櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第195回目である。
「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第一〇章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の続き
先回から「第10章 『本郷人』に見る祝福家庭の理想と現実」の内容に入った。この章において中西氏は、韓国家庭連合の家庭局国際部が発行する月刊のタブロイド判新聞『本郷人』に掲載されている信者の証しを分析することを通して在韓日本人信者の全体像を把握し、それを彼女自身のフィールドワークによる調査結果と比較している。その目的は、①中西氏の調査対象が「はずれ値」ではなく、在韓日本人信者の平均的な姿であるかどうかを確認するためであり、②『本郷人』が信者教化に果たしている役割を分析するためであった。前回紹介した中西氏の結論は、①『本郷人』の掲載されている事例は「筆者が調査した事例は韓日祝福家庭のごく一部でしかないが、証しの事例と比較しても大差がない。」(p.521)というものであり、また②「『本郷人』は在韓日本人信者にとって信仰強化のテキスト」(p.516)である、というものであった。私自身はこの結論に対しては特に異論はない。
中西氏は本章の中に「2 日韓祝福の男性信者」をいう項目を設けて、16名の在韓日本人男性信者の証しの内容を一覧表で紹介している。男性信者の特徴は高学歴でかつ社会的階層が高いことだ。中西氏によると、「日本の大学や大学院を卒業・修了しているものは二名を除き大学名が明記されていたが、有名国立・私立大学ばかりだった」(P.522)ということである。こうした男性信者の特徴は、地方の農村で暮らす女性信者とは明らかに異なっている。女性信者は結婚難にある農村男性に嫁いだことにより、夫の社会階層によって家庭の経済状況が大きく影響を受ける。しかし、男性の場合には自分自身の能力で経済基盤を築いていくことになり、日本人であることを生かした職業につければ社会的成功を収めることも可能である。
中西氏は、「在韓の日本人男性信者は300人程度であり、証しを載せている男性はその中の一部にすぎないため、これでもって在韓日本人男性信者の平均的な姿かどうかは判断できない」(P.524)としている。社会学者としては当然の慎重な見解といえるだろうが、「『本郷人』に証しを載せている男性信者はうまくいっている事例と見る方がいいかもしれない。」というただし書き付きである。在韓の日本人男性信者の情報には、地方に嫁いだ女性信者のような苦労の匂いがしない。日本で有名大学を卒業して渡韓し、韓国でさらに高等教育を受けたり、大学で教員をしたりしている。そもそも彼らは、韓国人女性の配偶者となるべき男性が不足しているので、日本から韓国に婿に来たわけではない。基本的には信者同士の結婚であり、日韓の交叉祝福を受けた動機も、文鮮明師のビジョンに共鳴したという宗教的なものであろう。
『本郷人』に掲載されている男性信者は6500双や3万双が多く、私とほぼ同世代である。推測に過ぎないが、有名国立・私立大学の出身者が多いのは、原理研究会を通して伝道された者が多いからではないだろうか。私の知り合いの原理研究会OBの中にも韓国で活動している者はいる。日本で有名大学を卒業していればもともと能力があり、原理研究会の活動を通して訓練を受けている。彼らが韓国語を習得すれば、韓国社会で活躍することは十分に可能であると思われる。
実際には、日韓祝福の場合には韓国人の妻が日本にお嫁に来るパターンの方が多く、私の周辺にもこうした韓国人夫人は多くいる。夫が日本人であるにもかかわらずあえて韓国で生活するのは、夫が韓国で一定の収入を得ることができる場合に限られるであろう。その結果として、在韓日本人男性が高学歴で社会的階層が高くなるのはある意味で必然的ともいえる。私が韓国で一緒に生活した日本人男性信者の中には、私が日本に帰国した後も韓国に残った者がいた。しかし、現在に至るまで韓国に残っている者は少数であり、ある段階(3~5年後)で日本に帰国している。その意味で、韓国で生活基盤を築くことに成功した日本人男性は、選ばれた者たちであると言えるのではないだろうか。
