米国キリスト教会協議会による「マインド・コントロール理論」批判


 次に、米国キリスト教会協議会(NCC)の宗教者らによる「マインド・コントロール理論」に対する批判の概要をご説明します。まず、宗教行為にはスピーチとコミュニケーションが不可欠であり、それに対する損害賠償の請求は憲法に違反します。さきほどご説明したように、統一教会の伝道方法も、基本的にはスピーチとコミュニケーションによって成立しています。これは、宗教行為の本質であり、もしこれが違法として問われるならば、すべての宗教団体の宗教行為、伝道活動が損害賠償の対象となってしまいます。これは宗教行為に対する国家の不当な干渉ですので、憲法の政教分離に違反するというのが主な主張の内容になります。

 さらにもう一つ、原告側らは「統一教会をはじめとする『カルト』は、伝道対象者を意図的に追い込み不安にさせる。そして、心の葛藤を引き起こし、その弱みにつけ込むことで伝道する」といった主張がありました。しかし、米国NCCは、そういったことは宗教的回心ではよくあることだとしています。古来より、宗教的回心の心理的葛藤、構造的体験は歴史上認められ、聖書にも記述があり、すべての宗教に共通します。回心を心理学的病理と規定する説明は、法廷では受け入れられないと批判しています。

 ちなみに、「マインド・コントロール」論者は「『カルト』は人の心をコントロールして伝道する」と主張しますが、これからご説明する米国NCCの主張はそれに対する批判につながります。彼らが挙げるコントロールの方法には様々な要素があります。まず、彼らは「『カルト』は社会的・物理的環境をコントロールする」と主張します。例えば、「研修所に缶詰めにする」「人里離れた山荘に連れて行くことで外部との関係を遮断し、そこで一方的に教義を植え付ける」などと主張します。

 しかし、これはあらゆる宗教で実際に行なわれていることです。入門者を通常の文化から引き離し、宗教的事柄に精神を集中させる行為は、どの宗教においても一般的な内容なのです。僧院や修道院などはその代表例ですし、クリスチャンスクールなどはキャンプ集会などを行い、そこで世俗の文化を離れて宗教に集中しようとするのは、どこの宗教でもやっていることだということですね。また、「家族との接触を断ち、無力感に陥れて教団にのみ従うようにさせる」とも主張します。ちなみに、これに対して米国NCCは以下の聖句を引用して返答しています。

 「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう。わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイ10:34-37)。 米国NCCはこの聖句をもって「本来、宗教とは家族との関係を断って献身するものである。イエス様がこう述べている」と主張したのです。

 他に「一連の報酬、罰則、経験による組織化と操作」といったものもあります。これは、罰や懺悔を通して人をコントロールするということを言いたいのです。しかし、米国NCCは「それはどの宗教にもある」と逆に反論しています。罪に対する自覚と懺悔、そして回心による新しい生活様式の受け入れは宗教全般にあてはまります。救済の約束や天罰の脅威、信仰者の生活を規制するさまざまな戒律もすべての宗教に普遍的に当てはまりますので、統一教会だけが特別ではないとしています。

 そして、「組織批判ができない閉鎖された論理システム」についてですが、これも既成の教会にある内容です。カトリックには教皇無謬説というものがありますが、これは「ローマ教皇は信仰の問題に関しては過ちを犯さない」というカトリックの教義の一つです。この教義があるためカトリックは「閉鎖システム」になりますし、カトリックへの回心は無効になるのでしょうか。米国NCCは「教会の上下構造に従順に従うことは、古来よりキリスト教の美徳と教えられてきた」としています。カルトでなくても「閉鎖されたシステム」はあるというのです。

 さらに、「特別な情報状態の存在」については、歴史的に多くの宗教の篤信者たちはこの世から隠遁しようとし、物質や外的世界の誘惑を避けて神を求めてきたと米国NCCは述べています。カトリックは数世紀にわたって、信者が読んではいけない禁書リストを作ってきました。つまり、これらはすべて伝統的な宗教に当てはまることなのです。これらのことから分かるように、マインド・コントロール論者が「カルト」の伝道テクニックとして挙げていることは、実はほぼすべての宗教に当てはまることなのです。ですから結論として、統一教会に対する「洗脳」を非難することは、同時にほとんど宗教も非難する結果になります。したがって、「『マインド・コントロール理論』は受け入れることはできない」「これらをもって『カルト』を批判するなら、すべての宗教を敵に回します」ということを、アメリカの宗教界を代表して米国NCCが法廷に助言しました。こうした主張は、日本における私たちの「マインド・コントロール論争」の中でも十分に活用できます。

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