ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳48


第6章 祝福:聖別期間と同居生活(4)

 統一運動の中には、「聖別・約婚期間」にお互いに関わる際に神を中心とする役割を忠実に守ったカップルは、必ず「恋に落ちる」であろうという旨の口頭伝承がある。筆者が初めにこの期待について学んだのは、婚約して6カ月になるにもかかわらず自分の婚約者に対していまだにいかなる恋愛感情もわかないために葛藤していると発言したある男性メンバーからであった。彼が知っている他のカップルは既にこの経験をしており、彼はそれが彼の関係の一部になっていないことをどこか気に病んでいたのである。(注25)最近、筆者は彼と婚約者がこの愛を経験したことを知った。

 「聖別・約婚期間」の(および結婚における)恋愛感情に対する思想的で権威ある根拠は、文師の非常に洞察力ある発言に見いだすことができる。それは、事実上あらゆる人間の経験を神による全体主義に組み入れる彼の能力を示す表現である。
「男と女は実際、両極から出発するのですが、彼らが一緒になるときには、彼らが一歩踏み出すごとに全天宙が共鳴し、自然のすべてが共鳴するのを感じるのです。それが若い情熱です。男と女が真剣になるとき、神様もまた真剣になります。彼らが非常に劇的でロマンティックになるとき、神様もロマンティックになります。若い男女が天的な愛の衝突の中でお互いを巻き込むとき、その爆発は雷よりも激しいのです。若い情熱がぶつかるときには、神様でさえ興奮するでしょう。神様が若い情熱の一部となるとき、その愛は永遠なる愛であり、安っぽいスリルではなく、何か真剣で貴いものなのです。」(注26)

 マッチングを受けたカップルの証言が示唆しているのは、大部分において、恋愛感情は「聖別・約婚期間」に育っていくが、それは彼らが正しい態度と役割を引き受けたときにのみ生じるものなのだということだ。ある婚約中の男性は、このプロセスに対する有効な「社会学的な」理解であるとみなすことのできる見解を述べた。
「文師は、愛には実践が必要だと言いました。私たちはどのように愛するのかを学ばなければならないのです。妻に対する私の愛の質は、他の人に対する愛とは異なります。なぜなら、自分の妻に対する関係は質が異なるからです。その役割そのものが、どのように彼女を愛するのが正しいかを学ぶための、正しい出発点なのです。」(注27)

 関係における正しい役割を果たすことには、相手に対する配慮とオープンな態度、そしてマッチングと結婚が永遠であるという信仰が含まれる。相手を愛したいという意味での恋愛感情は、相手を無条件に愛するという意味でのアガペーの愛から成長してくるものなのである。あるメンバーが言ったように、愛は純粋性と結びついており、純粋性は「・・・与える態度、関係において我のないこと」(注28)を意味する。したがって、「聖別・約婚期間」の根拠となる神の国のための自己犠牲は、マッチングを受けたカップルの間に恋愛感情が生じるための土台であるともみられているのである。

 最近マッチングを受けたカップルの数の多さを考えれば、最初の段階で彼らの多くがお互いに対してロマンティックな意味での愛情を抱くことに困難を感じたというのは驚くに値しない。まったく見知らぬ者同士がマッチングを受けたり、時にはその片方あるいは両方がマッチングを受け入れがたいと思うことも、決して珍しいことではない。後者の感じ方の一つの例が、まったく好きではない女性とマッチングおよび祝福を受けた男性メンバーの体験であった。「もし私が結婚したくないと思う女性を3名挙げることができたとしたならば、そのうちの一人がまさにお父様が提案してくれた女性だった。」(注29)彼は、自分の相対者を愛せないということは、彼のあらゆる関係に影響を与えているより大きな精神的問題の反映であることを理解している。「私は愛を感じることができなかった。私は愛について考えることはできるが、それを感じることはできない。」(注30)彼は本物の親密な関係を、他の人々との間ではなんとか避けることができたが、妻との間ではそれは無理だった。そして本当に彼女を愛するための彼の不安な葛藤に関する記述は、「聖別・約婚期間」の彼の生活においては、神の手に委ねられているのである。
「神は、私の存在の核心部分に到達するための最適の道具を発見したのだ。それが私の妻だ。誰も私の平静を乱すことができないとき、彼女にはそれができる。彼女はそれを意識的にやっているのではなく、むしろ単純に彼女自身であることによって、そうするのだ。そしてそこで、神は私の心情の解放することを通して、ご自身の御旨を始められたのだ。」
「私が自分の妻について知るようになるにつれ、私の中に消極的な受容と寛容が育ち始めた。初めはときどき愛の衝動が起きるようになり、後には確かで持続的な愛情によって彼女の存在を喜ぶことができるようになった。この成長が起きたとき、神の存在もまた私自身の中に浸透し始めた。」(注31)

 このメンバーが到達した彼の相対者に対する「確かで持続的な愛情」は、文師の語る熱狂的な神を中心としたロマンスとは異なるように見えるが、インタビューのデータが示唆するところによれば、彼が「聖別・約婚期間」に愛を達成した方法は、多くのマッチングを受けたカップルが典型的に経験することである。最初に相手を目の前にして違和感や不安を感じ、次に彼または彼女の肯定的で補完的な性質に焦点を当てようという、信仰によって方向づけられた努力があり、そして最終的には無条件の愛へと突破していくのだが、そこには強い恋愛的要素が含まれるかもしれないし、含まれないかもしれない。

 前の段落で引用されたメンバーの証言は、主として「聖別・約婚期間」の神学的な次元について説明している。すなわち、男性を神に導くという女性の摂理的な役割である。第4章において言及したように、初めにエバがアダムを神から遠ざけたがゆえに、こんどは自分の男性を神の方へ引き上げるのが女性の責任なのである。彼女は自分の「息子」の信仰を育てる「母親」になる。したがって、婚約期間中は彼女が「主体」であり、彼が「対象」なのである。マッチングを受けたメンバーは、この役割の方向性についてさまざまな理解をしているように見受けられる。その意義については漠然としか理解していない者もいるように思える。自分達はこれらの摂理的役割を実現するための真剣に努力している(そのやり方はカップルごとに独特なのであるが)と言った者もいた。第3のグループはこれらの役割を統一運動の中の「神を中心とするフェミニズム」の現れであると解釈した。全体として取られたデータは、「聖別・約婚期間」の摂理的役割に関することは、マッチングを受けたカップルの生活の中では特に強調されてはいないことを示している。

(注25)インタビュー:サール氏
(注26)文鮮明「最も偉大なものは愛」『マスター・スピークス』 (番号77-03-20, 1977年3月20日), p. 10。この引用は、統一運動の神学は独立した変数として機能する時がある一方で、しばしばグループの慣習の変化に依存している、という私の主張を強力に支持している。恋愛感情は70年代半ばに登場し、文がそれを是認したのは1977年のことであった。彼の初期の説教には、恋愛感情に言及した箇所はない。
(注27)インタビュー:フランス氏(私の理解)
(注28)インタビュー:アンダーソン女史
(注29)グレン・キャロット・ストレイト「私にとって祝福が意味したもの」『季刊祝福』(第1巻、第3号、1977年秋)、 p.51。
(注30)前掲書、p. 51.
(注31)前掲書、pp. 51-52.

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』126


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第126回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、前回から「五 壮婦(主婦)の信者 家族との葛藤が信仰のバネに」に入った。今回は元信者Hの事例の二回目である。

 櫻井氏の記述によれば、Hは「霊感が強い方」だということになっている。わざわざ鉤括弧でくくって表記しているのは、H自身がインタビューの中でそのように語ったということだ。櫻井氏がHにインタビューを行ったのは脱会して二年目だが、その時点でも彼女のは霊界の存在や、自身にそれを感知する能力があることを信じていたことになる。おそらくそれは統一教会に入る以前からの彼女の考え方の一部だったのであり、統一教会によって霊界の存在を教え込まれ、信じさせられたというわけではない。それは統一教会の信仰を辞めた後でさえ、インタビューにおける自己認識の中で「霊感が強い」という言葉が出てくることからも明らかである。Hはもともと目に見えない世界に対する興味や感性を持っていたのであり、いわゆる宗教性があったのである。

 これは統一教会に伝道される素養のある人々が持っている、共通の特徴であると言える。加えて「神や宇宙の始まりといったことに素朴な関心を持っていたが、拘束してくる宗教を嫌っていた」(p.371)というのも、伝道される人の典型的な特徴である。『ムーニーの成り立ち』においてアイリーン・バーカー博士は、ムーニーとなった若者たちが統一教会に最初に出会ったときには、その過半数が神は信じているけれども、ある特定の宗教は拒絶するか、あるいはある特定の宗教に属しているとは感じていないと述べたという。彼らはカトリックや英国国教会に代表されるようなイギリスの伝統的な教会に幻滅していたのであり、何かそれに代わるものを探していたのである。そしてほとんど全てのムーニーが運動に出会った後にある種の霊的または宗教的な体験をしたと言ったが、彼らの優に4分の3以上は、運動に出会う「以前にも」そのような体験をしていたと主張したという。(『ムーニーの成り立ち』第9章「感受性」より)

 したがって、拘束してくる宗教を嫌いながらも神、宇宙の始まり、霊界といった宗教的な事柄に関心の強かったHは、統一教会に伝道された人としては典型的な素養を持っていたと言ってよいだろう。そもそも、神や霊界といった目に見えない存在を最初から否定し、関心を持たないような人は、伝道の入り口のところで淘汰されてしまうのである。

 Hが伝道された入り口は姓名判断による占いである。「殺傷因縁」や「色情因縁」という印鑑販売において典型的に使われていたトークを受けたということだが、結論として勧められたのは何かを購入することではなく、「婦人教養講座」を12000円で受講することだった。Hは物品販売を契機として伝道されたのではなく、占いから直接ビデオ受講に進んで行ったことが分かる。占いのトークにはHは恐怖しか感じなかったようだが、「婦人教養講座」のビデオの内容は彼女がかねてより抱いていた関心に合っており、これがHが伝道されていく直接的な原因となった。占いはきっかけに過ぎなかったということだ。

