統一思想から見たマインド・コントロール理論02


前回から3回シリーズで「統一思想から見たマインド・コントロール理論」について試論的にまとめた論文のアップを開始した。今回はその2回目である。

3.西田公昭の研究の本質

ここで本稿のターゲットである西田公昭の研究の本質とは何であるか、ということを端的にまとめてみたい。筆者は彼のいくつかの著作と論文を読んだが、言っていることはほぼ同じで、まとめてみれば非常にシンプルである。まず彼は社会心理学の研究者として、フロム、レヴィン、チャルディーニなどの過去の文献を読んで、その理論を勉強した。この理論をAとする。次に彼は「破壊的カルト」と呼んで批判している団体の元信者から聞き取り調査を行っている。この情報をBとする。そしてAの理論をBに当てはめて解釈し、「マインド・コントロール」に関する理論構築を行った。要するにこれだけである。

西田は著書の中で、社会心理学の多種多様な理論や実験に関する情報を紹介している。例を挙げれば、フェスティンガーの認知不協和理論、チャルディーニの影響力論、バーノンの感覚遮断実験、ジンバルドーの監獄実験、プライミング効果論などである。一方で彼は「カルト」と目される諸団体にまつわる多種多様な事例を引き合いに出し、それらに関して同じく多種多様な社会心理学的テクニックを参照しながら説明するのである。それらを結び付ける根拠は、単に「やり方が似ている」ということである。彼がやっていることは、単に「解釈」によってそれらを結び付けているだけで、実際には何も検証していないのである。

西田公昭の主張のオリジナルな部分としては、「一時的マインド・コントロール」と「永続的マインド・コントロール」の区別がある。(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.59-60)一時的マインド・コントロールは、個人のいる場に働く拘束力を利用するとされる。つまり、ある個人の置かれた特定の状況における判断や行動の操作を目的に、外部環境からの情報をコントロールすることによって、その人の行動を支配しようとすることである。その影響力は後々には作用せず、「その場限り」あるいは「その状況下」だけのものである。例えば、外部環境から隔離された「修練会」という特殊な環境においては、人の思考に対する影響力が強くなるということである。

しかしながら、これだけではその特殊な環境を離れたら、もはやコントロールすることはできない。「カルト」と呼ばれる教団の信者たちは、常に「修練会」のような特殊な環境にいるわけではなく、そこを離れて日常生活に戻っても信仰を維持しているという事実がある。そこで場の力によらず、環境が変わってもコントロールが可能でなければ、この現象を説明することができない。そこで「永続的マインド・コントロール」という概念が必要になったのである。それは、意思決定のための「装置」までも変容し操作してしまうので、個人のいる場に関係なく影響を与えることができるとされる。

4.西田公昭の研究の欠陥

それでは、西田公昭の研究の欠陥とは何であろうか。第一に、偏向した情報源による方法論の欠陥をあげることができる。西田の著書『マインド・コントロールとは何か』の冒頭には、「東北学院大学の浅見定雄教授、全国霊感商法対策弁護士連絡会の方々、全国各地で活躍されている脱会カウンセラーの方々、そして元破壊的カルトのメンバーたちには、多くの貴重な資料を提供していただいた」(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.10)という記述がある。

要するに、教会を離れた元信者からしかデータをとっておらず、現役信者に対する調査は行っていないのだ。しかも、家庭連合反対派の人脈から紹介された元信者たちなので、彼らは基本的に自然脱会者ではなく、拉致監禁を伴う強制改宗を受け、教会に対する敵意を植え付けられた人々である。こうした人々は、家庭連合およびその伝道方法に対して、きわめて強いネガティブ・バイアスがかかっている可能性が高いので、情報源として公平でない。

さらに、現役信者も元信者も、基本的には勧誘を受けて一度は入信した人々という点では同じカテゴリーに入るが、実はそれ以上に多いのが、勧誘されても結局入信しなかった人々なのである。こうした「説得されなかった人々」も調査しなければ、マインド・コントロールの効果を測定することはできない。渡邊太は、この点について、「入信過程におけるマインド・コントロールの効果を証明するためには、入信した人たちだけでなく、勧誘されても入信しなかった人も含めた被勧誘者全体を調査対象にする必要がある」(渡邊太『洗脳、マインド・コントロールの神話』、p.217-8)と批判している。西田理論のもう一つの問題点は、実験室での結果をそのまま現実の社会過程に適用して しまっているということだ。実験室という特殊な環境で得られた知見が、そのまま現実の社会に当てはまるという保証はない。この点についても渡邊太は、「現実の社会においては無数の媒介変数が存在し、さらに媒介過程が急速に変化する可能性がある・・・現実の社会は極めて複雑であり、実験室の知見を適用した説明がそのまま有効である保証はない」(渡邊太『洗脳、マインド・コントロールの神話』、p.218)と批判している。

もう一つの難点は、「現代の破壊的カルトのマインド・コントロールは心理学や社会心理学の応用技術だ」(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.234)と主張している割には、その立証が貧弱であるという点だ。その手法とは「優秀なセールスマンが多用する方法であったり、プロパガンダの常套手段」(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.87)であると西田は言うのだが、家庭連合の信者たちがそのような社会心理学を学んで伝道に活かしているという事実はない。そして仮にそうだとしても、それがセールスやプロパガンダの常套手段ならば、日常のどこにでも転がっている合法的な手法であり、それを非難する理由はどこにもないということだ。

それでは西田の主張する「永続的マインド・コントロール」はどのようになされるのであろうか。彼は人の心は、複数の「ビリーフ」によって構成される一つのシステムであるとしている。「ビリーフ」とは通常「信念」を指すが、ここではもっと広い意味で使われていて、「知識」「偏見」「妄想」「ステレオタイプ」「イデオロギー」「信条」「信仰」などはすべてビリーフであるとされる。そして複数のビリーフからなる意思決定の認知システムのことをビリーフ・システムという。(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.74-78)

人の意思決定に大きく関わるビリーフに、自己ビリーフ、目標ビリーフ、因果ビリーフ、理想ビリーフ、権威ビリーフなどがあり、人はそれまでの人生を通してこうしたビリーフを形成する。しかし、その人がカルトと出会うと、カルトから「こういう考え方もありますよ」と言われて、カルトのビリーフがその人の心の中に入れ込まれるようになる。

初めはそれまでのビリーフの方が強く機能していて、カルトのビリーフは周辺に小さく存在しているに過ぎない。しかし、カルトによる教化プロセスを通して、カルトのビリーフが次第に大きくなって中心部分に移動していき、逆にそれまでの自分のビリーフは小さくなって周辺に追いやられていく。そして最後はカルトのビリーフが中心的に意思決定を行う装置として機能し始め、もともとのビリーフは活動を停止してしまうようになる。このように、ビリーフ・システムと呼ばれる意思決定の装置を入れ換えることによって、人を永続的にコントロールする技術のことを、西田は「永続的マインド・コントロール」と呼ぶのである。

永続的マインド・コントロール

ビリーフ・システムの変化を説明した西田公昭『マインド・コントロールとは何か』の174ページの図。

しかしこれは、ある人が新宗教に出合い、その教えに共鳴して、教団の中で徐々に自分の
アイデンティティーを確立していく過程を、悪意をもって表現したものに過ぎない。そして、この変化の構造そのものは、ウィリアム・ジェイムズによる回心の描写に非常によく似てい る。ジェイムズは回心の経過を「今までは、当人の意識の外囲にあった宗教的なものが、い まや中心的地位を占め、宗教的目標が当人の精神的なエネルギーの中心として習慣的には たらくようになる」(小口偉一・堀一郎監修『宗教学辞典』1973、東京大学出版会、p.84)と説明している。たとえこれが伝道者の働き掛けによって引き起こさ れたとしても、それはどこの宗教においても日常的に起こっていることであり、あえて「永続的マインド・コントロール」などという仰々しい名前を付ける理由はどこにもないのである。

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統一思想から見たマインド・コントロール理論01


今回から3回シリーズで「統一思想から見たマインド・コントロール理論」について試論的にまとめた論文をアップする。

1.序論

筆者は今年3月に『間違いだらけの「マインド・コントロール」論』という本を出版した。この本は副題が「紀藤正樹弁護士への反論と正しい理解」となっているように、主たる批判の対象は紀藤弁護士である。紀藤弁護士は『マインド・コントロール』というタイトルの本を出版しており(紀藤正樹『決定版マインド・コントロール』2017、アスコム)、消費者庁の霊感商法に関する検討会の委員として議論に加わり、その後のいわゆる「救済新法」の法制化や家庭連合の解散命令請求に向けた質問権の行使などの政策決定に大きな影響力を及ぼした。したがって、まずは紀藤弁護士の間違いを指摘することが重要であるという認識のもとに、この本のターゲットが定められた。しかし、紀藤弁護士に対する批判は拙著を読んでいただければよいので、本稿では別の人物をターゲットにしたいと思う。それは西田公昭である。初めに彼の経歴を簡単に紹介しよう。

西田公昭の経歴

立正大学心理学部対人・社会心理学科教授(社会心理学博士)
1960年、徳島県生まれ
関西大学大学院社会学研究科博士課程後期課程単位取得
静岡県立大学助手、准教授を経て現職
統一教会に関する訴訟で専門家証言
オウム真理教事件で被告の鑑定人
日本脱カルト協会理事
消費者庁霊感商法検討会の委員

彼も紀藤弁護士と同じく、消費者庁の霊感商法検討会の委員に選ばれており、その会合において「マインド・コントロール」について発表を行っている。彼は全国霊感商法対策弁護士連絡会とも密接に連携して活動をしているが、彼の役割はマインド・コントロール理論の学問的構築にあると思われる。その意味では、学問的に彼を批判しておくことは重要である。

西田公昭について特筆すべきことは、昨年の一連の騒動を受けて、全国の消費生活センターの相談員に、霊感商法におけるマインド・コントロールの概念を教える研修が行われ、そこで西田公昭の監修した動画が教材として使われたということである。いまや消費者庁で「マインド・コントロール」という概念が教えられ、その学問的権威付けとして西田公昭の研究が用いられる時代になったのである。(2023年4月11日付「産経新聞」)

西田公昭については、私の過去の著作で批判済みである。1999 年に出版した『統一教会の検証』(光言社)の第2章において、15ページにわたって彼の主張するマインド・コントロール理論について批判をしている。そのときに基礎資料として用いたのが彼の二つの著作である『マインド・コントロールとは何か』(1995、紀伊國屋書店)と『信じる心の科学』(1998、サイエンス社)であった。これらは既に25年以上前の本なので、最近の著作も読んでおかなければと思って、2019 年に出版された『なぜ、人は操られ支配されるのか』(さくら舎)を読んでみた。印象としては、初期の著作の方がまだ学問的な感じで、最近の本はより一般大衆向けになっており、西田自身がだんだんと学者からアジテーターに変化しているようだ。

