書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』151


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第151回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章に「4 韓国における反統一教会運動」と題する一節をもうけ、日本との比較において韓国の反対運動について説明している。その冒頭部分は、中西氏の思考の枠組みを良く表しているので、少し長くなるが引用することにする。
「反統一教会の活動は日本ほど活発ではない。日本では統一教会の問題性を告発し、被害者救済にあたる団体として全国霊感商法対策弁護士連絡会、全国統一協会被害者家族の会、統一協会問題キリスト教連絡会、日本脱カルト協会などがあり、弁護士、脱会した元信者、現役信者の家族、宗教者、社会学や心理学の研究者などが異なる立場から垣根を越えて統一教会問題に関わっている。それだけ、統一教会の問題が広く社会問題として共有されていることの表れであろう。

 韓国には反統一教会を掲げる団体として、大韓イエス教長老会などを中心とした韓国キリスト教対策協議会がある。このキリスト教関係者による団体のほかには、統一教会問題に関する実践的な取り組みをしている団体はあまり見ない。これまで述べてきているように、韓国では霊感商法がなされておらず、宗教団体であることを秘匿しての組織的な布教が行われていないためであろう。統一教会に関わって『被害』を受けたとする人々がいなければ、日本に見られるような弁護士、脱会者、信者の家族、宗教者、研究者などが連携して取り組むという幅広い運動とはなりにくい。」(p.418)

 このような分析の枠組みは、櫻井氏と中西氏に共通するものだ。櫻井氏は統一教会の活動が両国のマスメディアによってどのように報道されてきたかを比較して、「日本の統一教会問題とは社会問題であるのに対して、韓国では宗教問題にとどまる」(p.170)と結論した。櫻井氏が注目したのは、日本における統一教会報道が「家庭の破壊」や「洗脳」といった社会問題として扱われているのに対して、韓国における統一教会問題は「異端の教えを信じた」という宗教問題として扱われている点である。

 櫻井氏は、こうしたのマスコミ報道の違いは、日本と韓国における宣教戦略の違いに起因していると主張したが、私はむしろ、日韓における統一教会の相違というよりは、両国のメディアの宗教に対する態度や考え方に起因するのではないかと批判した。(本シリーズ第45回)櫻井氏は「日韓の統一教会の違い」を強調するあまり、「統一教会を取り巻く日韓の社会状況の違い」という視点が欠落しているか、あえて無視しているように思えてならない。

 この批判は、中西氏による統一教会に関する統一教会の先行研究の比較にもそっくりそのまま当てはまる。中西氏は本章における「一 問題の所在」の「3 韓国における統一教会研究」において、先行研究について簡単に述べたうえで、日韓の統一教会研究の違いとして、「脱会者や現役信者に聞き取り調査をし、多面的に研究したものはない。しかし、統一教会を新宗教あるいは異端研究として実態を捉えた研究は数多く見られる」(p.406-7)「日本で見られるような反統一教会の立場にある弁護士や元信者などによる批判的な書物や、脱会信者、現役信者に聞き取り調査をし、社会学的視点から分析を試みるような研究は見られない。」(p.407)と日韓の違いを分析している。

 櫻井氏や中西氏に決定的に欠如している視点とは何だろうか? それは「統一教会と社会」という対立軸を作り、日本と韓国における統一教会の性格の違いから、それに対する社会の反応を分析するという単純な枠組み設定をしているため、反対勢力の存在を見落としているか、あるいは意図的に無視している点にある。そもそも、無色透明で抽象的な「社会」などというものはどの国にも存在しない。統一教会に反応するのは社会一般ではなく、具体的な利害関係者である。彼らが書いた文献は、決して社会一般の見方を代弁するものではなく、自分たちの利益を主張するために書かれたのだという「相対化」の視点を持たなければ、「社会が統一教会の問題点を指摘している」というナイーヴな捉え方になってしまうのである。

 それがここにきて、韓国における反統一教会運動を扱うようになったため、日本における反対運動にも触れざるを得なくなり、奇しくもその全体的な構造を明らかにすることになった。中西氏が挙げた反対運動の要素は、私がこのシリーズの第146回で紹介した日本における統一教会反対運動の構造に当てはめて整理することができる。

