日韓関係の課題解決におけるソフトパワーの有効性03


2.日本のソフト・パワーと韓国に対する影響力

 (ア)日本のソフト・パワー

 ナイは、日本は他のアジアのいかなる国よりも多くの潜在的ソフト・パワーの源泉を持っていると評価している。日本は非西洋諸国の中で最初に所得と技術において西洋と対等な水準にまで完全な近代化を成し遂げると同時に、独自の文化を維持することが可能であることを示した国であるというのである。日本が世界に誇ることのできる文化的資源として、ナイは以下のものを列挙している。①特許件数で世界一、②GDPに対する研究開発費の比率で3位、③国際航空旅客数で3位、④書籍と音楽ソフトの市場規模が2位、⑤インターネット・ホスト数で2位、⑥ハイテク輸出額で2位、⑦政府開発援助で1位(注16)、⑧平均寿命で1位。(注17)ナイはこの他にも、トヨタ、ホンダ、ソニーなどの企業とその経営手法、大衆音楽や家電製品、テレビゲーム、ポケモン、黒澤明、小澤征爾などが日本文化の魅力の源泉となっていると指摘する。(注18)

 次に、ナイ教授が挙げる三つ(文化、価値観、外交政策)のソフト・パワーの源泉に従い、日本のソフト・パワーの強度について概観することにする。

 海外における日本の好感度は高い。世論調査の結果を見ても常に上位を占めている。2006年にBBC 放送と米国メリーランド大学が共同で実施した調査で、日本は世界に「好影響を与えている国」のトップになった。(注19)また、アメリカの「フューチャーブランド」が毎年発表している国別のブランド評価ランキングの2014-15年度の指数において、日本が初めて1位に選ばれた。この調査は、頻繁に海外旅行をする17か国の旅行者2,530名の意見を収集して算出されたもので、日本は6位、4位、3位と徐々に順位を上げ、10回目の調査で1位に輝いたことになる。(注20)その他の国家ブランド指数でも、日本は世界のトップ10に入る高い評価を受けている。(注21)

 こうした日本の人気について島田晴雄内閣府特命顧問は、「日本が好感されている背景には、世界に浸透するすぐれた工業製品、寿司などの健康的な日本食や簡素で美的な生活文化、経済援助、そして侵略をしない平和国家、などの理由がありそうだ」と分析している。(注22)

 日本の参議院憲法審査会事務局の倉田保雄がまとめた『ソフト・パワーの活用とその課題~理論、我が国の源泉の状況を踏まえて~』(注23)と題する論文では、日本の文化についてはその特異性が指摘されることもあるが、これは日本のソフト・パワーのマイナス要因ではなく、むしろ日本固有の文化が諸外国を引き付けてきた側面があると分析している。(注24)日本の大衆文化をめぐるキー・ワードの一つは、「クール」である。
「内閣総理大臣が主催した『文化外交の推進に関する懇談会』の報告書である『「文化交流の平和国家」日本の創造を』(平成17 年7月11 日)は、『「クール」とは「かっこいい」という意味である。日本のマンガ、アニメ、ゲーム、音楽、映画、ドラマといったポップカルチャーや現代アート、文学作品、舞台芸術等は「ジャパン・クール」と呼ばれ、世界の若者世代の人気を博している。』としている(7頁)。」(注25)

 こうした日本のポップカルチャーの人気を政府が最大限に利用した場面が、2016年8月21日のリオデジャネイロオリンピック閉会式での、東京への五輪旗授受のセレモニーであった。このとき、安倍晋三首相が任天堂のゲームキャラクター「スーパーマリオ」になって登場するというサプライズが会場を沸かせ、さらに映像に登場した「キャプテン翼」「ドラえもん」「ハローキティ」などの人気キャラクターが、日本ならではのソフト・パワーを印象付けたのである。この奇抜な演出は日本国内では批判も浴びたが、海外の反応は概ね良好であったという。
「閉会セレモニーの最も大きな喝采は、安倍首相がマリオになって登場した時におくられた。2020東京は日本のポップカルチャーのアイコンたちをフルに恥ずかしげもなく活用したものになるだろう。」(英BBC)。
「観客が驚きの声を上げるのと同時に、インターネットも興奮に陥った。ツィッターはマリオが首相だとわかると、熱狂の渦に包まれ、『日本の首相は史上最高の登場を遂げた』などといった声にあふれた。」(英Daily Mail)
「スーパーマリオが閉会式の主役を奪う。マラカナ競技場は安倍首相がコスチュームを脱ぎ、登場した瞬間に喝采と拍手が沸き起こった。」(米NBC)
「首相はマリオになり、ショーの主役を奪った」(米CNN) (注26)

