書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』52


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第52回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第六章 統一教会信者の入信・回心・脱会」の続き

 櫻井氏は、自身の研究の情報源となっている脱会者を①-ⅰ)自然脱会者、①-ⅱ)脱会カウンセリングを受けた脱会者、➁-ⅰ)教団により強制的にやめさせられたもの、②-ⅱ)ディプログラミング等の外部からの介入による強制的脱会ーーの4つのカテゴリーに分類している。そして彼は自分が行った調査の主たる対象は①-ⅱ)、すなわち「脱会カウンセリングを受けた脱会者」であると述べている。櫻井氏は外部からの介入による強制的脱会の存在を認めているのだが、自分の研究にはそうした人は含まれていないと主張し、その理由について以下のように述べている。
「隔離された体験において精神的に傷つき、その後ひっそりと生活をされている方々も多いので、実際にアクセスすることは容易ではない。むしろ、ブログ等で統一教会の経験を語るこうした人達の語りを参照する程度にとどめた方が良いと思われる。」(p.199)

 統一教会を離れた元信者で、拉致監禁の体験をブログでつづった人の中に、故・宿谷麻子さんがいる。彼女は「夜桜餡」(http://www5.plala.or.jp/hamahn-k/)というブログに自身の拉致監禁に関する体験を書いた。宿谷さん自身は2012年10月15日に亡くなったが、このブログはいまも残っていて読むことができる。実はこのブログには、櫻井氏に対する批判が掲載されている。それは宿谷さんが、自身の拉致監禁体験を櫻井氏によって否定されたと感じたからである。ことの発端は、ルポライターの米本和広氏が『現代』(2004年11月号)に「書かれざる『宗教監禁』の恐怖と悲劇」というルポを書いたのだが、その内容は宿谷麻子さんの体験を中心とするものだった。そして櫻井氏は『「カルト」を問い直す』(中公新書ラクレ)という書籍の中で、このルポの内容を批判的に扱ったのである。宿谷さんは、自分の体験に関する櫻井氏の記述を読んで、以下のような感想を持った。見出しだけを抜粋すれば、櫻井氏の拉致監禁問題に対する認識がおよそ分かるだろう。関心のある方は、ブログ「夜桜餡」を訪問して内容を読んでいただきたい。
1 櫻井教授は拉致監禁の被害を軽視しているように感じます。
2 櫻井教授は拉致監禁を隠蔽しているように感じます。
3 櫻井教授は拉致監禁に賛同しているように感じます。
4 櫻井教授は拉致監禁の被害者を侮辱しているように感じます。
5 櫻井教授は犯罪被害者の人権を軽視しているように感じます。
6 櫻井教授はPTSDについて無知であると感じます。
7 櫻井教授は米本氏のルポを歪曲しているように感じます。

 拉致監禁による強制改宗は深刻な人権問題であり、信教の自由に対する侵害である。こうした問題に対する櫻井氏の態度は、「語りを参照する程度にとどめた方が良い」ということであり、真剣に向き合おうとしていないことが分かる。拉致監禁問題を正面から扱えば統一教会を利することになるし、自分が情報を提供してもらっている統一教会反対派の人々を批判することにつながるので、敢えて目を逸らしているということなのだろう。拉致監禁の経験者には、もちろん櫻井氏の言うように「ひっそりと生活をされている方々」もいるだろうが、声を挙げて発信する人々もいるのである。その声にも耳を傾けるのが学者の良心というものだろう。しかし櫻井氏は、宿谷さんの声はたとえ元信者の声であったとしても、「統一教会に対して批判的な立場から調査を行う筆者とは利害関係において合致しないと思われる」(p.199)ので、黙殺しようということなのだろうか? 櫻井氏の記述には偽善の匂いがする。

 しかし、櫻井氏の調査対象には、本当に「ディプログラミング等の外部からの介入による強制的脱会」を経験した人々は含まれていないのであろうか? 「ディプログラミング」は西洋での呼び名であるため日本では一般的ではないが、身体的拘束を伴い、本人の同意を伴わない脱会説得をこう呼ぶのであれば、実は櫻井氏の調査対象の中にはこうした経験をした人々が確実に含まれているのである。櫻井氏が裁判記録をきちんと読んでいるならば、こうした事実に気づかないはずはない。それでもそうした経験について触れていないのは、やはりそのことを取り上げると統一教会を利すると彼が判断したためであると思われる。都合の悪いことには触れないわけである。

