解散命令請求訴訟に提出した意見書10


9.ディプログラミングがもたらす被害の深刻さについて
 ①物理的拘束を伴う脱会説得によるトラウマ
 「マインド・コントロール論」が疑似科学であり、新宗教への入信が本人の自由意思によるものであれば、ディプログラミングが正当化されることはない。それとは別に、ディプログラミングが許されないのは、それが被害者に深刻なトラウマを残すからである。

 アメリカの研究によれば、強制改宗を受けた人たちは自発的に新宗教から離教した者たちと比較して、はるかに多く感情的傷害状況を表しているということが分かっている。自発的に「カルト」を辞めた者と、ディプログラミングを受けた者との比較研究がなされているが、一般に前者は精神の健全度を維持できている者が多いが、後者の場合には強度の不安や精神不安定に脅かされている者が多いという結果が出た。

 ブロムリーとルイスの研究は、カウンセリングなし(自発的脱会者)、自発的に脱会カウンセリングを受けた者、非自発的カウンセリング(ディプログラミング)を受けさせられた者を比較検討し、自発的か否かを問わず、むしろ脱会カウンセリングを受けた者の予後が思わしくないことを示している。以下の表に示されているように、自発的脱会者(カウンセリングなし)の数値がすべて11%以内なのに対して、自発的にせよ強制的にせよ、脱会カウンセリングを受けた者は、絶対的に数値が高い。(注37)「カルト」の脱会者の精神状態が不安定なのは、「カルト」にいたときの体験がトラウマになっているのだと反カルト運動は主張してきたが、自発的に離れた者には問題が少なく、脱会カウンセリングを受けた者は予後が悪いという事実は、元信者のトラウマは脱会させられた時に生じたものなのではないか、という結論に導くこととなる。

表3

 日本における学術的報告としては、池本桂子と中村雅一による「宗教からの強制脱会プログラム(ディプログラミング)によりPTSDを呈した一症例」(『臨床精神医学』第29巻第10号 2000年 1293-1300)がある。この症例は、家族と牧師による脱会プログラムを受けた後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症した女性(32歳、信仰歴7年、精神科的遺伝負因なし)のケースである。論文の記述から、女性はエホバの証人の信者であると推察される。具体的症状としては、以下のような記述がある。
「監禁の体験を突然思い出し恐怖にとらわれる、他の人の平坦な話し方で牧師を連想し恐怖感を覚えるといったフラッシュバックと、再監禁を怖れ職場に行けないという回避によるひきこもりは特に強く、少なくとも七カ月持続した。」(注38)  

 監禁がPTSDを発症させる条件となることは広く知られているが、このケースでは自己決定権の剥奪もトラウマとなる可能性が指摘されている。
「本症例は、強制的脱会を目的とした監禁という状況因に加え、宗教的信条に関する自己決定権を近親者から一時的にでも剥奪されたことによるトラウマがPTSDを引き起こしたと考えられる。」(注39)

 渡邊太氏は「この症例では、家族と牧師は、マインド・コントロールを前提として、本人の元の人格を取り戻すために救出カウンセリングを実践している。しかし、そのことは信者にとっては、自分の自由意思を認められず強制的に脱会を迫られる状況であり、ひどい外傷体験になる。」(注40)と解説している。

 こうしたPTSDを発症した元信者についてジャーナリストとして発信したのが米本和広氏である。もともと米本氏は『カルトの子』や『教祖逮捕』など、新宗教に批判的な本を書いてきたルポライターであった。その彼が『月刊現代』2004年11月号に、「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」と題する記事を掲載し、拉致監禁によって統一教会を脱会した宿谷麻子さんのPTSDの問題を取り上げた。2008年7月にはさらなる取材の成果として、『我らの不快な隣人』を出版した。

 この本は拉致監禁問題を、監禁された人々へのヒアリングだけではなく、両親や元信者、韓国での現地取材に至るまで詳細な取材を行い、総合的に分析したものである。監禁された人物として、宿谷麻子さんほか、多くの人々が登場する。宿谷さんは家族による拉致監禁の後脱会したが、PTSDやそれを原因とするアトピー性皮膚炎を発症した。親は、子どもを取り返そうとして拉致監禁をした結果、子どもに心と体の傷を負わせ、取り返しのつかないことをしたと激しい後悔の念に襲われるようになった。

 宿谷さんは精神科にかかっており、精神科医が下した診断名はPTSDである。飲んでいる薬は導眠剤、睡眠薬、安定剤、抗鬱剤など10種類に及び、公的な精神障害認定も受けている。宿谷さんの主治医である「めだかメンタルクリニック」(横浜市)の担当医は、「麻子さんの場合は、災害のようなワンポイントの出来事による単純性のものとは異なり、長期に持続・反復する外傷体験(心が傷づく衝撃的な体験)によってもたらされる、より重度の『複雑性PTSD』だと考えます」(注41)と診断した。
宿谷さんの複雑性PTSD発症の原因を担当医は次のように見ている。
「本人の意志に反し拉致監禁されるという身体的自由の拘束とともに、信仰の自由を強制的に、昼夜を問わず奪われ続けたこと、さらにはもっとも近しい肉親に監禁されたという、信頼感の崩壊、裏切られた体験も加わっていると考えます」(注42)

 なお、宿谷麻子さんは被害者として拉致監禁問題と正面から闘っていたが、2012年10月15日にクモ膜下出血のため逝去された。心よりご冥福をお祈りする。

(注37)James R. Lewis and David G. Bromley, “The Cult Withdrawal Syndrome: A Case of Misattribution of Cause?” Journal for the Scientific Study of Religion 26/4 (1987): 508-22
(注38)池本桂子・中村雅一「宗教からの強制脱会プログラム(ディプログラミング)によりPTSDを呈した一症例」『臨床精神医学』第29巻第10号 2000年、p.1296-7
(注39)池本・中村前掲書、p.1297
(注40)渡邊太前掲書、p.226
(注41)米本和広「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」(『月刊現代』2004年11月号)、p.285
(注42)米本前掲書、p.302-3

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