書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』08


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第八回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第1章 統一教会研究の方法」のつづき
 櫻井氏は本章の最後に、日本における統一教会の研究を紹介している。その筆頭にあげらえれているのが、塩谷政憲氏による原理研究会の実態調査である。本書では1986年に発表した統一教会を「U会」と匿名化した論文だけが紹介されているが、塩谷氏は1977年に「原理研究会の修練会について」(『続・現代社会の実証的研究』東京教育大学社会学教室)という実名による論文を発表しており、1985年に発表した「宗教運動をめぐる親と子の葛藤」(『真理と創造』24)では統一教会の実名を出している。これらの論文は拙著『統一教会の検証』(1999年、光言社)の中で要旨が紹介されており、このブログで読むことができるので、詳細はそちらを参照していただきたい。

http://suotani.com/materials/kensyou/kensyou-1

 櫻井氏は塩谷氏の論文の内容を簡単ではあるがほぼ正確に紹介している。しかし、その評価に関しては「その結果、塩谷の調査研究は統一教会を告発した訴訟において、教団側がマインド・コントロール論の反証として再三引用する文献になった」(p.16)で済ませている。塩谷氏の研究の価値は、日本国内では珍しく実際に原理研究会の修練会に参加し、参与観察をした上で書いている数少ない(おそらく唯一)の論文であるということだ。実証性という観点ではこれに勝るものはない。この論文を批判したいなら、自ら原理研究会なり統一教会なりの修練会に参加して反証するのが筋である。ところが櫻井氏はそれをせずに、論文が裁判の証拠として統一教会側に引用されたという事実をもってその価値を否定している。すなわち櫻井氏の関心は論文の内容そのものではなく、結果的に統一教会にとって有利な内容であるかどうかという点にあるのである。これは学問的価値判断よりも政治的価値判断を優先しているとしか言いようがないであろう。そもそも、公開された学術論文を引用するのは自由であり、その論文が誰に引用されようとその責任は著者にはない。自らの意図に反した誤った引用のされ方をしたのであれば、どこが間違いであるかを学問的に指摘すればよいだけの話である。

 宮本要太郎の研究に関しては、論文を読んでいないのでコメントは差し控える。さて、「塩谷・宮本以外には、日本で統一教会を多方面にわたって学術的に研究しているものは櫻井及び中西しかいない」と櫻井氏は言うのだが、重要な人物を一人落としている。それは渡邊太氏である。彼は統一教会を脱会した元信者に対するインタビューを行い、「洗脳、マインド・コントロールの神話」(『新世紀の宗教』宗教社会学の会編、2002年)、「カルト信者の救出――統一教会信者の『安住しえない境地』」(『年報人間科学』第21号、2000年)などの優れた論考を発表している。

 さて、ここで櫻井氏は自らの研究の方法論に関して詳しく解説していて、その内容は非常に興味深い。まず、櫻井氏は1991年に「札幌市の消費生活センターと札幌市弁護士会に寄せられた相談事例を用いて統一教会による資金集めの実態を調査した」(p.17)とある。ここから始まって、櫻井氏が開拓したとされる調査の方法論とは次のようなものだ。

「調査方法としては、カルト視される教団に直接調査を依頼し、許可を受けて行うことはせず、教団活動の被害者(一般市民や元信者・家族等)、彼らを支援する弁護士やカウンセラー、ジャーナリストから情報を収集し、教団刊行物や内部文書等(ノート、メモ、信者向け文書やマニュアル等)とも照らし合わせながら、教団活動を分析し評価してきた」(p.18)

 これは要するに、統一教会反対派のネットワークから情報を入手したという意味である。既に第3回で述べたように、そこは元信者の宝庫であり、「青春を返せ」裁判のための陳述書や証拠書類という形で資料は山のようにある。極めて包括的な資料がいとも簡単に手に入り、インタビュー対象も探さなくても紹介してもらえるのである。しかし、それらは教会への入信を後悔している元信者の証言という点で強いネガティブ・バイアスがかかっている可能性と、裁判に勝つために脚色された可能性の高い、偏った資料である。これが櫻井氏の研究における最も重大な方法論的問題である。しかも、このブログのシリーズで紹介したように、札幌「青春を返せ」裁判の原告らは、そのほとんどが物理的な拘束下で説得を受けて教会を脱会した者たちであった。

