ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳28


第4章 性的役割分担(5)

 女性のリーダーシップと摂理的役割について扱う前に、筆者によってなされたいくつかの観察の中で、性的役割分担の違いの問題と関わりがあるものを紹介する。最初の例は、運動内部における男女の葛藤に関わるものだ。調査者である私は、統一運動のセンターのキャビネットの中にあるいくつかの「内部」文書を読む許可を与えられていた。そのセンターの男性リーダーは留守にしていたので、私のために資料を入手してくれると言ったアシスタントの女性に話した。彼女がファイルのキャビネットに行ったとき、事務所で働いていた若い男性が彼女に対して、彼がそこにいる唯一の男性(主体)であるため、彼のみがその文書を見せる許可を与えることができのであり、彼はそれをしないと主張したのである。その二人はリーダーが不在のときに誰が責任者であるかに関して、活発な議論を展開した。私の元に戻ってきたその女性は怒っており、外部の者が彼らの争いを目撃したことを明らかに恥ずかしく思っていた。彼女は、あの男性は「信仰的に幼く」、まだ自分の男らしい自己像を超克できていないのだと説明した。彼女は、彼に対して「上司風を吹かす」よりも、後日リーダーがいるときにもう一度来てもらった方が賢明だと言ったので、私はその通りにした。この事件が似たような観察や記録(注34)に関連付けられたとき、そして独身の男性と独身の女性が性的役割分担に対して異なるアプローチを支持しているという事実に鑑み、統一運動の男性と女性は、彼らの仮想的な家族的役割にもかかわらず、両性の間の長年の緊張関係を完全に解消しているわけでないことは明らかである。メンバーたちは概してこのような葛藤がグループの中に存在することを認めており、それは信者たちの一部がまだ精神的に成熟していないためであるとしている。

 二つ目の観察は、1979年の文師からのメッセージに関連するものである。その中で彼は大学連合原理研究会(CARP)と共に大学のキャンパスで「開拓の仕事」をするように既婚の女性たちに呼びかけたのであるが、彼女たちの大部分は幼い子供を抱えていた。この「使命」を引き受けることは、一年間も家族と離れることを意味したので、かなりの数(注35)の女性たちが師の呼びかけに反応しなかったのである。文はその状況を受け入れて、CARPに加わらなかった女性たちには、加わった女性たちのために祈るよう求めただけだった。一方、運動のセンターで著者は二人の女性メンバーがCARPについて議論しているのを聞いた。そのうちの一人は、見たところ未婚のようであったが、反応しなかった女性たちには失望したと言った。彼女は、いまは世界を復帰するために個人が大きな犠牲を払うべき時だと言った。二人目の女性は幼い少女の母親であったが、それに同意せず、神中心の結婚を実現し、母乳を与えている自分の子供の世話をすることが世界に対する最高の奉仕であると主張した。(注36)この若い母親は、本質的には文師の意志および運動の組織的なニーズのどちらよりも、自分の家庭を優先していたのである。事実上、彼女は自分の家庭を自らの「使命」として選んだのである。(注37)

 今日、統一運動の最高位のリーダーの位置は、ほぼ独占的に男性によって占められており、リーダーが主に女性によって占められていた1960年代から見れば激変している。文師が1971年に米国に移住したときから、既に述べたように、ヒエラルキーの権威ある位置により多くの男性を配置する流れが始まった。デビッド・G・ブロムリーとアンソン・D・シュウプJrが『アメリカのムーニー』のために調査をした1977年には、「長老会議」(金永雲博士は例外であった)、統一運動の会長およびそのスタッフ(広報部長は例外)、州の指導者、移動ファンドレイジング・チーム(MFT)および統一十字軍(WOC)の責任者の大半は男性であった。(注38)

 新設された家庭サービス局の責任者に女性を任命したことは別として、そのシナリオはそのときから今に至るまで大きく変わっていない。(注39)ヒエラルキーの中間地点では、女性たちはリーダーとしてより目につきやすい。例えば、統一神学大学院(UTS)の学部長、『原理生活』と『季刊祝福』の編集者、『トゥデイズ・ワールド』の寄稿編集者はみな女性である。もちろん、運動の有力な神学者もまた女性である。

