日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性08


4.日韓の国益とソフト・パワー

 (ウ)国民の意識

 文在寅大統領と安倍首相、韓国政府と日本政府の主張は真っ向から対立しており、簡単に妥協点が見いだされるとは思えない。しかし、どちらの政府も国民の支持なくしてはその政策を実行することはできないので、これらの問題に対して両国の国民がどのように考えているかを、最新の意識調査に基づいて分析することにする。

 両国国民の意識調査としては、日本の非営利組織である言論NPOと韓国のシンクタンクである東アジア研究院(EAI)が、2019年5月から6月にかけて実施した共同世論調査の結果を報告した、「第7回日韓共同世論調査 日韓世論比較結果」を用いることにする。(注69)以下に引用するデータは、すべてそこから採ったものである。どちらの国の調査も有効回収標本数は約1000であり、男女の比率、最終学歴、年齢の分布もほぼ同じである。

 初めに相手国に対する印象が示され、「日本人の韓国に対する『良い印象』は2013年の調査開始以降で最低となったが、韓国人の日本に対する『良い印象』はこれまでの調査で最高となり、日本に対する『良くない印象』は初めて5割を切った」ことが紹介されている。戦後最悪と言われている日韓関係にあっても、韓国人の日本人に対する好感度がアップしているのは意外であった。

 次に相手国に対する印象の理由が示され、日本人が、韓国にマイナスの印象を持つ理由で最も多いのが、「歴史問題などで日本を批判し続けるから」で今回も52.1%と半数を上回っている。一方で韓国人が、日本にマイナスの印象を持つ理由は昨年同様、歴史問題と領土問題(独島)が半数を超えるが、今年は特に「韓国を侵略した歴史を正しく反省していない」が76.1%と昨年の70%を上回っており、歴史問題に反応している。韓国人が、日本に「良い印象」を持つ理由で最も多いのは、「日本人は親切で誠実だから」が69.7%で、「生活レベルの高い先進国だから」が60.3%で続いており、他を圧倒している。これに対して、日本人は「韓国の食文化や買い物が魅力的だから」が52.5%、「韓国のドラマや音楽など韓国の文化に関心があるから」が49.5%と、それぞれ半数近くが、韓国の文化や食べ物などを好印象の理由としている。

 日韓関係に関する認識に関しては、現在の日韓関係を「悪い」と見る日本人は、昨年(40.6%)から23ポイントも増加して63.5%、韓国人でも昨年の54.8%から11ポイント増加して66.1%と、両国で6割を上回る事態に至っている。現状の日韓関係を「良い」と見る人は、日本人で6.1%、韓国で3.7%しかいない。

 政府間外交に関しては、日本人で文在寅大統領に対して、「悪い印象」を持つ人が昨年から倍増して、50.8%と5割を超えている。韓国人でも、安倍首相に「悪い印象」を持っている人は多く、昨年同様8割近い。

 歴史問題に関する認識では、韓国人には歴史認識問題の解決を求める見方が広がっており、「歴史認識問題が解決しなければ、両国関係は発展しない」という見方が39.1%(昨年33.5%)と、4割近くに拡大している。日本人ではこうした状況に戸惑いが見られ、歴史認識問題の解決を困難視する見方が依然多い。

 解決すべき歴史問題としては、日本人では例年と同じく韓国の「反日行動」と「反日教育」を挙げる人が半数を超えるが、「従軍慰安婦」を挙げる人も4割近く存在する。韓国人では「従軍慰安婦」が7割と最も多いが、「補償問題」も昨年から16ポイント増加して6割を超えている。

 日本企業に対して元徴用工へ強制労働の賠償を行うよう命じた韓国最高裁の判決について、韓国人の75.5%と7割超は「評価する」と回答したが、日本人の58.7%と6割近くは「評価しない」と答え、「どちらともいえない」が33.6%で続いている。

 この徴用工問題を解決するためには、韓国人の6割近くは判決に従って「日本企業が賠償を行う」べきだと考えているが、日本人では判決に従うべきと考えている人は1.2%にすぎず、「仲裁委員会、国際司法裁判所」や「韓国政府による補償」によって解決を図るべきだと考えている人が多い。さらに、被告の日本企業の資産差し押さえや売却が行われた場合に、日本政府が対抗措置を取ることを55%の日本人が容認している。

