世界の諸問題と統一運動シリーズ05


宗教間の和解による世界平和の実現を

 2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが起き、世界は大きな衝撃を受けました。その背後に、米国に反感を持つイスラム教の過激組織があると指摘されると、キリスト教を中心とする西洋社会とイスラム世界の対立が先鋭化し、世界は今もテロに怯えています。今回はこの事件の背景を分析すると同時に、文鮮明師の主導してきた宗教間の和解による平和実現の道を紹介します。

<ハンチントンの「文明の衝突」>

 9.11同時多発テロが起きたとき、多くの知識人が、サミュエル・ハンチントンが言った「文明の衝突」という言葉を思い出しました。そしてこの事件を境に、世界平和に対する考え方が大きく転換したのです。第二次世界大戦が終わると世界は「東西冷戦」の時代に突入し、そのころは世界平和の問題といえば「民主主義」対「共産主義」という、イデオロギーの問題でした。しかし、1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊し、1991年12月25日にソビエト連邦が崩壊することによって冷戦時代は終焉し、「新世界秩序」の出現が期待されました。

 東西冷戦終了後しばらくは、「21世紀の世界は、民主主義と市場経済がグローバルに定着するだろう」というアメリカ的世界像がもてはやされました。しかし、これに対して大きな「ノー」を突き付けた人物がハンチントンでした。1996年に出版された彼の著書『文明の衝突』の中心的な主張は、21世紀の世界は、民主主義によって一つの世界が生まれるのではなく、数多くの文明の違いに起因する、分断された世界になるというものでした。すなわち、ポスト冷戦時代には、異なる文化を持つ国家同士が対立を深めていくだろうと言ったのです。9.11同時多発テロは、この「文明の衝突」の予言が成就したと考えられました。

<キリスト教とイスラム教の「宗教の衝突」>

 ハンチントンは著書『文明の衝突』の中で、西欧、東方正教会、ラテンアメリカ、イスラム、アフリカ、ヒンドゥー、仏教、中国、日本の9つの文明圏に世界を分割していますが、このように文明圏を分けている中心的な要素はまさに宗教です。したがって、文明の衝突とはすなわち「宗教の衝突」を意味するわけです。
 世界の主要宗教の人口分布を見ると、総人口の33%がキリスト教徒であり、20%がイスラム教徒であるとされています。したがって、キリスト教とイスラム教が対立するようになれば、全世界の人口の半分以上が争いに巻き込まれることになるのです。このように21世紀の平和に対する脅威として、文明の衝突、宗教間の対立が大きくクローズアップされるようになりました。

<「ムジャヒディン」からタリバン、そして9.11へ>
 冷戦時代末期の1988年に公開された映画に、シルベスター・スタローン主演の「ランボー3:怒りのアフガン」という作品があります。この映画の背景には、1979年にソ連がアフガニスタンに侵攻し、1988年に撤退を決定したという歴史的事実があります。映画の内容は、米国の兵士ランボーと「ムジャヒディン」と呼ばれるイスラム教の民兵が協力してソ連軍の部隊と戦うというもので、キリスト教徒とイスラム教徒が協力して、無神論者の悪者であるソ連を倒したという構図になっているのです。ラストのテロップには、「この映画をすべてのアフガン戦士たちに捧げる」という言葉が流れます。

 実際にアメリカはソ連に対抗するために、CIAを通じてこのようなゲリラ組織に武器や装備を提供していたということですから、映画そのものはフィクションとはいえ、当時のアフガン情勢を反映していると言えます。しかし、皮肉にもそのムジャヒディンは後にタリバンなどの武装勢力となり、アメリカに反旗を翻すようになります。そしてそれがイラク戦争、9.11、「イスラム国」の出現など、今日のアメリカを悩ます中東情勢へとつながっていくのです。「昨日の敵は今日の友」という言葉がありますが、ムジャヒディンに関してはまさにその逆になってしまったのです。

 冷戦終了後、欧米流のグローバリゼーションが政治、経済、軍事、文化など全ての分野で世界を圧倒的に主導してきました。共に血を流したにもかかわらず、冷戦終結の恩恵を受けることができずに取り残されてしまったイスラム世界には、こうした欧米化の波に対する反発や抵抗があり、それがテロリズムの動機となっているのです。テロ自体は許せませんが、私たちはその背景にある宗教間の対立に目を向ける必要があります。

<文鮮明師の宗教和合運動>

 文鮮明師は生涯をかけて宗教間の和解と調和のために働いてこられましたが、その成果物の一つが、世界の主要な宗教の経典の言葉を、テーマごとにまとめた『世界経典』です。それにより、世界の諸宗教の教えの約七割は同じことを言っており、残りの三割が各宗教の特徴を表す言葉であることが明らかになりました。大部分同じことを言っているにも関わらず、なぜお互いに争うのかを各宗教が内省する機会を提供したのです。

2003年10月22日、中東平和イニシアチブの一環としてエルサレムの旧市街で平和行進を行う平和大使ら(筆者撮影)

2003年10月22日、中東平和イニシアチブの一環としてエルサレムの旧市街で平和行進を行う平和大使ら(筆者撮影)

 もう一つが、2003年以来、ユダヤ教、キリスト教、イスラムの聖職者らが参加し、イスラエル、パレスチナ自治区、ヨルダン、レバノンなどで継続的に開催されている「中東平和イニシアチブ」です。中東三大宗教の和解の儀式として始まったこの運動は、いまやシリア問題やパレスチナ問題など、具体的な問題に対する解決策を討議するフォーラムに発展しています。宗教間の和解による世界平和の実現は文鮮明師の遺訓であり、今後も統一運動の中心的テーマであり続けるでしょう。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』156


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第156回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章の「三 韓国農村の結婚難と統一教会」と題する節のなかに「4 祝福に対する意味づけ」という項をもうけ、統一教会の教義からみた韓日祝福の意味を解説している。しばらく彼女の解説をそのまま引用するが、この部分は基本的に大きな間違いはない。
「祝福では同じ国や民族同士の結婚よりも国際結婚に価値が置かれる。その理由は統一教会の目指す理想世界『地上天国』が、国家・民族・宗教が垣根を超えて一つになった世界とされるからである。」(p.433)
「国家・民族・宗教が一つになることは不可能だろうが、国際結婚をすれば、家庭の中で国家・民族・宗教の垣根を超えることは不可能ではないし、子供は生まれながらに垣根を越えている。地上天国実現の第一歩はまず家庭からということで国際結婚が奨励されるのである。さらに国際結婚の中でも不幸な関係にあった国や民族同士の結婚が理想的とされる。」(p.435)
「日本人と韓国人がカップリングされる理由はここにある。日本は朝鮮半島を三六年間にわたって植民地支配したという歴史的関係ゆえに、韓日・日韓カップルは最も理想的なカップルとされる。」(p.435)
「また、これがアダムーエバ関係にもなぞらえて捉えられる。統一教会では韓国をアダム国家、日本をエバ国家と考える。エバは蛇(サタンの隠喩)と不義の関係を持った上にアダムを誘惑し、人類を堕落させた悪女である。植民地支配し民族の尊厳を踏みにじった日本はエバと同じであり、韓国に贖罪しなければならないとされ、日本人女性が韓国に嫁ぎ、夫や夫の家族に尽くしなさいという理屈になる。韓日祝福は韓国社会の構造的な歪みに起因する農村男性の結婚難という現実的な問題と、日韓の不幸な歴史という歴史的事実を結びつけたところに成り立ち、韓日カップルが生み出される。国家・民族・宗教を超えるという理念だけによるのではなく、農村男性の結婚難という現実の社会問題に対処するものとなるだけに、韓国社会で祝福は受け入れられるものになっている。」(p.435)

 彼女の解説は、祝福において国際結婚が価値視され、とりわけ韓日カップルが推奨される理由についてはほぼ正確に表現している。統一教会の文献を引用しながらそれを根拠づけている点も評価できる。しかし、韓国の農村男性の結婚難と日韓の不幸な歴史が結び付けられたのは1992年の三万双以降のことであり、それ以前は両者の間には何の関係もなかった。このことについては第153回での述べたので繰り返しになるが、6500双までは韓日祝福を受けた韓国人男性は統一教会の信者だったのであり、日韓の不幸な歴史的関係の清算という意味はそこに込められていたかもしれないが、農村男性の結婚難という現実の社会問題に対処するために韓日のマッチングがなされることはなかった。1992年、1995年の祝福でこうしたことが行われるようになったのは、日本人の女性信者の数に比して韓国人の男性信者の数が少なかったために、結婚目的の非信者の男性にまでその範囲が広げられたということである。

