書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』31


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第31回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章で、統一教会を「コングロマリットといって差し支えがない業態・組織形態を有している」(p.132)と論じている。コングロマリットとは、直接の関係を持たない多岐に渡る業種・業務に参入している企業体のことで、「複合企業」とも言われる。彼が統一教会をそう規定する主な理由は、統一運動が実に多種多様な領域に関連団体をもっており、多角的な活動を行っているためだ。果たしてこのとらえ方は正しいのであろうか?

 企業経営におけるコングロマリットは、主に異業種企業が相乗効果を期待して合併を繰り返すことによって成立する。企業は、通常ならば業務関係のある会社と合併するが、業務内容において直接の関係のない企業を買収し、まったく異なる業種に参入することによってコングロマリットが形成されるのである。櫻井氏が表4-3(p.134)において示している統一教会関連団体は以下のような諸団体である。なお、括弧内は筆者の訂正または解説である。
・宗教:統一教会(世界基督教統一神霊協会)、世界平和統一家庭連合
・政治:国際勝共連合、真の家庭運動推進協議会(実際には政治団体ではなく信徒の互助組織のようなものである)
・大学:世界大学原理研究会、世界平和教授アカデミー
・メディア:世界日報、ワシントンタイムズ財団
・出版:光言社、成和出版社(韓国の統一教会系出版社)
・大学:鮮文大学校(韓国の総合大学)
・芸術:ユニバーサル・バレー、リトルエンジェルス
・ボランティア:しんぜん、野の花会
・企業:ハッピーワールド、(株)インターナショナルホームメディカルグループ(配置薬)、龍平リゾート(韓国)、一和(韓国)

 これらを「統一運動」とか「統一グループ」と一括して呼ぶのであれば、実に多種多様な領域にその活動がまたがっていることは事実である。しかし、これをコングロマリットと呼ぶには無理があるように思われる。それは、コングロマリットがもともと別個に存在していた異業種の企業が、買収や合併によってグループを形成して巨大化していくの対して、上記の諸団体の中には、もともと別個に存在していた団体や企業を統一グループが買収または合併した例はほんとどないからである。これらの団体は基本的に文鮮明師自身の直接の提唱によるか、統一教会の信者の手によって創設され、手塩にかけて育てらたものである。例外は龍平リゾートぐらいであり、この建物はもともと存在していたものを韓国の統一グループが買収したものである。それ以外はすべてゼロから立ち上げられ、育てられたのであり、マーケットの拡大や相乗効果を狙って買収されたものではない。その意味では、コングロマリットというよりは「財閥」の方がイメージとしては近いであろう。

 櫻井氏は、「統一教会は当然のことながら、表向きは宗教法人『世界基督教統一神霊協会』として活動しており、関連団体や事業組織の内容についてはあきらかにしていない。統一教会が被告となる損害賠償請求の裁判においても、それらの諸団体との関係を追及されたときに、教会活動とは独立した信者組織と答えるにとどまっている」(p.133)と述べているが、これは誤りである。旧・世界基督教統一神霊協会(現在は世界平和統一家庭連合)は歴とした宗教法人であり、宗教法人法と教会の規則に従って、宗教活動のみを行っている。そこには「表向き」も「実態」も存在しない。極めてシンプルな事実である。櫻井氏が「統一教会」と呼んでいる多種多様な企業や団体は、「統一運動」を構成する諸団体であり、これらは統一教会と共通のビジョンの下に設立されたものだが、法的には別主体であり、統一教会との間に指揮命令関係はない。ただし、光言社は統一教会の出版部門が株式会社として独立したもので、統一教会は大株主の立場にある。

 統一教会は民事訴訟の中で繰り返し、宗教法人である統一教会とこれらの「統一運動」を構成する団体や企業の関係について説明してきた。それは「表向き」の説明ではなく、非常にシンプルな法的事実に過ぎないのである。しかし、統一教会反対派は信徒の立ち上げた企業や団体が起こしたトラブルの責任を宗教法人に対して追求するために、実態としてはこれらすべてが統一教会であると強弁してきたのである。櫻井氏もそうした主張と同じことを繰り返している。それは櫻井氏の情報源が統一教会を相手取って民事訴訟を起こした原告団の弁護士であるからに他ならない。