2.「洗脳」から「マインド・コントロール」へ

初めに、「洗脳」と「マインド・コントロール」の違いについて簡単に説明したい。人の心を操作する技術という意味で最初に使われた言葉は「洗脳」で、英語では Brainwashingと言う。この言葉はアメリカで生まれた。朝鮮戦争の捕虜収容所で行われた思想改造についての CIA の報告書がきっかけとなり、ジャーナリストのエドワード・ハンターが、中国共産党の洗脳テクニックについて著書で紹介して以来、一般によく知られるようになった。その後、精神科医のR・J・リフトンが、中国共産党の収容所から帰還した米軍兵士への詳細な聞き取り調査に基づいてまとめた大著が『思想改造の心理』(1961)という本で、これは洗脳理論の古典として知られる著作である。このように「洗脳」はもともと、共産主義者が米軍の兵士に対して試みた思想改造を意味していた。

リフトンは著書の中で、「洗脳」を構成する8つの要素をまとめた。それが、①環境コントロール、②密かな操作、③純粋性の要求、④告白の儀式、⑤「聖なる科学」、⑥特殊用語の詰め込み、⑦教義の優先、⑧存在権の配分である。リフトンの著作により、これらのテクニックを用いれば、いとも簡単に人の心を操れるという神話が生まれ、敵に対する非難や冗談に多用されるようになった。

しかし、これらの手法を使えば、人の心を自由に操ることができ、その人の思想を永続的に変えることができたのかと言えば、実はそうではなかった。洗脳の効果について、リフトンは「彼らを説得して、共産主義の世界観へ彼らを変えさせるという観点からすると、そのプログラムはたしかに失敗だと判断されなければならない」(Lifton 1979, p.253)と述べている。すなわち、中国共産党の拘束下にあったアメリカ人は、一時的あるいは表面上の服従を示していただけで、心の底から共産主義者になったわけではなかった。収容所から解放されてアメリカに戻れば、彼らは元の人格を取り戻したのである。

実はそれくらい、精神操作に抵抗する自我の力は大きいということが分かったのである。まずここに大きな問題がある。洗脳やマインド・コントロール理論を唱える論者のほとんど は、マインド・コントロール理論の先駆的業績としてリフトンの研究を参照しているのだが、洗脳の有効性を否定するリフトンの結論については触れずにすませているのである。(渡邊太『洗脳、マインド・コントロールの神話』、p.210)

それでは「洗脳」と「マインド・コントロール」の違いとは何だろうか。洗脳とは物理的監禁や、拷問、薬物や電気ショックなどを含めた強制的な方法で、人の信念体系を変えさせる手法を指す。しかし、どの研究報告も、洗脳は「一時的な、行動上の服従しかもたらさなかった」と結論している。

一方でマインド・コントロールとは、身体的な拘束や拷問、薬物などを用いなくても、日常的な説得技術の積み重ねにより、しかも本人に自分がコントロールされていることを気付かせることなく、強力な影響力を発揮して個人の信念を変革させてしまう、「洗脳」よりもはるかに洗練された手法を指すと解説されている。(西田公昭『マインド・コントロールとは何か』、p.51-52)問題は、洗脳のように強制的な手段を用いても人の信念体系を変えさせるのは困難だとされているのに、日常的なコミュニケーションの積み重ねだけではたして精神操作が可能なのかということだ。

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『世界思想』巻頭言シリーズ12:2023年2月号


 私がこれまでに平和大使協議会の機関誌『世界思想』に執筆した巻頭言をシリーズでアップしています。巻頭言は私の思想や世界観を表現するものであると同時に、そのときに関心を持っていた事柄が現れており、時代の息吹を感じさせるものでもあります。第11回の今回は、2023年2月号の巻頭言です。

民主主義の根幹を揺るがす「関係断絶」決議と闘う

 昨年12月23日、一般社団法人UPF大阪が、富田林市と大阪市を相手取って民事訴訟を提起した。これは昨年9月に富田林市議会が「旧統一教会と富田林市議会との関係を根絶する決議」を可決し、11月に大阪市会が「旧統一教会等の反社会的団体の活動とは一線を画する決議」を可決したことに対して、これらの決議の取り消しを求め、損害賠償を請求する訴訟である。

 提訴の理由は、これらの決議が日本国憲法が保障する請願権、思想良心の自由及び信教の自由を侵害し、法の下の平等に違背するというものだ。「根絶」という言葉は通常、病原菌に対して使われる言葉であり、それを宗教団体に対して使うのは論外であり、人権感覚のかけらも感じられない。また、これまでに国が旧統一教会を「反社会的団体」と規定したことは一度もないにもかかわらず、一地方議会がこのような断定的な言い方をするばかりか、「一線を画する」という表現で、事実上の関係断絶を宣言するのは、理不尽としか言いようがない。

 宗教法人である世界平和統一家庭連合(旧統一教会)とUPFは創設者が同じであり、互いに友好団体である。しかしUPFの目的は布教伝道ではなく社会活動である。UPFは刑事事件を起こしたこともなければ、民事訴訟で敗訴したこともない。しかし、友好団体である家庭連合に関わるトラブルが問題とされ、UPFは家庭連合の「関連団体」として一括りにされて批判され、排除されているのである。

 UPF大阪は訴訟に先立ち、大阪市会と富田林市議会の両方の全議員に対して、請願の依頼を文書で送ったが、誰一人としてこれに答えた者はおらず、決議によって事実上請願権が侵害されていることが明らかになった。
 民主主義は、さまざまな個人や団体の社会参画を通じて、議決で物事を決めていく制度である。そして地方議会は、地方公共団体が設置する議決機関である。そこが特定の団体との関係を持たないと宣言するのは、憲法上の問題があり、民主主義の根幹を揺るがす大問題である。

 そもそもこれら二つの決議の原因は、昨年7月8日に起きた安倍元総理暗殺事件にあると言える。事件発生から何か月経っても、事件そのものの真相解明が全く進まない中で、マスコミは家庭連合とその関連団体の糾弾に明け暮れ、それに政治が動かされるという異常事態が続いていた。日本社会全体がおかしな方向に向かっており、その中で家庭連合およびその友好団体に関わる人々は、深刻な差別と人権侵害にあってきたのである。

 その中には復興支援やバザー売上金の寄付の返還、行事への後援取り消し、団体登録や公認の取り消し、会場使用の拒否、ボランティア活動への表彰取り消しなど、行政による法的根拠に基づかない差別や排除も含まれる。地方議会の議決はその最たるものだ。

 元東京地検特捜部検事の高井康行弁護士は、昨年12月25日付の産経新聞で、現在の社会的雰囲気あるいは風潮に自由主義社会とは相容れないものを感じ取り、「全体主義が微笑んでいる」と警鐘を鳴らした。UPFは今後、こうした全体主義的傾向に抗い、請願権、思想良心の自由、信教の自由、法の下の平等を守るために闘っていく。

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ23


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が一部の日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

日本はなぜ統一教会・家庭連合に対して信教の自由を保障すべきなのか: 日本政府に対する意見書

07/03/2023BITTER WINTER

宗教・信教の自由の著名な専門家であるウイリー・フォートレ、ヤン・フィゲル、マッシモ・イントロヴィニエ、アーロン・ローズの4名が増大する魔女狩りの終焉を要求
ビター・ウインター

ビター・ウインター

左からウイリー・フォートレ、ヤン・フィゲル、マッシモ・イントロヴィニエ、アーロン・ローズ

2023年6月14日

内閣総理大臣 岸 田 文 雄 殿

外務大臣    林  芳 正 殿

文部科学大臣 永 岡 桂 子 殿

私たちは、安倍晋三元内閣総理大臣の悲劇的な暗殺事件後、日本で浮上した宗教・信仰の自由への脅威についての重大な懸念をお伝えすべく、本書面をお送り申し上げます。

私たちは、宗教・信仰の自由の分野で長い経験を積んできた学者であり、人権活動家です。私たちは、日本の数千年にわたる文化と活気ある民主制度に感銘を受けている日本の友人でもあります。私たちの多くは、全体主義政権による人権及び宗教・信教の自由の侵害に抗議する必要があった際、国際的な場で日本を貴重な同盟国として捉えてきました。

Table of Contents
1. 前提としての一般論
2. 統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に対する攻撃
3. 「霊感商法」問題
4. 家庭連合信者に対する強制的脱会説得による人権侵害
5. 反教会活動における背教者の役割:イギリス政府の対家庭連合事件の失敗
6. 教会の自律的組織運営権に対する脅威
7. 家庭連合の解散は、日本を国際的な非難に晒し、非民主的国家における宗教の自由の侵害を正当化する

前提としての一般論

まず最初に、この問題に対する私たちの見解をご理解頂くために不可欠な一般論を3つご紹介いたします。

第1に、世界中で宗教・信仰の自由を擁護してきた長い経験から、「カルト」という汚名を着せられることで少数宗教の権利が否定されると私たちは認識しています。宗教研究者の多くは、20世紀最後の数十年間以来、「カルト」という用語の使用を断念してきました。「カルト」は科学的な内容を持たず、特定の少数派を悪魔視し抑圧するためだけに使われます。2022年12月12日、欧州人権裁判所はTonchev and Others v. Bulgaria事件の判決において、過去の判例法を変更し、主流の学者の意見を容れ、「カルト」やラテン語の「セクト」に由来する英語以外の言語の用語は、汚名を着せられた団体の構成員の「宗教的自由の行使に否定的な影響を与える可能性がある」と述べ、公的な政府文書に使用すべきではないと判示しました。また、「洗脳」も、20世紀以降、宗教研究者やアメリカ合衆国及び欧州諸国の法廷により信憑性を否定された概念です。それは、「良い」宗教は信者獲得のために洗脳を行わないのに対し、「悪い」「カルト」は行うと主張することによって、差別を助長せんとする擬似科学的概念です。誤った「洗脳」概念は、特定の少数宗教の成人会員を拉致し、棄教するまで違法に拘束し、様々な暴力に晒し続けるという犯罪的な強制的脱会説得を正当化するためにも用いられました。

1993年、国連人権委員会は、宗教・信仰の自由に関し、日本が加盟し批准した市民的、政治的権利に関する国際人権規約第18条に関する一般的意見第22号を採択しました。

この一般的意見第22号第2節は、人権規約第18条に関して以下のように述べています。

・「宗教」「信仰」概念は広く解釈されるべきである

・人権規約第18条の適用は、伝統的な宗教に限定されるものではなく、伝統的な宗教と類似する制度的特徴や実践を行う宗教・信仰に限定されるべきでもない
・それゆえ人権委員会は、新宗教であることや、敵意の対象となり得る少数宗教であることなどの様々な理由により、宗教・信仰に対して差別的傾向があることに懸念を抱いている