 こうした時系列による違いについては、中西氏も一応説明している。「5 韓日祝福・日韓祝福の始まり」という項において、以下のように説明している。
「祝福に日本人の参加が見られるようになるのは四三〇組(一九六八年)からであり、このとき日本統一教会の初代会長である久保木修己が参加した。韓日や日韓のカップリングは六〇〇〇組(一九八二年)から出始め、六五〇〇組(一九八八年)で本格化した。『祝福の歴史』(http://www.wcsf-j.org/blesshis.htm)によれば、このときの参加者実数は六五一六組であり、韓日カップルが一五二六組、日韓カップルが一〇六〇組生まれた。統一教会では特に六五〇〇組の祝福を『交叉祝福』と呼び、『韓日一体化のための重要な祝福であった』としている(歴史編纂委員会二〇〇〇:四二八)。その後、桜田淳子や山崎浩子が参加した三万組(一九九二年)で韓日・日韓カップルが多数出ており、続く三六万組(一九九五年)でこれまで以上に多くの韓日・日韓カップルが生まれた。祝福対象者を信者でないものにまで広げたのが一九九二年とされ(『本郷人』二〇〇三年八月号)、これによって多くの韓日祝福が生まれることとなった。」(p.436)

 中西氏はここで、韓国における農村男性の結婚難に関する『東亜日報』の記事が出たのが1989年であり、6500双の祝福が行われた1988年の翌年であることから、「統一教会が当時から農村男性の結婚難をどれだけ認識していたかはわからない」(p.436)としながらも、結婚難の社会問題化と韓日祝福の本格化が時期的に重なっていることを強調している。ここに1987年の全国霊感商法対策弁護士連絡会の結成、ソウルオリンピックなどを結び付けて、「軌を一にしている」の一言で中西氏は因果関係を示唆しているが、これはいささか乱暴な論法である。ある出来事がほぼ同時に起きたからと言って、両者の間に即座に因果関係を設定できないのは科学の常識である。そもそも全国霊感商法対策弁護士連絡会の結成は日本における教勢拡大と直接的な因果関係はなく、結成の動機はむしろ政治的なものであった。また、そのことと韓日祝福の間にも何の因果関係もない。ソウルオリンピックは韓国の経済発展の結果としての象徴的な意味はあるかも知れないが、そこにもやはり直接的な因果関係はない。経済的に成長してもオリンピックを誘致できない国もあれば、オリンピックが行われる国が必ずしも高度経済成長をしているとは限らないからである。このように、直接的に因果関係のないことをただ単に時代が近いからといいう理由だけで関連付ける中西氏の論法は、およそ社会学者のものとは思えない。もっと他の本質的な疑問に中西氏は答えようとすべきではなかったのか?

 たとえば、せっかく韓日祝福の歴史を調べたのだから、もっと社会学者らしく祝福の対象者が信者から非信者に拡大された理由についてもっと突っ込んだ調査があってもよさそうなものだが、中西氏はそれはしていない。韓国の統一教会が農村男性の結婚難を伝道の契機として利用しようとしたのが事実であるとするならば、それ以前とそれ以後ではどのような変化があり、なぜそのような決断がなされたのかを追求しない限りは、こうした結婚のあり方がなぜ可能になったのかを解明したことにはならないのである。そこには、①日本の女性の側の動機、②韓国の男性の側の動機、③両者を結び付けようとする教団の動機がそれぞれ存在する。中西氏は①と②に関してはある程度のインタビューを行っているが、③の部分の調査が不十分であるために、①と②を結び付けた要因が何であるのかが明確になっていないのである。

 続いて中西氏は「6 農村部における布教の方法」と題して、韓国の統一教会が具体的にどのような方法で結婚相手の紹介を行っているのかを紹介している。そこに登場するのが図8-2、図8-3として紹介される結婚相談のチラシである。

図8-2

図8-3

 このチラシはどちらも「真の家庭実践運動 ○○委員会」(○○は地名)とあるだけで統一教会とは書いてないという。これが日本で行われたならばただちに「不実表示」という追及を受けそうだが、なぜか中西氏は「これが日本でいうところの『正体を隠した伝道』になるのかどうかは判断しかねる」(p.438)として、判断を曖昧にして追及していない。理由は、たとえチラシに統一教会と書いていなくても、このようなチラシが統一教会によることは農村では知られたことであるからだという。どうせ知っているからはっきり書かなくても正体隠しにならないというのは、説得力のある論理ではない。日本の統一教会の伝道方法に対する厳しい非難と比較すると、どうしてもダブル・スタンダードを感じざるを得ない。

 中西氏は414ページにおいて、「韓国での統一教会は正体を隠して組織的伝道をしているわけでもなく、・・・日本のように特異な宗教実践とはなっていない。」と言い切り、「普通な韓国統一教会」と「異常な日本統一教会」というシンプルな枠組みを作ってしまっているため、いまさら韓国の統一教会が正体隠しをしているとは言えないという事情があるのかもしれない。

 私がこの項で特に印象に残ったのは、「ここ(A郡)では結婚を目的として伝道している。国際結婚をしませんかで伝道。日本人女性と結婚をしませんかで。男性はここにいても結婚できないし、女性も残っていない」(p.439)という女性の言葉である。日本人の女性と韓国人の男性では、祝福に参加する動機の部分が逆になっている。日本人女性は統一教会の信仰を動機として韓国人男性との結婚を受け入れるのに対して、韓国人男性は結婚を動機として統一教会の信仰を受け入れるという、逆の経路になっているのである。これは一種の「バーター」と言えるかもしれない。日本の信者の立場に立てば、韓国人男性の動機は清くないと感じるかもしれない。しかし、どちらから入っても、入り口が問題なのではなく、結果が問題なのであり、双方が欲しいものを手に入れて幸福になればそれでよいのだと考えることも可能である。そんなことを思わされた言葉であった。

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世界の諸問題と統一運動シリーズ04


急激に進む少子高齢化と家庭崩壊の危機に対処する

 現在の日本には、国家を根底から崩壊させかねない深刻な危機が進行しています。それは家庭が崩壊し、人と人との絆が希薄になっていく「無縁社会」の出現であり、「家庭が大切である」という価値観そのものの衰退です。それは具体的には、家庭そのものが縮小していく少子高齢化と人口減少の問題として表面化しています。第3回の今回は、日本が直面している家庭の危機を明らかにし、その処方箋を提示していきます。

<2053年には1億人を割る日本の人口>

 現在わが国では、急激に少子高齢化が進むとともに、次世代を生み育てる社会の基礎単位である家庭の崩壊が広く蔓延しています。この問題は日本が直面している最も深刻で本質的な危機と言えるでしょう。

50年後日本の人口はこうなる

 2017年4月10日に厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が発表した日本の将来推計人口によると、2015年に1億2709万人だった総人口は、2053年に1億人を割り、2065年には8808万人に減少すると予想されています。そして単に人口が減るだけでなく、65歳以上の高齢者が占める割合は、2015年の26.6%から38.4%に上昇するなど、「超高齢社会化」の到来を予想しています。

 政府の子育て支援策が功を奏したのか、一人の女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は前回推計の1.35(2012年)から1.45(2015年)に上昇しました。これにより人口が1億人を割る予想時期は前回推計よりも5年遅くなったものの、厳しい人口減少と少子高齢化に歯止めがかかっていない現状が、改めて浮き彫りとなりました。そもそも、人口維持に必要な合計特殊出生率は2.07と言われており、多少数字が上向いてもこれに遠く及ばない以上、人口は減り続けるしかないのです。わが国のこの数字は、世界最低水準となっています。

<2040年までに地方自治体の半数が消滅の危機>

「日本創生会議」(元総務相の増田寛也氏が座長を務め、産業界の労使や学識者、元官僚らが立ち上げた民間団体)の「人口問題検討分科会」は、2014年5月に人口減少がもたらす日本の将来像について衝撃的なシナリオを公表しました。それは、2040年までに全国自治体(約1800市区町村)のうちおよそ半数(896)が消滅の危機にあるというものでした。この報告書の内容は『地方消滅』(中公新書)という本の中でも紹介されましたが、地方都市が消滅する原因は、少子化による「自然減」に加えて、若者たちの大都市圏への流出による「社会減」が大きく影響しています。特に若い女性の流出が深刻で、名指しで「消滅可能性都市」とされた自治体では、20歳から39歳の女性が半分以下になると予想されています。この年代の女性が子供を産むわけですが、その絶対数が半分以下に減ってしまえば、どんなに出生率を上げる努力をしても追いつかず、人口が急激に減少して自治体の維持が困難になるとされているのです。

 2014年7月15日に佐賀県唐津市で開催された全国知事会議では「少子化非常事態宣言」が採択されました。会議の冒頭で、山田啓二会長(京都府知事)は、「今、日本は死に至る病にかかっている」と、強い危機感を表明しました。同宣言では、「このままいけば近い将来、地方はその多くが消滅しかねない。少子化対策を『国家的課題』と位置づけて、国と地方が総力を挙げて抜本的に取り組み、日本の未来の姿を変えゆかなければならない」と指摘されました。

