書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』42


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第42回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章の「四 摂理のグローバルな経営戦略」の中の「2 摂理システムにおけるグローバル化戦略」において、グローバルな摂理戦略の中で日本の統一教会が置かれている状況を以下のように分析している。
「日本は韓国を植民地下においた罪深い国家であり、韓国民に対して贖罪が要求される。・・・日本で調達された資金は日本の事業部門拡張のために再投資されることはなく、日本ではひたすら労働コストを削減し、特定商取引法等に抵触する経済行為だけで収益を上げている。」(p.155)
「日本は人的・資金的資源の宝庫であり、宗教・経済活動が共に社会的統制を受けないので事業の収益性が高い。競争力はあるが、統一教会の摂理上、日本の教会や信者には価値は認められていない。教会の基盤整備や人材育成への先行投資は認められず、金のなる木として利用されるままである。」(p.156)

 これが櫻井氏の統一教会批判の中心的ポイントであるため、今回はこの部分を徹底的に検証してみたい。日本の統一運動が、韓国やアメリカをはじめとする外国の統一運動の基盤整備のために多額の資金援助をしてきたことは事実である。それは「母の国」としての日本の使命感に基づくものであり、統一教会の主流の信者たちはそれを誇りに思いながら活動してきた。しかし同時に、日本国内に基盤を造成することも同じくらい重要な価値を持った「天の願い」であると日本の教会員たちは考えてきたのであり、「日本の教会や信者に価値は認められていない」というのは櫻井氏の穿った解釈に過ぎない。日本社会に統一運動の基盤を造成するために文鮮明師がどれほど投入してきたかを簡潔に説明しよう。

 日本の保守系日刊紙である世界日報は、1975年に創刊されている。言論機関を設立することは文鮮明師の世界平和戦略の一つであるが、アメリカのワシントンタイムズの創刊が1982年であり、韓国の世界日報(セゲイルボ)の創刊が1989年であることに留意すれば、日本は世界に先駆けて統一運動の日刊紙が創設された国であるということができる。新聞社の経営はとかく儲からないものであり、その価値は収益性よりも社会的影響力にあるといえる。日本の世界日報も常に赤字経営であり、収益を上げているわけではない。そのような日刊紙を韓国よりもアメリカよりも先に日本に作ったということは、メディアを通して日本社会に影響を与えることを文鮮明師が重要視していたことにほかならない。櫻井氏の言うように日本が「金のなる木」に過ぎないのであれば、赤字の新聞社を40年以上にわたって存続させてきたことは説明できない矛盾であり、不合理である。

 世界平和教授アカデミー(PWPA)は、1974年に韓国に続いて日本で創設された。PWPAは1980年代に日本の保守派の学者を動員し、日本の国家目標についての研究、「ナショナル・ゴール(国家目標)研究」というプロジェクトを推進し、その成果を『国際化時代と日本―10年後の国家目標』として出版した。こうした学術活動も収益を上げるわけではないが、既に40年以上にわたって継続されている。これも日本が「金のなる木」に過ぎないのであれば必要のないものである。

 国際勝共連合は文鮮明師が創設した反共主義の政治団体であるが、これは1968年1月に韓国で創設され、同年4月に日本で創設されている。日本の初代会長は統一教会の会長でもあった久保木修己氏である。共産主義をあからさまに批判する政治団体の創設は、左翼勢力からの攻撃を受けることを覚悟しなければならず、単に信者を増やしたり、献金の額を上げるという目的からすれば、マイナスの影響さえもたらすものであった。それでも共産主義の脅威から日本を守ることは「天の摂理」という観点から重要であったため、勝共運動は日本の統一運動の重要な柱であり続けた。こうした政治活動も、日本が「金のなる木」に過ぎないのであれば必要のないものである。櫻井氏はアメリカでのロビィング活動に日本から多額の資金が流れたことを強調するが、日本における政治活動のためにも勝共連合を通じて多額の経費が使われたのである。

 東京都豊島区に1978年に開設された一心病院は、 上崎道子医師ほか6名が1970年に発足させた「基督教医療奉仕会」が前身であり、これは教勢を伸ばしたり献金の額を上げることとは無関係の純粋な医療奉仕活動であった。一心病院は、「為に生きる」という文鮮明師の教えを医療の分野で実践しようというビジョンに基づいた事業であり、西洋医学と東洋医学の融合などの野心的テーマに取り組んでいる。こうした病院の経営も収益性という観点では説明がつかず、むしろ地域社会に対する貢献を主たる目的として運営されているものである。