 公式的なヒエラルキー以外の場所で、メンバーたちが極めて重要な非公式的リーダーシップであると認識していることを、女性たちは行っている:
1.女性のメンバーは疑いなく男性たちよりもファンドレイジングの実績を挙げている。1973年に運動はファンドレイジング・コンテストを開始したが、その年の優勝者は一日に合計612ドルを集めた女性であった。後にその同じ女性は「・・・数年間破られることのなかった教会記録を打ち立てた。彼女は極端に赤信号が長く青信号が非常に短いニューヨークの信号機の場所で、信じがたいことに一日に1000ドルを集めたのである」(注40)このコンテスト以外には、女性のファンドレイジング能力に関してグループ内で公式に認定している例は少ない。しかしながら、メンバーと同様にリーダーもそのことは認識しており、女性のメンバーたちはこの実績に対して誇りを持っている。
2.女性はまた運動によって非常に良き「開拓者」であるとみなされている。すなわち、彼女たちは新しい宣教地にセンターを立ち上げることにおいて非常に有能なのである。この事実は文師が彼自身のスピーチの中で認めている:「エバが堕落したので、女性たちは開拓者として働かなければなりません。女性の方が新しいセンターを開拓するのが得意なのでしょう? それは本当ですか? (ノー![聴衆の反応]) それは韓国でも日本でも、女性に関する真実です。正直に言ってみなさい。女性は男性よりも優秀です。」(注41)
3.さらに、女性たちが運動の出版物においてかなり目覚ましい働きをしていることは明らかである。『原理生活』(1979年4月から1980年8月)に女性の著者は27個中7個の記事を寄稿しているし、『季刊祝福』(1977年春から1979年冬)のちょうど半分のエッセーを寄稿している。彼女たちはまた、統一運動の日刊紙であるニューズワールドにも重要な貢献をしている。
4.最後に、ある特定の女性たちは「霊的に開かれた」人物として、霊界から文師へのメッセージを伝えたり、個々のメンバーに「内的な指導」を提供したりして、相当な影響力を行使している。金永雲はこの役割で有名であるが、これは一部には、女性は生来男性よりも霊的に覚醒されているという統一教会の信仰に基づいている。この信仰については以下により詳しく論ずることにする。

(注34)両性の葛藤について元メンバーが書いた記事としては、ウッド『ムーンストラック』、p.115、アンダーウッドとアンダーウッド『天国の人質』、p.6を参照のこと。個人的な交流の中で、元メンバーのワイン氏がカリフォルニア州の指導者に任命された男性リーダーと、夫のモーゼと共にオークランド・センターの責任者であったオンニー・ダーストとの間の葛藤について語った。ワインはこの「権力闘争」ではその男性のリーダーはダースト夫人にはとても歯が立たなかったと主張した。
(注35)反応しなかった者の正確な数は分からないが、それは疑いなく文師とその他のリーダーたちが予想した以上であった。
(注36)この会話は、運動における「集産主義」と「家族主義」の緊張関係を典型的に表している。【訳注:集産主義(collectivism)は、経済思想の用語の一つで、生産手段などの集約化・計画化・統制化などを進める思想や傾向を指す】
(注37)現在(運動によって定められた)「使命」を持たない既婚女性との会話の中で、あなたは母親としての役割を使命としてみることができるかと著者は尋ねた。明らかに残念そうな声で、彼女は「そうだったらいいんですけど。」と答えた。インタビュー:エンゲル夫妻。
(注38)個人的交流:デビッド・G・ブロムリー
(注39)イギリスにおいても一人の女性がこの役職についている。
(注40)ブロムリーとシュウプ『アメリカのムーニー』、p. 123。
(注41)文鮮明師「トレーニング計画に関する無題の演説」『マスター・スピークス』(MS-363、1973年5月7日), pp. 3-4。

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