 以上、本稿に深くかかわる部分のみを抜粋したが、日韓共に自国の指導者の政策を支持しており、政府の政策と国民の意識の間に齟齬や乖離がないことが分かる。日本人の大半は、韓国の食べ物、ドラマ、音楽などの文化は好きだが、韓国の「反日教育」や「反日行動」にうんざりしていて、文在寅大統領は嫌いでその政策は間違っており、安倍首相の韓国に対する外交政策は正しいと思っている。一方で韓国人の大半は、日本は先進国で、日本人は親切で誠実だから国民としては好きだが、安倍首相は嫌いでその政策は間違っており、文在寅大統領の言う通り、日本は韓国を侵略した歴史を正しく反省すべきだと思っているのである。

 ソフト・パワーが文化の影響力を通して「自分が望む結果を生み出す能力」であるとすれば、日韓両国の間にはこれだけの文化的交流がありながらも、両国政府はお互いに自分が望む結果を相手国の政府からも国民からも得られていないことになり、ソフト・パワーは機能していないと結論せざるを得ない。

5.ソフト・パワーの限界

 本稿では、ソフト・パワーの弱点や限界も最初に指摘している。ソフト・パワーは間接的で分散された影響力として働き、ときには意図したものとは反対の結果をもたらすこともあるので、その効果を科学的な方法で予見することは難しいということである。ある国の文化に人気があるからと言って、それが外交政策に利用できるとは限らないことは、ジョセフ・ナイ自身が以下のような言葉で説明している。
「コカ・コーラやビッグマックがあるからといって、イスラム圏の人たちがアメリカ好きになるとは限らない。北朝鮮の金正日総書記はピザとアメリカ映画のビデオが好きだとされているが、それが核開発政策に影響を与えることはできない。すばらしいワインとチーズがあってもフランスの魅力が保証されるわけではなく、ポケモンがあるからといって日本が望む政策を外国が取るわけではない。」 (注70)

 したがって、日本と韓国の国民がお互いの文化が好きだからといって、外交政策に対する評価はそれとはまったく別だと考えることは、ごく普通にあり得ることなのである。しかし、それだけではあまりに単純なので、ここではナイの指摘するソフト・パワーが有効に機能する条件に基づき、日韓の間でなぜソフト・パワーが機能しないのかを分析しようと思う。

 ナイはソフト・パワーの源泉として文化、価値観、外交政策の三つを挙げており、その国の持つ文化的な資源が、他国から尊敬され受け入れられるような価値観および外交政策と組み合わされたときに、初めて有効なパワーとなるとしている。そしてその国の政策が「偽善的だ、傲慢だ、他国の意見に鈍感だ、国益に対する偏狭な見方に基づいているなどと見られた場合、ソフト・パワーが損なわれかねない」(注71)と指摘している。

 日本も韓国もお互いに世界に通じるような普遍的な文化を持っていながら、その価値観や外交政策においては、日韓関係の課題に関する限り、他国から尊敬され受け入れられるような普遍的なものとなりえていないのではないかと思われる。日本と韓国の葛藤は、どちらかといえばエゴイスティックな国益の衝突であり、第三者がどちらかを支持したいと思うような争いではない。本来ならば仲介役をすべきアメリカが積極的に介入しないのは、どちらの言い分もあまり魅力的ではないからである。日本の主張は、表向きは「国際法の遵守」だが、内実は植民地時代の行いに対する法的責任の回避である。韓国の主張は、被害者意識を前面に立てて日本からできるだけ多くのお金を引き出そうとしているように見える。周辺国家は損害賠償請求訴訟の傍聴人のような立場だが、植民地支配を行った過去を持つヨーロッパ諸国は、それが自分の国に飛び火しないようにだんまりを決め込むしかないであろう。ソフト・パワーが機能するためには、その外交政策が正当で敬意を払われるような普遍的な価値に基づくものでなければならない。二国間の国益が激しくぶつかり合うような状況においては、ソフト・パワーは機能しづらいのである。したがって、日韓の文化交流がどれだけ進んだとしても、それが国益を追求する両国政府の意図に適うような「パワー」として機能することはないであろう。

(注69)http://www.genron-npo.net/world/archives/7250.html
(注70)ナイ、前掲書、p.35
(注71)同書、p.38

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