<少子高齢化の原因は若者の非婚化・晩婚化>

 それでは少子化の原因はいったいどこにあるのでしょうか。少子化というと、昔は子だくさんだった日本の家庭が少ししか子供を産まなくなったというイメージがありますが、実際には既婚夫婦が産む最終的な子供の平均数は1972年の2.20から2010年の1.96とさほど大きく変化しておらず、日本の夫婦はいまでも平均して約2人の子供を産んでいることになります。少子化が急激に進んでいるのは「若者の結婚離れ」、すなわち若者の非婚化と晩婚化が主な原因です。結婚しなければ子供は生まれませんし、結婚しても晩婚化・晩産化が進んでいるため、もう一人子供を生もうという気力も衰えがちになります。

 50歳までに結婚したことがない人の割合を「生涯未婚率」と言いますが、この数字が2015年の国勢調査で男性の23.4%、女性の14.1%となっています。しかも「生涯未婚率」は急上昇しており、2035年には男性の10人に3人(29.0%)、女性の5人に1人(19.2%)が生涯未婚と推計されています。

<若者たちの意識改革こそ少子高齢化の処方箋>

 若者の「結婚離れ」が急速に進んできた原因は何でしょうか。一つには「生活資金が足りない」などの経済的理由や、若者の不安定な雇用も大きな原因として挙げられます。しかし、内閣府「結婚・家族形成に関する意識調査」(2015年)によれば、20代30代の未婚男女の3人に1人が「結婚しなくてよい」と答えていることに見られるように、より根本的な原因は「結婚願望の欠如」、いつまでも自由で気ままでいたいという「個人中心のライフスタイル」の浸透にあるのです。

 したがって、日本における少子化対策に最も必要とされる処方箋は、若者たちの結婚と家庭に対する意識改革であり、そのための価値観教育なのです。そもそも、なぜ結婚や家庭が大切なのか、子供を産み育てることの意義とは何か、といったことを日本社会では若者たちにきちんと教育してきませんでした。こうした価値観教育をきちんとした土台の上で、雇用対策、出会いの場提供、出産・子育て支援の充実などの環境整備を行ってこそ、効果的な少子化対策となるでしょう。UPFは「人づくり・家庭づくり・国づくり国民運動」を通して、こうした価値観を教育する活動を全国で展開しています。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』155


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第155回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章の「三 韓国農村の結婚難と統一教会」と題する節のなかに「3 韓国人の結婚観と統一教会」という項をもうけ、なぜ統一教会の推進する国際結婚が韓国内で受け入れらるのかを説明しようと試みている。

 初めに彼女は新聞に掲載される国際結婚関連の記事には統一教会が散見されることを取り上げ、韓国では国際結婚と統一教会が離れがたく結びついていることを指摘している。統一教会が国際結婚を推進していることは事実であり、それがマスコミで取り上げられることも事実なので、ここまでは何の問題もない。続いて中西氏は、「統一教会で相手を紹介してもらい、国際結婚になってでも結婚をする。日本ではまず考えられないことが韓国では成り立っている」(p.432)ことの理由を探ろうとする。「日本ではまず考えられないこと」という表現には、彼女の偏見を感じざるを得ない。

 この問いかけに対する彼女の答えは、①韓国では統一教会が反社会的宗教団体とまでは認識されておらず、ある程度受け入れられていること、②韓国では儒教倫理が家族規範としてあり、日本以上に「結婚はしなければならないもの」であるという、文化的要因である。韓国ではいまでも先祖祭祀が重要な儀礼として継続されており、長男にはそれを行う責任がある。祭祀の継承者である男子を絶やすことは「不幸中の不幸」とされ、家督を相続する男子を生むことが結婚の主たる目的であるとされる。日本では子供がいなければ養子を取って家を継がせるが、父系血統の存続が重要視される韓国では婿養子を取ったり、非血縁者を養子として迎えることはない。

 さらに、結婚は韓国人の来世観から見ても「しなければならないもの」となっている。人は死んだ後に子孫に祀られることによって祖先になるのであり、未婚で死んだ男の霊は「モンダル鬼神」になると信じられている。モンダル鬼神とは独身男性の幽霊のことで、結婚して子供を残さない状態で死んだために、祭祀をしてもらえないことを恨み、生きている人に害を及ぼすとされる。中西氏は触れていないが、モンダル鬼神の女性版が「処女鬼神」である。昔は、嫁に行けない女は男よりも恨みが強かったので、鬼神の中で一番邪悪でタチの悪いのが、処女鬼神だと言われている。処女鬼神が一番嫌うのが婚礼なので、婚礼を行う前は、処女鬼神の祭祀を行わなければならず、それを怠ると結婚式の直前に死ぬこともあるという信仰がある。韓国のシャーマニズムではこうした未婚の霊を慰めるため、未婚で死んだ者同士の霊魂結婚が行われ、それは現在まで残っているという。

 このように、結婚を何よりも重要視する韓国社会であればこそ、統一教会に紹介してもらってでも結婚相手を見つけてもらおうとするというのが、中西氏の指摘する文化的要因である。こうした中西氏の指摘は、統一教会の信仰を持っているわけではない韓国の農村男性が統一教会を通して配偶者を見つけようとする動機の一端を捉えていると評価することができる。問題は、その韓国の文化をどう評価するかだ。来世観の問題はさておき、「結婚はなんとしてでもしなければならないもの」と考える韓国の文化は、日本における結婚の現状と比較すると、私には非常に素晴らしいものに思えてくる。親や親戚が、配偶者に恵まれない男性のためになんとかお嫁さんを見つけようと必死になる姿から、日本社会は何か大切なことを学ばなければならないのではないだろうか。

 周知のとおり、現在日本が直面している「国難」の一つが急激に進む少子高齢化と人口減少である。そしてこの少子高齢化の主たる原因は若者の未婚化・晩婚化にある。少子化というと、昔は子だくさんだった日本の家庭が少ししか子供を産まなくなったというイメージがあるが、実際には既婚夫婦が産む最終的な子供の平均数は1972年の2.20から2010年の1.96とさほど大きく変化しておらず、日本の夫婦はいまでも平均して約2人の子供を産んでいることになる。少子化が急激に進んでいるのは「若者の結婚離れ」が主な原因である。

 2015年に行われた国勢調査のデータによれば、30~34歳の未婚率は男性で47.1%、女性で34.6%となっている。1960年にはこの数字が男女ともに10%以下だったことを思えば、現在の30代前半の若者がいかに結婚していないかが分かるであろう。50歳まで一度も結婚をしたことがない人の割合を示す「生涯未婚率」は男性で23.4%、女性で14.1%にのぼった。前回の2010年の結果と比べて急上昇し、過去最高を更新している。最近は生涯結婚しない人も増えていることから、「非婚化」という言葉も使われている。

 若者たちが結婚しない理由については、内閣府が発表した『平成26年度「結婚・家族形成に関する意識調査」報告書』で実施した20~30代の未婚者に対するアンケート調査が参考になる。選択肢を複数回答できる調査で若者たちが多く選んだ理由は、①適当な相手にめぐり合わない(54.3%)、②自由や気楽さを失いたくない(27.2%)、③結婚後の生活資金が足りない(26.9%)、④趣味や娯楽を楽しみたい(23.7%)などだった。一番大きな理由は出会いに関するものだが、②と④は価値観やライフスタイルに関する問題で合計すれば事実上の二番となり、経済的な問題が三番目に来ることが分かる。

 若者たちが結婚ついて不安に感じることとしては、「生活スタイルが保てるか?」「余暇や自由時間があるか?」「お金を自由に使えるか?」などが上位に上がるが、これは若者たちの間に個人主義的な価値観が蔓延していることを物語っている。結婚すれば多少はこうしたことを犠牲にしなければならないわけだが、それ以上に結婚で得られる「一緒にいる幸せ」や「分かち合う喜び」に対する魅力を強く感じれば結婚するはずだ。しかし、今の若者はそこまでの強い動機を持てないでいるのである。

 それでは「出会い」の問題はどうだろうか? 国立社会保障・人口問題研究所の主任研究官らの調査によると、1970年代以降底なしに進む未婚化の原因を夫婦の出会い方の側面から分析すれば、初婚率低下の最大の原因は見合い結婚の減少にあるという結果が出ている。ここでの「初婚率」は1000名の未婚女性に対して年間何件の結婚があるかを計算した数値だが、1960年代前半には恋愛結婚が35件、見合い結婚が29件という数字であった。これが2000年以降には恋愛結婚が38件、見合い結婚が3件となっている。つまり、恋愛結婚の数は微増であるのに対して、見合い結婚が激減したために、全体としての初婚率を大きく押し下げているということなのである。