これは重要なポイントです。多数派や人気のある宗教はその人気によって保護されます。人権規約第18条は、いかなる理由によるにせよ、一部の人々から敵意を向けられる可能性のある少数宗教も保護することを国家に求めています。

・第2に、少数宗教を攻撃する際、反対派やメディアはしばしば「背教者」と呼ばれる元信者に依存します。「背教者」というのは侮蔑的な用語ではなく、デビッド・ブロムリーその他の主要な社会学者によって導入された専門的な概念で、グループを脱会した元信者の中で元のグループに対し攻撃的に反対する少数者のことです。「背教者」は「元信者」と同義語ではありません。ほとんどの元信者は背教者ではなく、彼らは自分がいた宗教に対する闘争に興味を持っていません。人間の苦難は常に尊重されるべきであり、背教者の言説は無視すべきではありません。しかし、背教者は大多数の元信者を代表するものではなく、自分たち固有の目的を持っており、彼らの話は、元の宗教の現実よりもむしろ、彼らの感情や彼らが採用したイデオロギーを伝えるものでしかないと、学者たちは何度も警告してきました。
・第3に、我々の世俗社会には、政治活動に積極的な信者がいる宗教団体に対する広範な敵意が存在しています。政教分離は重要な民主主義の原則ですが、他の市民と同様に、宗教者にも国家の政治に参加する権利があることを肯定することも重要です。また、特定の少数宗教に対する批判がしばしば政治的理由から提起されつつも、「カルト」や「洗脳」といった話法のせいで政治的目的が隠されてしまうことに我々は気づくべきです。

統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に対する攻撃

これらの背景は、日本における統一教会(世界平和統一家庭連合、「家庭連合」)の状況や、その宗教法人格を剥奪する動きに対する私たちの懸念を理解する上で重要です。統一教会・家庭連合は、反カルト運動家によって、「洗脳」を用いる「カルト」として攻撃される宗教団体の典型例です。

日本では、統一教会・家庭連合に対する攻撃は1987年以来、全国霊感商法対策弁護士連絡会(「全国弁連」)が主導してきました。全国弁連を設立した弁護士のほとんどが政治的な動機を持っていたことを多くの報道や学術文献が述べています。全国弁連は、反共活動及び反共保守派政治家への支援を効果的に行っていた統一教会及び統一教会と同じ創始者が始めた国際勝共連合とを、攻撃したいと考えたのです。

「霊感商法」問題

「霊感商法」とは、購入者に霊的恩恵をもたらすとして物質的価値をだいぶ上回る価格で販売された特定工芸品の販売を批判するために、統一教会の反対者がレッテル貼りした用語です。実際には、統一教会は組織としてこのような販売活動に関与してはいませんでした。一部のメンバーが行っていたことです。統一教会はこの分野での逸脱行動に対し措置を講じ、2009年のいわゆる「コンプライアンス宣言」以降、統一教会信者によるこのような販売活動は実質的になくなりました。安倍元首相暗殺事件前には、苦情件数は年数件にまで減少し、こうした販売活動は過去の問題と見なされ得る状況でした。統一教会・家庭連合は、この問題だけでなく他の件でも、刑事事件で有罪とされたことは一度もなく、宗教法人格剥奪を正当化する条件は全く存在しません。

ほとんど機能していなかった「霊感商法」反対キャンペーンが安倍元首相暗殺事件後に復活したのです。あらゆる宗教団体で一般的な単なる献金が、「非物質的な霊感商法」という奇妙で自己矛盾した言い方をされるようになりました。

家庭連合信者に対する強制的脱会説得による人権侵害

しかし、これらの議論の中で欠落していたのは、より深刻な犯罪である強制的脱会説得でした。この悪辣な犯行は、日本では統一教会に反対する弁護士らによって積極的に支援され、1970年代から2015年に後藤徹氏の事件で最高裁判決が下されるまで続きました。後藤氏は家族と脱会説得者により12年以上にわたって監禁された統一教会信者です。甚大な暴力と苦しみが伴う強制的脱会説得は、日本における統一教会・家庭連合とその反対派との間の熾烈な関係を理解しようとする際に、常に考慮されるべきです。

反教会活動における背教者の役割:イギリス政府の対家庭連合事件の失敗

他の類似事例同様、統一教会・家庭連合に反対する活動は、ほんの数人の背教者にほぼ依存しています。その中の1人は「小川さゆり」という仮名を用い、反統一教会の全国弁連により大々的に宣伝され、日本の首相にまで紹介されました。他の背教者同様、彼女の話の主要かつ重要な部分は明らかに虚偽であり、国際的な宗教の自由に関する専門誌『Bitter Winter』(過去4年間の米国国務省の宗教の自由に関する報告書で200以上の記事が信頼できる情報源として引用されている)や、受賞歴のある日本のジャーナリスト福田ますみ氏によって明らかにされています。

これは意見の次元の問題ではありません。小川さゆり氏の両親は、彼らの娘の話が誤りであることを証明する数十の文書を提出しています。両親の話は重要な証拠に裏付けられており、小川さゆりの話よりも真実味がないとの偏見を持つ理由はないため、首相や他の日本当局が小川氏の両親からも話を聞くべきだったと私たちは問題提起させていただきます。

重要な先例として、イギリス政府は、1984年に「反カルト運動」からの要請に基づき、イギリスの統一教会から「慈善団体の地位(日本の宗教法人格に非常に類似)」を剥奪すべく、背教者の統一教会に関する証言にほぼ全面的に依存するという不適切な行動を採りました。背教者の多くは、プロの強制的脱会説得専門家によって強制的に棄教させられており、大多数はイギリスやアメリカにおける反カルト運動の影響を受けていました。この事実が統一教会の代理人弁護士らによって暴露されると、政府の主張は崩れ、政府はその主張の完全な取下げを余儀なくされ、現在の価格で約6百万ドル(8.5億円)以上相当の費用を支払わされました。この事件の結果、イギリス政府は反カルト活動家との協力関係をやめ、その代わりINFORMという組織を通じて新宗教運動の学術的な研究者と協力するという決定を下しました。

小川氏などの背教者に依存することは、適正手続や正義の尊重までもが疑われる典型例であり、この件で深く憂慮されるところです。統一教会・家庭連合に対する敵対的証言が組織的に優遇され、攻撃的な反家庭連合活動家が家庭連合問題を扱う公式な委員会に参加し、それと異なる意見や証言が真摯に考慮されていないように私たちには見受けられます。

教会の自律的組織運営権に対する脅威

私たちはまた、宗教団体への献金や子どもへの宗教教育の分野に導入された措置について懸念しています。これらの措置は、家庭連合だけでなく、エホバの証人など他の団体に対しても、自分たちが良かれと思うところに従って自律的組織運営をなし、宗教上の原則に従って信仰生活を送る権利を危険にさらすものです。民主主義国家においては、彼らが多数派と異なることは、彼らへの保護をしなくなる理由にはなりません。少数派グループや極めて多くの反対者らを持つグループにも宗教・信仰の自由が保障されて初めて、宗教・信仰の自由が認められているといえます。

家庭連合の解散は、日本を国際的な非難に晒し、非民主的国家における宗教の自由の侵害を正当化する

宗教・信仰の自由に関する国際的コミュニティは、日本における現状を注視しています。なぜなら、今世紀の民主主義国家における宗教・信仰の自由に対する最も深刻な危機だからです。私たちは、日本国内及び国際社会において、宗教・信仰の自由を支持し擁護する全ての組織が私たちの訴えを支持すると期待しています。家庭連合の解散は、中国やロシアの少数宗教に対して採られる措置に匹敵するものであり、民主主義国では前例のない行動です。また、日本を国際的非難に晒すことになります。さらに、日本政府がこの行動を進めた場合、世界中の独裁的・全体主義的国家による宗教団体への攻撃を正当化することになり、国際人権機関が行っている宗教の自由を保護する努力を損なうことになります。

私たちは、日本政府に対して、以下の3点を強く求めます。

1 強力で財力豊かな党派性のある敵対勢力に対峙している団体を含む、日本で活動する全ての宗教・信仰団体の宗教・信仰の自由を保護すること
2 宗教・信仰の自由に対し脅威となる措置を取り下げること
3 家庭連合が、宗教法人として、信教の自由を平和に行使できること

私たちの申入れに目を通して頂けましたことを心より感謝申し上げます。

心を込めて

ウイリー・フォートレ

ヤン・フィゲル

マッシモ・イントロビーニエ教授

アーロン・ローズ博士

署名者紹介:

ウィリー・フォートレは、ベルギー教育省やベルギー議会で職責を務めたことがあります。1988年に彼が創設しブリュッセルに拠点を置く国連NGO「国境なき人権」においてディレクターを務めています。彼の団体は、人権一般に限らず、歴史的な宗教、非伝統的な宗教、新宗教に所属する個人の権利も擁護しています。この団体は非政治的で、どの宗教からも独立しています。

彼は25以上の国々で人権と宗教の自由に関する事実調査を行ってきました。彼は様々な大学で宗教の自由と人権分野の講師を務めています。また、大学の学術誌に国家と宗教の関係についての多くの論文を発表しています。彼は欧州議会で複数の会議を主催しており、その中には中国における宗教・信仰の自由に関するものも含まれています。彼は長年に渡り、欧州機構、欧州安全保障協力機構(OSCE)、そして国連において宗教の自由のための提唱活動を展開してきました。

ヤン・フィゲルは、元欧州委員会(EU)教育委員(2004年?2009年)であり、スロバキアの元副首相(2010年?2012年)です。これらの職責に先立ち、彼はスロバキアのEU加盟交渉の主席交渉官及び外務省の国務長官として成功を収めてきました。1989年、スロバキアのキリスト教民主主義運動(KDH)の創設に参加し、2009年から2016年まで党首を務めました。彼はスロバキア議会の副議長として4年間務めました(2012年?2016年)。

2016年から2019年まで、彼はEU外での宗教・信仰の自由促進のための初代EU特使として任命され、キューバ、イラン、パキスタン、スーダンで、宗教・信仰の自由を侵害された受刑者の釈放に重要な役割を果たしました。

彼は現在、国際信教・信仰自由連盟という政府間ネットワークの国際専門家評議会員であり、また国際宗教自由サミットという市民社会主導組織のグローバル・リーダーシップ評議会委員でもあります。

マッシモ・イントロヴィーニェは、イタリアの宗教社会学者であり、主流学術出版社から出版された70冊以上の宗教社会学分野の書籍の著者です。2011年には、アメリカとカナダも参加する欧州安全保障協力機構(OSCE)において、「人種差別・異文化排斥・宗教的不寛容及び差別」廃絶分野の代表を務めました。2012年から2015年までは、イタリア外務省が設立した「宗教の自由監視機関」の議長を務めました。彼は宗教の自由と人権に関する日刊誌『Bitter Winter』の編集長でもあります。