 Hは、「初級コースでは因縁や霊界の講話、『不幸の原因』『不倫による家庭の崩壊』『生命に対する尊厳性』等のビデオが見せられ、引き込まれていった。専業主婦が日頃直面する女性個人としての生き方と妻・母としての役割が葛藤するときはどのように対処したらよいのか、三世代家族の場合には嫁姑の葛藤をどう解決するかといった方法を教えられ、納得するところがあった。」(p.371)と書かれていることから、彼女がビデオの内容に関心を持ち、納得しながら学んでいたことが分かる。彼女が講座を受け続けた理由は、不安や恐怖ではなく、これを学んで行けば自分の抱えている問題が解決されるかもしれないという希望と関心であった。彼女には学習に対する主体的な動機があったのだ。

 櫻井氏は、「ツーデーズセミナーやその他の講義に参加していく際に、罪の告白(家族に献身的でない、婚前交渉の経験、妊娠中絶の経験に関わる情報)が強要されたりもした。」(p.371)と述べている。しかし何をもって「強要」というのか、彼は明確にしていない。強要とは辞書的には「無理に要求すること。無理やりさせようとすること」だが、これだけではその意味は明確でない。刑法上の強要罪は、「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害」(第223条)した場合に成立することになっている。もし信者Hがそのような方法で罪の告白をさせられたことを証言したのであれば、それは統一教会の罪状を暴く絶好のチャンスとなるので、櫻井氏がそのことを記述しないはずはない。にもかかわらず、脅しや外的な強制力を用いて罪の告白をさせた経緯は一切書かれていないのである。そうしたことがなかったからにほかならない。

 櫻井氏は本章の「三 統一教会特有の勧誘・教化」において、青年信者に対する新生トレーニングでも受講生がこれまでの人生における異性関係を告白して罪を悔い改めることを求められることがあると記述している。青年と同様、壮婦の場合にも伝道される過程において過去の罪を告白する場合があるだろう。しかし、それを本人が納得して行ったのであればそれは強要ではなく、自由意思によるものである。人は通常、信頼できない人に自分のプライバシーにかかわることや悩みなどを話したりしないものだ。それを話したということは、ビデオ受講のカウンセラーを信頼していたからにほかならない。それは心許せる相手に対する単なる愚痴とも異なるものである。ビデオや講話の中で人間の罪に関する宗教的な話があり、それが心に響いたからこそ、自分にもそれに該当する罪があるとき、人はそれを告白することによって解放され、救いを得たいと欲するものなのである。Hはビデオ受講のカウンセラーに対して、ちょうどカトリックの信者が神父に対して罪の告白をするのと同じような感覚を抱いていたのであろう。

 これはキリスト教の「告解」をはじめとして、多くの宗教に共通する救いのプロセスの一つであり、その宗教的意義は十分に尊重されなければならない。こうした現象を宗教学者である櫻井氏が知らないはずはないが、彼はあえてその宗教的な意義には目をつぶり、根拠も示さずに「強要」という言葉で片付けてしまっているのである。

 Hは、「通い始めてから二ヶ月ほど経ち、『トレーニング』を勧められ、朝10時から午後2時半までの間、毎日子供を連れて通うことにした。その期間に「主の路程」が講義された。そのとき、メシヤが地上天国実現のために、あまりにも悲惨で過酷な生活の中で神の摂理、人類(H自身)救済をなしてきたということに対して申し訳なく感じた。」(p.371)とされている。通い始めてから二ヶ月でここまで理解したということは、Hはかなり宗教的感性の豊かな優秀な受講生だったことが分かる。こうした話を聞かされても、自分と何の関係があるのか理解できない受講生もいるからである。

 櫻井氏は青年信者が伝道されるプロセスにおいて、勧誘されてから統一教会の信者になることを決意するまでの期間は4ヶ月が突出して多く、それはフォーデーズセミナーを終えた時点であるしている。(p.211)これはちょうどメシヤが文鮮明師であると明かされるときであり、そこまで4ヶ月かかる場合が多いということだ。多くの受講生は出会って4ヶ月で自分の学んでいるものが何であるかを知り、約半年でそこで行われている活動の中身を知るようになる。その時点で、自分がそれまで聞いてきた宗教的な世界観や実践を受け入れるか否かを判断するための、基本的な情報をすべて与えられるわけだ。人生の中において、これは決して後戻りできないほどに長すぎる時間ではないし、実際に「いい勉強だったが自分には合わない」と言って、トレーニング終了後に関係を絶ってしまう受講生も多数いるのである。

 それに比べれば、Hは2ヶ月というさらに短い期間で基本的な情報を知らされ、さらにその先に進むか否かを判断する機会を与えられたことになる。櫻井氏の記述によれば、Hは「このとき初めてここは宗教で、統一教会だということもわかった。一瞬、『やっぱり、宗教じゃない。欺された』と思った。しかし、もうそのときには統一原理の内容を受け入れるようになっていたので、疑うことができなくなっていた。心の中で、これまで導いてくださった神様、先祖に対して、『どんなに苦しい道だったとしても必ず使命を全うします』と誓うまでになっていた。そして統一教会入会書にサインをした。」(p.371-2)となっているが、これは典型的な「マインド・コントロール論者」の物言いである。

 やっぱり宗教だとわかったにも関わらず、先に聞かされた教義を信じてしまっていたので、騙されたにもかかわらず疑い得なくなっているから、操作されているという理屈である。しかし、ここでもHは合理的な判断をしているのである。Hが求めていたのは自分の人生を導く真理であったが、宗教という形式には抵抗があった。しかし、自分が学んだ内容がこれこそ真理であると納得のできるものであったため、それが宗教の教義であるという形式は気にならなくなってしまったということなのである。ここでHは、真理に対する納得度と宗教に対する抵抗感を天秤にかけ、前者がはるかに重かったので、後者を軽視したのに過ぎない。これがH以外の人物であり、学んだ内容に対する納得度が低く、宗教団体に入会することに対する抵抗がそれ以上に大きかった場合には、この時点で関係を絶つという、もう一つの合理的選択も可能であるということだ。要は、その人の天秤がどちらに振れるかの問題であり、それはその人の個性によって決定される合理的な選択なのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳47


第6章 祝福:聖別期間と同居生活(3)

 実のところ、マッチングを受けたカップルの間の主な交流の形は、本質的に言葉によるものである。彼らが直接面と向かってコミュニケーションをするのか、より間接的な方法でするのかは、ある程度はそれぞれの「使命」の地理的な位置によって決まる。同じセンターや同じ都市の中にカップルの両方がいるというのは少数派であろう。大多数の者たちは直接面と向かって接することができない程度に遠く離れている。事実、マッチングの儀式と「公開された」祝福式の間に一度も会わないというカップルも若干存在するのである。お互いに地理的に離れた場所にいるカップルがコミュニケーションを取る手段は、手紙、テープ、電話による会話、および写真の交換である。おそらく手紙が最も費用のかからない媒体であるため、それが最も一般的なコミュニケーションの手段となっている。お互いの使命が同じ都市の中にあるカップルであっても、しばしば文書で交流をするであろう。

 その手紙は、私のインタビューによれば、極めて個人的な内容であり、それを通してパートナーはお互いのこれまでの人生や性格を相手に対して明らかにするのである。彼らはまた、統一運動や神を中心とする結婚をすることに対する希望についても語り合うだろう。その手紙は非常に長く、多くの場合毎日書かれるのであるが(注18)、明らかに一般的な「ラブレター」から連想されるような話題について長々と書いたりはしない。運動の指導者たちはマッチングを受けたカップルがお互いに手紙を書くことを奨励するが、男性の中には必ずしも定期的に手紙を書かない者もいる。以下の文師の言葉はこのことを示唆している。それはまた、師のショービニズムと、「聖別・約婚期間」にカップルがお互いにどのようなやりとりをすべきかに関する彼の考え方を裏付けるものである。
「一般的に言って、男性は手紙を書くことよりも自分の使命のために一生懸命働くだろうと私は思います。おそらく彼は、自分の妻にそれほど事細かに報告したいとは思わないでしょう。彼はこの「外」国で困難を感じるかもしれません。皆さんの夫が皆さんに手紙を書かなかったとしても、彼が自分のことを気に掛けていないと思ってはなりません・・・」
「皆さん(女性)は、カップルとしての自分たちの未来において有益となるような計画を練らなければなりません。ですから皆さんは彼に対する自分の印象を良くするための計画を立てなければならないのです・・・。たとえ皆さんが彼から一年間手紙を受け取らなかったとしても、良き妻は彼を励ます手紙を書き続けることができるでしょう。次のように書きなさい。『おそらくあなたには夜空の星を見る時間もないくらいに、自分の使命に没頭していらっしゃるのでしょう。あなたに感謝します。』」
「詩的な手紙を書きなさい。浜辺で海を見つめるあなたの横顔を写真に撮って送りなさい。・・・彼から手紙が来ないからといって、不平を言う手紙を書いてはいけません。皆さんには夫とは異なる優れた性質があるという印象を与えることができます。そうすれば皆さんの夫は自分自身について反省するでしょう。」(注19)

