書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』200


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第200回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第一〇章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の続き

 第194回から「第10章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の内容に入った。この章の目的の一つは、『本郷人』が信者教化に果たしている役割を分析することにあったが、「五 統一教会的思考の枠組みの維持・強化に果たす『本郷人』の役割」は、まさにこの目的のために設けられた節である。『本郷人』には、中西氏が「4 証し、カウンセリング記事」に分類している内容がある。これは信徒たちの悩みや問題に対する教会のアドバイスであり、それを読めば①信徒たちが現実に抱えている問題がどのようなものかと、②教会はそれに対してどのような指導をしているのかを垣間見ることができる。中西氏はそれをもとに①祝福家庭における理想と現実の違いを指摘したり、②問題に対する教会の信徒指導のあり方を批判したりしている、というわけだ。信徒たちが具体的に抱えている問題の中でも特に大きな比重を占めるのが、夫婦関係に関することと、二世(子供)に関することである。先回までは夫婦関係に関することを扱ってきたが、今回は二世の教育に関することを扱う。

 中西氏によれば、『本郷人』の記事から以下のような韓日祝福家庭の子女の問題が垣間見られるという。
①言語能力や学力面での遅れや、情緒が安定しない二世が見られる。具体的には、話し始めの遅れ、会話水準の遅れ、先生の指示を聞き取ることができない、日常的な会話がまともにできない、などの問題がある。
②自信感の欠如、コミュニケーション能力の不足、学力不足。具体的には、他人との意思疎通がうまくできない、落ち着きがない、集中力がないなどの問題がある。
③韓日家庭の二世たちが、どこのクラスでも下から五番以内を占めてしまっている。

 子供の言語発達や学力の問題は、なにも統一教会の家庭だから起こるということではなく、実は国際結婚家庭の子供に共通して見られる問題であると中西氏は解説する。母親が外国人であるため、韓国語が流暢にしゃべれないことが、子供の言語能力の発達を遅らせるということである。

 しかし、単に国際家庭であるという理由にとどまらず、統一教会の韓日家庭に特有の問題により、子供に問題が生じる可能性も中西氏は指摘している。
①「にわか信者」の韓国人男性と日本人女性のカップルが多数出現することにより、その家庭の問題がそのまま二世教育の問題となった。具体的には、両親の不和、経済的困難、父親のアルコール、暴力などの問題、それによる母親の精神的葛藤やストレスが原因となって子供が情緒不安定となり、それが子供の学力やコミュニケーション能力の低さの原因となっている。
②母親が「二世はほうっておいても立派に育つ」という信仰観を持っていたり、信仰教育には関心があっても学力、能力面の教育には無関心であったり、夫が教育に無関心であったりするため、子供の学力が低くなる。

 こうした事例を取り上げることが差別や偏見であるという非難を受けないように、中西氏は「もちろんこれらは極端な例であって、韓日祝福の二世がみな言語発達に遅れがあるというのではない」(p.547)と断ったうえで、韓日のバイリンガルで成績優秀な子供や、社会で活躍する二世たちも『本郷人』の中で紹介されていると述べてはいる。そして中西氏自身が調査地で接した二世たちには、こうした問題は特にみられなかったという。

 私自身、韓日家庭や日韓家庭の二世たちは知っており、特に鮮文大学で学んでいたり、卒業した学生たちとは一緒に仕事をしたこともある。彼らは日本語と韓国語を自由に操るバイリンガルであり、さらには英語に堪能な者もいて、仕事ぶりは優秀であった。やはり『本郷人』で相談の事例に上がるようなケースは、全体の中では特に問題のある子供に関する情報が集められたと理解すべきであろう。