アーロン・ローズは、ヨーロッパの宗教の自由フォーラム会長及び国際教育ネットワークであるコモン・センス・ソサエティの上級幹事です。彼は1993年から2007年まで国際ヘルシンキ人権連盟の事務局長を務め、その後、イラン人権国際キャンペーンの創設者となりました。ローズは『人権の軽視』(Encounter Books、2018年)などの著書や、ウォールストリートジャーナル、ニューヨークタイムズ、ニューズウィークなどの出版物に多数の記事を執筆しています。彼は、人権への貢献に対してオーストリア共和国の名誉市民に任命されるなど、様々な栄誉を受けています。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

https://bitterwinter.org/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%9c%e7%b5%b1%e4%b8%80%e6%95%99%e4%bc%9a%e3%83%bb%e5%ae%b6%e5%ba%ad%e9%80%a3%e5%90%88%e3%81%ab%e5%af%be%e3%81%97%e3%81%a6%e4%bf%a1%e6%95%99%e3%81%ae%e8%87%aa/

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ22


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

米国務省の信教の自由に関する2023年版報告書:敵に厳しく、味方に甘い

05/29/2023MASSIMO INTROVIGNEA

中国、ロシア、イラン、パキスタンの悪行に関しては素晴らしい記述、米国の政治的同盟国による信教の自由侵害に関しては控えめな表現

マッシモ・イントロヴィニエ

ブリンケン国務長官
2023年版報告書をメディアに紹介するアントニー・J・ブリンケン米国務長官。出典:米国国務省

もともと中国問題だけを取り扱う雑誌として2018年に発行を開始した『Bitter Winter』は、毎年、米国務省の信教の自由に関する報告書の中国の項目を称賛と感謝の思いをもって読んでいる。この報告書は常に包括的であり、学術的なアプローチはとっていないものの、情報が豊富で分析が深く、中国内の宗教に関する最高度の学術的な文書に匹敵すると言ってもよいだろう。2023年の報告書は2022年を対象としており、チベット仏教徒やウイグル族およびトルコ系イスラム教徒を始め、カトリックの「良心的兵役拒否者」やプロテスタント系家庭教会に至るあらゆる宗教に関して、中国における宗教または信仰の自由(FoRB)の状況はさらに悪化していると指摘している。

また、「中国政府は、CAG(全能神教会)や法輪功などの宗教団体を『カルト』と見なし、学齢期の子供たちを対象にした『邪教』に対するプロパガンダを続けている」と正しい記述がなされている。人権擁護団体によると、中国政府は中国共産党が政権に敵対的であるとみなすあらゆる団体を「邪教」に分類するようになり、裁判所は、「邪教」として公式リストに載っていない団体にも「邪教」に対する処罰の適用を増加させている。

特にこの報告書では全能神教会の年次報告書を引用し、「1年の間に、当局は数千人の会員を逮捕し、そのうちの何人かに強制教化や、殴打、睡眠遮断、そして体に負担がかかる姿勢の強要などの身体的虐待を行い、少なくとも14人が死亡した」と指摘している。

「Bitter Winter」の読者にとってこれらのことに聞き覚えがあるとすれば、それは例年と同様、国務省の報告書の中国に関するセクションが、ほぼすべての項目において本誌を引用し、多数の本誌記事に依拠しているからである。さらに重要なことは、報告書が具体的な事実や事件に関して信頼できる情報源として「Bitter Winter」を引用しているだけでなく、中国における宗教的自由の悲惨な状況についての本誌の分析の重要な要素も共有しているということである。

中国における全能神教会の迫害
中国における全能神教会(CAG)の迫害を描いた匿名のCAGアーティストの作品

また、ドイツ(差別的な「セクトフィルター」について)やロシアに関する項目でも本誌が引用されていることからわかるように、中国以外の国の宗教または信仰の自由の侵害に関する本誌の比較的新しい項目がこの報告書の情報源となっていることも嬉しいことである。ロシアの状況は以前よりも悪化していて、「当局は『過激派』、『テロリスト』、そして『望ましくない』と指定されたグループを信仰していたり、所属していたり、または関係をもっていたりすることを理由に、調査、拘留、投獄、拷問、身体的虐待、財産の押収を続けており、そこにはエホバの証人、クリミア・タタール人のメジュリス、ヒズブ・タハリール、タブリージャマート、トルコのイスラム神学者サイード・ヌルシの信者、サイエントロジー教会、法輪功、そして複数の福音主義プロテスタント教会などが含まれている」という報告に私たちも同意している。

パキスタンに関する項目の報告者は、特定の情報源についてほとんど言及せず、しばしば「人権団体」や監視団からの情報であると一般的に述べているが、私たちは「Bitter Winter」が欧米における唯一のあるいは最初の情報源である項目をいくつか確認している。しかしさらに重要なのは、パキスタンが、アフマディー教団、ヒンズー教、キリスト教などの少数派宗教の信者にとって「信仰を理由に残酷、非人道的、または卑劣な扱いや不法監禁を受ける国」であるという私たちの評価を、この報告書が権威をもって確認したということだ。そしてこの報告書には、バハイ教の信者に対する「組織的な迫害」について貴重な詳細が記載されたイランに関する報告をはじめ、他にも多くの優れた項目が存在する。

イランのバハイ教の学生の秘密の会合
(国の高等教育システムから排除されている)イランのバハイ教の学生の秘密の会合

米国務省の年次報告書を作成している部署の友人であり称賛者でもある私たちには、いくつかの批判的な意見も述べることが許されるであろう。2023年の世界は、2022年の世界とは違う。民主的な国々がロシアによるウクライナへの侵略戦争と中国による台湾への新たな脅威に直面していることで何かが変わった。米国務省はNGOではない。政治的な機関であるので、宗教または信仰の自由に関しても、敵や競争相手とみなされる国と、米国の同盟国との区別が考慮されるのは理解できる。

それにしても、2022年には民主主義国家でも宗教または信仰の自由に関して非常に深刻な問題が見られたことで、宗教的不寛容のウイルスから免れる国はないという多くの専門学者の分析が事実だったと確認された。特に、2020年にUSCIRF(米国際宗教自由委員会)によりそのルーツと基本的に詐欺的な性質が暴露された『反カルトイデオロギー』により不当に「カルト」の汚名を着せられているグループにとっては非常に深刻な問題となっている。

政治的な背景を考えると、同盟国にも宗教または信仰の自由の侵害問題が存在することが行間から伝わってくるのだが、その記述は必ずしも強くないのである。最も顕著な例が日本である。日本では2022年に安倍晋三元首相が、彼の統一教会(現在は世界平和統一家庭連合)に対する友好的な態度を成敗したかったという男に暗殺された。

暗殺者は、現在も家庭連合の会員である母親が、家庭連合へ過度な献金をしたことで2002年に破産したと主張している。暗殺事件後、家庭連合に対する空前の誹謗中傷キャンペーン が行われ、それはエホバの証人など「カルト」のレッテルを貼られた他の団体にも及び、宗教運動が献金を募る自由や、宗教団体の信者が自分の子供を信者にすることを制限する法律や規制をもたらす結果となった。

報告書では、「9月と10月、パリに拠点を置くNGO、『良心の自由のための団体と個人の連携(CAP-良心の自由)』は国連人権委員会に一連の声明を提出し、安倍元首相暗殺以来、統一教会が日本で『不寛容、差別、迫害のキャンペーン』の被害者となったと述べた。統一教会側は、否定的なメディアの注目の結果、メンバーが攻撃、暴行、殺害予告を受けたと述べている」と報告している。さらに同報告書は日本の新法に対して、宗教または信仰の自由に関する懸念を表明している。

ティエリー・ヴァレ氏
CAP-良心の自由のティエリー・ヴァレ氏oの写真:ピーター・ゾーラ―

しかし同報告書は、家庭連合やエホバの証人に対する攻撃は「信教の自由に関することではなく」、会員や社会に与えた「害」に関するものであるという典型的な反カルトの立場も同じように扱っている。また、カルトのレッテルを貼られたグループの「背教者」である元メンバーの公での証言にも言及しているが、そのような「背教者」の中で最も目立つ元家庭連合メンバーの小川さゆり(仮名)の話が、賞も受賞している日本のフリー・ジャーナリストによってほとんど嘘だと論破されていることは無視されている。

私たちは信教の自由に関する報告書において、信教の自由に反対する人々と賛成する人々の立場が同等に尊重されるべきだとは思わない。正直なところ、私たちは、特定のグループに「カルト」のレッテルを貼ることを偏見とみなすアメリカの伝統的な立場を、日本の状況の報告においても貫いてほしかったと思っている。同じ2023年の報告書のロシアと中国に関する項目においては、この立場が繰り返し取られているからである。

米国の同盟国であるということで、宗教または信仰の自由の侵害で「ソフト」な扱いを受けているもう一つの事例がフランスである。報告書は「分離主義」に対する法律への異議申し立て、当局のイスラム恐怖症に対する非難、フランス政府の反カルト機関MIVILUDESによるエホバの証人に対する横柄な扱いについて言及をしてはいる。

報告書には「エホバの証人は、セクト的逸脱行為関係省庁警戒対策本部(MIVILUDES)の会長が5月にポッドキャストに出演し、そこでエホバの証人が自分たちに関して『明らかに事実と異なる』情報だと報告している内容を特集したと報告している。内務省はこのポッドキャストをウェブサイトに掲載し,他の政府機関もこのアカウントをリツイートした。11月、同省は,ポッドキャストの内容に対する異議を詳述したエホバの証人の声明を掲載した。また、エホバの証人は年次報告書の中で、MIVILUDESがエホバの証人をフランス語で否定的な意味合いを持つ「セクト」とした根拠となる情報を開示する法的義務を果たしていないとも述べている。エホバの証人はさらに,MIVILUDESが「セクトの異常」を記述した年次報告書は,客観的な調査をほとんど受けていない匿名の苦情に基づくものであると述べている」と記載されている。

エホバの証人
パリで伝道するエホバの証人たち 出典:jw.org。

同報告書はまた、「3月23日、サン=ドニ市長は、サイエントロジー教会が同自治体内で購入した建物を改修し、本部と修練所にすることを許可する許可証に署名した。前年の2021年12月、裁判所はこのような許可を拒む自治体の政令は『権力の乱用』であると判断した」と言及している。しかし同時に、フランスでは 「サイエントロジー教会は宗教団体ではなく、世俗的な団体の地位にある」と、誤った報告もしている。

批判的なコメントもあるが、宗教の自由を常に侵害しようとする反カルトのMIVILUDESや、民間の反カルト団体に対するフランス政府のスポンサーシップという組織的な問題を考えると、それらはどこかマイルドなものだ。フランスにおけるサイエントロジーとエホバの証人に対する嫌がらせは、言及された事件をはるかに超えており、他のいくつかのグループも不当に標的にされている。