 カップルが例えば一日あるいは週末にお互いを訪問するとき、コミュニケーションの主要な方法はやはり言葉によるものであり、ここでは話し言葉だけである。神の目から見れば彼らは既に夫と妻であるとはいえ、彼らの個人的な交流は非常に抑制されたものになる傾向にあり、特に身体的接触に関してはそうである。リーダーたちは、「聖別・約婚期間」に入る前の修練期間の特徴であった両性の接触の回避を延長させるよう求めている。マッチングを受けたカップルに対するアドバイスの言葉の中で、祝福家庭協会のリーダーは以下のように述べている。
「より内的なレベルにおいて、私は皆さんが祝福結婚と祝福家庭の準備をする上で考えておくべきことをいくつか述べたいと思います。第一に純潔を守ることです。(1979年5月の)約婚以来、皆さん自身がどのように振る舞うべきかに関して多くの疑問があることと思います。私は本当に純潔を守ることの重要性をどんなに強調してもしすぎることはありません。それは心情の純潔とあらゆる身体的行動における純潔です。この純潔の土台の上に、神様は皆さんを真に祝福できるのです。家庭出発の準備に際して、もし皆さんがあらゆることにおいて清い心情を保ったなら、皆さんは霊的な土台の上に結婚に至ることができ、まったくの手つかずのその人全体として家庭を出発することができるのです。」(注20)

 「心情の純潔」という言葉は、明らかに神を中心とした犠牲的な生活のことを言っているが、「あらゆる身体的行動における」純潔は、おそらく歯止めが利かなくなるような激しいキスやペッティングを禁止しているのであり、あらゆる形の身体的接触を禁止してるというわけではないだろう。この研究のために接触したマッチングを受けたカップルは、一般的にスパージン夫人のアドバイスに従っていると言った。マッチングを受けたメンバーの典型的な反応は、「聖別・約婚期間」中の行動に関する以下の描写である。
「私たちは共にニューヨーク(市)にいました。私は・・・にいて、彼女は・・・にいました。ですから私たちは毎週日曜日に会って、お父様の御言葉を聞くためにベルベディアに行きました。私たちは通常、お互いの手を握って話しました。」(注21)

 手を握ることを越えて、抱きしめたり「軽い」キスにおよぶカップルもいるが、そのような行為は指導者たちによって許可されてはおらず、とりわけこの運動の日本および韓国の組織に属しているか、その影響を受けている指導者たちはそうである。そのような指導者の一人は、婚約中のカップルに対していかなる身体的な接触も許可しないと言った。彼は「これらのカップルは、聖酒式において罪は神によって第一義的に許されたが、これらの罪は復帰されなければならず、蕩減を支払わなければならないということを理解していないのだ」(注22)と説明した。さらにまた、
「悔い改めと許しは罪の結果を取り除くものではない。したがってわれわれはそれを蕩減しなければならないのだ。祝福前に(「聖別・約婚期間」に)これを行わない者は、その後に行わなければならない。」(注23)

 インタビューにおけるこの発言の文脈においては、「罪」という言葉は、それに限定されるわけではないにせよ、主として性的な破戒を示唆している。もし面と向かってのコミュニケーションが主として言葉によるものであるなら、マッチングを受けたカップルは何について話すのであろうか? 本質的に、彼らは手紙に書いていることと同じことについて話すのである。加えて、彼らは自分たちの関係を神に捧げ、自分たちの将来の共同生活を世界における運動の仕事に捧げることを共に祈るのである。この言葉のやりとりの効果は、男女が自らの経歴を再定義し、お互いに共有する現実を構築し始めることにある。(注24)

(注18)あるメンバーが私に話したところによると、彼と彼の婚約者はお互いに「ほとんど毎日」手紙を書いたという。そしてその手紙はタイプされたもので6~10ページあり、しかもシングルスペースだった! 私は統一運動のセンターの受付の女性と短い会話をしたのだが、彼女はそのとき婚約者に手紙を書いていた。彼女の手紙は15ページ目だったが、まだ終わりには近づいていないようだった。
(注19)文鮮明「1800双祝福二周年記念日におけるお父様の御言葉」、『季刊祝福』(第1巻、第2号、1977年春)、pp. 11-12。
(注20)ノーラ・スパージン「結婚に向けての準備」、p. 9。
(注21)インタビュー:キーン氏
(注22)インタビュー:ボルトン氏
(注23)同上
(注24)このプロセスの詳細な現象学的な分析に関しては以下のを参照のこと。ピーター・バーガーとハンスフライド・ケルナー『結婚と現実の構築』、pp. 49-72。

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』125


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第125回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、今回から「五 壮婦(主婦)の信者 家族との葛藤が信仰のバネに」に入る。

 ここで櫻井氏は、「日本の統一教会にとって壮婦伝道は、教化活動として副次的に位置づけられてきた。統一教会の教えを厳格に適用するならば、文鮮明が司式する祝福を受けて家庭を出発できる未婚の青年男女しか原罪のない子を生むことができない。既に世俗的な恋愛・結婚をなしているものは究極の救済には与れないのである。」(p.369)という偏見を改めて披露している。

 私は既にこのシリーズの第60回で、櫻井氏が統一教会の青年信者と壮年壮婦の間に価値的な序列をつけ、壮年壮婦は価値がない副次的な存在であるかのように主張していることに対して反論を行った。その根拠は以下のようなものであった。

 文鮮明師に従った韓国の初期の弟子たちの中には、既成教会で重要な枠割を果たしていた中年の婦人たちやお婆さんも多く含まれており、草創期の韓国統一教会は全体として若者ばかりの宗教というわけではなかった。梨花女子大の若い学生たちが多く入教したときでさえ、当時大学の教授をしていた年配の女性たちも同時に入教したのである。

 統一教会草創期に韓国で行われた祝福式には既婚の壮年壮婦が「既成家庭」として参加していたし、日本統一教会の最も古い祝福双にも既成家庭がいるように、もともと祝福を受けるのも若者だけではなかった。年配の既婚者も祝福を受けることは最初から可能だったのである。

 文鮮明師から最初に祝福を受けた3家庭のうち、金元弼先生の家庭は既成祝福であった。そして、その3家庭を含む36家庭が祝福の歴史の中では最も古い家庭に属するが、その3分の1に当たる12家庭が既成祝福である。日本で一番初めに祝福を受けた久保木修己会長の家庭も、統一教会に出会う前に既に結婚していた既成家庭であった。そして日本で最初に祝福が行われたのが1969年5月1日であったが、このときの22組のうち12組がマッチングによる祝福であり、10組が既成家庭であった。これらの事実から、文鮮明師は統一教会に出会う前に結婚していたカップルに対しても、初めから既成祝福という救いの道を準備していたことが分かる。

 こうした事実は櫻井氏も否定はできないので、「もっとも、日本統一教会初代会長の久保木修己は入信前に結婚していたため夫婦で祝福(430双)を受けているし、結婚後入信した初期信者にも祝福は与えられていた」(p.370)と述べた上で、既成祝福には一種の例外としての位置づけをして片付けている。しかしながら、韓国で行われた最初の祝福の三分の一が既成祝福であり、日本人が受けた最初の祝福(久保木家庭)が既成祝福であり、さらに日本で行われた最初の祝福の45%(22組中10組)が既成祝福であるという事実は、例外として片付けるにはあまりに比重が大きいのではないだろうか?

 とはいえ、日本統一教会の初期の時代に学生や青年の数が全体の割合として多かったことは事実である。櫻井氏の主張を要約すれば、日本の統一教会において伝道や経済の主役はあくまで青年信者だったのであり、壮年壮婦のプレゼンスが上がってきたのは1980年代に中高年者がつながってきた後のことであったというものである。青年信者と壮年壮婦の間に価値的な序列をつけるという誤った認識を除けば、彼の主張は外面的な事実としては間違っていない。

 日本では「親泣かせ原理運動」と叩かれた1960年代後半には大学生が多く伝道されたし、1970~80年代にも多くの若者が入教した。これは統一教会が宗教として若者たちを惹きつける魅力を持っていたということであろう。1980年代以降に壮年壮婦と呼ばれる層が増えてきたのは、統一教会が教団として成長し、成熟した大人さえも魅了し包容することのできる団体になったことを示している。それでも、まだまだ統一教会は勢いのある若い宗教である。そのエネルギーが若者たちを魅了し続ける限り、これからも10代後半から20代前半の若者たちが伝道され続けるであろう。すべての世代の人々にとって魅力的であることが教団としての理想の姿である。

 実は統一教会がこのように教団として成熟してきたことは、櫻井氏自身も次のように認めているのであり、この部分に関しては珍しく私と櫻井氏の見解が一致している。
「このようにして、1980年代の後半から1990年代、2000年代と、統一教会の活動は中高年の主婦層にも担われていくようになる。青年層が担った学生運動の趣があった原理運動から、宗教団体としての体裁を整え、どの年代でもそれなりの役割を与えられる教団に変化した。その意味では、日本の他の新宗教同様に教団安定化の時期を迎えたといえるのかもしれない。」(p.370)

 こうした前置きをしたうえで、櫻井氏は元信者H(女性)の事例に入る。Hは12年間も壮婦として統一教会の活動に従事してきたということであるから(p.370)、かなり熱心に活動した過去を持つ元信者と言ってよいだろう。

 櫻井氏は、「Hのライフストーリーは主婦が統一教会に伝道され、壮婦として活動を継続する典型事例であり、信仰と家族との葛藤が余計に信仰を強化する面がよくわかる。また、同時に一般家庭の主婦が統一教会に巻き込まれた結果、家庭が被る被害についても了解されるだろう。」(p.370-1)と述べているが、この記述には多くの問題が含まれている。

 まず、元信者Hのライフストーリーが、主婦が統一教会に伝道され、壮婦として活動を継続する典型事例であることの根拠を櫻井氏は示してない。一つの事例が典型であることを示すためには、多数の壮婦に対してインタビューを行い、伝道された過程や活動の様子を聞き取り、そこで大多数の者が経験していることがその一つの事例に集約されていることを示さなければならない。しかし、櫻井氏がインタビューを行った壮婦は事実上HとIの二人だけである。母集団としては小さすぎるし、どちらも現役信者ではなく既に信仰を辞めた後の回想の記録であるという点でバイアスのかかった証言である。しかも、Iは統一教会を相手取って民事訴訟を起こしている原告という「利害関係者」であり、「典型」とは程遠い立場にいる人間である。櫻井氏がこれを単に一つの事例として紹介しているのであれば学問的には問題がないだろうが、「典型事例」と言い切る以上はその根拠を示すべきであろう。

