書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』36


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第36回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章の中で、1983年10月に起きた「世界日報事件」について以下のように説明している。
「一九八三年に、当時『世界日報』編集局長であった副島嘉和のもとに梶栗玄太郎『国際勝共連合』理事長(当時)(二〇〇九年七月に第一二代会長に就任)以下数名が押しかけ、暴力的に副島と彼の部下を解任したという事件が発生した。」(p.140)

 この事件はWikipediaにおいても、以下のように副島氏寄りの記述がなされている。
「1983年10月1日、当時の編集局長らによる、統一教会色を薄め一般紙を志向する路線を会社の乗っ取りであると反発した『国際勝共連合』理事長梶栗玄太郎ら約百人が、東京都渋谷区宇田川町のワールドビル(当時)内にあった世界日報社事務所に押しかけて社内を占拠し、社員を監禁・暴行した。」
 これだけを読むと、なにやら教会側の幹部が暴力的に副島氏を排除したかのような印象を受けるが、真相はどうだったのだろうか? 少なくとも双方の言い分を聞かない限りは客観的な判断はできないであろう。この事件に対する統一教会側の認識は以下のようなものである。

 世界日報社は、文鮮明師の提唱により、1975年に設立され、石井光治氏、阿部正寿氏をはじめとする8名の統一教会信者が株を保有する株式会社であった。1983年3月~9月にかけて、世界日報の編集局長であった副島氏は、取締役の井上氏および数名の部下とともに提唱者の意に反し、会社の創立理念を無視した自分の意に沿った紙面作りを画策し、世界日報社の乗っ取りを企て、不法に(業務上横領罪、有価証券偽造及び同行使罪、私文書偽造同行使罪、公正証書原本不実記載罪、私印の不正使用罪の犯罪行為を犯し)取締役会議議事録、臨時株主総会議事録、株式会社変更登記申請書などを偽造し、それを東京法務局渋谷出張所に提出した。

 事態の重大さに気づいた世界日報社の株主及び取締役は1983年10月1日、乗っ取りを阻止する目的で世界日報社を訪問し、両者と面談を行った。この際に多少の小競り合いがあったことは事実であるが、これは副島氏らの新聞社乗っ取りを知らない社員らが、副島氏らの取り巻きにそそのかされたことが原因である。最終的には副島・井上両氏と、世界日報を代表して副社長の奈田氏および梶栗氏が、渋谷警察署において、会社の顧問弁護士を仲介にして話し合った。副島・井上両氏は全面的に上記犯罪の事実を認めて謝罪したので、両者は、「①副島・井上両氏はすでに申請中であった偽造文書である株式会社変更登記申請書の取り下げを確約すること、②副島・井上両氏は責任を取って辞任すること」などを内容とする覚書を交わし、同新聞社とも一切の関わりを絶った。その後、副島・井上両氏は、統一教会に対する事実に反する批判、文鮮明師やリーダーに対する名誉毀損により教会員としてふさわしくないという理由で教会からも除名されている。

 副島氏は事件後、自らの陰謀が失敗に終わったことに対する腹いせとして、『文藝春秋』1984年7月号に、「これが『統一教会』の秘部だ」と題する記事を寄稿した。同記事の内容は、上記の事実を隠蔽し、自らの違法行為を棚に上げて、自分が一方的な被害者であるかの如く主張する虚偽の告発にほかならない。彼の主張は、信者らにより経営される会社の実体を歪曲し、偏見と虚偽に基づくものでしかない。総じて同記事の統一運動批判は日本の保守勢力との分断を意図した左翼陣営と組んでなされたものであった。

 櫻井氏は自著の中で「副島は一九八〇年に文鮮明の指示により経済局が新設され、その局長職に就いた古田元男が伝道局長の櫻井節雄と彼の管轄下にある全国のブロック、教会組織を幸世商事(後にハッピーワールドを名称変更し、古田は全国しあわせサークル連絡協議会の長となる)の傘下に組み込んだと述べている(副島・井上 一九八四)。副島は経済部門主導の教団経営に異議を申し立てたというが、メシヤである文鮮明に逆らう賛同者はいなかったようであり、会長の久保木もメシヤに従った」(p.140)と書いている。教会が株式会社の傘下に入るというのは驚くべき主張だが、これに対して教会側はどう反論しているのだろうか? 実は、副島・井上手記は統一教会を相手取った裁判に証拠として提出されたため、教会側は裁判の場で上記の主張を明確に否認している。教会側が副島・井上手記を信用できないと主張しているポイントは以下の通りである。

