書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』199


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第199回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第一〇章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の続き

 第194回から「第10章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の内容に入った。この章の目的の一つは、『本郷人』が信者教化に果たしている役割を分析することにあった。この章の「五 統一教会的思考の枠組みの維持・強化に果たす『本郷人』の役割」は、まさにこの目的のために設けられた節である。『本郷人』には、中西氏が「4 証し、カウンセリング記事」に分類している内容がある。これは信徒たちが具体的に抱えている悩みや問題に対する教会のアドバイスであり、それを読めば①信徒たちが現実に抱えている問題がどのようなものかと、②教会はそれに対してどのような指導をしているのかを垣間見ることができる。中西氏はそれをもとに①祝福家庭における理想と現実の違いを指摘したり、②問題に対する教会の信徒指導のあり方を批判したりしている、というわけだ。信徒たちが具体的に抱えている問題の中でも特に大きな比重を占めるのが、夫婦関係に関することと、二世(子供)に関することである。

 前回は、夫婦関係に関する部分を特にクローズアップさせて扱った。それは『本郷人』のアドバイスやカウンセリングの記事に対する中西氏の批判の中心が、夫婦関係や妻としての姿勢に関するものに集中しているためである。『本郷人』のアドバイスは、基本的に「夫を立てること」「夫を受容すること」「妻が下がること」「妻が変わること」などを求め、たとえ夫に問題があっても問題の所在を妻に求め、妻に忍耐と努力を求めるものになっている点を中西氏は批判している。中西氏でなくても、フェミニズムの影響を受けた者であれば、『本郷人』の女性に対するアドバイスは旧態依然とした家父長制社会を背景としたものであり、到底受け入れられるものではないだろう。しかし、中西氏の批判はそこにあるのではなく、そもそも韓日祝福家庭の形成には統一教会が深く関わっており、大変な夫婦関係を作り出した主要な責任は統一教会にあるのだから、それは個人の処世術というよりは、教団運営の都合から来ているのではないかということだ。すなわち、韓日祝福家庭を存続させるために、日本人女性信者に対して現状受容と自己否定を要求しているのではないか、ということだ。

 一方で中西氏は、「妻が下がる」や「夫を立てる」などは統一教会独自のものではなく、戦後発展した日本の新宗教教団においても説かれた女性の徳目であったことも指摘している。問題は、こうした指導が在韓日本人信者に特有のものであるか、国に関わらず統一教会において普遍的な指導であるかということである。このことを理解する手掛かりの一つに、日本における教会関係の出版社である光言社のウェブサイトの中で、家庭生活の指導に関する内容を分析してみるという手法がある。

 夫婦関係を指導するものとしては、まず男性講師である松本雄司氏(家庭と未来研究所所長)が、「夫婦の愛を育てるために」というビデオ講座を21回にわたって配信している。その内容は多岐にわたっているが、第8回「男と女の違い」、第9回「男らしさ、女らしさ」、第11回「男のプライド」などにおいて、そもそも男性と女性は互いに異なるものであり、女性は男性のプライドを傷付けるような言動をしない方がよいという指導がなされている。松本氏のこの口座の内容は、『夫婦愛を育てる16のポイント』という光言社刊の書籍にもまとめられている。

 女性講師によるものとしては、橘幸世氏の「夫婦愛を育む幸福の基本原則~母のように娘のように~」という、女性信者向けの16回シリーズの動画がある。この中にも第5回と第6回「あるがままを受け入れる」、第7回「長所を見て、感謝する」、第8回「尊敬し、称讃する」、第9回「夫を最優先する」、第11回「主体者を”主体者”らしく」、第13回「男性のプライドを傷つけない」などのタイトルが示しているように、松本氏と同様の女性の側の努力を求めるアドバイスが語られている。この橘幸世氏によるビデオ講座の内容も、『夫婦愛を育む魔法の法則:愛され上手なかわいい妻に』という光言社刊の書籍にまとめられている。

