書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』25


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第25回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第3章 統一教会の教団形成と宣教戦略」の続き

 櫻井氏は本章の中で、「教勢の衰退と資金調達方法の変化」というテーマを掲げ、統一教会の伝道が1980年代末で頭打ちになった理由について分析している。この辺の分析は櫻井氏自身が認めているように、統一教会に反対する勢力からの情報提供に基づいていると言える。その部分を引用してみよう:
「日本における統一教会の信者数は、四七万七〇〇〇人(平成七年文化庁宗教統計)とされるが、献身した本部教会員の実数は数万人の規模と思われる。統一教会問題を手がけてきた日本基督教団の牧師や全国霊感商法対策弁護士連絡会、及び脱会した元信者の証言によれば、統一教会の修練会に多数の若者たちが参加していたのは、一九八〇年代末までである。その教勢のピークは、その頃に入信した信者たちが数年の伝道や経済復帰と呼ばれる資金調達活動に従事した後に参加する祝福に象徴されている。一九九二年八月に三万双の国際合同結婚式が韓国で挙行され、日本の芸能人やスポーツ選手が参加して話題を呼ぶが、その一人が翌年『私はマインド・コントロールされていました』と脱会宣言を記者会見で行い、それ以降、統一教会は、合同結婚式、洗脳、マインド・コントロール、霊感商法という悪評のために、宣教活動が停滞することになる。」(p.96-97)

 この櫻井氏の記述は、大筋においては正しいと言えるが、細かな点で気になる部分はある。まず、宗教法人としての統一教会には「献身」という制度は存在しないので、「献身した本部教会員」という表記は正しくないだろう。教会員を本部登録する制度は存在するので、47万7000人というのは、活動しているかどうかは別として名簿上の数として文化庁に報告したものと思われる。統一教会の信徒の組織において専従的に活動する者を「献身者」と呼ぶ慣習は存在したので、その実数が数万人の規模というのは、時代によって変化するとはいえ、およその数としてはそんなに外れていないと思われる。ただし、統一教会の信者の数には、社会で働きながら信仰を持つ「勤労青年」や、家庭の主婦が信仰を持つ「壮婦」、その夫に当たる「壮年」、さらには幼児、小学生、中学生、高校生などの「2世」も含まれるので、いわゆる献身者の数と本部教会員の数を比較してその差を強調したところで何の意味もないと言える。

 厳密に言えば、「教勢のピーク」と「宣教活動のピーク」は必ずしも一致しない。宣教活動のピークは、その年に新しく入会した信者の数によって測定されるが、その信者たちがその後長年にわたって信仰を維持し続ければ、新たに入会する信者の数が微増に転じても信者の総数は増え続けるから、教勢のピークはもっと後ろになるからである。こうした細かいデータを統一教会は近年公表してこなかったので、櫻井氏の記述が正しいかどうかを客観的に判定する資料は存在しない。これが内部資料と一致すれば、その信憑性はかなりアップすると思われる。

 櫻井氏の分析の最も重要な部分は、「統一教会の修練会に多数の若者が参加していたのは、一九八〇年代末まで」であり、このころをピークに宣教活動が停滞するようになったというところであろう。この主張は、教会内部にいる者の感覚からしても、直感的に正しいと思える。しかし、それはあくまで感覚に過ぎないので、もう少し数値的に確かめられる情報をもとにこの主張を検証してみたいと思う。

 統一教会は信者の実数に関する数字をあまり公表したがらないが、秘密の内部情報ではなく、公的な場所で発表された情報の中に、宋龍天・全国祝福家庭総連合会総会長が行ったプレゼンがある。これは、韓国で行われる天一国指導者総会や、日本で教会員を集めて行われた集会の中で、「VISION2020」を実現する上で教会が抱えている課題について述べた内容なので、教会本部から情報提供を受けた「内部の正確な情報」であると同時に、対外的に秘密ではない開かれた情報であると理解することができる。

