書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』167


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第167回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されている。今回は中西氏の解説する「祝福家庭の形成」のプロセスの中で、④聖別期間、⑤任地生活、⑥家庭出発について扱うことにする。

 聖別期間について中西氏は、「アダムとエバがエデンの園で堕落した立場を蕩減復帰するためにあるという。先述のように基本は四〇日だが延長した形で三年の期間が設けられている。・・・聖別期間には、夫婦は手紙、電話、ファクスなどでやりとりする。最近ではメールもある。」(p.464)とごく簡単に説明している。中西氏の記述の特徴は、聖別期間の長さや夫婦のやり取りが何語でなされるかというような外的な事柄に終始していて、聖別期間の宗教的な意義についてはほとんど掘り下げた説明がないことだ。このあたりがアメリカの宗教社会学者ジェームズ・グレイス博士との大きな違いであるが、彼女の記述が極めて表層的であることは既に第164回で指摘したので、ここでは繰り返さない。

 任地生活について中西氏は、「渡韓すると夫の暮らす地元の教会に住み込んで任地生活を送る。任地生活は韓国での生活を始めるにあたっての準備、学習期間であり、韓国語や韓国料理の習得、風俗習慣を学ぶ。「隊員(テウォン)生活」ともいう。先に祝福後、聖別期間を経て渡韓し、家庭出発すると述べたが、渡韓してからもすぐには夫と同居はしない。任地生活の期間は原則として三年とされるが、この間に『所定の伝道実績を立てれば早期修了』することもあるし、祝福時の年齢によっても短縮されることがある」(p.465)と述べている。この記述は、このブログの過去の回で紹介したことのある国際家庭特別巡回師室編『本郷人の道』に基づいているのだが、原文と読み比べてみると、中西氏は趣旨を読み間違えていることが分かる。

 中西氏の記述は、訪韓した女性に対して任地生活の期間が原則として三年間義務付けられており、その間に所定の伝道実績を立てれば早期修了されることもあり、年齢によって短縮されることもあるかのように説明しているが、これは間違いである。そのもとになった部分を引用してみよう。
「韓国では、祝福後、家庭出発前に三年間の『任地期間』を通過し、『任地修了証』を協会伝道局から受け取ります。これは七七七家庭の祝福後の三年間総動員開拓伝道の伝統に従うもので、伝統的にその動員メンバーを『隊員』と呼びます。もちろん、その間に所定の伝道実績を立てれば早期修了がなされます。

 また年齢によっても『任地参加証』を受け取って早期家庭出発をしますが、本来、天の願いは三年であるということを知って、三年間は同じ意識で歩むべきでしょう。そして、渡韓時に家庭出発の基準にある人も、韓日家庭の日本人の場合、家庭局からは教会での『四カ月』などの教育期間が提示されてきました」(『本郷人の道』p.192)

 この記述から分かるのは、「隊員」として三年間の「任地期間」を通過することが求められているのは基本的に祝福を受けた韓国人女性であり、伝道実績や年齢などの理由によってその期間が短縮されるという話も、韓国人女性に対して行われている措置であるということだ。日本人女性が渡韓してから教会に住み込んで行う「任地生活」は、こうした韓国教会の伝統を引き継いでいるが、全く同じ条件が適用されるわけではない。

 そもそも、韓国人の祝福家庭夫人が通過する「任地生活」は、祝福を受けてから家庭を出発するまでの三年間の教会での公的生活を意味する。しかし、渡韓した日本人女性の場合には、韓国での「任地生活」に入る前に、既に日本で三年以上の公的生活を通過している場合もあるし、家庭出発の条件を満たす年齢になってから渡韓する女性も多いのである。こうした女性たちが渡韓した後にさらに三年間の「任地生活」をしなければならないのであれば、日本と韓国で二重の聖別期間と「任地生活」を通過しなければならないことになり、不合理である。「渡韓時に家庭出発の基準にある人」というのは、既に日本で十分な年数の公的生活を送っている人や、家庭出発をすべき年齢に達している人を意味するが、その場合にはさらに三年間の公的生活は必要なく、教育期間として四カ月の「任地生活」を通過すればよいことになっているのである。しかし中西氏の記述は、渡韓した日本人に原則として三年間の「任地生活」が要求されており、それが伝道実績や年齢次第で短縮されるかのようなな誤解を与えるものになってしまっている。