 櫻井氏は壮婦の信者の分析に、「家族との葛藤が信仰のバネに」というタイトルをつけていることからも分かるように、「信仰と家族との葛藤が余計に信仰を強化する」という面を統一教会の信仰における一つの特徴とみているようである。しかし、子供が宗教に入ったことを親が反対したり、妻が信仰を持ったことを夫が反対するというのは、特に新宗教においては良くあるケースであり、その際に家族の反対を受けて余計に信仰が強化されるというのも珍しい話ではない。迫害を信仰の糧とする伝統は多くの宗教に見られるからである。

 宗教的真理が世俗社会から受け入れられず、神の使者や預言者が迫害されるという観念は数多くの宗教の中に見出すことができ、統一教会に限ったことではない。イエス・キリストは迫害を受けることによって天国に近づくことを喜ぶように教えている。
「義のために迫害されてきた人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、あなたがたは、さいわいである。喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」(マタイ5:10-12)

 また、善なる者が悪なる世界から迫害されるというテーマは、キリスト教に限らず、仏教にも見出すことができる。仏教では迫害のことを「法難(ほうなん)」と呼ぶが、特に日蓮(1222~1282)においては、「法難」によって逆に自らの信仰の正しさが証明されるという思想が強調されている。彼は権威筋から迫害されることにより、何回も死にそうになるが、多くの法難に遭えば遭うほど、この道こそ正しい道であると確信していった。これと同様の発想で、家族からの反対も一つの「迫害」や「法難」として信仰のバネになりえるのである。こうした宗教的伝統との比較の中で統一教会の壮婦の事例を扱おうという姿勢は、櫻井氏の記述には見られない。

 また、「一般家庭の主婦が統一教会に巻き込まれた結果、家族が被る被害」という表現は、統一教会を悪者・加害者とし、信者の家族を被害者と決めつける一方的な視点である。家族の誰かが宗教を持つことによって生じる家族間の葛藤を、一方的に宗教が悪いという前提で論じることは、少なくとも客観的で中立的な視点ではない。そこには、そもそも宗教に入信した動機にもともと家族との葛藤があったのではないか、入信した家族の気持ちを理解できなかった他の家族の側にも問題はなかったのか、家族の一人が入信することをきっかけとしてやがて家族全員が信仰を持ち、幸せになるケースはないのか、といったような視点が抜け落ちている。櫻井氏の研究は「批判のための研究である」と明言しているくらいだから、こうした多様な視点を最初から排除して、加害者と被害者という固定化された役割の中で統一教会と信者の家族を描くことしか念頭に無いようである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳46


第6章 祝福:聖別期間と同居生活(2)

 マッチングを受けた個々のメンバーは、「聖別・約婚期間」中は霊的成長と運動への奉仕に関心を集中させるように、指導者たちや年長の祝福家庭のカップルから強く推奨されている。マッチングを受けた者は、「聖人のように生き、聖人のように考える」(注5)ことを奨励されており、この格言を成功裏に成就する鍵となるのが犠牲である。祝福家庭協会の長は、結婚が個人主義的な態度を助長することによって、いかにグループの団結に対する深刻な脅威になり得るかということに明らかに気付いており、マッチングを受けたカップルに以下のようなアドバイスをしている。
「独身者として、私たちは非利己的であること、使命のために自分自身を犠牲にすることについて、多くを教えられてきました。時として、私たちは家庭を持ったときには自分自身のため、自分の家族の為に生きることができると考えます。最終的に、私たちは自分を愛してくれ、自分の世話をしてくれる誰かを持つようになり、自分のやりたいように物事をすることができるようになります。実際、結婚には自由があります。皆さんは新しい種類の自由を持つようになるのですが、それでも[#傍線]私たちは非利己的な心を持ち続けなければなりません。もしそれが出来なければ、私たちは自分たちの教会の価値観から遠ざかっていくこともあり得るのです[#傍線終わり]。」(注6)

 霊的成長は、ある意味で独身のメンバーがマッチングの準備をするよう奨励されるのと同様に、「聖別・約婚期間」中に愛する能力をさらに発達させることであるとも理解されている。運動のアメリカ支部の会長は以下のように説明している。
「浄化のプロセスが約婚のプロセスなのです。それは、私たちが縦的な基台(神に対する愛)を確立する期間であり、その上で私たちは、自分が必要とし欲しているあらゆる横的な愛(その人の相対者や他者に対する愛)を経験することができるのです。」(注7)

 マッチングを受けたカップルの状況について、彼はさらに具体的に語っている。「もし皆さんが純粋な心情を持っていれば、皆さんは全てを手に入れることができます。皆さんはあらゆる関係を美しいものにできるのです。」(注8)

 霊的成長の問題に関連しているのは、特定のメンバーらによって表明された、より精神的に成熟するために「聖別・約婚期間」を活用するという考えである。(注9)ある既婚女性は、彼女が「聖別・約婚期間」中に経験したフラストレーションを思い起こしながらも、そうしたことは結婚して一緒に暮らすための有益な準備であると見ていた。彼女は、「結婚は簡単なものではありませんが、自分自身の問題を解決した後であれば、より簡単になるようです」と書いている。(注10)この期間を情緒的・霊的な成長のために用いるということは、マッチングを受けた人々のインタビューの中でもしばしば言及された。

 運動の指導者が書いたものの中で語られることは滅多にないものの、「聖別・約婚期間」のもう一つの目的は、インタビューの中で明らかになった。接触したほぼすべてのマッチングを受けた者たちは、この期間を彼らの将来の配偶者を知るための機会であると語ったのである。彼らはしばしばこのプロセスを伝統的なアメリカ社会における婚約期間中に起こることと結び付けた。(注11)ある女性メンバーはこの期間を現実的な意味において非常に良いものであるとみなした。なぜなら、「・・・あなたは相手を知人として、友人として知るようになるの。その人を人として知るのはとっても大変なことよ・・・」(注12)「聖別・約婚期間」のこうした側面に対するあるメンバーの意気込みは、以下の発言の中に明らかである。「私は三年間の聖別期間を本当にありがたいと思っている。なぜなら、私たちが結婚する前に、お互いについて本当に知るための時間をたくさん与えられるからだ。それは私たちが夫婦関係を築く前に、ある種の兄弟姉妹の関係を真に築くためなんだ。」(注13)

 お互いについて知り合うことは、とりわけ「国際カップル」においては、その多様な文化的・民族的背景のゆえに重要である。あるメンバーは彼と日本人の妻が、いかに二人の間の文化的な差異が非常に表面的なものであり、実際には多くの共通点があることを理解するようになったかを表現した。(注14)また他の男性は、彼と東洋人の妻が共有している深い信仰的な献身は、いかなる文化的な違いよりも強いことを「聖別・約婚期間」中に発見したと表明した。(注15)

 「あなたをよく知るため」という「聖別・約婚期間」の目的は、おそらく1970年代に会員数が大きく増加し、また国際マッチングの数も増えたことにより、今日ほとんどのカップルがマッチング前にお互いのことを知らないという事実によって必要になったのであろう。指導者たちは疑いなくそのような目的を承認することを躊躇するであろう。なぜならそのようなことを正当化してしまえば、組織の目的成就にとって不可欠な犠牲的ライフスタイルをメンバーから損なってしまいかねないからである。筆者はまた、マッチングを受けた相手に関する個人的な知識を得るということは、東洋の指導者たちにとっては優先順位の高いものではないと推察する。

 「聖別・約婚期間」の目的、すなわち霊的成長、精神的成熟、自分のパートナーに対する知識などは、既に述べたように、差し迫った世界の救済のための犠牲という脈絡の中で理解される必要がある。それではこれらの目的はマッチングを受けたカップルの実際の行動とどのように関わっているのであろうか? この質問に答えるためには、初めにマッチングを受けたカップルは、自分たちは神の目から見れば既に結婚しているのであると認識していることに気付くことが重要である。したがって、彼らのお互いに対する誓約のレベルは、典型的なアメリカの婚約に見られるものよりもはるかに強いのである。「私たちにとっての約婚は、単なる婚約ではなく、完全なる誓約であると言いたいのです。それはまはや結婚の誓約と同じようなものであると私は思います。」(注16)統一運動における結婚は永遠のものであるため、マッチングを受けたカップルは一般的に、最初に「聖別・約婚期間」にお互いに良い関係を築くことに対して非常に真剣である。彼らの「夫」ならびに「妻」としてのそれぞれの役割は、神の視点からお互いに対して関わる方へと彼らを導く。すなわち、彼らは自分の配偶者の中に、霊性、忠誠心、献身、他者への配慮など、神が評価する資質を探すように奨励されているのである。そのような役割が、彼らがそれぞれの「身分証明書」、すなわち彼らの人格のさまざまなレベルを明らかにし、互いに融合するための準備をするのである。(注17)理想的にはその後、二人の「役者」は永遠の一体化、自発的で途切れることのない授受作用というクライマックスへと至る演技を開始するのである。

(注5)インタビュー:ボルトン氏
(注6)ノーラ・スパージン「結婚の準備」p. 12。 (下線は私)
(注7)モーゼ・ダースト「高貴な人生を生きる」『原理生活』(1980年7月)pp. 20-21。
(注8)前掲書、p. 19。
(注9)霊的な成長と情緒的な成長は統一教会の考え方においては緊密に関係しあっているが、両者の関係はまだ明確に線引きされていない。
(注10)バーバラ・テン・ワルデ「証し」『原理生活』(1979年4月)p. 31。
(注11)「聖別・約婚期間」を交際期間の段階に起きることと比較した方がより的確であろう。
(注12)インタビュー:ソーヤー夫人
(注13)インタビュー:リギンズ氏
(注14)インタビュー:ランサム夫妻
(注15)インタビュー:スミス氏
(注16)インタビュー:アボット夫人
(注17)アービング・ゴフマン『日々の生活における自己の提示』(ガーデン・シティ、ニューヨーク:ダブルデイ、1959年)pp. 242-243。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』124


