このシリーズでは、紀藤正樹著『マインド・コントロール』を批判的に検証しているが、これまで2回にわたって、この本が書かれるきっかけとなった中島知子さんの洗脳騒動について事実関係を追ってきた。
紀藤弁護士は著書の中で、「問題は、相手がどのような働きかけを被害者にしたのかが重要なのであり、マインド・コントロールの問題を考える場合も、事案の真相を見きわめる真摯な姿勢が重要です」(p.3)と自ら述べている。なるほど、この言葉自体はもっともである。それでは事実の認定のために、紀藤弁護士はどのような根拠をあげているのだろうか? 著作の中から拾ってみよう。
「中島さんの『過去』と『現在』の動かない事実を見る必要があります。たとえば、数千万円という多額の年収があったのに、いまは個人事務所と自宅の家賃滞納額660万円を払えない。社交的な人物だったが、いまは自宅に閉じこもった状態だ。家族と交流があったが、いまは家族と断絶している・・・つまり、中島知子さんの過去と現在の状態は、明らかに大きく食い違っています。過去と現在の中島知子像が激変してしまった・・・」(p.21-22)これらの「動かない事実」を根拠に、紀藤弁護士はこれは「マインド・コントロール」が原因だと断定しているわけである。
しかし、そこには大きな論理的飛躍があることは明らかである。何も洗脳やマインド・コントロールによらなくても、単に感傷的になったり、引きこもり状態になったとしても、こうした変化が起こるのは十分にあり得ることだからである。紀藤氏は、事実を丁寧に追いながら想定されるあらゆる可能性を検討するのではなく、実に断片的で間接的な情報かzら一足飛びに「マインド・コントロール」という結論に飛びついてしまっている。そしてその見立ては、見事に外れてしまったのである。
結局、事件の原因は何だったのか?
この事件の真相が何だったのかに関しては、2013年5月に雑誌『サイゾー』に中島知子さんと苫米地英人氏の対談記事が掲載されることによって明らかになった。この内容は以下のURLで読むことができるが、その重要な部分をこのブログ上で抜粋して紹介しておく。
http://www.premiumcyzo.com/modules/member/2013/05/post_4146/
中島:いちばん大きかったのが、家族問題。うちの両親は、いつまでたっても私に対して過干渉で、自分たちの言うことを聞かないと、40歳にもなる娘を怒鳴りつけるようなことをしてきたし、父には殴られることもありました。こうした親子関係は常に悩みの種で、親から離れたいという気持ちは年々強くなっていったんです。それと、妹は無職で、30歳を過ぎても私が生活費や結婚・出産費用まで面倒を見ていたんですが、これではまずいと支援を打ち切り、自立することを促したんです。すると、妹は両親に対して「お姉ちゃんは変わってしまった」と言いだし、変わった原因として、私と親しくしていたAさんの存在を持ち出しました。Aさんの影響だと。両親もそれに乗って、Aさんを悪者にしようとした。それまで続けていた両親への仕送りをストップした時期でもあったので、それに拍車がかかってしまったんだと思います。
07年に相方(松嶋尚美)と、私の担当マネージャーが同時に松竹芸能から独立したこともショックだったし、そのことについて、事前にも事後にもなんの説明もしてくれない事務所に不信感が募っていました。『ワイド!スクランブル』のインタビューでは、ここがクローズアップされていましたが、ただ、実際は家族問題のほうが大きいくらいだった。私の中でこの2つの問題が重なったため、仕事からも家族からも距離を置いて、静かに考えたいと思い、休業を長引かせてしまったんです。結果、仕事を休んだり、収入が途絶えて家賃滞納を起こしたりと、多くの関係者の方々にご迷惑をおかけしたことは大変申し訳なく思っています。これについては、今後も謝罪や説明をしつつ、信頼を取り戻したいと思っています。
苫米地:中島さんをマインドコントロールしたなんていう汚名を着せられたAさんも被害者だよ。ご家族は、中島さんと同居していたAさんが占いの仕事をしていたものだから、その力で中島さんの行動に影響を及ぼしているんじゃないかと思い込んでしまった。さらに、霊感商法とかマインドコントロールとかを専門にしている識者が口を挟んできたもんだから”洗脳騒動”として報じるメディアが出てきた。「過去にAさんに支配された」なんて言って、便乗本まで出した占い師【2】も出てきた。世間も「有名タレントの洗脳騒動」なんていうのは面白い。そうした関心に応えるために、その占い師が言うことを大々的に報じたりと、報道も過熱していった。ただ、中島さんがマインドコントロールなどされていなかったのは、最初面会した時(12年2月)、一目瞭然でわかったし、Aさんが中島さんをマインドコントロールするような能力がないことも、この4月にAさんに会った時にすぐわかった。彼女は気の弱そうな、ごく普通の女性だよ。よく「自称霊能者」という書かれ方をしてるけど、それはマスコミが勝手に命名したもので、本人は「霊能者」と自称したことはないよ。
——つまり、騒動の真相は、中島さんと家族や事務所との関係のこじれが生んだものだと?
苫米地:こじれた挙げ句、臨界点を超えて、家族や社会に対して心を閉ざして、引きこもってしまった。その時の同居人が、たまたまAさんだったというだけ。
中島:その通りです。(以上、引用終わり)
紀藤弁護士はこの対談記事を読んだとしても、「苫米地という人間は信用できない」とか、「そもそもマインド・コントロールされている人間には、その自覚がないのだ。たとえ本人がマインド・コントロールを否定したとしても、それをそのまま信じることはできない」と反論するかもしれない。
しかし、よく考えてみてほしい。当事者本人よりも、そしてその当事者と直接対話してカウンセリングやコーチングをした人物よりも、本人に会ったこともない弁護士の方がその人の精神状態について正確に理解していると本気で主張しているとするならば、それは自分が神のごとき判断力を持った全知全能の存在であると主張していることにほかならない。それはあまりにも傲慢というべきであり、まさか紀藤弁護士はそこまでは主張しないであろう。要するに、紀藤弁護士はこの事件に対する見立てを完全に誤ったのである。それは素直に認めるべきだ。間違いは誰にでもあることなのだから。
紀藤正樹の名前でネット検索をすると、以下のような画像がヒットする。紀藤弁護士が「断言に注意」という字をかざしている写真である。この言葉をそっくりそのまま紀藤弁護士に返してあげたい。あなたこそ、断片的で不正確な情報をもとに断言するのは注意したほうがいいですよ。
しかし、間違いは誰にでもあるものだし、見立てを誤ったことを素直に認めるのであれば、この件をこれ以上責めるつもりはない。ところが、単に見立てを誤っただけではなく、紀藤弁護士の著作『マインド・コントロール』の中には「真っ赤な嘘」が含まれているのである。これは見立て違いよりもはるかに重大な問題である。次回はこれについて扱うことにする。