 中西氏が聞き取り調査をした相手の中には、韓国で三年間の「任地生活」をした女性もいたようだが、これはよほど若くして祝福を受け、日本でほとんど聖別期間を過ごさずにすぐに渡韓したようなケースにのみ当てはまると思われる。中西氏が460ページで示した「図9-10 祝福から家庭出発までの年数(聖別期間)」によれば、祝福を受けてから家庭出発するまでの期間は三年以内(0年~3年)の合計が63%であり、4年が13%、5年が5%で、それ以上はデータにはない。日本で3年の聖別期間を経て渡韓し、さらに韓国で3年の「任地生活」をすれば6年になってしまう。しかし、それほど長い聖別期間を過ごす女性はデータ上いないのである。

 渡韓時に家庭出発の基準を満たしている日本人女性に対して4カ月の「教育期間」が設定されているのは、実はより現実的な理由によるものである。このことについて、国際家庭特別巡回師室編『本郷人の道』は以下のように述べている。
「まず現実的な問題としても、韓国という外国で、主体者の家庭に一人で入ってすぐに生活するということはあまりにも難しいことです。過去にはこの教育期間を通過せずに家庭出発して、現実的にあまりにも大変でノイローゼになったり、事故に遭ってしまったり、ひどい場合には耐え切れずに日本に帰ってしまったというケースもありました。

 それは、それほど、異文化の中における突然の生活は難しいということであり、耳に続けて聞く言葉は韓国語ばかり、何を言っているか分からないと神経ばかりが疲れ、ストレスを吐き出したくてもその言葉ができない、そして食べ物は口に合わないものばかりで、特に女性の場合には“韓国の嫁”としての立場でざまざまな要求を受けるにもかかわらず料理や家事の勝手もことどとく違います。そして、何よりも夫や家族との信頼関係において、文化風習、考え方の違いから、些細なことで互いに誤解を繰り返してしまい、やがては韓国人皆が理解できなくなってしまうということにもなるのです。

 それらは教会での任地生活で、同じ立場の日本人と共に歩むと共に少しずつ接しながら、余裕を持って一つずつ解いていけば問題のないことであり、そのような現実問題としても、最低三、四カ月間の教育期間というものが必要となってくるのです。」(『本郷人の道』p.192-3)

 要するにこの「教育期間」は、家庭を出発する前に日本人女性が韓国での生活に慣れるためという「親心」によって提示されているのである。

 家庭出発に関して中西氏は、「夫と同居し、結婚生活を始める。夫と二人の核家族の場合もあれば、夫の親やきょうだいと同居の場合もある。家庭出発を始めた当初、姑と独身の義兄と同居だったという女性は、『最初は言葉がわからないし、泣いて暮らした。辞書を片手に単語で理解してもらった』と語っている。恋愛感情があっての結婚ではないために、夫を『受けつけきれない。一緒に住んでいて楽しくない』『何が楽しくてA郡にいるのかと何日も思った』という女性もいる。」(p.465)と書いている。こうした「初期の苦労話」は、たいがいはそれを乗り越えた後の思い出として語られるのだが、中西氏のようにその部分だけを抽出して羅列すると、彼女たちの結婚生活全般が悲惨なものであるかのような誤解を与えてしまうであろう。

 中西氏はここまでのまとめとして、「入信から献身が教団の管理のもとに行われたのと同じく、祝福から家庭出発も教団の管理のもとに進められる。統一教会の特異性の一つは、青年信者に対しては教化から献身後の活動、家族形成に至るまで全てを教団が管理する点にあるといえる。」(p.466)と述べている。しかし、個人の生き方や結婚のあり方を宗教が規定するというのはむかしから普遍的に存在している現象であり、なにも統一教会に特異な現象ではない。前述のグレイス博士は、「長年にわたって宗教と社会と性の関係について調査した結果、私は宗教が持つ非常に重要な社会機能のひとつが、結婚生活が人間の共同体のさまざまなニーズに役立つように、結婚生活における性的表現を形成する役割であるという確信を持つようになった。・・・私は以下のことを主張する。そしてこれらは本研究の基本的な前提となっている。(1)そのメンバーの性や結婚に関する生活をコントロールすることのできる社会やグループは、彼らの生活全般をも相当にコントロールすることができる。(2)歴史的にみて宗教的信仰の形成は、共同体がそのメンバーの性と結婚に関する活動を規制するための最も効果的な手段であることが証明されている。」(『統一運動における性と結婚』第1章より)

 中西が統一教会を特異であると感じるのは、伝統的に宗教が結婚や家庭生活に対して果たしてきた機能を知らず、もっぱら世俗化された現代の結婚のあり方をのみ規範として統一教会を見ているためではないだろうか?

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