最後に、台湾を保護し支援する必要性を理解しつつも、「この1年間、信教の自由を侵す重大な社会的行為の報告はなかった」という報告文書にはいささか違和感を覚える。私は4月に代表団を率いて台湾を訪れ、4つの大学で行われた会議に参加し、管理院と立法院を訪問し、この2つの機関の指導者と面会した。学識経験者、政治家ともに、特定の宗教・精神運動に影響を与えている税務問題や、国際的な専門メディアや学術雑誌で何十本もの研究・論文が掲載されている太極拳事件については非常によく理解していた。報告書が太極拳事件にまったく触れなかったことは理解しがたいものである。

台湾訪問
4月に台湾を訪問し立法院(国会)院長の游錫?氏と面会したCESNUR-Human Rights Without Frontiers-Bitter Winter代表団のマルコ・レスピンティ、ロジータ・ショリテ、ウィリー・フォートレ。

先に述べたように、この論評は、国務省の報告書の多くの優れた、非常に素晴らしい項目を読むことや、貴重な資料とすることを妨げることを目的としたものではない。米国の重要な同盟国である特定の国に対する過剰ともいえる甘さについては、ウクライナ戦争による一時的な現象であることを祈るばかりである。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

https://bitterwinter.org/%E7%B1%B3%E5%9B%BD%E5%8B%99%E7%9C%81%E3%81%AE%E4%BF%A1%E6%95%99%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%94%B1%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B2023%E5%B9%B4%E7%89%88%E5%A0%B1%E5%91%8A%E6%9B%B8%EF%BC%9A%E6%95%B5/

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ21


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

日本の宗教献金法 4. 洗脳の復活

02/04/2023MASSIMO INTROVIGNEA

洗脳は、新宗教研究家らによって、すでに20世紀に疑似科学として論破されていた。それが今、日本で復活している。

マッシモ・イントロヴィニエ

4本の記事の4本目

岸田首相
「洗脳」が存在すると説得されたのか? 日本の岸田文雄首相。出典:日本政府

献金に関する日本の新法には、非常に問題のある第3条第1項があり、寄付者の「自由意思を抑圧」することによって寄付を得る可能性に言及している。

この言葉がどのようにして法律に盛り込まれることになったのかについては、日本のメディアも伝えている。ある記事によると、この法律が議論されている間、「一部の野党や弁護士から、『洗脳』の結果として金銭が支払われた場合、寄付の取り消しや疑わしい団体の構成員の処罰を可能にする条項を設けるよう求める声が上がったという。こうした声を受け、岸田内閣は、寄付者の『自由意思を抑圧しない』ことを法人に求める条項を盛り込むことを決めた…。」

私は、既に信憑性が否定された「洗脳」のような概念を日本が法制化したがっているという私の最初の理解が正しかったことを、ここで確認することができた。問題は、寄付を募る宗教家と寄付候補者との対話の中で、後者の「自由意思を抑圧」することが本当に可能かどうかである。私は寄付者が心神喪失状態にある場合を除外しようと思う。なぜなら、この場合、一般的に言って、彼らの意思は「自由」ではなく、したがって、抑圧されるべき自由意思は存在しないからである。

精神的な判断能力のある正常な人に限って言えば、宗教活動で行われているとされる「洗脳」の問題は、宗教研究者の間で最も議論されたことの一つである。その圧倒的多数が、すでに前世紀に、洗脳は人気のない少数派宗教を差別するために使われる疑似科学的理論であると結論付けている。

古くは、宗教の中にはあまりにも奇妙なものがあり、正気の人間が入信することは考えられないと主張された。そのような宗教の入信者は、黒魔術を使われたに違いない。この理論は、中世から近世にかけてのヨーロッパでは異端者に対して、中国では中世以降「邪教」(「異端の教え」のことであり、最近の西洋の言葉では「邪悪なカルト」と訳される)に対して、のちに日本ではキリスト教徒に対して使われた。19世紀には、黒魔術は催眠術に世俗化され、例えばモルモン教が催眠術で改宗者を獲得したと言われた。

「洗脳」は、冷戦時代、CIAが中国やソ連に対するプロパガンダのために作った言葉である。CIAの工作員で「マイアミ・デイリー・ニュース」記の肩書きを持つエドワード・ハンターが1950年に「洗脳」という言葉を作り、それはソ連や中国が「普通の」市民を共産主義の狂信者に変えるために使う不思議な手法であると主張した。

エドワート・ハンターの「洗脳」
CIA工作員エドワード・ハンターが1950年に「洗脳」を「発明」。Twitterより。

皮肉なことに、冷戦初期の激しい論争が収まると、左翼の精神科医と共産主義者はその後数十年間、共産主義ではなく、宗教を攻撃するために「洗脳」という言葉を用いた。彼らは、ほとんどの宗教的回心は、邪悪な精神操作のテクニックが働いているという前提なしには説明できないと主張した。

精神科医のウィリアム・サーガントは、1957年の著書『心の戦い』で、洗脳はすべての宗教で行われていると主張したが、彼はキリスト教を最もひどい例として挙げた。しかし、反カルト運動が成長したその後の数十年間、アメリカの心理学者マーガレット・シンガーなどの反カルト主義者は、すべての宗教が洗脳を行うわけではないと主張した。まっとうな「宗教」は信者を洗脳しないが、一部の宗教だけが洗脳を行っていて、それは「カルト」だと主張したのである。

その後、学界と法廷の両方で激しい論争が繰り広げられた。宗教学者の多くは、シンガーとその追従者を知的詐欺師として非難し、反カルト主義者が気に入らないのは特定の宗教活動の説得技法ではなく、その教義であると主張した。民主主義国家の法廷で教義を攻撃することは不可能なので、彼らは、彼らが嫌う運動が洗脳によって信者に損害を与えていると主張することで、宗教そのものに対する批判ではなく表面上世俗的理由による批判を始めたのである。

マーガレット・シンガー
マーガレット・シンガー。

新宗教運動の現代科学的研究の創始者であるアイリーン・バーカーは最近、「洗脳のような概念を使う人は、しばしば、その結果に到達した過程よりも結果をもとに判断している。彼らは、自由意思でその結果に到達するような人がいるということは受け入れがたいと主張している」と書いている。

バーカーはまた、1984年に発表した統一教会に関する代表的な研究において、文鮮明師の運動によってアプローチを受けた者のうち入信する者の割合と、数年後自然離脱する者の割合は、主流の宗教で見られるものと同様であり、比較的に低いことを実証した。これらのデータは、現在日本で見直されている、統一教会が「被害者」の「自由意思を抑圧」することができるという説とは相容れない。

アイリーン・バーカー
アイリーン・バーカーは1984年に出版した統一教会への入信に関する本で、「カルト」は「宗教」とは異なり信者を入信させるために「洗脳」を用いるという説を否定している。

この戦いは結局、「洗脳」も「自由意思の抑圧」もないことを実証した学者たちが勝利したのである。ほとんどの民主主義国家で、裁判所は洗脳説を否定した。イタリアでは、1981年に憲法裁判所が「プラッジョ」(ファシスト政権によってイタリア法に導入された「洗脳」に似た犯罪)に関する刑法の条文を削除した。米国では、1990年のカリフォルニア州北部地区連邦地方裁判所の「フィッシュマン」判決により、新宗教運動を攻撃するための洗脳理論の主張に事実上終止符を打った。学界では、ウィリアム・アシュクラフトが2018年に出版した新宗教運動の学術研究に関する権威ある教科書で述べたように、「洗脳」を信じて反カルト運動を支持するごく少数の学者は、宗教学の本流から離脱して、「カルト研究」という反体制の分科会を設立しなければならなかったが、それは「主流の学問ではない」のである。

フランスは世俗的ヒューマニズムの伝統が強いので例外だったが、2001年に「カルト」に対する法律が成立したときでさえ、学者、主要宗教者、及び上級裁判官の広範な抗議によって、議会は当初の草案にあった「精神操作」への言及を削除した。ただし残念ながら「被害者」の一部が置かれるかもしれない「心理的服従」状態への言及は残った。スーザン・パーマーや他の研究者が示したように、フランスの法律の施行は、弱者に強く、強者に弱いものであった。その結果、最高の弁護士や専門家を動員する資源のない小さな団体の指導者が有罪判決を受け、投獄されることになった。一方、大きな団体は抵抗し、宗教活動が信者の自由意思を抑圧するために強力な技術を用いるという主張は単なる疑似科学的神話であると法廷を説得できたのである。

当然のことながら、日本の反カルト主義者たちは、宗教的自由のより強い伝統を持つ米国や他の国々の好例にではなく、フランスとその2001年法の悪い例に日本が従うべきことを示唆している。

「洗脳」、「マインド・コントロール」、「霊感商法」と呼ばれる手法によって、入信者、信者、寄付者の「自由意思を抑圧」することは可能なのか? 新宗教運動を真剣に研究してきた圧倒的多数の学者達の答えは「ノー」である。日本の新法における自由意思の抑圧への言及は、混乱とエンドレスな法廷闘争、そして宗教の自由への深刻な脅威を生み出すだけであろう。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ20


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

日本の宗教献金法3. アメリカの先例

02/03/2023MASSIMO INTROVIGNEA

1931年、カリフォルニア州最高裁判所は、画期的な事件である「People v. Blackburn」において、いかに小さな宗教運動であったとしても、霊感による宗教的知見を述べて献金を集める行為は宗教の自由の一環として保障されると判示した。

マッシモ・イントロヴィニエ

4本の記事の3本目

メイ・オーティス・ブラックバーン
「People v. Blackburn」事件で有名なメイ・オーティス・ブラックバーン。Twitterより。

これまで見てきたように、日本の新法は、「霊感のある」指導者による約束や、想像上の不幸による「恐怖」に基づく献金を禁止している。私は前回の記事で、このような曖昧な言い回しはすべての宗教に対して脅威であると主張した。なぜなら、悟りやより良い死後の世界についての約束は、当然のことながら経験的に検証することができないからである。

日本の反カルト主義者は、「真面目な」宗教による約束がある一方、統一教会のような「カルト」による約束もあるのだと異議を唱えるかもしれない。しかし、世俗的な裁判所には「良い」宗教と「悪い」宗教を区別する資格はないし、宗教の自由は、最もマイナーで人気のないグループにまで保護を提供するものであってこそ価値があるのである。

私はこの点を説明するために、特にアメリカにおけるいくつかの判例を引用することができるが、ここでは、後のアメリカの判例でしばしば引用される1931年のカリフォルニア州最高裁判所の「People v. Blackburn」判決に焦点を当てることにする。これから詳しく説明するが、この事件はやや極端である。だからこそ私はこの事件を選んだのだ。宗教の自由は、たとえどんなに小さな、そして「奇妙な」宗教への献金であってもそれが守られてこそ、真に保障されているということをこのケースは示しているのである。

