シリーズ「霊感商法とは何だったのか?」06


霊感商法(2)

2.「霊感商法」が行われた時代と販売の主体
 『「霊感商法」の真相』における古田元男氏の説明によれば、「霊感商法」が社会問題化したあと、「17年間に亘って取り扱ってきた主力商品である大理石壷や多宝塔等の輸入販売を昭和62(1987)年をもって一切中止する決断を下しました」(注1)となっている。したがって、これらの商品が組織的に販売されていた時期は、1971~87年の間ということになる。ハッピーワールドの前身である「幸世商事」が設立されたのが1971年であることから、商品の販売自体は1971年までさかのぼることができる。
 しかしながら、幸世商事の販売活動が最初から「霊感商法」として行われていたわけではない。この辺の事情は、むしろ統一教会反対派の資料の方が時間的な経緯を詳しく説明している。
 
1972年当時、一信石材は15人ほどの工員で毎月、大理石壷を250から300個つくった。これを幸世商事が一手に輸入して、日本国内で1個3万円~5万円で販売していた。韓国からの当時の輸入価格は税関の記録によって一個5000円~6000円であることがはっきりしている。・・・それが11年後の82(昭和57)年には一個80万円で売りつけられている。11年間で10倍以上の値上がりになったのは、霊感商法で巧妙に売る手口が開発されたからにほかならない。(注2)

被害者の訴えによると、1980(昭和55)年頃の畳販売までは「霊能師」役のセールストークも現在ほど手のこんだものではなかったようだ。大理石の模様が畳に現われ出てくる形を見て、「不思議な顔が見える」などと強調された人が何割かいる程度だ。ところがその後、各地に散在する「霊能師」的信者が実績をあげた経験に基づき、統一協会の信者自身が「霊能師」になりすまして販売する手口を試行錯誤的に「開発」(?)していったのである。・・・「霊場」という舞台装置を整えて、「霊能師」の因縁セールストークで、統一協会の信者でもなんでもない一般の人びとに対して、壷などを売りつける霊感商法が手広く行われるようになったのは1980(昭和55)年頃だと思われる。(注3)

 「巧妙」「なりすまし」「売りつける」「手口」などの表現は多分に否定的な価値判断を含んでいるが、これらの記述から事実関係を読み取れば次のようになる。幸世商事ならびにハッピーワールドは、韓国の「一信石材」から大理石の壷が輸入し、当初は美術品として販売していたが、売り上げが伸びなかった。そこでその壷に宗教的な意義を賦与して販売を開始したところ、単価は十倍以上に上がり、販売個数も爆発的に伸びて莫大な利益を上げるようになった。こうした販売のための「宗教的トーク」が出現したのは1970年代の終わりごろと考えられるが、それは次第に洗練されていき、1980年ごろから全国展開されるようになった。これが「霊感商法」誕生のいきさつである。

多宝塔 壺1

壺2
<「霊感商法」で販売されていた壺と多宝塔>

 販売に宗教的意義が賦与されれば、統一教会の信者が販売活動をする以上、顧客を伝道したいと思うようになるのは自然の情の発露である。ここから、壷を買った顧客に原理を伝えるという活動が始まるわけだが、この辺の経緯に関して古田元男氏は以下のように説明している。

昭和54(1979)年にはいって、東京のある特約店が、『しあわせ会』という名前で顧客ケアーのための会を組織し、つき合いの長い青年の顧客を対象に、『統一原理』をわかりやすく噛み砕いた内容で、三日間のゼミナールを開催しました。受講された顧客の方々は、たいへん感動され、『しあわせ会』のさまざまな催しや活動などに大変積極的にご協力いただくようになりました。(注4)

 古田氏の説明によれば、東京で形成された『しあわせ会』は1980~82年にかけて全国的に普及し、ビデオルームやビデオセンターなどを通してゲスト教育のシステムを開発していった。そして1982年4月に、全国を束ねる組織としての『全国しあわせ会』が形成され、これが同年8月には発展的に解消され、『全国しあわせサークル連絡協議会』(略称「連絡協議会」)となった。統一教会は宗教法人、ハッピーワールドは営利法人、そして「連絡協議会」はそのどちらでもない全くの別組織で、これら三組織の間には指示・命令関係は一切なかったと古田氏は説明している。(注5)
 これらの説明は、統一教会の信者たちが行った経済活動の責任が宗教法人に及ばないようにするという、裁判闘争上の事情に基づいてなされていることは明らかである。確かに法的には、宗教法人とは別の組織を信者たちが主体的に作って経済活動を行った場合に、その責任が宗教法人に及ぶことはないという理屈は筋が通っている。
 しかし現実には、「連絡協議会」を通して伝道された人々は、自分が所属している組織は統一教会であると認識していたし、彼らが行った活動も「神様のため」「真の御父母様のため」「統一教会のため」であるという認識の下に行われたのである。そして、彼らの中では、神様、真の御父母様、教会への信仰と、印鑑や壷や多宝塔のご利益、そしてそれらを販売する際のトークに使用される手相、姓名判断、四柱推命、家計図を分析して説く因縁話などが渾然一体となって理解され、それらがすべて統一教会の信仰の一部であると認識されていたのである。そこで、次回はこの問題を掘り下げて検証することにする。

(注1)「霊感商法」問題取材班『「霊感商法」の真相』世界日報社、1996年、p.38
(注2)山口広『検証・統一協会 霊感商法の実態』緑風出版、1993年、p.147
(注3)同上、p.154
(注4)「霊感商法」問題取材班、前掲書、p.22
(注5) 同上、p.28

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