アイリーン・バーカー『ムーニーの成り立ち』日本語訳32


第4章  ムーニーと出会う(2)

既存のネットワークを通じて大多数の接触が行われるような宗教運動もある(注4)。これはムーニーの新会員獲得の主要な源泉ではないが、それでもなお4分の1弱がこの部類に属している(注5)。これらの人々うち約3分の1(ヨーロッパでは若干多く、アメリカでは少ない)が親戚を通じて運動に出会っており、残りは友人を通じて出会っている。2人以上の兄弟が参加していることもまれではない。よりまれなことではあるが、子供たちによって運動に導かれた両親もいる。報道によって広く知られることになった英国人夫妻のケースがある。彼らは自分の娘が統一教会の会員になったとき、教会について調査した後に、他の2人の子供たちと共に教会員になったばかりでなく、75万ポンド以上する600エーカーの土地を運動に寄付した(注6)。最初に入教した娘は2ヶ月後に離教したが、その他の家族は依然としてムーニーである。

個人的縁故者は、回心にいたる手続きの最初の段階を抜かしているという感じがする。彼らの多くは、見知らぬ人からアプローチされても反応しそうな人々ではないし、友人や親類から運動についてより深く検討するよう説得されなければ、その過程が始まる前にそこから「抜け出すことを選択した」であろう。したがって、彼らはメンバーの中ではいくらか非典型的なグループを構成しているのである――これは入教した両親たちの場合に最も明らかである。友人に連れて行かれて修練会に参加した人々は、とりわけ入教する可能性が高いと示唆されてきた。新しく知り合った人よりも、もともと知っていた友人の方が忠誠心や義理の圧力が大きいだろうと思われるからである。実際には、そうではないことが分かった。その縁故関係は回心にいたる最初の選択を飛び越すことになるかもしれないが、それ自体は、それ以上の結果をもたらすほど強力なものではない。縁故者は見知らぬ人々に紹介された人よりも入教する割合は少ないし、さらに、彼らは修練会の体験をした後に運動に対して最も激しく否定的な評価を下すグループなのである。すなわち、統一教会の「キャリア」の最初のハードルを越えた後に、最終的な結果を決めるより重要な要因は、友人や親類の経験ではなく、その人自身の個人的な経験であり傾向であることは明らかであると思われる。

誰があなたを夕食に招待したと思いますか?

1974年、私が最初に統一教会に出会ったとき、メディアは新しい韓国人「メシヤ」と彼の「奇妙なカルト」について記事を書いていた。しかし、この運動と直接関わりがない大部分の人々にとっては、統一ファミリーとか、統一教会、世界基督教統一神霊協会などの名前はほとんど、あるいは全く意味のないものであった。しかし、まもなく「ムーニー」という名称は一般的に知られるようになり、その言葉には明らかに否定的な評価が伴っていた。今日(1984年)、西洋ではムーニーについて聞いたことがないという人を探すのは困難と思われる。

1978年に私の主要なアンケートに答えたくれた会員の5分の4以上(注7)は、この運動に出会うまで、ムーニーについて何も聞いたことがなかったと言っている(もちろん、これらの回答者の多くはその時点ですでにしばらくの期間運動にいたのであるから、出会ったのはそれよりもっと以前のことになる。)1979年の時点で、対照群でムーニーについて聞いたことがないと答えたのは3分の1以下であった。この本の序文で述べたように、ムーニーについて聞いたことがある人々で、この運動についての何らかの事実を述べることができた者はごく少数であったが、事実上彼ら全員がそれは「悪いもの」であると知っていたと明言した。1979年の修練会でアンケートに回答した者の中では、以前に統一教会について聞いたことがなかった者は、半数をわずかに超えるほどであった(注8)。ここでも、知られているほとんどすべてが否定的評価に傾いていた。(修練会に参加した後、約3分の1が自分たちの聞いていたことは全く真実ではなかったと言い、3分の1がそれは部分的に真実だったと述べた。残りの人々の間では、聞いていたことは大部分は真実だったという者と、全く真実だったという者が半々だった。)これは恐らく驚くべきことと思うが、運動について聞いたことがあると言った人のうち約半数が、恐らく後に彼らが参加することに同意したまさにその修練会において、この運動は洗脳を行うということを聞いていた、と述べたのである。あるゲストが私に言うには、彼が修練会参加を決めたのは、自分の出会ったムーニーたちがメディアを通じて予想させられていたような洗脳されたゾンビとは明らかに違っていたからであり、それだけ悪意ある報道をされる人は非常に悪い人か、あるいは非常によい人のどちらかに違いないと考えたからだという。