 こうした批判は当然予想されることなので、櫻井氏は自らの調査方法の特殊性を以下のように弁明している:
「櫻井は統一教会の脱会者を対象に調査を行い、中西は現役の信者を対象に調査を進めてきた。新宗教研究において信者を対象に調査を行うのは自然なことだ。調査目的が信仰や宗教活動の中身を知ることならば、実際に信仰している人に話を聞くのが一番いい。当事者に聞くのは社会調査一般の常識でもあり、当事者しか知りえない情報や当事者の態度から情報の信憑性を判断するなど、面接調査の強みを発揮しない手はない。しかし、既に統一教会の研究史で述べたように、新宗教やカルト視される教団の一部には意図的な演出を行って調査者や調査の状況をコントロールしようとする教団がある。そこで観察した事柄や信者にインタビューした内容の信憑性が問われるわけだ。また、特定の時点や文脈で観察した事柄によって教団の全体像を推察してよいのかどうか、知見の妥当性に疑問が付される場合もあろう。」(p.19-20)

 しかし、櫻井氏が統一教会史の研究史で紹介している「演出」や「コントロール」の事例は、あくまで疑惑や推測にすぎないもので、はっきりとした証拠は示されていない。教団が組織的に研究者を騙す可能性に関しては、バーカー博士は自著の中で繰り返し述べており、教団が組織的に騙そうとした事実はないときっぱり否定している。アメリカのジョン・ロフランドとロドニー・スタークが論文において統一教会の名前を伏せて研究を公表したことも、それがその研究の学問的値打ちを損ねたとは証明されていないし、櫻井氏自身もそうは主張していない。

 要するに、これは純粋な「学問的正しさ」の問題ではなく、「政治的正しさ」の問題なのである。自分の主張を補強するために、櫻井氏はオウム真理教に対する認識の甘さから日本女子大学を退職せざるを得なくなった島田裕巳氏の例を挙げているが、おそらく櫻井氏は学者としての社会的生命を奪われた島田裕巳氏の姿を見て、「自分は彼の二の舞にはならないぞ!」と強く決意したのであろう。

 櫻井氏は1996年に北海道社会学会の機関紙『現代社会学研究』に「オウム真理教現象の記述を巡る一考察ーーマインド・コントロール言説の批判的検討」という論文を発表しているが、それが統一教会に対する札幌「青春を返せ」裁判で証拠として提出されたことがあった。その裁判で証言し、彼の論文を証拠として提出することを推奨したのは、ほかならぬこの私である。櫻井氏は「統一教会は櫻井に対してなんの断りもなかった」と書いているが、公表されている学術論文を引用するのは基本的に自由である。

 しかし問題は、この裁判の原告側弁護団から「あなたの論文が統一教会擁護に使われているが、それを承知でマインド・コントロール論批判をされたのか」と櫻井が批判されてしまい、さらにフォトジャーナリストの藤田庄市から、統一教会の犠牲者たちを「うしろから斬りつける役割をあんたはやったんだよ」と忠告されたことである。(池上良正、島薗進、末木文美士(編)『岩波講座 宗教〈第2巻〉宗教への視座』2004年、p.274)この事件は櫻井氏に島田裕巳氏の悲劇を思い起こさせ、学者生命を失うかもしれないという恐怖体験が彼のトラウマとなったのであろう。

 櫻井氏は21ページから22ページにかけて、自分がいかに統一教会からアプローチを受けてもそれに巻き込まれず、冷たく突き放してきたかを、6項目にわたって延々と説明している。それはまるで、「自分は統一教会とは一切の癒着はなく、常に批判的な立場を貫いてきました」と、身の潔白を証明しているかのような書き方である。統一教会について研究した著作をあらわす以上、自分はは統一教会に対して一切のシンパシーを感じていないことを表明する「踏み絵」を、これでもかというほど何度も踏まなければならないというわけだ。それはある意味で「痛々しさ」さえ感じさせる。学者の書いた文章にしては、この部分は非常に感情的で子供じみた表現になっているが、それは櫻井氏自身の恐怖心とトラウマに起因するものであろう。それは統一教会に対する恐怖心ではなく、統一教会反対派からの「統一教会に対して好意的すぎる」「統一教会に有利な内容を書いた」というバッシングに対する恐怖心である。統一教会そのものから批判されることは、櫻井氏にとってはさほど恐ろしいことではない。しかし、社会的影響力を持つ統一教会反対派に睨まれたら学者生命が危機にさらされる。それ故に、櫻井氏は統一教会との癒着がないことを証明するために、統一教会反対派とあえて癒着することによって、安全圏から統一教会を攻撃するという研究方法を選択したのである。

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