①副島氏は「私は統一教会本部広報局長も兼務しており、教会の方針を決定する最高決議機関の12人の局長会議のメンバーの一人だった」と書いているが、これは誤りである。統一教会の最高決議機関は当時も現在も責任役員会と評議員会(地区長会議)であり、この二つの機関で教会の全ての問題を決議し、実行するようになっている。

②副島氏は、この責任役員会に出席できる責任役員や評議員会議に出席できる評議員に一度も就任したことはない。局長会議は統一教会の意思決定機関ではない。副島氏は責任役員会等で決定されたことを、広報という立場で解説するという立場にいたものに過ぎない。

③副島氏は「宗教法人世界基督教統一神霊協会が投資をし、株式会社世界日報社の株式を取得した」と言っているが、統一教会は未だ一度も株式会社世界日報社の株を取得したことはなく、副島の言っていることは、事実に反する。

④副島氏は手記の中で「統一教会が株式会社ハッピーワールドに吸収された」と書いているが、統一教会は未だ一度もいかなる団体にも吸収されたことはなく、同氏の言っていることは事実に反する。

⑤副島氏は、「世界基督教統一神霊協会の全国の地方組織をまとめる伝道局長の桜井設雄氏が株式会社ハッピーワールドの古田元男氏の下に入った」と書いているが、桜井設雄氏や統一教会の地方組織が株式会社ハッピーワールドの組織の中に入ったということは一度もない。

⑥副島氏は、統一教会が経済局を設置し、古田元男氏が経済局長に就任したと記述しているが、統一教会が経済局を設置した事実も、古田氏が局長に就任した事実も一切ない。また、古田氏が統一教会の役員であったことは一度もない。

 これらの裁判で教会側の証人として証言した小柳定夫氏は、陳述書の中でこの副島・井上手記について以下のように述べてから、一つ一つ反論している。
「そもそも彼らは、編集権、経営権の独立という大義名分を掲げ、その美名に隠れて、いわゆる世界日報社乗っ取り事件を画策した張本人であり、その野望を直前に見破られ、阻止されたことから、統一教会に対して恨みや敵意を抱くようになり、その不満を一気に爆発させるべく書きつづったのがこの論文といえます。従って、底流には、不平、不満、不信が一貫してあり、しかも時間や、場所や人物など、具体的、客観的事実を特定しないままの思い込みやこじつけ、さらには、デッチ上げと思われるような間違いだらけの記述を臆面もなく繰り返しております。こうした、悪意に満ちた態度、卑怯な手段には、呆れ返るばかりであり、いちいち反論する気力もなくなるほどですが、忍耐心をもって、順次、反論を試みたいと思います。」

 さて、櫻井氏は本章の中で「地域のコマンダー」という名の「統一教会幹部」について述べているが、教会に「コマンダー」なる役職があったことはない。また、一連の裁判を通じてコマンダーの肩書きを持って登場するのは「古田コマンダー」のみである。

 櫻井氏は、「統一教会では伝道部門が教会の役割であり、信者への布教・教化に責任を持って研修等を行う。その後、研修を終えて統一教会信者となった会員を管理し、様々な事業部門に配属させるのがコマンダーの役割である。」(p.141)と記述しているが、教会組織で研修した信者を事業部門に配属させるなどということはなかった。櫻井氏の記述は、連絡協議会内で行われていた伝道、勧誘活動から信者となって、連絡協議会ないし関係する部署に配属されていることを述べたものであり、これには宗教法人は関わっていなかったのである。なお、連絡協議会においても人事配属をする立場の人間をコマンダーと呼ぶことはなかった。

 以上が、世界日報事件の真相、副島・井上手記の信憑性、さらにハッピーワールドによる統一教会の吸収合併という櫻井氏の主張に対して、教会の法務局に提供してもらった資料をもとに私が要約した「統一教会側の説明」である。櫻井氏の主張と、教会側の主張のどちらに信憑性があるかは、読者の判断に任せることにする。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』 パーマリンク