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第124回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入り、第121回から具体的な事例として韓日祝福を受けて渡韓し、離婚して日本に帰ってきた元信者FとGのインタビュー内容を扱ってきた。彼女たちの葛藤を一言で表現すれば、日本と韓国の文化的ギャップに耐えられず、カルチャーショックを起こしたといってよい。それは夫の親族との付き合いにおける日韓の文化的な差異であると同時に、日本と韓国の統一教会の文化の違いであった。FとGは韓国の統一教会は信仰的でもなく霊的に高くもないと感じたのであるが、それは外的な規則や表現を重要視する日本的な「ものさし」をもって韓国人を裁いたに過ぎない可能性が高いことを前回は指摘した。彼女たちは自分の日本人としての「ものさし」では測ることのできない韓国人の信仰の本質的な部分を発見することができなかったので、韓国の統一教会に対して幻滅し、失望してしまったということである。

 私自身、Gのインタビューに出てくる「夫の実家はみな食口(統一教会信者)であり、夫は成和学生といって、幼少のときから統一教会系の学校に通っていた。しかし『原理講論』と読んだことはなかった。友人付き合いなど楽しいことの好きな人だった。」(p.365)という一文を見て、あることを思い出した。それはGと同じように韓日祝福を受けて韓国にお嫁に行った知り合いの姉妹の言葉である。

 彼女の主体者は親戚に教会員がいて、その人から「統一教会に入れば結婚できる」と言われ、それを動機として入教し、祝福を受けた韓国人であった。こうした場合、祝福を受ける動機は結婚そのものにあるので、宗教的教育は一通りの原理講義を聞いて終わりという場合が多い。『原理講論』を読んだこともなく、その内容を細かく覚えてはいない。伝道される過程で原理講義を何度も受け、『原理講論』を熱心に読む日本の統一教会信者から見れば、「本当に原理を分かっているのかしら?」と思うかも知れない。

 ところが、彼女のとらえ方は違っていた。主体者の両親と同居しながら結婚生活をする中で、主体者が両親に親孝行する姿に感動したのである。主体者はいわゆる優秀で社会的地位のある人ではなかったが、思いやりがあり、人に尽くす人であった。その姿を通して彼女が感じたのは、「自分は『原理講論』の内容を頭で知っているけれども、実際には人の為に生きる生活が出来ていない。しかし、彼は教理としての原理は良く知らないかもしれないけれども、生活の中で自然に親孝行し、人の為に生きている。彼は心で原理を知っているのであり、彼の生活は私よりも原理的かもしれない」ということであった。日本人は信仰をとかく理論理屈でとらえるのに対して、韓国人にとってそれは生活の中で自然な情の発露として現れるものであるという、典型的な例であった。彼女はそうした夫を尊敬し、愛し、二人の子供に恵まれて韓国で幸せに暮らしている。彼女が韓国に適応できた主要な理由は、自分の日本人としての「ものさし」で韓国人を裁くことなく、韓国人の中にある本質的な良さを発見することができたことにある。

 『本郷人の道』のなかで、武藤氏は以下のように述べている。
「実際、韓国社会でこの任地期間の三年間を過ごしていくうちには、私たちの中には明らかに二タイプの人が現われ、韓国人との人間関係と、この国の住みやすさに惚れ込むようになるタイプと、韓国に批判的な感情しか持てずに日本に帰ることを願うタイプに分かれてしまいます。

 異文化の中では、物事をプラス的に見ることができる人はその文化の心情的内容から良いものだけを吸収してどんどん成長して行くのに対し、マイナス的に見てしまう人は悪い堕落性の部分に相対して批判しながらどんどん居場所を失うようになってしまうものです。」(『本郷人の道』p.340)
「教会生活における韓日の一体化を考えた時に、韓国人と日本人が互いに理解不能に陥り、対立しやすい観点は、まず「韓国人は」「情的すぎて合理的話が通じない」「計画性がない」「約束を守らない」「自分の非を認めない」「おおざっぱすぎる」VS「日本人は」「冷情하다(情がなくて冷たい)」「マウミ・チョプタ(心が狭い)」「融通性イオプタ(融通性がない)」「毒하다(性格に毒がある)」「固執이 세다(我が強い)」などという感じになってしまいます。それはお互いにとにかく“自分にとって当然のことが相手においては全く通じない”というものなのです。

 基本的には、韓国人が何よりも『人間』としての情を中心に考えるのに対し、日本人は比較的理性を中心に考え、物事の合理性、規則性、契約性、計画性、さらにその達成感を重用視します。」(『本郷人の道』p.340-1)
「いずれにしても、私たちは批判してマイナスになるより、いいものを受け入れて自分にプラスになる発想をすること、いわゆる“アベル的な発想”をすることが重要なのです。」(『本郷人の道』p.348)

 FとGは、結局このような発想ができなかったために韓国に居場所がなくなってしまったと理解することができる。

 さて、櫻井氏は韓国人の夫に比べて日本人の妻が信仰熱心であるがゆえに生じる夫婦の葛藤についても記述している。日本人女性は清平の修練会に参加したがるが、韓国人の夫はそれに反対する。韓国の統一教会員は、教会よりも家族・親族のことを優先するが、日本では教会のために全てを投げ出すことが奨励される。それで日本人女性は「信仰的であればあるほど、自分達の家庭生活に犠牲を強いることになる。」(p.368)「御旨をやればやるほど家庭が崩壊していく。」「日本人女性は信仰と家族の板挟みで苦しんでいた。」(p.366)というような葛藤であった。実際、日本人の女性信者たちが韓日祝福を受けた理由は個人的な結婚というよりも「神の御旨のため」という意識が強く、結婚した後にも熱心に教会活動をしたいという願望があったであろう。一方で韓国の夫や親族が期待していたのは嫁として家族を守る役割だったので、この意識のギャップが日本人妻の苦しみの原因となったことは事実である。

 この点について、『本郷人の道』のなかで武藤氏は以下のように述べている。これは渡韓修において日本人女性に対してなされていた指導であると思われる。
「任地生活は本来、夫婦が一つの心情で共に行くべきもです。私たちが陥ってはいけない立場は、相対者に向かう横的情を犠牲にして信仰生活に投入する、といっては、『教会活動』を理由に相対者の意識を無視してしまい、結局、相対者の中に教会に対する不信感を抱かせてしまうことです。本来教会によって得た祝福であって、常に私たちを通して相対者が教会を理解し、教会に感謝し、そこから喜びを持って信仰生活ができるようにしていかなければなりません。時々、韓国の相対者に『あなたは教会と私のどちらを取るのか』などの思い詰めたことを言われてしまう例があります。結局、その『教会』と『私』を一つにできなかったということは、任地を共に勝利したということにはならず、家庭出発後も変わらずみ旨を中心に生活していくということが難しくなってくるのです。」(『本郷人の道』p.323)

 武藤氏は日本人女性に対して、こうした韓国人男性の心情をよく理解し、日本的な「ものさし」で裁くのではなく、極力その情に応えることによって、賢く対処することを勧めている。規則を優先させることの多い日本人は、韓国人からは情が淡白に見えることが多いので、韓国人の夫は妻の愛情を疑うようになる。それによって夫婦関係に溝や葛藤が生じないように、日本人女性の側が努力するように指導しているのである。

 最後に、FとGが二人とも離婚した後に、自分に子供がいることに対して違和感を感じたと櫻井氏が記述している部分を取り上げてみることにする。
F:「日本に帰ってきて、しばらくは何で自分に子供がいるのかわからなかった。夢の中にいた気分。脱会したときは、入会の20歳のときに戻り、子供がいることに違和感を覚えた。」(p.364)
G:「突然、統一教会のおかしさを確信して自分から信仰がストンと落ちた。気づいた瞬間、夢からさめた気分だった。すると目の前に子供がいた。子供に対して、自分の子供でありながら、これはなに? どうしてここにいるの? 誰の一歳半の子供だろう、という心境だった。」(p.367)

 まるで判で押したような同じ描写である。「マインド・コートロールの被害者」を演出したいのかもしれないが、これを文字通りに受け取るわけにはいかない。FもGも、信仰を失った瞬間に、信仰を持っていた頃の記憶を喪失したわけではなく、以前の年齢や人格に戻ったわけでもない。実際には「マインド・コートロールが解けて元の自分に戻る」などということはなく、信仰を持つ前、信仰を持っている期間、脱会後は時系列的につながっており、記憶は一貫しているけれども、それぞれの時期で違ったものの考え方をしているに過ぎないのである。

 FとGの覚えた違和感は、自分自身の結婚に対する後悔と敗北感、そして今後の生活に対する不安から、自分に子供がいるという重い現実から逃避したいという心理の表れであろう。しかし、信仰を持ったのも、結婚したのも、離婚したのも、信仰を棄てたのも、すべて自分自身の判断によるものであるから、その責任は自分自身が負わなければならない。「子供がいることに違和感を覚えた」などと言うのは、「マインド・コートロールによって意に反する結婚をさせられ、子供まで出来てしまった」と言っているようなものであり、生まれてきた子供に対して失礼である。櫻井は彼女たちが統一教会の被害者であるかのように描いているが、一方的に離婚を言い渡された韓国の夫も、両親の離婚を経験した子供たちも、彼女たちの行動の被害者であるという点を忘れてはならない。

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ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」日本語訳45


第6章 祝福:聖別期間と同居生活(1)

