さて、日本において最も本格的に「マインド・コントロール」について研究し、論文や著書を発表している人物が西田公昭氏です。彼は立正大学の教授で、『マインド・コントロールとは何か』(紀伊國屋書店、1995)という本を出版しています。『信じる心の科学:ビリーフ・システムとマインド・コントロールの社会心理学』といったような論文を出しており、「ビリーフ・システム」の社会学というテーゼを出しながら、いかにも学問的な体裁を繕うことで『マインド・コントロール』に学問的価値があることを訴えようとしている学者です。しかし、彼の研究にはさまざまな欠陥があることが分かっています。
まず、マーガレット・シンガーと全く同じ欠陥があります。「偏向した情報源による方法論の欠陥」です。彼は論文に、「東北学院大学の浅見定雄教授、全国霊感商法対策弁護士連絡会の方々、全国各地で活躍されている脱会カウンセラーの方々、そして元破壊的カルトのメンバーたちには多くの貴重の資料を提供していただいた」と書いています。すなわち、彼は浅見定雄氏や被害弁連の弁護士、反対牧師や反対牧師によって教会を離れた元信者からの情報だけを受け、それに基づいて理論を構築しているのです。これに対しては、マーガレット・シンガーに対して行った批判と全くことが言えます。つまり、基本的に強制改宗を受けた元信者から集めた情報をもとに研究をしているので、その情報には最初からネガティブ・バイアスがかかっています。したがって、その情報しか扱っていないこと自体が、偏向した情報源だと批判されなくてはならないのです。
ちなみに、このことを実際に学者が批判しています。渡邊太氏という学者が、「入信過程におけるマインド・コントロールの効果を証明するためには、入信した人たちだけでなく、勧誘されても入信しなかった人も含めた被勧誘者全体を調査対象とする必要がある」と批判しています。そして、この渡邊氏の言うことを実際に行った人物が、アイリーン・バーカーなのです。アイリーン・バーカーが丁寧に調査し、科学的な根拠の上で「マインド・コントロール」はないと主張したのに対し、西田公昭氏は反対派から紹介してもらった元信者の証言をもとに論文を作ったに過ぎません。
さらに、彼の論文に掲載されている、「マインド・コントロール」のテクニックとして使われている事例は、すべて実験心理学の事例です。これに対し、「実験室での結果をそのまま現実の社会過程に適用して説明することには無理がある」「現実の社会においては無数の媒介変数が存在し、さらに媒介過程が急速に変化する可能性がある…現実の社会は極めて複雑であり、実験室の知見を適用した説明がそのまま有効である保証はない」と渡邊太氏は批判しています。
また、百歩譲って、そのような現代の心理学的テクニックというものがあり、それがある程度有効であることを認めたとしても、そのテクニックを悪用していることをどのように証明するのでしょうか。そもそも、西田氏が主張する「一時的マインド・コントロール」という伝道の最初に使うテクニックは、そのほとんどが優秀なセールスマンが多用している方法であったり、プロパガンダの常套手段として使われていたりするものです。しかし、彼は統一教会の信者がこのような社会心理学を一生懸命学び、人の心に影響を及ぼす訓練をして伝道をしているといったことは一切証明していません。なぜ証明していないかというと、彼は統一教会に調査の依頼をしたこともなければ、統一教会や原理研究会そのものを実際の現場で見たことも聞いたこともないからなのです。それでは、統一教会や原理研究会でこのような心理学的トリックを教えているかと問えば、そのような事実は一切ありません。それにも関わらず、そういったテクニックを悪用していると主張することは強弁に過ぎないのです。
もし仮にそれが事実であるとしても、それは日常のどこにでも転がっている合法的な手法であれば、それを非難される理由はどこにもありません。したがって、西田氏の理論は極めて無理があると言えます。
次に、西田氏の理論には「一時的マインド・コントロール」のほかに、「永続的マインド・コントロール」というものがあります。「一時的マインド・コントロール」とは、伝道の初期段階に対象者を騙して統一教会や原理研究会に連れてくるためのテクニックを指します。しかし、それだけで永久に信者になるとは考えられないため、彼は心のモデルを作り、「永続的マインド・コントロール」について説明しています。彼の理論では「人の心はさまざまな『ビリーフ』、いわば信念のようなものによって成立している。その中には『自己ビリーフ』『目標ビリーフ』『因果ビリーフ』『理想ビリーフ』『権威ビリーフ』など、多岐に渡るビリーフがある」となっています。細かくは説明しませんが、西田は「カルト」と出会うことにより、ある人物がもともと持っていたビリーフの体系の周辺に、「カルト」のビリーフが入り込むと説明しています。つまり、「カルト」の教えが「このような考え方もあってもいいのではないか」という思いとして、心の中に配置されるようになるということです。この段階ではまだその人のアイデンティティは変わっていません。しかし、「カルト」との接触が長く続くことを通して、心の中で「カルト」的なビリーフが成長していきます。そして、次第に「カルト」的なビリーフが心の中で中心的な位置を占めるようになるのです。さらに、教化のプロセスを通して少しずつ自分の元々のビリーフは片隅に追いやられ、小さくなっていきます。最終的には、新しい「カルト」の権威ビリーフが与えられ、「カルト」的な人格になります。そして、もともとあった人格は周辺に追いやられてしまうので、人が変わったようになってしまうのです。
これがいわば人が伝道されていく過程を、「マインド・コントロール」という名前でモデル化した理論です。これによって「カルト」の「マインド・コントロール」を説明できると、西田氏は論文の中で主張しています。しかしながら、これは基本的にある人が新宗教に出会い、その教えに共鳴して、教団の中で徐々に自分のアイデンティティを確立していく過程を、悪意を持って表現したものにすぎません。さらに宗教心理学を学んでみると、実は、西田氏のこの理論はウィリアム・ジェイムズというアメリカの宗教心理学者による、「宗教的回心」のモデルに似ていることが分かります。ジェイムズ氏は宗教的回心について研究をしていた人物であり、ジェイムズ氏はその経過を「今までは、当人の意識の外囲にあった宗教的なものが、いまや中心的地位を占め、宗教的目標が当人の精神的なエネルギーの中心として習慣的にはたらくようになること」と説明しています。ジェイムズ氏のこの主張は、西田氏のモデルにとてもよく似ています。それを一方では「宗教的回心」と呼び、一方的では「永続的マインド・コントロール」と呼んでいるのです。ですから、物事の見方が違うだけで、西田氏は宗教的回心をそういったモデルで説明したのに過ぎないのです。
続いて、この「永続的マインド・コントロール」の欠陥についてお話します。西田氏が語る「永続的マインド・コントロール」には、社会心理学者を自称する人ならば絶対に避けて通れない「数値的なデータによる裏付け」が欠如しています。西田は自説を補強するため、さまざまな実験データを引っ張り出してはいますが、そのほとんどが宗教とは直接関係のないセールスの事例ばかりです。肝心の彼が「破壊的カルト」と呼ぶ宗教団体の説得術がどのくらい効果的であるかを数値に基づいて検証したデータが、彼の発表した論文の中には一つもありませんでした。アイリーン・バーカーのような調査を行っていないので、憶測でしか語ることができなくなっているのです。