この事件は、「グレート・イレブンの王家の武器からの聖なる命令」に関するものである。グレート・イレブンと略称されるこの団体は、1922年にメイ・オーティス・ブラックバーンによって設立されたロサンゼルスの新宗教団体である。

ブラックバーンはアイオワ州ストームレイクに生まれたが、オレゴン州ポートランドで聖書や宇宙に関する彼女の数秘術的思索の信奉者を集め始め、1918年にカリフォルニアに移った。そこでメイは、自分と娘のルースが黙示録に記されている「2人の証人」であり、ガブリエルや他の天使たちから啓示を受けていると説いた。ガブリエルは、その啓示をすぐに一冊の本にまとめるように命じた。その本は、聖書の新しい解釈や宇宙の起源と運命について、これまで知られていなかった秘密を明らかにするだけでなく、出版そのものが終末的な出来事を引き起こし、メイとその娘を含む神に任命された11人の女王がハリウッドに宮殿を持ち、千年王国支配に導くというものであった。

グレート・イレブンにまつわる法的な話は、石油王ジョセフ・ベンジャミン・ダブニーの甥、クリフォード・リチャード・ダブニーがブラックバーンを訴えたことに端を発する。若い方のダブニー氏はグレート・イレブンに不満を抱く元信者で、この活動と有名な天使の書籍の出版を支援するために、石油会社の株式や土地と共にかなりの高額献金をするよう詐欺的に説得されたが、結局書籍は出版されなかったと主張した。彼は、高額献金と叔父との不和で、殆ど破産しかけたと主張した。ブラックバーンは逮捕、起訴され、1930年3月2日、ロサンゼルス郡裁判所により重窃盗罪で有罪判決を受けた。

法廷でのメイ・ブラックバーンと娘のルースさん
法廷でのメイ・ブラックバーンと娘のルースさん。Twitterより。

陪審員たちはグレート・イレブンの夫婦について、亡くなった若い娘がすぐに復活することを願い、埋葬せずにミイラ化して様々な場所に保存していたとか、虐待を行った末に失踪したルース・ブラックバーンの夫に対する殺人の可能性に至るまで、酷い証言を聞いたのだった。

1931年11月30日、カリフォルニア州の裁判官は、1931年3月23日に地裁判決を覆したカリフォルニア州控訴裁判所第二地区第一部の判決を維持しつつ、1930年の裁判で献金事件と全く関係のない事実に関する証拠を明らかに偏見を与える目的で提出して陪審員に示した検察官を厳しく叱咤した。

判事たちがグレート・イレブンに全く同情を示していないことに留意すべきである。実際、判事らはこの宗教活動について「人生と救済に関する構想全体は、極端な不条理に満ち一貫性に欠ける架空のものであり、理性的な心がなぜこのような幻想的な妄想に取り付かれるのか不思議である」と述べているのである。

しかし最高裁は、このような妄想を利用して精神的な判断力が低下している者を餌食にすることは違法であると指摘しつつも、「本件訴訟においては、被告自身が語った役割を受け入れた人々の精神的判断力が低下させられたとの主張はなかった」と判示し、クリフォード・R・ダブニーは、グレート・イレブンのメンバーでありながらビジネスマンとして完全な判断力を有しており、自らの意思で献金したのだと認定した。

最高裁は、ダブニーらは、聖書の奇妙な解釈を受け入れたが、精神的判断力を有しており、自由意思でそれを行ったと結論づけた。判事らによると、ダブニー氏が献金した時点での彼の視点からすると、彼は現世においても来世においても明るい未来が待ちうけていると信じていたのであり、「手に入れたいと欲した貴重な賜物に比べれば、支払った僅かばかりの現金(中略)は彼にとっては取るに足らないものだった」のだから、彼の選択には合理性があったというのである。

カリフォルニア州最高裁判所は、グレート・イレブンの教義を「不条理」と判断する誘惑には勝てなかったものの、最終的には信教の自由を強力に示し、ブラックバーンが本当に天使と会話し啓示を受けたのか否か、そしてまたダブニーを含む彼女の信者に輝かしい千年の運命を保証する立場にあったのか否かを世俗的裁判官が調査することは禁じられているという原則を判示するに至ったのである。

最高裁判決を伝える「ロサンゼルス・タイムズ」
最高裁判決を伝える「ロサンゼルス・タイムズ」。

カリフォルニア州最高裁判所は、「通常人が持たない霊的な力や知識の保有に対する人々の主張を制限したり規制するいかなる立法的試みも、政府が始まって以来憲法の障壁によって保障されてきた宗教の自由とその特権の領域への国家による危険な侵入として拒絶されるであろう。(中略)検察側の証拠によれば、本件訴訟におけるこの力は、聖典に記された神の言葉に従って、神から得られたと被告人は主張していた。その書物の記録は公開されており、誰でも望む者はすべて、人間が到達できる聖なる力の範囲や程度を自分自身で解明することができる。各人が自由に解釈することができるのである」と述べている。

ダブニーはお金を取り戻せず、メイ・ブラックバーンは1951年に亡くなるまで、小さな運動のままではあったがグレート・イレブンを続けることができた。

このように、”People v. Blackburn “裁判は、元信者の背教者(宗教団体の過激な反対者となった元信者)が数十年後に「洗脳」と呼ばれるようになるところの何かが働いていると示唆したことに対する初期の判決となったのであり、メディアによるセンセーショナルな報道に対してカリフォルニア州最高裁判所は健全な懐疑心をもって対処したのである。その裁判官は、不人気な信仰を公言して献金を募ることは犯罪ではない、との原則を繰り返した。

上訴審裁判所が判示したように、「被告とその信者の信仰がどれほど不条理に見えるかは問題ではない。(中略)法律によって禁止された目的を共謀するのでない限り、被告人には信仰に基づいて結社する権利があり、彼女の信奉者たちも彼女と共に結社し、共同体を形成する権利を有するのである。そしてもしこうした組織の目的のために彼らの金員を投入することを選ぶとするなら、それは国家が禁止する犯罪にはならない。」

より最近の判決もあるが、全ては1931年の判決で語られている。日本の法律が言うように、宗教家の中には「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見」を持つと主張し、それに基づいて信者に献金を求める者がいる。カリフォルニア州の最高裁判所は、「通常人が持たない霊的な力や知識の保有に対する人々の主張」ならびに献金を募る彼らの自由を「制限したり規制するいかなる立法的試みも、宗教の自由の領域への国家による危険な侵入として拒絶される」べきであると判示している。この「危険な侵入」こそ、今まさに日本で起きていることなのである。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

https://bitterwinter.org/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e5%ae%97%e6%95%99%e7%8c%ae%e9%87%91%e6%b3%95%ef%bc%93-%e3%82%a2%e3%83%a1%e3%83%aa%e3%82%ab%e3%81%ae%e5%85%88%e4%be%8b/

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ19


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

日本の宗教献金法2. 「恐怖」と宗教的詐欺行為

02/02/2023MASSIMO INTROVIGNEA

新法は、現世や来世での不幸を「恐れる」ことや、「霊感のある」教師への信頼に基づく寄付を禁止しており、実際にはあらゆる宗教に疑いの目を向けている。

マッシモ・イントロヴィニエ

4本の記事の2本目

カトリックのミサで献金が集められたドイツの古い箱
カトリックのミサで献金が集められたドイツの古い箱。

2022年12月10日に日本の国会で成立した、いわゆる宗教献金法第4条第6項は、「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見」として、「本人又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、そのままでは現在生じ、若しくは、将来生じうる重大な不利益を回避することができない」と述べて寄付を勧誘することを禁じている。

第4条第6項はこの法律の中心であり、その適用範囲は宗教に対する献金だけに限定されてはいないが、特に宗教に適用され得る規定となっている。実際、宗教の知見は 「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力」に基づく知見の典型である。

この規定は、法律と同じくらい古い問題について規定している。すなわち、宗教に詐欺があり得るのかという問題だ。まず、詐欺とは何かということを理解する必要がある。 “fraud(詐欺)”は「破る、犯す、損害を与える」という意味のギリシャ語の動詞に由来し、西洋では他の多くの法律と同様に詐欺に関する法律もローマ人によって作られた。“fraud”はラテン語の “fraus”に由来する。ローマ人にとって詐欺は重要でなかったわけではない。実際、ローマ神話のマーキュリー神(ギリシャ神話のヘルメスに相当)の助力者であるフラウス女神は、商業とコミュニケーションの神であると同時に詐欺師として描かれていた。

ギリシャ文化では詐欺の評価は曖昧であり、正しい動機で行われるものは許容された。神話の英雄ユリシーズは、有名なトロイの木馬でトロイ人を欺いたことで高く賞賛された。ローマ人はなぜかより道徳的で、詐欺に対してそれほど寛容な見方はしなかった。キケロは、善良な市民にしたくないことをさせるには、ライオンのやり方である暴力と、キツネのやり方である詐欺の2つの戦略があると指摘した。後者にはライオンのような高潔さはなく、より卑しいものであるとみなされていた。

ローマ時代の法律家達が“omnis definitio periculosa”つまり法律においては「すべての定義は危険である」という有名な言葉を残したのは、まさに詐欺についてだった。何世紀も経って、アメリカの最高裁判事がポルノについて同じことを言った。「見ればわかる」。 しかし実際には、ローマ人でさえ、詐欺とは何かについて議論した。

ローマ人は、彼らの後裔に当たる中世のキリスト教徒たちほどには悪人の主観的な動機に関心を抱かなかったが、虚偽の約束や言説に基づいて金銭その他の財産を付与するよう説得することを詐欺と捉えた。ローマの偉大な法学者ウルピアヌスは、今日でも通用する例を挙げている。自分のものではない家を売ったり、「今日お金を渡してくれれば私が購入途上の高貴な宝石を追って受け取ることにができる」と約束したりしつつ、その後に姿を消し、被害者にはお金も宝石も残らないといったケースである。

ウルピアヌス像
ウルピアヌス像。ベルギー、ブリュッセルのパレ・デ・ジャスティス。

これらのケースで留意すべきは、物質的な財産を扱っていることである。特定の家や宝石は存在しないかもしれないが、家や宝石は物質的、物理的な世界に存在する。もし私が家や宝石を提供すると約束し、それらを提供するつもりがないのに相応のお金をポケットに入れたとしたら、詐欺を証明するのは簡単である。

しかし、ローマ人は、非物質的な利益の約束の方がはるかに問題であることをすでに知っていたのである。一つは所有していない家を売る約束をして後に所有者でなかったことが発覚することや、実在しない宝石を売る約束をすることだ。しかし、宗教的な悟りや死後の世界での報酬を約束するのはどうか。明らかに、家や宝石の場合と違って、「悟り」は物質的なものではないし、死後の世界で何が起こるかは当然証明できない。