 松本氏のアドバイスも、橘氏のアドバイスも、リベラルなフェミニズムの主張とはかけ離れたものである。そもそも男と女には違いがあり、女性が男性の特徴をよく理解してそれを受け入れ、主体者としての男性を立てることによって夫婦関係がうまく行くと説いている点では、『本郷人』のアドバイスに通じるものがある。このことから分かるのは、少なくとも韓国と日本においては、夫婦関係を良くするためのアドバイスに本質的な違いは見られないということだ。韓日祝福家庭の関係が特に大変だから日本人女性に対して一方的に現状受容と自己否定を要求しているのではなく、そもそも統一教会には「夫婦関係を良くするための女性の心得」という普遍的な信仰指導が存在するととらえた方がよいだろう。これは統一教会の家庭観が、女性の自立やエンパワーメント、男女の役割分担論の否定といった現代フェミニズムの主張とはかなり遠いところにあり、基本的に保守的なものであるということだ。

 日本の祝福家庭は基本的には信者同士の結婚であり、韓国のように非信者である農村男性に信者の女性が嫁ぐということは行われていない。中西氏が観察したような経済的な困難や、夫の酒、タバコ、暴力といった問題も、日本の祝福家庭にはほとんど存在しない。にもかかわらず、アドバイスは「夫を立てて、愛される妻になろう」と説いている点では韓国と同じなのである。中西氏の研究の欠点は、こうした信仰指導が国を超えた普遍的なものなのか、在韓日本人女性に固有のものなのかを比較検討することなく、韓日祝福の特殊性からくる対処療法的な指導であると決めつけている点である。

 一方で、日本と韓国における信仰指導の類似性は、両国が儒教という共通の価値基盤を持ち、同じ東洋の国として、夫婦関係のあり方が似ていることに原因があるのかもしれない。男性が主体で女性が対象という統一原理の教えは、こうした文化圏の女性には比較的抵抗なく受け入れられるかもしれないが、アメリカでは少し事情が異なるようである。

 統一教会の祝福について研究を行った米国の宗教社会学者ジェームズ・グレイス博士は、著書『統一運動における性と結婚』において、男性が主体であり女性が対象であるという『原理講論』の公式の教えがあるにもかかわらず、実際の夫婦関係における男女の役割分担に対する考え方は祝福家庭のカップルの中でも様々な解釈が存在すると分析している。すなわち、文字通り女性は男性に従うべきであるという考え方をする者もいれば、主体と対象はより実存主義的な意味であり、役割分担を固定化しないより開かれた解釈をすべきだと考える者もいたということだ。アメリカ人女性であれば、むしろ後者の解釈をする方が自然であると思う。

 このことから敷衍すれば、韓国と日本における祝福家庭の夫婦関係の関係に関するアドバイスも、時代によって変化する可能性があるということになる。東洋と西洋では夫婦関係のあり方が文化的に異なるので、それを背景として信仰指導のあり方も異なる。同様に、同じ東洋の中にあっても、時代と共に夫婦関係のあり方が変われば、それに従って信仰指導のあり方も変化する可能性はあるのである。そうした意味で、『本郷人』のアドバイスやカウンセリングの記事は、時代的・文化的制約の中で書かれたものであることを理解する必要がある。

 現実問題として、儒教文化が支配的な韓国の田舎において、夫婦関係のあり方に関する指導をフェミニズム的な視点から行えば、夫婦関係を良くするどころかかえって悪化させるような破壊的なものになるであろう。それは韓国の夫や舅姑の中にそのような価値観が全くないのであるから、それをいくら嫁が声高に叫んだところで受け入れらないからである。『本郷人』の信仰指導には、「郷に入っては郷に従え」というプラグマティックな側面もあるであろう。もとより統一教会に入信する女性には、家庭に関しては保守的な価値観を持った者が多い。エバの罪とか、日韓の蕩減というような神学的な意義付けもあるかもしれないが、日本女性が伝統的に持ってきた嫁としての美徳を、一昔前の日本の姿のような韓国の田舎において発揮しているのだと見ることもできる。この点に関しては、神学よりもその地の文化の方がより大きな力として働いていると解釈することも可能であろう。

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