新シリーズ「神学論争と統一原理の世界」のお知らせと目次


本日より、新シリーズ「神学論争と統一原理の世界」のアップを開始します。このブログの目的は「洗脳」や「マインドコントロール」といった概念の虚構性と非科学性を暴くことにあり、それは学問領域としては心理学や社会学で扱われるテーマです。その意味では「神学」は直接関係ないのですが、こうした学問を専門としない読者にとっては、この新シリーズはある一定の意味を持ちます。

それは、「洗脳」や「マインドコントロール」といった疑似科学が信じられるのは、それを行っていると非難されている新宗教の教義や世界観が、世間一般に正確に知られていないことも、大きな原因の一つではないかと思うからです。世間一般の方々の考え方はおおよそ以下のようなものではないかと思います。

「カルト」の教義は荒唐無稽で、支離滅裂で、理論的に破綻している。理性があり、常識を持った人なら、そのような教義を信じることはあり得ない。にもかかわらず、「カルト」は人々を説得して入信させているし、その中には高学歴者もいるらしい。通常なら信じられないものを信じさせるには「洗脳」や「マインドコントロール」が必要なはずであり、そうでなければ合理的で常識的な人間が「カルト」の荒唐無稽な教義を信じるということはありえないはずだ。

それではこのような考え方をしている世間一般の人々が、統一教会の教義や世界観について正確に知っているのかというと、実はほとんど知らないというのが実情ではないでしょうか? 自分が知らないものについて「荒唐無稽」などという判断を下すのは、先入観や偏見と言っていいかもしれませんが、それを責めるよりも、私たちが統一教会の教えの素晴らしさを世間一般の方々に伝えようとする努力が足りなかったことを反省する方が、より建設的であると思います。

統一原理が実は理路整然とした教理体系であり、既存のキリスト教神学が解決できなかったさまざまな課題を解決している画期的で説得力のある神学であることが分かれば、それを信じるのに「洗脳」も「マインドコントロール」も必要ないことが分かってもらえるのではないでしょうか? そのことを願って、かつて私が書いた本の内容を、このブログでアップしていきたいと思います。

「神学論争と統一原理の世界」は、1997年に私が光言社から出版した本で、私にとっては「処女作」となります。いまから17年も前に書いた本であり、その間に21世紀を迎えていますので、「前世紀の本」とも言えます。この本を出したときに、私は32歳でした。49歳となったいま読み返してみると、若かった自分を感じると同時に、当時の時代背景を色濃く反映している部分もあり、逆にいまでも通用する普遍的な部分もあると感じます。神学の本とはいえ、第8章の一部はこのブログのテーマと重なっています。

当時の時代背景と言えば、1995年に起きたオウム真理教の「地下鉄サリン事件」の衝撃は、まだ2年後の1997年には相当強く社会に残っており、宗教について語るときにはオウム真理教に触れざるを得ないというような状況でした。そういった時代背景が、とくにプロローグや第7章、第8章のあたりには出てきます。その辺は「歴史的産物」として見ていただくとして、私が皆さんにとらえてほしいのは、時代を超えた統一原理の普遍性・真理性の部分です。

今回は、新シリーズ開始のご挨拶と、「神学論争と統一原理の世界」の目次紹介とさせていただきます。これからしばらくの間、「神学」談義にお付き合いください。


 

神学論争と統一原理の世界目次

プロローグ
まだ「統一原理」を知らない方へ
マスコミが騒ぐ宗教
統一教会の分かりにくさの理由
正しいキリスト教ってなに?
すでに「統一原理」を学んでいる方へ
ユダヤ人偏見のルーツは『新約聖書』
『原理講論』の普遍と特殊の部分
「一つの宗教しか知らない者は、いかなる宗教も知らない」

第一章 神について
一 神は男性か女性か?
フェミニスト神学者の台頭
父なる神から父母なる神へ
二 神は悲しんだり後悔したりするか?
哲学的な神と聖書の神の矛盾
自らを相対化した絶対者
三 神はどんな姿をしているのか?
「物質」をきらうキリスト教の背景
無からの創造と因果律の分断
統一原理によってつながった創造の因果律
四 神の存在は証明できるか?
アンセルムスによる神の証明は納得できるか?
宇宙論的証明と目的論的証明
愛を論理的に証明することの無意味さ
神と出会えればその存在証明は必要ない
五 神が唯一なら、なぜさまざまな宗教があるのか?
他宗教の人はエイリアン?
諸宗教が山の頂上で出合う時