 にもかかわらず、中西氏は「原罪のない祝福二世は本来いろいろな面で一般の子供よりも優れているとされ、清平の大母ニム(大母様)によれば、二世はみな『クラスで五番以内に入る能力を天から祝福されている』という。教説上はそうであっても実際は国際結婚家庭が抱える問題を統一教会信者の二世も同じく抱えている。・・・国際結婚は国家・民族・宗教を超える最も理想的な結婚とされているが、現実問題として乗り越えなければならない課題は数多い。二世の育児、教育関連の記事は韓日祝福という国際結婚の理想と現実のギャップを如実に表すものとなっている。」(p.548)というような批判的なまとめ方をしている。こうした問題に対して、教会が具体的なサポートを提供することによって対応しようとしていることを紹介したうえで、「子供の言語、学力の問題は信仰だけではどうにもならないということだろう。」という皮肉も忘れていない。

 韓日祝福家庭の子供たちの中に言語や学力の面で問題を抱えた者がいることは事実であろう。しかし、同時に優秀な子供も、平均的な子供もいるのであって、その割合が一般の子供に比べて高いとか低いとかいったような統計的なデータは存在しない。統一教会の価値観は、祝福二世は学校の成績に代表されるような外的な能力において優れているから素晴らしいということなのではなく、彼らの血統的な位置、神の子女としての存在そのものに価値があると考えているのである。外的な能力において優れている祝福二世がいたとすれば、それは神の恩寵によってそうなったのであり、それによって彼らの価値が決定するとは考えていない。二世の中には障碍者もいるし、能力の劣る者もいるし、逆に優秀な者もいる。それでも彼らは等しく「祝福二世」としての価値を有しているというのが、基本的な考え方である。

 日本の祝福二世も、国際結婚であるとないとにかかわらず、さまざまな問題を抱えている事例はあり、そうした問題は教会本部の「総合相談室」が対応している。日本における教会関係の出版社である光言社のウェブサイトの中に、「総合相談室Q&A」というシリーズの動画があり、臨床心理士の資格を持つ教会員である大知勇治講師が16回にわたって祝福二世の様々な問題に対して答えている。そのタイトルと内容を列挙すれば以下のようになる。
・なぜ祝福家庭に問題が起こるのですか
・二世の心の問題にどう対処したらいいですか(二世のストレスの問題)
・二世の心の問題に“家庭”ではどう対応したらいいですか(心が癒される家庭とは)
・子供の不登校をどのように理解し、対応したらいいですか
・二世の非行をどう理解し、対応したらいいですか
・二世の障害をどう理解し、対応したらいいですか(身体障害、知的障害、発達障害)
・発達障害をどう理解し、対応したらいいですか①(学習障害)
・発達障害をどう理解し、対応したらいいですか②(ADHDとアスペルガー症候群)
・発達障害をどう理解し、対応したらいいですか③(二次障害)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか①(精神疾患とは何か)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか②(統合失調症)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか③(うつ病)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか④(適応障害)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか⑤(嗜好と依存)
・精神疾患をどう理解し、対応したらいいですか⑥(ひきこもり)

 こうしたビデオ教材を研究対象とするときには、研究者の態度によって取り扱い方は大きく変わるであろう。好意的にとらえれば、統一教会は宗教団体でありながら具体的な問題の解決においては医学的・科学的アプローチをきちんとしている団体であるという評価になろう。しかし批判的にとらえようとすれば、「祝福二世は原罪のない神の子でありながら、現実には様々な障がいや疾病を抱えていることが分かる。これは祝福家庭の理想と現実のギャップを如実に表している」というような論評をすることも可能であろう。中西氏が『本郷人』の記事に対して行っていることは、まさに後者と同じである。

 一部の祝福二世に問題があることが事実であったとしても、それは祝福二世全体を代表する存在ではないし、そうした問題を受け止めて真摯に対応しようとする教会の姿勢は肯定的に評価するのが常識的な対応であろう。にもかかわらず中西氏は、そうした一部の問題をとらえて「宗教的な理想と現実のギャップである」と批判しているのである。彼女のこうした扱い方は悪趣味であり、非人格的であり、研究者としての良識が疑われるものである。

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