 日本における統一教会反対運動は、大きく分けて三つの勢力からなっているが、その勢力の一番目は、既成キリスト教の牧師たちである。中西氏の紹介する「統一協会問題キリスト教連絡会」がそれに含まれ、「宗教者」という構成要素の中でもキリスト教牧師の占める割合は非常に大きい。このほかにも、日本基督教団統一原理問題連絡会という教団内の組織が存在し、さらに福音派のキリスト教牧師たちが統一教会に対する反対運動を行っている。彼らの反対の動機は、異端との闘争にある。これは韓国における反対運動とまったく同じ動機である。

 二番目の勢力は、「反対父母の会」(全国原理運動被害者父母の会)である。統一教会に自分の息子・娘が入信した親たちの立場からは、我が子は統一教会にだまされている、洗脳されているとしか考えられなかったので、「子供を返せ!」と叫びながら反対運動をするようになった。これが反対父母の会が結成された背景である。中西氏の紹介する「全国統一協会被害者家族の会」は、「反対父母の会」と同じ性格を持つ、信者の家族の集まりである。現在では、親が子供の信仰に反対するだけでなく、夫が妻の信仰に反対したり、子供が親の信仰に反対するケースもあるため、「家族の会」になったと思われる。中西氏の「現役信者の家族」という表現もこのカテゴリーに入る。家族の反対は、「被害者」と「加害者」に分けることが可能な社会問題というよりは、信仰を巡る家族間の葛藤である。これは統一教会だけでなく多くの新宗教に関わる問題であり、場合によっては伝統宗教にも関わることがある。

 三番目の勢力は、共産党や旧社会党に代表されるような左翼勢力だ。統一教会が共産主義に反対する保守勢力であったため、彼らはイデオロギー的対立を動機として統一教会に反対してきた。中西氏の紹介する「全国霊感商法対策弁護士連絡会」の設立に、国際勝共連合が推進したスパイ防止法制定運動とレフチェンコ事件が密接に関わっていることは既にこのブログの第34回で詳細に述べた。弁護士と言えば被害者の代弁者であり正義の味方のようなイメージがあるが、実は彼らの中心的動機はイデオロギー的なものであった。

 これら三つの勢力は、もともとお互いに接点がなく、それぞれバラバラに統一教会に反対してきたが、1980年代初頭より「統一教会潰し」という目的のもとに結束し、いまやスクラムを組んで反対運動を展開する状態になっている。それを象徴する一冊の本が、全国霊感商法対策弁護士連絡会、日本基督教団統一原理問題連絡会、全国原理運動被害者父母の会編著による『統一協会合同結婚式の手口と実態』(緑風出版、1997年)である。この本は、統一教会の合同結婚式に反対するという目的で、上記の三つの勢力を代表する組織が編著者として名前を並べている。中西氏が指摘するように、「垣根を越えて統一教会問題に関わっている」状態なのである。

 脱会した元信者、社会学や心理学の研究者などは、これら三つの勢力の目的に協力している立場であり、日本脱カルト協会はこれらの勢力に属する個人とその協力者たちが集まって作っている組織であると考えればよいであろう。

 韓国にも脱会者がいるにもかかわらず、それが統一教会を相手取った訴訟にまで発展しないのは、韓国の主要な反対勢力が宗教者たちであり、第二の要素である弁護士がいないことが大きな要因であろう。その弁護士たちが統一教会に反対した理由は、左翼思想を背景に持つイデオロギー的なものであった。したがって、日本における反対運動が韓国よりも活発である主な理由は、左翼勢力による反対が激しいからであるという結論になる。実際、キリスト教の牧師と信者の家族だけでは、強力な反対勢力は作れなかったであろう。彼らを取り込んで統一教会撲滅プロジェクトを立ち上げたのは、実質的には左翼思想を持った弁護士たちであった。これこそがまさに韓国の反統一教会運動にないものである。

 最近の文在寅政権の左傾化は昔の韓国から見れば隔世の感があるが、伝統的に韓国は北朝鮮と対峙している関係で、「反共」を国是とするような国であった。韓国でも日本と同様に国際勝共連合が設立され、勝共運動が行われたが、そのような国柄であったために、統一運動が共産主義者から攻撃されることはなかったのである。実はここに、日本と韓国の反統一教会運動の最も本質的な差がある。こうした日韓の思想的・社会的状況をまったく考慮に入れていないことが、中西氏の分析の致命的な欠陥であると言える。

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