 個々の統一教会信徒の人生における大きな転機であり、地上天国実現の全体構想における基本的な社会単位である結婚は、運動のイデオロギーの中心的な位置を占め、その最も重要な儀式として際立っている。前章は、マッチングの儀式のために準備し、それに参加することの神学的および実存的な意義を明らかにした。また、宗教的共同体のマッチングの儀式に対する期待の中で働く社会的な力が、大部分においてグループの結束と個人の献身の強化に貢献することも示された。本章は、マッチングから夫婦として一緒に生活するようになるまでの期間の、統一教会のカップルの理想と実際の体験について描写する。以下の主題が吟味される。聖別・約婚期間、「公的な」祝福式、三日行事、同居する結婚生活、離婚、放棄、死。

 「聖別・約婚期間」は、統一運動にとって比較的新しい結婚の側面を明確に分類するために、著者によってつくられた言葉である。「聖別・約婚期間」の宗教的意味は、神を中心とする犠牲的生活というグループの伝統に深く染み込んでいるが、ある意味でこの期間がアメリカ社会における婚約期間のようなものだという考えは、非常に多数のアメリカ人が韓国でマッチングと祝福を受け、その後最低三年間は開拓伝道のために聖別した1975年までは、重要な形では現れなかった。この期間を婚約であると考える傾向は、1979年の705組のマッチングによって拡大した。第5章で示したように、マッチングと「公的な」祝福式の間に三年間の聖別期間を持つという文師の決断によって、そのときに新しいパターンが出現したのである。1979年にマッチングされたカップルは、しばしば自分たちのことを「婚約している」と語り、第二次世界大戦以前の米国における婚約を連想させる態度や実践を彼らの関係に取り入れたのである。「聖別・約婚期間」はまた、マッチングと結婚の成就の間の経験を、カップルが実際に同居した後に起きる別居と区別するためにも有効である。後者は「結婚後の別居」と名付けられる。

 「聖別・約婚期間」は、マッチングの直後に始まる。その長さは最小限の40日からときには4~5年間にいたるまでさまざまである。40日間は絶対的なものであり、イエスが生涯の仕事のために自分自身を準備した荒野における誘惑の期間をモデルとしている。文師は、祝福を受けたそれぞれのグループのカップルに対して、特定の聖別期間を指定する。その長さの違いは、各グループにおけるカップルの年齢と統一運動の「世界救済」の計画という、二つの要因によって決まる。1800双は1975年にマッチングと祝福を受け、三年間もしくは妻が30歳になるまで聖別した。20代半ばであったこれらのカップルが互いに離れている間に、この新しい信仰の世界的な基盤を作るための宣教師として奉仕したのである。それとは対照的に、1977年にマッチングと祝福を受けた者たちは主として年長(30歳以上)であり、最低限の40日間の聖別をしただけであった。聖別が普通は30歳を超えて延長しない理由は、この運動がカップルに多くの子供を持つように奨励したいからであり、その目標はカップルが歳を取ってしまうと実現が容易でないからである。

 「聖別・約婚期間」は個々のメンバーにとっていくつかの意味を持つが、これらの意味を運動の強力な千年王国説的な推進力という脈絡の中に位置づけることは非常に重要である。マッチングを受けて聖別しているカップルのキーワードは「犠牲」であり、地上天国の実現という、より高次の目的のために自分自身を捧げることなのである。統一神学によれば、現代の世界は「革命の期が熟している。」神は歴史を通して、神を中心とする道に復帰することのできる今日の世界へと至る道を開拓してきた。統一教会の信者たちは、もし彼らが自分たちのグループの価値観と目標に完全に献身するならば、彼らは新しい天と新しい地とを作り出すことができるという信仰によって、深く動機づけられているのである。

 マッチングを受けたカップルが「聖別・約婚期間」に捧げるよう求められている犠牲は、世界のための犠牲であると理解されている。したがって、彼らはマッチング以前の彼らの生活の特徴であった世界の救済者としての役割を事実上継続するのである。文師が1979年にマッチングを受けたカップルに語ったスピーチには、この犠牲のテーマが「ホーム・チャーチ」の概念によって展開されている。この比較的新しい伝道のアプローチについては、後述することにする。
「皆さんが約婚を終えて、まだ地に足がついていないことが分かります。皆さんはお互いを知ることに夢中になっていて、顔色が変わっています。皆さんが相対者に会ったときにすべきことは、お互いの知恵を集めて、ホームチャーチで勝利するために出ていき、その後で祝福を受けるために私のところに帰って来ることを決意することです。・・・皆さんはホームチャーチよりも自分の相対者とより多くの時間を過ごすことを望みますか? 皆さんのアンテナはホームチャーチに向かっていなければなりません。そうでしょう?」(注1)

 文師とその他の指導者たちは疑いなく、様々な任務を続行する上で独身のメンバー(たとえ彼らが婚約していたとしても)を持つことのできる実際的な利点に気づいている。こうした人々はまだ彼らの相対者と本質的に関わっていないため、ほぼどんな立場であってもグループに奉仕することのできる自由を有しているのである。

 千年王国のための犠牲に加えて、「聖別・約婚期間」は神を中心とする結婚と家庭生活のための堅固な基礎を築くための期間として理解されている。ある結婚したメンバーは「聖別・約婚期間」について、「神によって結婚したと認められるという素晴らしい恩恵に備えるための」(注2)機会であると語った。妻と同居したある男性はそれについて、彼らが二人とも自分の生活を神を中心としたものにする時間であり、その後により神を中心とした関係に再び戻って来ることができるのだと語った。(注3)「深くて心情的な時間」「蕩減の時間」「私の人生のための愛と信仰の基礎を築く期間」といった言葉が、運動の文献やインタビューの記録の中に何度も出現する。極めて明らかに、世界の救済者としての役割にとって不可欠な犠牲と聖別は、統一教会における結婚の霊的な基礎と、特有の終末論的指向性を確立していると見られているのである。

 「聖別・約婚期間」において結婚のために立てられるパターンやモデルは、本質的に独身メンバーのためのパターンと同様である。ある婚約したメンバーは以下のように語っている。
「私たちの家庭に非利己的な献身のパターンを立てるのは、より大きな世界のための犠牲なのです。私たちの家庭生活の様式は、私たちの(生物学的な)両親のものとは違っていなければなりません。そして犠牲に対する指向性は、その違いの大きな部分であると私は信じています。」(注4)

(注1)文鮮明「真のカップル」、『マスター・スピークス』 (番号79-05-27, 1979年5月27日), p. 7。
(注2)個人的交流:エンゲル氏。
(注3)インタビュー:メイ氏。
(注4)インタビュー:ウェア氏。この男性が相対者と「恋に落ち」、彼女と離れていることに痛みを感じるようになるまで、彼が「聖別・約婚期間」を犠牲的なものであると理解していなかったことは興味深い。

カテゴリー: ジェームズ・グレイス「統一運動における性と結婚」

書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』123


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第123回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入り、先回までは元信者Fの事例を扱ったが、今回からは元信者Gの事例に入る。FとGの事例の共通点は、どちらの夫にも妻に対する暴力、生活費を稼がない、不倫などの世間一般で離婚の原因となるような夫の側の明らかな落ち度がないばかりか、統一教会では禁止されている酒やタバコの問題もなく、単に日韓の文化的な違いに疑問を感じたとか、夫の親族に対する不信感や葛藤、といった理由で離婚に至っているという点である。現実には、FやGよりもはるかに厳しい環境下にあっても、それに耐えて夫婦関係も信仰も維持している日本人女性はいると思われる。こうした女性たちからすれば、FやGの経験した葛藤は「贅沢な悩み」に見えるのかもしれないが、それでもFとGはそれに耐えられずに離婚して信仰も棄ててしまった。

 Gに至っては、主体者(夫)には好感を持っていたし、「夫は家族を大切にし、自分を大切にしてくれた」(p.365)ということであるから、結婚生活そのものには特段の問題はなかったのである。櫻井氏はFとGをあたかも韓日祝福の被害者のように扱っているが、ひとたび妻の立場を離れ、夫の立場からこの物語を読めば、自分には何の落ち度もなく、夫として家庭を守るために一生懸命に努力していたにもかかわらず、自分には理解できない理由によってある日突然妻から離婚を言い渡された、ということになるであろう。これは気の毒としか言いようがない立場である。

 夫の関係に悪い思い出はなかったというGであったが、夫方の親族との間には以下のような葛藤を経験している。
「結婚式の取り決めなどで、金銭面で利用されているのではないかという気がした。Gの両親が来てくれて、80万円を出してくれたのだが、夫の親族には贈り物まで出し、その金をこちらで賄っているのに、自分の親への待遇は悪い。しかも、式は最低限の金で済ます。こうしたやり方や財布は一族のものという発想に反発して、祝福を蹴って帰ろうかと思ったほどだった。」(p.365)

 これもFの場合と同様の、「婚需(ホンス)」を巡る文化的な葛藤である。前回紹介したように、韓国での伝統的な結婚時の贈り物は「婚需」といって、新婦側がひと財産投げうって贈り物や嫁入り道具を持っていくという風習がある。「婚需」費用の相場は一般でも一千万ウォンを超えるといい、そのときの為替相場にもよるだろうが、Gの両親が準備した80万円という金額は相場とほぼ同じくらいか、やや下回るという金額であろう。だとすれば、韓国の婚姻風習からすればこの80万円は「当たり前」ということになる。Gとしてはそれが特別なことであると感じたために、自分の両親に対する感謝や待遇を期待したのであろうが、夫の親族の対応はその期待に沿うものではなかったということだ。

 ここで留意しなければならないのは、結婚式にかかる費用は日本と韓国では差があるということであろう。Gが結婚式を挙げたのは1990年代だから、日本と韓国の経済格差はいまよりはるかに大きかったであろう。いまでもネットで検索すれば、韓国で結婚式を挙げた場合にはその費用は日本で挙げるよりもかなり安く、式自体は30分ほどで終わってしまい、その後はバイキングで食事をして終わるというような、非常に簡素なものであることが紹介されている。一方、日本で披露宴と言えばホテルを借りて行う人生の一大イベントであり、その費用は平均で300万円を超えるといわれる。そもそもそれと同じようなものを韓国の庶民の家庭に期待すること自体が無理なのだが、一度親族に対して不信感を持ってしまうと、こうした違いの一つひとつが受け入れられないものになってしまうのであろう。ここでも、韓国の文化や風習に対する理解不足が葛藤の原因になっている。