 実は、恋愛結婚の件数は1970年代前半に一度56件まで上昇しているが、その後徐々に下降している。この間に恋愛結婚が減った主な要因は、職場で出会って結婚する「職縁結婚」の減少にあると分析されている。高度成長期の企業は社員を家族のように扱う「日本的経営」が特徴だったが、その頃の女性従業員は労働力というよりは男性従業員の配偶者候補として雇用されていた側面があった。つまり、当時の職縁結婚は当事者の意識においては恋愛結婚なのだが、企業が事実上のマッチ・メイカーとして機能していたということだ。しかし、女性の雇用形態と企業文化の変化により、いまでは企業がこうした役割を果たすことはなくなった。

 こうした事実から分かることは、若者たちの未婚率がここまで上昇したのは若者たちだけの責任ではなく、彼らを取り巻く大人社会にも原因があるということだ。伝統的な日本の社会には、若者たちの結婚をサポートする共同体意識が存在していた。例えば「結婚してこそ一人前だ」「早く身を固めたらどうだ」と語る説教おじさんや、出会った若者にどんどん縁談を勧めるマッチングおばさんのような人がいて、若者たちの結婚を後押ししてきたのである。

 しかし、現代日本においてはこうした文化が失われてしまったため、若者たちは結婚に対して誰にも背中を押してもらえず、助けてもらえない状況に陥っている。統一教会のマッチングと祝福は言ってみれば「神を中心とするお見合い」のようなものである。そして信仰共同体としての統一教会は若者たちに結婚と家庭の意義を教育するだけでなく、具体的に相手を探して結婚まで導いていくマッチ・メイカーとしての役割を果たしている。もし日本社会が受け入れるならば、統一教会こそは若者たちの結婚を強力に推進する貴重な存在と言えるのである。それは、いま日本が直面している「国難」を解決する処方箋になる可能性がある。

 結婚を重要視する韓国社会は、統一教会の祝福を農村青年の結婚難を解決する手段として受け入れた。日本社会はそれを「日本ではまず考えられないこと」というような偏見を持って非難するのではなく、自分たちの抱える深刻な課題を解決する方法として受け入れていくことを考えるべきではないだろうか。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

世界の諸問題と統一運動シリーズ03


日米韓を基軸とするアジア太平洋地域の平和構築

 UPFは現在われわれが直面している問題の一つとして、アジアと日本の安全保障の危機を挙げ、その具体的な解決策として、「日米韓を基軸としてアジア太平洋地域の平和と繁栄に貢献する」というゴールを掲げています。第3回の今回は、アジア太平洋地域の安全保障が直面している危機を明らかにし、それを克服するための運動の方向性と成果について解説します。

<米国の衰退と中国の台頭による日本の安全保障の危機>

 現在、東アジア地域に大きな「パワーシフト」が起ころうとしていますが、その主要な原因は米国の衰退と中国の台頭です。戦後、日本の安全保障は「日米安全保障条約」に基づき、アメリカの圧倒的な軍事力によって守ってもらうという大前提のもとに成り立ってきました。しかし、2008年のリーマンショック以後のアメリカは深刻な財政赤字に直面し、国防費を大きく削減するようになりました。またアフガン戦争やイラク戦争の影響で米国民の間に厭戦気分が広がり、国民世論は内向きになりました。こうした状況下で、「遠く離れた極東の島国を守るために、どうしてアメリカ人の税金が使われなければならないのか?」と多くのアメリカ人が考えたとしても不思議ではありません。
「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と最初に発言したのはオバマ前大統領でしたが、現在のトランプ大統領も選挙キャンペーン中には同じく「アメリカは世界の警察官ではない」と発言し、「私たちの計画はアメリカ第一だ。グローバリズムではなく、アメリカニズムを信条とする」と宣言しました。このようにアメリカが孤立主義への道を歩むようになれば、いざというとき本当に日本を守ってくれるのかという疑念が生じます。

 一方で中国は、毎年二桁という飛躍的な伸び率で国防費を増大させつつ、あからさまな対外膨張政策を顕在化させています。日本においては東シナ海の尖閣諸島を中国が虎視眈々と狙っていることが国民の注目を集めていますが、現在中国が最も力を入れてプレゼンスを拡大しているのは南シナ海です。2015年の初頭から、中国海軍が南シナ海の岩礁を埋め立てて人工島を造成し、3000メートル級の滑走路を含む軍事的施設を建造していることが世界の注目を集めることとなりました。南シナ海の制海権を中国が完全に支配するようになれば、そこから潜水艦によって米国本土を攻撃する能力を持つこととなり、アメリカの安全保障にとって重大な脅威となります。

<「100年マラソン」の衝撃>

 2015年2月、それまで米国の代表的親中派として知られていたマイケル・ピルズベリー氏(ハドソン研究所・中国戦略センター所長、国防総省顧問)が『100年マラソン』という本を出版しました。彼はニクソン政権時代からオバマ政権時代に至るまで中国の軍事動向分析に携わった「権威」ですが、彼によれば1960年代後半頃から米国は「中国は世界的な権力を持つことを望んでおらず、やがては民主主義の静かな大国になる」と考えて、中国を支援してきました。ピルズベリー氏自身も、米国が中国と関わり続ければ、中国は欧米型の国になるだろうと信じていました。しかしその彼が『100年マラソン』では認識を一変させ、「米国は中国に騙されていた」と述べたのです。中国は、建国100年の2049年までに、米国に取って代わる世界覇権国家を目指していることがようやく分かったというのです。『100年マラソンン』の衝撃は全米に静かに広がり、トランプ政権の中国観も基本的にはこの路線に立っています。

<日米韓の連携によるアジア太平洋地域の平和構築>

 アジア太平洋地域に平和を構築するうえで最大の障害が、共産主義を信奉する中国の世界制覇戦略です。また北朝鮮の金正恩政権による核兵器とミサイルの開発も、この地域の緊張を高めています。こうした脅威からアジア太平洋地域を守るためには、新たな安全保障体制の整備が不可欠です。それは、戦争をするためではなく、戦争を抑止するための体制整備であり、日本と米国と韓国が結束することが必須要件です。日米韓が結束していれば、中国や北朝鮮につけ入る隙を与えませんが、結束が乱れるときには、彼らは「チャンスあり」とみて軍事的冒険主義に走る危険が生じます。したがって、日米韓がガッチリとスクラムを組んでアジア太平洋地域の安全を守るという強い姿勢を見せなければならないのです。

「守れ!アジアと日本の平和と安全・紀の川市大会」(2014年9月21日)で講演する筆者

「守れ!アジアと日本の平和と安全・紀の川市大会」(2014年9月21日)で講演する筆者

<安全保障問題に正面から取り組んだ平和大使運動>

 日本の平和大使運動は2010年から本格的に安全保障問題に関わるようになり、「①緊急事態基本法を制定しよう、②我が国の防衛力を増強しよう、③集団的自衛権に正面から取り組もう、④日米安保体制強化・日韓防衛協力を推進しよう、⑤スパイ防止法を制定しよう」という5つのスローガンを掲げて運動を展開してきました。当時はまだ民主党政権の時代であり、これらのスローガンの実現は極めて困難なことに感じられましたが、自民党の安倍政権が誕生して以降、その一つ一つが次々と実現の方向に動き出しました。

 安倍政権は2015年9月に、集団的自衛権の限定行使容認を含む「平和安全法制整備法」と「国際支援協力法」を成立させました。この法案は国論を二分し、偏向したマスコミ報道によって激しく攻撃されましたが、平和大使運動はぶれることなく法案に賛成し続け、その意義を訴える大会やセミナーを開催・支援してきました。また、2013年には特定秘密保護法が成立し、2016年には日本と韓国の間に軍事情報包括保護協定(GSOMIA)が締結されるなど、目に見える成果が次々と現れてきています。こうした安保運動を継続していくことが、日本の国益と東アジアの平和と安定に資することになるのです。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』154


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第154回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章に「三 韓国農村の結婚難と統一教会」とする節をもうけ、その中の「1 韓国における男性の結婚難」という項で、統一教会の数多くの日本人女性が韓国人と結婚するようになった背景として、韓国の農村男性の結婚難について解説している。この部分は統一教会に対する直接的な分析ではなく、彼女の専門領域でもあるため、適切な記述であると評価することができる。重要な部分をピックアップしてみよう。
「韓国は朴正煕政権下(一九六三~七九年)において『漢江の奇跡』といわれるほどの急速な経済成長を遂げ、都市部では所得が増加し、生活水準の向上が見られた。その一方で地方は経済発展から取り残され、都市と地方で経済格差が生まれ、生活水準にも大きな開きが出る結果になった。」(p.427)
「特に一九七五年以後、農村部から都市部への人口流出が進んだ。なかでも若い女性の流出が著しく、『結婚適齢期男性』の数に対して『結婚適齢期女性』が少なくなって、農村男性の結婚難の第一の要因になった。第二の要因は都市と農村の生活水準の格差である。一世帯あたりの所得は農村が都市よりも低く、経済面、文化面での格差を生み出し、これが農村の女性に『農漁村定着忌避』の傾向を生んだとされる。」(p.428)
「筆者の調査地であるA郡でも未婚男性に対して未婚女性の数が少ない。A郡の二五~二九歳の未婚率(二〇〇〇年統計)は、男性七一パーセント、女性二八パーセントである。韓国全体では男性七一パーセント、女性四〇パーセントである。日本の場合、二〇〇〇年の統計では二五~二九歳の男性の未婚率は六九・五パーセント、女性は五四パーセントであった。(総務省統計局、平成一二年度国勢調査)。韓国は日本以上に未婚の男女比に開きがあり、A郡ではさらにその傾向が著しい。」(p.428)