 東京オリンピックの宣伝は、特定の二国間関係の国益をかけた政策ではなく、世界の国々に対して広く日本の魅力を伝えることが目的であるため、ソフト・パワーを活用しやすく、日本の人気キャラクターが活躍できる場面だったと言えるだろう。

 世界平和研究所と参議院憲法審査会がまとめた前述の二つの報告書は、日本はこうした文化的な資源に加えて、価値観と外交政策においても十分なソフト・パワーの源泉を有していると論じている。その具体的な内容は、①日本国憲法の基本理念である国民主権、議会主義、自由主義、国際協和、平和主義、②政府開発援助(ODA)、③アフリカ開発会議(TICAD)、④国連PKOに代表される国際社会の平和と安全に対する取り組み、(注27)⑤経済協力の実施と成功モデル、⑥軽武装と専守防衛政策による平和国家としての実績、⑦環境問題に対する積極的取り組み、⑧ASEANやARFへの貢献をはじめとする地域秩序構築への積極姿勢(注28)――などとなっている。しかし、上記二つの報告書はいずれも、こうした日本の価値観と外交政策を海外に積極的に発信していく「パブリック・ディプロマシー」に関しては、日本政府の取り組みは不十分であり、大いに改善の余地があるとしている。

 要するに、日本は世界に通用する素晴らしい価値観や政策を持っていながら、宣伝が下手なためにそれが世界に浸透していないという認識をしているのである。とりわけ、日本の隣国である韓国や中国においては、日本は人権を尊重する民主的で平和主義の国であるというイメージは浸透しておらず、むしろ戦前の軍国主義や侵略国家のイメージを引きずっていると言えるだろう。

 この事実に関連して、日本外交のマイナス面としてナイが真っ先に挙げている点が歴史問題である。これは日本が戦後処理を行っていないとか、反省が不十分であるといった歴史にかかわる負のイメージである。日本は「歴史を清算しきれていない」という主張は、とりわけ日本から植民地支配を受けた韓国と、日本と戦争をした中国において根強く、それは戦後70年を経た現在に至っても弱まるどころかむしろ強化される傾向にある。一方で、移民受入れに消極的であることや、農業の自由化問題、捕鯨問題、海外における軍事面での貢献が足りないといった指摘は、むしろ西洋諸国からの批判であることが多い。(注29)

(注16)日本のODA実績は2000年まで世界一であったが、2001年に米国に抜かれ2位になった。その後は、米国が支出を大幅に増やし日本は削減傾向にあるため差が大きく開いた。2018年の日本のODA実績は、米国、ドイツ、英国に次いで4位である。
(注17)ナイ、前掲書、p.139
(注18)同書、p.139-140
(注19)財団法人世界平和研究所の平和研レポート(主任研究員 星山隆)『日本外交とパブリック・ディプロマシー―ソフトパワーの活用と対外発信の強化に向けて―』(http://www.iips.org/research/data/bp334j.pdf)、p.16
(注20)FutureBrand,”Country Brand Index 2014-15″(https://www.futurebrand.com/uploads/Country-Brand-Index-2014-15.pdf)
(注21)アンホルトGfKローパー国家ブランド指数では2017年に4位、モノクル・ソフト・パワー調査では2012年に6位である。(https://ja.wikipedia.org/wiki/国家ブランド指数)
(注22)財団法人世界平和研究所、前掲レポート、p.16
(注23)倉田保雄『ソフト・パワーの活用とその課題~理論、我が国の源泉の状況を踏まえて~』、立法と調査 2011.9 No.320(参議院事務局企画調整室編集・発行)(https://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2011pdf/20110905119.pdf)
(注24)同論文、p.126
(注25)同論文、p.127
(注26)東洋経済ONLINE「安倍首相のマリオ姿を世界はどう報じたのか:海外メディア、ネットの反応は?」(https://toyokeizai.net/articles/-/132735)
(注27)倉田保雄、前掲論文、p.128-131
(注28)財団法人世界平和研究所、前掲レポート、p.18-19
(注29)同論文、p.19

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