 しかし、Gが最も葛藤し疑問に感じたのは、日本と韓国の統一教会の違いであった。これはFの事例でも同様なことが述べられているが、Gの表現によれば以下のようになる。
「韓国の統一教会の実態が徐々にわかるにつれて、日本との差が気になった。」(p.365)「韓国の夫達は(自分の妻が清平の修練会に参加することに対して)いい顔をしなかった。ところが、日本人妻は信仰に熱心な人が多く、みな参加したがり、夫の間に葛藤も生じた。」「日本人女性は信仰と家庭の板挟みで苦しんでいた。」「Gの場合、青年期に献身者として教会生活ができず不完全燃焼だったという思いがあった。そのため、祝福を受けて、韓国で新しい信仰を確立することに相当な期待を持っていた。ところが、日本で教えられてきた韓国は自分の理想とはほど遠く、韓国では最終的に自分なりの信仰観を持つことにした。」(p.366)

 FもGも共通して感じているのは、日本にいたときは韓国の統一教会は日本よりも信仰的で霊的に高いと教えられてきたが、実際に韓国に来てみるとそんなことはなく、かえって日本の統一教会の方が信仰的で、献身的で、活動熱心であるということである。これはFやGの個性から来るものではなく、かなりの日本人が共通して感じることのようである。しかし、それは日本人の信者が持っている「ものさし」で測った場合に、韓国人の信仰が低いように見えるということである可能性がある。文化的な葛藤とは通常そのようなものだからだ。この点に関して、『本郷人の道』のなかで武藤氏は以下のように述べている。
「たとえ国や文化が変わろうとも、“神と父母と原理は変わらない”という信仰それ自体を確認した上で、両国食口の信仰生活的側面における意識の違いを理解し、さまざまな葛藤を乗り越えて一体化していかなければなりません。」「しかし現実には、韓国人と日本人との間で、実体的にその信仰生活に接した時に互いに自分が信仰的に重視することを相手が重視しないことで、相手の信仰を裁いてしまうことが多くあります。驚くことは、この二つの国の信仰観をもって互いに相手を見つめた時には、互いに相手の信仰の方が幼いように見えるということです。」(『本郷人の道』p.282)

 武藤氏が韓国人と日本人の信仰観を比較して説明していることを要約すると以下のようになる。日本人はまず神と我の縦的関係を築くという旧約時代の立場から始めなければならず、その信仰生活は横的な自分を否定して縦的な関係を重要視するようになる。したがって日本人の信仰観は、み言葉を文字通り、外的に一字一句違えず守るという要素が強くならざるを得ない。そして外的な行動の基準や実績を立てることによって分別し、儀式的内容を厳密に重要視することを通して心霊の復活も果たされる。アベル・カインの関係も組織における規則的関係として捉えられることが多く、カインとしてアベルに従うことの重要性が強調される。

 一方、韓国では外的な蕩減条件以上に内的な「精誠」が重要視される。そして韓国の食口は神と真の父母に対する自分の信仰を人前にそれほど表現して見せないので、外から見ると信仰のない一般の人と変わらないように見える。それで問い詰めてみると、「そのようなことは分かっている」というように信仰の主体性があり、日本人のように自分と神との出会いや涙を流した話などをわざわざ人に知らせようとは思わない。韓国では「信教の自由」「本心の自由」が価値視され、教会でも何よりも個人の自由を尊重し、あまり干渉した指導をしない。アベル・カインの関係も絶対的なものではなく、韓国人は位置的なアベルの言葉に対して一様には従わないことがある。韓国人は目に見える組織を超えた心情組織を持っていて、信仰的には一人でしっかりしている。

 要約すれば、日本人は神との縦的な関係を築くために、つねに外的に縦的な表現を必要としており、それがないと不信仰であるかのように不安を感じるのであるが、それは韓国人からは旧約時代の信仰かパリサイ人律法学者の信仰のように感じてしまい、「幼い信仰」に見えるのだという。一方で、韓国人が日本人のように「神様、神様」と自分の信仰を口にせず、それよりも親に対する「孝」や夫婦間における「烈」を口にするので、日本人からは世間の人と変わらない横的で人情的な人であるように見えるのだということである。こう考えると、FやGが韓国の統一教会は信仰的でもなく霊的に高くもないと感じたのは、外的な規則や表現を重要視する日本的な「ものさし」をもって韓国人を裁いたに過ぎない可能性が高いということが分かるであろう。

 こうした日韓の信仰観の違いは、渡韓修の中で講義で教えられるのであるが、FもGもそのことを自分の実感としてはとらえることができず、自分の日本人としての「ものさし」では測ることのできない韓国人の信仰の本質的な部分を発見することができなかったので、韓国の統一教会に対して幻滅し、失望してしまうという結果になったのである。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』

韓国の独立運動と再臨摂理シリーズ25


 長く続いたこのシリーズも今回が最終回となります。第23回から、真のお父様が金日成という人物をどのように見ていたのかについて、『神の摂理から見た南北統一』を資料としてまとめる作業を始めました。「金日成」という言葉を検索してみると、南北統一に関するお父様のみ言がたくさん出てきます。最終的に統一が何によってなされるとお父様が語っておられるかと言えば、「真の愛」によって、と語っておられます。
「統一教会は金日成を追放しなければなりません。共産党は神様を否定し、人類を残酷に虐殺したために、我々は彼らを怨讐サタンとして規定して彼らを倒す責任を負って準備を行うのです。」と、一見激しいことを語っておられますが、一方で「軍事力、武力を使用して統一が成し遂げられると思いますか。とんでもないことです。私に軍事力さえあれば何でもつくれる力のある人です。しかし軍事力だけでは絶対に成し遂げることができないために、今このように話を伝えているのです。」と語っておられます。

 『原理講論』の第三次世界大戦の部分にも書いてあるように、武器による統一は不完全なものです。ですから、思想による統一、そして最終的には真の愛による統一が、理想の統一なのです。お父様も、「ただひとえに真の愛だけがその使命を果たすことができるのです。その愛は神様からの愛です。」と語っておられます。
「南北韓が分断されましたが、北韓と戦わずに解放させようというのです。金日成を自然屈服しなければなりません。」(一九八一・一一・一九)

 このようにお父様は1981年の時点で、金日成を自然屈服させなければならないと語っておられます。
「共産党が下りて来た時は、これをしっかりつくっておいて、頭を下げればいいのです。南韓の四千万が包みを背負ってみな入っていって、ヤコブがエサウを屈服させたのと同じようにするのです。二十一年間集めたすべての財産をもっていって、これはお兄さんのものですと言って、根こそぎ与えてしまえば北韓の金日成は完全に屈服するのです。」(一九八八・一・九)

 ちょうどヤコブとエサウのときと同じように、貧しい北韓に対して、豊かになった韓国がすべてを与えて、「為に生きる」「共に生きる」という心情で行けば、北韓は解放されるんだとおっしゃっています。その背後には、北韓の同胞に対するお父様の愛があります。それは以下のようなみ言の中に溢れています。
「以北が困難なのは、金日成が独裁政治によって閉鎖社会をつくったからなのですが、その事情を知れば知るほど、その統治下にいる人々がどれほど悲惨であるか分かりません。共産主義が怨讐なのであって、彼らが怨讐なのではありません。北韓を見つめながら胸がいっぱいになり、哀れに暮らしている我が同胞のために涙を流し、あなた方の困難とともに私は生きているのだと、解放の一日を準備して皆さんの前に現れるのだと誓い、統一のための実践運動がこの地において起こるなら、以北に行く日は遠くありません。」(一九八六・一〇・一一)

 これは1986年のみ言ですが、このころから「北に行くんだ」ということをお父様はずーっと語っておられて、なんとか北を解放したいと思っておられたのです。

文鮮明総裁・金日成主席会談

 そのように、金日成と会うことを生涯の目標としておられたお父様が、実際に金日成主席と会われたのが1991年12月6日のことでした。怨讐の地・興南において、こうして抱き合って、金日成主席と劇的な出会いをしたわけです。そしてこのときに南北統一に関するさまざまな合意を成していったわけです。これはちょうどヤコブとエサウの関係において、エサウがヤコブに屈服した瞬間であると摂理史では位置付けられております。

金日成主席追悼式

 その金日成主席がなくなったのが1994年のことでありました。このとき、韓国は北朝鮮に対して弔問使節を送ることを拒否して、民間人であっても誰も北に行ってはならない、という指令を出していました。ところが、朴普煕先生に対してお父様は「お前が弔問に行って来い」と言われたのです。朴先生は「政府が許可しません」と申し上げたのですが、「鴨緑江を泳いででも行くんだ!」と言われました。そこで朴先生はなんとか道を見つけて北朝鮮に入り、金正日書記と共に写真を撮ったわけです。このために実は朴先生はしばらく韓国に入れなくなりました。それでしばらく日本の総会長をしておられたのです。

 このように、金日成という人物はお父様にとって摂理的に、怨讐であり敵であると同時に、非常に重要な人物であったために、生涯において一度は会わなければならない人物でありました。それだけでなく、亡くなったときにも礼を尽くした人物だったのです。

 最後に、金日成についてまとめてみましょう。金日成という人物は学歴があるわけでもなく、共産主義理論を学んだと言っても、それは実践の中で学んだに過ぎません。そして抗日独立運動家としての実績もそれほどない、言ってみれば「ゲリラのリーダー」に過ぎなかったわけです。彼は人望があったわけでもないので、「金日成」の偽名を用いて伝説の人物を演ずることによってしか、北朝鮮の指導者になることができなかった人物です。

