『世界思想』巻頭言シリーズ11:2022年5月号


 私がこれまでに平和大使協議会の機関誌『世界思想』に執筆した巻頭言をシリーズでアップしています。巻頭言は私の思想や世界観を表現するものであると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。第11回の今回は、2022年5月号の巻頭言です。

新しい大統領の下で未来志向の日韓関係構築を願う

 5年に一度の韓国大統領選で尹錫悦氏が当選し、5月10日に第20代大統領に就任します。尹氏は当選直後の記者会見で「未来志向の日韓関係を築いていきたい」と述べ、岸田首相との電話会談でも日韓関係の好転に向けて協力することで一致しました。これを受け「戦後最悪」とまで言われた文在寅政権下での日韓関係を転換させ、かつての友好を復活させることに対する期待が高まっています。

 一方で、発足直後の尹錫悦政権の前に立ちはだかるのは、元徴用工訴訟に代表される歴史問題の解決であると言われています。日本との安保・経済協力と歴史問題を包括的に解決することが、新しい大統領に課せられた使命であると言えるでしょう。
 冷戦時代の日韓関係は、安全保障と経済協力という二つのキーワードによって成り立っていました。日本は北東アジアにおける共産主義陣営の拡大に対抗するため、「反共の防波堤」である韓国を支援する必要があり、韓国は北朝鮮に対して優位に立つために日本の協力を必要としました。「歴史問題」の火種となるような事実はこのころも存在していたにも関わらず、それが問題とならなかったのは両国政府の利害が一致していたからです。

 このころ日本は既に先進民主主義国であったのに対して韓国は開発独裁国であり、その国力には大きな差があったために、日本が韓国を助け、韓国は日本に依存することによって安全保障という共通の利益を享受するという関係が成立したのです。韓国が経済的発展を維持することで政治的に安定し、徐々に民主化を達成することは、日本の利益にもなると考えられました。

 こうした日韓の経済協力によって韓国は持続的経済発展を続け、北朝鮮に対して圧倒的な優位を確立するという目標を達成したわけですが、その結果として日韓の経済的格差も急速に縮まり、韓国は一人当たりのGDP、軍事力、国際社会に対する文化的影響力などにおいて日本に迫るほどの国力を持つようになりました。いまや日韓は相互補完的な共存関係から、互いの優劣を争う競争関係になりました。その結果、それまで両国政府によって抑制されていた「歴史問題」が顕在化するようになったのです。

 日韓が対等な関係になりつつある現在、韓国を一段下にみるような日本の古い思考方式や、日本に対してなら何をやっても許されるという韓国側の甘えを棄てて、成熟した大人の友好関係を築くことが必要です。そのモデルは、尹大統領も言及している1998年の日韓共同宣言にあると言えるでしょう。

 この宣言の特筆すべきポイントは、①国交正常化以来の日韓協力が相互の発展に寄与したという共通理解を確認したこと、②対北朝鮮関与政策をめぐって日韓が一致・協力すること、③地球的規模の諸問題の解決に向けて協力するための「国際公共財」として日韓関係を位置づけたことにあります。

 未来志向の日韓関係というからには、お互いにどのような未来を目指すのかという目標が明確でなければなりません。自由と民主主義という共通の価値観に基づき、北朝鮮の脅威を取り除き、二国間関係のモデルを世界に提示するような日韓関係の構築を両国政府に期待します。

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