第二章 人間について
一 心と体はどのように結びついているのか?
肉体を蔑視するギリシア哲学の影響
肉体を敵視するグノーシス主義の影響
心と体の統一体としてとらえる統一原理の人間観
二 人間はなぜ男性と女性に造られたのか?
ペアシステムとして造られた人間
「神のかたち」としての男女
三 霊的現象は信じられるか?
宗教教団が霊的現象をきらう理由
神の啓示か悪霊の仕業か
霊的現象に責任を持つべき宗教

第三章 罪について
一 人類始祖アダムとエバは実在したのか?
神話の中に秘められた真実
アダムとエバのリアリティー
二 失楽園の物語に隠された意図は?
失楽園の物語の著者は「ヤハウィスト」
統一原理による失楽園物語の解読
三 原罪とは何か?
原罪淫行説の歴史
原罪淫行説が主流にならなかった理由
原罪はメシヤによってのみ解決される
四 そもそも神が造った世界になぜ悪が生じたのか?
袋小路にはまる神義論
神でさえ干渉できない領域
五 この世界に悪が生じた根本原因とは何か?
堕落の根本原因は「愛」であった
愛と自由の緊張関係
真の愛と偽りの愛

第四章 救いについて
一 信じるだけで救われる?
「愛の神」と矛盾する「永遠の地獄」
「天国に行く人」から「天国を築く人」へ
二 信じるだけで救われる?(その2)
信じる者は行動する
「ペラギウス主義」というレッテル
「自力」と「他力」を統合した統一原理
三 なぜ神は今すぐ世界を救わないのか?
歴史は神のシナリオどおりに動くという考え
人間とともに働き続ける神
四 救われるとはどういうことか?
世界の宗教における救済観
入口は違っても出口は同じ

第五章 救世主(メシヤ)について
一 イエスはどんな人物だったのか?
史的イエスと信仰のキリスト
聖書をズタズタに引き裂いた聖書批評学
統一原理のイエス像
二 イエスはなぜ十字架にかかったのか?
少年イエスの「神話」
十字架よりも「神の国」を目指したイエス
作り上げられた十字架信仰
ゲッセマネの祈りの真意
三 イエスは神か人か?
神として奉られたイエス
イエスを神格化した背景
メシヤとは真の人間のこと
四 統一教会にはなぜ十字架がないのか?
見方によってはグロテスクな十字架
十字架のないキリスト教
五 救世主はなぜ迫害されるのか?
もしイエスが現代日本に現れたら
常識という名の先入観
イエスが探し求めた人

第六章 歴史について
一 歴史は発展か循環か?
ギリシア、ユダヤ・キリスト教の歴史観
日本人の歴史観
統一原理による歴史観
二 歴史はどのように繰り返しているのか?
歴史の原型は古代イスラエルにあった
歴史の中に繰り返し現れる不思議な数字
歴史の同時性を解明した統一原理
三 なぜ歴史は繰り返すのか?
トインビーの歴史観
旧約と新約をつなぐ統一原理
聖書と現代生活をつなぐ統一原理
四 左翼と右翼の起源は聖書にあった?
右脳と左脳
人類最初の家庭での「右翼」と「左翼」
「右の強盗」と「左の強盗」
左翼と右翼を統合する「頭翼思想」

第七章 終末について
一 天変地異やハルマゲドンはあるのか?
終末思想が生まれる背景
「滅ぶべき世界」はどこにあるのか?
二 終末はいつ来るのか?
終末の遅延・待ちくたびれたクリスチャンたち
終末の実存主義的解釈
「終末」に代わって登場した「革命」
「終末は希望の時」と主張する統一原理

第八章 宗教の現在と未来
一 マインド・コントロールとは何か?
何もかもがマインド・コントロール
マインド・コントロールが含むトートロジー
マインド・コントロールの正体
二 「カルト」とは?
「カルト」の起源
初代キリスト教も「カルト」だった?
「カルト」という言葉の呪縛
三 キリスト教はなぜ日本に根付かないのか?
失敗に終わった日本宣教
日本という「沼地」に根づかないキリスト教
キリスト教が土着化した韓国
日本にキリスト教信仰を土着化させた統一教会
四 そもそも宗教は人類にとって必要か?
宗教消滅の予言
近代化と新宗教の興隆
宗教が必要でなくなる時を予言する統一原理

おわりに
悩めるキリスト教
現代のアポロジストとして

 

カテゴリー: 神学論争と統一原理の世界 パーマリンク