アイリーン・バーカー『ムーニーの成り立ち』日本語訳67


 

第8章 被暗示性(4)

最も暗示にかかりやすいのも、かかりにくいのも(長年の)ムーニーではなかった
 非入教者と(さらにいっそう明確に)離脱者が、入教者よりも広範に「分散」しているというこのパターンは(注9)、社会的な説得に対する感受性に関する調査のなかでチェックしていたいくつかの性格に関して、私が発見したものである。非入教者と離脱者の中には、実際に入教して運動に留まった人々よりも、「より暗示にかかりにくく」なるような性格を持った人だけではなくて、より暗示にかかりやすいと期待されるような人々も含まれる傾向があるように思われた。

 データをより多く分析すればするほど、統一教会に勧誘される過程においては、被暗示性の特徴を示すと推定される要因に関する限り、経済学者が呼ぶところの「負の限界効用」が作動し始めるのではないかと思えてきた。すなわち、ある程度の感受性は、ある人がムーニーになる可能性を高めると思われるが、それもある程度までだということだ。もし「説得に影響されやすい」という性格があまりにも強く示された場合には、その修練会参加者が入教する可能性は「より少ない」のである。そして「最も影響されやすい」人の一部は入教するかもしれないが、彼らが非常に短期間のうちに「離脱」する可能性は極めて高いのである。同時に、早期離脱者にはもう一つのグループがあるように思われ、彼らは統一教会の選択肢に魅力を感じたかも知れないが、長期間にわたって運動に留まっている人々よりも、恐らくより強固な意志を持っていたり、あるいは全てを受け入れるほど影響を受けやすくはなかったことが判明した。

 例えば、平均年齢を見ると、統一教会に入教する人の平均年齢は23歳であるのに対して、2日間の修練会に参加した人の平均年齢は27歳であり、そしてこれが21日間の修練会にまで進んでいく人においては25歳に下がったので、若いゲストの方がより脆弱であったように思われるだろう。しかしながら、各々のグループの「内部で」年齢の分布を見ると、ムーニーになる人々は特に22歳と24歳の間で特に「機が熟して」おり、それ「以下」の年齢のゲストにおいては入教しない割合がより高かった。離脱者は、運動に留まった者たちよりも年長である傾向が強かった。年長であることによって、彼らが離脱するのは簡単だと感じたということはあり得る。事実、若い新入教者の数名は、もう少し歳を取った時点で離脱している。しかしながら、離脱者の一部は常習的な探究者であり、さまざまなライフスタイルを試みたがどれも成功しないままに歳をとっていたということを示唆する証拠もあった。彼らは、ムーニーまたは非入教者に比べて、短期間だけ他の組織に立ち寄っていた傾向がはるかに強かった。そして非入教者は、他の宗教団体、霊的な団体、政治団体などに関わっていた(あるいは、いまも関わっている)傾向が強かった。他の多くの選択肢を探索してきたというムーニーはごく少数に過ぎなかった。

 家庭から離れている者、過渡的な段階にある者、あるいは定職のない者たちが修練会参加に合意する可能性が高そうだというのは本当だが、これもまた入教者よりも非入教者の間により頻繁に見いだされる性格であることが判明した。職のない者たちはより脆弱だろうと示唆されてきたが、修練会参加の時点で失業していたムーニーは3%に過ぎず、これに比べると非入教者の7%、および離脱者の16%が失業していた。英国のムーニーの半数以上が、2年以上にわたって安定して雇用されていた状態だったし、3分の2が1年以上そうであった。回答者の中でその時の職業に短期間就いていた者はほんの数人だけだった。ムーニーと非入教者の3分の1、そして離脱者の半数は、現時点の職業に2年間以上就いていた。そして、全修練会参加者の約半数は、現在の状況が少なくともあと一年間は続くだろうと予測していた。しかし、ムーニーの7%、非入教者の8%、離脱者の13%は、明確な将来の見通しもなく、それほど希望も感じていない者たちであったか、あるいはやけになっていて、将来待ち受けていることも分からない状態だった。

 学生は特に脆弱であると考えられるときがあり、実際に、2日間の修練会に参加した者の41%は学生だった。しかし、21日間の修練会になるとこの数字は27%に落ち、入教者(CARPのメンバーを含めて)(注10)においては学生は4分の1以下だった。修練会に参加する「旅行者」の数はかなり多かったが、彼らは「偶然者」(第4章参照)よりも速い速度で脱落していく傾向にあった。英国人であるゲストのパーセンテージは、2日間の修練会の開始時点での40%から、21日間の修練会の開始時点では52%に上昇し、さらに1979年に運動のフルタイム会員になったの者においては60%に上昇した。CARPのメンバーにおいては英国人の割合はより低い(44%)が、旅行者の多くは、学生生活が終わると、(時にはムーニーとして、だがしばしば離教者として)自分の国へ戻っていった。(このように、英国で入教した「現在の」会員を分析するなら、1978年と1977年に入教した者の78%と、1976年と1975年に入教した者の80%以上が英国人なのである)。

