書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』34


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第34回目である。

「第Ⅰ部 統一教会の宣教戦略 第4章 統一教会の事業戦略と組織構造」の続き

 櫻井氏は日本統一教会の宗教市場における競争力を論じるなかで、「しかし、教団にとって幸いなことに、政権与党の政治家の庇護を受けて、日本基督教団等のキリスト教会からキリスト教の異端として批判され、違法判決が続出する布教活動や資金調達活動を行っているにもかかわらず、日本社会において着実に勢力を拡張することができた」(p.136)という奇妙な論理を展開している。統一運動が勝共連合の活動を通じて、自民党をはじめとする保守系政治家と関係を持ってきたことは事実である。しかし、そのことと櫻井氏の論じていることの間には何の必然的関係もない。

 そもそもキリスト教会が統一教会を異端視するというのは、いわば宗教同士のもめごとであり、こうした争いから特定教団を守るために政府が介入することは政教分離の原則からいってあり得ない。政治家個人の働きと考えても、そもそも政治家が出る幕ではないと考えるのが常識であろう。さらに、民事訴訟で統一教会が敗訴することがあったとしても、それは裁判所の専権事項であって政治家が口を出せる問題ではない。もし「反社会的団体」と指摘された団体を擁護すれば政治家は国民の支持を失って落選する可能性がある。政治家は人気商売であり、社会的評判の悪いものを自分の政治生命をかけてまで守ろうとはしないものである。櫻井氏も学者であるならば、統一教会が政権与党の政治家からどのように庇護を受けてきたのかを明らかにすべきであろう。証拠もないのにイメージだけでこうした記述をするのは学問の精神に反するのではないだろうか。

 自民党をはじめとする一部の保守系政治家が勝共連合と関係を持ってきたのは、共産主義の脅威と戦うという共通の大義があったからである。とくに冷戦時代には共産主義の脅威はリアルなものであったから、自民党と勝共連合が日本の国を守るために共闘したことはあったが、それは思想的・政治的分野における共闘であって、宗教団体を庇護するためではなかった。そもそも勝共連合の目的は、国際共産主義の脅威から日本を守るという公的な次元のものであり、一教団のために存在しているわけではない。

 さて、櫻井氏は本章において、統一教会は「韓国でも日本でも宗教団体としての競争力はないために、韓国では社会事業、日本では特異な宣教戦略によって教勢を拡大するしかなかった。これが統一教会における事業多角化の背景であり、宣教を成功に導いた最大の要因であると筆者は考える。」(p.136)と述べている。この分析が正しいかどうかを検討しよう。

 まず櫻井氏は、「多角化戦略のメリットとは、複数の事業部門を持つことでシナジー効果が期待できることと、事業収益に関わるバランスをとってリスクを分散できることが挙げられる」(p.136)と、企業経営における基本的な考え方を提示する。櫻井氏はこのリスク分散に関して、宗教団体が単体では教勢を拡大しえないから多角化したのであるという分析を行っているが、これは事実に反する。表4-3(p.134)を構成している団体に関して言えば、国際勝共連合に関わった政治家、世界平和教授アカデミーに関わった学者、世界日報やワシントンタイムズの読者、鮮文大学校に入学した学生、ユニバーサル・バレー、リトルエンジェルスの公演を見た観客、龍平リゾートの宿泊客が宗教的回心をして統一教会の信者になったかと言えば、そうしたことはほとんどなかったからである。唯一教勢拡大に貢献した例があるとすれば、ハッピーワールドの商品を販売していた「全国しあわせサークル連絡協議会」が、顧客のケアーと「統一原理」の教育を目的として全国各地にビデオセンターを設置し、顧客を伝道していた時期があったということである。これは商売を入り口として顧客が伝道された例だが、それだけが目的ならその他のたくさんの事業に多角化する必要はなかったであろう。

 櫻井氏は多角化のもう一つの理由を、「文鮮明が地上天国を実現するために全ての事業部門を統一教会グループに備えておきたいという願望が大きかったからだろう」(p.136)としているが、実際には理由はこれに尽きるのではないかと思われる。多様な窓口から伝道して教勢を拡大するというよりも、地上天国実現のために必要な各分野に次々と組織を創設していったのがまさに文鮮明師の生涯であった。それはリスクの分散や採算性といったことを度外視した、未来のビジョンに対する投資であった。「シナジー効果」と言っても、それは伝道が進むとか収益が上がるといったような一教団レベルの効果を狙っていたのではなく、あらゆる分野の専門家が一丸となって地上天国を創っていくという、壮大な「シナジー効果」を狙っていたことは疑いがない。