 これは韓国の地方における問題だが、読んでいて他人事とは思えない。日本においても農村男性の結婚難は昔から語られていることであり、地方から大都市圏への女性の流出も同じような形で続いている。韓国においては「農村男性の結婚難」という切り口で語られているが、日本においては近年この問題は少子化と人口減少の問題として語られた。地方に女性がいなくなり、男性が結婚できなければ当然子供も生まれないので人口減少につながる。地方における男性の結婚難と人口減少は、切り口の違いだけで本質的には同じ問題であると言える。

 日本においては、民間の有識者による「日本創成会議」(座長:増田寛也東京大学大学院客員教授、元総務相)の人口減少問題検討分科会が2014年5月に「全国1800市区町村別・2040年人口推計結果」を公表した。それによると、地方からの人口流出が続く前提で、2040年にまでに若年女性(20~39歳)の人口が50%以上減少し、消滅する可能性がある市区町村は全国に896あり、なかでも人口が1万人未満で消滅の可能性が高い市町村は532にのぼるという結果となった。子供を生む年齢層の女性の数が半数以下に減れば、たとえ現在より出生率が上がっても追いつかず、急激な人口の減少が起きて、こうした地方自治体は存続出来なくなる。日本全体のほぼ半数の市町村がこうした消滅の危機に瀕しているという驚くべき推計は多くの波紋を呼び、これらの市町村は「消滅可能性自治体」などと表現された。要するに日本も韓国も同じ問題を抱えているということだ。

 中西氏によれば、韓国の農村男性の結婚難を解決するために民間団体と行政が協力してさまざまな取り組みが行われたが(その中は統一教会と関係のない「合同結婚式」も含まれていたという)、それでも解決に至らなかったので、2000年代に入って韓国では国際結婚が増加したという。特に農山漁村部の男性と外国人女性の国際結婚の増加が著しく、2001年から2006年の間に三倍に増加している。韓国の男性と結婚した外国人女性の主な国籍は、中国、ベトナム、フィリピン、モンゴル、カンボジアなどである。

 しかし、こうした国際結婚の急増に伴ってさまざまな問題も浮上しており、「2 急増する国際結婚と発生する諸問題」という項で中西氏は『朝鮮日報』日本語サイトを引用する形でその問題を扱っている。
「急増する国際結婚の中には、『結婚相手を探し夫婦関係を結ぶ過程から「売買婚」方式がまん延し、結婚後にも人種差別と人格べっ視・虐待により破綻になるケースが少なくない』ものもある(二〇〇五年三月二二日)。電話相談機関が『韓国人男性と結婚した外国人女性を対象にアンケート調査を実施した結果では、三二%が夫から暴力を受けた経験がある』と答え、別の機関が外国人妻一〇〇人にアンケート調査を行った結果では、一〇人中八人が『二度と韓国人男性と結婚したくない』と答えているという(二〇〇五年一一月二三日)。」(p.429-30)

 中西氏は、2000年以降になって急増した韓国の国際結婚は統一教会とは無関係の国際結婚であり、引用した『朝鮮日報』の新聞記事のようなことが韓日祝福家庭に起こっているわけではないとしつつも、統一教会の日本人妻であれ、中国、ベトナム、フィリピンなどの女性であれ、韓国の農村男性の結婚難を解決するための国際結婚であった点については同じであり、そこに嫁いだ女性たちの苦労には共通点があると指摘する。

 しかし、国際結婚をした女性たちの悲惨な体験だけを強調するのはフェアでないと私は考える。外国に嫁げば言葉や文化などの問題で苦労することはある程度予想できたはずであり、「二度と韓国人男性と結婚したくない」と思う外国人女性がいたとしても、それは一方当事者の言い分に過ぎず、韓国の農村男性の人格がとりわけ酷いという証拠にはならないであろう。たとえそういう事例があったとしても、こうした国際結婚は韓国の農村における嫁不足に対する一定の解決策になっているのである。

 実は、地方で農業を営む男性が配偶者に恵まれないという事情は日本でも同じであり、外国人の女性を嫁に迎えるという問題解決の仕方も、同じように日本に存在する。嫁不足が深刻な農村では、かなり以前から農家の跡取り息子をターゲットにした「外国人花嫁ビジネス」が存在してきた。日本で外国人花嫁ビジネスが盛んになったのは、1985年に山形県で行政が主導する形でフィリピン人女性を迎え入れたことがきっかけだったと言われており、民間業者による紹介サービスがそれに続いて広がっていった。民間の業者の中には営利目的に走ったり、詐欺まがいのものも含まれていたこともあり、こうした結婚ビジネスのあり方は「メールオーダーブライド」と呼ばれ、フィリピン当局から批判されたこともあった。

 このように日韓の地方が同じ課題に直面していることを背景として考えると、多くの日本人女性が統一教会の祝福によって韓国の農村に嫁いだことに対して日本社会が批判的な理由が透けて見えてくる。2010年の「週刊ポスト」(6月4日号)に掲載された記事の見出しに「韓国農民にあてがわれた統一教会・合同結婚式日本人妻」という表現がなされていたのは、この問題に対する日本人の感情を象徴的に表している。

 もし統一教会の合同結婚式で、配偶者に恵まれない日本の農村男性に花嫁が紹介され、農家に後継ぎが生まれたというストーリーであったならば、それは日本社会に貢献していることになるので、批判的にとらえる人は少ないであろう。たとえ花嫁がフィリピンやタイなどの開発途上国の女性であったとしても、農村の窮状を救う方法として理解されるであろう。しかし現実はその逆であり、韓国の農村の花嫁不足を解決するために、日本の女性が紹介されたという話だから受け入れられないのである。要するに、「日本の農村でも花嫁が不足しているのに、貴重な日本の女性をどうして韓国の農村の花嫁不足を解決するために差し出すのか?」と感じてしまうのだ。

 中西氏が指摘するように、日本人の女性が韓国の農村に嫁ぐことは「上昇婚」ではなく「下降婚」である。フィリピンやタイなどの開発途上国の女性が韓国に嫁ぐことは「上昇婚」なのであり得るが、先進国である日本の女性がわざわざ韓国の田舎に嫁ぐことはないだろうと考えるのが一般的な日本人の感覚であろう。そこには、日本民族をアジアの他の民族よりも上位に置く一種の「エスノセントリズム」が潜んでいるのだが、そのことを自覚して冷静に考えられる日本人は少ないのではないだろうか。韓国の田舎に嫁いだ統一教会の日本人女性たちは、こうした「エスノセントリズム」を超越した宗教的信念を持っていたのだが、日本の一般社会はそれを肯定的に受け入れられなかったということだ。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

世界の諸問題と統一運動シリーズ02


国連の課題と超宗教議会設立の提案

 UPFは現在の世界が直面している問題の一つとして、宗教・民族対立の激化を挙げ、その具体的な解決策として、「平和国連」のモデルを形成するというゴールを掲げています。第2回の今回は、現在の国連システムが抱えている課題を分析し、その解決策として文鮮明師が提唱した「国連超宗教議会」の設立について解説します。

<国連の限界は安保理常任理事国の国益至上主義>

 国連の第一の目的は、「国際の平和及び安全を維持すること」(国連憲章第1条)にありますが、現在の国連は必ずしもこの目的を果たせていません。国連の最大の課題の一つが、安保理常任理事国の国益至上主義です。安保理の勧告には強制力があり、無視すれば非軍事的制裁の後に、軍事行動が発動され得る強力なものになっています。安保理は事実上、米英仏ロ中の常任理事国5か国が牛耳っており、非民主的な構成であるにもかかわらず、その決定は非常に重要なものになっているのです。

 安保理常任理事国の国益至上主義を最も端的に表しているのが、拒否権です。国連創設以来、最も多くの拒否権を発動してきたのはソ連とその後継者であるロシアで、その大半は1966年以前の冷戦時代初期に発動されています。冷戦期には、アメリカとソ連がたびたび拒否権を行使し、国際政治の停滞と冷戦長期化の一因となったとの批判も根強くあります。冷戦終結後は、アメリカによるパレスチナ問題関連決議でのイスラエル擁護のための行使が目立ちました。これゆえ、大国の利己主義を通すためだけの規定が拒否権であるとの批判もあるくらいです。

