書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』120


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第120回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、前回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入った。私は前回、櫻井氏が統一教会の祝福について論じる際に、信仰を維持し家庭生活を営んでいる現役信者には一切インタビューを行わず、離婚して棄教した元信者からの聞き取りのみに基いてそれを判断していることが、社会学者としては致命的な手落ちであると批判した。実際、7ページ半という比較的短い記述の中で彼が紹介しているのは、統一教会で韓国人男性と祝福を受け、渡韓して家庭生活までしたものの、結果的に離婚して信仰も棄てた二人の日本人女性のストーリーだけである。そこで私は先回、韓国でたくましく生き、社会的にも活躍している日本人の祝福家庭婦人の代表的な事例を紹介した。

 統一教会の祝福を受けて韓国に嫁いだ日本人女性の数は合計約7千名に及ぶため、その存在は韓国通の日本人の間では有名である。韓国で仕事をしたり長期滞在していれば、同じ日本人である彼女たちと出会うからである。そうした韓国通の日本人が祝福家庭の日本人婦人について記述した本の中に、黒田勝弘著『韓国 反日感情の正体』(角川学芸出版、2013年)がある。黒田勝弘氏は産経新聞の国際面コラム「ソウルからヨボセヨ」で有名な在韓30年以上のジャーナリストであり、この本の主たるテーマは「反日」を叫ぶ韓国人の心理を分析することにある。同書の第12章には「韓国の中の日本 統一教会と創価学会」というタイトルが付けられ、統一教会の在韓日本人妻について黒田氏は以下のように書いているのである。

黒田勝弘著作

「宗教あるいは結婚の動機の是非は別に、筆者はそうした日本人女性の韓国での存在に同じ日本人として関心を持たざるを得ない。韓国人と結婚した統一教会関係の日本人女性に話を聞く機会があったのだが、彼女らによるといわゆる合同結婚式などで韓国人男性と結婚し、現在、韓国に居住する日本人女性は約7千人という。すでに多くの子供が誕生しているはずだから、その数を加えると関連の日本人は倍はいるかもしれない。日本大使館によると在韓日本人は約3万人だから、統一教会関連の日本人居住者がいかに多いか分かるだろう。

 統一教会の場合、きわめて多くの日本人女性が結婚というかたちで韓国社会に入り込み定着している。その宗教に対する評価は別にして、その存在は数が多いだけに日韓関係では無視できないように思う。そして『日本文化』としての彼女らが韓国社会にもたらす影響は気になる。

 ところで、韓国社会では日常的に彼女らを垣間見ることができる。たとえば取材で地方に出かけると、自治体の広報関係で日本語通訳としてよく見かける。日本系の居酒屋などのパートもそうだ。大卒がほとんどで、宗教に入れ込むほどの真面目派だから仕事はできる。

 韓国では近年、国際結婚や外国人居住者が急速に増えている。それを『多文化時代』として行政や支援組織などを通じた『共生プロジェクト』が盛んだが、日本人妻たちも多くそれに参加している。

 一方、韓国のNHKにあたるKBSテレビの長寿番組に、毎週日曜の正午から放送される『全国歌自慢』というのがある。NHKの『のど自慢』をモデルにしたもので、視聴者出演だから人気が高い。・・・このKBS『全国歌自慢』に統一教会の日本人女性がよく登場するのだ。事前に予選をパスした人が本番に出るため、出場者は事前審査される。したがって、本番の出演者に彼女たちをよく見かけるということは、彼女らがその地域でそれなりの評価を受けているということを意味する。地方都市や田舎だけに、地元で排斥されたり疎んじられたりしていたのでは、『晴れの舞台』への出場は難しい。

 宗教はともかくとして、彼女らは日本生まれの日本育ちで日本の文化を体現している。その彼女らが子育てや『共生プロジェクト』などを通じて韓国社会にもたらす『日本』が今後、韓国社会にどんな影響を与えるのか興味深いものがある。」(p.256-9)