 彼は自身の情報源について、「公開された裁判資料か(霊感商法被害救済担当弁護士連絡会 一九八九、一九九一、青春を返せ裁判(東京)原告団・弁護団編 二〇〇〇)、弁護士から提供された資料(原告の陳述書、証拠資料、訴訟準備書面、判決文等の裁判資料)、あるいは統一教会幹部の脱会者から情報を入手するしかない(副島・井上 一九八四)。そのほかにも、情報獲得のために、筆者は三〇名以上の脱会信者への長時間の面接調査、統一教会主流派から外された創設期の幹部複数名に面接調査を実施して事業内容・実施体制の確認を行った」(p.133)と述べている。これらはすべて、統一教会と裁判で争っている原告の代理人、脱会した元信者、統一教会と対立関係にある個人などによって構成されており、証言の中立性において問題のある情報源ばかりで構成されている。櫻井氏が示す裁判資料には、若干の被告側の資料(乙号証)も含まれているが、圧倒的に原告側の資料(甲号証)の割合が多い。偏った資料による分析であることは明らかだ。

 櫻井氏は、「統一教会の信者および運動の関係者が直接・間接的に関わる組織体は多岐にわたり、数百の団体に及ぶ。その中には統一教会が設立した団体・組織のみならず、既存の学校・企業・新聞社等、資本参加や買収したもの等もあり、活動団体・休眠団体・名称のみ等、実態がつかみづらい」(p.133)と述べている。これを「統一運動」に関する記述ととらえれば、現状をよく把握していると言える。統一運動は実に多岐にわたっており、内部にいる者でさえ、自分が直接かかわっている部署以外のことはよく知らず、いったいどのくらいの関連団体があるのか分からないことが多い。表4-3に示された団体はごく一部に過ぎず、決して全体を網羅しているとは言えない。

 統一運動を構成する団体は、ほとんどが文鮮明師または統一教会の信者が設立したものだが、中には既存の組織を買収したり資本参加したものもある。こうした例で有名なのが米国のコネチカット州にあるブリッジポート大学である。同大学は1990年代初期の財政難を解決するために、世界平和教授アカデミーからの支援を受け入れた。同大学の学長であるニール・サローネン氏は、米国統一教会の会長を務めていた人物である。UPI通信社は1907年に設立されたアメリカ合衆国の伝統ある通信社だったが、2000年5月に統一教会が出資しているニューズ・ワールド・コミュニケーションズに買収されたことを発表した。この二つは有名な話であり、表4-3に含まれていないのは不可解である。しかし、こうした例は少数で、ほとんどがゼロから立ち上げた組織である。

 現代経営論では、企業組織を形成するために必要な4つの資源として、人的資源・物的資源・資金的資源・情報的資源(組織文化)があるとされる。櫻井氏によれば統一教会はこれらのいずれにおいても大した資産をもっていたわけではないが、情報的資源として、「霊体交換の秘儀とその神学的理論」を持っており、それが「統一教会と他のキリスト教主流派とを決定的に差別化する情報であり、合同結婚式へ信者を動機づける信仰形成に大いに役立った」(p.134)としている。この「霊体交換」という言葉は、韓国の異端的キリスト教指導者である黄國柱と結び付けられて用いられる言葉であり、統一教会の教えにはない言葉である。第2章の「統一教会の教説」でも触れたが、櫻井氏は統一教会のルーツは韓国の「混淫派」と呼ばれる「血分け」教団であると信じているらしい。

 1930年代から終戦直後にかけて韓国で起こったキリスト教運動の中には、「霊体交換」と称して「血分け」「混淫」と批判されるような行為を行っていた教団が存在したと言われている。閔庚培著、沢正彦訳『韓国キリスト教史』(日本基督教団出版局, 1974)の中でも、黄國柱に対してはそのような評価がなされていた。櫻井氏の理解によれば、統一教会の本質も韓国では「血分け」を実践する宗教であったが、それでは日本では受け入れられないので、日本には清廉潔白なキリスト教として伝えられたのだという。しかし、統一教会はこうした「血分け」疑惑は事実無根であり誹謗中傷であるとして、繰り返し否定してきた。統一教会自体が否定している教説を、そうであると言い切る櫻井氏の主張は、学問的には常軌を逸している。学者としての良心があるのであれば、最低でも両論併記であろう。この点でも櫻井氏は客観的な学問研究の立場を離れ、批判や攻撃のための記述に走っていることは明らかである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』 パーマリンク