ローマ人はこの問題に悩んだが、大方は、宗教の約束が建築業者や宝石商の約束と違うことを理解し、宗教だけは対象外においた。

その後、国教が存在し、宗教の自由がない状況では、支配的な宗教は寄付者によりよい来世を与えることを約束して献金を募っても妨げられず、それと競合する宗教は禁止されるか、かろうじて許容されるにとどまった。有名な例として免罪符をめぐる論争がある。カトリック教会の教えでは、亡くなった人間の多くは、そのままでは天国に行けるほど善人でもなければ地獄に行くほど悪人でもない。煉獄と呼ばれる場所で、罪を償うために時間を過ごすべきだというのだ。煉獄は決して快適な場所ではない。彼らは、そこにいる時間を短くすることはできないが、地上の親族や友人は、彼らの魂のためにミサを捧げるなど、適切な儀式を行うことによって、それができるのである。

16世紀になると、この教義は、死者のために金銭を提供すれば、彼らは自動的に煉獄から天国に行けると唱える説教者によって、やや陳腐なものとされた。これが、マルティン・ルターのローマ教会への反乱のきっかけとなった。彼は、「お金が賽銭箱に入ると同時に、魂は煉獄から飛び出す」というスローガンは宿敵であるドミニコ会の説教者ヨハン・テッツェルが唱えたと主張した。テッツェルはこのスローガンを使わなかったと現代史家は考えているが、金銭の提供が煉獄での魂の状態を緩和する可能性があるということは、当時のカトリック教会で一般的に教えられていた。

ドイツにおける免罪符の販売
ドイツにおける免罪符の販売、16世紀の木版画。Twitterより。

その他にも、献金が、生者にとってはより良い来世や輪廻転生を用意するための徳行であり、地上の親族や友人が死者に代わって献金すれば、霊界でより良い扱いを受ける可能性がある、といった教えを説く宗教は数え切れないほどある。

なぜ多くの人がこのようなことを信じるのであろうか。私たちのほとんどが知らない死後の世界について知っていると説く神父、牧師、ラビ、霊的指導者がそのように言うからだ。これこそまさに、「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見」である。霊的指導者や教師は、死後の世界に関する彼らの教えが真実であることを「合理的に実証」することはできない。そして、多くの信仰者は、自分自身や亡くなった親族のために、カトリックの煉獄や仏教の寒冷地獄で何世紀も過ごさなければならないような、あるいはカエルに生まれ変わるような「重大な不幸」を避けるために献金するのだ。

マルコによる福音書10章17-22節で、金持ちの青年がイエスのところにやってきて、どうしたら「永遠の命を受け継ぐ」ことができるかと尋ねた。イエスは、この青年のように正直に生きることは良い出発点であるが、天国を保証するものではない、と告げた。もし、「天にある宝」を確かなものにしたいのなら、「持っているものをすべて売って、貧しい人々に施しなさい」とこの青年は言われた。興味深いことに、現代の聖書学者の中には、ユダヤ人の宗教的な献金を制限していたローマの法律(彼らはローマに税金を払うためにお金を取っておくべきだということ)をイエスが批判しているとみる者もいるが、ここではイエスが権威を持って語っており、その知見がまさに「霊感その他の特殊能力に基づいている」ことがポイントなのである。

金持ちの青年にとって、全財産を放棄することは、物理的な世界では具体的で痛みを伴う出来事であった。「永遠の命」や「天国の宝」が与えられるというのは、日本の法律でいうところの「合理的に実証することが困難なこと」であった。もし青年が寄付するとしたら、イエスを「特別な能力」を持った「霊感」のある教師として信頼したからであり、また永遠の命に導く船を逃すことへの「恐れ」からであろう。

イエスと若き富豪
ハインリッヒ・ホフマン(1824-1911)「イエスと若き富豪」(1889年)。

これは、特定の宗教に限った献金構造ではない。すべての宗教の献金構造である。現世での悟りや来世での報酬を約束して献金を募ったり、信者により積極的に宗教活動をするように求めることが詐欺だとしたら、すべての宗教が詐欺になる。実際、これは宗教を敵視する啓蒙主義者やマルクス主義者の結論であった。しかし、この結論に民主主義政府は抵抗してきたのである。救いや悟りを逃すかもしれないという「恐れ」から、あるいは宗教の師や教会が霊感に基づく高次の知見の保持者であるという説得に基づいて行われる献金を禁止する日本が、いかにして新法第12条が命じるように信教の自由を尊重できるのかは全く明らかではない。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

https://bitterwinter.org/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e5%ae%97%e6%95%99%e7%8c%ae%e9%87%91%e6%b3%952-%e3%80%8c%e6%81%90%e6%80%96%e3%80%8d%e3%81%a8%e5%ae%97%e6%95%99%e7%9a%84%e8%a9%90%e6%ac%ba%e8%a1%8c%e7%82%ba/

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ18


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

日本の献金法1 不明瞭な文言

01/31/2023MASSIMO INTROVIGNEA

日本の国会は、「恐怖心」にかられ、寄付者の「自由意思」を抑圧されたとされる不正な寄付に関する法律を可決した。

マッシモ・イントロヴィニエ

4本の記事の1本目

日本の国会での衆参両議院会議
日本の国会での衆参両議院会議。ツイッターより。

2022年12月10日、日本の国会で、「消費者契約法の一部を改正する法律」と「法人等による寄付の不当な勧誘の防止等に関する法律」が成立した。

これらの法律は、政府や議員らが緊急性の高さを強調したため、異例にも週末に成立した。一体何がそれほど緊急だったのだろうか?

2022年7月8日、日本の安倍晋三元首相が奈良県で暗殺された。殺害したのは、山上徹也という人物だった。彼が安倍元首相を殺害した理由は、国連総合協議資格を有するNGO「天宙平和連合」が主催する2つのイベントに、2021年にはビデオで、また2022年にはメッセージを送ることで参加したことだった。同団体は故・文鮮明師が創設した統一教会(現在、世界平和統一家庭連合と呼ばれているが、メディアは「統一教会」あるいは「旧統一教会」を使い続けており、私もこれに倣うことにする)と繋がりがあった。

山上が統一教会を憎んでいたのは、20年前の2002年に母親が破産し、その原因が現在も母親が会員である統一教会への過度な献金にあると考えたからである。また、山上は文鮮明師の未亡人で現在の統一教会の指導者である韓鶴子博士の暗殺を計画していたが、最終的には安倍首相を殺害したのであった。

キャンペーンの事前準備をして機会を窺っていたのではないかと疑念を抱かざるを得ないほどに、ほぼ一夜にして統一教会の反対派はこの宗教運動に対して大規模かつ前例のない攻撃を開始し、文師の組織のせいでこの犯罪が起きたのだと、ほとんどのメディアと、世論調査を信じるなら日本の世論の大多数を説得した。

山上の母親が統一教会に献金していなければ、息子は統一教会に恨みを持たず、安倍を暗殺することもなかったという、歪んだ論法が用いられたのである。

安倍総理のビデオメッセージ
天宙平和連合主催のイベント「シンクタンク2022」での安倍総理のビデオメッセージ。スクリーンショット。

日本で統一教会関連団体が反共活動を成功させたことに何十年も反感を持っていた日本共産党をはじめ、安倍首相が所属していた与党自由民主党に対する反対勢力がこの流れに乗じた。統一教会に反対する弁護士の反カルト団体である「全国霊感商法対策弁護士連絡会」は、一夜にして国際的に有名になった。また、元統一教会信者の「背教者」は、その話が明らかに嘘である者も含めて有名人になり、日本の首相に迎えられるまでになった。

こうした扇動は二つの法的取り組みに集約されていった。一つは、統一教会・家庭連合の宗教法人としての地位を剥奪することを目的とし、もう一つは、宗教団体に過度な献金をする人々を保護するために既存の消費者保護法を改正することを目的とした。実は、「霊感商法」という言葉は、左翼メディアや反カルト主義者たちが、幸運をもたらすとか霊的な意味があると信じられている特定の品物を法外な値段で販売していることを暴露するために作り出したものであった。その後、「物品のない販売」、すなわち献金も含まれるようになった。

2022年12月10日、「霊感商法」を糾弾した弁護士らの圧力で2018年にすでに改正されていた消費者契約法がさらに改正され、「消費者やその親族の生命、健康、財産その他の重要事項に対する不安」を利用して締結した契約の効力を、取消し得る行為であると宣言し、契約を解消して返金を受けることを容易にする規定が追加された。なお、契約取消権に関する規定は、新法施行時に旧法で定められた時効期間が既に経過している場合を除き、遡及適用される。

同じく12月10日に成立した「不当な寄付の勧誘の禁止等に関する法律」は、第3条第1項で、寄付の勧誘を受けた場合に「個人の自由な意思を抑圧すること」を違法とし、第4条で寄付が自発的でなかったことを示す6つの状況を列挙していることが物議を醸している。状況1から4は、寄付を勧誘する者が寄付希望者の求めに応じて立ち去らない、寄付希望者本人が圧力に抵抗することが困難な場所に連れて行かれる、電話などで第三者に相談する意思を示したにもかかわらず相談できないなど、身体的暴力に関して規定しているようである。状況5は、昔からある問題で、宗教というより、恋愛関係に関し、特定の寄付をしないと別れると脅迫するケースだ。誰もが理解しているように、これはよくあることであり、防ぐのは難しい。

新法成立が大きく報道された
新法成立が大きく報道された。画面はイメージ。

安倍首相暗殺後の統一教会に関する論争は状況6で扱われているが、これが最も問題である。これは、「霊感その他の合理的に実証することが困難な特別な能力による知見」とされるものを根拠に、「個人又はその親族の生命、身体、財産その他の重要な事項について、重大な不利益を避けるために寄付することが不可欠である」と説得する場合を詐欺的と見なすものである。この場合、寄付をしなければ「現在または将来」本人や親族に「重大な不利益」が及ぶかもしれないという「恐れ」が寄付者に生じる。

第5条では、寄付者が居住する家屋、寄付者の通常の事業活動を継続するために不可欠な不動産その他の財産を贈与することを禁止している。

残りの部分は、不当な寄付勧誘を行ったとして調査対象となった団体名を日本の当局が公表できること、騙された寄付者が寄付を取り戻すための救済措置など、「関係団体」(全国霊感商法対策弁護士連絡会など反カルト的な思想を持つ団体が含まれるか否かはわからない)の協力を得て、不正な寄付の被害者を支援することについて規定している。この法律は遡及しないが、10年という長い時効が導入されている。第12条では、法律を施行する際に宗教の自由を「考慮」するよう求めているが、これが実際にどのように実施されるかは不明である。

