書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』40


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第40回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は本章の「四 摂理のグローバルな経営戦略」の中の「1 グローバル化戦略と組織の編成」において、統一教会を「国際的なコングロマリット的宗教団体・事業連合体」と位置付け、規模の経済性、範囲の経済性、連結の経済性という三つの観点から分析を試みている。先回は規模の経済性を扱ったが、今回は範囲の経済性と連結の経済性に関する櫻井氏の分析を評価する。「範囲の経済性」とは、企業が複数の事業活動を持ち、経営資源を共有することによって、より経済的な事業運営が可能になることをいう。この理論を日本の統一運動に当てはめて、櫻井氏は次のように分析する。
「範囲の経済性に関しては、布教経路の複数化を指摘できる。統一教会の場合、宗教法人の教化部門と資金調達の経済事業部門、及び政治活動・市民運動的な事業部門が相互に連携し合って、どこからでも統一教会の信者養成へと接続される。典型的な例として、街頭の勧誘や訪問販売においてなされる手相・家相の鑑定、家系図診断は、布教にも資金調達にも用いられる。女性の人権団体や国際平和のNPOへの加入が統一教会の研修につながる例もある。どこからでも布教や資金調達が可能な事業体制というのは効率的である。」(p.154)

 この分析は一部しか合っていない。既にこのシリーズの第34回で述べたことではあるが、国際勝共連合に関わった政治家、世界平和教授アカデミーに関わった学者、世界日報やワシントンタイムズの読者、鮮文大学校に入学した学生、ユニバーサル・バレーやリトルエンジェルスの公演を見た観客、龍平リゾートの宿泊客が宗教的回心をして統一教会の信者になったかといえば、そうしたことはほとんどなかった。唯一、教勢拡大に貢献した例があるとすれば、ハッピーワールドの商品を販売していた「全国しあわせサークル連絡協議会」が、顧客のケアーと「統一原理」の教育を目的として全国各地にビデオセンターを設置し、顧客を伝道していたことである。これは商売を入り口として顧客が伝道された例だが、それ以外の事業が伝道につながることはほとんどなかった。

 統一運動が広範な分野の活動を行ってきたのは、リスクの分散や採算性といった経済的な理由や、多様な窓口から伝道して教勢を拡大するためというよりも、地上天国実現のために必要な各分野に組織を創設していったというのが事実であろう。櫻井氏が紹介する広範な統一運動の組織は、そのほとんどが経済的利益を生み出さず、教勢拡大にも貢献しないような活動を行っており、地上天国実現のための先行投資に近いものであった。したがって、「範囲の経済性」は統一運動全体には当てはまらず、収益を生み出す部門と、そこから資金援助を受けて社会活動を展開する部門の二つに分かれていたと見るべきである。

 世界中で多角的な事業を展開することによって、統一運動全体として収益性が上がったかどうかに関しては、上がらなかったという結論が正しいであろう。世界の統一運動で収益を上げていたのは日本だけであり、日本が生み出した資金は韓国、アメリカ、そして世界の統一運動の運営資金に回され、日本以外の国で収益を生み出すことはほとんどなかった。それは世界中の統一運動の目的がそもそも収益を上げることにはなく、地上天国実現という文鮮明師のビジョンを実現することにあったためであると考えられる。そのための資金調達の役割を日本の統一運動が一手に担っていたのである。

 さて、最後の「連結の経済性」に関してだが、前述の「規模の経済性」と「範囲の経済性」が単一企業に於けるものであるのに対して、「連結の経済性」は異なる企業間における経済性のことを言う。情報・ノウハウを核に異なる企業が結合して、情報・ノウハウ・技術の共同利用等によって経済性を高める手法である。具体的には、企業間の連携やネットワークを通じて互いの得意分野を強化したり、不得意分野を補完したりすることにより実現される。

 これを統一運動の事業体が一般社会の事業体と連携したりネットワークを結んだりして経済性を上げることと解釈すれば、そうしたことはほとんど起こらなかったと思われる。一方で、統一運動内の多様な団体が情報・ノウハウ・技術の共同利用等によって経済性を高めることができたかと言えば、純然たる「経済性」という点ではそれは起こらなかったと思われる。統一運動は、同じ信仰と志を持った信者がそれぞれ専門化された集団を形成して運営している組織群であるのだから、それらが共通の目的のために有機的な協力関係を結ぶことはあった。しかし、それは利益を上げるという意味での経済性を追求したものではなく、地上天国実現というより大きな目的のために協力したのであった。