<国連の課題は宗教的価値観の軽視>

 国連のもう一つの課題は、宗教的価値観の軽視にあります。世界の諸宗教の信者数をすべて合わせると、実に地球上の人口の約85%の人々が何らかの宗教を信じていることになります。宗教の影響力は非常に大きいものがあり、人々の宗教的忠誠心はときとして国家に対する忠誠心を上回ることもあります。基本的に宗教は平和を志向するものではありますが、その影響力は負の力として作用することもあり、宗教が紛争の原因となることもあります。冷戦時代には世界平和の問題といえばイデオロギーの問題であり、東西の対立、米ソの対立が中心的なテーマでしたが、冷戦後の世界において世界の平和を脅かしているのはむしろ宗教・民族間の争いです。9.11の同時多発テロや最近の「イスラム国」の出現により、宗教的対立を動機としたテロの問題は、平和を脅かす深刻な問題として認識されるようになりました。こうした事態に、既存の国連システムがうまく対応できているかと言えば、できていません。それは宗教的価値観を反映する機能が欠如しているという、国連の持つ構造的な課題に起因しています。

<宗教的価値観が代弁されない既存の国連システム>

 人間は心と体という内外の両面性を持っています。この人間が集まって作るのが国家ですが、人間の共同生活において心に該当するのが宗教であり、体に該当するのが政治です。一人の人間において心と体がバラバラに存在するのではなく、相互補完的な関係にあるのと同じように、本来は一つの国家において宗教と政治は相互補完的な共存関係にあるべきです。ですから歴史的に見て伝統的な社会においては、政治と宗教はちょうど心と体のような共存関係にありました。しかし、近代国家においては、「政教分離」の原則のもとに、宗教と政治はできるだけ関わらない方が良いということになり、宗教は公的領域における影響力を失って「私事」の領域に閉じ込められるようになりました。一方で政治は宗教的価値観を失って世俗化し、物質的・経済的利益を追求する傾向が強くなりました。

 このような近代国家が集まって作ったものが国連であるため、現在の国連は基本的に政治家と外交官によって構成されており、宗教的価値観が代弁されるシステムは存在しません。地球上の人口の約85%の人々が何らかの宗教を信じており、その影響力が大きいにもかかわらず、宗教的な知恵や視点が国連の議論に反映される場がないのです。さらに、現在の世界の紛争は宗教的対立に起因するものが多いにもかかわらず、宗教的な視点から和解を促進するシステムも存在しなければ、専門家もいないのです。

2000年8月18日、米国ニューヨークの国連本部で開催された国際会議「アセンブリ2000」

2000年8月18日、米国ニューヨークの国連本部で開催された国際会議「アセンブリ2000」


2000年8月18日、米国ニューヨークの国連本部で開催された国際会議「アセンブリ2000」で国連超宗教議会の設立を提唱する文鮮明師

2000年8月18日、米国ニューヨークの国連本部で開催された国際会議「アセンブリ2000」で国連超宗教議会の設立を提唱する文鮮明師

<文鮮明師による「国連超宗教議会」設立の提案>

 UPFの創設者である文鮮明師は、こうした国連の課題を解決するため、2000年にニューヨークの国連本部で開催された国際会議「アセンブリ2000」において、「国連超宗教議会」の創設を提唱しました。国家を代表する政治家や外交官によって構成される従来の国連を下院とすれば、一国の利害を超えた地球規模の視点から発想することのできる宗教家や精神世界の指導者たちによって構成される超宗教議会は、国連の上院に当たります。これによって国連は人間の心と体、宗教と政治の両方が代表され、それぞれが相互補完的な役割を果たすことのできる統合された機構となります。そのとき国連は、その創設の理想を体現した、国益を超えて世界平和を目指す新しいグローバル・ガバナンスの組織に生まれ変わることができるのです。これが文鮮明師の提唱する国連改革の概要です。

 UPFの国連改革運動の成果の一つとして、国連「世界諸宗教調和週間」(World Interfaith Harmony Week)制定の決議案が、2010年の国連総会で採択されたことが挙げられます。この決議では、毎年二月の第一週が、世界の諸宗教を調和させるための一週間として定められました。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』153


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第153回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章に「三 韓国農村の結婚難と統一教会」とする節をもうけ、その中の「1 韓国における男性の結婚難」という項で、統一教会の数多くの日本人女性が韓国人と結婚するようになった背景を以下のように説明している。
「統一教会が目指す理想世界『地上天国』は国家・民族・宗教が垣根を越えて一つになった世界とされるために国際結婚が奨励されるのだが、理由はそれだけではなく、もっと現実的な理由がある。これまで述べてきているように、韓国農村部における男性の結婚難である。統一教会は配偶者になかなか恵まれない農村の男性達に『理想の結婚、純潔な結婚』をしませんかと結婚相手の紹介を持ちかけ、日本の女性信者を世話しているのである。仮定の話になるが、韓国の農村に男性の結婚難がなかったとしたら、七〇〇〇人もの日本の女性信者が合同結婚式で韓国人男性の妻となって渡韓することはなかったはずである。」(p.427)

 中西氏の述べている統一教会の理想と国際結婚の奨励に関する解説は、基本的に正しい。文鮮明師はこれを単なる「国際結婚」と呼ばずに、「交叉結婚」と呼ぶ。それは越えるべきなのは国家の壁だけでなく、人種、宗教、文化の壁も含まれるからである。文師は以下のように語っている。
「神様の目には、皮膚の色の違いはありません。神様の目には、国境も存在しません。神様の目には、宗教と文化の壁が見えません。このすべては、数万年間人類の偽りの父母として君臨してきた悪魔サタンの術策にすぎません。」
「白人と黒人が、東洋と西洋が、ユダヤ教とイスラーム(イスラム教)が、さらには五色人種が一つの家族になって生きることができる道は、交叉結婚の道以外にほかの方法があるでしょうか?」(2005年 9月12日「神様の理想家庭と平和世界のモデル」より)

 統一教会の信徒たちが国際結婚を選ぶ理由が、こうした文鮮明師の教えにあることは明らかである。文師は特に、怨讐関係にある人種や民族が神を中心とする真の愛によって結ばれれば、それが歴史を清算して世界平和を築く土台になると教えている。そのためにあえて黒人と白人のカップル、過去に戦争をした国同士のカップル(例えば日本人とアメリカ人)、怨讐関係にある民族同士のカップル(例えば日本人と韓国人)のマッチングを積極的に行ってきた。

 アメリカの宗教社会学者、ジェームズ・グレイス博士が1985年に出した著作“Sex and marriage in the Unification Movement(統一運動における性と結婚)は、統一教会における結婚の実像を公平で客観的な立場で描き出している貴重な学問的研究成果であるが、この本の中でも異人種間の結婚を文師が奨励していることを紹介している。
「ストーナーとパーカーは1977年に『統一教会が発行した結婚相手の長いリストから、偶然にせよ意図的にせよ、これらの結婚の半分以上がアメリカ人と外国人との間でなされたことは明らかである』と報告している。現在の筆者の調査は、これらのマッチングがまったく偶然ではなく、少なくともあるレベルにおいて、人種と文化が全く異なる人々を結婚で一つにすることにより世界の統一をもたらそうという文師の努力の直接的な結果であると見られるべきであることを示している。」(ジェームズ・グレイス『統一運動における性と結婚』第5章「祝福:準備とマッチング」より)

 ここでグレイス博士が、異人種間の結婚を単に教会の教えや理想という側面からだけでなく、より現実的な視点からも分析していることは特筆に値する。すなわち、アメリカの統一運動では男女比が2対1であり、男性の方が多い。アメリカ人同士をマッチングしようとすれば、どうしても女性の数が足りなくなってしまうので、アメリカ人の男性と東洋人の女性をマッチングすることによって、組織の具体的なニーズに合わせているという点である。さらにアメリカ人の男性と結婚した外国人の妻は永住ビザを取得することができるので、アメリカで自由に活動できるようになるという利点も上げている。

 ここで留意すべきなのは、特定の国における教会員の男女比は文師がコントロールできる事柄ではないので、「国際結婚の奨励」という理想と、「国ごとの男女比の違いを国際結婚によって調整する」という現実的な対応が両立しているということである。日本人と韓国人の国際結婚も、こうした両側面から理解しないと本質は見えてこない。日本の統一教会の信者は、数として女性の方が多い。したがって、日本人同士をマッチングしようとすれば、どうしても男性の数が足りなくなってしまうので、韓国人、アメリカ人、ヨーロッパ人、その他のアジア人、アフリカ人の男性と日本人の女性をマッチングしてきたのである。もちろん、日本人同士を希望する場合にはその意思は尊重されるが、国際結婚によって世界に出ていくことが日本人女性には奨励されてきた。その中でも韓国の男性と祝福を受けることは、信仰の祖国であるという認識から、統一教会の日本人女性のあこがれともなってきたのである。