 金日成という人はソ連の傀儡として指導者に立てられたに過ぎなかったのですが、彼は指導者になった後に抜群の能力を発揮するわけです。それが何かといえば、粛清によって自らの権力基盤を確立するという能力においては、天才的なものを持っていたわけです。ですから彼は、「非情」であることにおいては、傑出したリーダーであったと言えると思います。思うに、独立運動家としての実績は大したことがなかったのですが、サタンが見込んだ人物だったのかもしれません。彼はサタンが立てた中心人物であったために、共産主義史上まれにみる長期政権の独裁者となったということなのです。彼こそはサタンが立てた「サタン側のアダム」であり、「サタン側の父」であったのですが、これに対して「真の父」であるお父様は、南北統一のためにまず日韓米で勝共運動を展開し、その基盤をもって1991年に金日成と会談して、彼を自然屈服させて、南北和解の道を開いていかれたという歴史があるわけです。

 ですから、金日成という人物は、良くも悪くも、お父様の人生にとって本当に大きな存在であったということが分かります。以上、何か決定版になるような話というよりは、極力学問的に、事実に基づいて金日成という人物について分析し、さらにお父様の御言に基いて金日成が誰なのかをまとめた研究が、これまで説明してきた内容でした。

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書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』122


 櫻井義秀氏と中西尋子氏の共著である『統一教会:日本宣教の戦略と韓日祝福』(北海道大学出版会、2010年)の書評の第122回目である。

「第Ⅱ部 入信・回心・脱会 第七章 統一教会信者の信仰史」

 元統一教会信者の信仰史の具体的な事例分析の中で、第119回から「四 祝福を受けた信者 合同結婚式の理想と現実」に入り、先回から元信者Fの事例を扱い始めたが、今回はその続きである。Fが韓国で体験した葛藤は、日韓の文化的な違いからくるカルチャーショックであったが、先回は韓日祝福を受けた日本人女性がこうした困難を乗り越えるために統一教会が行っているサポートについて紹介した。それは彼女たちがお嫁に行く前に現地で受ける「渡韓修」と、それに続く4か月ほどの「任地生活」であり、その渡韓修で教育されている内容が、国際家庭特別巡回師室編『本郷人の道』という本の中にまとめられていることも紹介した。

 この本の後半の「生活教育編」では、韓国での生活全般について知っておくべき内容や文化の違いなどが紹介されているが、著者の武藤氏は、「まず最初に違いを正確に理解したところから真の一体化の道も開ける」(『本郷人の道』p.202)との考えから、韓国人と日本人のどこがどのように違うのかをまず追求している。そこで言われていることの主な項目を列挙すると以下のような感じである。
・韓国では一人で食べるのではなく、食べるときは「みんな一緒に」食べる。
・韓国人は食べ物があれば、まず最初に目上の人に「食べてください」と差し出す。
・「ご飯食べましたか」は韓国では挨拶であり、会えば人の食事の心配をする。
・韓国では「この食べ物は自分のものだ」という所有観念がない。
・韓国で食べ物を買いに行くときは、自分の分だけでなく、必ず全員分を買いに行く。
・おかずは一人ひとりに分けずに真ん中においてみんなで突っつく。
・韓国では一緒に食事をした仲間が「割り勘」をすることは絶対にありえない。
・韓国では人前で鼻をかむのは失礼にあたる。
・人に物を渡すときには、両手もしくは右手で渡す。右手で渡す際は左手を下に添える。
・韓国では長幼の序の意識が強く、敬老精神が徹底している。
・韓国では親は絶対的存在であり、自分の親をけなされると冷静ではいられない。

 これらの文化的な違いは、たとえ親族関係にならなかったとしても、韓国に留学したり、仕事で韓国に赴任したときには知っておくと役立つ内容であろう。しかし、結婚して韓国人と家族になれば、韓国の家庭のしきたりや親族関係に存在する独特の文化があるため、さらに深く韓国の文化を理解しなければならない。そこで武藤氏は、「親族への挨拶訪問」という一節をもうけて、愛される嫁として夫の親族に受け入れられるための秘訣を紹介しているのである。その部分の記述と、Fの体験談を比較してみると、Fの韓国文化に対する無知が、夫の親族との人間関係を難しくしていた可能性が浮かび上がってくる。武藤氏は、韓国の嫁入り習慣である「婚需」について以下のように説明している。
「参考として、韓国に嫁に来る女性が分かっていなければならないことは、韓国での伝統的な結婚時の贈り物は『婚需(ホンス)』といって、新婦側がひと財産投げうって贈り物や嫁入り道具を持っていくという風習があるということです。現在、『婚需』費用の相場は一般でも一千万ウォンを超えるといい、韓国人も驚くような額に上っています。本来ならば、新婦側ではまず冷蔵庫から、洗濯機、電子レンジなど、家具家財道具すべてを揃えなければなりません。」
「一方、新郎側はというと、住まいを準備して、新婦の服と『結婚礼物』としてのアクセサリー(イヤリング、ネックレス、指輪、時計など)、そして余裕があれば、新婦の両親に韓服をプレゼントします。これらが『婚需』というものなのです。」
「主体者の中にも、日本の嫁ということで反対されるのを認めてもらうために、嫁いでくる相対者が親にある程度の『婚需』を持ってきてくれることを願っていたなどの場合があります。日本人相対者の中で、結婚した後に、主体者側からお金を要求されて、『持参金目当ての結婚か』とつまづく人がいるようですが、それもこのような文化的背景から理解する必要があります。(以上、すべて『本郷人の道』p.213)

 もちろん、武藤氏はこの「婚需」の習慣を祝福家庭がそのごとくに実践することを勧めているわけではない。日本の教会員の場合には経済的な事情でそれができない場合が多いわけだが、それでも主体者の親がその文化的習慣から「婚需」を期待する気持ちがあることを理解したうえで、日本には「婚需」という習慣がないことや、自分たちの経済的事情ではそれができないことを相手方に理解してもらうために誠意をもって説明し、たとえ金額は小さくてもそれに代わる真心のこもった贈り物をすることで、親族との関係が円満に行くように努力することを勧めているのである。

 それを背景として、Fの記述を改めて読んでみよう。
「ソウルでは夫の叔母がマンションを買って、入居するばかりに準備してくれた。しかし、驚いたことに、マンションをもらえたわけではなく、ローンはそのままだった。しかも、夫方から資金援助がなく、ローンを全額自分達で返済する計画になっていた。これが、自分達にほとんど何の相談もなく決めていく夫側親族への不信の始まりだった。実際は、夫へ相談があったのかもしれないが、夫はFに一言も相談がなかった。コミュニケーションの問題は言葉のギャップということもあるが、男尊女卑、長幼の序が強すぎる韓国と日本の問題とも思えた。統一教会が理想とする韓国の文化にショックを受けた。」(p.363)

 まずFは、夫の親族がマンションの全額を支払って自分たちにプレゼントしてくれるとでも期待していたのだろうか? そうだとすれば、それは相当に虫の好い要求である。自立した経済を営む夫婦であれば、自分たちの住むマンションのローンを支払うことはある意味で常識ではないだろうか。外国で勝手が分からないだろうからとマンションを買って入居するばかりに準備してくれた夫の叔母は、明らかに親切心からそれを行っている。もしかしたら頭金だけを負担して、残りのローンは夫婦で責任をもつという話し合いがなされていたのかもしれない。それは決して非常識ではなく、要するにFがその意思決定に参加できなかったことを不満に思っただけのことである。

 韓国の「婚需」の習慣からすれば、Fは家具や家財道具などを全て揃えなければならなかったが、夫の叔母がマンションを買って入居するばかりに準備してくれたということは、それを夫の親族に頼って、自分では何も準備しなかったことを意味している。家財道具もお金も準備せずに身一つで韓国に嫁ぎ、親族に世話になったのだから、せめてマンションのローンぐらいは自分達夫婦で責任をもつべきだという発想が出来ず、ローン返済の責任が自分たちにあることに「驚いた」というのであるから、Fはかなり依存的で自己中心的な発想の持ち主であると言われても仕方がないであろう。

 Fは夫側親族と信頼関係を構築する努力をすることなく、「自分に何も相談しないで決めていく」と不満を抱き、相手を不信し始める。はたして彼女に、相手の立場に立って物事を考え、相手の文化を理解し、こちらの考えを相手に分かりやすく伝えることによって問題を解決していこうと努力する姿勢があったのかどうか、はなはだ疑問である。

 Fが問題とした「長幼の序」は、年長者と年少者との間にある秩序のことであり、子供は大人を敬い、大人は子供を慈しむというあり方を指す。それは儒教において人の守るべき五つの道の一つとされ、父子の親、君臣の義、夫婦の別、朋友 の信と並んで、中国、韓国、日本において共通の徳目であった。もともと儒教社会であった韓国では、近代化と共に個人主義的になった日本に比べて、その伝統がいまでも強く残っている。これは統一教会で教える家庭倫理とも共通する内容であるため、もしFに信仰があるのであれば、その文化から自分が何かを学ぼうという発想をすべきではなかったのか。韓国ではそれが強すぎるから日本人である自分には合わないといって切り捨ててしまうのは、やはり自己中心的な態度であるといわざるを得ない。

 「長男である夫は両親に頭が上がらず従うばかりであり、不満のやり場がなかった。」というけれども、子が親に従順であることや、親孝行しようという子供の姿勢は儒教における重要な徳目であるだけでなく、統一教会においても一つの原理的な価値観として大切にされているものである。こうした韓国の文化を、単に自分の中にある現代日本の文化と合わないからといって不満を持つことは、やはり信仰者として正しい態度とは言えないであろう。韓日祝福を受けた以上は、そうした文化の違いを乗り越えて韓国の地で嫁として勝利するという決意をもって渡韓すべきであったのだが、Fはその点で中途半端であり、どこかに甘えがあったとしか思えない。

カテゴリー: 書評:櫻井義秀・中西尋子著『統一教会』