書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』41


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第41回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章の「四 摂理のグローバルな経営戦略」の中の「2 摂理システムにおけるグローバル化戦略」において、「統一教会の摂理的国家役割観」(p.155)について分析している。実はこの部分が櫻井氏によるグローバルな統一運動分析の結論部分に当たり、中心的な主張となっている。彼の摂理分析によれば、「メシヤを生み出した韓国が世界の中心であり、アメリカはメシヤの露払いを行う世界の指導的国家であるとされる。日本は韓国を植民地下においた罪深い国家であり、韓国民に対して贖罪が要求される。・・・日本で調達された資金は日本の事業部門拡張のために再投資されることはなく、日本ではひたすら労働コストを削減し、特定商取引法等に抵触する経済行為だけで収益を上げている」(p.155)というのである。

 そもそも統一教会の信徒が行った経済活動の中で、特定商取引法が適用されて問題となったケースはごく一部であり、「特定商取引法等に抵触する経済行為だけで収益を上げている」という表現は明らかな間違いであると同時に悪意に満ちた中傷であると言えるが、この表現は分析の本質ではないので簡単に指摘するに留め、分析の中身に入っていくことにする。櫻井氏が統一教会の各国別の経営戦略をグローバル市場ポートフォリオによって描くと、下記の【図4-7】のようになるらしい。

156ページ

 ここで櫻井氏が分析に用いている「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」(PPM)とは、1970年代はじめにボストン・コンサルティング・グループが提唱したものである。これは複数の商品を販売している企業が、戦略的観点から事業資金をどのように配分するかを決定するための経営・管理手法を指す。「相対的市場占有率」、「市場成長率」を軸に、以下の4つのカテゴリーに分類される。

①問題児:導入期・成長期にある製品。成長を促し花形にするために大きな投資が必要な製品。
②花形商品:成長率・占有率共に高いため、多くの収入が見込める製品。しかし、市場が成長している場合、シェアの拡大・確保のため、それなりの投資を行う必要がある。
③金のなる木:成長率が低いため、大きな投資は必要のない製品。しかし、ある程度の市場シェアを確保しているため、安定的利益が見込める製品。
④負け犬:成長率・占有率共に低いため、撤退などの検討が必要になってくる製品。

PPM

 これは本来なら商品に対して分析するものだが、櫻井氏は「国家ごとの統一教会の事業展開全体」(p.155-6)を分析対象としている。そして「相対的市場占有率」を「現地の競争力」に読み替え、「市場成長率」を「戦略的重要度」に読み替えて分析している。この読み替えには根本的な無理がある。「市場成長率」は客観的な数値であるのに対して、「戦略的重要度」は主観的な価値判断であるため、必ずしも一致しないからである。宗教団体における宣教を経済論理で分析するなら、「市場成長率」は「伝道の成長率」と解釈して、上記の4つのカテゴリーは以下のように読み替えられるべきであろう。

①問題児:宣教成功の可能性はあるが、まだ宣教の歴史が浅く基盤のない国。献金はあまり上がってこないので自立は難しい。多くの宣教師を送ってテコ入れする必要がある。
②花形商品:宣教国に盤石な基盤があり、伝道の成長率も高い国。更なる発展のために力を入れて伝道活動を行う必要がある。
③金のなる木:長い宣教の歴史があるため基盤はあるが、伝道の成長率の低い国。安定した献金が上がってくる。宣教師を送ってテコ入れる必要はない。
④負け犬:基盤もなく、伝道の成長率も低い厳しい国。宣教中断の可能性もあり。

 このように、「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」の分析手法を素直に適用すれば、世界で最も宣教基盤があり、成長率も高いのはこれまで日本であったことから、日本を「花形スター」に分類すべきである。世界の統一運動で、盤石な基盤があって成長率の低い国は事実上存在せず、強いて言えば伝道のピークを過ぎて停滞期に入っている最近の日本が「金のなる木」に当てはまるかもしれない。韓国の統一教会は、長年の宣教によって一定の基盤はあるが、成長しているとは言えない。その意味で「花形スター」とは言い難く、「金のなる木」に近いのだが、残念ながら経済的に自立してこなかったので、「金のなる木」とは呼べない状況にある。

