紀藤正樹著『マインド・コントロール』の批判的検証01


去る8月26日をもって、2013年12月18日から1年8カ月あまり、全89回にわたって連載してきた、アイリーン・バーカー『ムーニーの成り立ち』日本語訳シリーズが終了した。この本は社会学的な手法によって、統一教会に対する「洗脳」や「マインド・コントロール」といった非難が誤りであることを明らかにした研究であるが、今回から少し趣向を変えて、「マインドコントロール」の存在を肯定する著作を取り上げて、その内容を検証してみたいと思う。

紀藤正樹著「マインドコントロール」

このシリーズで扱うのは、紀藤正樹著『マインド・コントロール』(アスコム)である。アマゾンのレビューをざっと見ると、「良かった」「分かりやすい」「国民的カルト対策の手引き」「わかりやすいのに内容充実・・・マインドコントロール問題の新しい必読書」「『脱会カウンセラー』についての、正確な記述」「紀藤弁護士の人間の器に感動です!」などという称賛の声が多い。果たしてこの本は、「マインド・コントロール」について 正確な知識を与えてくれるのだろうか? この問題を研究する者の一人として、検証してみることにした、というのが本シリーズの動機である。

この本の発行日は2012年6月7日になっている。そこから4か月ほどさかのぼる同年2月ごろ、テレビのワイドショーはある芸能人の「洗脳騒動」を連日のように報道していた。その芸能人とは元オセロの中島知子さんのことで、彼女は同居中の占い師によって「マインド・コントロール」をされていると騒がれていた。そして、この騒動はその後もしばらく尾を引いた。その記憶もまだ新しく、騒動の結末も見えていない時期に出版されたのがこの本であり、言ってみれば、紀藤弁護士がこの事件に乗じて自説を主張するために書いた本だ。
当時、テレビのワイドショーには「カルト」や「マインド・コントロール」の専門家と称する人々が出演して、中島知子さんがマインド・コントロールされているという前提でかなり断定的な発言をしていた。例えば、2月9日放送のテレビ朝日の「スクランブル」という番組で、参議院議員の有田芳生氏は以下のような発言をしている。

ワイドショーで発言する有田芳生

2012年2月9日放送のテレビ朝日「スクランブル」で発言する有田芳生参議院議員

「強いマインドコン・トロールの支配のもとにあって、女性占い師が言うことをそのまま真に受けて、食べることから行動パターンにおいても、まったく支配のもとにあると聞いています。」
「女性占い師が表現している言葉は、『神の計画で肉を食べるべきだ』と。これまでの報道では、神のお告げで何を食べようかということで『肉を食べなさい』というようなことがありましたが、正確に言うと女性占い師が表現している言葉は『神の計画で肉を食べるべきだ』と・・・。神のお告げというと、『神様がこれをやりなさい』『肉を食べなさい』というような風にとらえるのだけれども、『神様がこういうふうに計画している。あなたはどう判断しますか』と非常にずるいやり方で、すべて自分の判断に基づいて行動しているふうに思わせる。これは一つのマインド・コントロールのテクニックです。」

「人身保護請求を行って東京都内の病院に入院する、そういう期間があったと聞いています。(その後は)また戻ってしまった。マインド・コントロールにかかっている人に対して、『あなたがやっていることは間違っているんだよ』と言ったとしても、それでは絶対に解決しないんですよ。」
このように、有田氏の発言は完全に中島知子さんがマインド・コントロールにかかっているという前提の下でなされており、まるで現場を見てきたかのような描写である。
一方、同じ番組に出演した紀藤弁護士は、以下のような発言をしている。

ワイドショーで発言する紀藤弁護士

2012年2月9日放送のテレビ朝日「スクランブル」で発言する紀藤正樹弁護士

「キーワードは、恐怖心と依存心です。結局、神の計画に従わないと自分はダメになってしまう。占い師が当たるということを前提にしているのですが、それで『自分がダメになってしまう』『うまくいかない』『自分の人生がダメになる』『地獄に落ちる』とかいろいろな言葉を言って、まず恐怖心を植え付けられるわけです。その恐怖心を前提にして、『じゃあそうしたらどうすればいいのですか』というと、占い師が当たるのであれば、その当たることを前提に、その人に依存するようになってしまう。恐怖心と依存心がついたら、当初は当たっていたように見えたのかもしれませんが、現実は占い師の言うことを聞いていたら、どんどんお金がなくなっていくわけですから、『この占い師はうまくいかないのではないか』と思うのが普通です。依存心と恐怖心がついた状態だと、『自分が至らないからこうなった』『自分がもっと努力すればうまくいったのに』ということで、自分のせいにしていくわけです。だから、自分の心の中でどんどん逆の歯車にいってしまって、どんどん悪くなるのだけれどもどんどん依存していくという状態になってしまう。このマインド・コントロールを解いてやるというのは、外からではそうとう厳しいわけです。」

「恐怖心が抜けない限り、依存心はとれませんよね。だから、占い師の言っていることが基本的にすべて嘘だというくらいに思わないと、なかなか恐怖心は抜けないですよね。」
これも中島知子さんと占い師の関係を実際に見聞きしたかのような物言いである。
翌2月10日の「スクランブル」には、日本における「マインド・コントロール」研究の第一人者とされる西田公昭・立正大学教授が登場してコメントした。

ワイドショーで発言する西田公昭

2012年2月10日放送のテレビ朝日「スクランブル」で発言する西田公昭・立正大学教授

彼は断定的な言い方をせずに、「情報から判断する限り、マインドコントロールされているかもしれない」と答えた。さすがに学者としての良心が働いたのか、確たる情報がないのに断言できないと思ったのかもしれない。だから「情報から判断する限り、マインドコントロールされているかもしれない」と、条件付きの婉曲表現をしたわけである。実は西田氏はこの放送が流される前日、2月9日に自身のTwitterで「某テレビ局に頼まれて、オセロの中島さんの件、検討しましたが、ちっともわからない。どうコメントしたものか」と発言している。つまり、彼は中島さんに直接会ったわけでもなく、間接的な情報しか入手できないのでは正確な状況は分かりようがなく、正直なところ「ちっともわからない」というのが本音だったのである。

そもそも、ある人の心理状態に関して、専門家である精神科医や臨床心理士が、本人に直接会って診察やアセスメントをしたこともないのに、マスコミで流れている情報だけを根拠に、「いまこの人はこういう状態です」と断言したら、プロとしての見識や倫理を疑われるであろう。しかし、日本における「マインド・コントロール」研究の第一人者という立場上、何もコメントしないわけにもいかないので、上記のような曖昧コメントになったというわけだ。その意味で彼にはまだ可愛げがあると言えるが、いい加減なことを堂々と断定する有田・紀藤両氏はある種の確信犯と言えるだろう。

こうした有田・紀藤両氏の見立てが間違っていたことは、紀藤弁護士の著書『マインド・コントロール』が出版されてからかなりたった時点(2013年5月)で、中島知子さん本人が当時の状況を説明することによって明らかになった。この件はこの先このブログで詳しく説明するとして、次回はこの問題を巡る「江原啓之」対「紀藤正樹」のバトルを紹介する。

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