 黒田氏の著作に登場する祝福家庭の日本人婦人たちは、先回紹介した山口英子さんや浅野富子さんのような華々しい活躍をしたり、立派な賞をもらって大統領と謁見したりしたわけではないが、通訳や多文化プロジェクトの講師として積極的に社会に関わったり、歌自慢大会に出演したりして、韓国社会に適応してたくましく生きている様子がうかがえる。こうした女性たちがいる一方で、元信者FやGのように途中で挫折して日本に帰国する人もいるというのが事実である。少なくともその両面を描かなければ、祝福を受けて渡韓した日本人女性について調査研究したとは言えないだろう。

 韓日祝福を受けて渡韓した日本人女性の中から、あえて不幸な結果に終わった二例だけを紹介することが、統一教会や祝福結婚に対する偏見を助長する可能性があることを、櫻井氏は少しでも考慮したのであろうか? そもそも宗教を動機として結婚するということ、さらに外国人と結婚するというだけでも日本社会においては偏見の対象になりやすいのであるから、学術的研究を謳う以上は、より客観的で公正な調査が求められる。しかし、実際に櫻井氏がやったのは、学問的体裁を装ってさらに偏見を助長しただけである。

 私があえてこうした主張をするのは、現在韓国で生活する日本人の統一教会信者の中には、日本で信仰生活を送っていたときに拉致監禁された、あるいは韓国にお嫁に行った後に帰省した際に拉致監禁されたという被害者が約300名いるからである。外国に在住する拉致監禁被害者の数としては韓国が最大だが、どうして韓国に嫁いだ日本人女性たちが狙われるのであろうか。それは以下のような理由による。

 統一教会の教えは国家民族の壁を超えた世界主義であり、文鮮明師は「交叉交替祝福結婚」の価値を強調してこられた。特に、歴史的な怨讐関係にある韓国と日本の男女を組み合わせた「韓日・日韓祝福」を推進してこられ、真の夫婦愛による歴史的怨讐関係の克服を指導してこられたのである。こうした理想が、一部の保守的な日本の両親から理解されず、渡韓前に娘を拉致したり、韓国に嫁いだ娘を帰省時に拉致する事件が発生するようになったのである。

 こうした両親の不安をさらに煽っているのが、反対派による「韓日祝福」に対する誹謗中傷である。キリスト教のインターネットメディアである「クリスチャントゥデイ」は、2006年1月23日号に「『合同結婚式、6500人の行方を捜して』被害者家族が訴え」というタイトルの記事を掲載し、韓国で統一教会の合同結婚式に参加した後、行方不明になった日本人女性が6500名もいると報じているのである。

クリスチャントゥデイ

 もしこれが本当なら、日本政府が動くべき重大な国際問題であるはずだが、そのような動きはまったくない。実際には、大半の日本人女性は平穏に暮らしており、両親とも連絡を取っているのである。したがって記事の内容は完全なデマゴーグなのだが、こうした記事に不安を煽られて日本の両親は拉致監禁に追い込まれていったのである。

 一部の反対弁護士は、統一教会信者の両親に手紙を出し、「娘が韓国の農村に嫁がされる前に自分か日本基督教団の牧師に相談して救出しないと大変なことになる」と脅して営業をかけていることが明らかになっている。先回紹介した、2010年に発売された週刊ポストの記事は、韓国で農業に従事する男性に嫁いだ日本人女性信者が、「SEX地獄」と形容されるような極めて悲惨な性生活を強いられているかのような印象を与えるものであり、韓国に嫁いだ女性信者の名誉を著しく毀損するものであったため、統一教会が発行元の小学館を訴えるという事態にまで発展した。こうしたメディアの偏向報道も、韓日祝福に対する偏見を助長するものとなっているのである。そして件の週刊ポストの記事には「『〈衝撃リポート〉北海道大学教授らの徹底調査で判明した戦慄の真実』というサブタイトルがつけられており、櫻井氏の著作が彼らの書いた記事の権威づけに利用されているのである。こうして見ると、櫻井氏の研究は学問的な中立性や客観性を欠いており、週刊誌のゴシップ記事のレベルと大差ないことが分かるであろう。

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