 そのプレゼンの中に、教会員の年齢分布に関するグラフがある。

在籍信者の年齢分布

 このグラフによれば、2015年の時点で日本統一教会の教会員の在籍人口の年齢的なピークは50歳から64歳(赤い長方形で囲った部分)であり、これが全体の45%を占めるという。この人たちは、1980年の時点(35年前)では15歳から29歳であり、1990年の時点(25年前)では25歳から39歳であった。これは未婚の青年として統一教会に伝道されるには最もふさわしい年齢層であると言える。もちろん、1980年に15歳で伝道されるというケースはあまり考えられないが、最も若い層は1980年代の後半に伝道され、それよりも年上層は1970年代後半から1980年代前半にかけて伝道されたと理解できる。厳密に言えば、伝道される経路としては未婚の青年時代に伝道されて祝福を受けて結婚するケースと、結婚した後に壮年・壮婦として伝道されるケースがあり、これらのグループが伝道される年齢層は異なるのであるが、現在のピークが1980年代に未婚の青年として伝道されたと仮定することはかなり現実的であると思われる。1980年代に40歳を超える壮年・壮婦として伝道された人も多数いると思われるが、そうした人々は2015年の時点では70歳以上になっていると思われる。ちなみに、私の場合には1983年に18歳で伝道されたが、2015年の時点で51才であり、この人口ピークの一番若い部分に引っかかっていることになる。

 宋総会長のプレゼンにはもう一つの興味深いグラフとして、二世人口の年齢分布に関するものがある。

二世人口の年齢分布

 このグラフによれば、2015年の時点で15~20歳までが二世の人口のピークであるという。伝道された年と違って、生まれた年は年齢から正確に知ることができるので、この二世たちは、間違いなく1995年から2000年の間に生まれたことになる。しかし、その親がいつごろ伝道されて、いつごろ祝福受け、いつごろ家庭を出発したかという問題になると、個人差によるばらつきが出てくる。しかし、統一教会への入信のパターンとして、20代の若い頃に伝道され、実践活動を数年行った後に祝福式に参加し、その後さらに数年は聖別期間を過ごした後に家庭を出発し、間もなく子供が生まれるという「青年から祝福家庭へ」というコースがあり、この平均的な長さから、この二世たちの親がいつごろ伝道されたのかを類推することができる。

 まず、彼らの親の祝福双から類推すると、以下のような期間に生まれたことになる。
①6000双(1982年)の場合、祝福式後13年~18年
②6500双(1988年)の場合、祝福式後7年~12年
③3万双(1992年)の場合、祝福式後3年~8年
④36万双(1995年)の場合、祝福式後0年~5年

 祝福を受けてから家庭を持つまでの聖別期間、および第2子や第3子であることによるタイムラグを考慮に入れると、この2世の人口ピークは6500双と3万双の子女が大部分を占めると思われる。そして、これらの祝福式が行われた年が1988年と1992年であることを考慮に入れれば、この祝福双の人々が伝道された時代は、1980年代が中心であると思われる。ちなみに、筆者には子供が4人いるが、長男を除いて残りの3人は全員がこの年齢層に入っており、筆者自身も1980年代に伝道されている。

 以上の情報を総合すると、統一教会の修練会に多数の若者が参加していたのは1980年代末までであり、このころをピークに宣教活動が停滞するようになったという櫻井氏の主張は正しいことになる。この情報は、常に統一教会をウォッチングしてきたキリスト教会の牧師や、全国霊感商法対策弁護士連絡会、及び脱会した元信者の証言に由来するものであるため、外側からの情報とはいえ、ある程度事態を正確にとらえているのであろう。特に長年教会に身を置いて、内側から伝道の様子を観察することのできた元信者の証言は貴重な情報源であったと思われる。では、なぜ1990年代以降に宣教活動が停滞するのようになったのかという理由については、次回論じることにする。

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