日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性02


1.ソフト・パワーとは何か?

 ジョセフ・ナイは、ソフト・パワーを「強制や報酬ではなく、魅力によって望む結果を得る能力である。」と定義している。(注9)アメリカの魅力を象徴するものとしては、コカ・コーラ、ハリウッド、ブルー・ジーンズ、ハーバード大学、マイクロソフトなどがあるが、パワーとは「自分が望む結果を生み出す能力」(注10)である以上、ソフト・パワーも単にこれらアメリカの商品や企業が他国の人々を魅了していることを意味しているのではない。それらを国家戦略に組み入れて、自分の望む結果を得られたときに、初めてパワーたり得るのである。

 ナイは、アメリカがソフト・パワーをもたらしうる源泉を多数持っていることを強調し、その具体的内容として以下のような要素を列挙している。①経済規模、②大企業の数、③トップ・ブランドの数、④上位のビジネススクールの数、⑤外国からの移住者数、⑥映画とテレビ番組の輸出額、⑦アメリカの大学で学ぶ留学生の数、⑧アメリカの教育機関に在籍する外国人の研究者の数、⑨書籍出版点数、⑩音楽ソフトの市場規模、⑪インターネット・ホスト数、⑫ノーベル物理学賞、化学賞、経済学賞の受賞者数、⑬専門誌に発表された科学論文数。(注11)これらの分野においてアメリカは世界一であり、それはアメリカが軍事力だけでなく文化力においても世界において圧倒的な優位を占めていることを示している。要するにアメリカは世界中の人々を魅了し、憧れの対象となるような文化的な資源を多数持っているということである。しかし、これだけで他国に影響を与え、自分の望む結果が得られるようなパワーが生まれるわけではない。さらに二つの要素が必要なのである。

 ナイはソフト・パワーの源泉として以下の三つを挙げている。「第一が文化であり、他国がその国の文化に魅力を感じることが条件となる。第二は政治的な価値観であり、国内と国外でその価値観に恥じない行動をとっていることである。第三が外交政策であり、正当で敬意を払われるべきものとみられることが条件となる。」(注12)つまり、その国の持つ文化的な資源が、他国から尊敬され受け入れられるような価値観および外交政策と組み合わされたときに、初めて説得力のある有効なパワーとなるのである。

 ソフト・パワーが有効に機能するためには以下のような条件がある。まず、「普遍性がない特殊な価値観と偏狭な文化では、ソフト・パワーを生み出しにくい。」(注13)次に、「政府の政策によって、その国のソフト・パワーが強まる場合もあれば、弱まる場合もある。国内政策か外交政策が偽善的だ、傲慢だ、他国の意見に鈍感だ、国益に対する偏狭な見方に基づいているなどと見られた場合、ソフト・パワーが損なわれかねない。」(注14)こうしたナイの指摘は、本稿の中心テーマである日韓の外交課題を解決する上でのソフト・パワーの有効性を評価する上で、多くの示唆を与えるものである。

 次に、ソフト・パワーの長所と限界について簡単に整理する。UPF-Japanが2019年7月25日に東京・渋谷の国連大学で開催した平和外交フォーラムで講師を務めた近藤誠一・元文化庁長官は、講演の中で以下の点を指摘した。ソフト・パワーの強みは、ひとたび標的を魅了してしまえば、持続的な支持が得られるということである。軍事力や経済制裁の効果は、それらが解除されればたちまち失われてしまうのに対して、ソフト・パワーの影響力は半永久的に持続する。

 例えば、日本が生み出した世界的な人気を誇るキャラクターの一つに、Hello Kittyがある。近藤が数年前にパリの街を歩いていたときに、ある高級ブティックでHello Kittyのハンドバッグを発見したという。彼はパリの高級ブティックにどうしてHello Kittyのハンドバッグがあるのか不思議に思い、店内にいたフランスの中年女性に、「どうしてHello Kittyが好きなのか?」と尋ねたという。すると彼女は、「私がHello Kittyに出会ったのは5歳の時で、その時に好きになって以来、私はずっとHello Kittyのファンだ。そして私は日本のファンでもある。」と答えたという。これはソフト・パワーが長期間持続することを示す一つの好例である。

 近藤は講演の中で、ソフト・パワーの弱点や限界も指摘した。それは、ソフト・パワーの効果を科学的な方法で予見することは難しいということである。ミサイル等の軍事力がもたらす効果については科学的に測定したり予見したりすることは可能だが、ソフト・パワーにおいては、それは困難である。例えばある国の国連大使がポケモンや寿司を好むからといって、彼が国連において日本に有利な投票をするとは限らない。そこに科学的な因果関係を見出すことは難しいのである。ソフト・パワーは間接的で分散された影響力として働き、ときには意図したものとは反対の結果をもたらすこともあるので、因果関係を特定しがたいと言われる。(注15)また、その国の文化の魅力というものは政府が完全にコントロールできるものではないので、それを外交力として行使することは困難である。ソフト・パワーの影響力に対して疑問を呈する人々がいるのは、こうした理由によるものである。

(注9)ナイ、前掲書、p.10
(注10)同書、p.21
(注11)同書、pp.66-7
(注12)同書、p.34
(注13)同書、p.34
(注14)同書、p.38
(注15)2019年7月25日の平和外交フォーラムにおける近藤誠一の講演より。

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