極悪非道な信仰であり実践であると、ありとあらゆる非難を受けているため、ムーニーはそれが「堕落した」メディアの狂った作り話であると考えているが、一部のムーニーはむしろそれを積極的に表明することによってこれに応じている。(例えば、「私はムーニーであり、それが好きだ」と書かれたバッジを付けたり、「洗脳されたゾンビ」という文字の入ったTシャツを着る。)だが、ほとんどの者は見知らぬ人にあまりに簡単に自分の正体を明かすことに対して次第に慎重になってきている。どの時点でムーニーが自分たちの正体を明かすかは、国により、また国内でも地域によって大きく異なっている。ヨーロッパ大陸のほぼ半数の回答者は、最初の接触から30分間で相手が統一教会の人だと分かったと主張している。いくつかの講義を聞けば、ほとんどすべてのヨーロッパ人はそれが分かるだろう。ロンドンでの修練会参加者の半数あまりが(注9)、修練会参加以前にそれが統一教会の主催するものだということを知っていたと答えた。ただし、統一教会の修練会だということは聞かされたが、それがムーニーのことだとは理解していなかったと述べた者もいた。しかしイギリスでは、2日間の修練会の途中で彼らは確実にそれに気付いたであろう。アメリカでは、神学生の3分の1が運動に出会ってすぐに気付いたと述べているが、18%は入教するまでそれが文師の統一教会だとは気付かなかったことを認めた。

文との関係を明らかにすることに対して最も消極的であるという評価を受けているグループは、カリフォルニアのオークランド・ファミリーであった。1970年代の半ばごろからつい最近まで、サンフランシスコのベイ・エリアの旅行者は、その運動を「クリエイティブ・コミュニティ・プロジェクト」として紹介されていただろう。私はキャンプKで、2日間のセミナーの終わりまでに自分たちがムーニーと一緒にいることを知っていたゲストは、4分の1から3分の1ぐらいだと聞かされた。元ムーニーの報告によって、これは1970年代後半に関しては恐らく正確な見積もりだろうということが確認された。もっと近年では、(明らかに、主として公衆の圧力に応えてのことであろうが)もっとオープンな方針がとられており、現在はサンフランシスコの会員候補者は、自分が統一教会の会員と一緒にいるのだと告げられている。

私が1977年に参加したカリフォルニアでの講義では、文師や統一教会について触れられることはなかった。われわれに与えられたセミナーの参加申込書には「統一教会と関係があるが独立した」と記した小さな文字のスタンプが押してあったけれども(注10)。オークランドの会員に対して、皆さんはムーニーであることを明白に否定しているといった報道があるがと私が問い詰めると、ほぼ全員が個人の話として、どんなゲストに対しても、問われれば自分たちの所属を明らかにすると答えた(そして実際、彼らは少なくともある程度の関係を認めている)。また彼らの言うところによると、(彼らが知らないままに「放置」している)ほかのゲストに対しても、その情報を自発的に提供したいと思っていたのだという。しかし、悪い報道のせいで、自分たちがムーニーだとはっきり言うと、人々はいつも耳を傾けるとは限らないだろうという。公平に聞いてもらうためには、まず良好な関係を築くことが重要だった、と彼らは論じた。(第7章を参照)

確かに、ムーニーと面と向かっているのだと分かると、大部分の人は、ムーニーと最初に接触してからの時間が短ければ短いほど、恐れ、戦慄、不信、嫌悪の念をもって見るようになるだろう――ある時点までは、そうである。その時点を超えれば、その反応はなぜもっと早く教えてくれなかったといういらだちや怒りになるかもしれない。

 

(注4)E.B.ロックフォード「ハレクリシュナの会員獲得の戦略、イデオロギー、および組織」『社会問題』第29巻、4号、1982年。E.バーカー(編)「神々と人間について:西洋における新宗教運動」、ジョージア州アトランタ、マーサー大学出版、1984年。デービッド・スノー他「社会的ネットワークと社会的運動:さまざまな会員獲得に対する微細構造的アプローチ」、『米国社会学レビュー』第45巻、1980年。デービッド・スノー他「社会的ネットワークと運動の会員獲得についてのさらなる考察」、『社会学』第17巻、1983年。R・スタークとW.S.ベインブリッジ「信仰のネットワーク:カルトとセクトの会員獲得」、『米国社会学ジャーナル』第85巻、6号、1980年。
(注5)著者のアンケートに対する回答による。しかしヨーロッパのムーニーの約3分の1は友人や親類を通じて最初のコンタクトをした。
(注6)とりわけ、「サン」1975年7月4日付、「サンデー・ミラー」1976年9月19日付、「デーリー・エクスプレス」1977年3月11日付、および「ザ・タイムズ」1977年12月12、13、17日付を参照。
(注7)イギリス人の87%、ヨーロッパ人の96%、アジア人の67%、アメリカ人の81%。
(注8)非入会者の52%、入会者と離脱者の双方の64%。
(注9)非入会者の52%、入会者の63%、離脱者の64%。
(注10)デヴィッド・テイラーは、R・ワリス(編)『至福千年信仰とカリスマ』、ベルファースト、クイーンズ大学、1982年に収録されている「新しい人々になる:若いアメリカ人の統一教会への勧誘」の178ページで、彼が1975年に調査したときには、ベイエリアの教会は、統一教会との関係を明らかにしなかったと言っている。また第5章の注64を参照。

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