204ページ表6-1

 櫻井氏は民事訴訟で統一教会を訴えた元信者を主な調査対象者としているが、その内訳を204ページの表6-1で公表している。横浜地裁、札幌地裁、新潟地裁、東京地裁、奈良地裁、福岡地裁で原告となった原告53名と、聞き取りのみを行った13名を合わせて、66名が調査対象であることを彼は明らかにしている。このうち15名が櫻井氏の「地元」である札幌で民事訴訟を起こした元信者たちである。

 筆者はこのブログの「『青春を返せ』裁判と日本における強制改宗の関係について」というシリーズの中で、「青春を返せ」裁判の原告たちは強制改宗あるいはディプログラミングによって生み出された「作られた被害者たち」であると主張し、それを原告らが法廷でなした証言や陳述書から立証したことがある。その際に用いたのが、札幌での「青春を返せ」裁判の資料であった。この裁判の原告は21名であるが、そのうちの15名が櫻井氏の研究対象となったことになる。

 さて、原告となった元信者たちが教会を離れたときの状況は、統一教会の代理人である弁護士が、原告らに対して行った反対尋問によって明らかになっている。21名の原告の証言は、以下の4つのカテゴリーに分類することができ、その人数と比率は以下のとおりである。
 
札幌青春裁判原告脱会の状況

 この円グラフにおいて、青は、証言において「監禁」されたことを認めている者を示している。21人中8名が文字通り監禁されたことを認めた。赤は、「監禁」という表現は認めていないが、部屋には内側から鍵がかけられており、部屋から自由に出入りできなかったことを認めた者を示している。8名がこのように証言している。黄緑色は、軟禁状態にあったと証言している者を示している。この表でいう軟禁とは、鍵は掛けられていなかったものの、常に誰かが見張っていて逃げ出せる状態ではなかったことを指している。2人がそのように証言している。最後に、紫色は監禁という言葉を否定し、出入りの制限はなかったと証言している者たちである。3人がこのように証言した。物理的な拘束が事実上あったことを認める証言が全体の75%を超えていることは特筆に値する。また、全体の86%の原告が、何らかの意味で拘束された状態で脱会を決意したことになる。出入りの制限がなかったと証言している者(3名)と軟禁状態にあったと証言している者(2名)を合わせても、21名中5名しかいないのであるから、櫻井氏が調査対象とした15名の中に、物理的な拘束を受けて脱会した元信者がいることは確実である。そこで、櫻井氏の調査対象についてより詳しく調べることにした。

 櫻井氏は丁寧に、巻末資料に「2『脱会信者』被調査信者概要」という表を掲載しており、その冒頭に札幌地裁の原告15名の生年、青年/壮婦の区分、家族背景、学歴等、伝道開始年、職歴、入信年、脱会年、祝福などのデータを掲載している。以下の表がそれである。

巻末資料30ページ、2「脱会信者」被調査信者概要

 これを私が持っている札幌「青春を返せ」裁判の資料と照合したところ、15名中14名の個人名を特定することができた。上記の表で個人名が特定できなかったのは14番のみである。この14名の脱会時の状況に関する証言を分類すると以下のようになる。
・監禁という表現を認めている者:5名(36%)
・監禁という表現は認めていないが、鍵がかけられており、出入りが自由でなかったことを認めている者:7名(50%)
・軟禁状態であったことを認めている者:2名(14%)
・監禁という言葉を否定し、出入りの制限はなかったと証言している者:0名

 櫻井氏の調査対象となった札幌の原告のうち、86%が物理的な拘束を受けて脱会したことを認めており、軟禁も含めれば全員が何らかの意味で拘束された状態で脱会を決意したことが明らかになったのである。櫻井氏も彼女たちの裁判における証言記録である本人調書を読んでいるはずであるから、こうした事実は当然知っているはずであるにもかかわらず、やはりそのことを取り上げると統一教会を利すると判断したのか、そのことには一切触れずに、自分の調査対象は「自発的脱会者」の中の「脱会カウンセリングを受けた脱会者」だと言いきっているのである。これは一種の不実表示である。

 彼が「自発的脱会者」に含めている札幌「青春を返せ」裁判の原告たちが、自らの脱会状況についてどのように語っているかは、次回明らかにすることにする。

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