 さて、事業を多角化することは必ずしもよい結果を生み出すとは限らない。相乗のプラスの効果が現れる場合を「シナジー」というのに対して、相乗のマイナスの効果が現れることを「アナジー」と言う。統一運動における「アナジー効果」の例が、スパイ防止法制定運動と「霊感商法」反対キャンペーンである。

 文鮮明師は1968年に国際勝共連合を創設し、共産主義勢力との理論闘争を開始した。勝共連合は1970年の世界反共連盟(WACL)大会、そして全国各地で行った公開講義などを通じて社会的影響力を拡大させたため、日本共産党は危機感を募らせるようになる。勝共運動をさらに躍進させたのは、スパイ防止法制定運動であった。1970年代、世界的な「東西デタント」の流れの中で、民主主義勢力と共産主義勢力の攻防は、これまでのあからさまな軍事力による対立から、スパイ工作活動が主流になっていった。しかし、日本には外国からのスパイを取り締まる法律がなかったので、スパイが自由に活動できる「スパイ天国」の状態にあった。そこで、勝共連合はスパイ防止法制定運動を積極的に支援し、1986年末までに全国の地方自治体の過半数でスパイ防止法制定促進決議を採択し、1986年11月に国会に法案を上程するところまでこぎつけた。

 こうした展開に危機感を抱き、スパイ防止法制定を阻止するために結成されたのが、「全国霊感商法対策弁護士連絡会」(全国弁連)である。全国弁連は、「レフチェンコ事件」によって危機感を募らせた左翼勢力によって組織され、スパイ防止法制定運動の支援組織である国際勝共連合と統一教会の壊滅を目的として、「霊感商法」反対キャンペーンを展開するためにつくられた組織であった。

 スタニスラフ・レフチェンコは元KGB少佐で、対日スパイ工作を行っていた。彼は1979年に米国に亡命し、米国の下院情報特別委員会で自らのスパイ活動に関して証言した。この証言の中で彼は、ソ連のスパイとして活動した日本人26名の実名とコードネームを公表したが、その中には日本社会党の大物代議士も含まれていたため、こうした議員たちの政治生命を脅かす内容があった。勝共連合はこのレフチェンコ証言を大きく取り上げて、スパイ防止法の制定を訴えた。

 1983年5月、社会党機関誌「社会新報」に、「レフチェンコ事件は国際勝共連合とCIAが仕組んだ謀略」との記事が掲載された。これが全くの事実無根であったため、勝共連合は社会党と党機関紙編集長を訴える裁判を起こした。このとき、社会党の代理人を務めた人物が、山口広弁護士であり、彼は後に全国弁連を立ち上げるときの中心人物となっている。全国弁連を構成したのは主に共産党・社会党系の弁護士たちであった。この裁判は結局、勝共連合側の勝利的和解に終わったが、こうした闘争の延長として、「霊感商法」反対キャンペーンが左翼系弁護士によって行われるようになったのである。

 これは勝共連合による共産主義との戦いが統一運動に対する左翼勢力の敵愾心を強め、結果として「全国しあわせサークル連絡協議会」(略称・連絡協議会)が行っていた壺や多宝塔などの開運商品の販売が攻撃を受けるようになり、販売が難しくなったということである。さらに、こうした販売に「霊感商法」というネガティブな名前がつけられて攻撃され、それを行っているのが統一教会と勝共連合であるという悪宣伝がなされることによって、教会の伝道活動や勝共連合の政治活動も困難になるという負のスパイラルを生んだのである。それぞれが独立していれば、これほど大きな反対運動に発展することはなかったという意味において、これは「アナジー効果」であると言えるだろう。

 さて、多角的な事業を展開することによって全体として収益性が上がったかどうかに関しては、上がらなかったという結論が正しいであろう。世界の統一運動で収益を上げていたのは日本だけであり、日本が生み出した資金は韓国、アメリカ、そして世界の統一運動の運営資金に回され、日本以外の国で収益を生み出すことはほとんどなかった。それは世界中の統一運動の目的がそもそも収益を上げることにはなく、地上天国実現という文鮮明師のビジョンを実現することにあったためであると考えられる。繰り返しになるが、その神学的意義付けは櫻井氏の言うような「堕落したエバ国家の日本とアダム国家の韓国」(p.137)というようなものではなく、「世界の母の国」としての愛と奉仕の精神であった。

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