 世界平和女性連合(WFWP)は1992年に創設されたNGOで、海外では開発途上国において①女性の自立支援・地位向上、②子供の教育(学校建設・里親)、③医療・保健指導、④エイズ予防教育のプロジェクト、の4つの項目の活動を展開してきた。その実績をもとに、1997年には国連・経済社会理事会の総合協議資格(カテゴリーⅠ)を有するNGOに認定された。それ以来、4年ごとの活動実績が認められて総合協議資格が更新されてきた。日本国内では、これらのプロジェクトを支える支援活動のほかに、留学生支援活動、教育再建のための草の根ボランティア活動を展開している。

 日本の女性連合が世界に対してなした貢献は、何といっても女性派遣員を開発途上国に送って、現地の具体的な支援を行ってきたことである。こうした奉仕活動は、信者を増やしたり収益を上げたりすることとは無関係であるばかりか、それらの女性派遣員のほとんどが同時に統一教会の信者であったため、海外への人材の流出であり、「金のなる木」としての目的には完全に反するものである。また、こうした開発途上国は櫻井氏の分析によれば「負け犬」の国々であり、投資する価値のない対象であるにもかかわらず、多くの人材と資金が投入された。女性連合の活動は、「為に生きる」という文鮮明師の教えを、純粋な奉仕活動として表現したものであり、櫻井氏の描く日本の国家的役割の枠には収まらない性質の活動であるといえる。

 1981年11月、韓国のソウルで開催された第10回科学の統一に関する国際会議において、文鮮明師は人類一家族実現の基盤にするために全世界を高速道路で結び、経済や文化交流を促進するための「国際ハイウェイプロジェクト」を提唱した。その「国際ハイウェイ」の最初の起点となるものとして、「日韓トンネル」の建設を提案した。その後、技術者の西堀栄三郎氏、地質学者の佐々保雄氏などが中心となって研究が始まり、日韓トンネルの推進団体として1982年4月に「国際ハイウェイ建設事業団」が、翌1983年5月に「日韓トンネル研究会」が設立された。2009年1月には、一般財団法人国際ハイウェイ財団が認証され、同財団会長に統一教会会長(当時)の梶栗玄太郎氏が就任した。こうしたトンネル事業を日本で展開することも、日本に対する投資であり、櫻井氏のいう「金のなる木」としての目的には完全に反するものである。

 また、2000年以降に日本各地で統一教会の礼拝堂の建設が進められてきたことは、日本の教会の基盤整備のための先行投資であると言え、日本は一方的に搾取されるだけで自国のためにお金を使うことが許されなかったという櫻井氏の主張は根拠がない。このように筆者が思いつくままに挙げてみただけでも、日本に対する「摂理的投資」は相当な規模でなされてきたのであり、それは統一教会の世界観において日本が重要な国であると認識されてきたことの証左である。実際には、統一教会において日本は櫻井氏の描く像よりもはるかに「誇り高い国」であり続けたのである。

 さて、櫻井氏が日本統一教会の特殊性をことさらに強調する目的はどこにあるのだろうか? それは以下の文章に集約されている。
「以上、各国ごとに宣教戦略が異なり、統一教会に世界標準的な宣教方針や事業方針があるのではない。そうであれば、信者の入信過程、統一教会の事業展開と該当国政府や一般社会との対応関係を一律に考えるのは不適切である。従来の欧米における統一教会研究は、負け犬や問題児としてホスト国で扱われた特殊な『カルト』教団の事例にすぎないのであり、そこから花形スターや金のなる木となった韓国や日本の事例を考察することは全く的を射ていない研究であることが明らかになったと思う。」(p.157)

 既にこのブログの第30回で述べたことだが、櫻井氏が日本統一教会の特殊性をことさらに強調する動機は、統一教会への回心が自発的なものであるという結論を出した海外の先行研究を相対化し、その価値を引き下げるとともに、自らの研究を彼らの上に位置付けたいという点にあるといえる。イギリスやアメリカの統一教会に関する研究は、日本には全く当てはまらないと言いたいのである。彼の主張は欧米の宗教社会学者たちに受け入れられなかったわけだが、それに対してことさらに「日本の特殊性」を示すことによって、留飲を下げたいという動機があったと思われる。こうした歪んだ動機に基いた「グローバルな摂理戦略」の分析は、ビジネスの理論を無理やり宗教団体に当てはめて主観的な決めつけを行う、極めて杜撰で非学問的なものとなってしまった。

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