「統一教会=犯罪集団」の真相


ここで、皆さんがときどき耳にする言葉で、「統一教会は犯罪集団だ」という内容について少しお話ししましょう。大学の教授や反対牧師、あるいはご父兄から言われた際に、皆さんはこれに対してどのように答えますか。「統一教会は犯罪集団でしょう」と言われた際に、「はい、そうです」と答えますか。それとも、「いいえ、違います」と言うのですか。「いいえ、違う」と答えるならば、その根拠は何であるのか。そのことを詳しく、正確に理解しておかなくてはなりません。

まず、この「犯罪」という言葉は刑法上の言葉です。裁判での勝ち負けや、逮捕以前の基本的な知識として、民法上の不法行為と刑法上の犯罪という区別があることを覚えておいてください。裁判には『刑事裁判』と『民事訴訟』があります。今まで、統一教会が裁判に負ける、あるいは損害賠償を支払わされることがありました。しかし、それはすべて民事訴訟の話です。この民事訴訟とは、私人同士の争いを国家が裁くものです。これまでの献金返還訴訟や、違法伝道訴訟、青春を返せ裁判などで統一教会が敗訴したケースはあります。しかし、民事訴訟で敗訴することと犯罪行為は別の話です。民事訴訟で何度敗訴したとしても犯罪にはなりません。これをまず知る必要がります。統一教会が民事訴訟で負けたことをもって「犯罪集団」と呼ぶのは、間違いなのです。さらに、それらの判決も統一教会の直接的な責任を認めたわけでなく、「信者が行ったことではあるが、それを十分に監督しなかった」といった使用者責任が、宗教法人・統一教会に対して認められたにすぎないのです。「統一教会自体が違法行為を行なった」という民事判決は、出ていないのです。

さらにもう一つ、『刑事事件』とは国家が犯罪を裁くものです。これについても、正確な知識を持ってください。たまに、「統一教会員が詐欺で捕まった」と思っている人がいますが、それは違います。これまでに教会員が逮捕されたことが何度かニュースで流れましたが、これらの刑事事件は『特定商取引法』という法律に違反した事件なのです。この法律は訪問販売法を少し強化したようなものです。つまり、販売の際のちょっとしたオーバーなトーク、行き過ぎなどを罰する『軽犯罪』なのです。これに違反したということで、沖縄、松本、新潟、福岡、東京、大阪、和歌山などで、実際に教会員が逮捕される事件がありました。しかし、教会員が逮捕されたからといって、すぐに教会に責任が問われるわけではありません。これらは宗教活動としてではなく、あくまで教会員の経済活動として行ったものだったからです。基本的に軽犯罪なので、大半の事件が略式裁判による罰金刑で解決しております。唯一、東京の事件だけが正式に起訴され、2009年11月10日に執行猶予付きの有罪判決を受けています。それでも、この判決でさえ「統一教会が犯罪集団である」とは決して言えない判決でした。なぜかと言いますと、会社で行なったことに関しては執行猶予付きの有罪の判決を受けましたが、これが「統一教会の指示で行った」と、裁判で一切認定されておりません。したがって、統一教会が犯罪集団である根拠は、現時点においては何一つありません。

統一教会に反対している中心的な弁護士の一人であり、「全国霊感商法対策弁護士連絡会」に所属する紀藤正樹弁護士が最近(2012年6月7日)出版した『マインド・コントロール』(アスコム)という本にも、「統一教会が組織的な詐欺を働いているとして摘発されたことは一度もないのです」(p.104)と述べられています。すなわち、有罪判決どころか起訴されたことさえないのですから、統一教会を「犯罪集団」と呼ぶことは間違いなのです。

さて、「カルト」の話でありますけれども、「カルト」の定義というものは、10人いれば10通りの考え方があるようなものです。これが、「カルト」概念の多義性が意味することです。大学の教授が学生を呼び出した際、頻繁に見せる「カルト」予防ビデオで『幻想の彼方に』というものがあります。それには東北学院大学名誉教授の浅見定雄氏が登場して、次のように説明しています。「『カルト』という言葉は、本来神々の崇拝、宗教儀礼一般を指す。一部の学者は、善悪に関係なく、特定の教祖や信仰に熱中する比較的小さな閉鎖的グループのことを『カルト』と呼ぶ。さらに、近年のアメリカや日本では、『人間や社会に対して破壊的なことを行う集団』という意味で用いられており、『政治カルト』『商業カルト』『心理カルト』などがある。」つまり、浅見氏自身が「カルトにはさまざまな意味がある」と自ら説明しているのです。このように、「カルト」自体が極めて多義的な言葉なのです。

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