書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』35


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第35回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「三 日本の統一教会の組織構造」と題して、主に裁判資料と教会の出版物をもとに教会の組織構造の解明を試みている。裁判に関する知識のない人がこの記述を読んだら、統一教会自体が発行している出版物と公的な裁判に提出された証拠をもとに分析しているのだから、櫻井氏の記述は信頼できる証拠に基づいて組織の実態を解明したものであると認識するかもしれない。しかし民事訴訟においては、裁判所に提出される証拠のすべてが信用できるわけではない。

 民事訴訟の証拠には大きく分けて「甲号証」と「乙号証」がある。一般に「甲号証」とは原告側、つまり訴えた側が提出する証拠であり、「乙号証」とは被告側、つまり訴えられた側が提出する証拠である。櫻井氏が資料提供を受けた弁護士は、統一教会を訴えた元信者らの代理人を務めてきた人物であるため、「甲号証」は基本的に元信者らの主張を裏付けるために、彼らが作成ないし提出したものである。その中には「統一教会の内部文書である」と主張されているものも含まれているが、被告である統一教会はそのことを否認している場合がほとんどである。つまり、「甲号証」が本当に統一教会の組織構造を明らかにしたものであるかどうかは、原告と被告で主張が食い違っており、少なくとも客観的な事実であると判断できないものが多いのである。

 そのような性質の証拠をもとに統一教会の組織の実態について論じ、しかもその証拠に対する統一教会側の主張を一切顧みずに断定的な記述をしているという点において、櫻井氏の主張は公正中立の立場を大きく外れているといえる。もちろん、統一教会反対派の弁護士が書いた著作の中にも同様の記述は存在する。しかし、彼らは利害関係者であり、反対の立場を鮮明にしているので、おのずとその資料の性質が分かるのに対して、櫻井の著作は、表面上は客観的な学問的研究の体裁を装っているために、余計に始末が悪いのである。裁判においては少なくとも原告側と被告側の両方から証拠を採用し、常に両論を併記しながら判断を下すことによって、客観的判断をしようと試みている。しかし、櫻井氏の記述は「甲号証」を中心として統一教会を攻撃するのに都合のよい資料を恣意的に選んで論じているだけである。「乙号証」を用いている場合でも、被告側の意図とは全く違った曲解を加えて解説している場合が多い。本来ならば、このことを指摘するだけで充分であるが、櫻井氏の主張する「日本統一教会の組織構造」がいかに事実と異なっているかを指摘するためにも、個々の主張を丁寧に検証することにする。

138ページ

 図4-1(p.138)は、石井光治氏がいわゆる「神戸事件」(1974年に神戸で統一教会の幹部三人が外国為替法及び外国貿易管理法違反容疑で摘発された事件)で供述した際、法人組織図として作成したものである。これは調書にも残っているため、当時の日本統一教会の組織図であると認めざるを得ないものである。しかし、この組織図に関する櫻井氏の「これを見る限り、当時においても統一教会という宗教組織は統一教会グループの一事業体に過ぎない」(p.138)という記述は根拠なき決めつけであり、意味不明な発言である。この組織図は、会長をはじめとする宗教法人の役員と、総務局、伝道局、文化局、全国51地区教会、十字軍団、統一思想研究所などからなっており、宗教法人としての組織図そのものである。そこには宗教以外の事業体に関する記述は一切ないにも関わらず、何を根拠に宗教組織が統一教会グループの一事業体に過ぎないなどと言えるのであろうか?

 さらに櫻井氏は、「興味深いのは、宗教法人の組織においても、全国二二七ヶ所の支部教会を統べる五一の地区教会が法人の総務や広報、特別なミッションを持ち、伝道や資金調達を行う十字軍団なる事業部門と同列に扱われていることである。つまり、キリスト教会において祈りや牧会、奉仕活動の中心となる教会が、統一教会では複数ある活動領域の一つにすぎない」(p.139)などという解説を加えている。

