中国の「挑戦」と日本の対応02


自由主義陣営の結束のために

 いまの中国が強力に推し進めていることを理解するためのキーワードが、「共同富裕」である。その意味をひとことで言うと、格差是正のことであり、「平等な豊かさ」を追求するということである。

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 現在の中国の豊かさは、鄧小平の改革開放路線、市場経済の導入によってもたらされたものである。鄧小平の「先富論」は、豊かになれる者から先に豊かになれということだったが、これは中国を世界第二位の経済大国に押し上げると同時に、深刻な格差の拡大を生みだした。現在中国では、富裕層に富が集中し、上位1%の富裕層が全資産の30.6%を保有するというような、いびつな構造になっている。世界で10億ドル以上の資産家の数は、2020年度の数字でアメリカ人が696人だったのに対して、中国人は1058人もいたのである。一方で2020年5月28日、李克強首相は、中国は「小康社会」を実現したと言えるが、一月1000元(17000円)以下で生活している人が6億人いると明言したのである。いかに中国が「格差社会」であるか分かる数字だ。共産主義はもともと貧富の格差のない社会実現を目指していたのであるから、共産主義国家でこれだけ極端な格差が生まれたというのは明かな「矛盾」である。このような鄧小平の「先富論」が生んだ格差の是正こそが、「共同富裕」の目指すものなのである。

 これは、経済成長における「量」から「質」への転換を意味する。これまでの中国の目標は、「小康社会」の実現であった。小康社会とは、ややゆとりのある生活を維持できる家庭の経済状況を意味するという。これを完全に達成したと中国政府は宣言した。その上で、昨年発表した新たな「5カ年計画」では、従来の国内総生産(GDP)の数値目標設定を見送ったのである。すなわち、成長を目指すための成長は重視せず、急速な発展に伴う格差の解消に対処するため、成長の質を追求する姿勢を打ち出したのだ。

 それでは「共同富裕」の実現のために具体的に行われていることが何かといえば、資産家、芸能界に対して圧力をかけるということなのである。これに関連して起きた事件が、「恒大集団」のデフォルト問題である。「恒大集団」は中国の大手不動産デベロッパー会社だった。不動産バブルの勢いに乗り、マンション開発を進めることで収益を増大してきた。先行投資のために銀行や投資家から多額の資金を集め、負債総額が約33.4兆円にまで膨らんだ。これがいかに大きな数であるかは、日本の国家予算が103兆円であり、そのうち国債によって賄われているのがちょうど33兆円に当たることと比較すれば分かるであろう。

 中国政府は2020年8月から「共同富裕」のために銀行の不動産向け融資規制を強化した。「恒大集団」のデフォルト危機の原因は、身の丈に合わない事業投資にも原因があるが、一方で中国政府による規制の影響でもある。創業者の許家印氏は破産に追い込まれつつある。中国政府は急成長した資産家を攻撃のターゲットにしているのである。

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 もう一人、中国政府のターゲットになったのがネット通販最大手のアリババグループの創業者であるジャック・マー氏だ。アリババは昨年4月、独占禁止法違反の疑いで日本円でおよそ3000億円に上る巨額の罰金を科された。その影響か、昨年10月28日に発表された中国の富豪ランキングでは、ジャック・マー氏が首位から5位に転落している。これも習近平指導部の統制強化が影響していると言われている。いま中国では、高額資産家に対して上から徹底的に圧力をかけるという、資本主義社会ではありえないことが行われているのである。

 こうした中で中国の巨大企業は、政府が掲げる「共同富裕」の政策に協力し、恭順の意を示さなければならなくなっている。アリババグループは、「共同富裕」の理念を体現するモデル地区建設の支援などを掲げ、2025年までに日本円で1兆7000億円を投入するとしている。IT大手の「テンセント」は、オンラインゲームが政府の規制対象になった一方で、低所得者の支援や農村部振興などのために日本円で8500億円の資金を拠出するとしている。出前代行サービスなどを展開するIT大手の「美団」なども、「共同富裕」に貢献する姿勢をアピールしている。

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 資産家や企業のほかに政府のターゲットとなったのが、高収入の芸能人である。女優のファン・ビンビンは脱税で約146億円の支払いを命じられた。同じく女優のジェン・シュアンも、脱税で約51億円の支払い命令を受けた。歌手で女優のヴィッキー・チャオは、突然ネット上から全情報が削除される「完全封殺」状態となった。

 芸能界に対する中国当局の圧力はかなり徹底したものだ。国家ラジオテレビ総局は昨年9月2日に通知を発表し、「低俗」なテレビ番組やインターネット動画を排除すると宣言した。また、ファンのグッズ購入をあおる行為やアイドル育成番組の放送禁止、「女っぽい男性などのいびつな美意識の根絶」を打ち出している。そして出演者を選ぶ際には「党と国家から心が離れている人員は断固として使わない」ことを指示。「中華の優秀な伝統文化や革命文化、社会主義の先進的文化を強力に発揚する」ように促しているのである。中国の芸能界は今後、メディアとともに「党の舌(党の宣伝機関)」となることが予想される。「文化大革命」の再来かと思われるような状況である。

 こうした現象は、中国の目指す「共同富裕」が危険な挑戦となる可能性を示唆している。こうした規制や締め付けは、党本来の目標に指導部が回帰していることを示すためであり、共産党支配の存続に対する国民の支持を固めることが狙いであるとみられている。そのために労働者や社会的弱者の力を強める一方で、社会的不平等の是正に必要なら資本家階級の利益を制限するという目標を立てているのだ。その一方で、GDPの数値目標設定を見送り、成長の「質」を重視すると宣言している。

 こうした「挑戦」がなぜ危険なのかといえば、資本主義経済の基本である「自由」を否定するからである。生産力の向上には、自由が必要である。言論、結社、思想の自由がイノベーションの原動力となる。しかし今の中国のやり方は、上から押さえつけて平等にしようとしているのである。もし中国政府の目指すものが共産主義の原点回帰なら、早晩中国の経済は失速する可能性がある。そしてそれが世界経済全体に大きな影響を及ぼすというリスクをはらんでいるのである。

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