 中西氏は「統一教会の韓日祝福がある程度まとまった数で出始めたのは一九八八年の六五〇〇双から」(p.431)であると書いているが、これは「数が増えた」時期を示しているに過ぎず、それ以前の祝福にも韓国人と日本人のカップルは存在した。すなわち「交叉祝福」の理想は初めからあったのであり、6500双(1988年)はその数が飛躍的に伸びた祝福であったに過ぎない。

 実際には中西氏の指摘する「韓国における男性の結婚難」と韓日祝福の間には、6500双以前の時代には何の関係もなかった。なぜなら、この頃に祝福式に参加したのは信仰を持った教会員だけであり、花嫁を紹介するという形で韓国農村部の非信者の男性に祝福結婚を呼びかけるということは行われていなかったからである。こうしたことが行われるようになったのは3万双(1992年)以降であり、特に36万双(1995年)のときにはそうした傾向が強くなったと思われる。

 それ以前は、祝福を受けるためには非常に高い信仰の基準が要求されていた。基本的に原理の修練会を受けて真の父母を受け入れていなければならなかったし、信仰生活を始めてからは恋愛や性交渉は一切禁止されていた。「成約断食」と呼ばれる7日間の断食を終了していなければならなかったし、本部教会に会員登録して、責任者が祝福候補者として推薦できるような模範的な信仰生活をしていなければならなかった。伝道活動を熱心に行い、霊の子を3名立てることが祝福を受ける条件とされていたが、これは努力目標のようなもので、実際にはそれほど厳格な条件ではなかった。とはいえ、多くの教会員は祝福を受けるために熱心に伝道したのである。6500双までの祝福は、こうした献身的な信者同士の祝福であったと言える。したがって、韓国人の側にも信仰の基準が要求されたため、そもそも非信者の一般男性に祝福を勧めるという発想自体が存在しなかったのである。

 中西氏は、「仮定の話になるが、韓国の農村に男性の結婚難がなかったとしたら、七〇〇〇人もの日本の女性信者が合同結婚式で韓国人男性の妻となって渡韓することはなかったはずである。」(p.427)と述べているが、私はここで敢えて別の仮定を立てて彼女の主張に反論したい。すなわち、「仮定の話になるが、もし韓国統一教会に7000名の日本の女性信者とマッチングすることが可能なくらいに十分な数の男性信者がいたならば、これらの女性信者は配偶者に恵まれない韓国の農村の男性に嫁いだのではなく、信仰を動機として結婚する韓国の男性信者のところに嫁いでいたであろう」ということだ。

 祝福は、本来は男女とも信仰を動機としてなす結婚であるべきである。しかし、韓国統一教会には日本人女性の相手となる十分な数の男性信者がいなかった。そこで日本人の女性信者の相手を探すために、結婚難に苦しむ田舎の男性に声をかけるということを始めたのである。信仰のない男性に嫁がせることに対する不安や批判は当然あったと思われる。しかし日本の女性信者は優秀で信仰が篤いので、そうした男性をも教育して最終的には教会員にすることを期待して、これらのマッチングが行われたのであろう。しかし、それにも限度があり、個人としては負い切れないような十字架を背負った女性たちを生み出してしまったこともまた事実である。それは特に36万双(1995年)においては顕著であり、単に信仰がないだけでなく、お酒やタバコの問題、定職がなく経済的に困窮している、夫から暴力を受ける、などのさまざまな困難に直面した女性がいたことも聞いている。私はこれは韓国統一教会の失敗であり、祝福の歴史における一つの汚点であると思っている。

 ただし、結婚難に苦しむ韓国の農村の男性に祝福を紹介すること自体が悪だと言っているのではない。こうした男性に祝福を受けさせる場合には、まず結婚不適合者でないかどうかをきちんと調査し、最低限の原理教育を行ってから祝福を受けさせるべきであったにもかかわらず、祝福の数を追うあまりにそれをきちんとしなかったことが問題であったということだ。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

世界の諸問題と統一運動シリーズ01


平和大使運動のビジョンとゴール

 今日の世界は「不確実性の時代」と言われ、世界秩序を構築する方向性が見いだせないままに混迷の一途をたどっています。そこで今回よりシリーズで、世界で起きている具体的な諸問題の背後に潜む本質的課題を分析しつつ、統一運動がその解決のためにどのように取り組んでいるのかを紹介していきたいと思います。具体的には、日本を取り巻く国際的な諸問題と重要な国内問題を事象やテーマごとに取り上げながら、それに対応する統一運動の具体的な活動を紹介していくという形になります。

 第1回の今回は、問題の全体像を把握したうえでビジョンとゴールの提示を行います。私は天宙平和連合(UPF)の日本事務総長として、日頃から全国各地を回って「平和大使セミナー」の講師を務め、平和大使の皆様にUPFのビジョンと活動について語っています。その際、現在の世界と日本が直面している諸問題として、以下の三つに焦点を当てて取り組んでいることを説明しています。

①世界的な宗教・民族対立の激化

 世界平和について論じるときに、それを脅かす原因は時代と共に変化します。冷戦時代には、世界平和の問題と言えばイデオロギーの問題でした。「自由主義陣営」対「共産主義陣営」、アメリカ対ソ連の戦いが主要なテーマでした。しかし、ポスト冷戦時代においては宗教間・民族間の争いが世界平和を脅かす主要な原因となっていきます。2001年9月11日に起きた米国同時多発テロは宗教的動機に基づいて行われたテロ行為でしたし、欧米や中東、アフリカなどで続発しているテロ事件の多くは「イスラム国」(IS)や「アルカイダ」など、イスラム過激派と呼ばれる勢力が関わっています。また、冷戦後は国家間の本格的な戦争が数の上で減っていく一方で、より小規模な民族間・部族間の争いは増加しています。冷戦後の時代においては、世界平和を語る上で宗教の問題を避けて通ることはできなくなりました。

②アジアと日本の安全保障の危機

 かつて、「日本人は水と安全はタダだと思っている」と言われたことがありましたが、さすがに最近は多くの日本人がそうではないと気付くほどに、日本周辺の軍事的緊張は高まっています。中国は毎年二桁の伸びを示す勢いで国防費を増加させつつ、南シナ海に露骨な軍事的拡張を進めていますし、東シナ海も虎視眈々と狙っています。一方で北朝鮮は核・ミサイル開発を推し進め、トランプ政権と「完全な非核化」を約束したにもかかわらず、具体的な進展が見られない状況にあります。全般的に見て、東アジア地域の緊張はかつてないほどに高まっていると言ってよいでしょう。

 さらに、大統領自らが「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と発言(オバマ前大統領の発言。ただし、トランプ大統領も選挙期間中に同様の発言をしている)するなど、米国の衰退による抑止力の不在も懸念されています。政府与党が2015年に安全保障法制を整備したのも、こうした深刻な事態に対応するためであり、日本人も自国の安全保障について真剣に考えなければならない時代を迎えたと言ってよいでしょう。

③家庭崩壊と無縁社会の出現

 国内に目を転じれば、日本という国を根底から崩壊させかねない深刻な危機が進行しています。それは家庭が崩壊し、人と人との絆が希薄になっていく「無縁社会」の出現です。天然資源に乏しい日本という国が世界の一等国家になることができたのは、その人的資源によるところが大きく、日本民族が優秀であったためです。その優秀な日本民族を生み出してきたのがまさに日本の家庭であり、日本の家族文化は世界に誇れるものでした。

 しかし近年の日本は、離婚の増加、児童虐待の深刻化、単身世帯の増加、若者たちの非婚化、少子高齢化と人口減少など、家庭そのものが機能不全に陥っている兆候が如実に表れてきています。いかなる危機も、それを解決しようとする意志と能力のある人間がいれば道は開けますが、家庭の崩壊は、そうした人間を生み出す基盤そのものを破壊してしまうという意味で、最も根本的な危機であると言えるでしょう。

平和大使運動のビジョンとゴール

 国連NGOであるUPFは、専門性と徳望をもって平和世界実現に貢献している各界各分野の指導者を「平和大使」に任命し、全世界で平和促進のための活動を展開しています。平和大使運動のビジョンは”One Family under God”(神の下の人類一家族)であり、そのような世界を実現するために、日本の平和大使運動は以下の三つのゴールを設定しました。①「平和国連」のモデルを形成する、②日米韓を基軸としてアジア太平洋地域の平和と繁栄に貢献する、③平和理想家庭の価値と為に生きる「奉仕の文化」を定着させる。これらは、既に述べた日本と世界が直面する三つの問題の解決策として提示されています。

