「カルト」はラベル化された差別用語


このように、「宗教社会学的な概念」「福音主義的な概念」、そして「通俗的でジャーナリスティックな概念」というように、「カルト」には大きく分けて3つの用法があります。一口に「カルト」と言ったとしても、どのような意味で「カルト」という言葉を使っているのか分かりにくく、混乱が見られるわけです。ですから、私たちは大学に対して何を訴えなければならないかと言いますと、「大学は学問の府であり、公的機関であります。ですから、一般社会よりも言葉の使い方に対して正確性が求められ、客観性と公立中性が求められます。そのような大学当局が、この『カルト』のように極めて多義的で、かつ極度に政治化され、ラベル化された差別用語を用いて特定集団を中傷するのは不当な迫害である」ということなのです。「『カルト』と不用意に使っていますけれど、歴史的にはこのような意味があります。これほど多義的な『カルト』という言葉を、あなた方はどのような意味で使っているんですか」というように、こちらが正しい知識を持って訴える必要があります。このことを知っているかどうかは分かりませんが、先ほどご紹介した『大学と学生』の2010年9月号に掲載されている西郷貴洋氏の論考には、「カルトに対する注意喚起が重要であると言えるが、特定の団体を『カルト』と認定しづらいため、特定の団体を指して注意を促すことは難しい」と書いてありました。つまり、「カルト」という言葉自体が非常に定義することが難しい言葉なのです。ですから、ある一つの団体をカルトであるとはっきり認定できないし、本当は名指しで批判してはいけないのだ、と述べているのです。

さて、現在、多くの大学でカルト対策が行われています。しかし、そこでは「統一教会に注意しましょう」「CARPに注意しましょう」というように、名指しでカルト対策を行っているところもあります。先ほどの西郷貴洋氏の論考にあったように、良識ある大学人であれば、ある団体を名指しでカルトと認定してはいけないことは知っています。それにもかかわらず、それを踏み越えてしまっている大学もあるのです。ですから、大阪大学の太刀掛俊之准教授は、同じく『大学と学生』2010年9月号に掲載された論文の中で、「カルトか否かというラベルによって判断するのではなく、勧誘の具体的な手法や集団を構成する要素を理解することで判断しなければいけない」といった主張をしています。また、他にも「カルトか否かというラベルによって判断を下すことが重要なのではなく、社会的なルールである情報開が不十分である、彼らがルールを守っていないということを強調しよう」と、「ラベル」を貼ることの問題点に二度も言及しています。つまり、特定団体に「カルト」というラベルを貼ることが不当であることを彼らも理解はしているのです。このことから「特定団体が『カルト』であるなどというラベルを貼るな」、という主張が効果的であること分かります。ですので、この部分をしっかりと主張しなくてはなりません。

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