自己の描写
 ある出来事について、発生してから何か月あるいは何年か後に、その出来事が起きた当時にどんな感覚や感情を体験していたかを尋ねることは、もちろん、困難を伴う。どんなに正直であろうとしても、その後の出来事を踏まえて、特に重要であると思われる記憶ばかりを選択しがちである(注11)。明らかに、ムーニーは統一教会に入教したことを人生における重要な転換点であるとみており、彼らが「以前」と「以後」の精神状況の違いを誇張する可能性は十分にある。事実、私が「浮浪者から聖人へ」シンドロームと考える状況にひたっていると思われるムーニーが中にはいた。これは新生派のクリスチャンの証しを聞いたことがある人にとってはお馴染みのパターンである。そこでは回心者は、イエスを生活の中に取り入れる以前にはいかに自分が惨めな罪人であったかを説明する。しかしながら、両親が私に語ってくれたこと(あるいはその人についての私自身の知識)とアンケートの回答とを比較することが可能である場合には、ムーニーの評価と他者の評価との間にはしっかりした信頼性のある一致があると思われる。

 アンケートを採る際には常に、回答の一貫性を評価する目的で、主観的な情報に依存した質問に対してはさまざまな異なる方法でアプローチした。最も真実を明らかにした質問の一つ(それは残念ながら、より短い修練会のアンケートには含まれなかった)は回答者に対して、人生のさまざまな期間における自分自身を描写するキーワードやフレーズを6つ記載するよう求めたものだった。(注12)これらの自分自身の描写をさまざまな視点から分析したわけだが、そのうちの一つは全般的な感情の表現であった。対照群とムーニーとの間には大きな違いはなかったが、ムーニーは自分の幸福と不幸を描写する上でより内向的な表現を使う傾向がやや高かった。(例えば、「内にこもった」や「満足/安心」)。一方、対照群は「反抗的」や「活発」といった言葉を使う傾向がやや高かった。対照群は(幸福にしても、不幸にしても)極端なことを言わない傾向にあった。最も極端な不幸(「死んでいた」「憂鬱だった」)は、少数のムーニーが、運動に出会う6ヶ月以前の期間について報告した。

 ムーニーも対照群も、自分自身を穏やかに是認する傾向にあった(例えば、「バランスがとれている」「正直」「友好的」など)。これにときどき軽い批判(例えば「未熟」「自己満足」)が加えられた。しかしながら、ムーニーは自分自身に対する関心を強く示す傾向が対照群よりもやや強かった。回答者の中で、自己嫌悪、反感、あるいは厳しい自己批判を表現するものはほとんどいなかった。二つのグループの間で最も顕著な対照を示していたのは、ムーニー(特にアメリカ人のムーニー)がある特定の期間に対して、「賢い」「誠実」「人気者」などの言葉を使ったり、3つ以上の「穏やかな是認」の言葉を記載するなど、過度に自画自賛的に見える傾向があることであった。この傾向は、運動に出会う直前の期間では最も小さく、「現在」の期間において最も明白に表れていた。

(注9)あるいは、より専門的には、標準偏差は離脱者が最大となり、次に非入教者が来て、そして入教者が最低になる傾向があった。もしY軸に統一教会に対する「実際の」感受性を取り、そこでは(運動の説得テクニックにより多くさらされてきた)離脱者たちは非入教者よりも低いとみなされ(入教者の数値が最高である)、X軸は「推定された」被暗示性のチェック項目の変数を示すグラフを描けば、データは(やや偏っているが)多数の逆U字曲線を示すであろう。
(注10)これは学生会員のことである。第2章50ページ参照。
(注11)J・A・ベックフォード「回心の説明」『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ソシオロジー』第29巻、1978年、246-62ページ。
(注12)この期間はムーニーに対しては以下の通り:
  (1)「出生から10歳まで」
  (2)「11歳から16歳まで」
  (3)「17歳から統一教会に最初に出会う6ヶ月前まで」
  (4)「統一教会に出会う直前の6ヶ月間」
  (5)「現在」(すなわち、このアンケートを書き込んでいるとき)
  対照群に対しては以下の通り:
  (1)―(2)ムーニーと同様
  (3)「17歳から6ヶ月前まで」
  (4)「最近6ヶ月間」(アンケートを書き込む以前の)

 

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