 次回からは、これら三つのゴールが世界と日本を取り巻く諸問題とどのように関わっており、その背後に潜む本質的課題を解決しようとしているかを具体的に説明していきます。

カテゴリー: 世界の諸問題と統一運動シリーズ

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』152


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第152回目である。

「第Ⅲ部 韓国に渡った女性信者 第八章 韓国社会と統一教会」の続き

 中西氏は、第8章の「5 教勢」と題する一節で、韓国統一教会の信者数を紹介して以下のように書いている。「一九五四年に設立された統一教会は一九六三年に韓国政府から財団法人の認可を受けた(韓国には日本のような宗教法人制度はない)。教勢は『韓国宗教年鑑』(一九九五年)によると、牧師一二一六人、長老二七一〇人、伝道師四四〇〇人、信者五五万人(男性二五万、女性三〇万)となっている。公称信者数は必ずしも正確な数を表しているとは言えないが、日本の四七万人(『宗教年鑑』平成六年版)と比べると多い。しかし、韓国には結婚目的で『にわか信者』になったものもいるので、信者が日本より多いかどうかは不明である。」(p.424)

 公称信者数が必ずしも正確な数を表していないというのは、統一教会に限らず、伝統宗教でも新宗教でも似たような状況である。そもそも何をもって「信者」と認定するかは宗教ごとに異なっており、数え方の精度もまちまちなので、比較のしようがないのである。日本の『宗教年鑑』には仏教の信徒数が掲載されている。浄土系が1712万人、日蓮系が1326万人、真言系が922万人、禅系が315万人、天台系が312万人、奈良系が71万人という数字が並べられており、日本には仏教の信者が合計で8471万人いることになっている。これは日本の総人口の約7割が仏教徒であるということを意味するわけだが、これらすべてが熱心な仏教徒であると信じる人はいないであろう。さらに神道系の信者が1億77万人、キリスト教系が192万人、諸教を合わせて949万人で、これらを全部合わせると1億9689万人になる。これは日本の人口をはるかに超える数字である。こうしたことが起こるのは、仏教や神道が個人の内面の信仰に関わりなく、檀家や氏子に属する人を全員信者としてカウントするからである。

 一方で信仰について個人にアンケート調査をするとまったく異なる数字になる。統計数理研究所が「あなたは何か信仰や信心を持っていますか?」という調査を個人に対して行ったところ、72%の日本人が「持っていません」と答え、「持っている」と答えたのは28%であった。『宗教年鑑』のデータでは、日本人の7割が仏教徒であり、8割以上が神道の信者であるはずなのに、日本人で信仰そのものを持っている人は28%しかいないというのである。このように日本の伝統宗教においては、宗教法人側では信徒だと思っているのに、本人には信者であるという自覚がない者が非常に多いという事実がある。新宗教の信仰はむしろ自覚的で、伝統宗教に比べればこうした差は小さいのかもしれないが、それでも「名ばかりの信者」と言える人が公称信者数に入っていることは十分に考えられる。しかし、伝統宗教の信者数にもそうした人々が含まれていることを前提とすれば、韓国の統一教会信者が55万人、日本の統一教会信者が47万人という数字はそれほど不正確な数字であるとは思えない。こうした数字の性格からすれば、韓国で結婚目的で「にわか信者」になったものを含めてはいけないということにはならないであろう。にわかになったとしても、信じているのであればそれは「信者」と呼ぶことができ、少なくとも「名ばかりの信者」よりは自覚的な信者と言えるのではないだろうか。

 日本における統一教会の教勢に関しては、櫻井氏が以下のような分析を行っている。
「日本における統一教会の信者数は、四七万七〇〇〇人(平成七年文化庁宗教統計)とされるが、献身した本部教会員の実数は数万人の規模と思われる。統一教会問題を手がけてきた日本基督教団の牧師や全国霊感商法対策弁護士連絡会、及び脱会した元信者の証言によれば、統一教会の修練会に多数の若者たちが参加していたのは、一九八〇年代末までである。」(p.96)

 この47万7000人という数字は、活動しているかどうかは別として、本部教会に登録した教会員の名簿上の数として文化庁に報告したものと思われる。献身的に活動している者のみを信者として数えるならば、その実数が数万人の規模というのは、およその数としてはそんなに外れていないと思われる。ただし、統一教会の信仰を持っている人には、社会で働きながら信仰を持つ「勤労青年」や、家庭の主婦が信仰を持つ「壮婦」、その夫に当たる「壮年」、さらには幼児、小学生、中学生、高校生などの「2世」も含まれるので、どこまでを「信者」として数えるかによって、その数は大きく変わると言える。

 ちなみに、1999年に発行された拙著『統一教会の検証』には「資料編」があり、そこには統一教会本部広報部からもらった教団の教勢に関するデータが掲載されている。それによれば、信者数は約60万人、講師が約8000人、教師が約4000人となっている。公益財団法人・国際宗教研究所の「宗教情報リサーチセンター」のウェブサイトによると、国内信者数は56万人になっている。このように多少のばらつきはあるものの、日本国内の信者数はかなり一貫性のある数字となっている。

 続いて中西氏は、韓国に在住する外国人信者の数を『本郷人』に記載された数字からまとめている。それによると、「日韓家庭」(日本人の夫と韓国人の妻のカップル)が約300家庭、「韓日家庭」(韓国人の夫と日本人の妻のカップル)が約6500家庭、それに若干の韓比家庭、韓泰家庭、韓蒙家庭などが加わるという。『本郷人』は韓国統一教会が在韓日本人信者を対象に発行している新聞であるから、この数字は信憑性があると思われる。

 続いて中西氏は、「6 東南アジア出身の女性信者」という節の中で、フィリピンやタイ出身の女性信者について述べているが、その描写はいささか差別的であり、フィリピンやタイの女性に対する日本人女性としての「上から目線」を感じさせる。
「フィリピン人やタイ人女性の場合、日本人女性のような信仰ゆえの結婚ではない。自国よりも経済的に豊かな韓国の男性と結婚することで故郷の親に仕送りができることを期待して結婚する。」(p.424)
「彼女達にとっての祝福は日本人女性のような信仰あっての結婚ではなく、階層上昇を願っての結婚だったのではないだろうか。」(p.427)

 国の経済的な豊かさの比較により、日本から韓国へ嫁ぐことが「下降婚」であり、フィリピンやタイから韓国へ嫁ぐことが「上昇婚」であることは客観的に言えるかもしれないが、だからと言ってフィリピンやタイから韓国へ嫁ぐ統一教会信者の内面の動機や信仰について調査した根拠もなく断言するのは社会学者としてはあるまじき独断と偏見である。

 フィリピンから韓国に嫁いだ統一教会の女性が韓国での結婚生活に適応できず、「フィリピーノ・カトリック・センター」に駆け込み寺のように行ってしまうという話は、私も聞いたことがある。しかし、そこで彼女たちが「韓国へ行って豊かな生活をしたくないか」「毎月小遣いがもらえてフィリピンに送金できる」などと言われて韓国に行くのを誘われたという話を真に受けて一般化するのは、統一教会脱会者の話を聞いて統一教会の信仰生活一般を論じるのと同じことである。脱会者の証言にはネガティブ・バイアスがかかっており、自分を正当化して同情を買うために虚偽の証言をする可能性もある。

 中西氏がまだ良心的なのは、自らが直接出会ったフィリピンやタイの女性のインタビューに基づき、信仰を保って平穏に暮らしている者もいることを明らかにしている点である。中西が紹介しているフィリピン人の女性信者は、ご父母様が夢に現れるなどの宗教的体験をしている。彼女はちゃんと統一教会に通って原理の教育を受けており、祝福の意義と価値をきちんと理解して結婚したと考えられる。彼女の結婚が信仰のゆえでなく、自国よりも経済的に豊かな韓国の男性と結婚することで故郷の親に仕送りができることを期待していたと断定できる証拠はどこにもない。

 タイ人の女性も、「タイ語の『原理講論』とマルスムで原理の勉強をした。いい子が生まれ、いい家庭が作れると思った。」(p.426)と語っており、表現はシンプルであるが、原理を正しく理解して信仰に基づいて祝福を受けたと考えられる。この二人に信仰がないとすれば、いったい信仰のある人とはどのような人のことを指すのであろうか? 

 中西氏は「下降婚」と「上昇婚」の問題と、信仰のあるなしをごっちゃにしているとしか考えられない。そこには、信仰がなければ「下降婚」をあえてするはずがなく、「上昇婚」をした人は信仰が動機であるはずがないという思い込みがあるのである。そこには、日本から韓国へと「下降婚」をする日本人女性は、なにか「マインド・コントロール」に近いような特殊な精神状態に追い込まれない限り、そのような選択をするはずがないという前提があり、一方で「上昇婚」をするフィリピンやタイの女性にはそのような信仰は必要なく、経済的理由で結婚したに違いないという偏見が重なっている。中西氏の論法は、自身の世俗的な価値観をフィリピンやタイの統一教会信者に投影したに過ぎず、彼女たちの内面の信仰を素直に見つめようとしない点で、失礼極まりないものである。

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