次に中西氏は、「3 本郷人互助会の援助対象者」という項目を設けて、祝福家庭の中でも特に困難な状況にある家庭の状況を一覧表にして掲載している。中西氏がA郡、B市、ソウルで出会った信者たちは、経済的に楽ではなくても、とりあえず平穏無事に暮らしている祝福家庭であった。それに対して互助会の援助を受ける者たちは、病気、事故、災害、詐欺などで緊急支援を要する祝福家庭である。本郷互助会は2003年に発足し、困難な状況にある祝福家庭に対する経済的・物質的支援を行っているというが、その支援の内容が『本郷人』の2004年4月号から2006年7月号にかけて43例掲載されており、中西氏はそれを一覧表にまとめて紹介している。
その一覧表には、夫の困難さの内容として、アルコール依存症、がん、精神障害、糖尿病、死亡などが列挙され、妻の困難さとしてはがんなどの病気が挙げられている。夫婦ともに病気の家庭も存在する。子供の困難さとして挙げられているのは自閉症、脳腫瘍、甲状腺水腫、聴覚障害、心臓病、がん、けいれんなどの病気がほとんどである。経済問題としては、保証人となって借金を背負った、事業がうまく行かず借金がある、夫の失業、夫がお金を貸して返ってこないなどの事情が書かれている。援助の内容は米20キログラムを数カ月から1年間にわたって支援したり、事情に応じて数十万ウォンから数百万ウォンの見舞金が送られるなど、具体的なものだ。
中西氏が出会った在韓日本人信者の中には、これほど困難な状況にある祝福家庭はいなかったため、これらの事例は全体の中では特殊事情と言える。韓国に在住する韓日祝福家庭がすべて理想的・模範的な生活をしているわけではなく、こうした困難な事情を抱えている家庭が存在することは事実であろう。特定の宗教を信じたからといって、人生の悩みや困難がすべて消えてなくなるわけではないし、信徒たちはそう思って信仰しているわけでもない。むしろ、宗教はそうした困難に対して意味づけをし、克服するための力を与えてくれるものである。それは統一教会の場合も同様で、祝福を受けたからといって問題が消えてなくなるわけではなく、むしろ信仰によってそれらを解決していく歩みが継続するというのが現実だ。
本郷人互助会の記事が示しているのは、第一に統一教会がこうした祝福家庭の困難を隠すことなく開示し、信徒に共有しているという事実である。教会の信仰生活を理想的なものに見せたいなら、あえてこのような情報を掲載したりしないであろう。第二にこうした具体的な問題に対して、統一教会は宗教的・精神的なサポートを与えることにとどまらず、経済的・物質的なサポートもしているということだ。統一教会信者の間には互助の精神があり、弱者に対する優しさを持った団体であることが分かる。
櫻井氏は本書の中で、「統一教会の信者は、地上天国の実現、霊界の解放という宗教的理念のために世俗的生活を犠牲にする。一般市民にとって重要な生活の安定、家族の扶養、老後の保障といった問題を一切度外視して、文鮮明をメシヤとして信奉し、配偶者選択から家庭の将来まで含めて一切を委ねきる。」(p.167)と評したことがあった。櫻井氏の描く統一教会のイメージは、信徒がただひたすら教団のために犠牲になり、その結果として信徒が悲惨な状況に陥ったとしても、教団はそれを一切顧みることはなく、搾取し続けるというものであった。しかし実際には統一教会にも互助の精神はあり、弱者に対する優しさが存在することが、本郷人互助会の記事によって明らかになったのである。
実は中西氏は本章と同じ内容を「韓国に渡った統一教会日本人女性信者の実態」と題して『宗教と現代がわかる本2011』(平凡社)に掲載しているが、これに対して統一教会広報局が2011年6月13日付で「抗議及び謝罪要求」を出している。
https://www.ucjp.org/archives/8443
抗議の趣旨は、中西氏が『本郷人』の証しの中から「過去の困難な状況」の部分だけを抜き出し、みんなで助け合った結果「今は幸せになりました」という、事実伝達で最も重要な結論部分を意図的に省いている点だ。これは「韓日祝福家庭は困難な状況にある」という印象を読者に与えようとする悪質な情報操作であり、侮辱であるというわけだ。本書においても、一覧表でまとめられているのは困難さの内容と援助内容だけであり、それを受けた祝福家庭の感謝の思いは表現されていない。確かにそれは情報伝達における瑕疵であると言えるかもしれないが、本章を全体として見るとき、問題点は個々のデータよりもむしろ「4 調査事例との比較」と題した価値判断の部分にあると言える。次回はこの点について分析を行いたい。