書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』162


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第162回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第九章 在韓日本人信者の信仰生活」の続き

 「第9章 在韓日本人信者の信仰生活」は、韓国に嫁いで暮らす日本人の統一教会女性信者に対するインタビュー内容に基づいて記述されているが、最初に中西氏は調査対象となった在韓日本人信者の基本的属性をデータで示している。先回は調査対象の学歴と職歴を扱ったが、今回は入信の経緯に関わるデータについて、櫻井氏のデータと比較しながら考察することにする。これも櫻井氏による脱会者のデータと並べた方が比較しやすいのでスキャンした図を並記してみた。

 中西氏は、「ヤコブ」と呼ばれる信仰二世を除いて、在韓の日本人現役信者も脱会者とほぼ同じようなイベントを経験して入信しているという。それは、最初の出会い、ビデオセンター、ツーデーズ、ライフトレーニング、フォーデーズ、新生トレーニング、実践トレーニング、布教活動や経済活動、祝福式への参加、家庭出発などによって構成されるという。脱会者の中にはこれら一連のイベントの途中で脱落する者がいるかもしれないが、基本的には同じような経験をしているということであろう。初めに、伝道された年に関して、櫻井氏と中西氏のデータを比較してみよう。

伝道された年の比較

 櫻井氏と中西氏の調査対象は、どちらも1979年から1990年代の後半にかけて初めて教会に出会い、伝道されたという点で共通している。ほぼ同じ世代の、同じ時期に伝道された人々と考えていいだろう。そうであれば、伝道される過程で経験したイベントが似通っているのはある意味で当然である。脱会者においては87年と88年にピークがあるのに対して、現役信者においてはこの2年が大きく落ち込んでいる。現役信者のピークは85年と86年である。この違いの原因は分からない。一方で91年にもう一つのピークがある点では両者は一致している。こうした細かい差異を除けば、両者はほぼ一致するデータであると言えるだろう。

入信時の年齢の比較

 次に入信時の年齢を比較する。櫻井氏のデータは1歳ごとに細かくグラフにしているのに対して、櫻井氏のデータは5年ごとや10年ごとの塊で表記されており、大雑把なグラフになっている。それでも、10代の後半から20代の前半にかけて伝道される人が大半を占める点では一致している。統一教会は基本的に「若者の宗教」ということになるのだろうが、この二つのデータは統一教会の全体像を反映したものであるとは考えられない。それはどちらの調査対象も、若いころに伝道された人だけがたどるようなライフコースを前提としているからである。

 櫻井氏の調査対象は、壮婦の脱会者11%を除いて、89%が青年信者であった者たちだ。彼らは10代後半から20代前半にかけて入信し、両親をはじめとする家族の反対に遭って脱会した者たちである。彼らが若くて人生経験が未熟だからこそ親は宗教に関わったことを心配したのであり、自分が助けてあげなければならないと思ったからこそ棄教の説得をしたのであろう。その意味では、脱会者の多くは比較的若いころに伝道されている可能性が高いのである。

 一方、中西氏のデータはマッチングによって韓国人と結婚した日本人が調査対象になっている。韓日祝福を受けるためには、伝道された時点で独身でなければならず、基本的に壮婦は対象から外れるのである。独身時代に入信し、数年の信仰生活を経たのちに韓国人を結婚して韓国に渡るというライフコースは、やはり若者でなければたどることができない。その意味で、在韓日本人女性の多くは若いころに伝道されている可能性が高いのである。中西氏は、「入信時の年齢は二〇代前半が約半数(一七名)、二〇代後半を合わせると七割近い(二六名)(図9-4)。学校を卒業し、社会人として働き始めた時期に伝道され、入信したということだろう。一九歳未満で入信した二名はヤコブである。入信時の平均年齢は二三・二歳である。」(p.454)と述べている。

 10代で伝道された者は櫻井氏の調査対象者にもいるが、こちらがヤコブである可能性は低い。なぜなら、親から伝道されたヤコブが親の反対を受けて棄教するとは考えにくいからである。櫻井氏の調査対象は家族・親族や知人友人ではなく、見ず知らずの人から伝道されたケースが多いようであるが、こうした者の中にも10代で伝道された者が存在してもおかしくはない。なぜなら私自身が18歳で伝道されているし、当時の原理研究会では大学に入学した年に18歳で伝道されることは決して珍しくなかったからである。かつて「親泣かせ原理運動」と呼ばれた通り、初期の統一教会が若者の宗教だったことは事実だが、1980年代には多くの壮年壮婦が伝道されるようになった。