 これは組織図の描き方の問題であって、本部機能と地方教会をどのような配置で描くかという問題にすぎない。会長を初めとする教会役員、総務局、伝道局、文化局などは教会本部を構成している。それ全体を「本部」として括って、その下に全国51地区教会と十字軍団と統一思想研究所を描けばより実態に近くなると思うが、この図は本部組織と地方組織を並列に描いているので誤解を生じる可能性がある。いずれにしても、本部機能も地方組織も全体としての「教会」の一部であり、宗教目的で存在していることは明らかである。そして十字軍は伝道機動隊であるし、統一思想研究所は創設者の思想を研究する部門であるから、これらの組織の目的はすべて宗教的なものである。これら全体が「教会」を構成しているのであって、櫻井氏の主張するように、教会が複数ある活動領域の一つにすぎないなどということはないのである。

 ここで櫻井氏が伝道や資金調達を行う事業部門としている「十字軍団」とはいったいどのような組織だったのだろうか? 歴史編纂委員会が編集した『日本統一運動史』(光言社、2000年)によれば、統一十字軍(IOWC)は1972年1月にアメリカで文鮮明師によって結成され、同年4月に文師が来日した際に、日本でも12団の十字軍が結成されたという。(『日本統一運動史』p.322)そして11月27日から12月1日にかけて守山修練所において十字軍開拓修練会が行われ、12月2日、全国140か所の開拓伝道にそれぞれ出発していったと記述されている。(『日本統一運動史』p.334)1975年1月にはIOWCの欧米チーム360名が日本に到着し、全国各地で「希望の日」フェスティバルを開催しながら国際的伝道がなされた。(『日本統一運動史』p.362)さらに同年3月下旬には、日本メンバーを含む600名のIOWCメンバーが訪韓し、全国でフェスティバルを開催した後に、6月7日にヨイド広場で120万名を集めて大会が行われた。(『日本統一運動史』p.368)このように、十字軍団というのは国際的な伝道機動隊であって、世俗的な事業とは関係のない宗教的組織であったのである。それが通常の教会組織と別途表記されているのは、地方に定着して伝道活動を行う支部教会とは別の動きかたをするためであった。

 以上により、教会が複数ある活動領域の一つにすぎないという櫻井氏の主張は、少なくとも図4-1の組織図からは読み取れないものであり、それは統一教会が真正な宗教団体であることを否定しようとする反対派の主張を、無理やり資料の中に読み込んだ牽強付会に過ぎないものであることが分かるであろう。

 図4-1は、櫻井氏が「初期の事業多角化」の証拠として示したものである。彼は統一教会を一つの「コングロマリット」として描きたいので、初期の頃から統一教会が宗教目的だけでなく、収益事業や社会事業に関わって来たことをなんとか立証したいわけである。しかし、統一教会は宗教法人法と自らの規則に従って宗教活動に専念しているため、統一教会自体が作成した資料からは「事業多角化」を立証することはできないのである。そこで統一教会反対派や櫻井氏が持ち出すのが「元信者の証言」であり、その中でも最も強力な資料として使われてきたのが、『文藝春秋』1984年7月号に元世界日報編集局長の副島嘉和氏と同営業局長の井上博明氏が連名で発表した、「これが『統一教会』の秘部だ―世界日報事件で『追放』された側の告発」という手記である。

 この手記は、統一教会の思想が韓国中心主義であると批判したり、「霊感商法」のマニュアルや資金の流れと称するものを「暴露した」と主張しているため、統一教会に対する内部告発として反対派に大いに利用された。この副島・井上手記の内容を理解するためには、1983年10月に起きた「世界日報事件」について知らなければならない。この事件は筆者が原理研究会に入会した直後に起こった事件であり、直接関わりはなかったが、その後世界日報がしばらく休刊になったので鮮明に覚えている。櫻井氏の著書の中では、「一九八三年に、当時『世界日報』編集局長であった副島嘉和のもとに梶栗玄太郎『国際勝共連合』理事長(当時)(二〇〇九年七月に第一二代会長に就任)以下数名が押しかけ、暴力的に副島と彼の部下を解任したという事件が発生した」(p.140)と記述されているこの事件の真相については、次回の投稿で明らかにし、それに対する報復として書かれた副島・井上手記の信憑性についても追って明らかにすることにする。

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