法廷で否定された「マインド・コントロール」


 アメリカにおける「洗脳理論」、あるいは「マインド・コントロール理論」の代表的な理論家にマーガレット・シンガーという人がいます。彼女は、「詐欺的で間接的な説得と支配の方法」(DIMPAC)に関する報告書を提出しています。これはもともと、1983年に米国心理学会(APA)の委嘱で研究を開始したものです。しかし、1987年に米国心理学会は、「彼女の理論は科学的裏付けを欠く」として、報告書を否定しました。

 
 この事例は、私たちがアメリカの学会で、「マインド・コントロール理論」が否定されていることを主張する際によく使用します。なぜかといいますと、実は、これには米国統一教会の元信者が、教会を相手取って起こした裁判が深く関わっているのです。それが、「モルコ、リール」対「統一教会」の裁判です。統一教会を訴えた原告のモルコとリールは統一教会の元信者で、彼らも強制的に誘拐され、強制改宗を受けて教会を離れた人物です。これはアメリカ版の「青春を返せ」裁判とも言えるもので、「統一教会から不当な勧誘、洗脳、不当な監禁を受けた」として、1983年に教会に対して訴訟を起こしました。これに対してカリフォルニア州の上級裁判所は、略式判決によってこのモルコとリールの訴えを却下しました。略式判決とは、陪審員による裁判を実際に行なわず、「そのような訴訟は成り立たない」として、訴えをはねつけたことを意味します。理由としては、「宗教的な伝道行為を訴訟の対象とすることはできない。信教の自由にかかわる問題なので、国は介入しない」といった見解が出されています。ちなみに、彼らはカリフォルニア州の高等裁判所に控訴、上告しましたが、ここでも略式判決で却下され、最後にはカリフォルニア州の最高裁判所まで訴えました。ここで、最高裁判所がこれを審議するのか検討している途中で、米国心理学会(APA)と米国キリスト教協議会(NCC)がカリフォルニア州裁判所に「法廷助言書」を提出しました。法廷助言書とは、ある問題について学問上の争いや認識の争いがある際に、その分野に関して権威のある学者たちが、「いま、学会の総意はこのようになっています」といった文書を法廷に提出し、判断基準にしてもらうためのものです。裁判官は学問の専門家ではありませんので、法定助言書を通してその分野の専門家、科学者が助言することができるようになっています。では、なぜ米国心理学会と米国キリスト教協議会はこの法廷助言書を提出したかといいますと、実はモルコとリールが訴訟を成立させるため、先ほど紹介したマーガレット・シンガーの論文と証言を証拠として提出しようとしたためなのです。モルコとリールは、「『マインド・コントロール』が実在すると主張している学者がいる」と主張したのですが、米国心理学会は「マーガレット・シンガーの研究は科学的でない」と否定したため、争いが起こりました。ちなみに、法廷助言書を提出する際、内部事情により米国心理学会は団体としての名前を取り下げました。そのため、最終的に有志の学者が個人の資格で法廷助言書を提出しています。つまり、心理学会を代表するような学者たちが、「『マインド・コントロール』は存在しない」と意見を表明したことになるのです。また、提出された法廷助言書は、アイリーン・バーカーやデビッド・ブロムリーといった学者たちによる、統一教会に対する客観的で価値中立的な研究を土台として書かれています。

 

 さて、この裁判の結末ですが、88年にカリフォルニア州最高裁が略式判決を破棄し、「再審議しなさい」と差し戻しました。一審、二審においてはこの訴訟自体が法廷を宗教問題に踏み込ませるものであり、米国憲法修正第1条に抵触するという理由から、略式判決で原告の訴えが棄却されたのですが、カリフォルニア州最高裁の判決はこの略式判決を破棄し、「たとえ宗教団体による伝道行為であっても不実表示は伝統的な詐欺事件として扱うことができる」と判断して、「陪審員による事実審議をするように」と差し戻しました。要するに、「訴訟を起こすことは禁じられていない」という判断をしたに過ぎず、実質的な内容を審議して「教会の勧誘行為が違法である」とった判断がこの裁判でなされたわけではりません。これを受けて、90年には教会側が連邦最高裁に上告したものの、最高裁は審議を拒否し、最終的には教会と原告側は和解しました。

 

 この裁判は結局このような形に終わりましたが、その成果である法廷助言書は日本語訳され、1996年に増田善彦先生の本『「マインド・コントロール理論」その虚構の正体』として出版されました。ですから、アメリカにおける「マインド・コントロール」論争について勉強するのでしたら、この本を読むといいです。

 
 また、アメリカではこの裁判以外にも「青春を返せ」裁判と似たような裁判がありました。1986年の「メロニ」対「統一教会」では、裁判所が「統一教会の伝道方法は、一般的で受け入れられた宗教的伝道実践と同じである」といった判決を出しています。他にも、さまざまな裁判で統一教会が勝訴しています。

 
 西洋では統一教会を研究対象として、宗教社会学的な研究をする学者が多く現れ、これらの裁判にも関わりました。その代表的な人が、アイリーン・バーカーというイギリス人の女性です。彼女は『The Making of A Moonie』という非常に有名な本を書いております。この本は、統一教会は洗脳を行っているとの噂が当時あったので、統一教会への入信は個人の「選択」なのか「洗脳」なのかをテーマに、社会学的な調査をしっかりと行い、それに基づいて書かれています。彼女は1960~70年代のイギリス統一教会を中心に参与観察として、実際に2日間の研修と7日間の研修に参加しています。また、インタビューも行っており、非常に厳密な社会学的な方法に基づいて書かれた統一教会の研究書です。そのため、統一教会に反対している櫻井義秀氏でさえも、「宗教社会学において古典の地位を占める作品である」「調査は社会学的調査として周到と認めざるを得ない」と評価しています。もし、統一教会の伝道方法について判断するのでしたら、実際に伝道の現場に行き、どのような講義が行われて、何人の人が集まり、そして何人が残るのか、そのように調べないと結論は出ないはずです。しかし、西洋ではこのような調査が行われていても、日本ではほとんど行われていません。

 
 他に、西洋における統一教会の研究で代表的なものは、ジョージ・D・クリサイデスの『The Advent of Sun Myung Moon』です。この著書は、唯一日本語訳されている客観的な文献で、『統一教会の現象学的考察』というタイトルで新評論という出版社から出されています。また、2000年にマッシモ・イントロヴィニエというイタリアの宗教学者によっても「Unification Church」というタイトルの著書が書かれております。このように、西洋では統一教会と直接関わりのない新宗教の学者が、学者としての関心から研究を行い、著書を出版することがあります。このような人たちが、「マインド・コントロール理論」、あるいはマーガレット・シンガーによって出された「DIMPAC」という理論をどのように批判したのか、その法廷助言書の要点だけ簡単にまとめてみました。

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