 現時点では、統一教会の信者全体の中で壮年壮婦の占める割合はかなり大きなものであり、少なくとも櫻井氏のデータにおける11%、中西氏のデータにおける3%(38人中1人)よりは、はるかに大きな数字になると思われる。壮年壮婦であれば、入信時の年齢は20代後半から40代、50代に至るまで幅広く分布すると思われ、彼らを含めたデータを取れば、統一教会は若者の宗教であるという印象はなくなるであろう。その意味で、入信時の年齢という点においては、櫻井氏のデータも中西氏のデータも「はずれ値」であると言えるだろう。

伝道から入信までの年数比較

 次に伝道から入信までの年数を比較する。中西氏は、「現役信者への聞き取り調査では伝道年、入信年を脱会信者のように何年の何月だったかまで厳密な聞き取りはしていない。本人がよく覚えていなかったり、何歳頃という漠然とした回答だったりしたこともあった。」(p.455)としている。したがって、中西氏のグラフは櫻井氏のグラフに比べて大雑把なものになっている。櫻井氏のデータが緻密なのは、調査対象が裁判の原告だったことによるものであろう。統一教会に対して損害賠償を請求するためには、少なくとも何年の何月ごろに何があったかをできるだけ正確に陳述しなければならないからである。そうした必要がなければ、人は自分の人生に関する記憶であっても細かい年月日を覚えていないものである。その意味では、中西氏のデータの方が自然である。

 伝道されてから入信するまでの期間は、櫻井氏においては4ヶ月が突出して多く、大部分が1年未満に入信している。一方で、中西氏のデータは0年(1年未満)と1年がほぼ拮抗している。これをもって、脱会信者の方がより短期間で伝道されると結論できるのかどうかは分からない。しかし、中西氏にとっては0年も1年も同じように「短い」と感じられるようで、現役信者と同様に「やはり伝道されてから入信に至る期間は非常に短い。」(p.455)と結論している。さらに、「脱会者と同様に現役信者も短期養成的な教化プログラムによって信者になったことが窺える。とりあえず入会し、座談会などに出席しながらゆっくりと信仰を育んでいくような新宗教教団の入信過程とは異なっていることが明らかである。」(p.456)とまで言っているのである。

 この論法は櫻井氏とまったく同じであり、統一教会に入信するまでの期間が極めて短いことを理由に、信仰の獲得が本人の主体的な意思ではなく、プログラムや説得による受動的なものであると言いたいようである。櫻井氏と中西氏の主張の問題点は、最初に出会ってから入信するまでの数カ月から1年という期間が「短い」という根拠を示していないことである。「とりあえず入会し、座談会などに出席しながらゆっくりと信仰を育んでいく」ことが一般的な新宗教への入信過程だということは、単にイメージとして提示されているだけで、実証的な根拠を持って示されていない。他の宗教の入信プロセスについて、伝道者と出会ってから入信を決意するまで平均でどのくらいの期間を要しているのか、実証的なデータに基づいて比較しない限りは、統一教会への入信に要する期間が「短い」とは言えないはずである。

 仮にその期間が統一教会において他の宗教と比較して短かったとしても、それは一つの個性であり、そのこと自体の良し悪しを問うたり、回心が本物であるかどうかを疑うことには意味がない。アイリーン・バーカー博士は『ムーニーの成り立ち』の中で、「突然で劇的な回心の話は歴史にあふれており、聖パウロの体験はその中でも最も広く知られている話の一つである。北米や欧州における福音派の伝道集会は、突然の回心を体験した何千人もの『新生した』クリスチャンを生み出している。」(『ムーニーの成り立ち』第5章 選択か洗脳か?より。)と述べている。さらに彼女は実際に入会するまでに何ヶ月から何年という時間をかけているムーニーも存在し、それは「突然でない」回心の例として挙げられているのである。「長い」「短い」という判断は相対的なものであり、出会ったその日に聖霊を受けて劇的な回心を体験した「新生した」クリスチャンに比べれは、統一教会への回心は極めてゆっくりとしたものと言えるのかもしれない。

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