154ページ

 この図4-6は、櫻井氏が「統一教会におけるグローバル化の経済性」というタイトルで、本文を補足するために掲載している図である。この図は、表題と中身の関係においても、図と本文の関係においても、さまざまな齟齬が生じている杜撰な図である。

 まず、「規模の経済性」において櫻井氏は本文中で教化システムを大規模化することで信者養成のコストを低下させることができたと解説しているが、これは日本国内の分析にすぎず、グローバルなレベルでの経済性の解説はない。しかも、本文では教団の教化システムについて解説しているのに、図では「NPO」が書き加えられている。櫻井氏が本文でNPOに触れているのは「範囲の経済性」の部分だか、それが図においてはここに位置付けられているのである。

 次に「範囲の経済性」に関しては、本文では布教経路の複数化を指摘しているにもかかわらず、図においては「資金調達システム」の説明に入れ替わっている。さらに、図に描かれている姓名判断、借入、各種献金、物販、修練会参加などは日本にのみ当てはまる内容であって、グローバルな範囲の経済性になっていない。
 最後に「連結の経済性」に関しては、韓国、アメリカ、日本、南米、北朝鮮などの国々が「摂理システム」によって連結されている図が描かれている。本来の意味での「連結の経済性」は、異なる企業間でネットワークを形成することによって経済性をあげることをいうのだが、それが国家間の役割分担の話にすり替えられている。しかも、これらの国々がどのように情報・ノウハウ・技術を共有し、互いの得意分野を強化したり不得意分野を補完したりして経済効率を上げているのかについては、一切説明がない。されに、南米や北朝鮮は本文中で一切触れられていないのに図には表示されている。

 このように、櫻井氏の頭の中は混乱しているようである。彼の杜撰で混乱した分析の原因は、宗教的な運動の展開を無理やり経営学の概念で説明しようとしたところにあったと私は思う。そもそも「摂理システム」なるものは、神の啓示によって演繹的に提示されるものなので、経済効率やマーケット調査を基準として構築される経営戦略とはまったく異なるものだからである。文鮮明師の推し進めてきた世界的な統一運動を、こうした視点で分析したところであまり意味をなさないのではないかと思われる。

 櫻井氏は、統一教会を「国際的なコングロマリット的宗教団体・事業連合体」と位置付けている割には、世界的な統一運動の広がりについての詳細を一切記述しておらず、それらの有機的なつながりにも言及がない。まず、統一教会はアジアの各国で教勢を伸ばしており、特にフィリピンとタイにおいては多くの青年が伝道され、祝福を受けている。ネパールでは伝道と共に渉外活動が進んでおり、家庭連合の会長が国会議員に当選し、大臣も歴任している。マレーシアでもUPFの活動を通して多くの国会議員が統一運動に賛同している。ヨーロッパでも、スイスのジュネーヴを起点として国連渉外が進んでおり、UPFと世界平和女性連合が国連欧州本部を拠点に国連NGOとして活発な活動を展開している。イギリスでは貴族院の議員がUPFの活動を積極的に支持しており、国会議事堂として使われているウェストミンスター宮殿で何度も国際会議を開催している。アフリカやオセアニアでもUPFの活動は活発で、多くの国家元首や大臣クラスがUPFの国際会議に参加している。南米ではパンタナールやレダの開発を日本人が主導して行っており、社会基盤を造成している。北米にはワシントン・タイムズなどの言論機関のほかに、米国聖職者指導者会議(ACLC)のようなキリスト教指導者たちの超教派的な活動が活発に行われている。中東では宣教活動は困難だが、「中東平和イニシアチブ」と呼ばれる平和運動がイスラエルを中心に行われてきた。ロシアや中国でさえ宣教活動は地道に行われている。

 ざっと世界を見渡しただけでも、これだけの活動が行われており、さらにそれらの成果がUPFの主催する国際会議で紹介されて、平和運動としての統一運動の評価を高めているにもかかわらず、櫻井氏の記述にはこうした統一運動のグローバルな活動に関しては一切記述がない。このことは、櫻井氏のいう「グローバル」な視点が口先だけのものであり、本当の意味で世界の統一運動を調査・分析したことがないことを物語っている。

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