 「問題児」は、むしろ宣教の歴史は浅いけれども成長率が高いフィリピン、タイ、モンゴル、アルバニア、そして一部のアフリカの国々が当てはまるのではないだろうか? こうした国々に宣教師を送って投資すれば、将来大きく発展する可能性がある。初期のアメリカは多くの宣教師が投入されて一時期は成長率が高かったので、この期間だけは「問題児」と言えただろうが、最近の成長率は高くない。「負け犬」は宣教の著しく困難な国で、中国、ロシア、イスラム圏の国々など、信教の自由が制限されている国がこれに該当するだろう。しかし、統一教会はこれらの宣教国から撤退することはせずに、忍耐強い宣教活動を継続している。

 「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」は市場占有率と市場成長率という客観的なデータを用いて、事業資金をどのように配分するかを決定する経営手法という点では、経済的合理主義に基づくものである。その中で用いられる「問題児」「花形スター」「金のなる木」「負け犬」といった言葉は、称賛や誹謗といった感情が込められた言葉ではなく、商品の性格を示す比喩的表現に過ぎない。特定の企業において「金のなる木」に該当する商品が蔑まれたりバカにされたりしているわけではないだろう。会社全体の収益からすれば、重要な位置を占める商品だからである。

 櫻井氏の分析では、本来は「市場成長率」という客観的な指標であるべき縦軸が、「戦略的重要度」という主観的な価値判断に読み替えられている。統一運動では、事業資金の分配が客観的なデータに基づいで合理的になされるのではなく、「天の摂理」という戦略的価値観によってなされるということが言いたいのであろう。そもそも、そのような性格の団体であれば、「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」を適用すること自体に意味がないのではないか? ビジネスの事業資金分配は、全体としての利益を上げることを至上目的として合理的に行われるが、宗教団体の宣教活動はそれとは違った価値観で行われるからである。ここでも、ビジネスモデルを宗教団体に当てはめるという櫻井氏の手法は成功しているとは言えないようである。

 櫻井氏がここでやっているのは、合理的なビジネスモデルによる世界的な統一教会の分析といったものではなく、統一教会を批判しようという彼の強い感情の表出に過ぎない。その際に、日本に対して与えらた「金のなる木」という位置には、極めてネガティブな感情が込められている。櫻井氏の表現によれば、以下の通りである。

「日本は人的・資金的資源の宝庫であり、宗教・経済活動が共に社会的統制を受けないので事業の収益性が高い。競争力はあるが、統一教会の摂理上、日本の教会や信者には価値は認められていない。教会の基盤整備や人材育成への先行投資は認められず、金のなる木として利用されるままである。このことに不満を持つ信者や批判的な幹部もいるが、保身を図る者が大半であり、不満を抱いた分派(・・・)も教勢拡大の兆しはない。」(p.156)

 これに比べて、韓国では教勢誇示のために様々な事業が展開され、アメリカでは種々の政治的ロビィング活動に資本投下されていることが強調され、日本の教会だけが搾取される構造になっているということが言いたいのである。それが言いたいのであれば、わざわざ「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」を持ち出すまでもなかったのではないか? 彼がこれを持ち出した理由は、「金のなる木」という言葉にある種の魅力を感じたからであると思われる。日本を「金のなる木」に位置付けることに、彼なりの快感やエクスタシーがあり、それを一見洗練された経営戦略理論に乗せて説明することに、彼なりの美学を感じたからではないか、というのが私の分析である。それは学問的な分析というよりは、ある種の情念の表出と考えた方がよいだろう。

 「プロダクト・ポートフォリオ・マネージメント」を用いた櫻井氏の分析は、せいぜいこの程度の内容であり、真面目な批判に値しないものではあるが、次回はその内容面にまで踏み込んで批判を試みることにする。

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