確かに暴力による献金勧誘は許されないため、合理性のある規定もあるが、そのために新法が必要であったのだろうかと思う。同法が寄付一般を規定対象としているとはいえ、宗教に対する献金、そして統一教会をターゲットとして成立した法律であることを忘れてはならない。そのため、非常に問題な点が2点ある。第一は、宗教的な「霊感」と宗教的な「恐怖」に基づく献金を禁止している点である。もう一つは、献金者の自由意思が奪われる可能性があるとしていることである。これらの事柄は新しいものではなく、実際、何世紀にもわたって議論されてきた。次回の連載で再び取り上げることにする。

以上の記事のオリジナルは以下のURLで見ることができる。

https://bitterwinter.org/%e6%97%a5%e6%9c%ac%e3%81%ae%e7%8c%ae%e9%87%91%e6%b3%95%ef%bc%91%e3%80%80%e4%b8%8d%e6%98%8e%e7%9e%ad%e3%81%aa%e6%96%87%e8%a8%80/

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BITTER WINTER家庭連合関連記事シリーズ17


信教の自由と人権のための雑誌「BITTER WINTER」がインターネット上で発表した家庭連合関係の記事を紹介する連載。これらの記事を書いたマッシモ・イントロヴィニエ氏はイタリアの宗教社会学者で、1988年にヨーロッパの宗教学者たちによって構成される「新宗教研究センター(CESNUR)」を設立し、その代表理事を務めている。これらの記事の著作権はマッシモ・イントロヴィニエ氏にあるが、私が日本語訳を担当したこともあり、特別に許可をいただいて私の個人ブログに日本語訳を転載させていただくことなった。昨年7月8日に起きた安倍晋三元首相暗殺事件以降の日本における家庭連合迫害の異常性を、海外の有識者がどのように見ているかを理解していただくうえで大変有益な内容であると思われたので、私の個人ブログでシリーズ化して紹介することにした。

共産党と宗教:日本共産党の統一教会に対する「最終戦争」

12/26/2022MASSIMO INTROVIGNEA

民主主義国家の共産党は巧妙なやり方で宗教を攻撃する。いま日本で起きていることは、長い歴史の最終章に過ぎない。

マッシモ・イントロヴィニエ

*2022年12月17日に韓国の清平で行われた、「思想・良心・宗教の自由に対する脅威を克服する普遍的人権と信教の自由のための希望カンファレンス」で提示された論文

ソ連のプロパガンダ
ソ連のプロパガンダは、宇宙飛行士ユーリイ・ガガーリン(1934-1968)が1961年に宇宙空間を飛行したことを利用して、「神はいなかった」と彼が発言したことにした。あたかも神が存在しないことが宇宙旅行によって証明されたかのように宣伝されたわけだが、いま我々はガガーリンがそんなことを言っていなかったことを知っている。ツイッターより。

ソ連から北朝鮮、中国に至るまで、共産主義が権力をもったところではどこでも、あらゆる宗教の何百万という信者たちが逮捕され、投獄され、拷問され、レイプされ、殺されてきた。

しかし、共産党が政権を握っていない国々ではどうだったのだろうか? ソ連や中国における信者たちの残酷な肉体的殺人に比べると、イタリアや日本のように大きな共産党が存在する国で彼らが行っている霊的な殺人については、ほとんど知られていない。

イエスはマタイ伝10章27節において、「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。」と言った。民主主義国においては、共産党は人々の肉体を殺すことはできなかったが、魂を殺そうとしたのである。

私はイタリア人である。イタリアは、50年近くにわたって西洋で一番大きな共産党が存在する国であった。党の中心的な指導者であるパルミーロ・トリアッティは、ソ連から全面的に支援を受け、宗教に対処する戦略を策定した。トリアッティはソ連に対して非常に忠実であるとみなされていたため、彼が1964年に死亡したとき、ロシアの大都市スタヴロポリは彼にちなんで「トリアッティ」に名前が変更された。ウラジーミル・プーチンの厚意により、この名は今日まで維持されている。

トリアッティとドニニ
パルミーロ・トリアッティ(1893-1964, credits)とアンブロージョ・ドニニ (1903-1991)

イタリアの共産主義者の宗教戦略は、次の三つの原理に基づいていた。一つ目は、宗教を公然とは攻撃せず、信者の中から党員になり、共産主義と宗教は完全に両立可能であると公然と主張することで、「役に立つ馬鹿」の役割を果たす者たちを探し出すことだ。二つ目は、それと同時に無神論的なプロパガンダを党内で密かに広めることだ。トリアッティは表向きは宗教を尊重すると言いつつも、マルクス主義者の学者であり共産党の上院議員であるアンブロージョ・ドニニに、科学的な無神論を宣伝する膨大な作業を任せたのである。イタリアでは、いまでも彼の影響を感じることができる。

三つ目は、共産主義者に友好的または「ソフト」な信者たちに対しては微笑みつつ、公然と思想的にマルクス主義と戦う宗教団体に対しては、カトリックであるか否かに関わらず、容赦なく攻撃することだ。

私は1987年に文師と統一教会に関する最初の本をイタリアで出版した。私は何百もの新聞の切り抜きを集め、イタリアでは統一教会に「カルト」というレッテル貼りをするキャンペーンが共産主義者と左翼の言論によって行われていることをはっきりと認識した。彼らはその反共活動を不快に思っていたのである。これとまったく同じことが、フランスでは共産党の日刊紙「リュマニト」によって行われていた。

マッシモ・イントロヴィニエの統一教会に関する著作
1987年にカトリックの出版社Ellediciによって発行されたマッシモ・イントロヴィニエの統一教会に関する著作と、2000年にSignature Booksによって出版されたその米国版。

日本共産党が長年にわたって世界で最大級の野党共産党であったことと、今日ではインド共産党に次いで二番目に大きいという事実は、日本の国外ではよく知られていない。

1951年に、ソ連と中国の指示に従い、日本共産党は「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」という有名な言葉を含む「51年綱領」を採択した。51年綱領は、朝鮮戦争の期間中も採用された。それはスターリンと毛沢東が日本における共産主義者の暴力が米国の注意をそらすことを期待したからである。日本の国家情報機関である公安調査庁は、共産党は「51年綱領」を受けて「いくつかの都市で殺人と暴動」を起こしたことに対して責任があると報告した。

日本当局、警察、情報機関の断固たる対応により、日本共産党は「51年綱領」を撤回した。

日本共産党のポスター
日本共産党のポスター、1950年代。ツイッターより

綱領撤回の副産物の一つが、学者たちが指摘するごとく、日本共産党が宗教を含むいくつかの課題において、イタリア共産党と似たような態度を採用したということだ。党は出版物を通して、日本の共産主義者たちは宗教に反対していないという主張を始めた。2007年には、党の機関紙である「赤旗」が、党員の中には仏教の「僧侶、僧侶の妻、神道の宮司、クリスチャン、天理教の信者、その他の宗教者たち」がいると宣伝していた。それと同時に、党員たちは本質的に無神論であるマルクス主義の聖典によって育まれていったのである。日本共産党は「51年綱領」を撤回した後にも、反宗教闘争同盟の設立者の一人であり、日本戦闘的無神論者同盟を創設した岡田文吉を党中央委員会に留めていたのである。

同じ年の2007年、党員に宗教者がいることを自慢していたその年に、日本共産党は「統一教会を犯罪集団として扱わなければならない」という記事も書いているのである。

実際、統一教会を破壊しようという共産党の計画は、ずっと以前から始まっていた。1968年、文師は国際勝共連合を創設した。それは日本共産党および社会主義の協力者たちを牽制する上で中心的な役割を果たした。党の指導者たちが自ら語っているように、勝共連合は1978年の京都府知事選で、共産主義者たちが支持する候補を打ち負かし、28年間続いた革新府政に終止符を打つうえで重要な役割を果たした。翌年には、日本におけるソ連のトップスパイであるスタニスラフ・レフチェンコが米国に亡命し、日本の著名な共産主義者・社会主義者の政治家たちが、報酬をもらって働くソ連のエージェントであったと証言した。数十年間にわたって、勝共連合はスパイ防止法案制定推進運動において重要な役割を果たした。

街頭で反共の街頭講義を行う勝共連合の大学生
街頭で反共の街頭講義を行う勝共連合の大学生、1968年。出典:勝共連合

ソビエト連邦崩壊後、ソ連の公文書保管所から出てきた文書は、レフチェンコの暴露が非常に正確であったことを裏付けた。しかし当時、日本社会党はそれらが勝共連合の陰謀の一部だと主張し、勝共連合から訴えられた。屈辱的な敗訴を避けるため、社会党の弁護士が党を説得し、勝共連合に200万円を支払うことによって和解が成立した。

その弁護士は、勝共連合と統一教会を決して許さなかった。彼の名前は山口広であった。1987年に社会党系の出版物の中で、彼は他の左翼弁護士たちに対し、いわゆる霊感商法(特定の商品を法外な値段で売っていると統一教会が非難されている商法)に反対する組織を立ち上げるので参加してほしいと呼びかけた。彼は「そこで得た金は統一協会や勝共連合の国家機密法制定の策動の資金に流れている」と書いている。

これが、後に全国霊感商法対策弁護士連絡会と呼ばれる組織の起源である。この組織が、安倍晋三暗殺の後に統一教会・家庭連合に対する大々的な中傷キャンペーンを企てたのである。それが発足したのは、勝共連合を破壊し、スパイ防止法制定を阻止するためであった。

先月、2022年11月、ジャーナリストの田原総一朗と共産党の志位和夫委員長が統一教会・家庭連合の問題について対談し、安倍暗殺後のキャンペーンについて「統一教会との最終戦争」であると語った。志位はその闘いが1978年の京都府知事選から始まったと述べ、「今度は決着つけるまでとことんやりますよ」と語った。

共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を宣伝する志位和夫の写ったポスター
共産党の機関紙「しんぶん赤旗」を宣伝する志位和夫の写ったポスター。Facebookより。

確かに、日本における「統一教会との最終戦争」に関わる者の全てが共産主義者なのではない。しかし、それがポイントではない。私の話は、誰が何のためにこの戦争を始めたのか、そして誰が軍を率いているのかを明確にすることができたのではないかと思っている。

しかし我々は、重要なポイントを見失ってはならない。共産主義は、全ての戦争に勝利するわけではない。強大なソビエト連邦でさえ、不滅ではなかった。日本の好戦的な無神論者同盟は「神と戦争中」だと宣言した。神との戦争には、ある決定的な特徴がある。それは、人間が勝つことのできない戦争だということだ。日本では今日、彼らは自分たちが戦争に勝ちつつあると信じている。しかし、彼らは戦争に勝つことはできないであろう。宗教は通常、反宗教的イデオロギーよりも長続きするものである。そして最後に笑うのは彼らなのである。

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