及び素晴らしい親を迎えての午餐懇談会」で、「他の模範となる孝行者」に選ばれ、李明博大統領(当時)から直接、大統領賞を授与されているのである。

 櫻井氏が本気で信仰を継続している人達と途中でやめた人達との差異がどこにあるのかといった問題にも注意して研究を行う気があれば、こうした成功事例と、元信者FとGのような失敗事例を比較し、両者の明暗を分けたのはなんであったのかを分析した方がより有益な研究となったであろう。もし山口さんや浅野のような華々しい活躍をした事例が少数であると主張するならば、地味でも構わないので幸福な信仰生活・家庭生活を営んでいる日本人祝福家庭婦人に対するインタビューくらいは試みるべきであっただろう。

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